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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

鉄火さんは苦労が多い。

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ただいまコメントを受けつけておりません。

鉄火さんは苦労が多い。



戦士と呼ばれる職業のほとんどが、
騎兵になる時勢の中で、今時歩兵でありながら、
竜堂鉄火は希代の剣士として名高い。
その強さは彼自身の才能はもちろん、
王族に生まれながら、
一介の冒険者としての道を進まざるを得なかった、
厳しい環境が育んだものとしても過言ではない。
そんな彼の未来をある魔術師が予言した。
「あいつは逆境で延びるから、
 これからもどんどん強くなるな。」
それは良いのか、悪いのか。
少なくとも、彼の人生に安穏という言葉はないらしい。

それでも鉄火は最近、機嫌がよかった。
諸事情から生き別れてしまっていた想い人が、
目の届くところに戻ってきたし、
国元から付いてきた家族同然の部下には、
気の合う狩り仲間ができたので、単独行動が減り、
万一のことを心配する必要も少なくなった。
世話になっている個人ギルドには人が増えた。
新旧違わず揃いも揃って個性的な為、
仕事も増えたが、分担できる仲間も増えたので、
全て自分で片づけていた時より、
精神的にも物理的にも、ずっと楽だ。
おかげで誰かが騒ぎを起こしても、
大概のことは何とかなるだろうと、
大きく構える余裕ができたのは助かっている。
その日もゆったりと始まった平穏な日常に、
彼は非常に満足していた。

昨日は普段行かない危険なダンジョンへ、
ギルドメンバー総出で狩りに行った。
凶暴な魔物相手に一日必死で戦ったので、
その分、今日はゆっくりするつもりだった。
中にはまた、狩りに出かけた奴もいるが、
他のメンバーものんびり過ごす気らしい。
連れだって騎獣の散歩に行ったもの、
買い物に出かけたもの、
自室に籠もったものと様々で、
ギルドマスターのフェイヤーに至っては、
昨晩から寮の自室に閉じこもり、呼んでも返事もしない。
マスターがこの調子であるから、
全体的に休日と言って差し支えなかろう。
いつも騒がしい預かり子のキィも、
仲良しのスタンに相手をして貰い、
部屋で大人しく遊んでいた。

そのまま、休みを満喫すればいいのに、
昼過ぎから生真面目なクルトが、
消耗品の在庫チェックを始めた。
常ならば手伝うところだが、
休日の雰囲気に飲まれ、任せて散歩に出てきてしまった。
しかし、人を働かせて自分はのんびりするなど、
慣れないことはどうも落ち着かない。
やはりクルトを手伝い、きちんと仕事を終わらせてから、
ゆっくり昼間酒でも洒落込もうと戻ってくると、
そんな心づもりを吹き飛ばす事態が起きていた。

がらんとした居間を見渡せば、
事務をしながら留守番をしていたはずのクルトも、
子守をしていたスタンの姿もない。
キィはいつも通り、犬のぬいぐるみ相手に、
奥の部屋でままごとをしている。
そんなことより問題は、
キィの隣で膝を抱えてうずくまるジョーカーだ。
今日は二階の自室に、
一日引きこもりかと思っていたのに、
何時、降りてきたのだろう。
一体何があったと問うのも躊躇うほど、
明らかに様子がおかしい。
おかしいと言うなら、
この男とその相棒のヒゲは常におかしいのだが、
いつもと勝手が違っていた。

「おかえりなちゃーい!」
ただいまの挨拶すら発せずにいると、
鉄火の帰宅に気がついたキィが出迎えにやってきた。
何の疑いもなく、ポテポテと走りよってきて、
抱っこしてもらおうと両手を差し出す姿は、
まだまだ乳幼児そのものだし、
頭に生えているのはパヤパヤの産毛だけのくせに、
口は大層達者になってきた。
抱っこに応えてやらずにいたら、
足に体当たり、もとい、抱きつかれる。
「きいこ、スタンとクルトはどうした?」
聞いてみれば、眼をぱちくりしながら不思議そうに言う。
「きいたんがお昼寝からおきたら、いなかったんだよー
 さがしにいったけど、みつかんなかったんだよー」
ジョーカーに後を任せて、二人で出かけたのだろうか。
キィが寝てしまったのなら、あり得なくもない。
改めてジョーカーを見やると、
聞くだけで気が滅入るような反応があった。

「お帰りなさい・・・」
暗い。
便宜上且つ、魔物相手とは言え、
暗殺者と呼ばれる職業につくが故にと言い張り、
常用している道化師の仮面で、表情はわからない。
それでも、落ち込んでいるのははっきりしている。
浅葱色に染めた髪が心なしか白くなったようだ。
普段から、意味のない馬鹿騒ぎを繰り返す相方、
ヒゲに突っ込むと見せかけて、更に面倒を巻き起こす、
天然セクハラマシーン、ジョーカーとは思えないほど、
凹んでいる。
嫌がられ、叱られ、馬鹿にされ、
メンバーから総叩きにあってもへこたれないこいつが、
ここまで落ち込むとは、ろくなことじゃねえ。
そう考えると、自然と背筋が寒くなったが、
放っておくわけにもいくまい。
いかないのだが、声をかける気にもなれず、
重ねてキィに聞いてみる。
「ユーリや、他の姉ちゃんたちはどうした?」
姿が見えないだけで、もしや戻ってきているのかと、
尋ねてみるが、そういう訳でもないようだ。
「ちらないー」
キィはつまらなそうに首を振った。
買い物から戻ってきた女性陣を、
何らかの形で怒らせたのではないらしい。
とばっちりを食う心配はないとわかり、
ちょっとほっとする。

