忍者ブログ

VN.

HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

高性能装備の入手方-千晴さん、魔王と交渉する。

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

高性能装備の入手方-千晴さん、魔王と交渉する。



 
一千年ほど昔、神と人の世を分かつ境目が崩れ、
主神オーディンを始めとしたアース神族も、
敵対者である巨人スルトや魔神ロキ、三人の子供達も、
皆、永い眠りについてしまった今、
世界の殆どは魔王と呼ばれる魔物が統べている。
神々に代わる実質的な有力者として、
魔王の冠をかぶる者は少なくないが、
気に入らないという理由で幾つも街を滅ぼし、
人を八つ裂きにし、死体を市中にばらまくようなのには、
特に関わりたくないに決まっている。
だが、破壊衝動に走るほど、
気に入らない理由が理解できたり、
裂かれたのが殺しても飽き足らない、
唾棄すべき相手だと思えれば、
また、見方が変わってくるのも確かだ。

「ねーえー お願いだおー!
 どうしても欲しいんだおー!」
「あーもー うるせえなあ。」
学者か貴族のものとおぼしき端正な書斎のなかで、
瀬戸千晴は今日も養母の魔術の恩師にへばりつき、
なんとかして望みの物を手に入れようと一生懸命だった。
ひょんなことから母が知り合ったというこの男は、
目が青いことを除けば、東国生まれの青年にしか見えず、
割と細身で、背も160cm足らずと今一頼りない外見だが、
不可能を可能にし、意に任せて無理を通す、
比類なき魔力を持った魔王なのだ。
血生臭い噂話しか知らなかったときは、
死んでも会いたくない相手で、
養母との関わりを知っても、
暫くは怖くて仕方がなかったが、
数多い魔物の中でも気さくで、
子供に手を出すようなことはないと判れば、
恐れる理由も特になかった。
むしろ、積極的につきあえば、
それなりの利があるに違いないと千晴は踏んでいた。

彼が時々母に預ける愛娘、
キィを見ていれば、それがよく判る。
彼女は一見普通の幼児だが、一度事が起これば、
着ている物は自動的に持ち主を守るシールドを張るし、
いつも持ち歩いているお気に入りのぬいぐるみは、
護符となっているのか魔物を寄せ付けない。
履いている靴は望む場所へ何処でも連れていってくれ、
どんな仕組みか、一泣きすれば、
すぐ父親か、その飼い犬が飛んでくる。
兎に角、彼女の身の回りには、
不思議な魔法が幾つも施されているのだ。
防御シールドを張る位なら、
似たような装備が市場に出回っていないこともないが、
百万単位の買い物となるだろうし、
なにより性能が段違いだ。
キィの持ち物一つ分だけでも、
分けて貰うことができれば、大儲け間違いない。

千晴がここへ訪れる事ができるのもキィのおかげだ。
手を繋ぎ、行きたい場所へ一緒に連れていってもらう。
この方法を覚えてから、
千晴は度々キィに父親のところへ運んでもらっていた。
今、保育先から戻ったキィは、
何の疑問もなく部屋の隅で遊んでいる。
その遊び道具となっているのも、
魔力に反応、吸収する、魔応石と呼ばれる特殊な宝石だ。
様々な魔法道具や武器の材料に使われる魔応石は、
ピンからキリまであるので、
一概に高級品とはいえないが、
子供がビー玉代わりにするようなものではない。
特殊な環境にいることを全く知らず、
一人遊びするキィを横目でちらりとみて、
彼女が飽きて家に帰りたがる前に、
今度こそ目的を果たさなければと千晴は考えた。

「ねえー カオスさん、お願いだお!
 必要ならボクも手伝うから!」
「自分の欲しいもん手に入れるのに、
 手伝うのは当たり前じゃねえか。」
顔を合わせる度に、娘が持っているような魔法の道具が、
自分も欲しいと強請られて、
山羊足の魔術師と呼ばれる魔王、
カオス・シン・ゴートレッグは呆れ顔で突っ込んだ。
「全く、何だってそんなに防具が欲しいんだよ。
 そりゃまあ、高性能装備が欲しいのに、
 理由はいらねえかもしれねえけど。」
知り合いの子供からお小遣いでも集られているかの如く、
座っている椅子を揺らし、面倒そうにカオスは聞いた。
何を今更と、千晴は主張する。
「だって、ボクは早く一人前になりたいんだお!
 公式冒険者レンジャーの資格も取ったし、
 初級黒魔術使マジシャンの試験だって合格したもん。
 後は、実戦経験を積まなきゃいけないけど、
 狩りに行くなら、身を守るため、
 いい装備が欲しいのは当たり前でしょ!」
「経験は会議室で積むんじゃない、
 現場で積み上げるんだ、ってか。」
何かのパロディなのか、よく判らない台詞を口にした後、
魔術師は、ふと驚いたように目を開いた。
「なに、お前、マジシャンとレンジャー試験、
 受かったの?」
そんなもの、いつ受けたんだと問われ、
千晴は鼻を高くして答えた。
「先月だお! ほら、見てよ!」
自慢げに上げた右腕には、
人民を脅かす魔物退治を推奨するために、
各国の政府が公認した冒険者の証、
レンジャーバックルがはめられており、バックルには、
黒魔法系初級職マジシャンであることを示す、
水色の魔応石が、確かに埋め込まれていた。
「マジシャンにしても、レンジャーにしても、
 受験資格は10歳からじゃなかったっけ。」
お前、まだ8つにもなってないだろと、
不信そうにカオスは眉を寄せたが、
千晴はこれにも胸を張って答えた。
「特例で受けさせて貰ったんだお!
 これも日頃の行いがいいからだお!」

