忍者ブログ

VN.

HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

気遣い。

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

気遣い。







人や妖精、獣人と多様な種族が暮らす大陸、
ミッドガルドには、それぞれの種族が作った国がいくつかある。
その中で人間の国で最も大きなフォートベルエ王国では、
国民を脅かす魔物討伐を推奨するため、
軍に所属しない国内の戦力を把握するために、
冒険者の資格を定めているが、
武器を扱う戦士や弓師、魔法を扱う魔道士と、
職業ごとに得意分野が分かれ、複数で行動するほうが、
多少なりとも安全性が向上する。
円滑な業務や利便性を求め、
冒険者たちは通常個人ギルドと呼ばれる団体を作成、
所属するのが一般的だ。
ZempことZekeZeroHampもその中の一つであったが、
話の流れで魔王、カオス・シン・ゴートレッグが居候していた。

情報が不明瞭すぎて、公的には認定されていないものの、
実在すれば世界最凶最悪とされる山羊足の魔術師の異名と、
それに見合った実力を有するだけでなく、
必要とあらば手を汚すことも厭わない危険牌では有ったが、
巷の噂よりずっと庶民的で、同居人としての付き合いづらさも特にない。
ついでに二十歳前後の東洋系な見た目と異なり、
長々生きているせいか、様々な知識と技術を有している。
ある日、Zempの新米騎士、ポール・スミスが外から戻ってくると、
魔術師は台所を占領して、良い匂いを拡散させていた。
「わあ、良い香りー コーヒーですか、カオスさん?」
先輩方が常飲している大人の飲み物は、
苦くてポールの口には合わないが、その香りは好きだった。
それに今日はいつもとちょっと違う気がする。
「おかえり、ポール君。」
「ただいま、戻りましたー」
靴を脱いで部屋に上がれば、先輩冒険者のユッシや鉄火、
ヒゲと敦がのんびりとくつろいでいるのも目に入った。
コーヒーの香りに引き寄せられて、
台所に向かおうとしたのを鉄火に咎められる。
「早く手を洗って、うがいをしてこい。」
「はーい。」
黒髪の剣士な先輩は少々口うるさい。
母親のような言葉に従い、洗面所にいって所用を済ます。
手を拭いて戻ってくると、台所でコップを前に、
珍しく真剣な様子でサーバーを持ち上げているカオスの姿が目に入った。
「何してるんですか?」
「ちょっと、待ってろ。」
魔術師の前にはミルクと氷の入ったガラスのコップがセットされており、
褐色の液体が氷を伝って少しずつ器を満たしていく。
それだけなら何ということもない光景だが、
ポールの予測に反して、コーヒーとミルクは交わることなく、
綺麗に白と茶色の二層を作っていった。
「わぁ…凄い…」
「よし、久しぶりにやった割に、それっぽくなったな。」
感嘆の声を上げた新米騎士の前で、
魔術師は満足げに息を吐き、
手早くトレイにコップと小箱を乗せると、仕事を言いつけた。
「ポール、ちょうどいいからお前、これ、ユーリの部屋に持ってけ。」
「えー 何でですか?」
「混ぜずに上手く運べたら、お駄賃やるぞ。」
「はい! 任せてください!」
何故、自分で運ばないのかと一瞬気になったが、
お駄賃が出るなら、そちらのほうが大事だ。
カオスが台所を占領しているときは、
美味しいものをもらえる確率が特に高いので、
ポールは大喜びでトレイを受け取った。
「ついでに伝言頼むわ。」
「はーい。」
伝えられた言葉の意味はよく分からなかったが、
そう言えばわかるからと聞いたので、特段気にしなかった。
こぼさないだけでなく、衝撃で混ざらないように、
一足一足慎重に階段を登り、3階の先輩の部屋まで運ぶ。

