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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

試験。

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試験。






国民を脅かす魔物退治を推奨するために、
各国の政府は冒険者の資格をもうけているが、
その中でメディカル系と呼ばれる白魔法使いの使い手は、
中級職で2系列に分かれる。
身体の鍛錬に魔法の強化を加えて、
人並みはずれた稼働力を発揮する拳闘士グラップラーと、
防御・回復を主とする白魔法の特性を駆使して、
戦闘の補助を得意とする、白魔術士ホワイトマジシャンだ。
魔法を用いて敵からの攻撃を防ぎ、
仲間の稼働力強化を行うことは勿論、
受けた傷を癒やし、時には毒や呪いの治療も行う業務の性質上、
ホワイトマジシャンは、パーティに一人は必須とされる重要職であり、
上位職、白魔導士ホワイトウィザードともなれば、
その試験は全職の1、2を争うほどに難しく、
生半可なことでは受からない。
では、基本白魔法を己の強化にしか用いない、
拳闘士の資格試験が簡単かと言えば、答えは否である。
彼らとて必要とあれば白魔法の使い手として、
怪我人の救助に回ることもあり、
そもそも、肉体の構造や魔力が与える影響などを理解していなければ、
魔法を適切かつ効率的に使用することはできない。
むしろ、全く効果が得られないばかりか、症状を悪化させ、
その結果如何によっては生死に関わる。
通常、技術がなければ、上位の職につけず、
収入が上がらないなど、己の首を絞めるだけで済むが、
白魔法は他者の生命を左右するものとして、
資格の習得には他より責任と義務を追う。
具体的に言うと、3年ごとに資格更新に伴う再試験がある。

「あっちゃん、勉強した?」
「してるわけ無いわ。姐さんは?」
「問題集すら開いてないよ。」
公式冒険者の集まりである個人ギルド、
Zempの新米騎士、ポール・スミスがある日の朝、
寮の自室から居間に降りてくると、先輩冒険者、
紅玲と敦の二人が揃って椅子に座り、
死んだ魚のような目で彼方を見ていた。
事実、紅玲は負った病のせいで左目の視力を失い、
髪の色が抜けて真っ白になっているが、そう言う話ではない。
これは精神的な問題だ。
ただでさえ、燃え尽きたような外見の紅玲だけでなく、
敦まで煤けて見える覇気のなさ。
加えてポツポツと口にしている言葉の中身の不穏さに、
ポールは絶句した。

しばらく無言で立ち尽くしていると、
逆に彼らのほうが降りてきた後輩に気が付き、声を掛けてきた。
「ああ、ポール君かい…おはようさん。」
「おはよう、ポール君… 何、ぼーっとしてるの?」
「いえ、あの、おはようございます。」
どっちがぼーっとしているのだと思わず反論したくなるほど、
気の抜けた二人の姿にポールは肩を落としたが、
先輩に失礼な態度は取れない。
なんとか気をと取り直し、思い切って聞いてみた。
「何か、有ったんですか?」
「いいや、何もあらへんよ。」
「むしろ、あるのはこれからです。」
先の会話からしてそうであろうとは、ポールにも判っていたが、
話の段取りというものだ。
黙って続きを待っていると、後輩の手前、
漸く生気を取り戻した紅玲が大きく息を吐いてから、説明してくれた。
「明日ね、テストなのよ。
 うちはホワイトウィザード、あっちゃんはグラップラーとしての、
 更新試験を受けないといけないの。」
「試験、ですか。」
公式冒険者とは国が定めた資格制の職業であるため、
登録するためにはまず、実技と筆記試験、
双方に合格しなければならない。
また、初級職から中級、そして上級へと上へ上がる際にも、
同様に各職業ごとの試験が有る。
だが、ポールの職業、騎士・ナイトは、一度合格してしまえば、
ふさわしくない行動、例えば犯罪行為や規則違反などを行ったり、
所有者が何らかの理由で返納しない限り、資格が剥奪されることはない。
他の職、暗殺者・アサシンや弓士・ハンターでも、
更新試験など聞いたことがなく、自分と同様と思っていた。