黒魔術都市ニュートーン。
現在、最大の人口を抱える王国、
フォートディベルエの第二の都であり、
黒魔法と呼ばれる主に攻撃を目的とした魔法を学ぶのに、
ここに勝る場所はない。
そのなかで最も古く、学校として最高峰にあたる、
トリニカル黒魔術学院に千晴が在学して、二年目になる。
同校には各地から多くの黒魔術師志望者が集まっており、
公式冒険者の一つ、マジシャンを目指すものも多い。
千晴もその中の一人だが、受験資格を満たすには、
本来、後数年の月日が必要だった。
しかし、知識、技術の有無ならまだしも、
年齢だけではじかれるのは納得いかないと教師に交渉し、
併せて、同校の中で学年トップどころか、
3学年上に匹敵するほどの成績をあげてみせた。
才能ある者が多く集まるトリニカルの中で、
これほどの成績を出せるのであれば、
試験を受けさせても問題なかろうと担任が校長に進言し、
校長が更にその上に相談して、特例が認められたのだ。

「誰だよ、そんな甘い判断下したのは。」
年齢制限は魔力や知識の有無ではなく、
幼い者が魔法や技術、
一般的にスキルと呼ばれるものを使いこなせず、
事故を起こしたり、
危険な場所へ行ったりするのを止める為ではないのかと、
カオスはますます呆顔になる。
「飽くまで特例だよ!
 それに、肝心のブラックマジシャンの試験は、
 やっぱり15にならないと受けられないって、
 言われちゃったし・・・」
酷く残念がる千晴に、魔術師は再び目を見開いた。
「なに? 中級試験まで受ける気だったの?」
「当たり前だお。
 マジシャンなんて、ただの初級職じゃない。
 せめて中級職にはならないと、意味ないお。」

一般に言う冒険者の職業は、
剣や槍など武器を扱う戦士ファイターから始まり、
主に攻撃系魔法を専門とする黒魔法使マジシャン、
回復・防御系魔法を得意とする白魔法使メディカル、
遠距離からの攻撃や動物、罠を扱う弓士アーチャー、
身を隠す技術や毒を使用する盗賊シーフ、
鉱・植物の研究と採集や運搬を旨とする技術士、
計6職が基本として存在する。
この初級と呼ばれる基本職を、
専門性に併せて分類した中級職、
更に能力を認められた者がなる、
上級・最上級職が存在し、
それぞれ、上の職に就くには各ギルドの試験を受け、
承認を受ける必要があった。
上位職を目指さなければならない規定はないが、
専用施設の使用や危険地区への進入、
使用スキルの制限など、
下級職では許可されない事も多いので、
少なくとも中級職まで資格を取るのが一般的だ。
千晴が属する黒魔法使マジシャン系は、
中級職で攻撃魔法に特化したブラックマジシャンと、
補助・防御魔法を得意とするアセガイル、
自然界のエネルギーを専門とするシャーマンの、
3つに分かれるが、
千晴はブラックマジシャンになる事を決めていた。
そうと決まれば、さっさと試験を受けて、
出きることを増やし、レベル上げに努めたい。
可能ならば上級職の試験だって、
受けたい心持ちの千晴にすれば、
年齢制限など邪魔以外の何でもなかった。
全く、酷いやと頬を膨らませたが、
カオスはそう思わないらしく、
「生き急ぐと、死に急ぐぞ。」と、
物騒な言葉で窘められる。

「そりゃ、確かにお前が小利口で、
 魔力も強いのは認めるよ。
 けど、何でそんな急いで転職する必要があるんだ。
 折角いい学校に入れて貰ったんだ。
 今はお子さまとして、学生ライフを満喫しつつ、
 勉学に励んでいればいいだろ。」
誉めているのか馬鹿にしているのか今一つ判りかねるが、
子供が無理して大人の世界に足を突っ込み、
早くから苦労をする事はないと言いたいらしい。
「マジシャンの資格だけなら学業の一巻で済むけど、
 レンジャーは税金取られるし、
 中級職なんぞになった暁には、
 何かの時、大人と同じ責任を問われるぞ。」
資格として認められるのは、技術・魔力だけでなく、
己の行動の結果を予測する能力があるか否かもだろと、
カオスは言った。
職業試験で問われるのは、
単に呪文の知識や発動の不可だけでなく、
その威力、つまりは殺傷・破壊力と、
周囲への影響を理解しているのかもだ。
レンジャー試験に関しても、
ただ魔物を狩り、素材や残滓魔力を集めるだけでなく、
その功績に対して支払われる、
レンジャーポイントの扱いに関する規則や、
公共施設での規律、
狩りにでることの危険性を理解しているかが問われ、
国が冒険者を公認する本来の目的として、
魔物、魔法を扱う危険な獣の討伐や、
回収した残滓魔力を納める義務も生じる。
資格を取るからには、事故を起こしてしまった際、
「子供だから」で済むところも済まなくなり、
国に認められるからには、義務を果たさなければ、
相応の責任を問われると言うことだ。

