HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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遙か昔、まだ壁が完全に壊れきっていない頃、
人に化け、その世界に潜り込んだ時に見た物に比べれば、
今の機械は子供のおもちゃに等しいのかもしれないが、
一人住まいを手助けするには全く問題がない。
呪文を唱えずとも、摘みを一ひねりするだけで、
食事が暖まり、衣類の汚れが落とされ、光が灯るのは、
便利と言わずに何と言おう。
望んだことではなかったが、手元に設置され、
使ってみれば、ただの洞穴を快適な住宅とし、
一度で手放せなくなる代物であるのが、
身を持ってよく解った。
新しい住居の壁は加工済みで、ドアや窓も取り付けられ、
家具は勿論、下水道まで完備されている。
加えてに設置された、暮らしに便利な機械類のおかげで、
植物も少なく、生き物の寄りつかない岩山では、
手に入りづらい薪を集める必要も、
水を汲みにいく労力もなくなった。
その上、食料を長く保存できる冷蔵庫もあったので、
日々の糧を得るために出かける回数も少なくなった。
そうなると、仕事も守るべきものもない老竜には、
やることがなくなってしまうのだが、
用意の良いことに、家具の中には本棚と、
そこにぎっちりと詰まった書物があった。
戦記物を片手に紅茶を啜りながら、
最近自分は、本を読むことしかしていないと、
ルーディガーは考えた。
悪いわけではない。むしろ、快適すぎる。
他にやりたいことも、特別思いつかない。
冬眠から覚めて一度、自国に戻ってみたりもしたが、
結論として戻る必要はないと判断した為、
再び、足を延ばす気にはなれなかったし、
幾ら嫌いだからといって、
必要のない戦を人間に仕掛ける趣味もなかった。
生活が楽すぎると言っても、家事が好きなわけでもなし、
人との関わりを気にせず、
自由気ままにくつろげる今の状況は大変ありがたい。
どんなに嫌っても、
人に近い姿を取る方が何かと都合がいいのは、
数千年以上前から判りきっていることであり、
亜人は勿論、獣族や自分たち竜族ですら、
身を変えるのが当たり前となっているのに、
彼らが作る物だけは拒否するというのも、
おかしな話である。
結局、人の道具に囲まれるのが不愉快だなど、
自身の勝手な我が儘にすぎない。
そう納得してしまえば設置された器具を、
敢えて毛嫌いする気にもならなかった。
それでも、落ち着かない気分になるのは何故だろう。
王族でありながら、若き頃より戦場に身を起き、
快適とは無縁の生活が多かったとはいえ、
時折感じるむず痒さの、
原因を考えていたルーディガーの耳に、
男にしては甲高い声が響いた。
「チョリーッス。三河屋ですー」
「その訳の分からん挨拶は止めろと、言ってるだろう。」
いい加減聞き馴れた声から、不安の原因の到来を知り、
半ば呆れながら竜王は突っ込んだ。
「良いじゃん、別に。
閣下にあら、サブちゃんとか言われたら、
俺も引くけどさ。」
招き入れられてもいないのに勝手にドアを開け、
ズカズカと上がり込んできた山羊足の魔術師、
カオスには伝わらないのを知りつつ、
ルーディガーは言った。
「だから、そういう内輪ネタは、
オリバーとでもやれと言ってるだろう。
さっぱり判らん。」
冬眠から目覚めた直後より始まった、
奇妙な縁は短くないはずなのだが、
相変わらず、なにを言っているのか多々分からない。
うんざりと顔をしかめたルーディガーを、
気にする様子もなく、カオスは元気よく言い放った。
「あいつは判るだけで、付き合い悪いから嫌だ!
やるならジィゾとやる。」
「じゃあ、そうしてくれ。」
「まあ、運んでいるものが、実際酒屋っぽいんだよね。」
何時も通り、人の話を聞いているのか、
若干怪しい受け答えをしながら、
カオスは持ってきた物を机に並べていった。
「コーヒーと、缶詰と、牛乳と、調味料の類と、
あと、クッキーはリキッドからね。」
「別に頼んでないぞ。」
さして大きくもない紙袋一つでどれだけ持ってきたのか、
次々出てくる土産物に、気を使うなと言う意味の文句は、
そっちこそ気にするなと軽く流された。
並べられる品の中には、嬉しい物もあれば、
どうでもいい物も含まれている。
それにしても、銀悪魔からの菓子類は何故、
あんなに可愛らしくラッピングされているのだろう。
「そんなことよりどうよ、新居の具合は。」
トマトの缶詰を片手で弄びながら、
カオスは軽く小首を傾げて聞く。
「竜王閣下にご不満のないよう、
配備したつもりだけど。」
何せ、俺の都合で動いてもらったからねと言うのを、
ルーディガーは鼻先で笑って切り捨てた。
「居心地が良すぎて、返って具合が悪い。」
「そりゃ、諦めて。」
しかめっ面で返事をする竜王に、
魔術師は屈託なく、ゲラゲラ笑った。
「しかし、誰にも煩わされることもなく、
気ままな隠居生活とか、羨ましいよ。」
言いながら、戸棚を開けて、
それぞれ、適当な場所に仕舞っていく。
勝手知ったる他人の家というより、
ただの洞窟を改造し、立派な住居に仕立てあげたのは、
彼本人なのだから、知らない方がおかしい。
「俺ものんびり、何者にも煩わされずに、
日がな過ごしたい。いや、嫌みじゃなしに。」
次々に、持ってきたものを片づけながらぼやく魔術師を、
隠居する歳でもない癖にと、竜王はせせ笑った。
本当の年齢など知らないが、
