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高性能装備の入手方-課題未だ攻略できず、その1。

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高性能装備の入手方-課題未だ攻略できず、その1。




ちゃおの愛称で呼ばれる小さい黒魔法使い、瀬戸千晴が、
魔王中の魔王に高性能装備を作ってもらうと、
約束を取り付けて、数ヶ月が経った。
もう一ヵ月で年の瀬だ。
要求された材料と、
週末にしか動けないことを考えれば仕方のないことだが、
時間が掛かり過ぎている。
頼みのユッシも、まだ、宛が見つからないらしい。
出来れば、今年中に入手したかった。
未だ借金の返済が山のように残っているが、
現物さえ押さえられれば、資金繰りにも、
モチベーションを保つにも、大いに役立っただろうに。
再来週のクリスマスプレゼントとして、
残りをおまけして貰えないかなどと、
あり得ないことを考えて、千晴は大きくため息をついた。

既に由来は消え失せてしまい、今ではよく分からないが、
もうすぐやってくるクリスマスは、
元々、アース神族に属する祝いごとではないらしい。
さりとて新年を迎える儀式は必要なので、
今後もなくなることはなさそうだ。
子供たちにプレゼントを配る白髭の老人は、
現在、主神オーディンと同一視されることが多い。
戦の守り神が配るプレゼントには、
これをやるから、戦いに備えて精進しろとの意味が、
裏に込められていそうで、
千晴はどうも好きではなかった。
何より、血塗れを連想させる赤い服というのがよくない。
多くの敵をほふった歴戦の戦士であることを、
示すのかもしれないが、生々し過ぎる。
いつか突きつけられる現実かもしれないが、
子供の情操教育にどうなのと思う。

そのくせ、欲しい物は戦うための道具で、
しっかり貰うつもりというのも矛盾しているが、
送り主となるべき魔王は、イベントの意味など気にせず、
ごちそうを食べる日としか認識していまい。
ただの慣習なら、何を貰ってもいいはずだ。
オーディンの意図を全面否定しているわけでもない。
どうせ貰うなら、何も気にせず喜びたいだけだ。
「でも、カオスさんはそんなに甘くないしなー」
そんな緩和処置を強請っても、
装備作成依頼を引き受けたこと自体が、
プレゼントだなどと言い返されて終わるだろう。
やれやれと肩を落とし、上の空で基盤の駒を動かしたら、
サックリ告げられた。
「ほい、チェックメイトですな。」
「え!? あれ? 何時の間に!」
慌ててゲームに戻っても、すでに遅し。
逃げ道を探して、見つからないことを認め、
千晴はぐったりと机に突っ伏した。
「また、やられたお・・・」
「まだまだ、甘いねえ。」
「ちゃお坊には、まだ負けられませんよ。」
小さい黒魔法使いが降参したのに、
台所で養母、紅玲が呆れた様子で隻眼を瞬かせ、
当然と言わんばかりに、対戦相手の祀が鼻で笑う。
「ちぇ、もう一回やろうよ。」
「別に構いませんがね、結果は同じでさぁね。」
再戦を挑むも簡単に格下扱いされて、
千晴はぷうと頬を膨らました。
今に見ていろとぶつぶつ言いながら、
駒を配置に付かせていたら、
玄関の戸に取り付けられた鈴がチリリとなって、
メンバーの帰宅を告げた。

「ただいまー お、祀とちはも帰っとったん?」
「敦さん、お帰りなさいー」
「おかえりっす。」
「おかえり。」
凍り付くような寒さを物ともせず、
黒髪の拳闘士、敦が狩りから元気よく戻ってきた。
挨拶もそこそこに、
大きく開け放した戸の向こうへ声をかける。
「んじゃ、すぐ戻るから、ちぃと待っといてや!」
誰か、外に待たせているらしい。
12月の寒波を考慮しない無神経に、
紅玲が口元を歪める。
「あがって貰いなさいよ、寒いし。」
「せやけど、すぐ済むし。」
「いいから、あがって貰えっての。
 それとも、紹介できない友達なわけ?」
「人聞き悪いわ、失敬な!」
簡単な押し問答の末、敦は連れてきた友人を、
部屋の中に招いた。
「寒いから、入ってもらえって。」
「いいよ、ここで待ってる。」
「あげんと、わいが怒られるんよ。」
外でも軽く揉めたあと、敦の招きに顔を出したのは、
彼と同じく黒髪茶瞳の白魔法系職二人組だった。
『おやまあ、めずらしい。』
思わずと言った様子で、紅玲が故郷の言葉を使い、
祀も目をしばしばと瞬かせた。

東洋出身者は人口の集中しているベルエ王国の首都、
シュテルーブルでも、そう多くない。
その上、彼らは紅玲の言葉に反応して、
同じ言語で返してきた。
『こんにちは。お邪魔いたします。』
『敦が、いつもお世話になっています。』
千晴はもう、すっかり忘れてしまったが、
それがヤハン語だと言うことは分かった。
極東の容姿でヤハン語の分かる白魔法使いと来れば、
フロティアの東、ミミット村の白魔術学園関係者、
と言うより、敦と同じく、
十数年前にヤハンから派遣されてきた、
竜王討伐支援隊由縁の者に違いない。
「今、ちょうどお茶を入れてるところなんで、
 大したものは出せないけど、
 どうぞ、あがっていってください。」
ただの友達ではないことを紅玲も悟ったらしい。
彼女も彼らと同じ、遠国ヤハンの出身だ。
同郷の客が単純に嬉しいようで、
言葉こそ、こちらのものに直したものの、
丁寧に彼らに席を勧めた。
「いえ、でも、すぐに失礼しますので、
 お気遣いなく。」
それでも遠慮がちな事に、
彼らは誘いを辞退しようとしたが、
敦が突き飛ばすように部屋にあがらせ、
さっさと扉を閉めてしまう。
「ええから、あがってけって。」
「そうそう、今ならお茶うけもあるし。」
言いながら、紅玲が準備を始め、
千晴と祀も机の上を片づける。
再三の誘いに、ようやくその気になったらしい。
二人はお互いに顔を見合わせ、頭を下げた。

