HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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ただいまコメントを受けつけておりません。
「くたばれ、リヒターガベル!!」
「おわあッ!!」
北部の白鳳、ジャル・ダブルヘッドは、
吸血鬼のオリバー・スドウとの談話中、
人型機械、ジィゾ・フォン・ツォーセから、
何の前触れもなく襲撃を受け、
とっさに身を捩り、攻撃を避けた。
圧縮され黒く輝く魔力の玉と、
男にしては白く細い指が顔前を横切る。
ドンと低い音がして、
ジャルは上から下に降りおろされた拳を、呆然と眺めた。
「チッ、外したか。」
「ーー何、すんだよ。何するんだよ、いきなり!!!」
平素浮かべる柔和な笑みとは真逆の無表情で、
冷淡に吐き捨てたジィゾに、
床に転げ落ちたまま、ジャルは怒鳴った。
「殺す気か! いや、むしろ全力で殺す気だったな!!」
怒りよりは驚きで声を荒げたジャルを見下ろして、
人型機械はゆったりと降りおろした拳を戻した。
そして何事もなかったかのように優雅な動作で首を振る。
「まさか。その様なことをするはずがないでしょう?」
「いや、『くたばれ』って言ったよね?
言ったよね!?」
即座に横からオリバーの突っ込みが入る。
思わぬ展開に驚いているのは年若い吸血鬼も同じだが、
明確な不備を指摘せず終わるには、
彼は場数を踏みすぎていた。
具体的には冗談が服を着たような山羊足の魔術師と、
付き合いが長すぎた。
オリバーの突っ込みに反応したジィゾが、
そちらを軽く振り返った隙に、
遅ればせながらジャルはその場を飛び退き、
体制を整えた。
全く、我ながら鈍重に過ぎる。
本来であれば最初の一撃を認識した時点で動くべきだ。
各種族の重鎮が集まり、
迂闊な言動は慎むべき場であったとしても、
不意打ちに対応できないなど、油断ですむ話ではない。
長く続いた平和で緩みきった己に舌打ちしながら、
改めて白鳳は人型機械を睨んだ。
ジィゾのオリジナル魔法、掌で魔力を凝縮し、
球状にして叩きつけるリヒターガベルは、
属性を持たない代わりに純粋なエネルギーとして、
確実に当たったものを圧砕する。
現にジャルが座っていたソファーには、
焦げ臭い煙を上げる黒い穴があいており、
僅かでも掠っていれば軽くない傷を負っていただろう。
一体、何の謂われがあって、そんな目に遭わされるのか。
「一体どういうつもりだ、ジィゾ。
返答如何によっては俺も黙っていられねえぞ。」
自覚や品位が足りないと多々指摘を受ける身であるが、
ジャルにもプライドや立場というものがあった。
新参者の人型機械に舐められて、
笑っていられるほど、気楽ではない。
死闘に挑む心構えを持って白鳳は静かに問い、
回避か制止、どちらを選んだか知れないが、
吸血鬼の青年も無言で居住まいを正した。
全面戦争の一歩手前に変わった緊迫した場を、
どう認識しているのか。
ジィゾは造り物の顔に微笑を湛え、整った眉を下げた。
「いや、申し訳ありません。私としたことが、
初歩的なプログラムミスを犯してしまいました。」
「プログラム、ミス?」
何を言っているのかと、
ジャルが大きく顔を歪めたのは勿論、
オリバーも柳眉をひそめる。
「間違って、攻撃したってこと?」
軍用とするべく改良されたため、
ジィゾの機能は単なる業務補佐で止まらないが、
暴発しては話にならない。
安全性は基より欠陥品と言わざるを得ないミスを問われ、
人型機械は大きく首を振った。
「まさか。作業内容、動作は勿論、
対象認識と攻撃許可の有無を、
しかもこの様な平時に誤るなど、話になりません。」
微笑みと共に否定され、
オリバーは僅かに逡巡し、顔をしかめた。
「確かにそんな誤作動するんじゃ、
試作品以前の問題だよね。」
製作会社の派閥争い、軍部からの横やり、
古代メモリーファイルの再生産が不可能などの理由から、
量産にこそ至らなかったものの、
ジィゾは技術の粋を極めた最新型モデルだ。
持ち主の意図に反して逃走したなど、
プログラムに全く問題がないとは言えないとはいえ、
安全性には他より厳重なチェックが入るはずであり、
安易に作動ミスを犯すとは考えがたい。
古代のルール、
ロボット三原則にも外れた不可解な行動に、
ますますオリバーは首を傾げたが、