「かといって、イザって時の賠償なんか、
 お前にはできないし、
 そもそも、怪我でもしてみろ。
 紅玲にどんだけ迷惑がかかるか解るだろ。」
養母の名を出されると辛い。
しかし、千晴にも引き下がれない理由があった。
「だって、早くママの役に立ちたいんだもん。」
一年間行方不明になっていた養母、紅玲が戻り、
半年が過ぎている。
過去の大怪我からくる特異な持病が急激に悪化し、
意識を失ったまま入院していたという、
如何仕方ない状況だったとはいえ、母の不在は長かった。
冒険者という、何があってもおかしくない職業から、
死んだものと判断されていた彼女が帰ってきた時、
千晴は死人が生き返った奇跡に狂喜し、
同時に、母がいなかったことを改めて実感して泣いた。
最近の養母は冒険者家業を再開し、
ベルエ王国の首都シュテルーブルで働いている。
知り合いの作った冒険者グループ、
いわゆる個人ギルドに所属し、
メンバーと狩りに行ったり、新人冒険者の面倒をみたり、
魔物との籠城戦を想定した対人戦に参加したりと忙しい。
体調に差し障らない程度に活動は留めているが、
いつ、再び持病が悪化するとも限らず、
狩りにしても対人戦にしても、戦闘に赴くのは心配だ。
その上彼女は隻眼で、視界が狭い分危険も多い。
可能であれば付いていきたい。出来れば母を守りたい。
マジシャンとしてレンジャーの資格を取れば、
それが許される。
また、純粋に自分が対人戦に興味があるのも否めないが、
母の所属するギルド、
ZekeZeroHampには黒魔法使いがいないし、
構成メンバーがわずか11人ということを考えても、
きっと役に立てるはずだ。
これが千晴が資格を取った理由の一つであった。
もう一つの理由は、まだ誰にも話せない。

「お前が冒険者になっても、
 喜ぶのはユッシだけだと思うがね。」
間違いなく、あいつは大喜びすると、
弟子と同じギルドの白魔導士のことを考えながら、
千晴の努力を鼻先で笑うように、カオスは言った。
「それより資格取る暇があるなら、炊事洗濯掃除、
 どれでもいいけど、家事一般をどうにかした方が、
 紅玲はよっぽど喜ぶんじゃねえの。
 高学年になれば週末帰省もなくなって、
 完全な寮生活になるんだし、
 ママとお料理なんか、今しかできないぞ。
 ついでに小火出したトラウマも克服しろよ。」
自分でも気にしている苦手部門をつつかれて、
千晴は飛び上がった。
「べ、別にお肉を焦がしたことなんか、
 気にしてないもん!
 あれはフランベをちょっと失敗しただけだもん!」
「あとな、油は食材が水っぽいと跳ねるから。
 その辺気をつければ、跳ねるってほど跳ねないから。」
「だから、フライで火傷したのなんか、
 気にしてないってば!」
「包丁使うときは、猫の手にしろよー」
「包丁使えなくったって、
 ピーラーとスライサーがあるもん!!」
途中で意見から綺麗にすり替わった挑発に乗ってしまい、
千晴は大きな声を出した。
何でそんな事を知っているのだと歯噛みする彼を無視し、
カオスはやる気なく背もたれを揺らしていたが、
くるりと椅子を回して千晴に向き直った。
「真面目な話、今はやめとけ。
 利、多くとも、害も少なくねえぞ。」
餓鬼は餓鬼らしく、大人に守られていろと、
よく晴れた冬の空と同じ色の瞳で千晴を見つめる。

母と揃いの白い髪と、雪のような肌。
エメラルドのような緑の瞳。
7歳にしては背が低く、体格も小さすぎる上に、
舌っ足らずなので5歳程度にしか見えない。
目鼻立ちははっきりしていて、
大きくなれば美少年と呼ばれるのかもしれないが、
今はまだ、西洋生まれを示しているに過ぎない。
髪の色以外、いや、紅玲は病で色が抜けただけで、
元々黒髪であることを考えればそれすらも、
似てない親子だなと、カオスは考えた。
血が繋がっていないのだから当然といえば当然だが、
負けん気が強く、目的の為に黒も白にしかねない辺りが、
ソックリなので、時々事実の方を疑ってしまう。
まあ、血縁上の繋がりなんてどうでもいいもんだしなと、
色々な意味で彼らしい結論を出し、
言ったところで聞きそうにない、
弟子の養い子をどうするか、首をひねった。
案の定、目の前の小僧は納得していない。

「でも、でも、ボクはママと一緒にいたいんだもん。」
腹の底から絞り出すような小さな声で、千晴は言う。
それは本当だ。
しかし、カオスの言う通り、
他に出来ることがあることを考えれば、
レンジャーになる理由として弱い。
幼くとも自分に出来る、幾つかの選択肢のなかで、
必要性が低いと大人が言いそうなものを、
敢えて選んだのは、
誰にも言えない、もう一つの理由より他ならない。
何時か、魔王クラスを相手にするのと同じ危険を、
冒すつもりの彼としては、少しでも早く、少しでも多く、
自分のレベルを高めておきたかった。
ついでにその時のため、
良い装備が喉から手がでるほど欲しい。
「そりゃ、家事とかも手伝えるよう頑張るけど、
 なにより、ママと一緒にいられる時間は、
 もう、残り少ないんだもん・・・
 ちょっとでも、一緒に居たいんだお。」
養母、紅玲の体調は周囲が思っている以上に悪い。
今回は持ちこたえたが、
何時、何があってもおかしくないから覚悟しておけと、
千晴に伝えたのは、他でもないこの魔王だ。
少しでも母と共に居たいのも嘘ではないが、
同時にカオスが心を動かしてくれればと、
同情を誘い、出来るだけ悲しげな声を出す。
母をダシにする卑怯な自分に胸が痛んだが、
本当の理由を口にしても、それこそ認めてもらえまい。
先を考えるほど、使えるべき手は全て使う必要があるし、
絶対役に立つ道具が目の前に転がっているのだ。
このチャンスを逃がすわけにはいかない。
そんな幼いながら必死の決意を叩きのめす、
冷淡な声が千晴の胸を刺した。

