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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

高性能装備の入手方-欲望の代償、その7。

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高性能装備の入手方-欲望の代償、その7。



黒髪の剣士が金髪の白魔導士に問う。
「ユッシ! 状況を説明しろ!」
「全面的にこっちが悪い!
 逃してくれそうにないから、交戦せざるを得ないと思ってましたが、
 撤退可能ならそれが一番です!」
ユッシの回答に鉄火はちっと舌打ちして、
愛刀を握り直した。
「なるほど。逃げながら彼奴を抑えろとは、難しいことを言うな。」
彼の呟きに漆黒の人狼がニヤリと笑う。
先程の打ち合いでは鉄火に押されていたようだが、
まだ余裕があるのか、ゆうゆうとした態度を崩さない。
だが、たった一匹だ。

前衛に不足の有った先程までとは違う。
人狼とまともに対峙出来る鉄火がいれば、安定して距離が保てる。
攻撃を受ける心配なく、落ち着いて魔法や弓が扱え、
何より、仲間を補助する白魔法の最高峰、
ホワイトウィザードのユッシがいる。
白魔法で味方の攻撃力を上げ、相手の攻撃を防御し、
傷と体力の回復を行えば、一方的な展開に持ち込めるはずだ。
「なあ、撤退って言うけど、」
同じようなことを考えたのだろう。
イーギルが上ずった声でユッシの顔色を覗き見る。
高位魔獣の人狼を退治できれば相当な手柄である上に、
毛皮や牙などの戦利品で多額の利益を上げることが出来る。
千晴の目的である人狼の毛も入手できる。
そんな皮算用に釣られたのか、
ユッシも一瞬目を泳がせたが、直ぐにきっぱりと言い切った。
「黙れ。撤退ったら、撤退だ。」
そのまま、イーギルではなく千晴をキツと睨む。
「でなきゃ、マジで置いていくからな。
 また、舐めたこと抜かしたらひっぱたくぞ。」
噛み付くように脅され、ビクリと千晴は身をすくませた。

脅しは十分と判断したのか、
それ以上は何も言わず、ユッシは改めて人狼に目を向けた。
「このメンバーじゃ接近戦に持ち込まれた場合、
 対応しきれず壊滅するから、意地でも距離を保つ必要があったけど、
 テツさんが居てくれれば問題ない。マジで助かったぜ。」
「俄然、逃げやすくなりましたね。」
逃走の手段が付いたと口角を上げた彼に、
ポールも嬉しげに応じた。
言ってしまえばポールやイーギルでは、前衛として成り立たない訳だが、
彼はそれを理解しているのだろうかと千晴は口の端を歪めた。
しかし、何故、彼らは撤退にこだわるのであろうか。
確かに子供に手を出した弓士達のやり方は、褒められたものではない。
だが、目の前の人狼は成獣で、千晴たちを逃がすつもりもなさそうだ。
元々人間と人狼は敵対しており、戦っていけない理由はなく、
戦闘状態に陥っている以上、反撃して責められる言われもない。
勝てる見込みがあるからこそ余計に納得出来ず、
杖を握りしめた千晴の不満を他所に、
大人たちはどんどん手はずを詰めていく。

「撤退は良いが、逃げ切る算段はあるのか?」
「ここから10分ほど走った先の広場まで戻れば、
 移動魔法が使えます!」
人狼を見据えたまま聞く鉄火に、ユッシが手際よく答え、
ヨハンが驚きを隠さず、目を見開いた。
「こんな奥地で使えるの?
 この森は魔力が高くて、移動魔法がブレることで有名なのに。」
「だからはじめから言ってるだろ。うちを舐めるなって。」
実際には魔法陣で補助するわけだが、それを今説明する必要はないだろう。
鼻先で笑うような白魔導士の返答に僅かながら含まれた敵意、
パーティー内の不和に敏感にも気がついたらしく、
鉄火は眉間のシワを深くしたが、
それには触れず、確認を進めた。
「では、このまま俺が殿になって彼奴を止める。
 道は誰が分かるんだ?」
「俺が! 途中に騎獣も待たせてます!」
今度はイーギルが勢いよく手を上げる。
何故か敬語になった赤毛の槍騎士に見覚えがあるのか、
黒髪の剣士はわずかに目を細めた。
「あんたは…確かイーギルとか言ったな。騎獣がいるのか。」
「はい! 呼びましょうか?」
ここからでも聞こえるはずと呼子笛を握りしめるイーギルに、
鉄火は首を横に振った。
「いや、それはやめたほうがいいな。
 他の魔物を呼び寄せかねん。」
幾ら、速い移動手段や手数がほしいと言っても、
呼子笛が聞こえるのは騎獣だけではない。
そして人狼も耳が良い。
恐らく、周囲に集まっている最中だと考えられる状況で、
態々居場所を知らしめるなど、愚策以外の何者でもなかろう。

