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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

兄狼はただ走る。

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兄狼はただ走る。





走る、走る、走る、走る。
大地を蹴る。返ってくる土の触感。
顔を叩く草や小枝。
走る。

息は切れない。
この器に肺呼吸の機能はない。
それでも体の端々に触れる感覚が。
返ってくる衝撃が。
どれも懐かしく、心地よい。
走る。

『ヌルが風邪を引いたらしいぞ。』
そう、お父さんは言っていた。
ヌル。
人間が作ったホムンクルスとか言う、変な魚みたいな奴。
人造生物とかなんとか、良く分からない生き物だけど、
この前、遊んでやった。
そしたら、湖を爆発させた。
変な奴。

『お前らがクソ冷たい湖で寒中水泳なんか勧めるから。』
何がいけなかったのか。
分からなくもないが、気にもならない。
あれがお湯に入りたがったのだ。
だから誘った。
水かお湯かで大きく違うだろうと、
指摘されれば、そうだろうとは思う。

器がないとは、核がないということだ。
核がないということは、不安定であるということだ。
器をなくしてから、多くのことがなくなった感覚はある。
失ったものについて嘆くことはないが、
それも器がないからだろう。
この器の中にしばらく居れば感覚が戻ってきて、
お父さんが言っていることもわかるだろうか。

どっちでもいい。
大したことじゃない。
今はただ、走る。
楽しい。

『お見舞いに行ってやれよ。友達だろ?』
友達じゃない。でも、お見舞いは行ってもいい。
そう答えたら、この器とリュックを貸してもらえた。
背中のリュックはモサモサ揺れる。
落ちないよう確り身体に括り付けてもらったけど、
少しだけ、違和感がある。
風が前方から獣の気配を運んでくる。
この器では匂いがよくわからない。
でも、近くに生き物が居る感覚がある。
スピードは緩めない。
走る。

鹿の群れだ。オスの鹿。
繁殖期じゃないとき、鹿はオスだけの群れを作る。
彼奴らは何もしないくせに、態度ばかりでかい。
こっちに気がついた。
生意気に角を振り立て、交戦体制にはいっている。
スピードを上げる。蹴散らす。
背を飛び越えて、ついでに蹴り上げる。
大混乱だ。様を見ろ! 
さっさと逃げればいいものを。

走る、走る、走る。楽しい。
ルーも一緒に来れればよかった。
けど、用意できた器は一つだけ。
自分たちの魂に耐えられるほどの器は、
そうそう作れるものではないらしい。
それに誰かが留守を守らないといけないから仕方ない。
走る。

森の中。草原。人の作った道や畑。何かの設備。街。
そんなものを通り過ぎながら、走る。
見られるようなへまはしない。走る。

見えてきた。古い建物。
結界が張ってある。間違いない。
魔力で作られた壁を前足でチョンチョンと触る。
壊そうと思えば、壊せるだろうけど、
器が壊れたらいけないし、お父さんが怒る。
結界に沿って歩く。
明らかに雰囲気の違う建物が見えてくる。
森も見える。あっちに行きたいなあ。
でも、あっちからは別の群れの気配がする。
だいぶ離れているみたいだから、
気が付かれることはないだろうけど、
別の群れに当たると何かと面倒だ。
建物の出入り口を探す。
少しだけ待つ。
お父さんによれば、1時間置きに巡回兵が出てくるはずだ。

…出てきた。
彼奴らは周囲をぐるっと回ってから、施設の中に戻る。
そこが狙い目だ。
待つ。待つのは大事だ。
待てない奴は獲物を捉えることが出来ない。
後をつけてもいいけれど、どうせ同じところに戻ってくる。
待つ。

戻ってきたら、素知らぬ顔をして後について行く。
下手に走り込んだりはしない。
この器は小さい子犬に似せてある。
ついでに今はリュックを背負っているから、
如何にも飼い犬らしく見えるはずだ。
だから、彼奴らは警戒しない。
見つかっても精々驚くだけだ。
それどころか後ろを確認すらしない。
ほら、簡単に中に入れた。迂闊だなあ。
気づかれないうちに隙間に隠れる。
ハーフェンの、移動用の施設は何処だろう。
上手く利用者が来るといいけどな。