女性の部屋に無遠慮に乗り込むわけにも行かず、
ノックをして、名前を呼ぶ。
「ユーリさん、開けてくださいー」
「はーい、ちょっと待ってね。」
部屋の中から直ぐに返事が有って、
当ギルドの自慢、国一番の美女と名高い黒魔法使い、
リーネ・ユーリア・フォン・ヴォルフが扉を開けてくれる。
「どうしたの、ポール君?」
「カオスさんが、これ、持って行けって。」
「まあ、綺麗。ありがとう、ポール君。」
ツートンカラーに別れたカフェオレに目を細め、ユーリが微笑んだ。
誘われるがまま部屋にのこのこ上がり、
他に適切な場所が見当たらなかったので、勉強机にトレイを持っていく。

机には、そして周囲には見るからに難しそうな書籍が何十冊と置かれていた。
賢者系黒魔法使い・アセガイルは、
攻撃魔法を主とする黒魔法使いの中でも、
学問の研究者としての面が強い。
その上級職ワイズマンであるユーリも、母国の有名大学に所属し、
研究結果を報告しているらしい。
ポールには想像もつかないような勉学の世界だが、
良くも悪くも、新米騎士は知らないことはあんまり気にしない。
ろくに読めもしない専門書などに敬意を払うはずもなく、
ぺぺぺいと片手で片付け、ポールはゆっくりとトレイを机に置いた。
なんとか層を崩さずに運べたと、
満足して額の汗を拭った彼の隣でユーリが首を傾げる。

「こっちの小箱は何?」
「えっと、開けてみたら良いんじゃないでしょうか?」
ガラスのコップに添えられた、
白い小箱の中身については説明されていない。
けれども、一緒に添えられたからには、これもユーリ宛だろう。
ポールに勧められて小箱を手にとったユーリは、
再び花が綻ぶような笑顔を見せた。
「まあ、可愛い。」
小箱の中には砂糖菓子と思しき、白い子猫とこげ茶色の子犬が、
ちょんと仲良く詰まっていた。
「ふわー カオスさんったら、何処でこういうの見つけてくるんだろう?」
適当でいい加減な魔術師には似つかわしくない、
繊細で愛らしい一品に、ポールはただただ感心し、
ユーリが楽しそうにクスクスと笑った。
「カオスさんは、意外とこういうものを用意するのが得意よね。
 取り扱ってるお店と言うより、
 頼めば作ってくれる人を知っている感じで。」
かの魔術師が実在すれば世界最強と名高い反面、
存在の真偽を怪しまれている理由の一つに、
縄張りに縛られない、異常なまでの活動範囲がある。
他を超越した移動魔法を駆使し、
瞬く間に西へ東へ、法則なく飛びまわっているだけ有って、
周囲が考えている以上に顔が広いのだ。
なにより。

「自分で作ったりとかもするし。」
「無駄に手先が器用ですもんね。」
笑いながらユーリが付け足したように、
カオスは必要に応じて様々なものを自作する。
小さな愛娘にねだられて、
動物の形をしたクッキーやらパンやら作っていたかと思えば、
弟子の養子に帽子を作ったり、
ペットにどんぐりの首飾りを与えたりしている。
それだけなら、手先の器用なお父さんで済むのだが、
先輩方がギルド寮の前に作った巨大な雪だるまに感心し、
複製、改造を行った結果、玄関先を北の大地の雪まつり状態にするなど、
余計なこともやらかす。
片付けに駆り出され、たいそう大変だったのを思い出し、
肩を落としたポールに、また、クスクスとユーリが笑う。
「でも、ありがとうね、ポール君。
 カオスさんにもご馳走様って伝えておいて。」
「はーい。あ、そうだ。」
伝言と聞いて、先に頼まれていたことを思い出す。
「そう言えば、カオスさんからも伝言預かってました。」
「なあに?」
「えっと、『どっちも大差ねえ。悩むだけ無駄だ。』って。
 どういう意味ですか?」
伝言を持ってきた本人に意味を問われ、
ユーリはキョトンとしたが、直ぐに思い当たるフシがあったのか、
なんとも言えなさそうに苦笑いをこぼした。

