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5月の風。(前半)

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5月の風。(前半)


 




その歌声は何時から聞こえていたのだろうか。

『 窓の外でほら 5月の風が抜けていく
  少し冷たいけど 夏の匂いを乗せている
  稀に二人して 遅くまで寝ていた日は
  ほんの少しだけ 君はどこか不安定になる

  君が思うほど 僕はそんなに凄くないよ
  今だって君の 涙も止められない
  大丈夫だって 君はいつも言うけど
  言うほど君は 強くないって僕は知ってる

  ほら窓の外で 白い雲が流れてく
  もう少ししたら 君をおいていかなくちゃ――』

柔らかいテノールの歌声が止まったのを気に、
ビューフォード·“クルト”·コンラート·ヴァイスフルーは、
己を取り戻した。
聞き慣れず、意味も分からない、
外国の言葉で歌われていたと言うのに、
すっかり耳どころか意識まで奪われてしまっていた。
歌声の主は当ギルドに居候している魔物で、
名高い魔術師であるから、
もしかしたら呪文詠唱の代わりに歌や、
楽曲を扱う一部の黒魔法、
他を魅了する術が組み込まれていたのかもしれない。
だが、それを専門とする友人によれば、
結局、歌や演奏自体が良くないと効果も薄いそうだ。
やはり、あの魔術師は無駄に器用だと思い、
歌が上手いことは器用のうちに入るだろうかと、
己の感想に首をかしげる。

踊り場で立ち止まっていたことを思いだし、
階段を降りきることにする。
再び、歌詞のない鼻歌のようなものが、
途切れ途切れに聞こえてきた辺りで、
食卓の椅子のひとつに座っている、
魔術師の後ろ姿が目に入った。
公式冒険者の集まり、
所謂個人ギルドの寮であるこの建物は、
複数の個室からなっており、
一階は共同スペースとして使用されているが、
今日は他のメンバーの姿はない。
珍しいこともあるものだと独りごちて、
虚ろな青い瞳と目があう。
「よう。」
振り替えるのではなく椅子の背に頭を反り返す形で、
此方を見ている黒髪の魔術師の姿に思わず溜め息が溢れる。
「何て格好だ。普通に振り返れば良いだろう。」
「いいじゃねえか。鉄の次にお前は煩いな。」
悪霊みたいな格好で、山羊足の魔術師と呼ばれる魔物、
カオス・シン・ゴートレッグは鼻先で笑った。
引き合いに出された友人ほどではないとは思うが、
ギルドの統括者の独りとして、
注意する側に回ることが多いのは事実だ。
肯定も否定もできず、ただ肩を落とせば、
言い返せもしないのかと更に嗤われた。
この態度や口の悪さからして、若干機嫌が悪いらしい。

いくつかの条件が揃わないため非公式ではあるが、
魔王とも呼ばれる彼が機嫌を損ねているとは穏やかではない。
何があったかと思い、
魔術師の抱えたベビースリングが大きく膨らんで、
モソモソ動いているのに気がつく。
カオスの小さな愛娘、キィが入っているにしては、
様子がおかしい。

「どうしたんだ、それ。」
「カンガルーの袋ジャックならぬ、抱っこ紐ジャックだ。」
言われて飛び出すようにスリングから、
とがった耳の毛むくじゃらが2セット、順番に顔をだした。
「やあ!」
「やあ、クルトだ!」
「兄ちゃんをつけろよ、この毛玉め。」
呼び捨てにするなとカオスに叱られて、
フクフクした子犬のぬいぐるみたちはクスクス笑った。
灰色の毛並みに青い目の方は、
キィが引き連れている見慣れた奴だが、
茶色い毛で緑の目の方は見たことがない。
「増えてるじゃないか。」
「…鉄と紅玲には内緒にしてな。せめてユーリが帰ってくるまで。」
事実だけを指摘すれば、魔術師は遠い目で頼み事をしてきた。
「彼奴らが怒るのは確定事項にしても、
 ユーリが帰ってくれば、味方になってくれるはずだ。
 この毛玉どもは可愛いからな。見かけだけは。」
「見かけだけじゃない!」
「中身も! 中身も!」
「黙れ毛玉。」
ギルドの内情をよく知る判断を下し、
カオスはスリングの中身を外側からもみくちゃにした。
それでも、ぬいぐるみたちに怒られている自覚はないらしく、
揉まれてキャッキャと大はしゃぎする。
動くぬいぐるみの中身は、
神話に出てくるちょっと口外できない何からしい上に、
自分で可愛いと主張するのは如何なものだが、
何も知らなければ、確かに無邪気な子犬にしか見えない。
クルトはやれやれと肩を落とし、
カオスの隣の椅子を引いて自分も座った。