居たぞ、あそこだ。
都合のいいことに猟犬や、鳥型の騎獣が居る。
彼奴らの後ろに付いていこう。
犬たちは飼い主のことばかり気にしているから、
気が付かない。
ケトリックとかいう大きな鳥は、
こちらをちらりと見ただけで、
こいつも気にしない。猟犬の1匹だと思ったようだ。
鳥は馬鹿だ。匂いが全然違うのに。
この器に毛皮や肉は使われていない。
ボア素材と綿と、核になる魔応石だけだ。
ゲートが開く。施設の係員と目が合う。
愛想よく、尻尾をパタパタ振ってやる。
ほら、何も言わなかった。
この大きさでは狩りに行くには小さすぎるのに。
小さな子犬が危険なはずはないと、思い込んでいる。

公式冒険者とか呼ばれている人間たちと、
一緒にゲートの中に入る。
結界の中にはいってしまえば、こっちのものだ。
バレないうちに、さっさとずらかる。
街はあちこち壊れていて、
残っていることのほうが不思議な有様だ。
でも、今の建物と違う特徴は、まだ残っている。
『懐かしい。』
突然、思いがけない感覚が戻ってくる。
そうだ、懐かしい。
砂と粉を固めて作ったこの建物は、
大きなガラスや鉄と油の匂いを感じる町並みは。
クライの街と、同じだ。

クライ。優しい目をした人間。
肌が黄色くて、髪と目が黒かった。
大好きだった。大好きだった。
父さんを、助けてくれた。
俺たちを、怖がらなかった。
ユグを助けようと、必死で頑張ってくれた。
大好きだった。誰よりも、大好きだった。

でも、もう居ない。
何処にも、居ない。

仕方ない。人はすぐに死ぬ。
それにアンリはまだ居る。
アッシュもオリバーも居る。
お父さんも居る。何より、きいたんが居る。
きいたん。人間の赤ん坊。お父さんの大事なもの。
きいたんはちっさくて、いい匂いがして、柔らかくて、
何より、弱っちい。
お父さんは、きいたんを守ってやってくれって言う。
言われなくても、守ってやるよ。
きいたんは、大事だから。
俺とルーの大事だから。

変な生き物が襲いかかってきた。
人間によく似てる。でも違う。
生意気だ!

思いっきり頭突きを噛ましてやる。
こんなの、噛み付くまでもない。
あっという間に消える。
たくさん居る。
あっちにも、こっちにも。煩い。
思い切り、息を吸い込む。
この器に肺はないけど、感覚だ。
「アイスブレス!」
冷たく凍らせた魔力を思い切り吐きかける。
本当は炎のほうが得意だけど、火事になったら面倒だ。
人間が騒ぐ。
変なのは、カチコチに固まって動かなくなった。
無視してずんずん進む。ホムは、何処かな。
あっちの方から、強い気配がする。

走る。
途中で何度も、変な生き物を蹴散らす。
どっちが強いかも分からない、馬鹿な奴ら。
ヌルも似たようなところがある。変なやつ。
走る。

強い魔力の気配を感じる、建物にたどり着く。
空いている窓から入る。
多分、昔はガラスが張ってあったのだろう。
どんどん進む。階段を登る。
小部屋の一つに入る。
小さな部屋だ。お父さんの書室より小さい部屋だ。
ベットがある。古びた布団が膨らんでいる。
見つけた。
思い切り、ベットごと頭突きを食らわす。
ドシンと大きな音と、部屋がグラグラと揺れる。

『何事か?』
「おい、ヌル! 起きろ! 
 起きろ、ホム!」
布団の中身がぷうと膨れ上がり、
バチンと魔力が弾ける音がして、ちょっとした衝撃を感じる。
でも、それだけだ。
この程度の魔力で痛むほど、この器は脆くない。
代わりにウォンと吠える。
布団から現れた薄青色の大きな魚が、
風船みたいに膨らんで、
疑心と不快と困惑が混ざった、
刺々しい精神波を伝えてくる。

『…お前は、誰か?』
「わかんないのか? 馬鹿だなあ!
 ティーだよ!」
名乗っても、精神波の敵愾心は変わらない。
今にも攻撃を仕掛けてきそうだ。
『お前は、ティーではない。
 ティーは、霊体の狼だ。お前は違う。』
「違わないよ! お父さんが作ってくれた器だよ!
 お外に出るからって、貸してくれたんだよ!」
説明したにもかかわらず、
思念波がますます困惑の色を深くする。
『お父さんとは、誰か?』
「カオス・シン・ゴートレッグ! 山羊足の魔術師!
 本当のお父さんじゃないけど、
 きいたんのお父さんだから、おんなじだよ!」
お父さんは、自分たちにお父さんって呼ばれることに対して、
思い出した時に怒る。
『こんな息子が居てたまるか!』と言う。
でも、沢山の相手からお父さんって呼ばれているから、
すぐに忘れる。