「敵わないわねえ、カオスさんには。」
片手で艷やかな唇を抑え、
ふふっと微笑んだユーリの横顔がひどく辛そうに見え、
ポールはオロオロと取り乱した。
「オレ、なんか変な事言っちゃいました?」
かの魔術師は時々平気な顔をして、とんでもない爆弾を落とす。
預かった伝言もその類いだったのだろうか。
半泣きになったポールを制し、大丈夫よと眉尻を下げたまま、
ユーリは説明してくれた。
「この間、私、実家に戻ったでしょう?
 その時に、ちょっとコンプレックスを刺激されちゃってたんだけど、
 それを見抜かれてたみたい。」
「実家? コンプレックス?」
親しくしてもらっているので、すっかり忘れていたが、
ユーリは隣国の由緒正しき貴族の跡取り娘だったはずだ。
家柄に見合った気品や麗しさだけでなく、
冒険者としても先輩方からの信頼厚く、
ポールからすれば同じ部屋にいるのがおかしいぐらい、
高嶺の花に思える彼女に、そんなものがあるのだろうか。
目をまん丸くした後輩にを可笑しそうに眺め、
「そ、コンプレックス。」と、ユーリは繰り返した。

「実家に戻ったときに、父様の従兄弟の娘で、
 はとこって言ったら良いのかしら?
 そのこが遊びに来てね。久しぶりに話をしたんだけど…
 相変わらず、明るくて元気で。恋も仕事も順調みたいで。
 反面、私はどちらもさっぱりだし、今書いてる論文も上手く進まないし、|
 何をやってるのかなって。羨ましくなっちゃったの。」
あの娘には、昔から何をやっても敵わないのよね。
そう静かに微笑んだ賢者の灰色の髪がふわりと柔らかく揺れる。
ユーリは誰より頑張り屋で、優しくて、素敵なのに。
なんだか聞いているポールまで、悲しくなってしまった。

本人は満足していないようであるし、研究のことはわからないが、
冒険者としての仕事ぶりは、
ポールが知る限り、ユーリはとても優秀だ。
ワイズマンは確かに他の黒魔法使いのように直接攻撃を下すことは少ないが、
体感ではなく、明確に成果に反映するほど、彼女の魔法補助は大きい。
また私生活に負いても、論文の作成や研究で忙しいであろうに、
毎朝、メンバーの分まで食事やお弁当、おやつを作ってくれ、
苦にした様子もない。
家柄を鼻にかけるどころか、いつも何処か控えめで、
誰かが困っている時には必ずそっと手を貸してくれる。
それでも、足らないものがあるのだろうか。
努力している者、全てが報われるわけではないが、
越えられない壁は何処にでも存在するのだろうか。

