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高性能装備の入手方-攻略の兆し見えるも。

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高性能装備の入手方-攻略の兆し見えるも。




「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
 失敗した失敗した失敗した、失敗したっ!!!」
「タイムスリップのショックで記憶をなくして、
 歴史でも変え損なったか?」
「やかましいおっ!!!!!!」
ちゃおの愛称で呼ばれる小さい黒魔法使い、
瀬戸千晴は魔王中の魔王、
山羊足の魔術師、カオス・シン・ゴートレッグを、
思い切り怒鳴りつけた。
彼の引用はピンポイントすぎて、
元ネタを知っていても判らないことが多いらしい。
どちらにしろ今の千晴には、
訳も分からない冗談につき合う余裕などない。
神話の化物登板という予想外の出来事とはいえ、
思わぬ醜態をさらしてしまった。
なにが、いつかは魔王クラスと渡り合える魔導士だ。
我ながら、先が思いやられる。

冷静さを取り戻すと同時に沸いてきた羞恥心で、
がんがん自らの頭を叩く千晴の手をカオスが止めた。
「もう、その辺でやめとけ。」
古代より伝わる神話の中でも、
最上級に当たる魔狼ハティを前にして、
平然としていられるものなどいまい。
そう慰められて、千晴はますます泣きそうになった。
「本当に酷いお。何であんなの、飼ってるんだお。」
「飼ってません。単なる同居人です。」
同じ森に住んでいるだけだとカオスは肩をすくめた。
「あいつ等の警護は助かってるし、
 ある程度、世話も焼くけどな。
 どっちが上って事はない。
 まあ、あいつ等お子様だから、
 俺の言うこと大概聞くけど。」
「じゃあ、知らない人にいきなり喧嘩ふっかけるのは、
 やめろって、言ってやってお!」
「言った言った。もう、言った。」
半泣きで苦情を申し立てるが、
森の警護が仕事だからしゃあないと、首を横に振られる。

それでも一応、神話級の乱入と、
本気で死に掛けたショックから立ち直れず、
千晴が大泣きしている間に、
お説教に行ってくれたそうだ。
しかし、単体ならまだしも、キィが一緒だったのに、
はなから喧嘩腰で相手をするなと叱れば、
『だって、あいつ、変な臭いだった!』と、
手加減ぐらいしろと言えば、
『したもん。がぶって咬まなかった!』などと、
主張していたそうで、効果の程は甚だ微妙らしい。
「何ががぶって噛まなかっただお。」
噛みつかなくても、
ブレスは使おうとしていたじゃないか。
毒づくそばから、涙目になってしまう。
ブレスといえばドラゴンを思い浮かべるものが多いが、
その他の種族も使えないことはない。
神話の中でも、
地獄の番犬ガルムは猛毒の息を吐くというし、
神殺しの魔狼フェンリルは、
常に黒煙が口から漏れていたと記述されている。
息子のハティがブレスを扱えてもおかしくないが、
問題はあの練度だ。
漏れた吐息に触れた枯れ葉が、
音もなく灰になったのを思いだし、
千晴は背筋が寒くなるのを感じた。
ブレスが嫌なところは範囲が広いことだ。
威力も驚異だが、逃げ場もないのだ。全く冗談じゃない。

今後の使用は是非、禁止にしていただきたいが、
結局のところ、ハティが反省したのは、
自分の臨戦態勢を怖がったキィが大泣きした点だけで、
これには全力の謝罪が行われたそうだ。
『ごめんね、きいたん。怖がらせて、ごめんね。』
見ていたカオスが溶けてなくなるのではないかと、
本気であやぶむほど、
謝りながら舐め回された小さい人は、
ご満悦で納得していた。
「チーは、おちごとだから、しょうがないよー」
「チーじゃなくて、ティーでしょ。」
もふもふとぺろぺろを満喫し、
むふーとしたり顔で言うキィに発音違いを指摘する。
しかし、きちんと発音できていたとしても、
ティーがハティ、神話の魔狼だなど一体誰が思うだろう。
当然、小さい人はそんな難しいことなど理解しておらず、
千晴が望んだとおりに、
友達のところへ連れていっただけだ。
その是非も、ハティの反応も予測できたはずがなく、
怒っても仕方がない。

「まあ、今回の件は犬に咬まれたと思って忘れろ。
 あと、きいこはもう、当てにするな。」
身も蓋もない魔術師の忠告に、千晴は頬を膨らませた。
「なんか、もう一人、心当たりがありそうだったけど?」
アテナだか、アチナだか、発音が悪いのは差し置いて、
キィは他にも名前を挙げていた。
断られたのは伏せて聞いてみれば、
カオスは口の端を歪めて首を振った。
「セナ夫か。
 あれもティーと別の意味でやばいから止めとけ。」
そのまま深く嘆息するのに、
何がどうやばいのか、聞く気をなくす。
どうせ、聞いたところで、
千晴には何の対策も出来ないような相手に違いない。
何より、キィの助力を仰ぐこと自体に問題があるそうだ。
「兎も角、きいこに頼むのはやめろ。
 アセナとティー以外のには、
 殆ど会わせてないから、覚えてないか、
 人狼として認識してないだろうし、無理に動かすと、
 とんでもないところに飛ばされかねないからな。」
幼いだけに、確実に理解できる場所ならまだしも、
移動先が安定しないらしい。
曖昧な情報で動けば、結果は俺にも予測できんと、
魔術師は真面目な顔でいう。
そんな危険な魔法を2歳児に使わせるなと言う、
根本的な問題は兎も角、嘘はないと判断して、
千晴は肩を落とした。
「わかったお。もう、やんない。」
「そうしとけ。」
大人しく、弟子の養子が納得したのに、
うんうんと頷いて、カオスは何かに気がついたのか、
斜め上を見やった。
「なんか、色々騒がしくなってるな。
 帰った方が良さそうだ。」
そういえば、すぐ帰ってくるつもりだったため、
置き手紙一つ、用意してこなかった。
母やその仲間たちが心配しているに違いない。
きっと、怒られるだろう。
精神力の残高を考えれば、耐えられる気がしないが、
戻らないわけにもいかない。
「じゃあ、行くか。」
魔王の差しだした手を、千晴は渋々握った。