『…魔術師の、作った?』
ヌルはまだ、わかっていないみたいだ。
馬鹿だなあ。ホムンクルスは頭が悪い。
でも、そんなことはどうでもいい。
とりあえず、攻撃する気はなくしたようだし、
今は別に大事なことがある。
「そう! お父さんから風邪を引いたって聞いたぞ!
 お見舞い、持ってきてやったぞ! 食べろ!」
背中のリュックを引っ掻いて取ろうとしたけれど、
上手く取れない。
肩口を咥えて、引っ張ってみる。取れない。
前足が抜けない。取れない。
諦めて、ヌルに頼むことにする。
「おい、ホム! お前人型に化けられるだろ。
 背中のリュックとって!」
ノロノロとホムンクルスが姿を変える。
この生き物は不形態で、
姿を大体のものに変えられるらしい。
しばらく待っていると、
いつもの金髪の若い人間の男になった。
魔法で服を制御している獣人と違い、
皮膚を服に変えて化けるのだから、器用なものだ。
「早く取って! リュック取って!」
『取り方が、わからない。』
「じゃあ、口だけ開けてくれればいい!
 中身出すから!」
鈍重なホムンクルスを急かし、
リュックの口を開けてもらって、逆立ちする。
中身がバラバラとこぼれ落ちる。
もっとだ。全部出てこい。

『これは、何か?』
「お土産!
 お見舞いに行くときは、お土産を持っていくんだ。
 美味しいぞ! 早く食べろ!」
リュックから取り出したものを目の前に並べても、
ヌルは首を傾げるばかりだ。
何を貰ったのかも、わかってないみたいだ。
『食べる?』
「そう! たくさん食べないと、元気になれないぞ!
 風邪、治らないぞ!」
言い聞かせても、ちっとも動かない。
なんでだろう。嫌いなものなのかな?
どれも美味しいものなのに。

「なんで食べないんだ?
 オレは器がそう出来ていないから、食べられない。
 でも、お前は違うだろ?
 食べるのは、楽しいはずだぞ!」
本物の器が有ったのは本当に昔だ。
最後に食べたのは何だったかも、覚えていない。
でも、楽しかった。
肉を引き千切り、飲み込む感覚。木苺を頬張った時の香り。
逃げる獲物を追い詰めて、漸く捕まえた時の高揚感。
熟した果物を見定め、舌で掬い取った時のくすぐったさ。
どの記憶も楽しかったと告げている。

早く受け取るよう、
たしたしと前足で地面を叩いて催促すれば、
ヌルはまた、首を傾げた。
『食べる… これは、何か?』
ホムンクルスが指さした紙包みを見る。
「これは鹿の肉! サシのはいった美味しいところ!」
お土産だからとお父さんに頼んで、
一番いいところを貰ったのだ。
胸を張って教えれば、ヌルはまた、別のものを指した。
『これは?』
「これは、ブルーベリー!
 きいたんの家には、
 大きなブルーベリーの畑があるんだよ!」
『この赤いのは?』
「これはトマト! トマトは何でも直すんだぞ! 
 きっと、風邪も良くなるぞ!」
『この、茶色い変な形のは何か?』
「きのこ! 焼いて食べると、いい匂いがする!」
一つ一つ、説明してやると、
漸くヌルはベリーの一つを手に取り、口に淹れた。
『…知らない、味がする。肉とは、違う。』
本当に食べていいのかと、胡乱な視線を向けられ、
フンと鼻先で笑う。
「それは、甘酸っぱいっていうんだぞ!」
ヌルはそんなことも知らないのか。
ちっちゃい、子供みたいだ。
身体ばかり大きくて、きいたんよりちっちゃい。
変なやつ!