ぬいぐるみ達は再び顔を引っ込めると、
中でふざけあいを始め、スリングがもこもこと暴れる。
「いい加減、寝ろよ。」
言いながらカオスが大きくため息を突いたので、
彼の憂鬱の原因をクルトは察し、
それが正しいことを証明するように、
頭を出したぬいぐるみ達は反抗した。
「嫌だよーだ。」
「お昼寝なんか、しないよーだ。」
そのまま、ケラケラ笑いながら、
スリングの中で暴れるのを続行する。
腹の上でドカドカ暴れられるのは、気持ち悪いとは言わなくとも、
心地よいものではないだろう。
いつもであれば、ぬいぐるみたちを押しのけて、
父親の膝の上を占領している小さい人がいるのだが。
「キィは、どうしたんだ?」
「彼奴はもう、寝てる。」
尋ねてみれば、カオスは居間に続く畳の部屋を顎で指した。
床から一段高いところに作られた畳の部屋は、
そのまま寝転んで良いことになっており、
敷かれた布団の中で幸せそうに、
規則正しい寝息を立てているカオスの愛娘の姿が見えた。

「ルーと…これは、ティーか?
 君らは寝ないのか?」
当ギルドに居着いた動くぬいぐるみに類似品は存在せず、
この世に一体だけのはずだが、
あくまで魔術師がこれ以上作らなければであり、
中身が双子であることも有名だ。
茶色の方は話にだけ聞いていた兄だろうと検討をつけ、
話しかけてみれば、ぬいぐるみ達は当然のように返事をした。
「まだ、寝たくないよ。」
「寝てほしかったら、お歌、歌って。」
順々に言って、何か思い出したように、
つんつんと鼻先でカオスの顎を突き出す。
「そう、お父さん、お歌、歌って!」
「お歌の続き、早く歌って!」
「もう、さんざん歌ったじゃねえか。3周はしてるぞ。」
急かされて、これみよがしにカオスがため息を繰り返す。
何時から聞こえていたのか定かではないが、
何度も繰り返されていたらしい。

「せめて、別のにしようぜ。」
「いやだ! さっきのが良い!」
「5月のやつが良い!」
「お前ら、この歌、好きな。
 意味、判っているのかよ。」
曲の変更を拒否するぬいぐるみの主張にカオスが鼻白むが、
ルーもティーも胸を張って堂々と答える。
「大好きだから、一緒が良いんだよ。でも、駄目なんだよ。」
「一緒が良いけど、お仕事、行かなきゃいけないんだよ。」
「ふーん…一応は判っているんだな。がきんちょのくせに。」
彼らの答えは、正しかったらしい。
フンと鼻先で笑い、カオスはつまらなそうに正解を認めたが、
ルーもティーもそれだけでは満足せず、続けて言った。
「シーズン中はほとんど休み無しだよ。
 それが数ヶ月続くんだよ。」
「出張ばっかりだよ。休みの日も移動か練習だよ。」
それの何がいけなかったのか、カオスが若干焦るように止める。
「ちょっと待て。そんな裏事情まで説明した覚えがないんだが?」
「オリ太が言っていたよ。」
「また彼奴か、あのヴァンプめ。」
情報元はいつもと同じらしい。
耳慣れない名前を口にして、魔術師は舌打ちする。
「なんの、歌なんだ?」
歌詞がわからないので、話について行けず、
横から口を挟んでみれば、カオスは肩をすくめた。
「ヤハンの古い歌だよ。
 知り合いが作ったんだが、元ネタがあったりしてな。」
海を越えた先にある東洋の島国の名前を上げて、
何かを思い出すように魔術師は首を傾けた。
少しの間を置いて、軽く首を振り、
袋ごとポンポン中身を叩く。
「まあ、大したことじゃない。」
彼がこういう曖昧な言い方をするときは、
大概詳しく説明したくないときだ。
深く突っ込んでも良いことはない。
クルトは黙って頷き、もぞもぞ動く袋に話題を変えた。