今ひとつ、後輩がしっくりきていないのを見定め、
紅玲はもう一度溜息をついた。
「騎士は一度受かっちゃえば、後は実地で経験を積むだけだし、
 王道、邪道はあれど、卑怯な振る舞いさえしなければ、
 戦い方を特段問われることもないけどさ。
 白魔法はねー いろいろ面倒なのよ。
 傷一つ治すにしても、後遺症とか部位の欠損とか、
 その大小とかあるからね。」
「人の体に関わることやからな。
 技術や魔法も日々、更新されるんのを知っとかんとあかんし。
 薬師系収集士・ハーバリストやアルケミストなんかも、
 似たようなテストがあるらしいで。」
「へー だから、ちゃんと毎日勉強してるか、試験があるんですね。」
敦が捕捉したように、技術も学問も日々進歩している。
術式も療法も、新しく開発され、
ただ、傷を治すだけでなく、後遺症をできるだけ少なく、
より適切に対処するために、回復系職業につくものらは、
苦心し、精進を重ねているのだろう。
先輩方の説明に感服してポールは頷いたが、
軽く首を横に振られた。

「いや、そりゃまあ、新しい術式とかも多少は聞かれるけどさー 
 所詮更新試験だから、基礎、基本の確認がメインかな。」
そんな大層なものじゃないと紅玲は言い、ポールは首を傾げた。
「へえー… それでその試験って、難しいんですか?」
彼が今までに受けた試験と言えば、義務教育である学校のテストと、
公式冒険者及び戦士の資格試験と騎士の昇級試験だけだ。
学校のテストは差し置くとして、
公式冒険者の試験は、戦闘の技術と言うより専用施設の使い方や、
法令、活動基準など、どれも冒険者として働くのであれば、
必須の基礎知識が中心だった。
また、騎士の昇級試験は実技がメインであって、
筆記はメジャーな魔物の名前や生息範囲、その性質など、
一般常識の範囲と言えなくもないレベルであった。
どちらも日々、冒険者として活動していれば、
自然と身につくものである。
白魔法の試験とは言え、基礎、基本であれば、
さして変わりないように思えるが、違うのだろうか。

「いや、そんなでも?」
「所詮、基礎と基本やからね。」
事実、二人の回答も、その考えを覆すようなものではなく、
ポールは首をひねった。
「そんなに難しくないなら、
 さくっと受けちゃえばいいんじゃないですか?」
感じたままを軽く口に出してみたら、一笑された。
「ははは、ポール君。君も義務教育の一般学校出てるよね?
 一度勉強したことだし、その時の卒業テスト、
 もう一回受けなって、言われたらどう思う?」
「絶対嫌です。」
「つまり、そう言うことだよ。」
紅玲の例えはいつもわかり易い。

「確かにそこまで難しいってわけじゃないのよ。
 知らないと白魔法の使い手として働けないし。
 けど、そんな日々意識するようなものかって言うと、微妙。」
「筋肉の正確な名前なんぞ知らんでも、
 構造と性質がわかれば困らんしなー」
「呪文の構成順序だってさー
 気にして詠唱することなんか、殆どないもん。」
「けど、忘れとることなんかもあるしのー
 復習はせんとあかんのよねー 一応。」
「知らない間に新しい術式が配信されてたとかもあるしねー
 でも、めんどいよねー」
やる気なく揃ってブツブツと言い合う様から、
なんとなく問題の程度が伝わってきた。
「因みに落ちたらどうなるんですか?」
「そりゃ、落ちたままだと活動資格がなくなるけど。」
「費用は掛かるけど、受け直せば済む話やな。受かるまで。」
とりあえず、最悪のケースを踏まえて聞いてみたが、
落ちたままにして置かなければ済むらしい。
どちらかと言えば、試験に落ちるとか恥ずかしいという、
一般的な外聞問題のほうが大きそうだ。