「それじゃ、お言葉に甘えて。」
「ありがとうございます。」
やはり外は寒かったのだろう。
二人は暖かい部屋の空気に顔を綻ばせ、
分厚いフードを脱いだ。
身支度が整ったところで、敦が紹介を始めた。
「わいの幼なじみの、歩と一太や。」
「本間歩です。」
「相田一太郎です。
 敦が、いつもご迷惑をおかけしてます。」
歩と一太郎、身なりからして、
ホワイトマジシャンとグラップラーが、
丁寧に頭を下げるのに、紅玲も頭を下げ返した。
「これはご丁寧にどうも。
 瀬戸紅玲です。」
「そんで、むこうが姐さんの養子の千晴に、
 自分らも知っとるやろ、小日向祀や。」
乱雑な敦の紹介に、千晴も頭を下げ、
祀も気負いのない様子で返事をした。
「初めまして、瀬戸、千晴です。」
「小日向祀です。どーも。」
「初めまして。お邪魔いたします。」
千晴と祀の挨拶に、人懐こく歩は頭を下げ、
したり顔で一太郎は頷いた。
「ああ、こないだ敦が手酷くやられた剣士な。」
「やられてないわ! ちぃと手間どっただけや!」
祀と敦は友人であると同時にライバル関係にもある。
どこぞの模擬試合で一戦交えた時の話だろう。
手厳しい認識に敦が噛みつくが、軽く流された。
「ちょっとって、
 全然スピードに付いていけなかっただろ。」
「んなことないわ!」
「じゃあ、そういうことにしておいてやるよ。」
いつものことなのか、完全に敦をスルーする一太郎に、
歩が困った顔をした。
恐らく、普段は止める役割とみたが、
彼は彼でそわそわと落ち着かない様子だ。

「瀬戸、紅玲さんって、あの、
 クラウドカフェの、紅玲さんですよね?
 僕、ファンだったんです!
 よかったら、サインいただけませんか?」
簡単な挨拶が終わり、我慢できなくなったのか、
歩が憧憬の篭もった声を上げる。
「歩、失礼だぞ!」
「あ、ごめんなさい。」
公の場でもないのに馴れ馴れしく騒ぐなと、
一太郎に叱られて、
みるからにしょぼんと肩を落とすのに、紅玲が苦笑した。
「いや、もう、何年も前のことなのに、
 未だに覚えてくれている人がいるのは、
 嬉しいですよ。」
以前、養母はイベントギルドの幹部だった。
隣国ソルダットランドの小さな身内の集まりを、
今では知らぬ者がいないほど、
有名なギルドにしたてあげた古参の一人であり、
イベントの進行係として重要なポジションにいた。
そもそも、東洋生まれでありながら黒髪ではなく白髪、
若くして隻眼、加えて白魔法唯一の全体攻撃魔法、
ジーベンヴァイスの使い手と、只でさえ紅玲は目立つ。
そこに公の場で活動をしていた事が加わって、
ギルドを脱会して数年たった今でも、
顔を見知っている者は多い。
『まあ、ママは美人さんだから、仕方ないお。』
いつものことと、千晴はそっと腹の中で息をついた。
母が有名人として騒がれ、扱われるのは慣れている。
敢えて言うなら、
同じくイベントキャラクターをしていた自分にも、
気がついて欲しいぐらいのものだ。
それより、気になる事が他にある。

「でも、お噂は俺も伺ってます。
 高速詠唱で、攻防一手に引き受けられるとか。」
「いやいや、それは多分、
 うちのユッシと混ざったんでしょう。
 あたしはそんな大したもんじゃないですよ。」
「白魔導士ともあろう方がご謙遜を。
 機会がありましたら、是非、
 狩りにご一緒していただきたいものです。」
社交辞令を続ける一太郎は、
グラップラーに多い筋骨隆々と言った躰ではない。
スピード重視のアウトファイターなのだろう。
引き締まった痩身で、涼しげな容姿に加え、
意志の強そうな目元が印象的で、
ちまたの女の子が黙っていない顔立ちだ。
でも、その辺はどうでもいい。
相方をミーハーだと叱りつけておきながら、
態度がどうも怪しいのだ。
マザコンの勘がビンビン反応している。
場合によっては間に入るつもりで、
千晴が居住まいを正すと同時に、
がたりと椅子が動く音がした。
振り返れば、祀が難しい顔で姿勢を直したところだった。
上司の鉄火と紅玲の関係に深く携わり、
その改善を望んでいる、
簡単に言えば寄りを戻して欲しがっている祀としては、
お邪魔虫の出現に黙っていられまい。
目配せをして、思いは一つである事を確認する。