「本当に、それだけか?」
思わず顔を上げれば、氷の浮かぶ北海より冷たい視線が、
全部知っているぞと、千晴の目を真正面から捕らえた。
己の欲のために母を使い、
自分を利用しようとした浅はかな小僧を、
魂から凍りつかせんとする残忍な視線。
確かにこの男は、噂話だけの存在とされてはいても、
実在すれば、あらゆる魔物に勝ると謂われる、
伝説の悪魔なのだと今更ながらに実感する。
歯の奥がガタガタ震え、
自分がまだちゃんと立っているのか、
腰が抜けて座り込んでしまったのかも判らないが、
もう、後には引けない。
下される罰を覚悟し、千晴はぎゅっと目を瞑る。

しかし、死をも覚悟した彼の頭に降ってきたのは、
魔法の雷でも、鋼の剣でもなく、
どうでも良さそうな嘲笑だった。
「どうしようもねえな。このマザコンめ。」
先ほどの気迫は何処へやら、
適当な時期で親離れしないと後で大変だぞと、
カオスはやる気なく、鼻先で笑った。
心を読まれたと思ったのは勘違いで、
言葉通り母親至上主義と取られたのか。
それとも、全て知った上で、自分が本気で手を下すと、
怯えた千晴の浅はかさに呆れたのか。
一体、どちらだろう。
どちらにしても、山羊足の魔術師はこれ以上、
言い争う気はないようだった。
子供におもちゃを買ってやると約束するかの如く、
仕方なさげに苦笑する。

「ま、なんにしても、試験に受かったんなら、
 合格祝いを出さなきゃいけねえな。」
突然の色良い返事に、千晴は飛び上がった。
「本当かお!」
「まあ、うまい話はそうそう転がってないから、
 それなりに時間はかかるかもしれねえが、
 簡単に良い装備が手に入る方法を教えてやるよ。」
カオスの言葉は思っていたのと少し違ったが、
それで十分だと、千晴は激しく頷いた。
弟子の養い子が納得したのを認め、
「では、良いか?」と、カオスは人差し指をたて、
ゆっくりと話し始めた。
「シュテルーブルの東門を出て、
 3kmほど真っ直ぐ行ったところに開けた所があって、
 そこに大量のプチグリが棲んでるのは知ってるだろ。」
プチグリというのは1m程度の丸い透明のゼリーに、
鳥の羽が生えたような、
魔物と言うのも烏滸がましい、妙な魔法生物だ。
最弱モンスターが相手なら、
確かに難しくなさそうだと千晴は頷く。
また、今、母やギルドメンバーが住む、
ベルエ王国首都シュテルーブルの近くであれば、
狩りに行くと言っても、誰も心配しないだろう。
プチグリと聞いて、部屋の隅で遊んでいたキィも、
ニコニコしながら寄ってきた。
「プチ、やっつけ、いくの?」
キィは母のギルド仲間が、
時々プチグリ狩りに連れていってくれるのを、
楽しみにしている。
なにせ、プチグリと言えばプニプニ跳ね回るだけで、
何をするわけでもなく、
触った水を吸い取って膨れるのが関の山。
吸い取った水の量によっては大きすぎて、
若干対処を考えなければならないが、
通常ならば、まだ2歳弱のキィでも倒せるほど、
弱いのだ。
付き合ってくれる大人がいれば、
キィも連れていってやれるかもしれない。
「それで? プチグリをどうすればいいの?」
わくわくしながら、千晴は続きを促し、
「そう慌てるな。」と牽制される。

「あいつは確かに弱いが、95%が水分で出来てる分、
 体液、特に体内で凝縮されてゼリー状になった部分が、
 魔法薬の材料や魔応石の良い精錬水になったり、
 何かと使い勝手がいいんだ。
 もっと凝縮されて魔応石になってれば尚良い。」
「セーレの翼みたいな下級魔法道具や、
 薬品の瓶は、それがなきゃ作れないもんね。」
使い捨てなれど、一瞬で町へ送ってくれる移動魔法を、
組み込んだ魔法道具や、
技術士の調合した特殊な薬品やそれを入れる瓶は、
プチグリなど、モンスターからの採集品等から作られる。
教科書のような千晴の相づちに、
わかっているなら話が早いと、カオスは頷く。
「尤もレンジャーには、
 もっと稼げる良い狩り場があるし、
 安価に手に入る消耗品の類に、
 特別な値段は付かないけどな。」
子供の小遣い稼ぎや急場の凌ぎにはなっても、
日々の糧とするには、もっと魅力的な選択肢があるため、
狩り手は少ない。
「けど、集める手間や安全性を考えれば、
 破格と言っていい値段が付くし、
 生活必需品としていつでも大量に需要がある。
 そんなプチグリを100前後狩るんだ。」
競争相手がいないから、それくらい狩れるだろうと、
魔術師は言い、ふんふんと頷きながらも、
千晴は嫌な予感を感じ取る。
「それから?」
「そしたら、それなりの量の収集品が集まるから、
 それを売り払う。」
「それから?」
「またプチグリを狩って、収集品を売る。」
「それから?」
「何度も繰り返しているうちに、
 お金が貯まるから、市場に行って良い装備を・・・」
「それ、レンジャー学校で最初に習う、
 一番簡単なお金の稼ぎ方だお!!!」
自分が求めているものと違うと叫び、
食ってかかる千晴に、カオスも叫び返す。
「いいじゃん! 簡単且つ安全にお金が稼げるとか、
 こんな良い話ないぞ!」
「そんな地味な方法とるつもりなら、
 端からここに来てねえんだお!」
「皆、地味なラインから始めるんだよ!
 そこをすっ飛ばそうとか、考え甘いだろ!!」
争う二人を前に、
プチグリ退治はなさそうだと理解したキィが、
つまらないねと大事なぬいぐるみに話しかけた。
「けんか、だめよねー」
きいたんとルーはけんかしないよねと、
大好きな愛犬をぎゅっと抱きしめる。