「しかし、どうしてティーもここに居るんだ?」
弟は常日頃からキィと一緒に周囲を走り回っているが、
兄は自宅の森で留守番しているはずである。
それが何故、抱っこ紐の中で暴れているのか。
「色々あるんだよ。無駄に高位の魔物だとか、
 器がないとか、周囲に与える影響とか色々な。
 たまに一緒にしないと機嫌が悪くなるしな。」
「一緒が良い!」
「兄ちゃんと、いつも一緒が良い!」
詳しく説明する気は、やはりないらしい。
大雑把にカオスの答える横からぬいぐるみ達が口々に主張する。
「それより、早くお歌、歌って!」
「お利口にするから、お歌、歌って!」
「へいへい。何処まで歌ったっけね。」
再度の催促に、諦めたように魔術師は答えると、
ゆったりとリズムに乗せて袋を叩き始め、
ぬいぐるみ達は満足げにむふーと息を吐いて、おとなしくなった。
特に手伝えることがないので、
動けないカオスの代わりに何か飲む物でも用意することにし、
クルトも立ち上がる。
程なく、アルトにほど近いテノールの歌声が静かに流れ出す。

『 なんの不満もないと 君は笑ってみせるけど
  笑顔の裏の我儘を 僕は聞きたい
  どうせ叶えられないのは 判っているけど
  君が望んでいないのも 知っているけど

  何処か他人行儀な 君の愛し方が
  どうしようもなく 臆病だからと知ってるから
  珍しく腕のなかで 愚図るのが
  どうしようもないほど 堪らなく愛しい

  ほら、ほら、ほら、窓の外で雲が流れてく
  もう少ししたら、君をおいていかなくちゃーー』

やはり、歌詞の意味はわからないが、
甘く、柔らかい歌い方が耳に心地よい。
優しい音程とリズムにぬいぐるみ達も目を細めて、
おとなしく丸くなっていたが、ぴくりと耳を動かして、
突如、カオスの腕を噛んだ。
「痛えーーっ!!」
突然上がった悲鳴にクルトもコップを落としそうになる。
折角入ったコーヒーをこぼしてしまい、
台ふきんを探す側で、ぬいぐるみと魔術師は喧嘩を始めた。
「歌詞が違う! 歌詞が違う!」
「間が飛んだ! 一節、飛んだ!」
「良いだろ、ちょっと位違ったって!」
「良くない!」
「ちっとも良くない! 曲が短くなる!」
「ああ、そう喧嘩するな! ルーもティーも、噛むのは駄目だろ!」
大騒ぎで揉めるのを慌てて静止したクルトの後ろで、
うんざりしたような声が響いた。
「煩っせえなあ、全く。」
窓際に追いやられていたロッキングチェアがゴトゴトと動き、
背もたれから、メンバーの一人が顔を覗かせた。

