HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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ただいまコメントを受けつけておりません。
出迎えに集まった小さな子供たちが、
1週間ぶりに戻ってきた家族に、
飛びつきたいのを必死で堪えている。
目上の者から声をかけるまで、
下の者は大人しく待つのが礼儀だ。
「今、帰ったぞ。」
声をかけると同時に、
彼が出した僅かなサインを読みとって、
仲間たちはわらわらと自分の家族の元へ駆け寄った。
アセナのところにも小さい従兄弟が、抱きついてくる。
「何もなかったか?」
「うん。
何も悪いことはなかったよ、兄ちゃん。」
ぐるぐると頭を押しつけて簡単な挨拶がすむと、
次は一人だけ所在なさげに立ち尽くしている、
新入りのところへ向かう。
「ニケも、お帰り。」
「はい、レイン。ただいま戻りました。」
「シーク(族長)に迷惑をかけなかったか?」
一回り年上に対しするとは思えない尊大な態度で、
従兄弟は新入りに問い、彼女はそれに大人しく応えた。
「それはお伺いしてみないと分かりませんが、
微力を尽くさせていただきました。」
呼ばれてアセナは耳を動かす。
「問題ない。」
族長が良の意を示したのを受け、
小さい従兄弟は新入りを誉めた。
「よし、よくやったぞ。
これからも、努力するように。」
「はい、レイン。」
十は年の離れた子供に上に立たれても、
新入りのニケは欠片も反発することなく、
素直に微笑んだ。
元補囚という自分の立場を弁えていると言うよりは、
気質が穏やかなことが大きいだろう。
仲間の信を得て、戦場に立つようになった今でも、
自身の地位を主張するどころか、
子供たちにまで敬虔な態度を崩さない。
どの道、レインの尊大な態度が、
ポーズにすぎないのは傍目からも明らかだ。
北の同族の血を引きながら、
人として暮らしていたニケは、
相変わらず、人狼独自の合図を読みとるのが下手だが、
あのしっぽをみれば、小さい従兄弟が彼女の帰還に、
大喜びしているのが、嫌でも分かるはずだ。
家族と挨拶が終わった他の子供たちも、
わらわらと集まってくる。
「にけねえ、けが、しなかった?」
「ニケ姉、お疲れさま。」
「はい、サン、クラウ、ありがとうございます。」
「ニケ姉、ハーピーを沢山やっつけた?」
「私はそれほどでも。でも、お兄さま方が、
沢山追い払ってくださいましたよ。」
捕虜になってしばらくは、
子供の面倒を見させられていたこともあって、
毛色の違う姉が、子供らは大好きだ。
次々と頭を押しつけてくる仲間たちに押しやられ、
レインは不満げな顔をしたが、
すぐに思い出したようにアセナの元へ戻ってきた。
「それよりシーク、お誕生日おめでとうございます。」
子供のはともかく、自分の誕生日のことなど、
大人はすっかり忘れているものだが、
アセナもその分に漏れなかった。
言われて、ようやく思い出す。
二人きりの時はまだしも、皆の前では血縁といえど、
族長には敬意を持って接するべき。
小さな従兄弟がそう自ら宣言したのはいつだったか。
精一杯大人びた態度で祝辞を述べるレインに、
自分が年を重ねたことよりも、
従兄弟の成長をアセナは感じた。
「シーク、おめでとうございます。」
「おたんじょうび、おめでとうございます。」
ニケに引っ付いていた子供たちも、
慌てて挨拶にやってくる。
併せて他の仲間たちからも、簡単な祝辞が述べられた。
今更、何をすると言うこともないが、
やはり、めでたいことだと思う。
自分の歳を迎えられなかった仲間が幾人もいる。
彼らの無念を思えば、其の分、何とか生きなければ。
仲間たちの挨拶が終わるのを待って、
おずおずとニケも前にでる。
「おめでとうございます、シーク。
そうと知っていれば、何かご用意したのですけれど。」
「気にするな。俺たちにそういう習慣はない。」
他の地方では、族長の誕生日ともなれば、
祝いの席を設けるものだろうが、
自分達にそんな余裕はない。
それを知ってはいても、余所で暮らしていたニケには、
違和感を抑えられないのだろう。
申し訳なさそうに耳を伏せる新入りを下がらせて、
仲間達に解散を言い渡そうとしたときだった。
一番小さいサンが、嬉しそうにしっぽを振り回す。
