忍者ブログ

VN.

HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

魔女の厄災。

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

魔女の厄災。



「で、なんの話だっけ。」
ようやくとばっちりのお説教から解放され、
カオスが元の話に戻ろうとすると、
反対側から制止された。
「後にしろ。」
同じく連帯責任で怒られたルーディガーが、
牙を覗かせて唸る。
ふむ、と頷いたカオスの隣で、
尻尾を服の中から引っ張り出しながら、
着替えをすませたウタラが言い含めるような調子で言う。
「まあ、会議が終わってからな。」
こっぴどく叱られた理由はウタラにあるのに、
どうして両脇とも、自分が何かやったかのような態度を、
とっているのだろう。
腑に落ちないものを感じながら席に着く。

山羊足の魔術師たるもの、そんな細かいこと気にしない?
いいえ。しますよ、非常に。
そんな心持ちは顔に出さず、
ただ、手持ちぶさたになった手のひらをカオスは眺めた。
キィは先ほどオリバーに回収されてしまった。
いると面倒だが、居ないと寂しい。
顔を動かした先の娘は、特段疑問を感じた様子もなく、
にこにことオリバーの膝に座っている。
そのまま、席に着いた面々を眺め、カオスは首を傾げた。
特に理由もないその仕草を、議長席から咎められる。
「カオスさん!
 次に何かやったら、部屋から放り出しますよ!」
だから、俺は何もしていないって。
やはり口には出さず、首だけすくめてみせる。
今回、ウタラのやんちゃにブチ切れたのは、
ルーディガーでもマーケルでもジャルでもなく、
リカルドだった。
普段怒らないものが怒ると一番怖いのは、どこも同じだ。
通例とのギャップに、きっかけとなった原因、
溜まった鬱憤と理由は複数あるが、
実力的にも銀悪魔を敵に回すのは怖い。
攻撃力ならマーケル、
手数の多さならヒュンケルのが上かもしれないが、
それらをはねのける防御力がリカルドにはある。
如何な攻撃も当たらなければ意味がなく、
相手を倒せなければ反撃は必至だ。
ここまで考えて、意味がないではなく、
どうという事はないと評するべきだったと反省する。
その違いが通じるのは、
せいぜいオリバーとジィゾぐらいなのだが気分の問題だ。
兎も角、これ以上リカルドを怒らせるのは、
害有っても益は無い。
何も語ることなく、カオスは静かに息を吐いた。

大人しく発言を控えた結果か、会議は円滑に進み、
いつもより早く小休止となった。
「リカルドは大分頭に血が上っていたようだな。」
「そう、ねえ。」
ルーディガーの呟きにカオスは延びをしながら頷いた。
銀悪魔からカオスさんなどと呼ばれたのは、
何時ぶりだろう。
魔王ともなれば、建前や立場などあって、
お互い、呼び捨てか通り名しかつかわない。
「あの程度で平常心を失うようじゃあ、
 あいつもまだまだ修行が足んねえなあ。」
ウタラが笑いながら、カクッと肩を竦めた。
いたずらが成功して嬉しげな石猿を、口先ばかり窘める。
「いや、あれだけやられれば、誰だって怒るだろ。」
正確には汚されれば、だ。
騒ぐのも、壊すのも、
大概のことはカオスとルーディガーがやっており、
リカルドも其れに慣れ、諦めがついている。
しかし、今回の胞子大噴射は駄目だ。
「あんな広範囲に渡って粉、まき散らしちゃってさ。
 全部拭き取るのは大変だぞ。」
一体、誰が掃除すると思っているのか。
責められて、ウタラは再び肩を竦め、
ルーディガーが思い出した顔をした。
「リカルドにも、あの自動掃除機、
 貸してやるといいんじゃないのか?」
事も無げに言われて、カオスは眉を動かした。
先日独り身の竜王に貸しだした古代の遺物は、
そう簡単に準備できるものではない。