「あ、ちょっと、どこ行って・・・」
「ママーッ!!」
瞬きする間もなくいつもの居間に戻り、
自分に気がついて、
文句を言おうとする母を認識するや否や、
千晴は思い切り彼女に飛びついた。
いつもの優しい匂いに、
もう一度生きて会えた幸せを噛みしめ、
そのまま再度、恥も外見もなく泣き出す。
子供たちの不在に集まっていた大人達は、
驚いて顔を見合わせ、
隻眼の白魔導士は腕の中の養子を睨んだ。
「ったく、今度は何やらかしたのよ?」
「ごめんね。」
幼い息子が泣いているのに、
慰めるどころか説教を始めようとした弟子を、
遮るようにカオスが謝る。
主原因はこいつと大人達は判断して、
冷たい視線が魔術師に集まった。
「何があったんだ?」
「坊、大丈夫ですかぃ?」
苛立ちを隠さず鉄火が理由を問い、
祀が千晴の背中をなでる。
ギルドマスターを差し置いて、
メンバーの人望を集める敏腕の剣士に睨まれても、
カオスは動じることもなく、しゃあしゃあと答えた。
「いや、いけるかなと思ったら、
 駄目だったってのは、往々にしてあることじゃん?」
「だから何をやった、お前!」
答えになっていない答えに、鉄火が怒声を上げ、
それを後ろから敦が押さえる。
「落ち付けって。怒ったってしゃあないやん。
 もー 師匠もほんま、ちはに何やったんよ?」
素直に説明して、もめ事を広げるなと拳闘士が促せば、
カオスはプルプルと首を横に振った。
「いや、俺は何もしてないぞ。俺は。」
「直接とか、間接とか、そういう話はしとらんやろ!」
何とか丸く納めようとの気遣いを、
そのまま横に払いのけるような態度に、
敦も声を大きくする。
子供を泣かせておいて誠実さの欠片も見えない魔術師に、
他の大人達、ノエルとユッシも顔をしかめ、
ユーリが大きく溜息をついた。
「もう、カオスさん。 幾らしっかりしてても、
 ちゃおちゃんはまだ、7歳なのよ? 
 からかうのも程々にしてください。」
「はいした。」
取りあえず魔術師は謝ったが、
はい、すみませんでしたと、さして長くない謝罪をも、
省略する辺り、反省の色は皆無である。

穏和な彼には珍しく、眉間にしわを寄せて、
きつい口調でノエルが問う。
「それで結局、何やったのよ?」
「いや、きいこと遊んでたら、
 入っちゃいけないところに入っちゃってな。
 うちのにうんと怒られたんだ。」
よくあることだと、気に病む気配もない答えに、
普段、こういった騒ぎに興味を持たないユッシまで、
非難を口にする。
「それって、管理不行届なんじゃないの。」
「だから、謝ったろ。」
「もー 入っちゃいけないなら、 
 ちゃんと入れないようにしないと駄目でしょ!」
いい加減な態度にノエルが改善を要請するが、
そこから引き出した答えは状況を悪化させるものだった。
「人工芝の防波堤だけじゃ駄目かね、やっぱり。」
あからさまに偽りの真剣さで眉を寄せるカオスを、
ノエルは思いきり怒鳴った。
「なんでそんなので満足してるのさ!」
入っただけで、泣くほど叱られるような場所があるなら、
施錠するなり封鎖するなり、方法は幾らでもあるだろう。
山羊足の魔術師ともあろう者が、
何故、あってないような対策しか、とっていないのか。
ノエルの当然すぎる怒りは、やはり軽く受け流される。
「うちの連中と自動掃除機は、それで十分なんだよー」
「はいはい、無駄無駄。師匠に怒っても無駄。」
住人はプラスチックのトゲトゲや、
段差を嫌って近寄らないが、
千晴というイレギュラーまで想定していなかったと、
難しい顔で白々しく唸るカオスの後ろで、
紅玲が会話の強制終了を宣言し、
続いて、腕の中の養子も軽く背中を叩いて引き離す。
「あんたも、いつまでも泣いていないで、
 さっさと顔を洗ってきな。」
責任不問に等しい判決に周囲から不満の声が挙がるが、
最も怒るべき立場である紅玲の宣言を覆してまで、
カオスへの非難を続けようとする者もいなかった。

「全くもー カオスさんときたら。」
いつも通りの文句をノエルが口にし、
鉄火が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ちゃおちゃん、大丈夫?」
「うん、もう平気だお。」
優しく声をかけてくれるユーリに頷いて、
千晴は大人しく泣くのを止めた。
持っていた上着を片づけ、
キィの手を引いて洗面所に向かう。
『カオスさん、ありがとう。』
非難の矛先を上手に引き受けてくれた魔術師に、
心の中で礼をつぶやく。
しかし、嘘をつかない程度の曖昧な会話で、
相手に勘違いさせつつ、
話題をずらしていく手腕が流石だ。
ユッシや紅玲の警戒は、あの辺からくるのだろうか。
どの道、事実を知られれば怒られるだけで済まず、
帽子の作成を中止させられかねない。
再度追求を受けたときのために、気を引き締めてから、
小さいキィの為に台を用意してやり、
手を洗うのを手伝ってやってやる。