貰ったものを一つずつ口にして、
ヌルは無表情なまま、首を傾げた。
『知らない、味ばかりだ。
 我はどれも、食べたことがない。』
そのまま、きのこの一つを手に取る。
『これが、一番、不思議な味がする。』
生で食べたからじゃないのかなと思う。
「それは、焼いて食べるんだぞ。
 お父さんたちは、何時もそうしてるぞ。」
『焼いて、食べる。』
「強い火は駄目だぞ! 焦がさないようにするんだぞ!」
『焦がす?』
「真っ黒になったら駄目なんだよ! 苦いんだよ!」
途中で気がついてよかった。
案の定、焦げるということも知らないらしい。
焦げたら不味いのに。苦いのは、美味しくない。

魔法で片手に小さな火を作らせ、適当にあぶらせる。
普通の人間では魔力の調整やら、連続消費やら、
面倒で仕方がないだろうが、
一回だけだし、ホムンクルスだからきっと大丈夫だ。
ヌルは保有する魔力の量だけは多い。
プツプツ水が出てきて、いい匂いがしたところで止める。
熱いから、気をつけるように言いつける。
焼けたきのこを食べても、ヌルは無表情のままだった。
こいつは何時もそうだ。
何時も不機嫌そうな、真面目くさった顔ばかりしている。
顔の動かし方も知らないんだろうか。

それでも、ゆっくり考えるように、
ホムンクルスは思念波を飛ばしてきた。
『これも、我は知らない。食べたことがない。
 でも、これが一番、いいと思う。』
「そういうのは、美味しいっていうんだ!」
『おい、しい。』
教えた言葉を繰り返して、ヌルは何度も頷いた。
『おいしい。
 きのこは、おいしい。ベリーも、おいしい。』
「よかったな! たくさん食べて、早く良くなれ!」
ヌルが少しずつ持ってきたものを、
口に運ぶのに満足して、立ち上がる。
『何処へ、行くのか?』
「帰るんだよ! お家に、帰るんだよ!」
『何故?』
そんなことを聞かれるなんて思ってもみなかった。
うちに帰るのは、当たり前じゃないか。

「ここは、オレのうちじゃないからだよ。
 縄張りの外にいても、良い事はないよ。」
縄張りの外には、他の家族が暮らしている。
縄張りを維持できないと獲物が取れなくなるから、
皆、必死になって守る。
他のやつが入ってきたら凄く怒る。
喧嘩したって負けないけど、
無駄な喧嘩はしないほうがいい。
ホムだって同じじゃないのかと言えば、
ヌルは不可解そうに首を傾げた。
『ここは、お前の縄張りではないが、
 我の縄張りだ。ここに居ればいい。』
言っていることが、良く分からない。
「でも、お父さんと寄り道しないって約束したよ。
 それにお家には、ルーもきいたんも待っているよ。」
だから帰ると再度伝えると、
ヌルは漸く頷いた。
『ティーは、うちに帰る。ルーや、キィが待っている。』
「そうだよ! だから、帰るよ!」
伝わって、良かった。
そうと決まったら、早く帰ろう。
別れの挨拶代わりにパタパタっと尻尾を振ってやる。

ヌルはなにか言いたそうに、
下を向いたり、横を向いたりしている。
『今日、お前が来たの、我に、良かったと思う。』
漸くなんか言ったと思ったら、
また、変なことを言っている。
「そう言うのは、
 来てくれて、ありがとうっていうんだぞ。」
『ありがとう?』
ありがとうも知らないのか! 赤ちゃんだ!
ヌルは、本当に赤ちゃんみたいだ!
変なやつ! 
赤ちゃんのくせに、身体ばっかり大きい変なやつ!

『あり、がとう。』
「うん、じゃあな! たくさん食べて、早く良くなれよ!」
用事は済んだし、早く帰ろう。
それでお父さんやルーに、
ヌルが赤ちゃんだったって教えてやるんだ。
あと、ゲートをちゃんと潜れたことと、
途中、誰にも見つからなかったことも。
そしたら、また外に遊びに行けるかもしれない。
縄張りの外は危ないけど、縄張りの外は面白い。
難しいところ。難しいこと。
さあ、帰ろう。走って、帰ろう。
走るのは、楽しい。帰るのも、楽しい。

