HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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ただいまコメントを受けつけておりません。
「子供じゃあるまいし。
叔父さんこそ、失礼のないようにしてくださいよ。」
甥っ子が承諾したのを機に、
憤懣やるかたない様子の黒悪魔と、
付き添いとしてヴァンパイアの公爵が、
なんやかんやと話し始めれば、竜王も腰を上げた。
「悪いが俺も失礼する。
独り身とはいえ、引っ越すなら、
まとめる荷物がそれなりにあるからな。」
先ほどカオスに転居を求められた彼とすれば、
当然の主張だろうが、
それを聞いた子供らが悲鳴を上げた。
「かっか、帰っちゃ、やだ!」
「かっか、帰んないでー」
周囲にいた子供ら数人に、藁藁としがみつかれ、
ルーディガーが焦った声を上げる。
「こら、離せ!
お前等と遊ぶつもりはないと言っているだろう!」
「いやだー!」
追っ手を振り払いながら逃げる竜王と、
泣きながら後を必死で追う子供らの追いかけっこを眺め、
吸血鬼の青年は心底不思議だと呟いた。
「閣下、何であんなに人気者なんだろ。」
彼らの父親、とは言っても、
それらしいことは衣食住を提供する以外しておらず、
日常の世話は7匹の飼い犬と、
1体の人型機械に任せっきりだが、
一応親代わりのカオスがルーディガーと仲が良いからか。
それとも、純粋に竜王が好きなのだろうか。
ルーディガーが子供達と顔を合わせることすら、
ほとんどないのに対し、
自分はカオスと付き合いがある分、
遊んでやる回数も多いはずだが、
あのような扱いは受けたことがない。
子供達のルーディガーに対する愛情は、ちょっと異常だ。
さりとて、悩んでも分かるはずもなく、
オリバーは自分も席を立つことにした。
ふと、子供達を眺めているセイロンに気づき、
年輩者に対する思いやりから、声をかける。
「セイロン爺、僕らも帰ろう。」
「主と儂は帰り道が正反対じゃろ。」
よければ送るからとオリバーは促したが、
不死者の王は気乗りしなさそうに答えた。
「儂はもうちょっと、ここに居たいんじゃ。
久しぶりの地上じゃからの。
それに鳳の小僧一人じゃ、
子供らの面倒はみきれんじゃろ。」
「手伝う気?
さっきから、逃げられてばかりなのに?」
吸血鬼の青年が指摘したように、
子供たちはセイロンに全く近寄ろうとしない。
「いじめやせんのに、何故なんじゃろう?」
「いや、顔が怖いから。」
「また、それか!
まったく、儂の顔がなんだっていうんじゃ?」
不死者の王は鏡を見たことがないらしい。
見た目からすれば仕方がないとはいえ、
寂しげに呟くセイロンに、オリバーは少し同情した。
人間からすれば恐ろしい化け物であっても、
身内には普通の爺さんと変わりない。
死体に魔力が凝り固まって生まれた不死者とはいえ、
他の生ける屍達と異なり、
セイロンは意志も感情も持っている。
こうも邪険にされれば、辛いものがあるに違いない。
「結局、ちびどもの面倒を見るしかないだろ。」
向こうではアセナがジャルを慰めている。
改めて目下の子供たちを眺めれば、
揃いも揃って、泥まみれの手に、汚れた服。
容赦の欠片もなさそうな満面の笑顔。
「・・・ばっくれたら、もっと怒られるよな?」
「怒られるだけで済めばいいがな。」
まだ、ジャルは何とかして逃げようとしているらしい。
表情にこそ出さないが、アセナも内心呆れているだろう。
「面倒臭えなあ。
ガキのお守りは、うちの連中だけで十分だっての。」
翼と揃いの白い髪を揺らし、
大儀そうに首を振る火鳥の王には、
確か年若い弟妹が一人ずついたはずだ。
人間で言えば15から17歳程度と、
難しい年頃に当たる二人に、
一回り年の離れたジャルが難儀していると、
噂に聞いたことがある。
金色に光る琥珀の瞳からは、
全くやる気が感じられないが、
ようやく諦めたのか、膝を曲げて、
子供の一人を抱き上げる。
早速、自分も抱っこして貰おうと、
子供達がわらわらと群がった。
「痛って! おい、髪引っ張るなって!」
鶏冠の名残なのか、
赤いメッシュの入ったところを引っ張られ、
ジャルが悲鳴を上げる。
「遊んでほしいにしても、礼儀ってもんがあるだろ。
お父さんから聞いてないか?」
「言って聞くようなら、