「お外に行ったら、ちゃんと手は洗わないとね。」
「もんもんもんも。」
泡立つ石鹸をみながら、キィが不思議な呪文を呟く。
多分、泡がもくもくと言いたいのだろう。
手荒いうがいを済ませて居間に戻ると、
魔術師と他数名の姿が消えていた。
「カオスさんは?」
「また、出かけましたよ。」
いつものことと、祀が肩をすくめる。
彼はああ見えて忙しい。
しかし、父親の姿が消えたのが気に入らなかったのか、
キィが千晴の手を振り解いた。
とっとことぬいぐるみに駆け寄り、
ギュウと抱きしめる。
「きいたん、ルーとおとうたんところ、いく。」
そんなことを言われても、どうにもできない。
大人たちは困った顔をしたが、そこはカオスの娘だ。
キィのぬいぐるみによく似た小柄な灰色の犬が、
呼ばれたように、何処からともなく現れた。
ちらりと大人たちを仰ぎみて、
パタパタ二三度、尻尾を振り、
キィに体を押しつけるや否や、幼児ごと消えてしまう。

「今の、誰っすか?」
さして興味なさそうに、祀が紅玲を振り向く。
「あれはシステムルッツちゃんだね。
 師匠のわんこの中で、一番足が速いんだよ。
 多分、きいたんの回収を頼まれたんじゃない?」
カオスは使い魔として7匹の犬を飼っている。
その一匹の名前と特性を説明する魔王の元弟子に、
頷きつつ、鉄火が呟く。
「なんにしても相変わらず、愛想がねえな。」
その評価に紅玲は不服を唱えた。
「そんなことないよ。
 ルッツちゃんは師匠のわんこの中で、
 一番人懐っこくて、可愛いよ。」
カオスの自宅で世話になっていた数年間、
最も仲良くしてもらったそうだ。
また、他の犬たちも、基本親しみやすく、
人付き合いが悪いわけではないと言う。
「でも、多分、師匠の言いつけなんだろうけど、
 外じゃ人型にならないし、
 来ても直ぐ、帰っちゃうんだよね。」
犬の姿では会話はできず、
何より、彼女らは飼い主以上に多忙だ。
「たった7匹と1台で3桁近い乳幼児の世話をしてるし、
 それ以外にも家事やら庭の畑の手入れやらなにやら、
 兎も角、忙しいんだよ。」
「なるほどな。」
「随分、大変そうねえ。」
今日に限らず、時折訪れるカオスの飼い犬たちが、
来たと思う間もなく消えてしまう理由を理解して、
鉄火は頷き、ユーリが呆れた様子で頬に手を当てた。

キィがいなくなり、
手持ちぶたさになった千晴は部屋を見渡した。
魔術師と娘が去った以外にも、人口密度が下がっている。
「ねえ、ノエルさんとユッシさんは?」
「敦さんと買い出しに行きましたな。」
千晴がいなくなったことで中断されていたが、
元々、その予定だったらしい。
何か、捜し物をしているそうで、
異色の剣士はつまらなそうに呟く。
「あたしに相談しない辺り、
 ろくなもんじゃないと思いますがね。」
祀の収集能力はギルド一だ。
いつもであれば、真っ先に協力を求められるのに、
何も言わないのはやましいところでもあるのだろう。
仲間外れにされたのが気に入らないのか、
若干不機嫌な部下を、鉄火が放っておけと諫める。
「あいつ等だって、なんでもかんでもお前に頼るんじゃ、
 気が引けっだろ。」
「そんな殊勝なタマですかねぇ。」
「捜し物と言えば、」
話題を逸らすようにユーリが口を挟んだ。
「ちゃおちゃん、人狼の毛はなんとかなりそう?」
たった今、失敗してきたばかりとは言えず、
千晴は力なく首を横に振った。
「まだだお。」
「そう。」
元気のない小さい黒魔法使いに、
ユーリも眉じりをさげた。
「もし・・・」
何か言いかけて、背後の紅玲を振り返る。
隻眼の白魔導士は軽く眉間にしわを寄せていた。
養子を甘やかすなと言いたげな友人にユーリは苦笑し、
いつものように少し首を傾げる。
「もし、本当に困ったら、ちゃんと相談してね?
 わたしも、少しは力になれると思うから。」
「うん。ありがとうだお。」
約束よと囁く賢者のいたずらっぽい笑顔だけで、
元気を取り戻すのは十分だ。
千晴は大きく頷き、現金な息子に紅玲が嘆息する。
その様子を見ていた鉄火が思い出したと言う顔をした。