うちの女共、特にユーリはいい女だ。
豊富な知識と高い魔力の持ち主で、
冒険者仲間として頼りになるのは勿論、
魔術学者としてもその筋では一目おかれている。
隣国ソルダットランドの名家の出身であり、
女神のごとき美貌とスタイルで、
国一番とうたわれるお嬢様でありながら、
何事も人任せにすることなく家事全般をこなし、
料理の腕はプロに勝るとも劣らない。
才色兼備で文句をいうところがないとなると、
返ってケチの一つもつけたくなるものだが、
傲ることもなく控えめで優しいので、誰にでも好かれる。
断言する。
全てに置いて、あれより上はいない。

同時に、
本気で怒らせたら彼女より怖い相手もいない。

その分、残りの二人が扱いやすければよかったのだが、
現実は真逆なので、女性陣が相手となると苦戦は必至だ。
違うのであれば、それに越したことはない。
まずは一安心して考える。
少なくともこのまま黙っていたところで、
時間が過ぎるだけだ。
覚悟を決めて、聞いてみる。
「何か、あったのか?」
対するジョーカーの返答は非常に抽象的で、
頼りないものであった。
「テツさん・・・ボクはもう・・・ダメです。」
消えそうな声が告げる内容に、
元からじゃねえかとは思ったが、口にしても仕方ない。
「だから、何が駄目なんだ?」
重ねて問えば、深いため息と共に、
ジョーカーはぽつりと吐露した。
「ボクは・・・ボクは、罪を犯してしまいました。」
トレードマークの仮面が、いつも以上に虚ろに見えた。

罪を犯してしまった。
一口に罪と言っても色々あるが、
一体何をやらかしたのか。
状況だけすれば、
真剣に話を聞く体制に入らねばなるまい。
だが、嫌な予想が次から次へと溢れだし、
どうしても、まともに話を聞く気がしない。
大体、罪を犯したというなら、
普段の言動はどうなるのか。
少し考えた後、鉄火は渋々口を開いた。
「また、洗濯物に手を出したのか?」

ギルド寮の洗濯は紅玲の担当だ。
小分けにするより、まとめて洗ったほうが都合がいいと、
彼女がメンバー全員の汚れ物を片づけてくれている。
しかし、性別関係なくまとめているだけに、
男性陣は横から手を出しづらい。
そこで分別して貰ってから、
各自の分を部屋に運び込むのだが、
大量の洗濯物を手作業で分ける為、時々事故が起こる。
それは仕方がないとしても、宜しくないのは、
事故を装って他人の下着を持ち去ったり、
間違ったまま、隠匿しようとする輩が居ることだ。
「向こうは数を把握してるんだし、
 無くなったら直ぐ分かるんだから、
 バレないわけないだろ。」
何時、持ち物検査が始まるかと怯えるくらいなら、
持ち主に発覚する前に自首しろと諭す鉄火に、
ジョーカーは火がついたように噛みついた。
「違います! 魅惑の布に手を出すのは止めました!
 朝昼晩飯抜きは精神肉体共に厳しいものがあります!」
先日、ユーリの洗濯物が足りないと騒ぎになり、
結果、罰として一切食事を提供されなくなったのは、
流石に堪えたらしい。
女性陣を怒らせても、良いことは一つもない。

「じゃあ、一昨日みたいにジャムを全部食ったとか?」
この質問には、ジョーカーよりも早くキィが反応した。
「ジョカしゃん、
 またきいたんのじゃむ、食べちゃったの!?」
途端に顔を歪めた幼児に、ジョーカーが慌てて否定する。
「食べてません! 確かに一瓶食べたけど、
 全部は食べてません! まだ3つ残ってます!」
「どの道、食ったのか。」
当ギルド自慢の自家製ジャムがキィは大好きだ。
幾らだって欲しがるが、甘い物の食べ過ぎは体に悪い。
一日一個と言う約束で、
朝食時に貰えるジャム入りヨーグルトを、
いつも楽しみにしている。
しかし、隣でガバガバと、
ヨーグルトだけでなく紅茶に入れたり、パンに塗ったり、
特に意味もなく食べたりしているのが居たら、
幾ら幼児でも、おかしいとわかる。
その上、自分の分まで無くなってしまったら、
我慢できるものも出来まい。
朝から大泣きしたキィを宥めるのは非常に大変だった。
「あれだけ怒られて、よく食べる気になるな。」
「いやぁ、マツリちゃん達が原地調達した厳選素材を、
 ユーリさんが手間暇掛けてジャムにしてるだけあって、
 一度食べたらやめられません、とまりません。」
原因は、ボクじゃなくてジャムの中毒性にあると、
責任転嫁する辺り、まだ、怒られ足りないようだ。
少なくとも、この件に関してまだ余力があるならば、
問題は別のことだろう。

「じゃあ、またスタンに狭い交友関係を自慢したのか。」
先日、スタンが他が出かけるのに混ざり損ねた。
自分たち冒険者は、魔物と戦うのが仕事だ。
万一のことを考えれば、
一定人数で動いた方が安全なことは言うまでもないが、
それ以上に、190cmを越す大柄で無骨な体格や、
冷たい黒縁眼鏡に無口で無愛想と、
人を寄せ付けない要素を兼ね備えているにも関わらず、
彼は単独活動が嫌いだ。
置いていかれ、ただでさえ落ち込んでいたところに、
「あれ、スーさん一人なの?」
と、わざわざ確認するだけして、
誘うわけでもなく、狩りに出掛けた奴が居た。
「じゃあ、ボクは友達と出かけてきます。
 久しぶりの高レベルダンジョン、
 楽しみすぎるwwwwwwwwww」
そんなことを言いながら、小躍りして出ていったが、
何のために声をかけたのだか、さっぱりわからない。
そう、スタンはボヤいていたという。
「普段、自分だってパーティーに混ざれなくて、
 怒ってるし、置いてきぼりは辛いってんのが分かって、
 よく、そういう嫌がらせが出来るよな。」
「いや、他意はなかったとはいえ、
 あれは非常にまずかったと思ってる。
 スーさん、暫くマジで口利いてくれなかったしね。」
どこをどうすれば他意がないと言えるのか、
やっぱりわからないが、一応、反省はしているらしい。