魔術師も苦労はしないだろ。」
子供相手に仰々しく説教をするジャルに冷たく答え、
アセナがトレードマークの帽子を深く被り直した。
帰るつもりと取ったジャルが不満げに言う。
「おい、逃げる気か?」
「元々、俺は何も言われてないけどな。」
無愛想な三白眼に違わず、
つれない返事をアセナは返したが、
帰るつもりはなかったらしい。
おぼつかない足取りで目の前を横切る子を抱き上げ、
少し離れた先で木登りに興じている男の子らの、
足を押さえてサポートに回った。
その様子に安心し、再びジャルがぼやく。
「全く何が悲しくて、自分の子供でもない、
ガキの面倒、見なきゃならないんだが。」
「別に誰の子でもいいだろ。
ガキはガキだ。」
双方男も子育てに参加する種族だが、
基本的に自分の子供しか面倒を見ない鳥族と、
一族全員で役割を分担し、
子育てする狼族では感覚が違うのか、
不満たらたらのジャルに対し、
アセナは子守をすることに抵抗を感じていないようだ。
片手で抱き上げた子をあやし、
フサフサした黒灰色の尻尾を引っ張ろうとする子たちを、
上手にあしらいながら、
木登り中の男の子等が危なくないか、見張っている。
切れる頭と他を寄せ付けない剣の腕で有名な狼の長は、
容赦のない残酷さでも知られている。
そんな彼が帰れる立場にありながら、
敢えて残っているのは、何故だろう。
人間とは言え、純粋に子供のことを考えてのことなのか、
彼らの父親との関係を考慮してのことか。
できれば、前者だといいとオリバーは思う。
手伝ってもらって、
木に登っていた子供達が歓声を上げた。
大人からすれば、ほんの1mと大した高さでもないが、
3歳程度の子供達には偉業なのだろう。
きゃあきゃあ騒ぎながら、得意げに手を振っている。
「なにが楽しいんだか。わかんねえ奴らだな。」
「俺は負けると判って、
魔術師に逆らうお前の方が分からん。」
「男には、負けると判っていても、
やらなきゃいけない時があるんだよ。
それよりお前、意外と一言多いよな。
口数が多いと嫌われるぞ。」
「誰にだ。」
鳳凰と人狼のどうでもいい言い争いを聞きながら、
オリバーは大きく、息を吐き出した。
「平和だなあ。」
一昔前であれば砂漠の人狼と、
最北の山脈に棲む火鳥の組み合わせなど、
見ることも出来なかっただろう。
何より、この集まり自体があり得ない。
大きな動きがないので、今は参加人数も少ないが、
必要となれば各地の魔王がこぞって動く。
ここまで大がかりな組織を作るとは、
カオスも無茶をするものだ。
そのために魔術師が支払っているであろう代償を思い、
オリバーはため息を付いた。
巷で言われるほど、カオスは万能ではない。
確かに桁外れの力は持つが、
本来の職務を離れて無傷でいられるほど、
自由な身の上でもないことを、彼は知っていた。
魔術師とのつき合いは、間違いなく自分が一番長い。
「何せ、僕は生まれた年だけなら、
叔父さんや、多分、閣下よりも古いですから。」
傍らのセイロンにも聞こえないぐらい小さい声で呟いて、
あまり意味はないけどと、
誰に言うわけでもないのに付け足す。
吸血鬼は生まれた日ではなく、
起きていた時間で歳を数える。
一千年以上前、
人と神との境界線が壊れる前に生まれたのに、
未だに人なら二十歳そこそこだなんて。
叔父の口癖ではないが、自分は寝すぎだ。どう考えても。
「壁さえ壊れなければカオスさんも、
ここまで派手に動かずにすんだんだろうけど。」
目下に広がる子供たちの群と、
言い争う魔王たちを見ながら、
オリバーはまた、ため息をつく。
人の世界、ミッドガルドと、
神の世界、アースガルドが別れたままであれば、
人の世界はどんなに行き詰まったように見えても、
少しずつ、まとまっていったはずだ。
少なくとも、オリバーはそう思っている。
己の見栄や欲のため、他者を傷つけずに済むほど、
人は利口ではないが、
全て滅ぼしてしまうほど、愚かでもなかったはずだ。
だが、壁さえ壊れなければというが。
きっかけを作ったのは確かに魔神ロキかもしれないが、
いずれ必ず崩壊する運命であったことも、
オリバーは知っていた。
形あるもの、いつかは滅びる。
出来るだけのことはした。
主神オーディンのルーンを用いても、
壁の完全修復は叶わなかったのだ。
他に何が出来ただろう。
薄れゆく古い記憶を何度探っても、
オリバーに別の答えは見つけられない。