「んなこと言われても、
 掘り出したのは、全部うちで使ってるしなあ。」
まず、在庫がない。
使用先の環境も整えなければならない。
仮に準備できたとしても、有効範囲は床だけだ。
「元々、短期で使うもんでもないし、
 そんな手間掛けるくらいなら、俺が掃除するね。」
棚やソファの上なども、拭き取らねばならず、
結局人力が一番効果的だ。
加えてカオスは掃除向けの魔法を幾つか拾得している。
任せてくれれば20分で片付けると言い放てば、
ルーディガーは口端を引きつらせた。
「お前は暇なのか、忙しいのか、どっちなんだ。」
改めて聞かれると、答えづらい。
人と魔物の外交官役に加え、
趣味の業務を24時間営業中ではあるが、
呼び出しさえ食らわなければ、何とでもなる。
出張掃除夫など、どう考えても魔王の仕事ではないが。
ポリポリと顎を掻いたカオスの隣から、
ウタラが不思議そうに口を挟む。

「何だよ、自動掃除機って。」
「丸や三角で、床を掃除するんだ。」
「閣下、それ、説明になってそうでなってない。」
竜王の見た目と機能だけの説明に魔術師は突っ込んだが、
それでも石猿は合図時を打つ。
「ああー あの、平べったいの。」
元地雷探索機だろと得意げに言うウタラに、
カオスは肩を落とした。
「何でそれで判るんだよ、大将。」
古代文明の遺物である掃除ロボットは、
今や世界に数台しか存在しないのだが。
知るはずのないことを知っている石猿から、
わざと気味悪そうに身を離す。
失敬な態度の魔術師にウタラは肘鉄を軽くたたき込んだ。
「人間の遺跡を漁っているのは、
 お前だけじゃないっつうの。
 それより機械と言えば、
 今日はロボは来てないのか、ロボは?」
彼の問いは余りに端的だが、
魔王会議に来るようなロボットと言えば、一体しかない。
「ああ、来てないな。」
「ヌルが腹をこわしたから、その看病に行ってるぞ。」
古代科学を有するソルダットランドが作った人型機械、
ジィゾのことだと判断し、
ルーディガーとカオスが揃って首を横に振ると、
ウタラは口をとがらせた。
「なんだ、つまんねえなあ。
 最新型の高性能だって言うから、
 楽しみにしてたのに。」
「何時からロボット好きになったのよ、大将。」
「こないだから。お前がヤハンで拾ったって、
 RoBをおいていったろ。」
言われてカオスは思い出す。
確かに極東の島国ヤハンからの帰りがけ、
土産代わりの発掘品を置いていったことがあった。
「そんなこともあったっけね。」
「ありゃ、おもしれえな。会話しかできねえとは言え、
 いろんな反応すっし。プログラムをいじれば、
 もっと喋るんだろ?」
二人の間だけで話が進むので、
ルーディガーが不満げに眉を顰めた。
「何の話だ。」
「1千年前の遺跡から発掘した、
 愛玩用小型ロボットの話です。」
「ふむ。」
分かったような、分かっていないような返事に、
カオスは手で30cmほどの高さを示した。
「大体、このぐらいの大きさのおもちゃだよ。
 ジィゾと違って、本当に喋るだけの。」
本日不在の最新型人型機械とは、
性能が段違いだから、比べてはいけないと言うのに、
今度ははっきりと理解を示して竜王は頷いた。
「ジィゾは見た目も動きも、殆ど人と変わらんしな。
 古代文明の最盛期であっても、
 あれほどのロボットはなかなかいないだろう。」
意外にも正確な評価に、カオスは少し目を見開いた。
「違いがお分かりですか、閣下。」
「壁が崩れる直前に、
 人の街を見に行ったことがあるからな。」
若気の至りだと、何故か恥ずかしそうな竜王の言葉に、
ウタラが大げさに溜息をつく。
「いいなあ、オイラもみてみたかったぜ。」
もう少し、早く生まれていればまた違ったのであろうが。
どこまで演技かがっくりと肩を落とした石猿に、
魔術師は眉尻を下げた。
「写真や映像でよければ、ありますがね。
 でも、そういうんじゃないんだろ?」
「ああ、やっぱ、自分の足で歩いてみねえとなぁ。」
時を遡りでもしない限り生まれる前の時代は体験できず、
万能に近い力を持つと言われるカオスであっても、
ウタラの願いは叶えることはできない。
死者を生き返らせることと、時を動かすこと。
この二つは巷で万能扱いされている、
カオスにもできないことの代名詞だ。
それならばと、魔術師は実現すると思ってもいなければ、
させる気もない可能性を提示する。
「そこまで文明が育つのを、
 気長に待つしかないんじゃないでしょうか。」
「馬鹿言うなよ。後、何千年かかるとおもってんだ。」
いくら他の獣人と異なり、石猿族が長命だと言っても、
限度がある。
呆れたウタラと反対にカオスは難しい顔で腕を組んだ。
「後500年、いや400、下手をすれば200年ぐらいで、
 近いところまで行くかもな。」
貪欲なだけに人族の技術進歩は凄まじい。
現物は失われたとはいえ、文献も多く残っている。