すっかり興味をなくし、
再び一人遊びを始めたキィの隣で大人げなく、
二人はぎゃいぎゃい言い争う。
騒ぎすぎ、息が切れたあたりで、
魔術師は再び仕方がないなとため息をついた。
「わかったよ、別の方法教えてやるよ。」
「まったくもー よろしく頼むお。」
時々、この魔王はすっとぼけた真似をする。
プンプン怒る千晴を前に襟を正し、
改めてカオスは人差し指をたてた。
「じゃあ、今度は少し難易度が上がるぞ。
  ニュートーンの北に20km行ったところに、
 古城があるだろ。」
「ドンケルナハト城かお。」
誰が建てたともしれぬ、黒い森の奥にある紺色の城は、
不死者と総称される動く死体や、持ち主なく歩き回る鎧、
影のような実体の定まらない魔犬、
翼を広げれば1mにもなる蝙蝠等の巣窟で、
なにより人の生き血をすすり、
何千年も年を経た吸血鬼が館の主として住み着いている。
人数を集め、相応の準備をしなければ、
1時間と生存することは難しい上級ダンジョンの一つだ。
突然上がった難易度に、千晴はゴクリと唾を飲む。
しかし、上手くクリアできれば、
それだけ見返りも大きいに違いない。
一体何をすればいいのか、
カオスの言葉を一言も聞き逃すまいと、
千晴は集中して続きを待った。
「そこにはポルターガイストの一種、
 首なし騎士がでるだろ?」
「デュラハンかお。」
名前は有名だが、そんなに数の多い魔物ではない。
元々ポルターガイストというのは、
タンスやランプを動かす程度の下級霊であることが多い。
それが打ち捨てられた鎧を人のように動かしたり、
馬の姿をした夜魔に乗るほど強くなるのは、
土地が持つ魔力が強く、魔物に影響を与えるからだが、
デュラハンと個体名で呼ばれるほどの霊に育つには、
相当の魔力を吸い取らねばならない。
いくら血を大量に吸った古いダンジョンと言えど、
それを大量に発生させるほどの力はなく、
他の魔物に比べると、
30分の1ほどの遭遇率となるだろう。
戦えるチャンスも多くなければ、倒すのも難しい相手だ。
知り合いに、援軍を頼む必要があるかもしれない。
千晴が対策を練る間にも魔術師の説明は進む。
「夜魔ナイトメアを乗り回すだけあって、
 あいつ等はそれなりの魔力を持ってるからな。
 倒した後に残る、核となった鎧や魔応石にも、
 強い魔力が宿ってる。だから、壊れていても、
 武具の材料として買値がつくわけだが、
 狙うのはそれじゃない。」
当然だ。
溶かして鎧や剣に仕立て直すだけなら、
デュラハンのものでなくとも、用は足りる。
「狙うのは、デュラハンの中でも、
 特に年を経た奴が持っているとされる、
 朱色の魔応石だ。」
歴戦のレンジャーが長く籠もって狩りをしても、
手に入れることは難しいとされるレアアイテムに、
千晴は眉間にしわを寄せた。
「それを、どうするんだお。」
「こいつは、市場で高く取り引きされてるから、
 知り合いの商人に頼んで競りに出してもらう。
 さすれば大金が手に入るから、それで良い装備を・・・」
「それは、一般的にレアで一儲けする方法だお!」
先ほどとあまり変わらない展開に、
再び千晴は大声を出す。