目の前の個体だけでも厄介だと言うのに、
これ以上数が増えれば、鉄火とて千晴たちを守り切る自信はなかった。
胸元をよぎった不安を噛み殺し、黒髪の剣士は目の前の人狼を睨む。
当然、逃げる算段をしているのも聞こえているだろうに、
黒い亡霊とも呼ばれる魔物は相変わらずゆったりと落ち着いて構えている。
状況や言動にそぐわない態度が引っかかるも、
動かないわけにも行かず、鉄火はわずかに逡巡した後、指示を出した。
「じゃあ、案内を頼むといいたいが、森の中だ。
 ポール、先導はお前がしろ。
 イーギルはその後ろから方向を指示してくれ。
 ユッシが補助魔法を掛けたら、全員一気に走るぞ。」
「先導はいいですけど、オレ、こいつらに背中みせるの嫌です!
 信用できません。後ろから射られたら堪りませんよ!」
ハンター達を指さし、即座にポールが反論する。
場の状況は勿論、彼の性格や先輩に対する態度としてもありえない発言だが、
余程、腹に据えかねているらしい。
憤懣を隠しもしないポールの視線に気圧されたように、
ヨハンが顔をそらし、死刑判決でも受けたかのように俯いた。
いや、彼らにとっては現状、それに等しいのであろう。
幼獣に手を出す違法行為を犯した以上、
帰れば何らかの処罰は免れない。
最悪、公式冒険者の資格を剥奪され、更に下手をすれば牢屋行きだ。
職を失えば日々の生活も儘ならなくなるだろう。
何より死をも覚悟で挑んだ復讐が、
このままいけば、散々水を刺された挙げ句に失敗する。

常にない新米の反発に、鉄火が眉をひそめると同時に、
ガチャリと複数の棒がぶつかる音がした。
「誰が一緒に行くと言ったの?」
レイナが静かに矢筒に手を掛けていた。
演舞のように優雅な仕草で矢を抜き取り、
弦を引絞ると静かに鏃を漆黒の人狼に向ける。
人狼は慌てた様子もなく、パサリ、パサリと静かに尾を横に振った。
自分を歯牙にもかけていない魔物の態度に眉をしかめ、
四本傷の女弓士は狙いを定めたまま、静かに言った。
「本当、ムカつく奴ね。」
呆れた様子で、ユッシが咎める。
「まだやる気かよ。当たらないの、分かってるだろ。」
「当てるわよ。
 少なくとも、このままじゃ終われない。」
それにまだ、手は残っていると声に出さず呟く。
「あんたは残るということか?」
鉄火の問に顔も向けず、レイナは微笑んだ。
「別に問題ないでしょう。
 足止めとして、あんたたちの役にも立つんだし。」
「問題あるわ。うちの目覚めが悪いだろ。」
眉間のシワを深くしたユッシの返しに、
レイナはくくっと喉を鳴らすように笑った。
「これでも悪いと思ってはいるのよ。
 非常に不本意とは言え、巻き込んだのは事実だから。
 私の我儘に、あんたらはまだしも、
 その子を巻き込むわけにも行かない。
 だから、気兼ねなく行って頂戴。」
顔に大きな傷があっても、美しい女ハンターの暗く虚ろな瞳は人狼にまっすぐ向けられ、
他の存在が無であるかのように、ちらとも視線を向けることはない。
それでも、巻き込めないと言われているのが誰であるかは明らかで、千晴は身を固くした。
ぽつりと、ポールが呟く。
「うだうだ、うざったいなあ。どれだけ足を引っ張る気だよ。」
思わず、千晴は彼の顔を凝視した。
千晴がよく知る、お人好しで暢気な新米騎士のセリフとはとても思えない。
彼がこの場に来て、然程時は経っていないと言うのに、
何故、ここまで苛立っているのだろう。
ポールはただ、自分のギルドメンバーと敵対していたと言うだけで、
敵愾心を顕にするような性格ではない。
むしろ、状況を掴みきれずにオロオロするか、
何とか場を収めようとするはずだ。
実際には場の流れを掴みきれず、
狼狽えているのが自分である不甲斐なさで千晴は杖を握りしめた。