ボクらの目の黒いうちは、勝手な真似は許さんぞ。

全く、狩りの誘いと見せかけて、
養子の目の前で母親をナンパとはふてぇ野郎だ。
グルルルと口には出さずに唸り声をあげ、
邪魔するタイミングを伺う千晴の目の前で、
紅玲がヘラッと笑った。
「まあ、それは兎も角、ごゆっくりどうぞ。」
そのまま、お茶の準備に台所へ戻ってしまう。
ふにゃっと、千晴は気合が抜けるのを感じた。
あれは「悪かないけど、好みのタイプじゃないわー」の、
ヘラッだ。
紅玲に興味がないのであれば、
一太郎が頑張っても大した効果はないだろう。
安心して、千晴は机を片づける作業に戻ったが、
祀の考えは違ったらしく、そのまま立ち上る。
「そういえば姐さん、こないだ手に入れた文献で、
 ちょいと見て欲しい物があるんすけどね。」
「何だい、急に。」
「今、思い出したんすよ。
 また、忘れないうちに見てください。ほら、早く。」
たった今、考えたのが見え見えの、
手抜きな理由を付けて、紅玲を上の階へ追い立てる。
「じゃあ、そういうわけで、ちょっと失礼します。」
なんだか分からんと、不可解そうな紅玲を移動させ、
大層無愛想に祀は敦に忠告した。
「お連れさんはなんか用事があったんじゃないんすか。
 あんまり引き留めるのも迷惑ですぜ。」
「あ、せやった。ちぃっと取ってくるわ。」
ちょっと、部屋まで行ってくると断りを入れて、
敦も二階へ向かう。
そのまま紅玲を追い立てつつ、
三人まとめて階段を上っていくのに、
残された来客は顔を見合わせた。

「なんか、失礼なことしちゃったかな?」
歩が不安そうに聞いてきたが、
千晴は素知らぬ顔で首を振った。
「いえ、祀さんはあれで人見知りするタイプですから、
 お気になさらないでくださいお。」
「人見知りして、という感じじゃなかったが・・・」
困惑した様子で一太郎も首を傾げるのに、心の中で呟く。
『お前のせいだお。』
尤も、それを態度に出すような間抜けはしない。
母の代わりにお茶の準備を進める。
「外は寒かったでしょう。
 今、温かいお茶が入りますお。」
「え、いいよ、あぶないよ!」
見かけに偽りなく、
年齢的にもまだ幼いといって差し支えない千晴が、
椅子に上って、熱いお湯の入った薬缶に手を出すのに、
慌てた歩が止めに入った。
「大丈夫、大丈夫。」
白魔術士を片手で制すと、
危なげなく薬缶のお湯をティーポットに移し、
残ったお湯はコップに注ぐ。
次に戸棚から、ケーキとお皿を引っ張り出し、
盛りつけが終わると、
暖まったコップのお湯を捨て、お茶を入れる。
ここまで問題なく支度を整えたのだが、
運ぼうとしたお盆は流石に取り上げられた。

「こぼしたら、危ないから。」
千晴自身はそそっかしいギルドのメンバーたち、
例えば新米騎士のポールや、
いい加減なアサシン、ジョーカーなどに比べれば、
余程上手にお茶を出せると思っているが、
初対面の歩からすれば、
若干7歳の子供が熱いお茶の乗ったお盆を運ぶなど、
危なっかしくて見ていられないだろう。
「お手数おかけします。」 
大人しくお任せすることにして、
自分も適当に退席しようと考えていると、
一太郎に褒められた。
「随分、手際がいいなあ。
 お母さんのしつけがいいんだな。」
「まあ、これくらいなら。」
自分は兎も角、母親をほめられれば、
自他共に認めるマザコンとして、悪い気はしない。
鼻の穴を膨らませた千晴を持ち上げるように、
歩も大きく頷いた。
「流石はブロウブルグ最大イベントギルド、
 クラウドカフェの看板息子、千晴君だね。」
隣国ソルダットランド首都でトップを走るギルドの、
イベントキャラクターはやはり違うと感嘆される。
「いやぁ、それほどでも。」
学業では天才児として褒められ慣れているが、
アイドルとして認められるのは、やっぱり格別だ。
デレッと相好を崩しかけ、慌てて我に返る。
危ない危ない。
この二人は危険度は低いとはいえ、母に近寄る悪い虫だ。
油断は禁物、丸め込まれてはならんと、
実に失敬なことを考え、コホンと咳をして態度を改める。
「ボクのことも、ご存じでしたか。」
「それは、勿論。」
慇懃な態度は素っ気なさとしてではなく、
子供の背伸びとして好意的に受け取られたようで、
屈託なく、歩は笑った。
「有名だからね、千晴君は。
 僕も昔、君がお母さんと一緒に、
 イベント会場の司会をしてたの観てたけど、
 小さい子が大人張りに進行役をやってるんで、
 凄く吃驚したよ。」
「子供の怖いもの知らずで出しゃばっただけで、
 今となってはお恥ずかしい話ですお。」
手放しの賞賛に一応謙遜するも、再び顔が緩む。
グラップラーの方はまだしも、
こっちの白魔術士とは仲良くしてもいいかなと、
千晴は考え直した。
中級職では、ギルドの白魔導士、
ユッシや紅玲達よりワンランク下がるが、
白魔法系職の知り合いは、
多い方が色々と都合がいいとも聞く。
うまくやれば、最近富にハードになってきた、
ユッシのスパルタ指導からおさらば出来るかもしれない。
そんな狸の皮算用を、
ふぇぇと頼りない泣き声が遮った。
奥の部屋で魔王の小さい愛娘、
キィが昼寝をしていたのを思い出す。

