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5月の風。(後半)

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5月の風。(後半)






そのまま、椅子の揺れに合わせて勢い良く立ち上がり、
いつもの飄々とした口調で祀は言った。
「なんて、うっかり間違うと今みたいに、
 面倒臭え方向にどんどん転がることがあるんで、
 恋愛系は苦手なんすよ。」
「そう、なのか。」
態度の急変に若干クルトが引いてしまった隙に、
じゃあ、そういうことで自室に戻ると、
祀は階段を登り、去っていった。
なすすべもなくその後ろ姿を見送り、
独り取り残される。

思えば、その勢いの高低について行けないほど、
今日の祀は少々口数が多く、感情的だった。
不自然で唐突な退出は自分でも喋りすぎたと思ってのことだろう。
小柄な剣士は通常、自分を語る方ではない。
常ならぬ態度は、やはり魔術師の歌のせいか。
何度も繰り返されていたそれは、
少なからず心境に影響を及ぼしたに違いなく、
コンプレックスを刺激されていたようだ。
何も知らずにあれこれ口出しするなど、
余計なことをしてしまった。
肩を落とし、クルトは誰に言うこともなく、呟いた。

「俺は、好き、なんだけどな。」
そう言うことじゃないだろうとは、自分でも思う。
けれども、身内に向ける漠然としたものであっても、
クルトが祀に好意を感じているのは事実だ。
あのこは良い子だ。今のままでも十分に。
見かけにそぐわない乱雑な物言いや、
態度に違和感は覚えるし、
多少、言い方を変えるだけで随分違うとは思うのだが、
絶対に直すべきだとも思わない。
他のメンバーに聞いても、似たような答えが返ってくるだろう。
人は誰しも完璧ではないように、
祀の言動が若干荒っぽくても、全てが駄目になるわけではない。

ただ、同時に気になることもある。
祀の言動が「似合わない」と思うのは、
外見だけに対してだけではない。
あのこは、本来もっと繊細で大人しい気質なのではないか。
丁寧とは言い難い言葉遣いや、上司にも小生意気な態度は、
確かに楽ではあるのかもしれないが、
今更、他の態度は取れないと、
必要以上に乱雑に振る舞っては居ないだろうか。
それが別の面で、負担になっているのではなかろうか。
小柄な体型と素早い身のこなしに任せて、
周囲を引っ掻き回すような戦い方と併せて、
何処か無理をしているような気がするのだ。

ここまで考えて、クルトは頭を振った。
これこそ、独りで考えたって仕方がなく、
何をしてやれるわけでもない。
祀とはそこまで親しい間柄でなければ、
出来ることも思いつかない。
己が無力であることを認め、心の中で白旗を上げる。
それを合図にしたように、ふにゃあと頼りない声が響いた。
振り返れば畳に敷かれた布団がもぞもぞと動き、
えっえっえっと引きつった声が聞こえ始めた。
「おとうたん、いない。ルー、いない。ちゅく、ちゅく、」
先程の言い争いのせいか、別の理由か、
目が覚めてしまったようだ。
父親と愛ぬいぐるみ、それからおしゃぶりを求めてキィが泣き出した。
「ああ、ほら、泣くな。大丈夫だから。」
上手く起きられず、布団の中でもがくのを引っ張り出し、
クルトは途方に暮れた。
このあと、どうすればよいのだろう。
生憎、彼は幼児の相手を殆どしたことがない。
他のメンバーや父親が普段しているように、
抱っこしてやれば良いのだろうが、
慣れない自分がそんなことをして、かえって酷いことにならないだろうか。
「ちゅく、ちゅく、」
「ああ、おしゃぶりか。」
寝起きの混乱のまま顔を引っ掻き回し、安心を求める幼児の手を抑え、
覚悟を決めて抱き上げると、クルトはおしゃぶりを探して台所に走った。
いつも通りであれば、皿置き場に洗ったものが、
そのまま置きっぱなしになっているはずだ。

幸い、おしゃぶりは直ぐに見つかり、
手渡してやるとキィは自分で口の中に突っ込み、
少し安心したようにチュクチュクとやってから、
クルトにしがみついてきた。
「俺は姉さんでも、父さんでもないんだが?」
この子は人見知りしないと聞いているが、
父親でも、普段世話を焼いてくれる他のメンバーでもないのに、
こんなに警戒心がなくてよいのだろうか。
安全面で不安を感じるも、泣かれて困るのは間違いない。
良い方に考えることにして不安定な抱え方を直し、
背中をぽんぽんと叩いてやれば、
キィは再びうつらうつらし始める。
このまま、寝かしつければ良いだろうか?