小さな黒魔法使いが己の非力と場への不信不満で、
臍を噛む思いをしている中、新米騎士が大声で怒鳴る。
「第六条! 知らないわけじゃないだろ!」
彼の激情を軽く受け流し、四本傷の女ハンターが冷淡に応えた。
「そうね。『私念を挟むべからず。』
 狩ることもあれば、狩られることもある。それが自然の摂理だから。」
「だったら何故!? 六条の対象になるのは人狼もだ!」
やはり、ベルンに住むハンター内で通じる規定が有ったようだ。
ポールは出身に囚われず、槍騎士としての道を選んだが、
家族や村の中からハンターとしての掟や技術も学んでいる。
人狼の恐ろしさや、永きに亘る交戦からくる因縁も理解していればこそ、
多少ならず駆除が可能であれば、真っ先に賛同しそうなものだが、
そうさせない理念が彼らにはあるらしい。
ひいては、たとえ家族が犠牲になろうと復讐を望むのは、
ベルンに所属するハンターのプライドに反しているのだろう。
事実、わかっているとレイナは応えた。
「夫だけならまだ諦めがつくわ。ハンターだもの。
 たまたま、相手が人狼だっただけだって思えたかも知れない。
 けれど、弟のことは許せない。
 人狼は子供には手を出さないなんて言う話しもあるけど、嘘よ。」
話すほど震える声に、
ピクリと、人狼が耳を動かした。
「小さな子供とは言わない。でもまだ、12歳になったばかりだったのよ。
 それをあそこまで引き裂く必要が何処にあるっていうの?
 二人共、顔の判別もできなかった!」
「子供ねえ。」
漆黒の人狼が投げやりな口調で呟き、だらりと舌を垂らす。
「まあ、なんでも良いが、
 お前らは本当に被害者顔するのが好きだな。
 人の敷地に土足でズカズカ入った挙げ句、
 やられるだけのことをしたとは思わんのかね?」
漸く反応したと思ったら、幼弟の死を嘆く姉への嘲り。
これにはハンター達ならず鉄火やユッシも顔を歪めた。
当然、黙っていられるはずもなく、レイナが番えていた弦を離し、
複数の矢が人狼に飛んでいく。
ただ、心の乱れは狙いも乱し、矢は二本足で立つ黒い獣に当たらず、
それを察していたのか人狼は微塵も避けようとしなかった。

「あのこが何をしたっていうの!? 
 縄張りを荒らしたとでも? 死体が見つかったのは禁猟区から離れた場所だった!
 そもそも、あの日は狩りじゃなくて採集、
 暴風薔薇の蕾を集めるって出ていったのよ?
 持っていった装備も必要最低限で、あんた達と当たっても、
 戦える状況じゃなかった! それを一方的に襲っておいて何を言うの!」
悲鳴のような断罪に、人狼の低い声が応える。
「一方的に?」
山羊足の魔術師と呼ばれる魔王、
カオスを思い出させる冷たい威圧。
ビクリとレイナの体が雷の一端が走ったかのように震え、
イーギルやヨハンも顔をこわばらせた。
血の気の引いた顔でポールは槍を持ち直し、
ユッシが無言で千晴を自分の背に隠す。
鉄火だけが、ただ、静かに黒狼のゴーグルに向けた視線を向けていた。

「まあ、なんでもいいがな。」
緊張の中、続いた人狼の言葉はあまりにも気が抜けていて。
小さな黒魔法使いの胸の奥でカチンと何かが金属的な音を立てた。
こっちは必死だというのに、その態度はなんだ。
千晴の不快に呼応したわけではなかろうが、
人狼はのんきにも大あくびをした。
さっと頭に血が登るを感じる。
その余裕に満ちた顔を、ふっとばしてくれる。