「やっぱり、まだ、なんともなってねえのか。」
物が物だけに当然だなと呟き、
どうするつもりかと改めて千晴の顔を見る。
「大丈夫だお、ちゃんと自分で何とか出来ますお。」
心配無用と胸を張ったら、
かえって不安そうに顔をしかめられた。
「しかしなあ。」
子供がどうにか出来るものじゃないと、
少し考えるような素振りを鉄火は見せ、祀をみやった。
「祀、今、中央の警備はどうなってる?」
急な質問に部下は多少驚いた様子であったが、
淀みなく返答した。
「別に変わってねえっすよ。ほぼ、いつも通りですな。」
「秩父の方は?」
「同じく、これと言った変化はありやせん。」
「北の方はどうなってる?」
「そっちは、多少厚くなってます。
 うちの兄貴の差し金でさあね。」
「そうか。」
何の話かと千晴が目をパシパシ瞬かせている前で、
鉄火は悩みを振り払うように軽く首を振った。
「森宮なら場所的にも何とかなるかと思ったんだが。
 三峰の方がマシかもしれんな。」
「まさか、ご自分で行かれるつもりで?」
祀が声を荒らげ、馬鹿なことをと吐き捨てた。
この部下は、普段からあまり上司に従順とは言えないが、
今回は質が違うらしい。

「止めてください。伏見の姦しさも、熊野の目敏さも、
 健在すよ。バレずに済むわけがねえ。
 行くんなら、あたしが行きますわ。」
言語同断と切り捨てるが、
それでも鉄火は引かなかった。
「お前じゃ荷が重いだろう。
 婆さんや叔父貴に頼むわけにも行かねえし。」
「三峰はまだしも、
 森宮はそこまでうるさかありませんよ。
 馬鹿兄貴を動かしてもいいっすし、
 何とでもなりますがね。」
どうやら、鉄火自ら自国の伝手を使う話のようだ。
すっかり周囲の者は忘れ去っているが、
ユーリが隣国ソルダットランドの名家出身であるように、
鉄火は極東の島国ヤハンにある一国の元王子だ。
貴族に用意出来て、王族に出来ないものは、
そうそうないだろうが、
彼はこちらに来る際、生家と激しく揉めたと聞いている。
帰国するとなれば、ただで済むはずがない。
現に祀が強く反対しており、
千晴も顔を青くして止めようとしたが、
それより早く紅玲が余計な口を挟む。
「何? 鉄、ついに帰んの?」
何故か嬉しげな彼女を、
ヤハンの剣士達は鏡のように揃ってキッと睨み、
同じ台詞を吐いた。
「「帰りません!」」
その気迫にあてられて、
関係のない千晴とユーリが固まったが、
紅玲本人はさして気にする様子もなく、
「あ、そう。」と、呟いた。

「なーんだ。帰ればいいのに。」
そのままくるりときびすを返し、
つまらなそうに台所に向かう紅玲に、
彼女だけには従順な祀が、この時ばかりは怒った。
「帰りません! 帰んねえっすよ!
 姐さんを連れずに、帰るなんてあり得ません!!」
「済んだ話を持ち出すな、しつこいぞ!」
鉄火も腹立たしさを隠さず机を叩く。
「大体、本人の意思関係なく連れ戻されて、
 部屋に閉じこめられるのは帰るって言わねえ! 
 あれは拉致監禁だ!」
やはり、鉄火の帰国は祀と同じには行かないようだ。
発見と強制送還が同意語であれば、
自国を訪れるのは勿論、近辺を彷徨くのも危険だろう。
付き合いの長い紅玲がそれを知らないはずがなかろうに、
わざわざ帰国を望む意図は一目瞭然であり、
鉄火と祀は揃って忌々しげに歯噛みした。
ヤハン出国前の難しい過去が絡むと、
彼らは感情的に物を語るので面倒くさい。
「兎も角、若旦那は余計なことをしないでください!
 行くなら、あたしが今からでも行きます!」
「い、いいよ、祀さん! 大丈夫だから、いいよ!」
「待ってろ、今、書状を用意する。
 あるのとないのじゃ、全然違うだろ!」
「いいってば、鉄さん! いらないから!
 大丈夫だってば!」
触ってはいけないスイッチがはいってしまい、
ヒートアップする鉄火と祀を、
何とか収めようと千晴は二人の間を駆け回ったが、
止められるはずがない。
「あらあら。」
ユーリが困った様子で首を傾げ、紅玲をみやったが、
白魔導士はなおも、火に油を注ぐようなことを言った。
「長い間疎遠にしておいて、頼み事する時だけ、
 手紙で連絡するって感じ悪くないー?
 人に物を頼むなら、直接当人が行くのが筋だよね。
 そして、そのまま自宅に強制送還されるといいよ。」
帰ってくるなに等しい発言に、
本末転倒だと鉄火が言い返す。
「そしたら、物が入手できても持って帰れないだろ!」
「いいじゃん、別に。」
「何がいいんすか!」
何の問題があると眉を動かした紅玲に、
今度は祀が噛みつく。
「帰ってこれなかったら、
 もう、一緒にいられないじゃないすか!
 それの何処がいいんすか!」
「でもさあ。」
上司の帰国は部下の帰国にも繋がる。
そう思えば、すげなくあしらう気にはなれなかったのか、
ようやく紅玲は真面目な顔をした。
「実際、仕方のないことでしょうが。
 仮にも王族の直系ともあろうもんが、
 何であたしみたいな馬の骨追っかけて、
 こんなところまで来てるんだって話なんだし。
 いい加減、帰って職務を果たしなさいよ。」
元は一族を率いる立場であった鉄火が、
国を捨て、フォートディベルエにいるのは、
出国した紅玲を追ってきたからだ。
嘗ては将来を誓いあった中だったからだが、
紅玲が国をでたときに、関係は解消されている。
今更、過去を引きずるような真似は止めて、
己が立場を考えろと言う彼女の主張は、
正しいのかもしれない。
だが、そんなことは初めから判っていることであり、
悩みに悩んだ上で出された結論が、
今更、覆されるはずもなかった。