そうはいっても子守唄一つ、歌えない。
一先ず先程聞いたメロディを思い出しながら、
音だけを口ずさむ。
途切れ途切れに訳してもらった歌詞もつけてみるが、
言葉が違うので、上手くリズムに乗れない。
戸惑いのまま、ふと歌詞の一部に引っかかる。
「他人行儀な愛し方は、
 どうしようもなく臆病だから、か。」
他人行儀とは、余所余所しいものであったのだろうか、
それとも、別の意味があるのだろうか。
ただ、言いたいことは分かる気がする。
普段、自分の気持ちを主張しない恋人だからこそ、
我儘を聞いてやりたいと望んだのだろう。
側に居られないからこそ、余計に。
反面、恋人は歌い手の事情をよく判っていたから、
負担にならぬよう己を抑え、多くを望まなかったと思われる。
そのあり方が一歩引いた態度となり、他人行儀に映ったのか。
「ん、だとすると…?」
何故、それが臆病とされるのか。
首を傾げた所で、ふくらはぎに鋭い痛みが走る。

「痛てえ!」
反射的に足を振って振り払うと、茶色の毛玉が怒って吠えた。
「音程が違う! 音程が違う!」
「やめろ、ティー! クルトが転んだらきいこまで危ないだろ!」
「怒るところはそこじゃない! いや、確かにそこも重要だが!」
直ぐに制止がはいったが、中身が不誠実だ。
「まず、人を噛まないようにちゃんと言い聞かせてくれ!」
キィが起きたら戻ってくるとの宣言通り、
いつの間にか帰ってきた魔術師に、強く改善を要望したが、
生憎、傾ける耳を相手は持っていない。
「だから普段、ティーは留守番なんだ。」
「兄ちゃん乱暴、兄ちゃん乱暴。」
あっさりとカオスは首を横に振り、
ルーも一緒になって兄の性格を報告する。
この騒ぎにせっかく寝付き始めていたキィの目が覚めてしまい、
再び大きな声で泣き出した。

「はいはい、泣かない泣かない。煩いから。」
一体この小さな体の何処から声が出ているのか、
大音量で泣き喚く娘をクルトから受け取り、
慣れた様子でカオスはキィをあやす。
いつものことと父親は全く慌てていないが、
小さい人が泣いているのが可愛そうだと、
原因を棚上げでぬいぐるみ達が怒り出した。
「クルトが泣かせた!」
「クルトがきいたん泣かせた!」
「悪い!」
「クルト、悪い!」
「俺のせいなのか? 違うだろう!?」
口々に文句を言う双子に、理不尽だと言い返す。
「そもそも、ティーが噛むからいけないんだろう!」
「だって、音程がおかしかった!」
まず噛むなと当たり前のことを指摘されても、
茶色い毛玉は毛を逆立て、
前足で地面をたしたし叩いて自らの正当性を主張し、
魔術師に弟諸共つまみ上げられた。
「そうやって、騒ぎを起こすんじゃない。
 全くお前らはしょうがないなー」
ぬいぐるみたちを呆れた調子で叱りつけながら、
カオスはキィと一緒に抱え込んだ。
お互い、条件反射なのか、
一纏めにされるとキィはぬいぐるみたちをぎゅうと抱きしめ、
ルーもティーも幼児のほっぺたをペロペロなめて、慰め始める。

程なくしてキィは泣き止み、
泣いたはずみで落としたおしゃぶりの代わりに、
お菓子らしいものをもらって、むふーと満足げな顔をした。
涙で汚れた顔はタオルで綺麗に拭かれ、
汚れたおしゃぶりは流しに放り込まれる。
娘が落ち着くと魔術師は肩を落として息を吐き、
ぬいぐるみたちに向かって、顔をしかめた。
「犬や狼は歌が好きなもんだが、お前らは注文が多くていけねえ。
 気に入らないからって、噛んだら駄目だろ。」
叱られて、ティーはフンとそっぽを向き、
ルーは自分は関係ないと気にした様子もなく、
はなの頭をぺろりと舐めた。
反省の見えない態度にカオスはもう一度ため息を付き、
「しょうがねえな。」と呟いた。