しかし、仕事はまだしも、
私生活でこんな素敵な女性を悲しませるのは何処の誰だ、彼奴か。
あの鈍感おっちょこちょいの猪突猛進ぶきっちょめ。

万年新米な自身を棚上げで、ポールが鼻息を荒くしたことに気が付かず、
ユーリはただ、溜息をつく。
「だから、ちょっと落ち込んでたりはしてたんだけど、
 顔に出したつもりもなかったのに…私、変だったかしら?」
問われて、ポールは横に首を降った。
「オレは何も気がついてませんでしたよ?」
「仮に気がついても、そうは言わないでしょうけどね。」
無神経なほどに無邪気な新米の回答に、
ユーリは苦笑し、気を取り直したようにガラスのコップを手にとった。
「ともかく、折角のカオスさんからのお心遣いだし、
 ありがたくいただくことにするわ。
 お菓子は食べちゃうのがちょっと可哀想だけど。」
そのまま、カップに口をつけて、蜂蜜色の瞳が大きく開かれる。
「あら、美味しい!」
片手で口元を抑え、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせるユーリの姿は、
少し子供っぽく、とても愛らしい。
しかし、そのまま味の分析を始めた様からは、
確かに優秀な研究者としての一面が見えた。
「これ、いつもの豆じゃないわね。
 酸味がないし、香りが全然違う。
 ミルクの量もいつもより多くて、如何にもって感じだけど、
 コーヒーの味も消えてないわ。
 深入りしたからなんでしょうけど、
 その割りに苦味がちっとも嫌味じゃない…」
急に難しい顔となってしまったユーリになんと声を掛けて良いのか、
ポールは考えあぐね、早々に退散することにした。
「えっと、じゃあ、オレはそろそろ失礼しますね。」
「ええ、ありがとう、ポール君。
 カオスさんにも良い気分転換になったって、伝えておいてくれる?」
「はーい!」
美人な先輩からの謝辞を背に、気分よくポールは部屋を出た。
一瞬焦ったところも有ったが、役に立てたようで何よりである。
それに約束通りなら、この後お駄賃が待っている。

とっとこ階段を降りて、戻ってくると、カオスの姿は消えていた。
うちの魔王は神出鬼没で、一瞬で現れて、煙のように居なくなるが、
お駄賃はどうなった。
「あれ? カオスさんは?」
情けない顔をする後輩に溜息を突いて、
鉄火が台所を指さした。
「彼奴なら仕事に戻ったぞ。後、そこに約束のお駄賃だと。」
示された先を見てみれば、ユーリに渡したのと同じ、
白い小箱が置かれている。
早速手にとって開けてみると卵のからを被ったひよこが、
此方を見上げているのと目があった。
ユーリに渡した砂糖菓子とで出処は同じであろう。
今にもピヨピヨ鳴き出しそうな愛らしさではあるが。
「なんか、良くないメッセージ性を感じるのは、
 気のせいでしょうか…」
いや、確実に小馬鹿にされているだろう。
万年新人な己の気質をゲラゲラ笑う魔術師の姿を思い浮かべ、
ポールは肩を落として、ひよこを口のなかに放り込んだ。
瞬く間に溶けていく舌触りと適度な甘さが上品なだけ、
余計に複雑である。

併せてコーヒーメーカーが、
コポコポと小気味よい音をさせているのに気がつく。
タイミングよく、ユッシから声が掛かった。
「そっち行ったついでにポール君、
 うちにコーヒー淹れてくれる? もうすぐ出来るはずだから。」
「はーい、良いですよ。」
「ポール君、ワシのも!」
「わいも頼むわー」
「自分でやれよ、お前らは。」
快く後輩が返事をしたのを良いことに、
これ幸いとヒゲと敦が便乗したのを叱りつけ、
鉄火が手伝いに来てくれる。
「コーヒー足りますかね?」
「足りるんじゃないか、多分。」
戸棚から人数分を用意しながらスピスピと鼻を動かし、
ポールは自分のコップも取り出した。
その様子に鉄火が怪訝そうな顔になる。
「ん、お前も飲むのか?」
「はい、これ、さっきカオスさんが淹れてたのと同じですよね?」
普段、コーヒを口にしない後輩が、
珍しく飲むつもりと知って、鉄火は首を傾げ、
出したばかりの自分のコップを仕舞い直した。
「あれ、テッカさんは飲まないんですか?」
「いや、お前が飲むなら足らないだろ、流石に。」
言いながら、音を立てるのを辞めたコーヒーメーカーから、
サーバーと取り出す先輩にポールは慌てた。
「え、じゃあ、オレが辞めますよ!」
「いい。珍しくその気になったんだし、
 折角だから、飲んでおけ。」
オロオロと取り乱す後輩を片手で制し、
手際よく鉄火はコーヒーを注いでいった。
人数分トレイに乗せて、思い出したように冷蔵庫から牛乳を取り出す。
「ミルクはどうする?」
「うち、入れるー」
「ワシも!」
「わいも!」
元気の良いメンバーの返事に頷いて、鉄火は後ろのポールを振り返った。
「お前は?」
「勿論、オレもいれます。」
「だろうな。」
苦いのが嫌いだと普段コーヒーを口にしないポールが、
気まぐれを起こしたからと言って、ストレートで飲むとは考えがたい。
そんなことを言いながら鉄火はコップにどぼどぼと牛乳を注いでくれた。
いつもの薄茶色になったコーヒーにポールは少し残念になる。
何故、カオスが淹れたコーヒーは、
混ざらず、二重になったのだろうか。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです。」
問われて首を横に振れば、不思議そうだったが鉄火はそのまま、
居間の連中にコーヒーを配りにいった。
「テツさん、氷入ってないよ!」
途中、ユッシから苦情が上がるが、当然スルー対象である。
「文句があるなら、自分でやれ。」
「まったくもー しょうがないな!」
仕様がないのは自分であろうとの事実を無視し、
ユッシは受け取ったコーヒーをそのまま口に持っていく。