「じゃあ、ポールのペットの羽でも毟ったか?」
「やりませんよ。
 ピー助、最近反撃してくるんだもん。」
「アルファの楽器を壊した。」
「前回、修理代で目の玉飛び出ましたからね・・・
 もう二度と触りません・・・」
「ユッシの企画書にお茶をこぼした。」
「机に置きっぱにしたユッシンが悪いと思います!」
「フェイさんの酒に手を出した。」
「フェイさんマジ泣きするだもんwwwwww
 あれでギルマスとかよく勤まるよねwwwwwww」
「祀の部屋に勝手に入った。」
「危険! マツリちゃん本気で攻撃してくるから!
 今生きてるのがおかしいくらい、あれはやばい!!」

その他に、幾つか問いただしてみるも、
どれも違うらしい。
「それにしても、よくこれだけ迷惑かけられるな。」
「逆に言えば、それでも受け入れられてるボクって、
 愛されてるよね。」
非難にしかならない率直な感想を、
全く悪びれずに自己愛に変える辺りは、
流石としか言いようがない。
話しているうちに落ち着きを取り戻したのか、
いつもの調子に戻ったジョーカーに、
眉間の皺が深くなるのを感じながら、
改めて、鉄火は問いただした。
「それで結局、何をやったんだ。」
「いや、何をやったと申しますか。」

ことの始まりはこうだ。
昼食が終わるとすぐに、
部屋でごろ寝を決め込んでいたジョーカーだが、
飲み物や摘むものが欲しくなり、
台所を漁ろうと、降りてきたのだという。
そこをクルトに声をかけられた。
「丁度よかった。在庫整理が片づいたし、
 キィも寝てしまったから、
 その間に買い出しに行こうと思ってるんだが、
 留守番を頼まれてくれないか?」
「ふぁーい。」
元々出掛けるつもりもなかった。
やる気なく返事をして菓子袋を一つつかみ、
二階へ戻ろうとすると、更に引き留められた。
「そうじゃなくて、下で留守番をして欲しいんだが。」
「えー なんでよー」
防犯面では1階に人が居た方が良いかもしれないが、
大した差はあるまい。
不満も露わに理由を聞けば、
困った顔をしたクルトの代わりにスタンが返事をした。
「きいこが起きたとき、
 誰もいなかったら、怖がるに決まってる。」
寝ているキィに布団を掛けてやりながら、
そんなことも分からないのかと、侮蔑も露わに睨む。
尤も、実際は何も考えてなくても、
そう見えるのがスタンの損な外見なのだが、
彼とは先日の悶着から微妙な関係が続いている。
只でさえよろしくない状況を悪化させるのは、
得策と言えない。
「しょうがないなー 分かったよ。」
大人しく留守番を引き受けると、
安心した二人はすぐに出ていった。

「なるべく早く戻るから。」
「へいへい。」
ちゃんと見ていてくれよと念を押すクルトに適当に答え、
改めてジョーカーは戸棚を漁った。
キィが寝ているのを良いことに、
お菓子やら、ジュースやらを好きなだけ引っ張りだし、
序でに二階から漫画本を持ち込んで、
お気に入りの音楽を聴きながら、
だらだら寝ころんで20分。
キィがもぞもぞ動き出した。
布団に入ったまま、大事なぬいぐるみがあるのを確認し、
次にクルトとスタンを探す。
二人がいなくなっているのに気がつくと、
ムックリ起きあがってべそをかいた。
「お兄ちゃんは?」
「はいはい、ここにいますよ。」
泣き出されてはたまらない。
漫画を読むのをやめて返事をしたのに、
キィは重ねて聞いた。
「スタンお兄ちゃんと、クルトお兄ちゃんは?」
「でかけたよ。」
ジョーカーがいれば、
何の問題もなかろうと思ったのは大人ばかりらしい。
途端にキィは怒りだした。
「ジョカしゃんじゃ、やだ!
 スタンお兄ちゃんがいい!」
「あ、そう。」

幼児は足をだんだん踏みならし、
「いやだ、いやだ!」を繰り返した。
初めてギルドに預けられたときには、
誰にでもにこにこ笑う、小さな赤ちゃんだったのに、
一体、何でこんな我が儘に育ったのだろう。
呆れながら、ポテトチップスの残りを口に運べば、
キィがそれに気がつかないはずがない。
「ジョカしゃん、お菓子食べてる!
 ジョカしゃんばっかり、ずるい!
 ジョカしゃんは、わるい!」
「もー うるさいなあ。
 ほら、食べたいなら食べればいいじゃないー」
袋ごと渡すと、キィは大喜びで手を突っ込んだ。
父親が食べ物にうるさくないとはいえ、
スナック菓子の類は、普段、口に出来るものではない。
満面の笑みを浮かべながら、
キィは何度も「おいちいねえ。」と繰り返した。
あっと言う間に食べ終わってしまい、
残念そうに袋の中を覗くも、すぐに興味をなくして、
放り捨てる。
「ちょっと、ゴミはゴミ箱に入れなさいよ。」
いつもは皿に入れて貰っているからだろうか。
キィにはゴミ捨てという観念があまりない。
ぶつぶつ文句を言いながらも、代わりに片づけ、
普段、他の誰かがやっているように、
タオルで口と手を拭いてやる。