それを押し退け、ジャルは前に出た。
「じゃあ、何だってんだよ。
どちらにしろ、手を出した理由があんだろ。
言い訳があるなら、さっさとしろ。」
彼にすればミスにしろ、意図的にしろ、
攻撃された事実は変わらない。
それなりの落とし前をつけねば引けないが、
だからこそジィゾの言い分を聞く必要がある。
迫られて、人型機械はもう一度首を振った。
「いえ、ですから攻撃する意図はございませんでした。」
「ソファーに大穴開けといてか。」
「ええ、そこがプログラムミスだと。」
明らかに殺傷威力を持つ行動をとっていながら、
攻撃の意図がないとする不可解な回答に、
ジャルが顔を歪めても、ジィゾはただ、
困ったように眉尻をさげるばかり。
「じゃあ、何をするつもりだったわけ?」
じれたオリバーが結論を求めれば、
人型機械は言いづらそうな見かけを整え、回答した。
「先ほどのジャルの態度は一般的に、
“目に余る”行動に属していると認識しました。
したがって、迅速且つ最も効果的な方法で、
改善を促すべきだと判断したのですが。」
言われてみれば、確かについ先ほどまで、
ジャルは思い切りダラケていた。
幾ら休憩中といえど、
他人様の居城で菓子を口にしつつ、
ソファーでひっくり返っているなど、
一族の代表としても、魔王会議出席権所有者としても、
口が裂けても好ましい行動とはいえない。
むしろ、風紀を乱し会議の格を落とす行為として、
非難を受けても仕方がなく、
事実オリバーから居住まいを正すよう、
強く注意されていた最中だった。
「今までの累積データからすれば、
単なる警告では効果がみられないのは明らかであり、
ならば、少々暴力的ではあっても、
物理的損害がない程度で、
現状を変化させられる方法を実行したのですが、」
ここで一旦区切り、やれやれと人型機械は首を振った。
「加減を誤りました。」
そういって苦笑するジィゾに、
オリバーとジャルは大口を開けた。
しばし沈黙が流れたが、現状を把握したのは、
やはりオリバーの方が早かった。
「つまり、要約すると、
他人ん家で行儀悪くふんぞり返ってるから、
直さざるを得ないようにし向けたってこと?」
「有り体に言えば、そうですねえ。」
彼が下した大雑把な纏めをジィゾはあっさりと肯定し、
ジャルの苦情スイッチがONになる。
「違うだろ! そのやり方は違うだろ!
大体全然物理的損害がない程度じゃなかっただろ!」
頭から怒られて、
今更ながらジィゾは心底辛そうに俯いた。
「そうなんですよ。
貴方に被害がないことを基準にしたため、
ソファーに穴を空けてしまいました。
こんな初歩的な計算ミスをするとは、
実にお恥ずかしい。」
「反省点はそこ!?」
論点がずれたジィゾの認識に、
ジャルの声はますます大きくなる。
「ソファーより、まず俺の心配するところだろ!
一歩、避け損なったら死んでたぞ!
十分被害があるじゃないか!!」
「しかし、避けられますでしょう。」
怒鳴り散らす白鳳を前にして、飄々と人型機械は言い、
避けられなかったらどうするつもりかを問われる前に、
試算を述べた。
「まさか、白銀の稲妻ともあろう方が、
あの程度避けられないはずがありませんからね。
何の問題もないかと。」
「その割に『チッ、はずしたか』って、言ったよね。」
穏やかに語るジィゾに、ぼそりとオリバーが呟く。
それも軽いブラックジョークだと流された。
確かにジャルは仮にも他と一線を引く、
実力を認められた魔王の一人であり、
機動力を最大の武器としている。
如何なる場所でも不意打ちに対応できないようでは、
話にならないのは勿論の事、ジィゾの攻撃も、
思い返せばそこまで早いものではなかったのも事実だ。
だが、だからといって、
殺気を帯びた攻撃を仕掛けて良いはずもない。
そもそも、魔王会議の正式名称は多種族合同協定会議。
文化、歴史、価値観がどれだけ異なっても、
お互いを尊重し、差違は話し合いで解決すべきであり、
まさか、態度が悪いと言うだけで、
武力で正すなど、以ての外である。
以ての外ではある、が。
「けど、そういうことなら仕方ないね。」
オリバーはあっさりと納得した。
「ああ!?」
突然の離反にジャルは驚愕の声を上げたが、
吸血鬼の青年は冷静に判決を下した。
「実際、口で言ってもジャルは動かないもんね。」
どちらに対してなのか、
諦めた口調で溜息をつくオリバーに、ジャルは抗議する。
「だからって限度があるだろ!