「あるよ! しーくにぷれぜんと、きてるよ!」
聞きなれない言葉に、自然と眉間にしわが寄る。
「何の話だ。」
そのような報告は受けておらず、
留守中の責任者である従兄弟を振り返る。
「何もなかったんじゃないのか?」
「うん、悪いことは何も。」
特段、不備を感じていない様子で、
レインがしっぽを大きく揺らした。
「でも、今日、ルッツさんがきたよ。」
横からサンが嬉しげに言う。
「るーねえ、おおきなはこ、おいてった!」
「いつも通り、会議は欠席だってサインしておいたよ。」
顔見知りの来訪を思い出した子供達は、
ただ、楽しそうに騒いでいるが、
山羊足の魔術師ことカオスの使い魔が来ていたと知って、
アセナは耳を伏せた。
カオスの言動を考えれば、緊張感が欠けるのも分かるが、
魔王の頂点に立つ魔王からの使者の到来は、
最重要事項とすべきだ。
「レイン、次から使者がきたことは、
何であろうと一番最初に報告しろ。」
「はい、シーク。」
一応注意して、先を促す。
「それで、何を持ってきたって?」
「えっと、いつもの会議の関係資料と、
お裾分けだっていうお菓子や乾物と、
なんだか判らないけど、大きな箱。
オリバーさんからの贈り物だって。」
「オリバーから? 何を考えてるんだ、あいつ。」
最西部の古城を住処とする吸血鬼の名前に、
アセナは鼻に皺を寄せた。
吸血鬼一族の代表であり、
常闇の城ドンケルナハトの管理人、オリバー・スドウ。
彼は神話の世界とされる一千年前から生きているくせに、
長い冬眠のせいで、年若い。
それ故、魔王の中で年少のアセナを、
近しく感じているのか、友人のように扱う。
馴れ馴れしいわけではないが、
腹をさぐり合うべき相手の砕けた態度は、
少々落ち着かない気分にさせられる。
だが、同じく歳の近そうな北部の白鳳、
ジャル・ダブルヘッドに比べれば、余程マシか。
いい加減なジャルと違い、
礼節に長けたオリバーなら妙な真似はしないだろう。
寿命の長い一族にありがちな大らかさを持て余しながら、
アセナは小さく息を吐いた。
「じゃあ、みてみるか。」
「うん、今、持ってくるね!」
族長の言葉にレインを初めとして、
幾人か、表に飛び出していき、
残った子供は興奮気味にその場でぐるぐる走り回った。
思わぬ幸運に大人たちも顔を綻ばせ、笑いあう。
さて、何が送られてきたのやら。
プレゼントと言っても色々あるが、
向こうの習慣からすれば簡単な小物か、その辺だろう。
食べ物だと良いなと思う。
このまま仲間たちと簡単な祝いの席が設けられるし、
子供たちに普段口に出来ない物を食べさせてやれる。
誕生日などに興味はないが、
たまにはこういう日があっても良い。
あまり高いものだと返礼に困るが、
なんだかんだ言って、オリバーはそつがない。
何を送ってきたとしても、心配することはないだろう。
程なく、外へ出た子供たちが、
1m前後の箱を抱えて、戻ってくる。
「みて! こんなに大きいの!」
「それに重いんだよ!」
「シーク、天地無用って何?」
「早く、開けてみて!」
口々に騒ぐ子供たちに、そのまま開封の指示を出す。
「まあ、開けてみろ。」
「オレらが開けちゃっていいの?」
「いい。」
プレゼントなど貰ったことのない彼らは、
大喜びで包装紙を引っ張りだした。
それが返って不憫だ。
いつか、自分自身への贈り物を開ける機会を、
与えてやりたい。
あっと言う間に包装紙はビリビリに破れ、
ダンボールの薄茶色い箱が表れた。
こぼれてくる土と草の臭いに、僅かに不審を覚える。
ダンボール箱は簡単に壊れ、子供たちが歓声を上げた。
「わあ、お花だ!」
「きれい! こんなの、みたことない!」
・・・なんだって?
少し考えて、改めて箱の中身を見る。
確かに花だ。
高そうな籐籠に、色とりどりの美しい花が、
整然と活けられている。
どれも根付きで、植え変えれば今だけでなく、
毎年、楽しめるかもしれない。
だが、男に花を贈られて喜ぶ趣味はない。
「ニケ姉さん、これ、なんて花?」
「これは、蘭とヒヤシンスとハルシオンですね。
こちらは霞草でしょうか? 綺麗ですね。」
女性陣と子供達は喜んでいるが、
朋輩らが微妙な視線を送っているのが、
見なくても判った。
敢えて論点に触れない、
遠慮がちな呟きが聞こえてくる。
「なあ、あれって、向こうの花だろ?