条件は、悪くないと思える。
フーゲディアとはほとんど戦闘もなく、
移動や解体作業で体力は使ったが、
きちんと食事を含めた休憩も取っている。
空気の乾燥する季節だが、まだ、青草も残っており、
水分が全くないはずがないだろう。
改めて体を巡る魔力に意識を集中し、
心の中で呪文を詠唱しながら、感覚を確かめる。
よし、行ける。
「ボクが、やるお。」
即座に集まった大人たちから疑心を含んだ視線を感じながらも、
千晴は前方の人狼に集中した。
つまらなそうにこちらを見ている人狼は、
腕を組んだまま、動こうとしていない。
「ボクが、彼奴を止めるから、その間に矢を打ち込むお。」
「そんなこと、できるのかよ?」
できるのではない、やるのだ。
イーギルの疑問を無視し、
意識は人狼に向けたまま、少しずつ魔力を調整していく。
人狼はまだ、動かない。
朗々とした詠唱を行えば、流石に邪魔してくるかもしれないが、
こちらには切り札がある。
杖の先端に飾られた魔応石は、試し打ちのときも、
先程も、見事な効力をみせてくれた。

「駄目だって言ってるだろ!」
本日何回目かのユッシのげんこつが千春の頭に降ってきた。
一気に集中させた魔力が弾け飛ぶ。
「撤退ったら撤退! 誰がなんと言おうと何があろうと変わりません!!」
場の流れも雰囲気も完全に無視した白魔導士の宣言が晩秋の蒼い空に響く。
イーギルやポールは愚か、ヨハンやレイナ、
更には人狼まで毒気を抜かれたように固まった。
「何で、何で駄目なんだお? 
 だって相手は魔物だお? それに、一匹だけ。
 今なら負けるはずないのに、なんで、」
いたたまれず、悲鳴を上げる代わりに千晴はユッシに食ってかかった。
「だからさあ、」
「後にしろ。」
それこそ、情況を全く踏まえない子供じみた殴り合いが始まりかけるのを、
白魔導士をも黙らす気迫をこめて、黒髪の剣士が仲違いを止める。
「なんだか面倒なことになっているようだが、話は後で聞く。
 安全の確保。まずはそれからだ。」
戦闘中は相手に集中し、打ち合わせなどを行うのであれば、安全を確認してから。
冒険者として基本中の基本を述べて、鉄火は刀を構え直した。
「あれを抑えるのはまだ良いとして、今一、情況が掴みかねん。
 人狼の最も得意とするのは団体戦だろう。それが彼奴だけだと?
 何故、ここまで俺たちに有利な条件が揃っている?」
罠ではないのかと黒髪の剣士に投げかけられ、
ぽつりと、ポールが呟いた。
「一匹だけのはずが、ないよ。」
「そうだ。何か、おかしい。」
ヨハンも蒼白のまま、それに続いた。
「人狼は群れる。殆どの場合、2匹以上で動く。
 まして、縄張りの外で単独行動はずがないんだ。
 それなのに、何で、彼奴だけなんだ。」
人狼を狩る最も難しい理由が団体戦になることだ。
僕たちだって、そのつもりで用意してきた。
ハンターの自問自答が虚しく違和感を伝えてきた。
ここが縄張りから離れた場所であるとしても、
子供達が遊びに来れる距離であり、救助要請を聞きつけて、
この黒狼はやってきたはずなのだ。
彼がこの場に現れてから、有に十数分は経過している。
それなのに何故、未だに一匹だけなのか。
他の人狼は何故、現れないのか。
答えは自ずと明らかで、千春が絶望を感じつつ見つめた人狼は、
彼の視線に気がついて、ツイと裂けるような口の端をあげた。