「あ、やっぱり、違う。美味しい。」
「本当や。」
「流石カオスさん! 伊達に魔術師とか呼ばれてませんな!」
いつも飲んでいるのとは、苦味や香りが異なるのを感じ、
ユッシが素直な感想をこぼすと、敦やヒゲからも直ぐに同意が上がった。
「そんなに、いつもと違うんですか?」
コップを受け取ったものの、口をつけず、
今更ながらに思える質問をしたポールに、ユッシは首を傾げた。
「ん? だから、ポール君も飲むって言い出したんじゃないの?」
「いえ、確かにいつもと匂いが違うし、
 ユーリさんが苦くないって言ってたから、
 オレも飲んでみようって思ったけど、そこまで違うのかなって思って…」
豆が違うとはユーリも言っていたが、
そこまで明確に異なるものなのだろうか。
ポールの疑問にふんふんと頷き、
ユッシはけっと口の端を歪めた。
「つまり、そんな違いが分かるような舌を、
 うちらはしてねえだろって言いたいってこと?」
「違いますよ!!」
純粋な好奇心を真っ黒な悪意に変えられて、
大慌てするポールに苦笑して、鉄火が説明してくれる。
「これは馬鹿舌なユッシでも分かるレベルだ。
 カオスがわざわざ準備して、豆から挽いた奴だからな。」
「ちょっと、テツさん! 誰がお馬鹿よ!」
「お前だ。」
早速上がったユッシからの苦情を鉄火はバッサリ切り捨てた。
後輩をいじめるんじゃねえ。
いじめてないよと言い争うのに首をすくめ、
ヒゲが続きを話してくれる。
「なんか、豆の産地がどうとか、ローストの調整とかしてるらしいぞ。
 難しいことはわかんなかったけど。」
「ミルクと合わせんのを前提にしたとか言っとったで。
 苦うないから、飲んでみいや。」
あまりにもざっくりしすぎる説明の横から敦も口を出す。
苦くないと改めて聞いて、ポールもコップを口に運んだ。
途端にふわっと香ばしいコーヒーの香りと、
ミルクの甘い舌触りが口中に広がった。
「うわあ…」
確かに、これはコーヒーである。
しかし、ポールの嫌いな苦味はほとんど感じない。
「なんだろう、これ。
 焼けた炭のような独特の香りが鼻を抜けるっていうか、
 コーヒーの存在感が確かにあるのに、
 ミルクの甘みが全く損なわれていないし、
 一瞬、ほうじ茶と誤るほど酸味も苦味も抑えられていて、
 ともかく、美味しいー」
「うん、最後まで言い切れたら結構な食レポだったんだろうが。」
「相変わらず、鼻は良いねー」
結論として残念に終わった後輩の感想に鉄火が肩を落とし、
ユッシが鼻先で笑った。
ポールはハンターばかりの村で育ち、
狩人となるべく育てられたせいか、物理的に鼻が効く。
だが、肝心の弓の腕が悪かったコンプレックスや、
親や周囲の望む道を選ばなかった罪悪感から、
必要以上にハンターとしての能力を拒む傾向がある。
後輩自身が気がついていない取り柄を褒めても、
騎士となった今では不要と突っぱね、
素直に聞き入れる様が思い浮かばない。
揉めるのが関の山と、敢えて触れず、
ユッシはコップの残りを飲み干した。
それより、大事なことが他にある。