珍しいお菓子を食べ、世話をして貰って落ち着いたのか、
キィはもう一度、
「スタンお兄ちゃんたちは、どこへ行ったの?」
と、聞いてきた。
「お買い物に行ったよ。
 昨日沢山使ったお薬とか、
 買い足さないとなくなっちゃうからね。」
「きいたんも、いきたい。」
「きいたんがいっても、面白いもんないよ。
 それにすぐ帰ってくるよ。」
「きいたんも、おかいものいきたい。」
兄ちゃんたちはすぐ帰るというのに、
幼児は頑固に自分も行きたいと繰り返した。
部屋で遊ぶのにも、飽きたのだろう。
少し考えて、ジョーカーは言った。
「ちゃんとお利口にして、ボクと手をつないで、
 勝手に何処か行っちゃわないならいいよ。」
「きいたん、おりこうにする!」
「じゃあ、出掛ける準備をしてください。」
「あい!」
連れていって貰えると聞いて、キィは大喜びし、
小さいながらに一生懸命、帽子や上着の準備を始めた。
その様子を見ながらよしよしと、ジョーカーは頷く。

よく考えれば、このまま家にいても、
キィが遊んで欲しがって、ぐずるに違いない。
かといって、おままごとの相手をしたり、
絵本を読んでやるのは面倒だ。
クルトたちと会えなくても、
適当に近所をぐるっと回れば満足するだろうし、
散歩に連れていけば、
堂々と面倒をみてやったと言うことができる。
そしたら、話を聞いたユーリさんが、
「ちゃんときいたんの相手をしてくれたのね。
 ジョカさん、ありがとう。とっても素敵よ。」
なんて、キスの一つもしてくれるかもしれないじゃない。
ギルドの誰が聞いても、
「ないわー」としか言えない皮算用にほくそ笑み、
ジョーカーはキィの支度が済むのを待った。

「ルーは置いてきなさいよ。」
「やだ!」
「汚したり、なくしたら困るでしょ! 
 お利口にするって約束だよ!」
「・・・あい。」
キィは帽子と上着、ジョーカーは一応の財布と、
鍵だけの準備ができると、
大好きなぬいぐるみと別れを済まさせ、
早速二人は散歩に出掛けた。
「スタンお兄ちゃんは、どこにいるかな?」
「多分、商店街の方じゃないの。」
手をつないで歩きながら、ジョーカーは思ったより、
幼児との散歩が大変なことに気がついた。
何しろ、歩幅が狭いので遅いのだ。
幾らぶらぶら歩いているだけでも、
己のペースを守れないのは、結構疲れる。
これは大変なことになったぞ。
アツシ君やマツリちゃんは、よく平気だな。などと、
普段キィの相手をしているギルドメンバーの苦労を偲ぶ。

「アッちゃんは足短いから、平気なのかねー?」
本人が聞いたら一発殴られそうなことを、
自分を棚に上げてジョーカーは呟いた。
「アチシお兄ちゃんは、かたぐるましてくれるんだよー
 ブーンってやると、速いんだよー」
「ボクはやりませんよ。そんな疲れること。」
キィとだらだら話しながら、
さりげなく行先を住宅街へ移す。
ある程度行ったところでジョーカーは、
離すなと約束した手を自ら離した。
早速、幼児は自分のペースでトコトコ歩き始める。
この辺りは人通りが少ない。
自分が気をつけてさえいれば、危険なことはないだろう。
「遠くへ行くんじゃありませんよー」
声をかけたが、何処まで聞いているのやら。
キィは街路樹や庭先の花に釣られ、
小さいくせにチョロチョロとよく動き回る。
後をノタノタ追いかけているうちに、
いつの間にか、細い小道に紛れ込んでしまった。
庭先に干された洗濯物や、子供のおもちゃ、
荷物運びのカートなど、生活感溢れる品々が目にはいる。

「ここのおうちは、たくさんお花がさいてるねー」
「本当だ。綺麗だねー」
「あっちの白いのはぺちゅにあで、
 みどりの丸いのは、ふうせんかずらっていうんだよー」
「へぇ、よく知ってるねえ。」
「あっちのは、ふちぎばなっていうんだよー」
「・・・それって違うんじゃないの、何となく。」
「きいたんは、あさがおがすきなんだよー」
誰が教えているのか、
思っていた以上にキィは花の名前を知っていた。
うまく発音できていなかったり、
微妙に間違ってはいるようだが、
名前が分かれば、ただの花ではなく、
一つ一つ、意味があるものとして興味深く感じられる。
ふーんと、ジョーカーもらしくなく、
色とりどりに咲く花々を眺めた。
人の好みは分かれるだろうが、
どれもが愛らしく可憐に自己主張している。
その中の一つに、最も自分好みの花を見つけ、
口元が自然と弛んだ。
「色々あるけど、ボクはやっぱり、あれがいいなあ。」
花は花でも花柄模様。
視線の先には庭木や他の洗濯物に隠れるように干された、
女性ものの下着があった。

あれならバラでもチューリップでもなんでも、大歓迎だ。
目立たないように干されてはいるが、
よく見れば複数枚ある。
「サイズが違うのが何枚も干されてるところからすると、
 一人だけじゃないのかなー?」
不審者さながらに余所様の庭をのぞき込む。
白魔術士、技術士などの女性冒険者用の服が、
一緒に干してあるから、
どこかのギルドの女性寮なのかもしれない。
「一枚ぐらい、飛んでくればいいのに。」
うふふとだらしない笑みを浮かべながら、
邪な考えを巡らせていると、奇跡が起こった。
突如吹いた強風に煽られて洗濯物が浮かぶ。
バチンと弾ける音と共に、ピンチがはずれ、
ブラジャーの一つが降ってきた。
反射的に受け止めてしまう。

いや、飛んできて欲しいとは思ったよ。
思ったけど、本当にくるなんて、これって運命?