「歌うのか、揉めるのか、どっちかにしてくださいや。
 おちおち昼寝もできやしねえ。」
短い髪をガシガシと掻き回すように頭をかいて、
ヤハン出身の小柄な剣士は整った顔を歪ませ、
不機嫌も顕に文句を言った。
「居たのか、マツリ。」
東洋系は若く見えるとはいえ、
若干幼さの残った外見と裏腹に、訛りの残る乱暴な言葉遣い。
まだギルドに入って日が浅いので、
慣れていないといえばそれまでではあるが、
この祀の外見と中身のギャップに、
クルトは毎回違和感を覚えずにはいられない。
東洋生まれにしては色素が薄く茶色っぽい髪に、凛とした顔立ち。
小柄で軽い身のこなしを軸にして、
打ち合わずに攻撃を避け、相手を翻弄し、
切り抜ける戦闘スタイルの為、剣士にしては線が細い。
黙っていれば、大人しそうに見えるだけに、
口調や態度の乱雑さが余計に似つかわしくなく思える。
実際、自国に居た頃を知る友人たちの証言によれば、
城づとめの従者として教育を受けており、
それなりに品良く振る舞えるはずなのだ。
しかし、ロッキングチェアの上にあぐらをかいて、
不機嫌そうに椅子を揺らしている姿に、
礼儀作法の欠片も見当たらないのも事実であった。
「居ましたよ、さっきっから。」
愛想のない返答に、カオスが呆れた調子で付け足す。
「そうだよ。何で俺がここにいると思ってるんだ。」
「盗られた。」
「マツリちゃんに、ゆらゆら椅子、盗られた。」
ぬいぐるみたちが口々に説明してくれ、
大体のところをクルトは理解した。
「なるほど。」
ギルドマスター所有のロッキングチェアは、
魔術師のお気にいりでもある。
暇な時は大概マスターを押しのけて、
ゆり椅子の上に陣取っているにも関わらず、
今日は食卓に座っていた。
つまり、そういうことだろう。

「そんなことより、師匠。
 LOVE SONGはやめてくださいって、言ってるじゃねえっすか。」
祀からジトと座った視線を向けられて、
カオスは不服を申し立てた。
「別に俺の選曲じゃねえし。」
「これがいいの!」
「お昼寝のときは、これが良いの!」
勝手なことを言うなと横からルーとティーが怒るが、
小柄な剣士は鼻先で笑った。
「そうは言いますがね、
 さっきからちっとも寝ようとしてねえじゃねえですか。」
「それはそれ! これはこれ!」
「だって、ちっとも眠くないから仕方ない!」
二匹セットになっているせいか、
いつもより攻撃的なぬいぐるみたちに、カオスは溜息を付き、
立ち上がると双方スリングから引っ張り出した。
「もう良い。実際祀の言うとおりだ。
 いい加減、俺も歌い疲れたし、
 どうせこのまま寝ないんだろうから散歩に連れてく。」
「お散歩、行くの?」
「きいたんは?」
大喜びするかと思いきや、
二匹は不安そうに寝ている幼児を振り返った。
どんなに無邪気に見えても普通の犬ではないので、
遊びの誘いより、保護対象の方が気になるようだ。
しかし、魔術師は当然だと言う。
「置いてく。
 無理に連れて行ったって、起こしたら返って可哀想なだけだし、
 一人っきりにするわけでもないから、問題ないだろ。
 起きたら戻ってくりゃいいし。ほら、行くぞ。」
起きる頃、ではないのが流石だ。
何処に居ても娘の変化は感知できると、
スリングを丸めて片付け、歩き出したカオスに、
ルーとティーは不満げにもう一度大事な小さい人を振り返ったが、
寝ているものは仕方がない。
とことこと、カオスのあとに続いた。

「じゃあ、そう言うわけで、あとはよろしく頼むわー」
「ああ、わかった。」
「うぃっす。」
ふらふらと出ていく魔術師に娘のことを頼まれて、了承の意を示す。
途端にしんと部屋の中が静かになり、
ぷうぷうとキィの小さな寝息だけが響く。
沈黙は心地の良いものではなく、
残されたクルトは少し悩んで話題を探し、
意味もなくカリカリと頭を掻いた。