「レアアイテムは滅多に手に入らないから、
 レアなのであって、
 そんなの見つければ、大儲けは当たり前だお!!」
「良いじゃねえか! 
 苦労して、狙った獲物が手に入ったときの嬉しさは、
 格別だぞ!」
「だから、そんな普通の方法で手に入る防具じゃなくて、
 きいたんのみたいな特別なのが欲しいんだってば!」
「バーロー! 装備は苦労して揃えるもんなんだよ!
 楽して良い装備は手に入りません!」
「だって、折角魔王と知り合いなんだお!
 これを利用しないで、何を利用するんだお!」
「うむ! 欲望に素直なその主張は実に共感できる!」
懲りもせず、ぎゃいぎゃいと言い争った後、
息を切らせたまま、カオスは言った。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
「また、変なのじゃないでしょうね?」
不信を露わにする千晴に、何度も同じネタを使うかと、
カオスは吐き捨てる。
「これができたら、きいこのと同レベル、
 且つ実戦を前提とした防具を一つ、
 俺様自ら造ってやらあ。」
今度こそ、ボスレアGETのクエストだ。
千晴は文字通り飛び上がる。
「本当かお! 絶対だお!?」
「ああ。ただし、条件はハンパなく厳しいぞ。」
通常入手不可能なだけあって、
カオスは難しい顔で腕を組んだ。
「ブロウブルグ西、150km行った所に険しい岩山がある。
 生息する魔物は多くないが、地形自体が厳しくて、
 人が立ち入るのは非常に難しい。」
「灰色山脈かお。」
ブロウブルグは隣国ソルダットランドの首都だ。
千晴は今でこそ、週末の帰省中を除き、
学校の学生寮に寝泊まりしているが、
入学前はそこに住んでいた。
最大の人口を抱えるベルエ王国に、
唯一肩を並べるソルダット共和国の首都でありながら、
学術都市でもある為か、閑散とした無口な街並みと、
城壁の外に広がる緑少ない荒野を思い出す。
幼い日、母と眺めた灰色の山は、
夏でも雪が消えることがなく、
人を寄せ付けない頑固爺の様な山として、
記憶に残っている。
あの山に登らなければならないなら、
何週間もかけて、準備を整えなければ。
まず、寒さから身を守る防具や野宿するテント、食料、
山道を進むためのピッケルや専用の靴など、
必要なものを買い集め、
いやいやそれより、それを買う資金集めが先だと、
千晴が頭をフル回転させる間も話は進む。
「その灰色山脈の一番高い所にある洞穴に、
 金色のドラゴンが住んでいる。
 そいつの髭を一本、どんな手使っても良いから、
 ちょん切って持ってこい。」
「ドラゴン、かお・・・」
「おう。30m位の飛竜だ。
 年食ってるからな。気難しくて怒りっぽいぞ。」
ドラゴンと一口に言っても、その種類は多様で、
大きさ、生態、知能も様々だ。
その辺に住む魔物と、
同じレベルで考えて差し支えないものもいれば、
人語を解し、魔法を使うばかりか、
姿を変え、人の世界に潜り込む様なのもいるらしい。
大きければ強くて賢いというわけでもないが、
30mはかなりのサイズだ。
勿論、もっと大きいドラゴンもいるが、
飛竜としては、最大レベルではないだろうか。
だが、やるしかない。
母のギルドには、経験を積んだ熟練の冒険者もいる。
きっと相談に乗ってくれるだろう。
本当に盗りに行くとは言えないが、仮定の話とすれば、
学校の先生も何か良い手を考えてくれるかもしれない。
幸い、求められているのは髭であって、首ではない。
きっと、方法があるはずだ。
千晴はぐっと拳を握りしめた。
覚悟を決め、まずは資金集めだと、
早速行動を起こそうとして、ふと引っかかり尋ねる。
「ねえ、まさかと思うけど、そのドラゴンって、
 国が公式に魔王認定してる中でも、
 最強とされる竜王、ルーディガーじゃないよね?」
「大丈夫だ。公認されてねえけど、俺のが強いから。」
暫し、沈黙が辺りを包む。

「そんなん、無理に決まってるお!!」
千晴の絶叫が部屋を揺らす。
「ルーディガーっていったら、
 約13年前に冬眠から覚めたとき、
 ベルエ王国、ソルダット共和国、
 その他諸国の連合軍を纏めて壊滅させて、
 大きな街を幾つも潰したので有名じゃないかお!
 ボクなんかが、何か出来る相手じゃないお!!」
「冬眠前の現役時代は、もっと強かったけどな。」
「そういう問題じゃないお!!」
カンカンになって千晴は怒った。
幾ら何でも一般的に最強とされる魔物を、
引っ張ってくることはないじゃないか。
これ以上酷いことはないと足を踏みならす彼に、
横からキィが追い打ちをかける。
「かっかは、おヒゲ、ないよー
 おヒゲは、ヒュンケリュおじたんと、
 アチェナお兄たんだよー」

だからふかふかなのに、じょりじょりなんだよーと言う、
その全てを理解できたわけではないが、
大事なところは、ちゃんと伝わった。
「ない髭をどうやって切れって言うのさー!!!」
「あーもー うるせえなあ。」
千晴の絶叫に耳を押さえ、
じゃあ、こっちにしろとカオスは言う。
「シュテルーブル北西の森、ベネッセに住む黒山羊、
 マーケルの角でも良いぞ。」
「そのマーケルって誰だお。」
もう、騙されるものかと、
千晴は眉間の皺を深くしながら聞く。
案の定、返ってきた答えは酷いものだった。
「お前ら人間の間じゃ、魔王バフォメットの名前のが、
 一般的か?」
「うん、それなら分かる。
 シュテルーブル西の森林地帯、
 ベネッセに生息する黒悪魔の王だよね。」
全力の嫌みから説明口調になる。
カオスは何でもないように言うが、
バフォメットは棲息地が隣接しているが故に、
フォートディベルエ建国当時より、
人間と血で血を洗う争いを続けている魔族の長だ。
「それはベルエ王国の最大の敵だお!
 角なんか折ったら、
 シュテルーブル総出のパーティーになるお!
 何でそんなの引っ張ってくるんだお!!」
「だってあいつ、最近生意気なんだもん。」
なに考えてるんだと怒鳴られたカオスは、
黒悪魔がキィより、
自分の末息子の方が可愛いって言うんだと、
実にどうでも良い理由を述べ、
怒りすぎた千晴は足を踏みならすのを通り越し、
部屋中を飛び回った。