「でも、資格切れたら冒険者として働けないんでしょ?
 じゃあ、更新するしかないじゃないですか。」
大体気持ちは理解できたが、日々の仕事に関わることでもある。
愚痴ってどうにかなるものでもない以上、受けるより仕方がないだろう。
ポールの正論に、紅玲が口の端を釣り上げた。
「そこなんだよねー
 だからあっちゃんは仕方がないと思うよ、受けないと。」
「そこは姐さんやって同じやろ。」
他人事のような態度に敦が不貞腐れたが、
隻眼の白魔導士はとんでもない事を言い出した。
「だって、うちはこの機会に白魔導士辞めてもいいもん。」
「ええっ!?」
「はあっ!?
 いきなり何言うとんねん!」
紅玲は三段階に分かれる白魔法使いの最上級職、
ホワイトウィザードであり、
その資格は生半可な努力で得られるものではない。
それを安易に捨て去るような発言に、敦もポールも飛び上がった。
そもそも白魔導士をやめるということは、
公式冒険者をやめるということでもあり、
即ち、所属している個人ギルドからも脱退し、
独自の道へ進むということだ。
サヨナラなんて聞いてませんと慌てる二人に、
相変わらず短絡的だと紅玲は呆れた顔をした。
「冒険者はやめても、ギルド専属の家政婦とか、
 事務職として雇ってもらうとかすれば、
 今とさして状況変わらないでしょ。
 そりゃ、確かに公式戦とかにも出られなくなるけど、
 元々大した戦力になってるわけじゃないしさ。
 そもそも、あたしゃ病人ですよ?
 いつまで働かせるつもりだい?」
「そりゃ、言われてみりゃ確かに。」
「でも、嫌ですよー クレイさんと狩りいけなくなるの。」
冒険者をやめるとしても、
即座にギルドを去るとのわけではないとの紅玲の考えを理解し、
納得するも賛同できず、敦とポールは顔を見合わせ、
その頼りない態度に隻眼の白魔導士は大きく溜息を突いた。
「大体さー それこそ白魔法使いの理念からすれば、
 うちみたいなのは即刻引退すべきなのよ。
 メンバーの安全と生命を預かる白魔法使いともあろうものが、
 何時ぶっ倒れるか分かんないような不安定な状態で、
 仕事してるってのが、まず、おかしいの。けどね、」
話の途中でチリリリンと若干乱暴に、
玄関に取り付けられた鈴が住民の帰宅を告げ、
合わせて怒声に近い大声が飛んでくる。

「まだ、そんな所でウダウダしてんの!?
 早く試験受けにいっちゃえばいいのに!」
「おはようございます!
 みんなのアイドル、ヒゲのご出勤だよ! アハッ!
 丁重にお出迎えしろゴラァ!!」
「煩いよ、ヒゲさん! 毎朝毎朝近所迷惑なんだよ!」
いや、君ら双方煩い。
当事者以外同一の感想を他所に、紅玲以外の白魔導士、
ユッシとヒゲが外から帰ってきた。
「それを口にすると、物凄い形相でユッシンが睨む。」
「何が!?」
「いえ、なんでもないです。
 おかえり、ユッシン。何処行ってたの?」
この騒がしくて攻撃的でどうしようもなさそうなのが、
自身を除いた白魔導士の残りであり、
こいつらがメンバーの生死を預かっている現実を指摘するように、
紅玲は途切れた会話の続きを敢えて吐き出し、
即行で話題を変えた。
「どこって、ヒゲさんがサボらないように、
 自宅まで迎えに行ったんだよ。
 すぐ遅刻するんだから!」
「最近、嫁と結託されて、仕事のスケジュールから、
 狩りの取り分まで管理されつつあります…!!」
いつものことと深くは突っ込まず、
自身にとって重要なことだけユッシは反応し、
その彼に振り回される形になっているヒゲが泣き真似をする。
回復役がこの二人だけになったら、確かにいろいろ問題だろう。
自身の引退を改めて諦め、紅玲は形ばかりユッシを労った。
「ヒゲ氏は寮外に住んでるからね。
 ご苦労さま、ユッシン。ついでに二階のジョカさんも起こしてきてよ。
 まだ寝てるみたいだから。」
「それはそれで起こすけどさ、
 それよりクーさんもアッちゃんも、まだ試験受けてないの?
 テストは2ヶ月前から受けられたのに、
 こんな期限ギリギリまで引っ張っちゃって。
 何やってるのさ。」
「チッ、覚えてたか。」
「30秒前のことだもん。覚えてるよ、そりゃ。」
己の不備を棚上げし、
目の前で舌打ちする同僚の態度の悪さに頬を膨らませ、
ユッシはブーブーと文句を言った。
「ただの更新試験なんだからさー さっさと受けちゃえばいいんだよ。
 70点以上取ればいいんだから、二人共楽勝でしょ。
 ズルズル引っ張ってるほうが面倒くさいよ。」
「そんなもんなんですか?」
同じ白魔法系職であるにも関わらず、
紅玲たちと全く異なる態度のユッシに、
ポールは目を見張り、ヒゲが何でもないことのように頷く。
「んだぞ。ワシももう、終わった。」
「ヒゲさんも終わってるんですか?」
ギルド内だけでなく、外でも腕の良さで知られるユッシはまだしも、
冒険者と言うより、騒動者として有名なヒゲにも、
合格できるテストであれば、それこそ形ばかりなものではないのか。
顔つきを変えたポールに紅玲はため息を付き、敦が肩を落とす。
「ポール君、甘い。ヒゲ氏はこう見えて魔力の構成とか、
 うちより腕がいいって、前も説明したじゃん。
 見かけに騙されるな。」
「だから嫌なんよねー
 ヒゲが受かっとんのに、万一落ちたら何言われるか分からんわ。」
「はあ…」
言いたいことを一見で看破され、
ポールが何も言えない間に、ユッシが未だ寝ている輩を叩き起こしに行き、
その他のメンバーも続々と居間に降りてきて、
この話題は強制終了となった。