「結構早いな。」
「なんだかんだ言って、優秀なのが多いからな。」
嘗ての科学力を取り戻すまで、
そう長くは掛からないことを、
ジィゾの存在が証明してもいる。
改めて考えれば、
魔術師の予測が強ち外れていないことに気づき、
石猿と竜王は眉を潜めた。
人族が他種族から総すかんを食らっているのには、
それなりの理由がある。
嫌われ者が力を付ければ、ろくな事がないのは道理だ。
対策を講じるべきかを思考し始めた二人を、
引き留めるかのように、カオスが口の端を歪めて笑う。
「もっとも、何もなければの話だけどな。」
妨害工作を行うと宣言したに等しい発言に、
ルーディガーとウタラは顔を見合わせ、肩を竦めあった。
どちらもほぼ隠居の身であり、
現役のカオスが動くのならば、それに越したことはない。

「具体的に何をする気かは知らないけどよ。
 おいらはわんこに任せるぜ。」
「おう、任されよ。」
若干投げやりなウタラの一任に、
カオスは両手を打って答えた。
魔術師を敵に回せば如何なる形であれ、
酷い目に遭うという純然たる事実と、
黒犬という今は廃れた彼の呼び名を、
ルーディガーは思い出す。
黒犬だからわんことは、安易で高慢な呼び方だが、
カオスはそれを気にする性質ではない。
大体、本人が大将だの、閣下だの、
勝手なあだ名を付けて回っているのだ。
今更、文句を言う立場でもないだろう。

「なんだか知らないけど、程々にやれよ、
 ああ、怖い怖い。」
首の後ろをバリバリと掻いて、
ウタラは大きく首を回した。
「じゃあ、おいらは帰るかね。
 ロボがいねえんじゃ、長居する理由もないしな。
 つまんねえなあ。
 リアルロケットパンチが見られると思ったのに。」
さらりと無茶を口にするのに、
ルーディガーとカオスは再び揃って首を振る。
「いや、それはジィゾが居ても無理だろう。」
「そうなのか? でも、目からビームはでるんだろ?」
「出ない出ない。」
俺は兎も角、閣下にまで突っ込ませるなよと、
ウタラの右胸に裏拳を流し込み、
カオスはぼそりと呟いた。
「むしろ、それができるのは俺じゃないのか?」
「できるのか!?」
「ああ、お前、義手だったなー」
真顔で左腕をさするカオスから、
ルーディガーは文字道理身を引き、
ウタラがしたり顔で頷いた。
「義手?」
「おう、なんだ閣下、知らなかったのか?」
聞きなれない事実に竜王が振り返ると、
石猿は本日覚えた彼の呼称を自然に使い、
事もなげに頷いた。
改めて魔術師を見やれば、目を離した一瞬の隙に、
上腕から取り外した左腕を孫の手にして頭を掻いている。
「だから何だって感じだし、
 別に言い触らすことでもないしなあ。
 閣下も右足義足だろ?」
「まあ、な。」
自分の手足を物としか扱わないカオスに、
薄ら寒い感覚を覚えながら、ルーディガーは頷いた。
山羊足の魔術師ともあろう者が、
四肢を欠損した理由は気になるが、
掘り下げるとろくな事がないのも通例である。