「きいたん、今いく! お兄ちゃんが今いくよ!」
小さいながら大胆な行動の多いキィだが、
変なところで寂しがりで、独りぼっちを激しく嫌う。
すぐ、側へ行ってやらねば、
例え隣室に人がいても、寝ている間に一人にされたと、
大声で泣き出すに決まっている。
来客中に喚かれては大変だ。
千晴は大急ぎで引き戸を開け、
布団の中でもがいているキィを引っ張りだし、
ぎゅっと抱きしめた。
「ちゅく、ちゅく、えっえっ」
「はいはい、ちゅくもあるよ、ルーもいるよ。」
起きて早々おしゃぶりを欲しがるのを、口に突っ込み、
大好きなぬいぐるみも、押しつけるように抱かせる。
「お兄ちゃんがいる、お兄ちゃんがいるからね!」
ぬいぐるみごとキィを抱きしめてあやすと、
小さい人はぐずりながらも落ち着いて、
おしゃぶりをチュクチュク言わせながら、
居間の知らない大人を不安そうに見上げた。
そこへドタドタ足音をたてて、
敦が階段を駆け降りてくる。
「おまたせ、っと、きいこも起きたんかい。」
そのまま、千晴からひょいとキィを受け取ると、
高く持ち上げた。
「ぎょうさん寝てたなあ。おはようさん!」
暇をみてはよく遊んでくれる敦が、キィは大好きだ。
お気に入りのお兄ちゃんが戻ってきたので、
にこにこ笑いだし、千晴もほっと一息つく。

「ほい、お待ちどうさん。」
片手でキィを抱えたまま、敦が小さい袋を一太郎に渡す。
「じゃあ、確かに。」
「ちっちゃいなあ、可愛いねえ。」
中身を確かめもせずに、一太郎は袋をしまい、
キィの登場に歩が顔をほころばせる。
「姐さんの師匠の娘さんや。
 ほら、きいこ、兄ちゃんのお友達やで。
 あいさつしい。」
落ち着いてしまえば、知らない大人への恐怖より、
好奇心が勝るようで、敦にあやされながら、
キィは不思議そうに二人へ小さい右手を伸ばした。
恐る恐る歩が近づけた指を、
ぎゅっとつかんでぐいっと引っ張る。
「ひゃあ、結構、しっかり掴めるんだね。」
思った以上の握力に、白魔術士が小さい悲鳴を上げる。
キィに限らず、幼児は意外と力が強いものだ。
怖がる様子がないので、敦がキィの顔を見ながら言う。
「だっこしてみるか?」
「えっ、泣かない? 泣かないの?」
「わからんけど・・・」
敦が歩へ手渡す仕草をすると、
キィも嫌がらずに両手を伸ばし、
ひょいっと移動してしまう。
「うわー・・・ちっちゃくて、軽いねえ。」
「人見知り、しないなあ。」
孤児院にここまで小さい子はいないらしい。
如何にも慣れてない様子の歩に、
不器用な手つきで抱かれても、
キィは平気な顔をしている。
その度胸に感心した様子で、
一太郎が幼児の顔をのぞき込む。
抱っこしてみるかと、歩はキィを手渡そうとしたが、
一太郎は慌てた様子で、俺はいいと両手で拒否した。
興味はあるが、泣かれては大変というところだろう。

そっと壊れものを扱うように、キィを敦に返した歩は、
何をしたわけでも、されたわけでもないのに、
大きく息を吐いた。
「なんか、こっちが緊張しちゃうねえ。」
「だな。」
まるで肩の荷が降りた様な苦笑いに、
一太郎が同意する。
それを期にして、二人は退席を宣言した。
「じゃあ、帰るか。」
「どうも、お邪魔しました。」
「え、もう帰っちゃうの?」
折角お茶を用意したのに、手もつけていない。
友好関係を築こうと考え直したのを、
相手から拒否されたようで、千晴は口をとがらせた。
「せやで、今更急いだってしゃあないし、
 出した茶菓子ぐらい、食べてき。」
「ユーリさんのケーキは、凄く美味しいんだよ!」
敦が引き留めるのに、そうだそうだと同意する。
「でも、なあ。」
この後、用事でもあるのか、
眉を寄せて一太郎が歩を振り返れば、
白魔術士も困った顔をしたが、
諦めたように首を横に振った。
「確かに今からじゃ遅すぎるし、
 ミミットに帰るのは、明日にしようよ。」
「そうか・・・そうだな。」
ようやく二人は勧められた席につき、
千晴もさりげなく、敦と共に向かい側に座った。

「しかし、なるべく早く、学園長に知らせないとな。」
「もしかしたらとは思っていたけど・・・
 見間違いにしては、似てたよね。」
「ここで揉めてもしゃあないやろ。
 判断は先生に任せるしかないわ。」
座ると同時に難しそうな顔と話題を広げた三人に、
千晴は目をぱちくりさせた。
何の話と聞きたいところだが、
下手に問いただせば、子供は関係ないと、
追い出される可能性が高い。
ここは静かに成り行きを見守ろうと、
心持ち小さくなって、お茶をすすった。
「元々、関わるんは気が引ける相手やし、これを機に、
 ベネッセは全面立入禁止でええんやないの。」
腕の中のキィをあやしつつ、
尤もらしいことをいう敦に、一太郎が顔をしかめた。
「それを言うなら、俺は始めから嫌だと言ったんだ。
 なのに、お前がどうしてもって言うから。」
「どうしてもとは言うとらんやろー
 ただ、確認ぐらいはしとかんと。」
「そうだよ。
 噂だけじゃ、やっぱり僕だって落ち着かないよ。」
あまり仲がよい方ではないのか、
再び口論になりかけるのを歩が止める。
眉間にしわを寄せたまま、一太郎はお茶をすすった。
「仮にデザと関係なかったとしても、相手は人狼だぞ。
 他の魔物とは意味が・・・」
「えっ、人狼!?」
今、千晴に最も熱いキーワードに思わず反応してしまう。