「カオス、少しよろしいですか。」
各種族の実力者が集まる他種族協定会議。
通称、魔王会議の終わりに、
山羊足の魔術師の異名を持つ魔物、
カオス・シン・ゴートレッグは、
人間の大国、ソルダットランドで作られた人型機械、
ジィゾ・フォン・ツォーセから声を掛けられた。
「んだよ、どうかしたか?」
人のために作られながら製造者に抗い、
発見次第廃棄処分と定められたこの作り物は、
高性能だけに変わった話を持ってくる。
若干の好奇心と、面倒ごとの不安を感じながら、
カオスは素直に立ち止まった。

身長182cmと彼より長身の機械は、
白い髪の隙間から赤い瞳を瞬かせ、難しい顔をしている。
何時も穏やかな笑みを浮かべているジィゾには珍しい。
「不味いことでも有ったか?」
心の方向を面倒ごとへの対応準備に向け、
聞いてみれば人型機械は静かに頷いた。
「ヌルが、体調を崩しました。」
「ああ、風邪が悪化したのか?」
同じ国で作られたせいか、関係ないのか、
ホムンクルスと人型機械は比較的仲がいい。
病身との噂を聞いて、
ジィゾもヌルを見舞いに行ったのだろう。
しかし、この前、
うちの小さいのが遊びに行ったときの話では、
元気そうだったけどな。
そんなことを考え、適当な相づちを打てば、
ジィゾは首を横に振った。

「いえ、毒物です。」
「毒!?」
思いもよらない話に、目を見張る。
だが、考えてみればホムンクルスは魔力こそ高いものの、
知識や技術などが心もとない。
そのくせ、彼の命を狙う輩は山のように居る。
もしや、住処に訪れる人間にやられたか。

眉間にシワを寄せたカオスに首を横に振って見せ、
ジィゾは深くため息をついた。
「幸い、命に別状はありません。
 また、他者からの攻撃によるものでもありません。」
「じゃあ、どうした?」
まどろっこしいのは嫌いだ。
さっさと説明しろと促せば、
ジィゾは目を伏せ、静かに結論を述べた。

「きのこです。
 生息地に生えていた毒キノコを、
 口にしたようなのです。」
「死んだの!?」
「いえ、ですから、命に別状はありません。今は。」
「そうだったな。」
ジィゾが見つけたときには、ぶくぶくとあわを吹き、
小刻みに痙攣していたそうで、
一先ず胃の中身を吐き出させたのが正解でよかったと、
人型機械は肩を落とした。

「しかし寄りにも寄って、何故きのこなんか。」
きのこの判別は素人には難しい。
また、面倒な物を口にしたものだ。
「そもそも、ヌルは肉食じゃなかったっけ?」
「肉食というより、
 他のものを食べたことがなかっただけのようです。」
今更何故、道端のきのこなど口にしようと思ったのか。
素朴な疑問に人型機械が答えてくれる。
親の居ないホムンクルスが食料としていたものは、
本能的に捉えた動くものか、
何かのはずみに与えられたものだけ。
それで困ることもなく、
何が食べられるのか、教えるものも居なかったため、
今まで変わらずに来てしまったようだ。
漠然と不憫だなと思う。

「それで、ここからが本題ですが。」
まるで教師か刑事のように、
冷徹に人型機械は話を勧めた。
「カオス。
 貴方は最近、ヌルに食べ物を与えませんでしたか?」
尋問のような問いに、自然と姿勢を正し、
魔術師は真面目な顔で応じた。
「俺がっていうか、
 ティーが見舞いにあれこれ持っていったな。」
「その中に、きのこは含まれていませんでしたか?」
「有ったような気がする。」
「きのこの種類、毒性の存在、
 安易な採取の危険性などを、
 説明することはありましたか?」
「しないだろうな。何せ、ティーだからな。」
少しの間、間が途切れる。
ジィゾは黙って俯き、カオスは口の端を歪めた。
「きっと、美味しかったんでしょうね。」
「何でも同じだと思ったんだろうな。」
何せ、あのホムンクルスは年若く、
非常に物を知らない。
貰ったものと、道端に生えていたものの、
区別もつかないだろう。

「あれの管理について、
 やはり見直しを検討すべきでは。」
「まあ、死ななくてよかったよ、取り敢えず。」
世間知らずも程度が過ぎれば害となり、
厄介者であるからこそ周囲に影響を与える。
面倒な存在に、魔術師と人型機械は肩を落とし、
揃って溜息を突いた。

後で聞いたところによれば、
『美味しかったのに。』と、
ホムンクルスは首を傾げていたらしい。

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津路志士朗
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