そのまま二の句が継げずにいると、
話の矛先はロケットパンチに戻ってしまった。
「でもマジで? 飛ぶの? 飛ぶの?」
「試したことはないけど、
 やってやれないことはないと思うんだ。」
「それでその辺の花瓶を壊して、
 またリカルドに怒鳴られるんだろう。止めろ。」
いたずらっ子の顔で尋ねる石猿に、
魔術師は左腕を調整しながら眉根を寄せ、
竜王が先を読んで怒る。
知らぬ者がみれば、
いい年した大人の悪ふざけでしかないが、
どんなに砕けていても、彼らは他と一線を画く化物だ。
年を経て、より狡猾であるだけに、
己が立場を忘れるはずもない。

少し、声を低めてカオスが問う。
「つか真面目な話、今日はどうしたのよ、大将。」
まさか本当に最先端の人型機械を、
見に来ただけではあるまい。
素知らぬ態度を崩さない癖して威圧的な問いに、
ウタラはおどけるように尻尾をくねらせた。
「ああ、忘れてた。ちょっとした報告だ、報告。」
のんきな口調で述べられたそれに、
カオスとルーディガーは眉をひそめる。
密林の破壊神と呼ばれるウタラが、
自ら報告するようなことなのか。
襟を正した二人に、石猿はカクッと左肩を竦め、
感情を含まない声で囁いた。
「イスサムが、死んだぜ。」

イスサムが、死んだ。
それが誰のことなのか、何を意味するか、
ルーディガーには分からなかったが、
カオスは苦しげに顔を歪め、息を吐いた。
「マジかよ。じゃあ、ランダは?」
「いつも通り、どっか飛んでった。」
「だよ、なあ。」
場の空気は一気に冷え、己の預かり知らぬ会話の中身を、
ただすことをルーディガーに止めさせた。
「それで浄化したのかよ?」
珍しく真剣な顔で問うカオスに、腕を組みウタラが頷く。
「ああ。
 今回はあり得ないほど、イージーモードだったしな。」
「まあ、あれでしなけりゃ嘘か。」
一人、納得した様子で呟くと、
カオスは瞬く間に取り外した左腕を元通り取り付けた。
ブルブルッと身を振るい、
誰もいなくなった会議室を見渡す。
つい話し込んでしまい、部屋から出損ねたが、
外へ休憩に行った者も、そのうち戻ってくるだろう。
「一応、会議でも報告しないといけないな。」
「それもわんこに任せるわ。」
「全力で断る。」
ウタラの依頼をきっぱり断って、
カオスはすぃと席を立った。
「何処いくんだ?」
「リキッドを探してくる。」
今回、司会役の彼に伝えれば、自分達が手を挙げずとも、
対応してくれるだろう。
序でに何か摘んでくるというのに、ウタラも立ち上がる。
「じゃあ、おいらも一緒にいくわ。」
「ふむ。」
話だけでなく、
物理的にも置いてけぼりにされた竜王を振り返り、
カオスはきつい調子で忠告した。
「そういうわけで閣下、
 見知らぬ若い女に絡まれたら、注意しろよ。」
「・・・わかった。」

一応了承したものの要領を得ないまま、
立ち去る二人を見送って、ルーディガーは一人、考えた。
「ランダ、か。」
確か、海を越え、砂漠を越えた先に棲む、
魔物のことだ。
聖なる白ライオンと争い続ける闇の魔女で、
妖術で人を騙し、捕らえて食い殺すというが、
この手の伝承が正しいことなど、そうそうありはしない。
仮に真実だったとしても大した問題でもない。
だが、ウタラとカオスの様子からすれば、
自分達にも何らかの悪影響を及ぼす存在らしい。
若い女に注意しろと言われたが、
今更、色香に惑わされる余力はない。
それより、浄化とは何のことか。