悪魔のようなその笑みを、白い靄がぼやけさせる。
いつの間にか立ち込めていた霧にレイナが顔色を変えて、弓を番え直し、
何も見えない周囲に向かって矢を放った。
そうしている間にも霧はどんどん深くなる。
「ちょっと、何、これ…?!」
「ちゃお君、オレから離れないで!」
不自然に早い霧の発生に次に取るべき行動を完全に見失い、
ただ、混乱するだけの千晴を庇うように、
前に立ったポールが右左と辺りを見回す。
ヨハンが持っていた矢を捨て、矢筒に手を伸ばし、
白い矢羽の矢を引き抜いた。
妙に大きく不格好な鏃の付いたそれを彼が放つと、
ヒュルヒュルと独特な音を立てて矢は飛んでいき、
軌道周囲の霧が晴れる。
「これは…魔法の霧?」
考えなくても、周囲が見えないほどの霧が突然自然発生するはずがない。
鳴り矢が効果を見せたことからも、人狼による魔術の一種に違いなく、
そうした魔法があることは千晴も知っていた。
しかし、肝心の対処方法がわからない。
千晴の目指す黒魔道士・ブラックウィザードは、
氷や炎を操って効果的に対象にダメージを加えることを目的としており、
霧の発生や除去など環境を変化させる間接的な魔法は、
ユーリの様な賢者・アセガイルの専門だ。
「えっと、霧だから、要は水でしょ? 
 温度を上げて蒸発させるか、風を起こせば…?」
「アウフローダー! チハル君、アウフローダーを!
 上空に向かって打って!」
「ええっ?! わ、わかったお!」
普通の霧と同じように対処すればいいのか迷う千晴に、
ヨハンから指示が飛ぶ。
参加条件として提示された初級黒魔法の名前に、
殆ど条件反射的で呪文を詠唱しようとして、
杖に取り付けられた見慣れない魔応石のアクセサリーに気がつく。
「…! 火弾・アウフローダー!」
出先にユッシが用意してくれた呪文短縮用の魔応石は、
抜群の効果を見せてくれた。
即座に杖の先端に魔力が溜まるのを感じ、
現れた直径30cmほどの火の玉を、
人狼の声がした方向上部に向かって放つ。
滑るように火玉は霧の中を飛んでいき、程なく4つに別れた。
「耳塞いで伏せて!」
ヨハンが叫び、ユッシが気がついたように杖を振るう。
白魔道士によって緑色の魔法結界が生まれた刹那、
早打ちとしか言いようのない速度で、火玉の数と同じだけの矢が次々に放たれる。
「伏せて!!」
指示に従ったというよりは、
隣に居たポールに押し倒された形で千晴は地面に押し付けられ、
そのまま耳を抑えた。

バン! バン! バババァン!!

強烈な破裂音と共に、爆風が降って来たと思ったが、
これでも多少抑えられたらしい。
薄いガラスが割れた様に魔法壁がキラキラと砕けて消えていく。
「クッソ、間に合わなかった…」
「いや、上等だろ…」
フラフラとユッシとイーギルが立ち上がり、
ヨハンが苦しげに耳栓を引き抜く。
一体何をしたのかしれないが、
アウフローダーを火種にして起こしたと思われる爆発で、
霧は吹き飛ばされ、代わりにそこかしこで白い煙が上がっている。
誰かが千晴の腕を引っ張った。
「さあ、今のうちに逃げなさい!」
仰ぎ見れば、四本の傷に切りそろえた短い髪。
彼女も爆風の被害を多少ならず受けているのだろう。
耳を抑え、顔を歪めたレイナが千晴の腕を引き、
獣道がある方向に促した。

「ここは私が抑えるから…さあ、早く!」
押しやる様に千晴を森へ向かわせながら、
矢を番え直す女ハンターの横顔は悲壮感に満ちていた。
「レイナさんは…?」
「いいから! これ以上、また、あんたまで、」
途切れ途切れの言葉は繋がっていなかったが、
意味はわかった。
行きしに見た、複雑そうなレイナの顔。
人狼に殺された弟の面影を、千晴に見ていたのだろう。
弟の二の舞にさせたくない。
死に直結した復讐を望んだ彼女の瞳に今、映っているのは、
憎悪でも、憤怒でもなく、
大切なものを亡くした悲哀だけだった。