受け止めた下着を手に、
ジョーカーはしばらく考えた。
そしてそのまま、懐にしまい込んだ。
「いや、これは違うだろう。」
そう自分でも思ったが、考え直す前に、
じゃりじゃりと砂利を踏む音がする。
身構える間もなく30代程度の女性が現れ、
心臓が飛び上がったのと同時に、
ジョーカーは大声で名前を呼ばれた。
「ジョカしゃん? ジョカしゃん?
 どこ、いっちゃったの?」
いつの間に離れてしまったのか、
10mほど先で自分を見失ったキィが叫んでいる。
「はいはい! 今、行きますから!」
割れ鐘のように鳴る心臓を押さえ、走りよれば、
瞬間、目があった女性は不思議そうな顔をしただけで、
特段不審を感じた様子はなかった。
「大丈夫、ばれてない!」
自分に言い聞かせ、急いでキィを抱きあげると、
全力でその場を去る。
そのまま、急に抱っこされて不思議がる幼児を抱え、
家まで走って帰ってきたのだという。

「そして、これがそのブツです。」
目の前に差し出された代物に、鉄火は叫んだ。
「結局、ただの下着泥棒じゃねえか!」
「盗むつもりはなかったの! 
 魔が差しただけなんですってば!!」
同じぐらいの勢いで叫んだジョーカーは、
頭を抱え、崩れるようにヘたり込んだ。
「ボクはいったい・・・どうしたら・・・?」
問われたところで、どうしようもない。
「どうするもこうするも、返しに行って、
 正直に言うしかないだろ。」
拾得物は落とし主に返却すべきだ。
他の答えもあるまいが、ジョーカーは激しく首を振った。
「でも、たまたま拾っただけですとか言っても、
 むちゃくちゃ怪しいじゃないですか!
 信じてもらえなかったとき、
 自己弁護できるほど、ボクは舌が回りませんよ!
 それにありがた迷惑かもってテツさんも思うでしょ!」
「まあ、物が物だからな。」
信じてもらえるか否かだけなら、
恐らく信じてもらえるだろう。
下着泥棒がわざわざ自首しにくる必要はないからだ。
不信は感じても、証明できるかわからない盗みを、
敢えて主張されるとも思えない。
だが、通常の落とし物と同様に行かないことは明白だ。
喜んでもらえるどころか、
気味悪がられ、嫌がられるかもしれないし、
何処の誰ともしれない男が触った下着など、
気持ち悪くて、もう使えまい。
なにより、一度持ち帰ってしまっている。
仮に拾ってすぐ届けたのだとしても、
状況は変わらなかっただろうとはいえ、この差は大きい。
届ける間に何をされたか、
知れたものではないと誰もが思う。
ジョーカーが予測したとおり、女性ばかりの家であれば、
余計に不安をかき立てるであろう。
さりとて、このまま持ち逃げすれば、純然たる泥棒だ。

「元のところに置いて、
 知らん顔しようかとも思っているんですが・・・」
今更ながら、本来落ちるはずだった庭先に返却し、
無関係を装ったらどうかとの提案に、
鉄火は同意できなかった。
「良い悪いは兎も角、誰にも見られない保証があれば、
 一つの手かもしれんがな。」
壁に耳あり、障子に目あり。
万一誰かに見られれば、それこそ言い訳が立たない。
「それにだな。」
窓の外を眺めてみれば、まだ、日は残っているとはいえ、
干しっぱなしの洗濯物は冷えてしまう。
いつもなら、紅玲が洗濯物を片づけ始める時間であり、
余所も大差ないだろう。
と、すれば。
「多分今頃、向こうも、
 紛失に気がついているんじゃないだろうか。」
「もう、時間切れってことですよね・・・」
八方塞がりにジョーカーは頭を抱え、
床に突っ伏して、泣き崩れた。
「本当に・・・そんなつもりじゃなかったんです・・・
 でも、ボクは、
 きいたんの信頼まで裏切ってしまいました・・・
 きいたんは何も知らないのに、
 泥棒の片棒を担いでしまったんです・・・!」
「出来れば俺も聞きたくなかったよ、こんな話!」
このままでは幼児の散歩を装って、
品定めをしていたと思われても仕方がない。
予想外の出来事とは言え、
キィを巻き込んでしまったとジョーカーは悔い、
偶々最初に帰ってきてしまったが為に、
引きずり込まれた鉄火はうんざりして叫んだ。
始めに感じた嫌な予感に違わない、難問中の難問だ。
だが、現物が手元にあり、事情を聞いてしまった以上、
知らぬ存ぜぬを装うわけにもいかない。
また、同時に意外なものも感じていた。

「それにしても、前に一騒ぎ起こしたときと違って、
 随分愁傷だな。」
普段のジョーカーなら、棚からぼた餅、
ラッキーエッチと大喜びこそしても、
自らの行いを悔いて、縮こまることなどない。
罪の意識などあったのかと言えば、言い過ぎだが、
隙あらずとも、女性陣にセクハラ発言をかまし、
ボディタッチを繰り出そうとする彼とは、
同一人物と思えない反応だ。
しかし、ジョーカーは真面目な顔で反論する。
「だって、セクハラだ何だって言ったって、
 所詮クレイさん達は身内だし、ふざけてるだけだけど、
 これはどう考えても、犯罪じゃないですか。」
「持ち逃げすりゃ、確定だな。」
「冗談を言ったりやったり、騒ぐのは好きだし、
 やりすぎて迷惑かけちゃったりは、
 するかも知れないけど、盗みとか暴力とか、
 犯罪的手段を用いてまで己の欲を満たそうとするほど、 落ちぶれてませんよ。」
やって良いことと悪いことの一線は弁えているという。
それを言うなら、
先日、ユーリの洗濯物を持ち逃げしたのだって、
十分アウトなのだが、一応、鉄火は頷いた。