「俺とお前がもう、無関係だって言うなら、
 それこそ、お前が気にすることじゃないだろ。」
他人の家の事情に、
余計な口出しをするなと鉄火が吐き捨てる。
「俺がどこにいようと、俺の勝手だ。
 お前にあれこれ言われる筋はねえ!
 一緒に帰るって言うなら話は別だが。」
怒りにまかせて、
普段はけして口にしない本音をこぼした黒髪の剣士から、
白髪の白魔導士は嫌そうに顔を背けた。
「嫌だよ。それこそ、どの面下げて帰れるって言うのよ。
 ある意味、うちには帰らない義務がある。」
病を押して出国したのは、
二度と会うつもりがなかったからだ。
完全に身を引く為に去ったのに、
結果的とはいえ、再び顔を合わせてしまった上、
共に帰国するのでは国を出た意味がない。
これこそ議論は不要と紅玲は視線を外したが、
真っ正面から鉄火は反発した。
「何に対する義務だよ!
 義務っていうなら、俺はお前を一生かけて守るって、
 名前と竜珠にかけて誓ったんだ! 
 それを違えるつもりは毛頭ないからな!」
お前だって了承したろうと、
過去に交わした約束を持ち出せば、
即座に白魔導士は胸の前で手をクロスさせ、罰印を作る。
「じゃあ、それ、キャンセルで。」
「ふざけんな!」
名前と命に等しい一族の証を前にした宣誓は、
彼らの中で誓いとして最上級のものであり、
軽々しく扱うものでなければ、
簡単に撤回出来るものでもない。
それをキャンセルとは何事かと本気で怒る鉄火を前に、
紅玲は顔を歪める。
「だって、当時はまだしも、状況が変わっているのに、
 守る意味がないじゃん。
 約束だけで遂行されても迷惑だっての。」
今の自分は守られるほど弱くもなければ、
自分のことは自分で何とか出来る。
守るべき価値もないと首を振るその仕草に、
若干の自嘲が含まれているのを感じとり、
千晴は眉をしかめ、
守る様に隣へ立ってくれているユーリの服を、
ぎゅっと握った。

何処まで行っても平行線の言い争いに、
祀が大声で泣き出した。
「うわーん! 姐さんはあたしのことも迷惑なんだ!
 姐さんに一生仕えるって誓ったんは、
 あたしも同じっすもん!姐さんはそれも迷惑なんだ!」
異色の剣士は普段飄々と大人びて、
感情を露わにする事は少ないが、千晴をのぞけば、
ギルド最年少のポールと歳はそう変わらず、まだ若い。
姉の様に慕う紅玲から、こうも邪険にされるのは、
いい加減、耐えきれなかったのだろう。
子供っぽく泣きじゃくる祀に、
紅玲は大きく眉尻を下げた。
「うわ、そうきたか。」
泣かせてしまったと言うよりは、
新たな手段に手を焼くと言った体で、
顔をしかめた彼女を、ここぞとばかりに鉄火が責める。
「かっわいそう! 祀、可哀想!
 これだけお前に懐いてる祀に、
 よくそんな酷いことが言えるよな!」
自分はまだしも、祀まで無碍に扱えまいという、
下地を思うと若干情けないが、効果は抜群である。
それまで強硬な態度を示していた紅玲が、
初めて狼狽える様子を見せた。

「いや、でも、迷惑かは兎も角、
 祀ちゃんの将来考えたら帰らせるべきだってのは、
 あんたも同意見でしょうが!」
将来的に帰国した際、国や一族より他を優先したと、
評価を受けるのは、出世にも周囲との人間関係にも、
悪影響を及ぼすだろう。
自分がどう思うかは関係ないと、
話題をずらそうとするのを遮るように、
更に祀が大声を出す。
「やっぱり、邪魔なんだ!
 姐さんは、あたしのことが邪魔なんだ!!」
普段、駄々をこねることのない祀だけに、
自分などいない方がいいのだと感情的に泣かれれば、
紅玲でも対処できないらしい。
そうじゃないけどと、とっさに良い返しを思いつけず、
詰まったところで、更に鉄火からの追い打ちが入る。
「ひっでえ! 邪魔だからさっさと帰れとか、
 薄情にもほどがあるだろ!」
「謝れ! 今すぐ祀に謝れ!」
「いや、邪魔だと思ってないけどって、
 何で師匠が混ざってるのよ!」
いつの間にか、カオスが列に加わっている。
予期せぬ乱入に、
紅玲が非難とも悲鳴ともつかない突っ込みを入れ、
突然隣に立たれた祀と鉄火も横に飛び退く。
今に始まったことではないが、
神出鬼没としか言いようのない魔術師の移動術は、
本当に心臓に悪い。

何故、ここにいる、
仕事に戻ったんじゃないのか等、質問が当然飛ぶが、
うるさげにカオスはそれらを振り払った。
「馬鹿野郎! 
 珍しく紅玲が怒られる側なんて、
 こんな面白いこと見過ごせるはずがないってか、
 論点はそこじゃねえんだよ!」
いや、そこも十分、揉める点じゃないかなと、
隣で見ていた千晴とユーリも思ったが、
そんな常識は彼に通用しない。
強い非難を込めてカオスは弟子を指差した。
「今、問題にすべきは、お前がつまらない意地を張って、
 祀を泣かせたことだろ! 
 まあ、実際には嘘泣きだが、
 年下をそこまで追い込むとか、
 やっていいことと悪いことがある!」
「援護するなら嘘泣きとか、
 言わなくていいんじゃないすかね。」
突っ込みどころが多すぎて、若干冷めてしまったのか、
冷静に指摘する祀を、折角こちら側にいるのだから、
この際黙っていろと鉄火が止める。