「あの歌、嫌いなのか?」
文句は言っても、そこまで毛嫌いしていたようではなかったから、
触れても大丈夫だろう。
「嫌いってわけじゃないんですけどね。」
予測は正しく、どうでも良さそうな返事があった。
「師匠の歌は、好きなんすよ。
 さっきのだって、特別何が悪いってわけじゃありません。
 けど、ね。」
何処か居心地悪そうな祀の身動きに併せて、
ロッキングチェアがギシリと鈍い音を立てる。

そのまま黙ってしまったので、無理やりクルトは話を続けた。
「俺には分からなかったが、恋歌だと言っていたな。」
祀はそこに苦情を申し立てていた。
歌声は非常に耳に心地がよかったので、
問題があるとすれば歌詞の方であろう。
祀の故郷、ヤハンの歌だとカオスは言っていたから、
クルトと違い、歌詞の意味が分からないと言うことはない筈だ。

「多分、相当古いんでしょうな。
 少なくともあたしは国で聴いたことがありません。」
特別無視するつもりはないらしく、
祀は目だけ動かしてクルトを見上げた。
「よければ、訳しましょうか?」
「ああ、じゃあ、折角だから頼む。」
軽く提案され、好意に甘えると頷けば、
小柄な剣士はわずかに苦笑した。
自分から言い出したことだが、詩の朗読はこそばゆいものがある。
そう前置いて伝えられた歌詞のなかに、特別不快を及ぼすようなものは、
クルトには感じられなかった。
「愛を歌う、というよりは、
 やるせなさを嘆いているような歌詞だな。」
「さっき、毛玉さん達が言ってたように、モデルになったのは、
 仕事が忙しく、色々とままならない人だったんでしょうね。」
頷いて、ご愁傷様ですと呟いた祀の口ぶりからしても、
特段、不快を感じているようには見えない。
では、何がいけないのだろうか。

疑問が顔に出ていたのだろう。
自身をジツと見つめるクルトに、再び祀は苦笑した。
「嫌いったって、別にそんな大した理由じゃねえっすよ。」
「それはそう、なんだろうが。」
しかし、聞いてしまったからには気になる。
このギルドの居心地は良く、可能であれば長く所属したい。
メンバーとも上手くやっていきたいと考えており、
その中には祀も含まれている。
いつかうっかり地雷を踏まないためにも、
差し支えなければ、趣向の一部として抑えておきたい。
それに、

うっかりはみ出しかけた個人的な感情を頭を振って抑える。
社会的な関係の保つために、相手を良く知ることは大事だが、
興味本位であれこれ首を突っ込むのは無礼だ。
自分で勝手に自分を止めて、納得するクルトの様子に、
祀は不思議そうに首を傾げたが、見なかったことにしたらしい。
「まあ、ご感想のとおり、
 この歌は愛してるだのなんだの、
 暑苦しく言うわけじゃねえんですが、切ねえ歌っすよね。
 そしてそれだけだから、まだ良いんす。
 けど、巷に溢れる恋歌ってんのは、
 さっきのみたいな奴ばかりじゃねえでしょう 」
適当な感想と共に大きく息を吐いて、
背もたれに身を預け直し、ポツポツと語った。
「師匠は歌が本当に上手いんすよね。
 隣で聞いてるだけでも沁みるもんがありますしな。
 それに惚れた相手に歌を贈るってのは、昔からある手法ですし、
 ラブソング自体を否定するつもりもないんですよ。
 けどね、」
一旦、言葉を切り、小柄な騎士はひどく嫌そうな顔をした。
「同時進行で世界で一番愛してるだの、
 生まれ変わってもだのなんだのってよく言うわ、胡散臭え。
 どうせ口先だけで実を伴わねえんだろって、
 思っちまうのも事実なんすよね。」
心を動かされるからこそ非常に不愉快らしい。
眉間に深い皺を寄せた祀の複雑な心中を思い、
クルトも思わず額を抑えた。