唐突な乱入に、
ヤハンの白魔法使い達は驚いて会話を止めたが、
すぐに敦が訳知り顔で千晴の肩を叩いた。
「毛玉なら拾えんかったし、これからもないで。」
「わ、わかってるお。
 ちょっと、吃驚しただけだお。」
ベネッセと聞いて、もしやと思ったが、
まさか本当に人狼と関わってきたとは。
これは情報ゲットのフラグかもしれないぞと、
千晴はつばを飲み込んだ。
「何だ、毛玉って。」
小さい黒魔法使いが真剣な顔で絡んできたのに、
一太郎が眉間のしわを深める。
「なんか、帽子作るとかで、欲しいんやて。」
「うん、ほんのちょっとでも、いいんだけど。」
まだ、やっていたのかと言わんばかりの口調で、
どうでも良さそうに敦が説明する。
大きなお世話だと若干の反感と期待をまぜこぜにして、
千晴は口をもごつかせるように補足した。
「人狼の毛ねえ・・・時期が悪いな。」
「うん、せめて、もう少し前ならね。」
ミミットの二人組の反応に、
紅玲の出した推測が正しかった事を千晴は確信した。
「少し前なら、なんとかなったのかお?
 その話、もう少し詳しく教えて欲しいお!」
「今すぐ手に入るような話やないで?」
あからさまに目の色を変えて食い付いたのに、
呆れた敦が止めに入ったのを、千晴は乱暴に押し退けた。
「判ってるお! 人狼について、聞きたいだけ!」
豹変した千晴をどう扱えばいいのか、
対応に困ると歩と一太郎は顔を見合わせ、
回答らしきものを口にする。
「今は毛が抜けるような時期じゃないし、難しいよね。」
「正月の餅つきには、多少集まるだろうが・・・
 やっぱり確実なのは秋口か、春先だな。」
その中の聞き捨てならないキーワードに、
ますます千晴は身を乗り出した。
「なに、集まるって? まさか、見に来るの?
 人狼が? 餅つきを?」
ヤハン名物の一つ、もち米を蒸して突いた餅は、
千晴の大好物だが、滅多に食べられるものではない。
是非、自分も参加したいイベントだが、
人間である千晴がそう考えるのは自然としても、
人狼が興味を持つのだろうか。
二重の意味で混ぜてもらえないかと涎がでてくるのを、
大急ぎで啜る。

「くるよ。」
「あいつら、結構好奇心旺盛だしな。」
あっさり肯定されて、また、驚く。
「そんなに身近な存在なの?」
人狼は見つけるのも難しい、
超レアな魔物ではなかったのか。
接触が可能で、
人間の行事に参加するほどフレンドリーであれば、
直接交渉の余地もあるかもしれない。
千晴は目を輝かせたが、ミミットの白魔法使いたちは、
失敗したと言わんばかりに顔をしかめた。
「おい、この子、どこまで喋っても大丈夫なんだ?」
「姐さんの子やし、
 滅多なことはないやろうけど。」
非難を含んだ口調で一太郎につつかれ、敦が首を傾げた。
「近くまでくるからって、
 仲が良いわけでも、安全でもないよ?」
勘違いしてはいけないと歩も真面目な顔をする。
「一定の境界線を、僕らが決して破らないからこそ、
 見逃して貰っているだけで、
 一歩間違えば、村ごと潰されてもおかしくないんだ。」
優しく窘められて、千晴は顔を真っ赤にした。
「そ、それはわかるお。余所者が問題を起こしたら、
 一番困るのは現地の人だお。」
迂闊な行動をとって、人狼との関係が悪くなれば、
ミミットが受ける被害は計り知れない。
謝ってすむ話であればいいが、下手をすれば、
村を捨てねばならなくなる可能性だってある。
元々廃村であったミミットを使えるまで開拓するのは、
並ならぬ苦労があったであろう。
また、孤児院もかねている白魔術学園が潰れれば、
小さい子供が大勢路頭に迷う。
どう考えても千晴では責任がとれず、
慌てて、関わらないことを宣言する。
「珍しい魔物だから、見てみたかっただけで、
 実際にそちらにお邪魔することがあっても、
 側には絶対近寄らないし、森にも入らないお!」
「それがいいよ。」
「下手すれば、皆殺しにされかねんからのー」
首をぶんぶん振って否定する小さい黒魔法使いに、
歩が苦笑し、敦が怖いことを言った。
予想よりも遙かに酷いことになりうると知って、
千晴は顔を青くし、
小馬鹿にしたように一太郎が鼻先で笑う。
「それを知ってて森に入る奴も、居るけどな。」
「あれはもう、時効やろ!」
すぐさま敦が反応したので、先日話していた、
昔、薬草を取りに行ったときのことだろう。
喧嘩になる前に歩が止めに入る。
「あれは仕方ないよ。敦君が行かなかったら、
 園長も助からなかっただろうし。
 二度とやっちゃいけないのは勿論だけど、
 見逃して貰えたんだから、もう良いじゃない。」
君とて園長に死んで欲しかったわけではなかろうと、
情に訴えられれば、否定はできまい。
「だから、鶏の代金集め、手伝ってやったろ。」
一太郎はこれ見よがしに嘆息したが、
それ以上の言い争いは起こらなかった。
ちょっと目を離すとすぐ喧嘩になるこの二人は、
ギルドの問題児二人組、ヒゲとジョーカーそっくりだ。
比べるにしても他になかったのかと泣かれそうな感想を、
千晴は心の奥にしまい込む。

