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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

ルー。

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ルー。




現在最高の人口を抱える国家フォートディベルエの首都、
シュテルーブルに登録している個人ギルドは、
星の数ほどあるが、その中の一つ、
ZempことZekeZeroHampには、
山羊足の魔術師の呼名をもち、世界最強とされる魔王、
カオス・シン・ゴートレッグと、
その小さい愛娘キィが何故か居候している。
Zempのメンバーの一人、白魔導士の紅玲が、
カオスの弟子として教鞭を受けていた時期に積み重ねた、
負債返済の一巻として、
師匠が仕事の間、娘の世話をしているからだ。
初めのうちこそ、幼児が週に1、2度、
半日滞在するだけだったが、
彼らが居座る時間は日に日に増えていき、
今では親子揃って、すっかりギルドの一員である。

世界最強の割にいい加減で無責任且つ、
妙に所帯地味た魔王は兎も角、
その娘は至極普通の幼児である。
2歳足らずにしては賢く、
身の安全を守る程度の魔法道具は、
父親に身につけさせられているようだが、
特段、彼女が何をすると言うことはない。
日々の面倒は紅玲がみているので、
その他が追うべき負担は、抱っこ要求への対応と、
時折発生する泣き喚き騒音に耐えるぐらいですんでおり、
人見知りもせず、誰に対してもにこにこ笑い、
慕って甘える幼児が、可愛くないはずがない。
ユーリやノエルから始まる子供好きのメンバーは、
すすんで構いたがり、ユッシやジョーカーなど、
普段は全く興味を示さない連中も、
気分任せとはいえ相手をし、遊んでやっている。

そんな実に可愛らしい保育対象であるキィが、
父親と同じぐらい大好きなのがぬいぐるみのルーだ。
目が青く、灰色と白の毛をした、
ハスキーという犬種を模しており、体長は30cm程度と、
抱えるのに丁度良い大きさで、
キィは彼を片時も手放そうとしない。
寝るときや、遊んでいるときはまだしも、
食事中も椅子に持ち込んでは汚すと叱られ、
外出先に連れていこうとして、なくすと止められている。

毎日話しかけられ、抱きしめられ、
特に意味もなくキスの嵐をうけているルーは、
けして衛生的とは言えない状況にある。
見かねたユーリが時折手洗いを申し込むも、
乾燥に丸1日かかることから、毎回キィは断固拒否する。
結果、怒った紅玲に洗濯機に放り込まれるという、
返って悪い状況に陥っているが、
多少くたくたになったところで、
キィの愛情は変わらない。
ユーリが作ってくれた手編みのセーターを着せてもらい、
ご機嫌のキィに抱えられているルーは幸せそうで、
誰の目から見ても特別な存在であり、
大切なぬいぐるみと言えた。

そう、ルーはキィの大事なぬいぐるみだった。
つい最近までは。

半ドンで、早めに仕事を切り上げたメンバーの幾人かが、
居間でくつろいでいると、玄関に取り付けられた鈴が、
チリリと鳴った。
「たらいまー」
幼児特有の舌足らずで甲高い声がし、
バタバタと靴を脱いだキィが、
体当たりするようにドアを開けて現れた。
「はい、きいたんおかえり。」
出迎えたノエルの声をかき消すように、
紅玲の怒鳴り声が響く。
「きいたん、靴揃えなさいって言ってるでしょ!」
慣れているのか、叱られてもろくに反応せず、
幼児はとっとこ一目散に洗面所に向かい、
その後ろを小さい毛玉が叫びながら追っていく。
「きいたん、ちゃんと手を洗って!」
兄として、キィの世話をするのが当然と、
幼児に口やかましく指示している灰色と白の固まりが、
キィの後を追って洗面所に消えるのを眺め、
ノエルはぽつりと呟いた。

「動いてんな。」
「動いてますね。」
「それに喋ってるわねえ。」
誰に言うでもない独り言にジョーカーが続き、
ユーリがそれだけでは済まないことを示した。
主語の抜けた会話に、不機嫌な調子でユッシが参加する。
「うちなんか、こないだ噛まれたぞ。」
「そりゃ、噛まれるようなことやったんだろ。」
幼なじみの性格を誰よりも知ればこそ軽く振り払い、
ノエルはバリバリと頭を掻いた。
「まあ、何にせよ、問題はそこじゃないね。」
「ルーは足拭きなさいって言ってるでしょうが!」
漫然と無気力を醸し出している彼を押し退け、
雑巾を持った紅玲が走り過ぎる。
「拭いた! 拭いた!」
「雑巾蹴り飛ばすのは拭いたって言わない!」
帰ってきて早々、
ばたばたと騒がしく暴れ回る紅玲と小さいのを眺め、
面々は揃えたように息を吐いた。

「カオスさんのことだからさあ、古代技術とか、
 ゴーレム系の魔法とか、
 なんとでも出来て当たり前な気もけど。」
しっくりいかない顔でジョーカーがボヤく。
「はい、そうですかって、
 言えるものと言えないものがあるよね。」
「私の知ってる限り、どちらの方法でも、
 余所じゃ再現不可能でしょうね。
 唯一出来そうなのはアイトテヒニック社ぐらいかしら。」
古代科学を有する隣国ソルダットランドで有名な、
超一流企業の名をあげて、ユーリが額を押さえる。
黒魔術の専門家がそう言うならば、そうなのだろう。
何せ、あれは動くだけではない。
声とは名ばかりに音を出すだけでもない。
簡単で固定の命令を聞くだけなら、
まだ似たようなのが見つけられるが、
奴は複雑な会話を理解し、
明確な自我を持って動き周り、
時に住人に反発したり、勝手な行動をとる。