「あたしゃ、どうも恋愛ってのが苦手でね。
 だって、変わらねえもんなんか有り得ねえでしょう。
 まして人の心なんて、移ろいやすい物の代名詞じゃねえすか。
 それに、手前が変わらなくても相手もそうとは限らない。
 また、その逆もしかり。
 いくら片方が必死で想っても、
 もう片方が冷めちまってればそれっきり。
 一時の盛り上がりに価値はねえって思っちまうんすよね。」
小馬鹿にするような語り口に、
自分の眉間にも皺が寄るのを感じながらも、
クルトはなんとか穏便に会話を続けようとした。
「確かに、いつか終わってしまうものかもしれんが、 
 必ずしも、そうとは言い切れないだろう?」
「いや、全てではなくても、
 変わらないものがあることは分かりますよ。」
今後も踏まえて真面目に受け答えるクルトと違い、
祀はただの世間話としか、考えていないようだ。
この新しい友人は、何故こんなに真剣になっているのだろうか。
そんな疑問を滲ませ、不可解そうに話を続ける。
「なにせ、うちの上司を見てますからな。
 ええ、実際にあるんでしょうよ。
 何事にも変えがたい感情は。」

祀は元々、主家の跡継ぎの側仕えとして海を渡ったと聞いている。
理由はある意味簡単で、
要は上司の別れた恋人を探しにきたのだ。
幸い上手く再会することができ、現在進行形で紆余曲折しているが、
祀の上司とその相手は今、同じギルドに所属している。
確かに様々な事情が有ったとはいえ、
現在に至るまで彼らが支払った代償や、辿った経歴を思えば、
よく歌にもあるように、
お互いが唯一無二の存在と言って良いであろう。
ただ、残念なのは、仲が良いのは確かではあるが、
あまり微笑ましい関係とは言い難いことだ。

「確かにあの二人は例として、例として、最適…なのか?」
激しすぎる二人の痴話喧嘩を思い出し、
思わず唸ったクルトの横で、どうでも良さそうに祀は言った。
「けど、一生涯を注ぎ込む恋が有るからといって、
 それが全てではないのも事実ですし、
 だからこそ、必死で歌われると胡散臭く感じちまうんでさあね。
 まして、あたしには関係ないと思えば、
 余計に興味も持てないってか。」
いつも飄々とした小柄の剣士には珍しく、
不貞腐れたような物言いを、まあまあとクルトは宥めた。
「だが、当面はなくても、
 先々のことなら関係あるかもしれないぞ。」
何せ、先のことは誰にもわからないのだから。
そんな一般的な慰めは唾棄された。

「ねえっすよ。
 何処にこんな出来損ないを選ぶ物好きが居るんすか。」
自嘲では見逃せない悪意のこもった断言に、
クルトは一瞬言葉を失い、強く否定した。
「そんな言い方を、するな。」
思わず頭から叱りつけるような物言いをしてしまったことを、
後悔するも、内容を考えれば引き下がれない。
口を真一文字に結び、視線で訂正を求めれば、
祀はしくじったと言わんばかりに口端を歪め、目を逸らせた。
「いやあ、そうはいっても、
 実際どうかと思いますよ、我ながら。」
いつの間にかムキになっていたと独りごち、肩を落とす。
お互い喧嘩をするつもりはないだけに、
クルトは無言で続きをうながし、
祀は弱ったなあと頭を掻き掻き言い訳を始めた。