まあ、そのうち分かるだろう。
自分から積極的に説明はしないが、
聞けばカオスは答えるだろうし、
今直ぐ問題になるようなことでもなさそうだ。
ゆったりと背もたれに身を傾けたルーディガーの背後に、
するりと生き物の気配が通り抜ける。
無人だった部屋へ突如現れた気配に、
竜王は眉一つ動かさなかった。
世の中には霊体と現身の両方を持ち、壁を通り抜け、
無から姿を現す魔物もいる。
いちいち驚いていたらキリがない。
「他の方々は、どちらへ?」
聞きなれない少女の声が、耳をくすぐる。
「もう、会議は終わっちゃったかしら?」
「今、休憩中だ。」
突き放すように答えると、
すいっと気配が動いて、見知らぬ若い娘が隣に座った。
「そう、間に合ったようでよかった。」
金色の艶やかな髪を揺らして無邪気に笑い、
大きな翡翠色の瞳を竜王に向ける。
「初めましてだと思うんだけど、お名前を伺っても?」
驚かないのねと不思議そうに長いまつげを瞬かせながら、
人なつっこく尋ねられ、ルーディガーは眉根を寄せた。
「ハンス・ルーディガー・ヴァイスフルーだ。」
「ああ、あの金色の!」
何度か遠目からお姿を拝見したことがあるわと、
少女は微笑み、自らも名乗った。
「私は、ランダ。」
下の名前はないのとコロコロ笑う。
予想したとおりの名乗りに、ルーディガーは目を細めた。
噂をすれば陰がたつとは言うが、
偶然にしては出来すぎている。
さて、一見人畜無害に見えるこの少女の、
一体何が問題なのか。
どちらにしろ、邪魔になれば排除するだけだと、
ルーディガーはランダを見下ろした。

「何でもっと早く言わないんですか!!」
「ったく、余計なことはくっちゃべるくせに、
 肝心なことを言わないな!」
怒るリカルドとマーケル双方に引きずられながら、
カオスはどうでも良さそうに文句を言った。
「だから、黙ってたのは俺じゃなくて大将だっての。」
「へへっ、悪ぃな、わんこ。」
欠片も悪びれず、後を追ってきながらウタラが謝り、
その後に続くヒュンケルは無言で肩をすくめた。
結局同じ規定外でも、驚異が目に見えるルーディガーや、
付き合いの薄いウタラに文句を言うのは、
魔王の冠を有するものであっても、はばかられるのだ。
その分、当たりやすい自分が叩かれるのは必然の流れで、
裏にある一定の親近感や信頼を思えば、
怒るより、喜ぶべきなのかもしれない。
悪魔と呼ばれる有翼種達の苦労や立場を知っていれば、
逐一文句を言うのも馬鹿らしく、気にもならない。
好きなようにしたらいいんじゃないのと、
カオスは一人ごちた。
後ろ向きにずるずると引きずられ、天井を仰ぎ見る。
引きずられる足がいい加減痛いのだが、
両脇をがっちり押さえられているので、
正攻法で抜け出すのは難しい。

会議室に向かって走り続けながら、
振り返りもせず、マーケルが問う。
「それでランダはどこにいるんだ。」
「見つけたところで何が出来るわけでもありません。
 それより、警戒警報を出すのが先でしょう。」
答えたリカルドの判断は正しい。
あれの行動パターンは己と同じくランダムすぎ、
居場所を押さえていたところで、
さした抑制も出来はしない。
ジィゾと同じく、仲間も固定した領地も持たないので、
いっそのこと囲んで潰し、遺恨を絶つ方法もあるが、
受ける反撃は甚大であろう上に、確実性がない。
身内にその性質を伝え、警戒を促し、
見かけたら自領から追い出すのが精々だろう。
即行性のない対策に黒悪魔が舌打ちする。
「ったく、それしかないか。
 今回参加者が少ないのは痛いな。」
ヌルとジィゾだけでなく、今日はセイロンもきていない。
不死者の王がいれば、
フロティア近隣への対応を任せられたのだが。
「まあいい。どうせじいさんの身内は対象外だろうし、
 黒狼も自力で何とかするだろ。」
言い捨てるとマーケルは歩くスピードを上げ、
それに併せて、カオスは下半身をふわりと浮かせた。
引きずられっぱなしは靴が傷むのだ。
荷物の重力がなくなったので、
移動速度は加速され、元々大した距離もない。
一同、なだれ込むように会議室へ戻ると、
既に一悶着起こっていた。