「兎も角、ここにいる間は人を噛むな。
 噛んだらもう連れてこないぞ。分かってるだろ。」
「お留守番、嫌だ!」
「じゃあ、お利口にしろ。っていうか、一度家に帰ってろ。
 後で迎えに行くから。」
ぶーたれるティーを叱りつけ、
魔術師の右目が僅かに青く光る。
次の瞬間、二匹のぬいぐるみと小さな幼児の姿が消え、
カオスは大義そうにクルトへ顔を向けた。
「大丈夫か、足?」
「ああ。痛みより、驚きのほうが強かったからな。」
「まあ、そうだろうけど、災難だったな。」
一応心配してはいるようだが、どうにも他人事だ。
管理者として不十分な態度に文句を言う。
「無責任な保護者だな。」
「じゃあお前、スタンはまだしも、
 アルファの行動を完全に制御できるか?」
「…無理だな。」
「つまり、そういうことだ。」
自身の交友関係を元に説明され、クルトは肩を落とした。
実際、立場も力関係も似たようなものらしい。
いくら幼く見えても、ぬいぐるみは神話に属する存在で、
命令する権限も、行動に対する責任も、
自分にはないとカオスは言う。
「敢えて責を負う点と言えば、外に出る要因を作ってるぐらいか?」
「それが一番大きくないか?」
全ての根源の影響を指摘すれば、顔を逸らされた。

「それより、祀は何処に行った?」
「自分の部屋に戻った。」
赤ら様な話題の変更に呆れるが、魔術師の言動はいつも大体こんなものだ。
早々に諦めることにする。
お互いに大きく溜息を突いて、カオスは食卓の席に着き、
クルトは彼にコーヒーを淹れたことを思い出し、キッチンに戻る。
コップを手渡すと魔術師は嬉しそうに受け取り、
一気に飲み干した。
「あー助かるわ。喉、カラッカラだったからな。
 出先でも歌わされるとは思わなかった。」
「出先でもか?!」
「さっきのは別の歌だけどな。」
一体何曲歌わされたのかを問えば、
覚えていないと首を横に振られた。
「彼らは、そんなに歌が好きなのか?」
本日初見のティーはまだしも、毎日顔を併せているルーが、
そんなに歌が好きだとは知らなかった。
「彼奴らがどうこうと言うより種族柄だろうな。
 狼は歌が好きだから。」
当然のようにカオスは言うが、
人狼にしても魔狼にしても数が少なく、めったに出会えるものではない。
ギルドメンバーの一人が騎獣として魔狼を飼っているが、
それが歌を好むと聞いたこともない。
魔物に限らずとも、狼は仲間と遠吠えする。
それが歌の一部と言えば、そうなのかもしれないが。
今ひとつしっくりせず、
感じたままを伝えてみれば、わずかに首を横に振られた。
「遠吠えどころの話じゃねえぞ。
 彼奴らの村でうっかり何か歌ってみろ。
 知らない歌なら、覚えようと子供らがワラワラ集まってくるし、
 知ってる歌だと、気が向いた奴らから被せてきて、
 気がつけば無伴奏大合唱になってることもザラだ。」
彼奴らの歌唱力を甘く見るなと力説されるも、
その知識が役に立つことはあるだろうか。
活用方法を思いつけずクルトはうーんと唸り、
諦めて話題を変えることにした。
どうせ聞くなら、他に教えてほしいことがある。

「それより、さっきの歌なんだが、歌詞を確認させてほしい。」
訳を祀に教えてもらったことを伝え、
先程引っかかった点を伝える。
「他人行儀な、の続きなんだが。」
「ああ、『臆病だから』ってとこな。」
覚え間違いかとも考えたが、
その可能性は確認する前にあっさり潰されてしまった。
「それがどうかしたか?」
「いや、どうということもないのだが。」
『臆病』の理由がわからないと告げると、
魔術師は呆れたように口端を歪めた。
「大概に置いて、
 虚勢を張る理由は突き詰めれば怯えだろ。」
「怯え?」
「他人行儀と呼ばれるほど、男に都合の良い態度を取る理由が、
 恐怖心故でなけりゃなんだってんだ。」
吐き捨てるように言われ、首を傾げる。
恋人の都合をきちんと理解し、
対応する理由が恐怖心になる方がわからない。
好きだから、では駄目なのだろうか。
魔術師の言わんとすることを理解すべく、
考えを巡らせようとしたら、鼻に皺を寄せて嘲られた。
「なんで分からねえんだ。鈍感の間抜けが。」
「言い方。歯に衣着せるという言葉を知らないのか?」
このギルドには口の悪いものが多く、
露骨に貶されることも少なくないが、
それにしたって、カオスの言い方は直球すぎる。