ジョーカーは確かに、多々騒ぎを引き起こす。
しかし、根っからの悪い奴ではない。
やんちゃがすぎての、その場限りの喧嘩や小競り合いは、
言ってしまえば彼に限ったことでもなく、
仲違いに発展したことも無い。
本当に常識のない男であれば、
受け入れられることもないだろうが、
メンバー全員がジョーカーを仲間だと思っているし、
それは鉄火も変わらない。
できることなら、何とかしてやりたいとも思うのだが。

『協力できることと、出来ないことがある。』
声には出さず、鉄火は唸った。
その服を、それまで大人しく黙っていたキィが引っ張る。
「テツお兄ちゃん、
 ジョカしゃん、また悪いことしちゃったの?」
話の内容はわからなくても、
良くないことが起こったのは分かったらしい。
不安そうに聞いてきたのに、どう答えるべきか迷う。
「悪いことをしたってのとは、ちょっと違うんだがな。」
「でも、ジョカしゃん、お散歩、つれてってくれたよ。
 お菓子もちゃんと、わけてくれたよ。
 とっても、おりこうだったよ。」
幼いながらジョーカーを庇い、
何とか場を宥めようとしているのだろう。
懸命に言うキィに、鉄火は眉尻を下げ、
ジョーカーの涙腺は崩壊した。

「ごめんね、きいたん! 
 本当にごめんね!」
大声で泣きながらキィに飛びつき、
仮面の上から、無理矢理頬摺りを繰り返す。
「巻き込んじゃってごめんね!
 本当にボクは悪いお兄ちゃんだよね!」
「きいたん、なんにもされてないよー」
さっぱり訳が分からず途方に暮れる幼児を、
泣きじゃくるジョーカーから取り上げ、
事態を進展させるべく、鉄火は言った。
「それで、どうするんだよ。」
「少なくとも、このまま黙っているのは、
 ボクの心が罪悪感に耐えられそうにありません!」
「じゃあ、謝りにいけよ。」
「でも、行きたくない!
 絶対嫌がられる! 激しく!」
持ち逃げしようとしないだけマシだが、
悔恨のあまり床をのたうち回る割に、
正道で解決する気もないらしい。
いい加減、嫌になったところで、
階段から人が下りてくる気配がした。

ギィ、ギィと床を軋ませながら、
缶ビールを片手に、ゆったりとフェイヤーが現れた。
「話は聞かせてもらったよ。」
まだ30前後のはずなのに、年相応の生気は失われ、
戦場で鍛え上げられた歴戦の騎士の気配は、
微塵も感じられない。
東洋の生まれを意味する黒い髪に艶はなく、
場末の酒場の如し、
退廃した雰囲気を纏って現れたギルドマスターに、
鉄火は顔をしかめたが、本来の仕事を頼んだ。
「だったら何とかしてくれよ、フェイさん!」
ふらついた足取り、嗄れた声、薄ら赤い顔を見れば、
昨晩自室に消えた後、
彼が何をしていたかは用意に想像がつく。
いくらギルドの代表とはいえ、
酔っぱらいに何の期待してはいけないのは常識だが、
ギルドメンバーの起こしたもめ事には、
マスターが対応すべきだ。
それに場数を踏んでいる彼なら、
何かいい方法を思いつくかもしれない。
近寄らずとも漂ってくる酒の気配に、
嫌な顔をしたキィも、鉄火のまねをして言い募る。
「フェイお兄ちゃん、なんとかして!
 ギルマスでしょ!
 おちゃけ臭いのも、なんとかして!」
「それはどっちも難しいよ、きいたんー」
だんだん床を踏みならして怒る幼児に、
乾いた笑いでフェイヤーは答えた。
「何せお兄ちゃん、酔っぱらってるからねー」
言いながら、冷蔵庫から新しい缶ビールを引っ張り出し、
流れ作業でプルタブをあける。

「じゃあ、飲むのをやめろよ。
 っていうか、どれだけ飲んでるんだよ!」
「僕から酒を取ったら、
 何にも残らないよ、鉄っちゃん。」
昨日の晩から立て続けに飲んでいたとすれば、
まともな会話も難しいかもしれない。
だが、今は非常事態だ。
フェイヤーが解決できようと出来まいと、
この際、どっちでもいいから替わってほしい。
そんな鉄火の願いを知ってか知らずか、
フェイヤーはジョーカーにそっと近づくと、肩を叩いた。
「辛いかい、ジョカさん?」
「はい・・・」
「罪を認めたところで被害者の傷は消えない。
 口を閉ざせば、罪悪感を抱え込むことになる。
 どちらにしても、
 消えることのない重荷を背負ってしまう。
 それが、罪を犯すってことなんだよ。」
東洋系は若く見えると言うが、
フェイヤーは人が思う以上に、長く生きている。
人生は自分自身が作り上げていくものだからこそ、
抱えた過去に苦しむこともあったのだろう。
その言葉には重みがあった。

改めて己がしたことを考えたのか、ジョーカーは俯いた。
「フェイさん、ボクはどうしたら・・・」
救いを求める様に尋ねるも、きっぱりと断られる。
「それを決めるのは、僕じゃない。
 苦しいかもしれないけど、
 その決断をするのも、結果を受けとめるのも、
 まとめてその罪に対する罰なんだ。」
だから、どんなに辛くても仕方のないこと。
全て受け入れるしかないとフェイヤーは首を振り、
立ち上がると鉄火を振り返った。
「と、言うわけで、鉄っちゃん。
 後は任せたよ。」
「結局、何もしないのかよ!」
珍しく、良いことを言っているなど、
感心するのではなかった。