「それでユーリさんは元気になった? 何で凹んでたの?」
「ほえ? 何でわかったんですか?」
唐突なユッシの質問に思わずポールは間の抜けた顔になってしまった。
しかし、ヒゲも敦も当然と言わんばかりに、
特段不思議そうな様子もない。
「そりゃまあ、見てれば。」
「なんとなくのー」
事実、あっさりと知っていたことを告げられた。

ユーリが落ち込んでいたのに気がついてなかったのは、
もしかして、自分だけなのかと鉄火を振り返れば、
彼も驚いたように目を見張っていた。
「テッカさん?」
「いや、俺は気がついてなかった。」
横に首を振られて、少し安心する。
自分はともかく、ギルドマスターよりもギルドの大黒柱であり、
メンバーの様子に気を配っている鉄火が知らなかったのであれば、
おかしいのはユッシやヒゲの方だ。
「なんだ、カオスがまた変なことを始めたと思っていたが、
 ユーリは落ち込んでたのか。」
「オレも全然、何も気が付きませんでしたよー
 何でユッシさん達は分かったんです?」
鉄火は納得したように頷き、ポールはしきりに不思議がる。
それを無視して、ユッシは頬を膨らませた。
「相変わらず、カオスさんはユーリさんに甘いよね。
 気分転換に美味しいコーヒーは良いけどさ、
 ドリップポットとか使っちゃって、プロかっての。
 うちが同じように入れてくれって頼んだら、
 コーヒーメーカー使えって即行拒否だもんね。
 まあ、豆は分けてくれたけど。」
ブーブー文句を言うのにヒゲが肩をすくめ、
敦が横から友達からの情報を補足する。
「元々、持ってたんじゃまいか。わざわざ買いはしないだろ。」
「師匠は昔、喫茶店の雇われマスターをやっとったらしいって、
 姐さんが師匠の友人から聞いたって、祀が言っとったしな。」
友達の友達のまた友達的情報にユッシはますます顔をしかめた。
「何、その伝言ゲーム。けど、それでコーヒー入れるの上手いんだ。
 本当にプロだったんならポットぐらい持ってるし、使えるか。」
「ベッキーもお茶の淹れ方教わったって言ってたぞ。」
「わいもこないだ、ラテアートのやり方教わったで。」
「えーなにそれ。 テツさんー!
 また、アツシ君が器用さのつぎ込み先を間違ってるー!」
「それより、何でわかったんだってポールが聞いてるだろ。
 人としてアウトだぞ、その対応は。」
放っておいたら、ダラダラ続きそうな会話を呼ばれたのに併せ、
鉄火が叩き切る。

「正直、俺も知りたい。全く気が付かなかったからな。」
仲間の不調を他のメンバーが気がついたというのに、
自身が見逃したことが許せないらしい。
苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せる鉄火に、
ユッシたちは顔を見合わせ、困った様子で口々に言った。
「っていっても、大した根拠はないよ。
 白魔法使いによくある『なんとなく』ってやつ。」
「感覚だからなー 上手く、説明できん!」
「ユーリとは付き合いも長いしのー
 そう言うのも関係しとらんかと言われれば、否定はできんし。」
「ああ、あれか。」
ちっと舌打ちしつつも鉄火は納得したが、
ポールはそうは行かない。
「どういうことですか?」
対応の不誠実なユッシたちに聞くのを諦めて、鉄火の袖を引っ張った。