「かしずかれることに慣れたお坊っちゃまはこれだから。」
「差別。俺が鈍感なのはまだしも、
 出身を理由にあれこれ言うのは差別だろ。」
「差別が怖くて魔王が出来るか、馬鹿野郎。」
「そういう問題じゃない!」
一頻り、別の所でもめたあと、魔術師は再び暴言を吐いた。
「まあ、心の機微に鈍感なのは、
 お前らのお家柄でもあるし、見逃してやろう。」
「だからそういう種族に対する偏見はやめろと。」
「天然レベルで考えが硬い分、
 一度思いつめるとストーカーなまでに執着するから、
 面倒いんだよ。…まあ、それはそれとしてだ。」
鉄と言い、お前の叔父貴と言いと、
しっかりブツブツボヤいてから、
カオスは教師のように机を叩いて話を戻した。

「いくら忙しかろうと限度があるだろ。
 基本放ったらかしで、相手の都合に合わせることばかりじゃ、
 物理的にも精神的にも疲れるしな。
 そんな中、どれだけ淋しくても不満一つ言わねえ、文句一つ溢さねえ。
 いつもニコニコ笑顔で対応とか、お前なら出来るか?」
「そう言われれば、難しいだろうな。」
理解と感情は別である。
仕方がないこととはいえ、
何も思わず感じないわけには行かないだろう。
「難しい、じゃなくて、普通は無理だよ。
 商売なら客に合わせるのが当たり前だし、
 ただの友達ならそこまで執着しなけりゃ済む話だろう。
 けどな、恋人にはそうは行かねえだろ。
 好きなら好きなだけ、四六時中離れ離れは余計に辛い。
 ある程度割り切るのも必要だが、
 全く不満も持たずに黙って待って、
 都合の良いときだけ相手をしろって言われてもな。」
少なくとも俺は嫌だと首を振った魔術師の黒髪がわずかに揺れる。 
「そんな男に惚れたのが悪いと言っちまえばそれまでだが、
 どれだけ辛くても何も言わねえのは、なんでだと思う?」
「…やっぱり、好きだからじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどさ!」
代わり映えのしないクルトの回答に、今度はカオスが声を荒げた。

「好きでも、寂しいとか辛いとか、
 言いたいことが有るなら言ったっていいだろ!」
「確かに。」
「それを言わねえのはなんでだって話ですよ!!」
バシバシ机を叩いてカオスが怒るので、
まるで自分が出来の悪い生徒になった気分になる。
ただ、ここまで説明されれば、なんとなく終わりは見えてきた。
怒るべきところを、怒れないのは。
苦しいことを、苦しいと言えないのは。
辛いことを辛いとせず、笑ってみせるのは、
カオスが言うように虚勢であろう。
そして、そうさせるのは。
「不満を言って恋人を傷つけ、嫌われるのが怖いから、か。」
「彼奴の場合、役立たずは嫌だ、
 足を引っ張りたくないってのも有ったがな。」
クルトの出した答えに、
カオスはモデルとなった当時の事情を付け加えることで肯定した。

問題の程度と、ここに至るまでに掛かった時間を顧みれば、
たしかに鈍感だと責められても如何仕方ない。
クルトは己に大きく溜息を付き、
その様子をカオスは苦虫を噛み潰したような顔で眺めた。
「確かに鈍いな、俺は。」
「どうするんだよ、そんなんで。
 今後、女絡みでなんか有った時、
 必要以上に揉めることが安易に予測できるぞ!」
「…どうしよう。」
「知らん! 俺にはどうも出来ん!」
頭ごなしに切り捨てられ、乾いた笑いが出てきた。