仕事が始まれば何時までも、
人の心配ができるほどの余裕はポールにはない。
周囲に怒鳴られながら魔物の攻撃を避け、
必死になって戦っているうちに、
気がつけば昼食も休憩も本日のノルマも終わり、
その日の仕事上がりの時間になっていた。
今日も無事、生きて帰れたことを神に感謝し、
先輩騎士のノエルと祀、
加えてノエルの騎乗獣、魔狼・ワーグのスピアリングと共に帰路につく。
「へー それで今日、クーさんはともかく、
 アツシ君もいなかったんだ。」
他人事なので呑気にノエルは笑い、大変だねとスピアリングの首を叩いて、
魔狼から嫌そうに振り払われる。
「そういや、たしかに敦さんがそんなことを言ってましたかね。」
騎獣に鼻先であしらわれるノエルを横目で眺めながら、
祀もどうでも良さそうな反応を示した。
「正直、ユーリさんがいないほうが余程重要事項なんで、
 忘れてました。」
敦と仲がいいにも関わらず、
他のメンバーのが大事となかなか酷い感想に、
ノエルが苦笑しつつも同意する。
「あーね。確かにユーリさんいないと、
 食事の支度自分でしなきゃいけないとか、
 いろいろ大変だもんね。」
「姐さん、飯作るのだけは拒否しますからな。」
「クーさん、料理嫌いだもんねー 夕飯は流石に作ってくれるけど。」
「料理の腕や手際が悪いわけじゃないんすけどね…
 あれはどうしてなんでしょうね?」
「そう言うマツリちゃんも料理しないよね。 
 テツさんは時々、俺らの分まで作ってくれるのに。」
「何であたしがそんな七面倒なことしなきゃなんねえすか。
 そんなことは若旦那にでもやらしときゃいいんすよ。」
「本当に君らの主従関係ってどうなってるの…」
飼い主達のダラダラとした会話にスピアリングがフンと鼻を鳴らし、
ポールも思いつくままを口にする。
「でも、二人共、試験落ちたらどうなるんでしょうね?」
新米の疑問に一瞬答えに詰まり、
ノエルは元白魔法士であった祀を振り返った。
「てか、落ちるようなもんなの? 白魔法使いの試験って?」
「あたしが正規に白魔法士だったんは、実家にいた頃、
 海を渡る前の話っすからね。
 冒険者として登録する際に調べはしても、
 結局受けなかったんで、良く分かりませんが。」
友人の問に祀は眉をひそめた。
「仮に傾向が今も同じようなもんだとしたら、
 落ちはしないでしょうが、受けたくないっすね。
 引掛けが多いんすよ。汚えの。問題の出し方が。」
「具体的には、どんな感じ?」
仮にも公式の試験を悪し様に言うのにノエルも顔をしかめ、
祀が嫌そうに一問提示する。
「『白魔法をかける際は相手の怪我の状況だけでなく、
 年齢、性別にも考慮しなければならない。
 これは正しいか、否か。』とかね。」

一見簡単そうに見える二択であるが、
専門的に正解はどちらになるのか。
ポールとノエルは顔を見合わせた。
しかし、双方武器を手に前線で戦う騎士であって、白魔法は専門外。
正しい知識など出てくるはずもない。
「聞いてる分には正しく思えるけど、正解はどっちなの?」
早々に諦めたノエルが正否を問うと、祀は鼻先で笑った。
「誤りなんすよ。白魔法は受け手の体力とかに左右されるから、
 子供や年寄りに強いの使っちまうと、
 かえって生命力を削ることがあるんで、
 年齢は考慮しなけりゃいけませんが、
 性別で効果が変わるわけじゃないんで。」
「でも、それを言うなら、
  男女の体力差とかだってあるんじゃないですか?」
回答に納得行かず、ポールが疑問を提示すると、
祀はわざとらしく溜息を突いた。
「だから、汚えっての。」
「あー そうなんだ…」
教科書通りの答えしか認めない試験に、
どれだけの価値があるのだろうか。
祀が嫌がる理由を理解して、ノエルも肩を落とし、
何処まで判っているのか、
スピアリングがグルッと馬鹿にするように唸った。