どうやって世話するんだ?」
「暑さで、枯れたりしないのかな・・・」
そうなのだ。
植物とて、生き物だ。
口を利かず、動き回らないからと言って、
放置すれば枯れてしまう。
ある程度、世話をしてやらねばならないだろう。
温度や日当たりなど、
環境にも配慮してやらねばならないかもしれない。
この、忙しいのに。
「シーク、あの、良かったですね。」
「・・・ああ。」
恐る恐る掛けられた仲間からの言葉に、
取り合えず、返事だけする。
長旅の疲れが今更ながら、どっと肩にのし掛かってくる。
オリバーに悪気はないだろうが、
もう少し、何とかならなかったものか。
贅沢はいわない。
簡単なお菓子の詰め合わせで十分だった。
甘い物など滅多に口に出来ないし、普通に嬉しい。
非実用的な装飾品でも、
そのまま仕舞っておけば、何かの折りに、
使えることもあるだろう。
だが、花など愛でる趣味もなければ、余裕もない。
生き物だから、後回しにも出来ない。
全く嬉しくない上、余計な手間を掛けさせる贈り物って、
正直、どうなんだ。
「シーク、嬉しくないの?」
不穏な空気を感じ取り、子供の一人が耳を伏せる。
不安にさせてしまったことに気がつき、首を振る。
「いや、そんなことはない。」
本音は、そんなことある。
むしろ対処に困っている。
「だが何故、こんな物を送ってきたんだろうな。」
判っている。
貰い物に文句を言うもんじゃない。
相手の心遣いを、
気に入らないからといって悪様に言うのは、
品がなければ礼儀に欠ける。
好意にケチを付け、平気でいられるほど、
無神経でもないつもりだ。
他種族からの贈り物を粗末に扱って、
無駄な火種を増やすわけにもいかない。
しかし、いらないとしか言えないものを送られて、
素直に喜べるほど、出来てもいない。
こちらの近況はオリバーもよく知るところであろうし、
他に選択肢はいくらでもあっただろうに、
何故、花なのか。
色々な感情を抑えて暫し逡巡した後、
アセナは使える新入りを振り返った。
「ニケ、これの世話は出来るか?」
「やったことはありませんが、
うまく暑さを避けられれば、何とかなると思います。」
「じゃあ、お前に任せる。
ちびどもと協力して管理しておけ。」
それから、改めて子供たちの顔を見る。
「仮にも、常闇の主からの贈り物だ。
きちんと世話できるか?」
族長から突如かせられた任務に、
一瞬、緊張で顔を強ばらせた子供たちは、
直ぐ口々に声を上げた。
「できます!」
「ちゃんとできる!」
「お花、お世話する!」
「よし、任せたぞ。」
敢えて厳粛に言い渡す。
一人前に仕事を仰せつかった誇りと、
珍しい花の世話が出来る喜びで一杯の子供たちは、
喜色満面で頷いた。
「よし、じゃあ、これ、どこにおく?」
「水源の洞窟入り口がいいでしょう。
あそこなら涼しいですし、ある程度日も当たります。」
ニケの言葉に小さい子らは、再び花の移動を始めた。
その中から従兄弟を引っ張りだし、言いつける。
「ルッツは菓子類も持ってきたんだろう。
戻ってくるとき、持ってこい。」
「え、でも・・・」
カオスの使い魔が時折持ってくる食料品は、
通常、大事な非常食として厳重に管理される。
躊躇するレインに、改めて促す。
「大丈夫だ。海で魚が結構とれた。
保存食はそれでしばらく何とかなる。」
「本当? いいの?」
「ああ。折角、皆、集まっているし、
無事に帰ってこれた今日ぐらい、いいだろう。」
「うん、わかった!!」
今度こそ、珍しくお菓子が食べられると聞いて、
子供たちは勿論、大人たちのしっぽも揺れる。
その動きを視て、アセナは更に腹を据える。
「ついでに倉庫に残っている古い物なんかも、
入れ替えついでに、食ってしまおう。」
ささやかながら食事会の開催宣言に、歓声が上がり、
子供たちだけでなく、大きい者も数名準備に駆けていく。
「今年は、良い誕生日になりましたね。」
誰からと言うことなく、そんな声が挙がる。
再度簡単な祝辞が述べられ、
アセナはそれに尾を振って応えた。
「カオスの奴も、
いいタイミングで使者を送ってくれたものだ。」
日にちを狙ったのか、ただの偶然か。
気まぐれな魔術師のことだけに、どちらもあり得る。
気の早い者が口の周りを舐めながら言う。
「ケーキがあると良いけどなあ。
そしたら、ますます誕生日らしいのに。」
「なんでも、食べられるだけで十分だよ。
甘いものなんか、久しぶりだ。」
確かにその通りだ。
良い息抜きになったと一息ついたところに、
声を掛けられる。
「シーク、折角ですし、
頂いた花も飾ればよかったんじゃないですか?」
場も華やかになっただろうと言われるが、
アセナは静かに首を振った。
「子供らのおもちゃを、
取り上げるわけにはいかないだろう。」
「え、でも・・・」
部屋に広がり駆ける困惑を、
きっぱりと切り捨てる。
「オリバーには小さいのが喜んでいたと、
礼を言わないとな。」
珍しく、美しい植物に加えて、重大な任務を貰って、
子供たちは自尊心と好奇心を両方満足させていた。
まさに、彼らのための贈り物だ。
だから俺のじゃない。あれは俺のじゃない。断じて。
思うところが多すぎて、そう思わないとやってられない。
人狼は言葉以外で意志の疎通を行う。
皆、族長の言いたいことを飲み込み、押し黙るなか、
アセナはバサリと尾を揺らした。