「しかし、不満と言うが、
 感じたままを伝えるのは駄目なのか?」
「言った所でどうにも出来ないと、
 わかりきったことを言うなという意味では我儘かもな。」
己の問題はひとまず棚上げして、歌詞の状況に不満を述べるが、
軽く払いのけられた。
「だが、それぐらい、言ったっていいだろう。」
何故そこまで気を使うのか納得できず、更に言い募れば、
魔術師も異論があるわけではないらしく首肯する。
「だろうな。頻度の問題もあるかもしれんが、
 その程度の文句も言えない間柄ってなんだよとは、俺も思う。」
歌詞の内容も、むしろ責められないことを嘆いているようだった。
「はっきり伝えてくれたほうが、良いこともあるしな。」
同意に力を得て強く頷くも、クルトは眉根を寄せた。
自分は良くても、相手はそう思っていないのだ。
その相違を形にする前に、カオスが鼻先で笑う。
「要は信用されてないんだ。
 その程度で嫌になるような男だと、
 駄目になるような関係だと思われてるんだ。」
馬鹿にしているようで居て、何処か寂しげな口調に、
俯いた祀の姿が重なる。

再び湧き出してきた罪悪感を横に置いて、
クルトは会話だけに集中しようとした。
「信頼できないような、ひとだったのか?」
「職業が派手だったからな。
 他所から見る分には選り取り見取りにみえたしな。
 実際は知らんし、当人がそんな器用じゃなかったが、
 そこは大丈夫だと思わせられるよう、頑張るしかないだろ。」
投げやりに答え、カオスは不機嫌そうにガシガシ頭を掻いた。
「旦那を信じて、どんと構えていられない、
 従姉妹にも問題が有ったけどな。
 ま、トラウマとコンプレックスってんのは、
 本人にもどうにかするのは難しいし、
 世の中全て思い通りになるわけじゃない以上、
 虚勢の一つも張らなきゃやってられないってのはあるが。」
当時を思い出したのか顔を歪め、ハンと短く息を吐く。
「恋する乙女は勇猛果敢な半面、
 繊細で臆病だからこそ、可哀想な話だ。」
「信用できない理由が本人の素行ではなく職業性であれば、
 不可抗力では…?」
「惚れた女を安心させられないとか、
 男に甲斐性がないのが悪い!」
軽く反論したら、即行で怒鳴られた。
3秒前の気落ちした様子はなんだったのか。
魔術師は己の美学に実に煩い。

「まあ、臆病の理由はそう言うことだ。
 わかったか、この間抜けが。」
「確かにわかったが、
 なんで俺が怒られる流れになってるんだ?」
必要以上に罵られ、クルトは肩を落とした。
「つまり、あれだな。
 普段、不必要なまでに自分に気を使って、
 あれこれ言ってこない恋人だからこそ、
 思うことがあるなら、ちゃんと相談してほしいし、
 寝起きで意識がはっきりしていないからとは言え、
 素直に甘えてくるのが可愛くて仕方がないんだな。」
「そうそう。」
総評に判っているじゃないかと頷かれ、別の疑問がわいてくる。

「それで、基になった人たちはどうなったんだ?」
もしかして、破局してしまったのだろうか。
曲の雰囲気から悪い予感を覚えて聞いてみれば、
魔術師は軽く言った。
「どうもならんよ。普通に幸せに暮らしました、だな。」
あっさりとハッピーエンドを告げられ、拍子抜けする。
「そうなのか?」
「そりゃまあ、うちの従姉妹殿はノンブランドでは有ったが、
 高スペックでも有ったからな。
 お洒落とか化粧とか、女らしいことが苦手だったとは言え、
 性格は温和で可愛くて、何事にも柔軟で頭が良くて、
 黙ってても自分で仕事を見つけて動いてくれるし、
 駄目なことはちゃんと止めてくれる。
 何より自分にベタ惚れな彼女とか、お前だったら早々手放すか?」
「出来るだけ関係を維持できるよう、最大限の努力すると思う。」
「だろ。別れる理由がねえ。」
「彼女の方が愛想をつかす可能性は…?」
「あったら端から歌詞みたいな状況にならん。」
「なるほど。」
非常に納得の行く説明ではあるが、
そんな健気で一途な女の子がこの世にいるのかを問えば、
うちのギルドにも一人、いるじゃないですかと返された。
該当者はすぐに思い当たり、あれは確かにと同意すると同時に、
彼女の想い人が全く自身の幸運に気がついていないことを思い出し、
二人してイラッと口の端を歪める。
だが今、それについて語っても仕方がない。