彼女を殺させるわけには行かない。
そんな思いが突き刺さるように千晴の胸を突く。
ぎゅうと杖を握りしめた小さい黒魔法使いの耳に、
残酷な現実が口を開く。
「…ったくよぉ、無茶苦茶しやがって、この毛無し猿共が…!」
「全くだよ!」
怒気を含んだその声に、何故かユッシが賛同する。
グルルルルと低い唸り声を零しながら、
耳を抑えた黒い人狼がブンブンと頭を振った。
音と風によるダメージを多少は受けてはいるようだが、
打撃を与えたと言える程でもなさそうだ。
「相変わらず後先考えずにやってくれるじゃねえか。
 どうするんだよ、これ。」
彼が憎しみを込めた視線を向けた先では、
彼方此方で枯れ草に飛び散った小さな炎が、
パチパチと小枝が爆ぜる音とともに、焦げ臭い匂いを広げている。
「ほっといたら大火事になるぞ。」
季節柄、空気は乾燥している。
火種となる枯れ草は豊富にあり、黙っていれば周囲に燃え移り、
森をも巻き込む大惨事となるかもしれない。
だが、恐ろしいことは他に有った。

グルルルルル…
ガルルルルルルルル…

吹き飛んだ霧の代わりに現れた、幾つもの黒い毛並み。
何匹もの黒い狼が千晴たちを囲んでいた。
逃げた子狼たちと同じく、一見普通の狼と同じに見えるが、
ただの獣が火を恐れもせず、こんなタイミングで現れるはずがない。
人狼に囲まれた。
即ち死を意味するに等しい情況に、足がガクガクと震える。
最初に現れた人狼は囮で、数が集まるまでの足止めだったのだ。
「だから、こうなる前に、一匹でも減らしたかったのに…!」
レイナの苦渋に満ちた後悔が聞こえるが、
恐らく、千晴たちの邪魔が入らずとも、難しかったであろう。
単独の状態で実力差は明らかであり、全く相手にされていなかった。
ポールも実際に対峙するのは初めてだと言っており、
人狼の強さを彼女たちも把握しきれていなかったのだろうか。
いや、復讐を試みる以上、できるだけの情報は集めるはずだ。
ある程度の勝算が見込めたからこそ、行動に移したのだろう。
その勝算とは何か? 最初の相手は子供だった。
子狼を仕留めるだけで、満足するつもりだった?
違う。助けにやってくる大人たちも相手取る準備を彼女らはしていた。
そのために、フーゲディアから離れた位置にヨハンが罠を仕掛けていたのだ。
しかし、その罠は全てポールと人狼に突破されている。
罠とはそんな簡単に突破できるものなのか?
ポールはベルンの出身であり、罠のことも詳しいだろう。
またユッシがいたので、防御面を気にすることなく、
罠の解除だけに集中できていたように思える。
だが、次々に飛んでくる攻撃を避けながらであればどうか?
当然、一気に難易度が上がる。
だが、あの人狼はそれをやった。
ふと、ユッシとポールの会話が頭をよぎる。
『まさか、人狼は皆、あそこまで動けるとか言わないよね?』
『わかんないですよ。オレだって、実物みるの初めてですもん。』
普通はそこまで強くないのではないか。
ハンターたちの準備した方法で多少なりとも手数は与えられるのではないか。
つまり、あの最初の人狼は普通ではない。
そもそも、他と異なり、半分とは言え人の姿を取っている。

あれは、違うのではないか。
普通の人狼ではないのではないか。
黒い亡霊との呼称はフロティア東部に生息する人狼全体を示し、
単独の個体を指す言葉ではないはずだが、
特別な二つ名がないからと言って、
特別な人狼がいないとは限らない。
魔王。他と格別した実力を持つ魔物。
公式、非公式はさておき、
竜にいて、黒悪魔にいて、不死者にいて、吸血鬼にいるものが、
フロティアの人狼にいないと何故、言える?

千晴の気づきを肯定するように、
半人の人狼に四足の一匹が滑るように駆け寄り、
何か進言するように短く吠える。
「あぁ? 余計な口を出すな。」
不機嫌そうに彼は口元を歪め、寄ってきた狼を振り払った。
押しのけられた狼はすっと後ろに下がり、音もなく離れていく。
他の上に立つ存在であることを身を持って示した半人の人狼は、
不機嫌そうに耳をピクピクと動かして、千晴たちを眺めた。
「で、どうやって逃げるって? 俺達から。」
それに対する答えは誰からも発せられなかった。
にじり、にじりと狼達の輪が縮まっているように思えるのは、
気のせいではないだろう。

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津路志士朗
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