「業務に支障がねえかを確かめんのに、
 引掛けなんかいらねえでしょうにな。
 それに実戦に基づいてないんすよ。
 例えば範囲魔法だって、使う前に断るのが定石ですが、
 状況によっちゃ宣言しないで発動させることだってあんでしょう。
 それを『しなければならない』って断言して、
 正否を問われても困るんすよね。
 教科書通りなら丸だし、実戦を踏まえればバツだし、どうしろと。」
「確かにセオリー通りには生きていけないよねー」
再び始まった先輩方のダラダラとした会話を聞きながら、
ポールが漠然と抱えた不安を心の中で転がしているうちに、
ギルド寮に到着する。
スピアリングを寮の裏手にある小屋に戻し、
同じ小屋に住まわせているポールのペットと一緒に、
餌や水を与え、毛並みを整えるのを手分けして行う。
「騎士に試験はないけど、毎日が試験みたいなものだよね。
 戦闘中に一歩間違えば大怪我するし、
 騎獣の世話だって、ちゃんとできないと信頼関係にヒビが入るし。」
誰に言うわけでもないノエルの呟きに、
同意するようにスピアリングがグルリと唸り、
ポールを睨んでフッと鼻を鳴らした。
聞くところによれば、先輩の魔狼は歳を食っている分、説教臭いらしい。
「なんか、言われている気がする…」
「言われてると思いますよ、良く覚えとけとかなんとか。」
一抹の不安を祀に肯定され、ポールは肩を落とした。
その隣で彼のペットが尤もらしい顔をしてピィピィと鳴いているが、
これは何も判っていまい。

白魔法使いにはない騎士の義務を完了し、彼らは改めて玄関に戻った。
「ただいま、戻りましたー」
ちりりんと玄関の戸に取り付けられた鈴がなるのを聞きながら、
ポールたちが居間に声を掛けると、死にそうな声が返ってきた。
「おかえりぃ…」
三人で顔を見合わせ、ともかく靴を脱いで部屋に上がると、
食卓にはおやつの代わりに何冊もの分厚い資料が広がり、
黙々と鉛筆を動かす紅玲と敦の姿が有った。
「べ、勉強の進み具合はどうですか?」
ノエルが恐る恐る声をかければ、
ふふふと力ない笑みが紅玲の口元からこぼれた。
「ヤバイよ…取り敢えず、問題集開いたらさ、
 全然わかんないの。改定入るにも、程があるでしょ。」
その答えに祀が慌てた様子で親友に状況を問う。
「敦さんは? 敦さんは大丈夫なんすか?」
「判らん…前回、眼球と視神経の構造なんて、聞かれた覚えないわ…」
顔も向けずに返事をする敦に額を抑え、祀が怒鳴る。
「受かるんすか? それで明日の試験、受かるんすか?
 もし、落ちたら予約した来週の仕事の予定、どうなるんすか?
 当然、支障はねえんでしょうな?」
何か二人で予定を組んでいたらしい。
「落ちたら、そん時は祀、一人で行ってや…」
「何でそんなせっ詰まった試験の受け方するんすか。 
 もっと余裕もって受けときゃよかったでしょうが!」
「あーもー煩い! 全員、でてって頂戴!」
二人の喧嘩、というより、敦の無計画を祀が責め立てるのに紅玲が怒り、
ノエルとポールまで揃って家から追い出される。
「ちょっとクーさん、俺ら関係ないし!」
「知らん! 八つ当たりだって、知ってるけど知らん!」
「夕飯とか、どうしたらいいんですか!?」
「このまま、外で食ってこい!!」
理不尽な仕打ちに悲鳴を上げても意味はない。
このギルドでは8割がた、紅玲が法であり絶対神である。
折角返ってきたと言うのに、再び外に追い出され、
発端をつくった祀がしゃあしゃあという。
「こういう状況を見る度に、あたしゃ、
 白魔法士を辞めてよかったと思いますわ。」
「もー 黙ってて、マツリちゃん。」
「お腹、減りましたねえ。」
とぼとぼと彼らは休める場所を探して歩いた。