これを許したら死者が出る! 死者が出るぞ!」
「けど、どんな場所にもルールがあって、
違反すれば注意を受けるのも、
改善を求められるのも当然でしょ。」
「死傷者をだして仕様がない改善要望ってなんだよ!」
「その辺はプログラムミスだって、
ジィゾも認めて謝ってるじゃない。
誰にも間違いはあるんだし、許してあげなよ。」
「謝って済むようなミスじゃないだろ!」
重ねて抗議を繰り返してもオリバーの判決は覆らず、
ジャルは原因を振り返った。
「プログラムミスでもエラーによる誤作動でもなんでも、
これじゃ困るだろってんだよ!
ジィゾ、お前の安全基準ではどうなんだ!?
問題じゃないのか?」
「状況判断を誤り不適切な行動をとったのは事実ですが、
惑星破壊爆弾までは出さなかったのでセーフです。」
「アウトだ!!
てか、そんなん持ってるの、お前? 怖いよ!!」
冷静な回答に状況が悪化する。
どれだけ怒鳴ってもジィゾの涼しげな笑顔は変わらず、
オリバーも未来の世界の人型ロボットだもんね等と、
頷くだけ。
早い段階で抗議するだけ無駄と悟り、
ジャルは脱力と共に床に両手をついた。
「もういい、判った。俺が悪かった。」
「しかし、ソファーを傷つけてしまいました。
リカルド殿に謝罪と賠償をしなければいけませんね。」
「大丈夫だよ。ジャルが悪いって判ってくれるよ。」
大人しく敗北を認めた時には、
吸血鬼の青年と人型機械の興味はそこになく、
館の主を探して、すたすた去っていく二人の背を、
ぼんやりとジャルは眺めた。
なんなの、これ。余りに俺の扱い雑じゃない?
沸き上がる虚無感を持て余し、
床に座り込んだ彼のところへ、
何処からともなくホムンクルスのヌルが現れて、
とことこと歩み寄ってきた。
と、思う間もなく身の危険を察し、
白鳳がその場を飛びのけば、
彼がいた箇所に重い拳が叩きつけられた。
ドンという鈍い音が響いたことからも、
結構な衝撃があったであろうに物ともせず、
悪びれた様子もなくヌルは拳を戻し、
繰り返された襲撃にジャルは諦めと共に問う。
「なあ、お前は何のまねだ?」
「床に、座り込むのは、行儀が悪い。」
当然のようにジャルの不備を指摘するホムンクルスに、
白鳳は形ばかり重ねて問うた。
「乱暴だとは思わないのか?」
「誤作動。」
感情がないとされる人造生物の顔には、
表情筋をほとんど使っていないくせに、
どうだと言わんばかりの内面が如実に現れていた。
「あのな、ヌル、よく覚えとけよ。」
全く、ジィゾから習うのは、
文字と声帯を使った話し方だけに、
止めておけばいいものを。
穏やかな笑顔を浮かべてジャルはヌルの横に並び、
妙な知識を学んだホムンクルスの肩を、
ぽんぽんと叩き、ぐっと爪に力を込めてつかんだ。
「その言い訳はジィゾしか使えねえんだよ。」
重ねてになるが、
自覚や品位が足りないと多々指摘を受ける身であっても、
ジャルにはプライドや立場がある。
仮にも一族の代表に対する礼儀というものを、
きっちり叩き込まれたホムンクルスは、
顔に幾つも刻まれた青あざをさすりながら、
「不可解。」とだけ呟いた。