「でも、そうすると、なんかの理由で森に入りたい時は、
 どうするんだお?
 狩りとかは勿論駄目だろうけど、
 例えば・・・たまたま飛んでっちゃったボールとかも、
 諦めなきゃいけないの?」
仕方がないとは言え、それは大層不便そうだと、
口にした疑問に、敦が首を振った。
「そういうんは、黙って待っとれば戻ってくるで。」
「早ければその場で投げ返されるし、
 遅くても、翌日には帰ってくることがほとんどだな。」
「戻ってくるの?」
一太郎まで当たり前のように言うのに、
千晴は目を見開いた。
わざわざ返してくれるなんて、
やっぱり親切なんだと思ったのだが、
現実はそんなに甘くないらしい。
「向こうからすれば、毒や爆弾だと困るだろ。」
「あー なるほどねー」
非常に実利的な理由に、千晴はがっくり肩を落とす。
「必ず一匹は近くで監視してるしな。」
「一週間に一度は、それっぽい影を見るよね。」
長年、隣接して暮らしており、ある程度の信用はあるが、
信頼はされてないと一太郎は言い、歩がそれを肯定する。

実質的に敵対していないはずの隣人にまで、
そこまで警戒の目を向けるとは。
人と狼は、やはりわかりあえないのだろうか。
腕を組んで唸った千晴の横で、敦が吐き捨てる。
「実際、そういうんがあったしな。」
「と、いうと?」
説明を求めて仰いだ白魔法使い達の顔は、
皆、苦りきっていた。
歩が溜息と共に教えてくれる。
「寄付と称して、
 爆弾入りのボールを持ち込んだ冒険者がいるんだよ。」
「え、なに、ちょっと、危ないよ、それ!」
一歩間違えれば、人間が被害に遭うと、
千晴は飛び上がった。
「森にボールが飛んでったと思ったら、
 爆発音と悲鳴が聞こえてなー おろおろしとる間に、
 知らん大人が森に飛び込んでくし、偉い驚いたわ。」
白魔術学園と孤児院を兼用しているミミットに、
ボールを渡せば子供達が使う。
子供のやることだから、一つか二つはなくしたり、
使ったまま、片づけられずに放置される。
森にだって、放り込むだろう。
それをじっと隠れて待っていたらしい。
眉間にしわを寄せた敦の説明に、
一太郎も苦々しげに口元を歪めた。
「後で調べたところによれば魔物特有の魔力を感知して、
 発動する仕組みだったらしいな。
 たとえ数ヶ月かかっても、
 人狼の毛皮や牙の値段を考えれば、
 採算がとれると踏んだんだろうが、
 その後、どうなるかは考えなかったようだ。」
確かに、幾ら人狼が強くても単体で手負いならば、
狩れないこともないだろうが。
「・・・酷いね、それ。」
最低のやり方だと、
千晴も不快感を隠さず、吐き捨てた。
極少数の斥侯しか立たない条件しかり、
子供の手を使うことしかり、
油断を付くといえば聞こえはいいが、
ミミットが積み上げた実績を利用した卑劣な策だ。
狩りが上手くいった後、
自分たちは逃げれば済むだろうが、
信頼を裏切った形となる現地の者がどうなるか、
想像に難くないであろうに、
よく、そんなことが出来るものだ。

「それでどうなったの?」
冒険者の風上にも置けない奴が、
酷い目に遭っていればいい。
黒い期待を込めて続きを促せば、
望み以上の答えがあった。
「どうなったも、こうなったも、
 森に入ったんは八つ裂きやね。」
「うへぇ・・・」
当然のように敦はいうが、
出来ればお目に掛かりたくない。
「ミミットは孤児院でもあるんでしょ?
 小さい子に見せていいもんじゃないお。」
どうして皆、情操教育に配慮しないのだろう。
首をすくめれば、歩が手を振って否定する。
「その辺は大丈夫、現場はうちじゃなかったから。
 ニースモナは酷い騒ぎになったらしいけど。」
「え、ニースモナ?」
突然出てきたミミットの南東、港町ニースモナの名前に、
千晴は口を大きくあけ、白魔術士は頷いた。
「冒険者の拠点が、あっちだったらしくて、
 被害者の自宅近辺に死体がばらまかれたんだって。」
鼻の利く人狼にとって、犯人の住所を突き止める事など、
さして難しくないのだろう。
「じゃあ、ミミットは?」
意外にも冷静な判断だが、引き金となったはミミットは、
何の責任も問われなかったのか尋ねると、
一太郎が肩をすくめた。
「幸い、うちは無関係なのがわかってもらえて、
 大きな被害はなかったんだけどな。」
それでも、森近くの畑が荒らされたり、
家畜が襲われたとのことだ。
事あらずとも、起こりそうな事例な気もするが、
通常、人狼の手に限らず、
森の獣も田畑を狙うことはないそうなので、
迷惑は被ったといえる。

「おかげで暫く、夕飯のおかずが貧相だったよね。」
「育ち盛りに対して、ありえん仕打ちやったな。」
「一度ならず、二度までも、か。
 今、思い返しても、ムカつくぜ。」
口々に文句を言う白魔法使いたちの態度は、
少々薄情というか、冷淡に思えた。
完全なとばっちりの上、他に受けた被害、
主に信頼関係の喪失などがあるのかもしれないが、
冒険者が死をもって償わされた事を考えれば、
夕飯のおかずの方が大事であるかのような物言いは、
褒められるものではない。
しばし考えた後、
耳の後ろを軽く掻きつつ、千晴は尋ねた。
「それでニースモナの人々は、
 カヴルク砂漠には、何をやらかしたんですお?」
唐突と思える質問を、
投げかけてきた小さい黒魔法使いに、
白魔法使いたちは、再び怪訝そうに眉をしかめた。
「何で、そう思う?」
訝しげに聞き返してきた一太郎に怯むどころか、
千晴は得意げに胸を張った。
「一度ならずって、言ったじゃない。
 ある商人組合が打った博打で、航路の閉鎖に併せて、
 ミミットがカヴルクに借りができたって話は、
 ボクも聞いてますお。
 その原因を作ったのがニースモナなんでしょ?」