仮に見つけたとしても、もう取り返しは付かないが。
「仮に、僕が大人だったとしても無理だよな。」
一人ばかり、戦力が増えたところで、
然したる影響はなかったであろう。
だが、あの人の助けにはなれたかもしれない。
過去に戻ることは出来ないのに、
繰り返し浮かび上がる敗北感をオリバーは噛みしめた。
「母さんが聞いたら、怒るよなあ。」
むしろ、殴られるかもしれない。
優しかったあの人と同じ姿でありながら、
養母の気性は燃え盛る炎のように荒く激しい。
息子が何時までも、
古い記憶に捕らわれているなどと知れば、
なんて女々しいと言うに決まっている。
「おっと。」
幾度目かのため息は足下への体当たりに邪魔された。
急に重たくなった右足を見れば、
耳付き帽子の幼児がフシシと笑った。
「やあ、きいたん。何かようかい?」
にこにこ笑うカオスの愛娘は、
両手とお腹に大きな泥のシミを付けていた。
汚れ移りを一瞬考えたが諦めて、
オリバーはそのままキィを抱きあげた。
「お、きいこではないか!」
セイロンが大喜びで横から手を差し出し、
腕の中でビクッとキィが痙攣する。
「ひぃぃーひぃぃー」
必死の態でしがみ付かれ、オリバーは慌てた。
「ちょっと、大丈夫だって。
セイロン爺は何もしないよ。」
言ったところで、幼児には分かるまい。
あから様にがっかりしたセイロンに別れを告げ、
キィが大声で泣き出す前に、
そそくさとオリバーはその場を離れた。
とは言っても、行く先などない。
まだ残っている者の中でも、意外と子供の相手が上手い、
ジィゾへ渡そうかとも思ったが、
死神と称される人型機械は、
既に十数人の子供に囲まれていた。
これ以上、数を増やすのは悪い。
キィを抱えて自宅へ帰るわけにも行かず、
仕方なしにオリバーは叔父の元へ向かった。
吸血鬼公爵は相変わらず黒悪魔と言い争っていたが、
戻ってきた甥っ子に気が付いて、喧嘩をやめた。
「どうした、オリバー?」
「いや、別にどうもしないんですけど。」
型式ばかりの返事をし、
オリバーは抱えているキィを差し出した。
「おー きいこ、久しぶりだな。」
条件反射で吸血鬼公爵が差し出した両手に、
魔術師の愛娘は臆することなく手を伸ばし返す。
「あ、なんだお前、泥まみれじゃないか!」
受け取った幼児の泥汚れに、ヒュンケルは顔を歪めたが、
キィはそんなことお構いなしで公爵の髭に手を伸ばした。
「こら、引っ張るな! 痛いって!
誰かこれ、パス、パス!」
早速持て余し、
受け取り先を探しに走り去るヒュンケルを、
マーケルが呆れた様子で罵った。
「いい歳して、子供一人満足に抱えられないのか。」
「慣れてないんですよ、純粋に。」
本音では同感だったが、
身内を悪く言われて黙っている訳にも行かず、
オリバーは叔父を庇った。
「うちの一族は滅多に子供が産まれないですし、
叔父はカオスさんの所へ行くこともないですから。」
「君と違って、か。」
言葉使いは乱暴なものではなかったが、
マーケルの瞳には、少なくない警戒心があり、
困ったオリバーは目を反らせた。
「まあ、僕も、
そんなに頻繁に会ってる訳じゃないんですけれど。」
魔術師カオスと繋がりがある自分は、
人間嫌いな黒悪魔の長に信用されていないのだろう。
仕方のないことだ。
「借りている資料とか、返さないといけないので、
偶には・・・」
「それより、アンリはどうしてる?」
DVDなんて言っても分からないよな。
そんなことを考えていたオリバーの言い訳は、
途中で遮られた。
「母、ですか?」
突然でてきた養母の名に驚いて、
目を見開いた吸血鬼の青年に、
黒悪魔は不信そうに眉をひそめた。
「カオスの所に行くのは、
彼女と連絡を取るためじゃないのか?」
ああ、そういうことかとオリバーは納得する。
最後に養母の顔を見たのは何時だったか。
気まぐれな彼女のことだ。
今、何処で何をしているか、皆目見当がつかない。
連絡を付けるなら、
確かにカオスに頼むぐらいしか方法はないだろう。
「いえ、母には父が一緒ですから、
心配することもありませんので、
特に連絡は取ってはいないんです。
向こうからも、何にも言ってきませんし。」
「そうなのか。」
魔術師の元へ通っていても、養母と話はしていない。
そう勘違いを正すと、黒悪魔の態度が変わった。
「じゃあ、あれが何処で何をしているのか、
知らないのか?」
「ええ、気にならない訳じゃないんですが。」