ウサギのように跳ね回る弟子の養い子を眺めながら、
カオスは背もたれを揺らした。
「だってなあ、お前、よく考えてみろよ。
 何で魔王が“王”なんて呼ばれるのか。」
「・・・それは、
 他の魔物と比較にならない力を持つからだお。」
魔王の中でもレベル差があるとはいえ、
最弱とされるドンケルナハトの吸血鬼にすら、
並の冒険者では束になってもかなわない。
弱いとされるのも他の魔王に比べ、好戦的ではないのか、
意外と簡単に引くからであって、
彼が本気になったら、どれだけ死人がでることか。
先に述べたルーディガーやバフォメットは勿論、
シュテルーブルを南東に進み、
海を越えた先の砂漠に棲む人狼カートアダムに、
ブロウブログ北東の山を巣とする不死鳥フェニックス。
古代の遺跡イデルに逃げ込んだホムンクルスの真祖、
ヌマー・ヌルや、シュテルーブル東に広がる森林、
フロティアの奥にある洞窟で、
大量の不死者を束ねる皇帝セイロン。
国が公式に魔王と認定している魔物はどれをとっても、
街一つ簡単に滅ぼす戦力を持っているとされる。
「そんな奴らから手に入る道具が、
 生半可な性能なわけないだろ。
 仮に市場に出回れば、軽く数千万単位の値段になるわ。
 そして、俺は誰だ?」
「はっきりした存在と活動範囲を確認できないから、
 公認されてないけど、
 魔王の頂点に立つとされる山羊足の魔術師だお。」
カオスは、彼として認識されていないもの含め、
噂話だけならば、遙か昔から幾つも受け継がれている、
正に伝説の存在だ。
言われていることを理解して、
完全にふてくされた千晴を鼻先で笑い、
どれだけの価値があるか分かれば十分とカオスは言った。
「まあ、メジャーじゃないのは、
 魔王業を始めたのが結構最近なせいもあるけどな。
 そんな俺が、弟子の養子にとは言え、
 ホイホイ装備をやれるわけねえだろ。
 紅玲に手を貸してるのだって、本来なら禁止事項だ。
 これ以上の介入はゲームバランスが崩れます。」
「なんだお、ゲームバランスって。」
只の例えか、魔王中の魔王ともなれば、
人の世界の理などゲームのようなものなのか。
出来れば前者であってほしいと思う。
結局、からかわれていただけと、
悟った千晴の頬はますます膨れ、
その子供っぽい仕草に、ますますカオスは呆れた顔をし、
如何に身の程知らずかを指摘する。
「実際、きいこと同レベルっていったら、
 ルーディガーの火炎弾でも軽く跳ね返すぞ。」
つまり、防げない攻撃は存在しないということだ。
幾ら愛娘の安全のためとは言え、
あり得ない性能に千晴は毒づく。
「どんだけ親馬鹿なんだお。」
「なんにせよ、
 只でさえ、赤ん坊の件で制裁食らってるってのに、
 これ以上、人の世界にあれこれ出来ねえよ。
 と、言うわけで、諦めてください。」
再びギシギシと背もたれを揺らしながら、
やる気なく魔術師が宣言するのに、
返す言葉を見つけられず、千晴は奥歯を噛みしめた。

彼が言っていることは、恐らく正しいのだろう。
母、そして結果的に自分は既に、
魔王の気まぐれとしても不自然すぎるほど、
カオスから便宜を図ってもらっている。
数年前、頼る当てもなく、
乳飲み子だった千晴を抱えて国を出た母に、
山羊足の魔術師は趣味として保護している、
養い手のいない赤子達の世話を仕事として斡旋し、
ついでに魔術や言語まで一通り伝授した。
おかげで母は慣れない異国の地でも衣食住を確保し、
冒険者の仕事や仲間を見つけることができた。
彼女が働き、稼げたお陰で、
千晴は食べるのに不自由しないばかりか、
最上級の学校に通わせて貰っている。
そんな奇跡は、通常起こり得ないし、
誰にも手を貸されることなく、
生きなければならない一般市民からすれば、
依怙贔屓も良いところだ。
親子共々とっくに死んでいる、
或いはもっと酷い目に遭っていてもおかしくないのを、
不自由のないレベルまで引き上げて貰った上に、
追加の庇護を求めるのは図々しいにも程がある。
また、カオスのような力を持つものが、
無制限に手を貸せばどうなるかは、想像に難くない。
そこかしこで奇跡が起き、
英雄が次々誕生し、街は喜びで溢れかえる。
そんな都合のいい世界はあり得ない。
必ずどこかで歪み、不和が起こる。
歪みは反動を持って、元に戻ろうとするものだ。
受けた恩恵以上の不幸が返ってきてもおかしくない。
それでも、奇跡を起こしてもらうとすれば、
自分ではなく、ずっと弱いものにだ。
だから、カオスがキィ達赤ん坊しか、
大事にしないのは正しい。
自分はこれ以上を望んではいけない。
そんなことが分からないほど、千晴は馬鹿ではない。