ミミットは地理的に近隣の町、
外との接点が非常に少ない上、森の奥にあるベルンや、
森を迂回しなければならないシュテルーブルと比べ、
平地を直線で向かえるニースモナが一番近い。
ニースモナは漁港が発展して大きくなった町だが、
危険な魔物の生息地から離れており、
比較的安全なだけでなく、新鮮な魚介類や、
美しい自然が楽しめるリゾート地としても有名だ。
観光客が集まれば、商売人も集まるのは道理で、
商品の仕入れや護衛など仕事も多く、
冒険者も集まる賑やかで活気のある町と聞いている。
当然、生活用品の購入や、設備の修理など、
余所と取引する必要があるとき、物理的にも、
金額的にも交渉しやすいだろうし、
親しい交流があってもおかしくないのに、
敦達の態度は刺々しく、友好関係にあるとは思えない。
「であれば、冒険者の拠点があった以上に、
 何かあると予測でき、
 海路をつぶした組合とニースモナが繋がるのは、
 当然ですお。
 そもそも考えてみれば、フォートディベルエには、
 外向船が留まれる大きな港町自体が、ニースモナと、
 ランドフォスの二カ所しかないし・・・」
「よし、それじゃあ、帰るわ。」
「お邪魔しました。きいこちゃん、またね。」
「気をつけてのー」
演説の途中で、帰り支度を始めた白魔法使い達に、
千晴はカンカンになって噛みついた。
「まだ、話の途中でしょ! 
 情報は最後まで提供していって!」
「いやだよ、うっかりしゃべると、
 余計なことまで勘ぐられそうで!」
完全に逃げ腰の歩の裾を掴み、
逃がすものかと席に戻させる千晴の横で、
キィをあやしながら、敦がぼやく。
「下手に頭が回るんも、考えもんやのー」
大人の話が分かるはずもなく、
きょとんとしているキィのおしりをぽんぽん叩きながら、
黒髪の拳闘士は耳の後ろを掻き掻き、
溜息混じりに聞いてくる。
「ちは、海路の話なんて、どこで聞きつけたんよ?」
「祀さんが教えてくれたお。」
「祀か。しゃーないなー 
 あいつは本当、自分に甘いわ。」
困ったもんだと顎を撫で、首を傾げた幼なじみに、
それみたことかと一太郎が吐き捨てる。
「何だよ、結局お前が漏らしたんじゃないか。」
「ちゃうわ! 何でそう、決めつけるねん!
 確かにちぃっと、
 カヴルクに借りがある話はしたけども・・・」
「話してるんだろ、結局!」
「極秘事項じゃないし、知ってる人は知ってるよー」
本日何度目かの流れで、歩が喧嘩を止めるが、
火に油を注ぐ形となってしまう。
「せやで! それに祀はヤハンに帰るんで、
 あの辺うろうろしとるはずやし、
 その気になって調べれば、直ぐ分かるやろ!」
援護を受け、鬼の首を取った様に言い張る敦を、
一太郎がきっぱり切り捨てる。
「その気になるきっかけを作ったのは、お前だろ。
 もう、数年前の話な上、
 ニースモナ的にも黒歴史で、誰も口にしないのに、
 下知識もなく、今更わざわざ掘り返す奴がいるか!」
大体お前はいつもそうだ、なんやねん、ねちっこいなと、
黙っていたら終わりそうにない言い争いに、
呆れて千晴も口を挟んだ。
「もー 喧嘩はやめて欲しいお。
 きいたんがびっくりするお。」
小さい人が泣き出したらどうしてくれるとの苦情は、
効果覿面で、拳闘士達はうっと詰まり、
相手への非難を飲み込んだ。
かく言うキィは、常日頃から騒がしいギルドの面々で、
言い争いにすっかり慣れてしまって、殆ど動じていない。
来たばかりの頃こそ、
お兄ちゃん達の喧嘩に怯えて泣いたものだが、
生憎、当ギルドはそんな繊細では暮らしていけないのだ。

「もー 分かりました。
 そんなら、カヴルクのことは聞かないお。」
どうせ今回、砂漠の人狼は関わってきそうにない。
ならば欲張らず、フロティアだけに絞ろうと、
千晴は素直に諦めたのだが、
それでも白魔法使い達は顔を見合わせた。
「いや、別に聞いたっていいんだけど、な。」
何とも歯切れ悪く一太郎が呟く横で、
歩が嘆息と共に肩を落とす。
いったい何なんだと眉をしかめれば、
腹をくくったのか、敦が事情を教えてくれた。
「簡単に言うとな、こっち来るときに、
 カヴルク砂漠の人狼に助けてもらったんよ。」
勝手に話して、また、怒られるのではないか。
千晴は心配したが、残りの二人も諦めたらしい。
「人狼と言っても、人型には一度もならなかったから、
 よく分かんないんだけどな。」
どうでも良さそうに一太郎が補足し、
歩が黙って首肯した。
「あんときは、砂漠の近くで船が故障して、
 一旦陸地に留まらん訳にはいかなくなったんやけど、
 当然、あいつらのテリトリーやろ。
 囲まれて、一触即発って感じのところで、
 大人の一人が、
 地元に人狼がおったけど怖いもんやない。
 説得してみるって言い出してな。
 結果的に攻撃されんかったばかりか、
 船を直す木材とか、救援物資まで貰ったんよ。」
淡々と話す敦は、
普段からは信じられないほど覇気がなく、
残りの二人も下を向いている。
「その後、竜王がおらんようになって、街が復興して、
 貿易も再開されることになってな。
 せやったら、受けた恩はかえさんとあかんし、
 帰りに世話になるかもしれんしって、
 向こうに行く船が砂漠を通る際に、
 僅かながら、食料を届けてもらってたんやけどね。」
「その先は、聞かずとも分かったお。」
どうせ、毒でも混ぜられたに違いない。
千晴は眉をしかめた。
道理で白魔法使い達が大層気落ちしているはずだ。
未だに当時のことを悔やんでいるのだろう。
「本当に酷い奴らだお! 許せんお!」
そもそも、ミミットに住むヤハンの白魔法使い達は、
フォートディベルエの危機を知って、
遠路遙々来てくれた救援隊員だ。
それに敬意や感謝の念を伝えるどころか、
恩賞と称して手近な廃村に押し込めるわ、
顔に泥を塗るような真似をするわ、
フォートディベルエの貴族及び、
ニースモナの商会員達は酷い。
まるで自分のことのように、千晴はプンプン怒った。