「子供に居場所ぐらい、伝えておくべきだろうに。
相変わらず、勝手な女だ。」
安心したように一息付き、それを隠すように、
改めてマーケルは腹立たしげに唸った。
オリバーは知らなかったが、この様子だと、
養母は黒悪魔の長とつき合いがあるようだ。
しかも、警戒の元はカオスではなく彼女らしい。
どのような付き合いだったのだろう。
「母とお知り合いだったとは、存じませんでした。」
「カオスの紹介でね。もう20年近くになるか。」
そんな前からかと頭を掻いたオリバーを、
当時、君は寝ていたから知らなくて当然だろうと、
マーケルは軽く受け流した。
「今でも思い出したように連絡をよこすんだが、
同時に面倒が付いてくることが多くてな。
カオスと違って、故意ではないのは知っているが、
あれが関わっていると思うとどうもな・・・」
何かの弾みに息子経由で、
もめ事が降ってくるかもしれない。
そう思われたのだろう。
自分に掛けられた嫌疑の理由を大体理解し、
オリバーは頷いた。
「色々、ご迷惑をお掛けしてしまっているようですね。」
「迷惑というか、まあ、
君にあたるつもりはないんだが。」
親への愚痴を子供に言うのは、誉められたことではない。
言い訳がましく前置きして、
黒悪魔は苦々しげな顔をした。
「また、人間の子供なんか連れてこられたら、
堪らないからな。」
酔狂としか思えない話に、吸血鬼の青年は素直に驚いた。
「え、カオスさんじゃなく、母がですか?」
「10年ぐらい前だったか・・・
自分じゃ槍術は教えられないから、
何とかしろと押しつけられたんだ。」
子供の保護を趣味にしている、
山羊足の魔術師ならば、まだ分かるが、
定まった家さえ持とうとしない奔放な母が、
子供の世話を頼むとは、どんな経緯だったのだろう。
いや、何故世話をする事になったのかはまだしも、
寄りにも寄って、
魔物の中で最も人間と争っている黒悪魔族、
しかも、その長に頼むなんて。
「それはその、なんて言うか・・・
無茶苦茶にも、程がありますね。」
「全くだ。
それを差し引いても、君の母親は大体酷いぞ!」
「申し訳御座いません。」
具体的になにが酷いのか、マーケルは口にしなかったが、
それが返って怖いとオリバーは思った。
「しかし、今頃、何処でなにをしているのやら。」
一頻り文句を言った割には、
心配そうに黒悪魔は首を振った。
「元気だといいんだが。
良くも悪くも、滅多に便りを寄越さないから、
安心も心配もできん。」
同感ですと、オリバーは頷いた。
母の気まぐれに付き合っていたら、身が持たない。
気にせず、放っておければいいが、
そうするには、自分にとって彼女の存在は大きすぎる。
少しは、
大人しく待つことしかできない身にもなって欲しいと、
吸血鬼の青年は目を伏せ、
文句を言いながらも黒悪魔が、
自分と同じ気持ちでいるらしい事を嬉しく思った。
「頼りがないのは元気な証拠。
いつも通り、気ままにやっているでしょう。」
「そうだな。
そして間違いなく、
アッシュが振り回されていることだろう。」
結局、気楽に構えるしかない。
マーケルが難しい顔で同意し、
付け足した言葉にオリバーは吹き出した。
「確かに。きっと、そうですね。」
口数の少ない養父がしかめっ面で、
養母の後を追いかけるのは、
もう何百年も繰り返された決まり事だ。
そんな彼らの姿が目に浮かぶようでオリバーは笑い、
釣られるようにマーケルも苦笑した。
「もし、何か連絡があったら、
そちらにも伝えましょうか?」
「ああ、そうしてくれ。」
一頻り笑った後、吸血鬼の青年がした提案に、
黒悪魔は頷いて、改めて、席を辞することを述べた。
人間の大国フォートディベルエの首都、
シュテルーブルに隣接する森林に居を構える彼らは、
確かに、何かと忙しいだろう。
お互いの武運を祈り、別れを告げた後、
マーケルは思い出したように付け加えた。
「アンリと話ができたら、
伝えて欲しいことがあるんだが、
頼んでも構わないか?」
「ええ、どうぞ。」
「じゃあ、生物を常温で郵送するのは、
やめろと伝えてくれ。」
それだけ言えば分かるはずだと黒悪魔は言って、
転移魔法を展開して帰っていき、
残された吸血鬼の青年は初夏の青い空を仰いだ。
ああ、母は彼に何を送っているのだろう。
清々しい青空に心が洗われていくようだが、
どっしりとのし掛かるような不安が残った。