どうして、こうなった。

「よく似た犬の子を連れてきたっていうなら、
 まだ納得いくんだけど。」
人間の町に持ち込むべき存在ではない為、
別の問題が発生するが、獣人や亜精霊の一種であれば、
言動自体は不思議ではない。
しかし、少しの現実逃避も許さないとばかりに、
ノエルの発言をユッシが否定した。
「あそこまでよく似た、肉球のない犬がいるならな。」
指摘通り、奴には生物にあるべき特徴が幾つも足らない。
確かにあれはキィの大事なぬいぐるみなのだ。
ごく普通で、動くこともなく、
幼児の成すがままだった、犬のぬいぐるみだ。

ついこの間までは。
今はどう考えても違うけど。

どこをどうすれば、ぬいぐるみが突然、
生き物のように動き、しゃべり、お世話をするんだと、
持ち主の後を追いかけ回すようになるのだろう。
何をやった。うちの魔王様は一体、何をやったんだ。
異常事態に頭を抱えずにはいられない。
「取り合えず、実害ないし?」
「きいたんは、喜んでるしねえ。」
「クーさんも、普通に接してるよな。」
現状についていけず、
見て見ぬ振りをジョーカーが提案し、
ユーリとノエルがそれに乗りかかる。
事なかれ主義も限度があるが、
本物の犬と違い、ルーは言葉も判るし悪さもしない。
散歩だってキィが乗り気でなければ要求しない。
下手なペットより、余程飼いやすいのだ。
実状だけ見れば、何の問題もなさそうに思える。
しかし、ユッシが渋面を崩さない。

「結局、だから何だで終わるしかないけどさ、」
考えなしなまでに明け透けな彼には、
らしからず言葉を濁し、苦虫を噛み潰す。
「こないだ聞いたんだけどルーの本名はスコールで、
 実家に双子で兄貴のハティがいるんだって。」

スコールとハティ。
時に太陽すら捕らえ飲み込むという、
神話に属する太古の魔狼の名を、
キィのぬいぐるみが持っている。
果たして、それが何を意味しているのかは、
あまり考えたくはない。
主神オーディンや戦神トールに匹敵する、
著名な悪神の名前にノエルが青い顔で呟く。
「伝説通りなら、
 奴らはイアールンヴィズに棲んでるって話だよな。」
神世の世界樹が聳え立ち、最大にして、最古の神域。
不可侵の大森林イアールンヴィズ。
国の北西に位置する黒い森にいるのは、
魔物や妖精族だけではなく、ユーリが静かに首を振る。
「そこって、カオスさんの実家よね。」
伝説の魔王に基づく史実としてこそ、
社会的に裏付ける証拠はないが、
何せうちには当人がいる。
自分で言ってるんだから間違いない。

「嫌だわー なにもかも非常識すぎて嫌だわー」
己が存在を棚に上げて、ジョーカーが諸手をあげて嘆き、
楽観的な現実逃避をノエルが口にする。
「まあ、名前をもらっただけかもしれないし?」
普通に考えれば、太陽を飲み込む魔物が、
子犬の姿でその辺をうろうろしているはずがない。
そういう彼の言葉は非常に常識的なのだが、
うちの居候が世界最強の魔王な時点で無理がある。
「ユッシン、ルーの名前の話、誰情報よ?」
半分諦めたのか気のないジョーカーの質問に、
ユッシがふてくされたように答える。
「ちゃお君。
 こないだ、ハティ本人に会ったとも言ってたよ。
 自分がきいたんのお兄ちゃんだって威張ってたって。」
紅玲の養子、ちゃおこと千晴からの情報は、
正確だけに見逃したい。
隣の部屋でキィと一緒に走り回っている、
ルーの主張との類似性と併せても、
聞かなかったことにしたい。

嫌な予想を否定する根拠どころか、
肯定する理由しかない状況にユーリが軽く額を押さえた。
「こんなところで話していないで、クーちゃんに聞けば、 
 すぐ全部判ることなんでしょうけどね?」
魔王の英知を教授され、
未だ寵愛を受けている彼女であれば、予測ではなく、
事実を聞いているだろう。
併せて皆が振り返った先で、
魔王の元弟子は逃げ回る幼児と毛玉を追いかけていた。
「こら、ルー! お利口にしないなら、
 また洗濯機に放り込むよ!」
「嫌だ! 嫌だ!」
キャンキャン鳴き暴れる子犬をひっつかみ、
怒る紅玲の姿に、その他は全員口の端を歪めた。
彼らが危惧している可能性を、彼女は何も知らないのか?
いや、全てを知って、あの態度なのだ。

「・・・前から知ってたけど、クレイさんパネェ。
 本当にパネェ。」
ジョーカーが能面のような顔で呟き、
残りは静かに首肯した。
うちの魔王はとんでもないが、弟子も全く負けてない。

 

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津路志士朗
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