「それで怒った園長達が、
 ニースモナと絶縁を宣言したのはいいけど、
 同時に故郷に帰る手段もなくなっちゃってさ。」
自分達はヤハンのことなど、
もう、碌に覚えていないからいいが、
大人達は辛いだろうと歩が俯き、
一太郎も苦虫を噛み潰したような顔をする。
「その上、人狼に毒を使ってなにが悪い、
 ヤハンの白魔法使いは魔物と繋がってるって、
 逆ギレされてな。
 ミミットは人狼の手先だ。
 だからフロティアの狼にも襲われないんだとか、
 散々、陰口叩かれるし。手を出さないから、
 やり返されないだけだってんのに。」
人狼は魔物だが、人間並、もしくはそれ以上に賢い。
敵とそうでないもの位、区別する分別を持っているのに、
愚かな人間達はそれを認めない。
認めないどころか、それを理解している同胞まで、
攻撃の対象にする。
全く、不愉快極まりない話だ。
「ミミット近くでの事だったのに、
 どうして助けてくれなかったって責められても、
 困るだけだしね。」
「人の話もよう聞かんと勝手なことして、
 文句言われてもなー 知らんとしか言えんわ。」
ぶつぶつと揃ってぼやきが止まらないのは、
それだけのことがあったのだろう。
今までフロティアの森に近い田舎村としか、
認識していなかったが、
色々難しい事情を抱えていそうだ。
人狼について聞くのに、
微妙な警戒をされた理由を理解して、
千晴も大きくため息を付いた。
「よく分かったお。実際は裏で繋がってるどころか、
 仲が良いなんてあり得ないし、
 過度の期待もしちゃいけないってことね。」
だからこそ、敦が見逃されたのは特例なのだろう。
「まあ、そういうことだな。」
千晴が出したまとめを一太郎が肯定して、
残りの二人も頷く。

それでも、知性も分別もない他の魔物と違い、
交渉の可能性も0ではなかろうと、
ただの知識として千晴は考えた。
まさか帽子のためにフロティアの人狼はおろか、
ミミットまで敵に回すわけにも行くまいし、
規定の範囲からでることは出来ないだろうが、
一定の接触がある以上、何らかの方法があるだろう。
そこで彼らが言っていた「秋口か春先」を思いだし、
質問を始めに戻す。
「それで、毛玉が入手できるっていう、
 秋と春って何があるの?」
「秋には運動会が、
 春にはお花見をかねた音楽発表会があるんだけど、
 かなりの数が観に来るんだよ。」
森から出てはこないとはいえ、
普段、気配を感じさせない人狼が、
居るのがはっきり分かるほど、集まるらしい。
これも、公になると面倒だから内緒ねと、
歩が少し困ったように人差し指を口に当てる。
終わった後には、それなりの毛玉が飛んでくるので、
ちょっとした臨時収入になるそうだ。
それなら何故教えてくれなかったかと敦を睨めば、
買い手の予約が常に数年先まで入っており、
融通を利かせる権限もないと返された。
極僅かであれば他の時期でも採れなくはないが、
毛だけでは、ある程度の量がないと売り物にならず、
一定量を望むなら、その時期らしい。

「ふーん・・・やっぱり、フレンドリーなんだか、
 なんだか、わからんお。」
危険な魔物として認識するには危機感がなくて、
何ともいえない感想を千晴が漏らすと、
一太郎が肩をすくめた。
「むこうも理由もなく喧嘩したい訳でもないし、
 イベントがあるなら楽しみたいってだけだろ。」
その辺は、魔物も人も変わるまい。
「運動会って何やるの? っていうか、
 人狼が来るぐらい盛り上がるの?」
「特別なことはしないけど、
 先生達が大人げなく燃えるんで、
 小さいのは当然つられて騒ぐし、
 ミミットで一、二を争うイベントではあるなあ。」
「やるからには勝たんとなー」
そのまま続けた会話からも、
これといった情報は得られず、
何とも中途半端だと千晴は思った。
少なくとも間違いないのは、毛玉を入手するために、
人狼が集まる場所を押さえる必要があることだろう。
話を切り上げ序でに、思い出したことを聞く。
「あ、そういえば、さっき言ってたけど、
 ベネッセの人狼とも、今日、なんかあったの?」
恐らく、大したことではあるまいと予想を外れず、
敦がどうでも良さそうに答えた。
「ああ、うちで昔飼ってたわんこに、
 似とるって話が舞い込んできてのー
 どこで何に繋がるか分からんから、
 一応、確認のために見てきたんよ。」
「で、似てたの?」
「似てるって言うたら、毛の色なんか似てたけどなー
 せやけど灰褐色のわんこなんか、いくらでもおるし、
 でも、また、なんか言われたら嫌やし、
 わいらは近づかん方がええかなって感じやね。」
「本当、面倒くさいね。」
醜聞、というのは語弊があるが、
そういうのは何時までも何処へでも、
くっついて来るものだ。

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