実際、彼らの側と言って正しいのかは疑問だが、
弟子の態度がカオスにとっても都合が悪いのは、
間違いないようだ。
「いい加減、往生際が悪いんだよ!
 国に帰るなら帰るし、帰らないならそれで良いけど、
 さっさと寄りは戻せよな!
 瀬戸の一族は変なところでドライなくせに、
 裏で愚痴愚痴何時までも引っ張るからウザいんだよ!
 そのウザさがエインフェリヤ随一の魔力を、
 生み出しているとは言え、いつまでやってんだ。
 大体利用できるものはさっさと利用して、
 自分の都合だけ考えるのが賢い悪女のやり方だろ!」
「いや、師匠。流石にそこまで割り切れません。」
当人も知らない家系の諸事情を混ぜ込みつつ、
怒るカオスに、否定はしないが、
何時から悪女に任命されたのだろうと、紅玲は思った。

「いいじゃねえか! 
 初めにお前みたいな嫁はいらねえ、
 国を捨てるような跡継ぎはいらねえっていったのは、
 向こうなんだから、何を遠慮することがある!」
一方的に縁を切られて尚、
文句を言われる筋もなかろうと、強く主張する師匠に、
困惑したまま紅玲は首を振る。
「いや、それでも受けた恩とか色々ね、」
切られて当然の立場だけに、
これ以上不義理は重ねられないと、
殊勝なことを言う弟子を、カオスは頭から怒鳴りつけた。
「それなら、さっさと嫁に入ればいいだろ!
 もう、お前混みでもいいから帰ってこいって、
 言ってるんだから!」
義理云々言うなら意地を張らずに今すぐ帰れと怒鳴られ、
紅玲の困惑はますます深まった。
「いや、帰れませんよ! 
 帰れるはずなんかないでしょう!
 てか、何時の間にそんな話になってるの!?」
顔を青くする彼女に、
祀が声を張り上げて追い打ちを掛ける。
「お生憎様! 
 姐さんが何時、その気になっても良いように、
 帰省の度に裏工作してましたからね! 
 今や庶民層は、早く揃って戻ってきて欲しいムード、
 ほぼ一色になってます!」
ただ、無駄に里帰りしていたわけではないと、
得意げに胸を張るが単独判断による行動だったらしい。
「でかした、祀! 
 ってか、そんな工作練ってたのかよ!」
効果含め、何ら報告を受けていなかったらしい鉄火が、
やはり困惑気味に賞賛すれば、
通例と異なり部下は嬉しげに頷いた。
「ったり前でさね! 
 伊達にそっちの家柄じゃありませんわ。
 兄貴の部下や昔の友達巻き込んで、
 世論操作しまくりっすよ!」
マツリちゃん家って、何屋さんだったかしら。
明らかについていけていない様子でユーリが呟く。
ボクの記憶が正しければ、いわゆるお庭番だって、
ママ言ってましたおと答えはしたが、
千晴だって、流れを理解しているとは言い難い。

「それにいざとなったら、
 俺も全面的にバックアップに入るって伝えてるからな!
 しきたりだ何だと小うるせえ野郎どもは任せとけ!」
「やだ、何でそんな用意周到なの?」
知らない間に、
ヤハンの世情は大きく変わっているらしい。
とどめとばかりに叫んだカオスの言葉に、
紅玲が目眩を起こしたように額を押さえた。
その隙に魔術師は視線をユーリに向け、
さっさと追い払うように左手を小さく動かす。
賢者はすぐにその意をくんで、千晴を促した。
「ちゃおちゃん、
 私たちは上の部屋に行ってましょうね。」
「うんだお。」
母親と元カレどもの痴話喧嘩は、
直視しがたいものがあり、千晴は素直に階段を上がった。
彼らが去った後、いいからヤハンに帰れ、
お前こそ帰れと激しい怒鳴り合いになり、
誰に向けたのかがごちゃ混ぜになった帰れコールが、
繰り広げられているところへ、
タイミング悪くフェイヤーが帰宅し、
「そんなこと言われても、
 ここ以外に帰る場所なんかないよ。」と、
泣き崩れたギルドマスターに、
「うるさい、酒臭いんだよ! 
 繁華街へ帰れ!」の怒声と共に、
カオスが跳び蹴りを食らわすという、
惨事へ発展するのだが、それはまた、別の話である。

階段を上った千晴は、
誘われるままにユーリの部屋に逃げ込んで、
大きく息を吐き出した。
こんな時でなければ、
ユーリの部屋へ招き入れてもらえるなんて、
どんなに嬉しかっただろう。
ベッドに腰掛け、
行儀悪くぼよんぼよんとスプリングを揺らしながら、
気持ちを落ち着ける。
「相変わらずねえ、あの人たちも。」
呆れた様子でユーリも小首を傾げ、肩を落とした。
「普段二人とも、知らん顔してるけど、
 やっぱりテッちゃんは、
 まだ、クーちゃんのことが好きなのね。」
悩ましげに俯き、羨ましいと静かに呟く賢者は、
非常に魅力的であったが、その羨望が、
どちらに向けられているのかは判らなかった。
いい加減、
クーちゃんも意地を張るのを止めればいいのにと、
困ったようにユーリは微笑み、ふと気がついたように、
優しく千晴を見つめた。
「そう言えば、一度聞いてみたかったんだけど、
 ちゃおちゃんはテッちゃんのこと、どう思ってるの?」
「ボクは・・・」
嫌いではない、が。