そのまま公園で一休みしてから、夕飯を食べられる店を探し、
腹を満たしたポール達が改めて寮に帰ってくると、
玄関の鈴の音を聞きつけて、小さな足音がとっとこ出迎えにやって来た。
「おにいちゃん、おたえりー」
満面の笑みで出迎えてくれたのは、
紅玲の魔術の師匠にあたるカオスの小さい娘、キィである。
最近、父親と一緒にギルドに居候しにくる小さい人が、
ポールも大好きであったが、
今日は遊びに来るには日が悪いのではないか。
「きいたん、ただいま。」
取り敢えず、帰宅を告げてたものの、
不安で眉尻を下げたお兄ちゃんの気持ちには全く気が付かず、
キィはニコニコとご機嫌で手に持っていた紙を突き出した。
「あちしおにいちゃんが、にゃんこ、かいてくれたよー
 たくさん、たくさんだよー」
幼児の言葉が一瞬理解できず、ポールは言葉につまり、
差し出された紙を慌てて受け取った。
そこにはキィが言うとおり、大量の猫が描かれていた。
これはどういう事かと居間に戻ってみれば、
未だ黙々と鉛筆を動かす敦と、机に突っ伏した紅玲、
先に戻ってきていたらしい先輩冒険者の鉄火と、
キィの父親、カオスの姿が目に入った。
机の上には未だ問題集が散乱しており、
死んでる紅玲はまだしも、
敦はまだ、勉強中かと思いきや、
現在進行形で猫の絵の量産中であった。

本来行うべき業務から大きく離れた親友の姿に、
口端を歪めて祀が問う。
「敦さん。試験勉強はどうしたんすか?」
「知らん。やるべきことはやった。後は知らん。」
きっぱりと言い切りつつ、
決して目を合わそうとしない敦は祀に任せることにし、
ポールは動かない紅玲の肩を揺すぶった。
「クレイさん、大丈夫なんですか?
 もう、勉強は終わったんですか?」
「問題集は全部解いた。これで落ちたら仕方ないと思う。」
泣きそうな後輩に揺すぶられてなお、顔を挙げない弟子の姿に、
カオスが深く頷く。
「わかるわー 凄い、良くわかるわー
 ここまでくると、もう、どうしようもねえよな。」
その感想に苦虫を噛み潰したかのように鉄火が唸った。
「どうしようも、こうしようも、
 毎日コツコツ勉強してりゃあ済む話だろうが。
 何でこんなことになるまで放置してるんだ、こいつらは。」
鉄火の言葉は何処までも正論であったが、
馬鹿なことをとカオスは吐き捨てた。
「何言ってるんだ、それができりゃあ誰も苦労しないわ!
 出来ないし、やりたくないから今、一夜漬け、
 いや一夜経ってないから、
 4時間漬けしてるんだろ! それ位、察しろ!」
彼の言葉も一理あるが、だからと言って正しくはない。
「胸張って言う事じゃねえだろ!
 こいつらに師匠とか呼ばれてるお前がそんなんで、どうするんだよ!」
「特段どうもしません! ぼーっと見てます!」
「役に立たねえな! 本当、役に立たねえ師匠だな!!」
堂々といい加減なことを主張するカオスに、
鉄火が怒るのは当たり前なのだが、祀が不快も顕に参戦する。
「師匠にケチつけるんじゃねえっすよ、若旦那のくせに!」
そのまま上司に石を投げつけるので、
また、無駄な争いが勃発する。
「お前も部屋の中で石投げるなって言ってるだろ!
 いや、家の外ならいいってわけでもないが!」
「あーあ。ここんちは本当、煩いなあ。
 ユーリも居ないし、今日はお家帰るか。なあ、きいこ。」
「カオスさん!?
 騒ぎの発端作るだけ作って颯爽と逃げないで、カオスさん!!」
「ああ、また喧嘩が…
 クレイさん、しっかりしてくださいよ、クレイさん。
 そして、マツリさんを止めてください!」
「もう、放っておけばいいよ。なるようになるよ。」
「おにいちゃん、わんこも、かいてちょうだい。」
「あんな、きいこ。兄ちゃん、猫しか描けんの。
 わんこは今度練習しとくな。」
いつもと言えばいつも通り、散々に場は荒れまくり、
30分後、ギルドマスターが外から帰ってきて一喝するまで、
ダラダラと騒ぎは続いた。