「白魔法使いからよく聞くんだが、
 相手の魔力を感じた際に、感情もなんとなく伝わってくるらしい。」
俺も本職じゃないから詳しくは分からん。
そう首を横に振って、鉄火は溜息を付いた。
「黒魔法使いには殆どない感覚らしいし、
 さほど正確じゃない、勘が良いに毛が生えたもの程度らしいが。
 要は一応、こいつらも白魔法使いの端くれってことだ。」
「一応は余計!」
「わいは別に気にせんけど。」
「ワシも!」
「拳闘士のアツシさんはまだしも、ヒゲさんは気にしてくださいよ。
 曲がりなりにもユッシさんと同じ、
 白魔法系の最上級職ホワイトウィザードなんだから…」
鉄火がこぼした本音にユッシが噛みつくも、
敦とヒゲの同意は取れず、逆にポールが呆れる。

相変わらずな連中に、バリバリと頭を描いて黒髪の剣士は肩を落とした。
「しかし、それならそれで、
 お前らもユーリになんかしてやればよかったろうに。
 散々、世話になってるんだから。」
気がついていたのであれば、カオス一人に任せず、
何かできなかったのかと責められて、
ユッシが心外だと反論する。
「そりゃ、出来るならするけどさ、無理だよ。
 だって分かるのは、ちょっと元気がない、
 もしかして落ち込んでるのかなってだけだよ?
 もし、あの日だとか、3日間出てないとかだったら、
 どうかしたのかって、聞くほうが無神経じゃん!」
「言いたいことはよくわかったが、他に例えはなかったのか。」
表現がまず、デリカシーの欠片もない。
鉄火が改めて肩を落とす。

「なんにしろ、師匠みたいにってんのは無理やわ。
 経験値と情報量がちゃうもん。」
「カオスさんは人間観察力も高いしな。
 ワシらみたいに魔術的な感覚だけで、
 動いてるんじゃないと思うぞ。」
ユッシを庇うつもりはないだろうが、
同系職として思うところがあるのか、
敦とヒゲも首を横に振った。
「ワシらの知らん、ユーリさん家の家庭の事情とかも知ってそうだしなー
 しかも、ユーリさん自身が知らんことまで。」
「知識があればええってもんでもないけどな。
 集めた情報を踏まえて、どう動くかっちゅうんが、
 行動力的にも、センス的にも真似できんわ。」
その辺にも以前、接客業をしていた経験が生きているのだろうか。
なんにしろ、特殊例であるうちの居候と一緒にしないでほしい。
あれは魔王だ。例え、性格が如何にあれで、職歴がどれだけ微妙であっても。
そんな最初から諦めたような意見に、鉄火が怒る。

「ったく、何、腑抜けたこと抜かしてんだ。
 カオスが飛び抜けてんのと、お前らが仲間を気遣えないのは、
 別の話だろう。」
思いやりという言葉を知らんのか。
まあ、知らないだろうなとは思ったものの、
それらを飲み込んで、黒髪の剣士はやる気のない白魔法使いたちを叱咤し、
見逃された事実を指摘した。
「大体、お前らが言うほどカオスの奴が器用なら、
 とっくに世界のひとつやふたつ、征服してるだろ。」
「確かに。」
「興味の有無というのもあるけど、
 言われるほど要領のいい存在でもないよね、カオスさんは。」
「むしろ、どうでもいいところで無神経で不器用やしな。」
うちの魔王は魔王ではあるが、同時進行で色々と残念だ。