だがしかし、理解と納得、理性と感情は別物である。

「でも、欲しいったら欲しいんだおーッ!!」
そう叫ぶと、千晴は一気にカオスに踊りかかった。
首にしがみつき、ぐらぐらと揺する。
「どう考えたって、こんなチャンス逃がせないお!
 折角、魔王と知り合いなのに、
 それを利用せずして、なにを利用するんだお!
 装備、頂戴! 頂戴ったら頂戴っ!!!」
「くそう、どこまでも己の欲望に忠実なお子様め!」
椅子ごとユサユサ揺すられ、魔術師も大声を上げる。
「これ以上はマジで色々あるんだよ!
 大人しく諦めなさい!」
「嫌だお! 世の中、特に大人の都合なんか、
 知ったこっちゃないんだお!
 ボクに激レアアイテム一つ、GETさせずして、
 なにが魔王中の魔王だお!
 弟子の養子に主人公補正やご都合主義の一つや二つ、
 与えられなきゃ意味がないお!!」
「うむ、ある意味、筋が通っている!」
無謀にも、魔王が恐れる大魔王を揺らしながら叫ぶ千晴、
いつでも振り払える癖して付き合いの良いことに、
揺すられながら叫び返すカオスの言い争いは、
部屋の外まで響き、建物全体を揺らした。

「あーもー 分かった分かった!!」
四度、カオスが叫ぶ。
「きいこと同レベルの装備をやればいいんだろ、
 やれば!」
「分かればいいんだお、分かれば!」
売り言葉に買い言葉で、千晴は言い返し、
その意味を考え直す。
これまでの経過から、にわかに信じられないが、
カオスは襟をなおしながら、確かに言った。
「規制に引っかからない程度で、人から羨ましがられ、
 狩りにも使えるなんかしらの装備を、
 俺が自ら作ってやる! それで文句ないな!」
「ほ、本当に、本当かお?」
自分が無茶を言っているのは分かっていたので、
確認するも、どもってしまう。
「おう。そうでもしなきゃ、納得しないんだろ。
 ただし、出来たものに苦情は受け付けないし、
 材料集めぐらいは自分でやれよな!」
まだ、余裕はあったであろうに、
如何にも自棄っぱちな態度が気になるが、
今度こそ、間違いなさそうだ。
「その材料って言うのは、
 ボクにも集められるものなんだよね?」
念を押す千晴に、
何だったらポールにでも手伝って貰えと、
カオスは母のギルドメンバーの名をあげた。
「あいつはあいつで、レベル上げなきゃいけないからな。
 中級試験に受かったのに舞い上がって、
 すっかり油断してやがる。
 ちょっと、引きずり回してやれ。」
「アイアイサーだお!」
狩りをして、材料集めをするなら、
ちょうど前衛が欲しいところだ。
素直に言うことを聞くようになった千晴の変わり身に、
カオスは顔を歪めたが、そのまま必要なものを告げる。
「まずは、C級レベルの魔応石を30個集めてこい。
 ガーゴイルが落とす、灰色の奴が良い。」
「えー でも、ガーゴイルはあんまり見かけないお。」
ガーゴイルは怪物の姿をした動く石像だ。
石で出来ているため魔法が効きづらいが、
倒せない相手ではない。
ただ生息地域が限られている。
面倒臭さから口を尖らせた千晴に、
それくらいは何とかしろと、カオスは言い捨てた。
「モンサルスジェント寺院なら、
 それなりに数がいるだろ。銀悪魔には気をつけろよ。」
シュテルーブルより差ほど離れていない場所にある、
打ち捨てられた古代の寺院には、
確かに、ガーゴイルが多く生息している。
時折出没する、トカゲ顔の銀悪魔は手に負えないが、
それさえ気をつければ、特段強い魔物もでない。

「わかったお!」
残りの材料は魔応石が集まったら教えると言われ、
千晴は早速、家路を急ぐ。
「きいたん、もう、お家帰ろう。
 それでユーリお姉ちゃんの作ってくれた、
 ケーキ食べよう。」
そう話しかければ、一人遊びに飽きていたキィは、
直ぐその気になり、ニコニコ顔で頷いた。
「きいたん、おなかへった。」
「うん、早くおやつにして貰おう。」
差し出された手を、しっかり握ったまま、
千晴はこらえきれない喜びに飛び跳ね、
嬉しそうなお兄ちゃんに楽しくなったのか、
キィもシシシと笑いながら、一緒にジャンプする。
「じゃあ、いってきます!」
そのまま、部屋から飛び出そうとして、
入れ替わりにやってきた、
カオスの飼い犬にぶつかりそうになる。
「メルさん、ごめんなさい!」
謝るのもそこそこに、
千晴はスキップしながら出ていった。
程なく発動した魔法で、
千晴とキィの姿が消えるのを眺め、
人の姿をとったカオスの使い魔は、
何事かと主を見やった。

「一体、何をけしかけたんですか、マスター?」
「別に。装備欲しいって言うから、
 材料集めにモンサルスジェントまで、
 ガーゴイル狩りに行けって言っただけだ。」
「モンサルスジェント?」
主の言葉に、黒髪の使い魔は整った眉をしかめる。
「あそこは、今、地脈の変動でガーゴイルに留まらず、
 動く鎧などのポルターガイストや、
 ウィルオウィプスが異常発生しているから、
 上級者以上、若しくは立ち入り自体を、
 禁止しなければ危険だと、人側に通達にするよう、
 リカルド様から緊急連絡があったと思いますが?」
飼い犬の進言に、山羊足の魔術師は僅かに首を傾げ、
フムと頷いた。
「そうだった、っけか? 忘れてた。」
「知りませんよ。そんな無責任なことをして。」
浅黒い肌の使い魔が、冷淡に言い捨てるのに、
カオスは特に顔色も変えず、
背もたれをギシギシ揺らしはじめた。
彼がどのような装備を作るのかは知れないが、
千晴が相当苦労するのは間違いない。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
津路志士朗
性別:
非公開

忍者カウンター