それから数日後、いつぞやと同じように、
椅子に座り、敦と紅玲が遠い目をしているところに、
ポールは遭遇してしまった。
違うところと言えば、二人の目に生気が宿っていることだ。
「また、試験ですか?」
恐る恐るきいてみるが、不思議そうに否定された。
「ん? いや、もう終わったけど?」
「一昨日の話やろ、それは。」
「あれ、終わったんですか?」
あっさり首を横に振られ、ポールが目を丸くすると、
改めて終わったと告げられた。
「むしろ、合否の通達がきてます。」
さっくり紅玲が言うのに、
返って最悪の自体を想定してしまい、ポールは顔を青くした。
「え、じゃあ、結果は…?」
「受かってるよ。満点だった。」
これも当然のように言われ、
ポールは一気に体から力が抜けるのを感じた。
そんな彼を他所に、紅玲が淡々と敦に聞く。
「あっちゃんは、いくつだった?」
「わいは一問落とした。98点やった。」
「ああねー そっちの試験は1問2点で50問だっけ?
 その点、うちのは1問5点だから問題数少なくて楽でいいわ。」
「けど、裏を返せば6問しか落とせんやろ。」
「流石に落とさないよ、6問はー
 今までだって、最低でも90点だもん。」
ポツポツとやる気なく続く会話の中身を理解し、
そして同時にポールは激高した。
「なんです、それ! 楽勝じゃないですか!!」
「うん、過去問で予習したし、教科書持ち込み可だしね。」
「持ち込み可なのかよ!!」
「そうは言うても、その教科書が分厚いから、
 何処に何が書いてるか分からんと意味ないけどなー」
何処までも紅玲と敦は淡々と語るが、
余計に納得行かず、むきゃーと喚くポールの後ろを、
ユッシがスタスタ通った。
「だから大騒ぎしないで、さっさと受けろって言ったんだよ。」
そして何時から居たのか、
窓の外ではヒゲがわざとらしく打ちひしがれている。
「アッちゃんのほうが、ワシより点数が高い…だと…!!」
「そんな所で遊んでないで、早く入ってきなよ、ヒゲさん!
 そう言えば何点だったの?」
「2問落としたー90点ー ユッシンはー?」
「うちは95だったよ。1問、引っ掛けに引っかかった。」
揃いも揃って高得点だったらしい。
思っていたのと全く異なる状況に、
ポールは腹立たしい思いを隠せず、
ガンガン床を蹴りつけた。
「何だよ、優秀じゃんか! 
 うちの人たち、全員優秀じゃんか!」
「だから元々、そんな大層な試験じゃないんだってー
 まあ、今回、ちょっとイレギュラーも有ったけど。」
「三年ごとやからねー そりゃ、改定は入らん方がおかしいわな。」
後ろから、紅玲と敦の補足が入るが、だから何だというのだ。
「じゃあ、何であんな大騒ぎして、
 ズルズル引っ張ったんですか!?」
激高する後輩に紅玲は少し眉をひそめ、はあと大きく息を吐いた。
「だから最初に聞いたでしょ、ポール君。
 仮に小学生で習うことで、そこそこ点数が取れると判っていても、
 テスト受けろと言われて受けたいかって。」
「絶対嫌です。」
「つまり、そういうことなんだって。」
答えは最初に提示されていた。

「後、復習も嫌やしなー」
「ですよねー」
「勉強しなくったって、クーさんもアッちゃんも、
 合格ライン行くでしょ、普通に。ヒゲさんは知らないけど。」
「ワシは除け者ですか?! 除け者ですか、ユッシン、酷し!!」
敦のつぶやきに紅玲が再度溜息を付き、
ユッシがブーブー文句と余計なことをいい、ヒゲが喚く。
いつもといえば、いつもどおりの展開であるが、
ポールはそのまま足元にうずくまった。
「もう、嫌だ! 誰も信じられない!!」
全く、そこまで大したことのない試験に、
落ちる落ちない、勉強しないとやばいなど、
大騒ぎしないで欲しいし、
資格を剥奪するのしないのと決めないでいただきたい。
試験は受けるにしろ、受けさせるにしろ、
それなりの中身でやるから、意味があるはずである。

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津路志士朗
性別:
非公開

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