「・・・よく、わかんないお。別に普通?」
曖昧な返事とともに口をとがらせた千晴を、
ユーリは見つめていたが、不思議そうに質問を重ねた。
「テッちゃんのこと、嫌い?」
「別に嫌いじゃないし、ママが幸せなら・・・」
「そうじゃなくて。」
区切るようにして、賢者は小首を傾げた。
「クーちゃんがどうかじゃなくて、
 ちゃおちゃんはどうなの?
 テッちゃんみたいなパパ、欲しくない?」
「んー・・・」
それは違うと思った。
鉄火と紅玲が結ばれても、
彼が自分の父になるのは別のことだ。
なにより、自分にそんな権利はない。

「じゃあ、質問を変えましょうか?」
答えを飲み込んでしまった小さい黒魔法使いに、
ユーリはわざと真面目な顔をして尋ねる。
「確かに、直ぐ受け入れられるものじゃないし、
 実質的な問題は差し置くとして、ちゃおちゃんは、
 お父さんを欲しいと思ったことはないの?」
単純に、父親が欲しいか、欲しくないか。
質問はかなり簡易化されたように見えるが、
やはり、答えるのは難しい。
黙り込んだ千晴に、どうやら思っていた以上に、
小さい黒魔法使いが抱えているものが大きいのを認め、
誰に言うようにでもなく、ユーリは続けた。
「うちは逆に、お母さんがいないじゃない?
 それで、お父さんがちょっと変わってるから、
 再婚することはなかったし、
 新しいお母さんが来たとしても受け入れられたかは、
 私もわからない。ただね、」
聖母のような微笑みが、寂しそうなものに変わる。
「いなくても良かったかって言うと、
 それは、やっぱり違うと思うのよね。」

ユーリが言いたいことを理解して、
千晴は、意味もなく自身の頬をさすりながら考えた。
父親というのは、いてもいなくても、同じだろうか。
その答えなら、勿論、違うと出せる。
しかし、居た方がいいのか、
居ない方がいいのかが、答えられない。
母さえいれば十分だと物心つく前から思っていたし、
千晴にとって、父親は居なくて当前のものだった。
しばし逡巡したあと、千晴はため息をついた。
「やっぱり、わかんないお。」
ユーリが何故、こんなことを聞いてくるのかは、
分かっているつもりだったから、
がっかりさせたくなくて、千晴は言葉を重ねた。
「だってね、今まで居なかったんだもん。
 居れば居たで、色々、利点があるんだろうし、
 家族は多い方が楽しいっていうのも分かるお?
 でも、やっぱりママを取られるのは嫌だし、
 今の生活に不満があるわけでもないんだお。」
だったら、居なくていいんじゃないかと思ってしまう。

「つまり、今の生活に十分満足しているから、
 リスクをおかしてまで、
 欲しい理由が思いつかないのね。」
「けどね、ママが結婚するのが、
 絶対に嫌だってわけでもないんだお。」
的を射た相づちに頷き、
どっちつかずな気持ちをうまく言い表せずに、
千晴はそのまま俯いた。
曖昧な答えに、ユーリは気落ちしたようでも、
不満を感じたようにも、見えなかった。
ただ、困ったわねえと少し眉を寄せる。
「なにより、自分に口を出す権利もなければ、
 そもそも関係ないと思ってない?」
考え違いを窘めるような口調でユーリは言い、
図星を指されて、顔色の変わった千晴に苦笑した。
「ちゃおちゃんは本当に良い子だけど、
 良い子過ぎて、困るわね。」
良い子という言葉とは正反対に、
手の掛かるわがまま坊主を相手にしたかの如く、
ユーリは笑い、全く、クーちゃんときたらと、
何故か養母を責める言葉を口にした。
そのまま、はぐらかすようにくるりと話題を変える。
「それは兎も角、あの二人と、
 マツリちゃんが揉めるのはいつものことだけど、
 カオスさんまでテッちゃん達の味方をするとは、
 思ってなかったわ。」
「面白がってるだけだお、あれは。」
興味深そうに考える素振りを見せたユーリに反論して、
千晴は辺りを見回した。
魔術師の性質上、噂をすれば影が立つどころか、
部屋の隅からひょっこり参戦されかねない。
警戒を露わにする小さい黒魔法使いに再び苦笑して、
ユーリはゆっくり立ち上がった。
「それじゃ、私はお夕飯の支度があるから下に戻るけど、
 ちゃおちゃんはゆっくりしていってね。」
「まだ、揉めてるんじゃないかお?」
「大丈夫よ、いつものことだから。」
痴話喧嘩に巻き込まれるのではと心配する千晴に、
優しく手を振って、ユーリは部屋を出ていった。

「パパかあ。居たって、別に良いけどさ。」
一人きりになると、なんだか侘びしくなってきた。
自分は父親という存在を欲しているのかいないのか。
自分自身のことでありながら、
千晴はその答えが判らなかった。
いれば何かと便利なのだろう。
でも、ママはとられたくない。
けど、ママが幸せなら、ボクも幸せだ。
だったら、居ても悪くない。
でも、自分が二の次になるのは嫌だ。
だけど、結婚ってそういうものだし、
良い人だったら、ボクも楽しいのかもしれない。でも。
答えはぐるぐる回ってしまう。
養母と別個で考えろと言われたが、それも出来ない。
なぜなら、紅玲の相手こそが父親になるからだ。