白魔法使いたちが他人事のように深く頷くのに、
鉄火は疲労を感じながら、改めて彼らを叱った。
「兎も角、多少なりとも何か感じてたんなら、ちょっとは気を使ってやれ。
 それぐらいやったって、バチは当たらんだろ。」
「そうですよー 特にユーリさんには散々、お世話になってるんだし。」
「へーい。」
「あいよ。」
「それはそうかもしれないよ、でもさ。」
ポールがそれに追随し、ヒゲと敦は素直に返事をしたが、
ユッシが反論する。
「ユーリさんには勿論、
 その他の友達にだって、何かできるなら喜んでするよ。
 でも、白魔法使いだからって特にそれを求められても、やっぱり困るよ。
 本当にそんな優秀じゃないんだって、この独特な勘ってのは。
 非常に漠然としていて、そこまで正確でも、明確でもないし、
 働かないときは、本当に全くなんにも感じないし。」
仲間を思いやるのはいいが、それに職特有の能力が生きるかは別の問題だ。
能力以上のものを求められても対応できない。
「仮に詳しく判ったとしたって、難しいよ、人の心は。
 表面をなぞっただけで理解できるなんて傲慢だよ。
 知った顔で勝手なこと言って、
 かえって傷付けたら意味がないじゃん。」
大きくユッシはため息をつき、
ヒゲと敦も渋い顔でそっと視線をはずした。
白魔法使いでなくても、普通に暮らしていれば、
誰かの異変に気がつくことはある。
付き合いが長ければ察することも多いだろう。
しかし、それは本当に相手を理解しているからだろうか。
普段の経験や相手のイメージ等で知った気になっているだけではなかろうか。
上部だけの知識で分かったと思うのは、
本当に相手を思いやっているのだろうか。
知ったつもりになって、
本質を見失い、重大な過ちを犯さないと言えるだろうか。
ましてや、根拠が単なる勘だけだとすれば。
それで全てとするのは、確かに傲慢であろう。

「まあ、そりゃそうかもしれんが…」
鉄火が理解を示したのをいいことに、
ユッシはきっぱりと言い切った。
「だから、この白魔法使い的感に基づく奴は、
 これまで通り、無視させていただきます。
 当てになんないことで動けないもん。」
「じゃあ、ワシもそうする!」
「ちょー待ちや、ヒゲ。これ、同意したらあかんやつや。」
不確実、不明確なものでは動けない。
一見、筋が通っているように聞こえるが、敦がヒゲを止めたように、
何かがおかしい宣言の穴を、鉄火が静かに指摘する。
「…己の勘や対応が正しいとは限らないことと、
 気が付いた異変を放置することは、
 また、別だってわかっているか?」
「気が付いたけど、そこも無視した。」
「まあ、そうだろうな。」

結局、なにかを期待するのは無駄なのだろうか。
堂々と言うユッシを眇で眺め、鉄火は口の端を歪めて聞いた。
「白魔法使いの勘が正確に相手を慮れるものではないのはわかった。
 それに基づいて適切な対応ができる訳ではないのもいいだろう。
 だが、常識や社会的マナーなどの知識から、
 その態度を俺が怒ることには気が付かなかったか?」
「なんとなく、予想はついた。」
「むしろ、ワシはだからこそユッシンに賛同した。」
「わいは何も言うとらん、言うとらんで。」
無表情に回答するユッシとヒゲの隣で、
敦が無関係を主張するが、除外されるには日頃の態度が悪すぎた。
バン、と鉄火が机を大きく叩く。
「分かってんなら、
 多少は気を使えって言ってるんだよ、俺は!
 あと、ヒゲは進んで怒られようとするな!!」
彼がこうなったら、あとはお決まりのコースである。
いつものごとく始まったお説教に、ポールは首を傾げた。
「テッカさんは、そんなに無理なことや、
 難しいことを言ってるわけじゃないはずなんだけど、
 なんでこうなるのかなー」
結局のところ、問題なのは白魔法使特有な感の有無や性能ではなく、
個人の性格であろう。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
津路志士朗
性別:
非公開

忍者カウンター