「まあ、肝心の従姉妹の方は傍目が思うほど、
 大変じゃないし問題ないって言ってたが。
 これまた美人な姉や友人のせいで、
 自分に自信がなかった分ドライに育った結果、
 感情のコントロールが上手かったからなぁ…
 信憑性がなかった。
 ま、実家に戻ったあとは気を使わなくなった分、
 お互いデレデレだったらしいけどな。」
「丸く収まったようで、何よりだ。」
ダラダラと続く魔術師のお喋りに一安心し、
気の抜けた相槌を打ったら、突然、椅子を蹴飛ばされた。
「ッ! いきなり何だ!?」
「すまん。思い出し怒りの八つ当たりだ。」
カオスは素直に謝ったが、顔は無表情に他所を向いていて、
すまなさそうな気配がまるでない。
大体、思い出し笑いなら聞いたことがあるが、
思い出し怒りとはなんなのか。
そのまま机に肘を付き、
不機嫌も顕に机を指で叩いている魔術師に、
文句を言うのを諦め、椅子を直す。

「っていうか、従姉妹って…」
「あーあー 何も聞こえない。」
当たり前のように口にされていた存在に今更ながら気がついて、
そんなのいたのかを問えば、全力で無視された。
机を叩くのをやめる代わりに、わざとらしく耳を塞いで、
振り返ったカオスの眉間の皺は、なかなか無くなりそうにない。
「そんなこんなで、
 普段甘えてこない彼女のギャップデレは可愛いが、
 虚勢にしても、意地にしても、
 素直じゃない奴らの見栄に付き合うのがいいか、
 素直すぎて勝手な奴らに振り回されるのがいいかは、
 難しいところだな。
 なんにしろ、気に入ったんなら音源貸すぞ。」
「興味はあるんだが、酷いまとめ方だな。」
原因の分からない怒りを収めて、切り替えてきたのはいいのだが、
乱暴且つ適当にすぎる話題の変更と表現には、
もう、ため息も出ない。
歌のオリジナルを借りる約束こそしたものの、
嬉しさより、疲れを感じる。

やれやれとコップを片付けている間に、
魔術師はピンと指を弾き、薄いケースを何処からともなく取り出した。
「ほれ、プレイヤーはアルファに貸してるから、
 使い方もついでに聞け。」
「早いな!」
「俺を誰だと思っている。山羊足の魔術師様だぞ。」
約束した音源を手渡され、素直に驚くも、鼻先で笑われる。
言われてみれば、うちの魔物は多彩な魔術で、
不可能を可能にするとも言われる魔王であった。
当人は巷の噂は噂でしかなく、期待をするなと言うが、
やはり、その腕前は器用で収まらないものがある。

感心しながらケースを受け取り、表紙の絵はまだしも、
記載された文字が読めないことに、クルトは顔をしかめた。
「そう言えば、ヤハンの歌だったな。」
折角借りても、歌詞の意味が理解できないのはつまらない。
彼の不満を察したカオスが簡単に言う。
「また、祀に訳して貰えばー? じゃなきゃ鉄火か、紅玲だな。
 敦は…あいつはまだ、母国語覚えてるのか? 非常に怪しい。」
「じゃあ、テッカに頼むか。」
挙げられたヤハン出身者の中で、最も中の良い友人に頼むことにし、
無難な選択に魔術師が同意する。
「そうだなー 翻訳は感覚だから、
 俺は紅玲のがいいと思うが、鉄も上手に訳すだろ。
 ってか、あいつらこそ何時纏まるんだ?」
言いながら顔を歪め、彼奴らはと悪態をつく。
「ったく、紅玲ときたら、
 張り過ぎて虚勢が鉄壁の防御結界と化してるからな。
 流石、俺の弟子だ。
 鉄火もよく付き合うわって、彼奴も彼奴で相当な意地っ張りか。
 っていうか、うちのメンバーは、
 意地っ張りの見栄っ張りじゃない奴のが少ないけどよ。」
祀の上司と元カノの関係はカオスの中でも問題事項らしい。
面倒な連中だとの意見に大きく頷くと共に、
対象が彼らだけにとどまらないことが気に掛かる。