そもそも紅玲はまだ若く、
養子の贔屓目がなくても美人で、
彼氏ができることは十分考えられる。
その相手になる可能性が最も高いのは、
なんだかんだいって、やはり鉄火だろう。
彼であれば申し分ない。
元々、自分の立場や故郷、家族や友達など、
大切なものを全て擲って紅玲を選んでくれたのだ。
今後、何があっても紅玲を守るために、
全力を尽くしてくれるだろう。
また、先ほどは無駄にヒートアップしてしまっていたが、
いつもは冷静で公平と周囲の人望も厚い。
剣士としても一流で、母を任せるのであれば、
彼以上の適任はいない。
よほど反りが合わないと言うのであればまだしも、
千晴のことも、邪険にするどころか、
さりげなく気を配り、押しつけがましくない程度に、
手助けしようとしてくれる。
自分にとっても、あれ以上の高物件は望めまい。
何よりと、先ほど見た母の自嘲混じりの苦笑を思い出し、
千晴は奥歯をかみしめる。
思うことが多く、首を縦に振ろうとしないが、
紅玲も彼を忘れたわけではないのだ。
だったら、とやかく言うことはないとは思うが。

結局、誰が相手であろうと、どんなに良い人だろうと、
母を取られる嫉妬は消えまい。
そういう意味では誰だって同じだ。

紅玲さえいれば、それで良い。他はいらない。
しかし、一番大事なのは、自分がどう思うかではなく、
紅玲が幸せになれるかどうかで、
彼女が望み、相手に問題がなければ、
反対する理由はない。
むしろ、自分の存在が邪魔になるようであれば、
学校の寮に引っこむ覚悟をしているくらいだ。
今の状態を維持させてもらえるなら、
厚かましくない程度にそうさせてもらうが、
子供としての権利を主張する気はなく、
まして、親らしいことをして欲しいなど思わない。
どの道、自分が決めることでもない。

先日の何処の馬の骨ともしれない輩ならいざ知らず、
ママさえ幸せなら、
ボク関係ないから好きにやればとまでは言わない。
けれども、それに近い冷淡な気持ちが、
自分の中に広がるのを千晴は感じた。
結局、一言にまとめるとユーリの指摘通りなのだ。
「どうして、
 あんな完璧に読みとられちゃったんだろう?」
首を傾げても答えは返ってこない。
率直な心情を読まれたところで、
それを他言するような賢者ではないから、
問題はないのだが、己の冷めた部分を気づかれるとは、
思っていなかったので、少々納得いかない。
「なにが、いけなかったかなー?」
独り言を呟きながら、ベッドでごろごろ転がる。

兎にも角にも、自他共に認めるマザコンとしては、
紅玲抜きで考えろと言われても難しい。
そもそも母親と関係ない父親とは、なんだろう。
でも、でも、もし、
嫉妬を感じず、父親だと思える存在がいたとしたら。
それは、どんな気持ちなんだろうか。

うーんと考えながら顔を埋めたふかふかの布団は、
ユーリの甘い匂いがして、大層気持ちがよかった。
うっとりと目を細め、睡魔の誘いに身を任せる。
どれだけ時が過ぎたのか、
移ろいゆく夢の合間を漂ううちに、
優しかった眠りは何時しか悪夢に代わっていった。

ドンドンドン ドンドンドン
ドカン バリン ガシャーン
壁が壊され、窓が割れ、屋根が崩れる音がする。
絶え間なく聞こえる悲鳴と怒声。
何かが起こっているはずなのに視界に写るのは闇ばかり。
体はピクリとも動かないくせに、
激しく上下に揺り動かされている。
自分のではない心臓の鼓動が絶えず聞こえ、
抱かれているのだと分かる。
急に光が溢れ、目が眩んだ。
戻ってきた視力がとらえたのは異形の顔。
犬のように裂けた口を大きく開けて笑う。
『やっと、みつけた。』
聞き慣れた、誰かの悲鳴。
鮫のようにとがった歯が並ぶ顎が、
ゆっくりと迫ってくる。

補食者に喰われるという、
全ての生物の根本に眠っているであろう存在的恐怖に、
跳び起きた千晴は、そのまま頭を抱えた。
幼い頃から、何度もみた悪夢の再来。
折角、忘れかけていたのに。
けたたましく鳴り響くノックの音に舌打ちする。
悪夢を呼んだのは、こいつか。
「はいはい、何ですかお。」
ユーリならばこんな起こし方はしまい。
のそのそドアを開けると、
金髪の白魔導士が不機嫌そうに仁王立ちになっていた。
「なんでユーリさんの部屋で寝てるのさ。
 羨ましいことしてんじゃないよ。」
「既婚者は黙っていて欲しいお。
 アリアさんに言いつけるお?」
開口一番に文句を言うユッシに、千晴は頬を膨らます。
結婚するとほぼ同時に新妻と別居状態に陥ったのは、
数多いユッシの武勇伝の中でも、群を抜く酷さで有名だ。
既婚者であることを自覚しろと言う、
小さい黒魔法使いの軽口を流して、
ユッシは部屋から出てこいと顎をしゃくった。
「ここだと話しづらいから、うちの部屋まで来いよ。」
「一体、何のことだお?」
もう、日も暮れているというのに、
また狩りの誘いだろうか。
肩を落とした小さい黒魔法使いに、
難しい顔を崩さず、ユッシは視線をそらした。
「人狼の毛の伝手が見つかったんだ。」
態度にそぐわぬ朗報に、千晴は目を見開き、
慌てて頷いた。
今度こそ、最後のクエスト到来だ。
それなのに、不安になるのは何故だろう。
不機嫌そうなユッシの態度だけでは、多分ない。

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