「おい、これはなんとかならんのか!」
「そう言われても・・・きいたん、
 閣下が困ってるから降りなさいって!」
「やあだ、やあだ! おねえちゃん、あっちいって!」
「だって、あたしが先に座ってたのにー」
「誰も良いなど言っていないだろう! 
 お前も離れろ!!」
ルーディガーを中心に、
カオスの娘キィと金髪の少女が大喧嘩している。
我関せずを決め込んでいるジャルは勿論、
オリバーにも対処できないらしい。
力付くで引き剥がすにも、相手が幼児と少女では、
竜王にも躊躇するものがあるだろう。

両脇を押さえていた悪魔等の腕が力無く離れ、
ようやく解放されカオスは立ち上がり、呟いた。
「あーあ。 やっぱり閣下は狙われると思った。」
キィと争っているのは鬼女ランダ。
仮面の魔女、闇の愛し子、
カメレオンなどと呼ばれる彼女は移り気で、
気の向くまま移ろい歩き、服装や髪の色は勿論、
身長、年齢、姿形さえも息をするように変えるが、
場所や顔は変わっても、その性質は変わらない。
気に入った男を見つけると、
周囲の目も、相手の都合もお構いなしでまとわりつき、
気が済むまで離れないのだ。
勿論、魔王の一柱に混ざっているだけあって、
それだけでは終わらないが、目下、問題となるのは、
空気を読まない人懐っこさであることは間違いない。

ウタラが伝えにきたのは、
そんな彼女が取り憑いていた男の死だ。
恋人との死別によって一カ所に留まる理由をなくし、
再び放浪を始め、序でに会議へ顔を出したのだろうが。
「何で、おちびと喧嘩してるのよ。」
石猿が独特の調子で肩をすくめる。
正に自分も言いたいのはそれだとカオスは思った。
「きいこは知り合いの膝は、
 全部自分のだと思ってるかんな・・・
 閣下を横取りされたと思ったんだろう。」
「欲張りだなあ。一人ぐらい、貸してやれよ。」
「うん、俺もそう思うけどさ。」
素直なウタラの感想が耳に痛い。
どうしてうちの子は、ああも抱っこに執着するんだろう。
半泣きの愛娘はルーディガーの膝にしがみつき、
オリバーの手を振り払い、
ランダとバッシバッシ叩き合いの大立ち回りをしている。
そして、困ったことに負けていない。
争う二人は追加で止めに入ったマーケルとリカルドをも、
打ち負かした。

幼児相手にも関わらず、全く引かないランダに、
ヒュンケルも眉を下げる。
「相変わらずだな、ランダちゃんも。
 きいこに譲ってやればいいのに。」
「そこで譲れるなら、魔女なんて呼ばれないだろうよ。」
ウタラの指摘は的を得ているかもしれないが、
そんな寸評を交わす余裕はカオスにはなく、
マーケルとリカルドにもないだろう。
揃って殴られた二人はくるりとこちらに振り返り、
再び叫んだ。
「カオスさん!」
「ちょっと、これ、なんとかしろ!」
銀悪魔と黒悪魔に同時に怒鳴られて、
カオスは肩を落とした。
「やっぱり、俺が怒られるのかい。」
どうやら、今日はそういう日らしい。

 

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
津路志士朗
性別:
非公開

忍者カウンター