「だって僕、酔っぱらいだしー
 こう言うのは鉄っちゃんとクルトさんに任せてるしー」
先ほどの様子は何処へやら。
無責任にフェイヤーがヘラヘラと笑う。
しかし、任されて受けられるものと、
受けられないものがあり、
何より、鉄火には改めて言っておきたいことがあった。
「何度も言うようだが、正式なサブマスターはユッシで、
 俺でもなければ、クルトでもないぞ!
 お前等、仕事しなさすぎだ!」
そう、ギルドの要、実質リーダー等と呼ばれはしても、
彼は飽くまでギルドメンバーの一人であって、
本来ギルドの内部管理を任される立場ではなかった。
いくら、しっかりしてる、頼れると人望があっても、
彼や他のものが仕事をするなら、
ギルドの代表となるマスターや、
それを補佐するサブマスターが別途存在する意味がない。
意味がないのだが、
その辺が全く機能していないのも、また事実であった。
「頼りにしてるよ、二人とも!」
「するな! いや、別にしたっていいけど、
 限度ってもんがあるだろ!」
この際、ギルドを乗っ取り、
改めてメンバーの一人として仕事を割り振った方が、
まだ働くのではないか。
己が任務への責任感が全く見えないフェイヤーに、
今更ながら鉄火は苛立った。
今回に関わらず、マスターにはマスターらしく、
きちんと働いて欲しいのだが、
無責任的放任主義な当人はこの調子である。
ついでに個人主義という名の超自己中サブマスターも、
当てにはできない。

一体どうしたものかと歯噛みしている間に、
ジョーカーはとうとう腹をくくったらしい。
「わかりました。」
涙を拭いて立ち上がる。
「ボク、ちょっと謝りに、っていうか、
 悪いことはしてないんだし、ちゃんと事情を話して、
 これ、返してきます!」
ようやく覚悟を決めたその姿から、
先ほどの情けなさは消え失せ、
きっぱりと言い切った所は男らしくもある。
一応、フェイヤーの説得が効いたのだろうか。
意を決した様子のジョーカーに、
ギルマスはおやおやと眉を開き、鉄火も驚いたが、
次に発せられた言葉は、驚くどころではなかった。
「だからテツさん、一緒にきてください。」
「絶対、嫌だ。」
考えるより先に、体が拒否してしまう。

暫し沈黙が流れたが、
そんなものが長続きするはずがない。
ジョーカーの叫び声がすぐに響きわたった。
「そんな冷たいこと言わないで!
 今回だけ! 今回だけだから!」
子供でも、もう少しマシな頼み方をする。
定番の台詞に応えた鉄火も荒れる。
「ざけんな! 今回だけだろうと、今後があろうと、
 下着泥棒の謝罪と弁解の付き添いとか、
 誰がいいよって言うんだ!
 つか、次があったら困るだろ!
 頼むんだったらフェイさんに頼め!」
繰り返しになるが、メンバーの不祥事への対応は、
ギルドマスターの仕事である。
本人が不在だというならばまだしも、
ここにちゃんといるのだ。
当人にやらせるべきとの鉄火の正論に、
ジョーカーは激しく反発した。
「フェイさんなんか来たって、
 何の役にも立たないじゃないですか!
 むしろ、マイナスですよ!」
これもまた、正論である。

「はは、酷い言われ様だねー」
鉄火とジョーカーの攻防戦からこぼれた手痛い評価に、
フェイヤーが笑う。
その隣で、キィが眉間に皺を寄せて言った。
「フェイお兄ちゃん、くちゃいからしゃべんないで。」
「うは、きいたん、それはお兄ちゃん傷つくなあ。」
幼児だからこその歯に衣着せぬ言葉は、
酔っぱらいも堪えるらしい。
機嫌をとるべく、抱っこの手を伸ばしたものの、
「きらい!」ときっぱり跳ね除けられる。

「兎も角テッカさん、お願いします!」
「断固断る!」
「そんなこと言わないでよー」
「やだ! あっちいって!」
只でさえ場が荒れているというのに、
幼児とギルマスの間に別途問題が発生し、
ますます状況は酷いことになった。
縋るジョーカーを振り払った横で、
幼児を構おうと動いた反動でフェイヤーが吐きかけ、
バケツを用意している間に、
色々我慢の限界を超えたのか、キィが大声で泣き出し、
それを抱き上げ、宥めるそばから、
再びジョーカーが足にしがみついてくる。
「そもそも、何で俺なんだよ!」
本当に、何故自分がこんな目に遭うのか。
心から叫んだ鉄火が納得できる理由は何処にもあるまい。
それでもジョーカーは必死で主張する。
「剣士としても、冒険者としても、
 有名なテッカさんが来てくれれば、
 きっと向こうも安心するもん!
 女性に人気もあるから効果倍増だし!」
「嫌だってば!」
「本当に今回だけ! もう二度と頼みません!
 反省してるんです! 日頃の行いが悪いから、
 こんな騒ぎになったんだって!
 もう、二度とやりません!
 外は勿論、ユーリさんやクレイさん達にも、
 これからは変なこと言ったりやったりしません、絶対!
 だから、だから今回だけ! お願いします!」
今までの己を否定し、
土下座せんばかりに頼み込むジョーカーの姿に、
鉄火は悩んだ。
これだけ言うのを無碍に切り捨てるのは、
流石に良心が痛む。
仲間が困っているのに手を貸さずして何が、とも思う。
それに、ジョーカーが同じギルドのメンバーである以上、
事件自体には全く関係がなくても、
同ギルド員として、連帯責任は発生する。
フェイヤーが酔っていて付き添えないのは、
どうしようもない事実であり、
下手に騒ぎになった際、取りなす為にも、
ここは恥を忍んで、一緒に行ってやるべきか。
腕の中で何とか泣きやんだキィが、
顔をこすりつけながら愚図るのに、
優しく背中を叩いてやりながら、
鉄火が真剣に悩んでいると、
玄関のドアに取り付けられた鈴が鳴った。