「うちのメンバーは、意地っ張りと見栄っ張りが多いか?」
「ああ、そうだろ。俺も人のことは言えないが、
 まず、マスターのフェイヤーが相当なもんだしな。
 ユーリやノエルも真面目な分、気ぃ張ってるし、
 好き勝手やってるように見えて、ユッシや敦も色々抱えてるしな。
 比較的自然体でやってるのは、ヒゲとアルファぐらいじゃねえの?」
「マツリも?」
「ック、」
すらすらと挙げられるメンバーの名前を聞きながら、
先程踏んだ地雷を思い出し、提示すれば、
カオスは目を見開いて息を呑み、そのままゲラゲラ笑い出した。
「祀も?って、彼奴こそ虚勢の塊みたいなもんだろ!
 コンプレックスと負けず嫌いで身動きできなくなってる、
 典型的な例みたいな奴じゃないか!
 あれが違うんなら、誰がそうだって言うんだ!」
冷酷にも笑い転げる魔術師の姿に、クルトは不快で顔を歪めた。
「人の苦悩を馬鹿にするような真似は、」
「馬鹿言え。」
苦情を途中でダンと切り捨て、カオスは真顔で言い切る。
「彼奴はそこが良いんだろうが。
 抱えた荷物の大きさはそれぞれとしても、
 潰されまいと必死で足掻こうとしない奴に興味はねえよ。」

意地の悪い笑みを浮かべ、自分を見下ろす魔術師に、
何を言っても通じなかろう。
逆にすれば、藻掻く者にこそ興味があると取れなくもない発言に、
クルトは感想だけを述べた。
「趣味の悪い。」
「るっせえ。」
ケッと吐き捨てるカオスの態度は相変わらず悪いが、
鈍感な自分と違い、気がついていることも多いのだろう。
「多いのか、マツリが抱えているものは?」
「けして少なくはねえな。」
問の答えに気が重くなるのを感じるが、
続いたカオスの言葉はあっさりとしたものだった。
「けど、そのうちなんとかなるだろ。」
「なる、のか?」
「ああ。だって彼奴、頑張り屋だし、
 良い奴だから周りが放っておかないし、
 鉄と紅玲が相当気にしてるし、どうにでもなるだろ。」
違うのかと不思議そうに首を傾げられ、戸惑う。

ただ、確かに彼の言うとおりだと思う。
祀は、良い子だ。
本人はああ言うが、本当に可愛げのない、
つまらない奴だと思われていたら、
周囲の態度はもっと冷たいものであろう。
自分だって、傷つけたことをそこまで悔やんだりしない。
だが、実際には祀の周りには何人も友達がいて、
心配する家族のような者もいる。
どれだけ、抱えているものが大きくても、
一緒に頒ち合える仲間がいれば、
少しずつ、減らしていけるのではないか。
意地っ張りな性格や、乱暴な態度は、
そう簡単には治らないかもしれないが、
いつか、そんなところも含めて選んでくれる相手が見つかると思う。
いや、見つからないはずがない。
だから、自分がそんなに心配することはないのだろう。

すっと目を細めたクルトに、カオスは軽く目を見張った。
「ん? どうかしたか?」
「いや、また無駄な心配をしてしまったと思ってな。」
苦笑するこの大柄な金髪の青年こそ、
生真面目なだけに余計なものを抱え込む癖がある。
大叔父と同じで、やっぱ、この一族は面倒いなと、
口にすれば誤解を生む感想を飲み込んで、
魔術師は軽く首をすくめた。

「じゃあ、これ、借りるな。」
「はいよ。」
何時でも好きな時に返せと伝え、
早速再生してみようと友人の元に向かうその背を見送る。
そのままカオスは久しぶりに思い出した家族の記憶を軽くなぞり、
感傷を払いのけて、口の端を歪めた。
「ま、何時の世も、人の気持ちは思い通りに行かないだけに、
 面倒いし、面白いな。」
あの青年にしても、彼が口にした小柄な剣士にしても。
彼らが望むものを何時か手に入れられればいいと思う。
その日が来るのを心待ちにすることにして、
魔術師は静かに笑い、その姿を消した。

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