「何せ、あたしゃ、こんな成りですかんね。
 やることなすこと中途半端で、
 剣士としても特別腕が良いわけじゃねえ。
 中身も協調性がない挙げ句にガサツで、自分勝手とくりゃあ、
 わざわざ選ぶ物好きは居やしねえ。
 あたしが逆の立場でも、お断りしまさぁね。」
「…そんなことは、ないだろう。」
先程よりも口調は軽くなったが、厳しい自己認識は変わらない。
確かに祀はスピードを第一とするだけに、剣士としては軽く、
打ち合いなど純粋な腕力のせめぎ合いを求められるような場面に弱い。
また、余程気の合う相手でなければ、行動を共にすることはなく、
単独行動が目立つ。
尤も、剣術の技量自体は非常に高く、
単なる力技では太刀打ちできない実力を持っており、
過去に習得した白魔法や暗器なども使用可能と、
高い万能性を誇る。
付き合いの悪さは、単に若干の人見知りと、
周囲からの好意を上手く受け取れない不器用さが原因と思われ、
口は悪くとも他人を無視するなど、
取り分け無礼な態度をとるわけではない。
多少の欠点は誰しもある中、
祀は仕事仲間としても、友人としても悪くないのだ。

「そんなに自分を卑下するもんじゃない。
 ギルドメンバーとは上手くやれてるんだし、
 外でだって、それなりに付き合いもあるだろ。」
「友達と、恋愛対象は違うって判ってますか?」
本当に問題があれば周囲から取り残されるはず。
そんな意見は無碍なく払い下げられ、
気のない対応にクルトは頬を膨らませたい気分になる。
「それだってちょっと努力すればいいだけじゃないか?」
「考えが甘いと言わざるを得ませんな。」
何せ祀は元は良いのだ。
少し態度を改めるだけで、
良い話がいくらでも舞い込んでくるに違いない。
それなのに何故、
こんなにも自身を否定するようなことを言うのだろう。
幸い見直すべき欠点は明確なだけ、
余計に理解できず眉をひそめたクルトを、
ふんと祀は鼻先で笑った。

ただ、無闇に逆らって揉め事を広げるつもりはないらしく、
椅子にもたれかかったままだった背を起こし、
腕を伸ばしながら、軽い調子で反省らしいものを述べた。
「ま、実際に云々はまだしも、あんたが言うように、
 ウダウダ言ってる暇が有ったら、
 もうちょいシャキッとするべきなんでしょうな。」
「そうだな。現状に不満があるなら改善できるよう、
 前向きに行動すべきだ。」
「いや、特段不満があるわけじゃないんすが。」
何時からそんな話になったと僅な戸惑いをみせ、
小柄な剣士は肩を落とした。
「けど、結局、世間一般的には、
 今のあたしじゃ駄目なのは事実なんすよね。」
他人事のようにやる気のない口調で祀は呟き、
再度の否定的な発言を窘めようとして、
クルトは言葉を飲み込んだ。

小柄な剣士は何処までも無関心な態度を貫いていたが、
俯いたその眼差しは、
何も感じていない訳ではないことを告げていた。
結局と言うだけに、今まで何度も逡巡した事なのだろう。
確かに恋愛対象として、
見かけに粗ぐわぬ乱雑な言動は好まれるものではないが、
だからと言って人の性格や、
主義思考を踏みにじるようなことをして良いはずがない。
本当はどれだけ傷ついているのか。傷つけてしまったのか。
安易な発言をクルトが深く後悔したその横で、
2つ3つ瞬きをした祀は突如態度を豹変させ、叫ぶ。
「けど、面倒臭えー お上品に振る舞うとか、超面倒臭えー
 石投げるなとか、言葉遣いが悪いとか、
 壁登るなとか、服装には気を配れとか、
 何で常日頃からそんなこと言われなくちゃいけねえんでしょうね?
 いや、分かるんすよ? 必要性は分かるんすよ?
 けど、やりたくねえー どう考えても、やりたくねえー
 良いじゃないすか適当でも誰に迷惑かけてるわけじゃ無し!」
駄々をこねる子供の如く、
ギシギシ勢いよくロッキングチェアを揺らし、
不満を主張するのに、思わず本音そのままで返してしまう。
「いや、迷惑はかけてると思うぞ、主にテッカに!
 特に石投げのあたりで!」
「若旦那はいいんすよ! 
 それが仕事みたいなもんなんだから!」
石、ぶつけてもいい上司ってなんだ。
全く、酷い部下が居たものである。

 

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