「ただいまー あー重かった。」
「だからスーさんか、
 敦さんにも来て貰おうって言ったんすよ。」
「確かにあっちゃんを逃がしたのは失敗だったね。」
「あら、テッちゃん、帰ってたの?」
途端にわいわいと玄関先が騒がしくなる。
女性陣が買い物から帰ってきたのだ。
キィが大喜びで鉄火の腕からすり抜け、出迎えに走る。
「お姉ちゃん、おかえりなちゃいー」
「はい、ただいま。
 いい子でお留守番してた?」
ポテポテ走りよってきた幼児を、ユーリが抱き上げ、
その隙に紅玲と祀が荷物を運び込む。
そのまま、これは何処だ、それはあっちだと、
荷物の分別が始まったところで、
抱き上げたキィの目に涙が残っているのに、
ユーリが気付いた。
「あら、きいたん、泣いてたの?」
何があったのか問われ、早速キィが言いつける。
「フェイお兄ちゃんが、いじめたんだよー
 やだっていってるのに、抱っこしようとするんだよー」
「なに? なんかあったの?」
憤慨した様子の幼児に、
戦利品を片づけていた紅玲と祀も顔を上げた。
改めて、部屋の中を見渡せば、
フェイヤーが酔っているのはまだしも、
鉄火の前でジョーカーが、正座で泣いている。

「ジョカしゃんが、失敗しちゃったんだよー」
困った顔でキィが答えると、祀が鼻先で笑った。
「またなんか、やらかしたんすか。」
紅玲の反応も冷たい。
「毎度のことだけど、しょうがないね、本当に。」
いつものこととして、切り捨てようとするのに、
ジョーカーの代わりにキィが弁解する。
「でも、反省してるんだよー
 かわいそうなんだよー」
「あらあら、何があったのかしら?」
ユーリだけが心配して、
腕の中のキィをそっと降ろし、ジョーカーに歩み寄った。
「ジョカさん、どうしたの?
 大丈夫?」
「ユーリさん・・・」
暖かい言葉に、再びジョーカーの涙腺がゆるんだ。
見た目の麗しさだけでなく、
この優しさが、女神と呼ばれる所以の一つであり、
ジョーカーならずとも、心奪われてしかるべきだろう。

だが、優しくするのは相手を選ぶべきである。

「ユーリさんー! ボクはもうダメです!!」
大声で泣き叫びながら、
ジョーカーはユーリに飛びついた。
「慰めて! その胸で優しくボクを包み込んで!」
「きゃああぁ!!」
いきなり抱きつかれた挙げ句、
頬摺りするように胸の中で何度も顔を動かされて、
ユーリが悲鳴を上げる。
当然、それなりの報いがあるわけで、
激しい電撃がジョーカーを襲った。
「ぎゃあああああ!」
魔術師を怒らせるものではない。
反射的に形成されたため、
詠唱にて発動した魔法よりも威力は数段落ちるが、
電撃となったユーリの魔力は、
ジョーカーを確実に叩きのめした。
「あっ、ご免なさい!
 ジョカさん、大丈夫?」
「うぐぐ・・・」
本来、その殺傷力により、
攻撃魔法を人間に向かって打つのは、
殺人を問われる犯罪行為である。
尤も、正当防衛、特に婦女暴行に関しては、
例外とされるので、その点は全く問題なかったが、
別の点で問題があった。

「誰が反省して、もう二度とやらないんだって?」
散々どうしようもない事件に付き合わされた挙げ句、
無理難題を頼み込まれて、約束をあっさり反故された。
怒り心頭に達した鉄火を、一体誰が責められよう。
ブスブスと煙をだしたまま、
動けないジョーカーの首を掴めば、
意図を察したユーリはキィを抱えて道を空け、
祀は玄関のドアを開け、紅玲が荷物と家具を退かす。
「ちゃんと謝って、許してもらえるまで、
 二度と帰ってくるな!!!」
怒声と共に、ジョーカーの体が宙を舞い、
野球ボールさながらに飛んでいく。
「にぎゃあああああああ!!」
猫を絞め殺したような悲鳴が消え、
程なく、ドサッと言う音が聞こえると、
能面のような顔で、紅玲がつぶやいた。
「誰か、ジョカさんが反省したって聞いた?」
「幻聴でしょう。」
答えた祀の顔にも、表情はない。

叩きつけるようにドアを閉めた鉄火は、
荒々しく宣言した。
「いいか! 
 あいつが帰ってきても、絶対ドアを開けるなよ!」
「承知しております。」
答えた紅玲はもとより、
その場にいた全員が即座に頷くと、
怒ったまま、鉄火は二階の自室へ帰っていった。
「今日は20mぐらい、飛んだかねえ?」
「新記録、達成してそうですな。」
フェイヤーが笑い、祀が首を傾げる。
そのまま、何事もなかったかのように、
場はいつもの状態へ戻った。
「はい、きいたん、お土産。」
「どうも、ありがちょう!」
「ユーリさん、ビール買ってきてくれた?」
「もー フェイさん、
 お酒はもうちょっと控えてって、言ってるでしょ。」
「姐さん、洗剤はいつもの場所でいいんすよね?」
そう、こんなことは珍しくもない。
だから竜堂鉄火の人生は苦難が多いのである。

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