見かけだけならカオスは二十歳そこそこでしかない。
「自ら忙しくして置いて、何を今更。」
確かに世界中の孤児の世話に加え、
魔王の代表として受け持つ仕事は相当大変だろうが、
育児は勿論、他種族間での同盟も人間との協定も、
皆、彼が始めさせたことだ。
他人を巻き込んで好き勝手やっておいて、
仕事が増えたと文句を言うのはお門違いだろう。
しかし、カオスは口を尖らせた。
「いや、だって、好きで忙しいんじゃないもん。
仕方がないから、やってるんだもん。」
本来、自分の子供のことぐらい、
自分でなんとかするべきだ。
けれども、それすら出来ないものが多すぎる。
弱者が酷い目に遭って行くのは、もう見飽きた。
これ以上黙っているのもつまらないと自戒を破り、
手を貸すことにはしたが、
だからといって、望んでやっている事でもないと言う。
戸棚の整理を終え、次は冷蔵庫に飲み物を突っ込むため、
元々入っていた中身を引っ張り出し、整理しながら、
魔術師はため息をついた。
「まあ、ガキの世話と新しい親を捜すのは、まだいいよ。
でも、魔王さん会議はそろそろ、
自分達だけで管理して欲しいわ。
人間への通達と各地への伝令は、
俺以外に出来ないだろうから、引き続きやるけどさ。」
言いながら引っ張りだしたのが、
缶ビールであることに気づき、
そのままルーディガーに投げつける。
昼間から勧められたアルコールが、
人の作ったものであるのに竜王は眉をしかめた。
「それだって、自分がやらせていることだろう。」
怒るだけ無駄だと思いつつ、
当たり前のように人間の物を持ち込むなと、
ルーディガーが文句を言うのに、
カオスはもっと眉をしかめて返した。
「違うもん。俺、会議やったらとは言ったけど、
強制してないもん。」
いいじゃん、旨いよ、ヴィッセンのビール。
俺はビール嫌いだし、飲まないけど!
等と、よく判らないことを言いながら主張する。
「どこの一族も自分のガキは大事だし、
余所のにも手を出さないのはいいけど、
一律揃って何か決めるのは難しいって言うからさ。
じゃあ、会議やってまとめればいいじゃん。
やるなら手伝わないこともない、って提案はしたよ。
でも、議長とか、スケジュール調整とか、
その他管理に関する細々したことまで、
やるなんていってないし、
それは手伝いの範疇を越えてると思います!」
自主性がないとカオスは怒るが、
ルーディガーに言わせれば強制されて自主性も何もだ。
「しかし、その子供に関する協定を結ばせてるのが、
お前だろう。」
「だから、赤ん坊に手を出すなとも、
言ってないってば!」
驚いたことに、カオスは最大の目的すら否定した。
「人間年齢5歳以下の子供に危害を加えないとか、
非戦闘地区の指定とか、
どれも会議の結果、生まれたものであって、
俺が指示したのは一つもないっての!」
わざわざ今までの経過など確認したこともなかったが、
認識との違いに、ルーディガーは思わず目を見開いた。
「じゃあ、お前は何をしたんだ。」
強制も指示も行わずに、
他種族に不干渉という暗黙の境界を壊し、
現在行われている規模の連携が可能とは思えない。
また、協定内容が今の形となった理由も判らない。
彼の疑問に、魔術師は重ねて首を振った。
「何もしてないよ。」
そう聞いても納得いくはずもないことを知ってか、
如何にも序でとばかりに付け加える。
「ただ、もうムカついた奴は、
容赦なく潰すことにしたから、
俺を怒らせるなら相当の覚悟でやれって、
言っただけだよ。」
「世間一般では、それを脅迫と言うぞ。」
かの魔術師を敵に回すと知って、誰が逆らえるだろう。
言われずとも、意に添った行動をとるしかない。
大体の状況を把握した竜王は肩を落とし、
非難に等しい指摘が不服なのか、
魔術師は腹立たしげに言う。
「善悪なんか所詮感情にすぎねえし、
余所様の家庭にどうこう言いたくはありませんがね。
自分の都合で他人に嫌な思いさせるなら、
他人の都合で痛い目にあわされても当然だろ。」
怒り、と言うよりは憎しみを込めて、
カオスは荒々しく吐き捨てた。
「良かろうが仕方なかろうが、
なんの抵抗もできないのに手を出すとか、
見ても聞いても腸が煮えくり返るんだよ。」
結局、それ以外の理由もないのだろう。
弱肉強食の理をもって、弱者に勝手を強いるので有れば、
逆に強者には従うのが筋であり、
結果、不利益を被ったとしても文句を言う権利はない。
また、責めを負うのが嫌なら、
咎を望む者に勝てばいい。
つまり、不満であればカオスに勝てばいい。
それが結論だ。
至極、真っ当な理屈と言えなくもない。
問題があるとすれば、カオス自身が、
心からそれが正しいとは思っていないことだ。
「しかし、やり方は兎も角、
口を出したのは事実であるし、
多少は諸事をこなす義務があるんじゃないのか?」
魔術師の扱いにくい性質を思いつつ、
ルーディガーが首を傾げれば、
カオスはすぐさま反論した。
「だから、手伝いはするって!
でも、俺がやってるのは手伝いを超えてるだろ!」
経過は兎も角、やると言ったからにはやれとは言うが、
経過が経過だけに、各自動きも鈍くなるだろう。
「その辺は今後の改善に期待するんだな。」
言い合う気力が減少するのを感じながら、
ルーディガーは手元の缶ビールをどうするか考えた。
今、飲むと、
越えてはいけない一線を越えてしまう気がする。
短く息をついた竜王の思いも知らず、
魔術師は怒りながら文句を言い続けた。
「期待できないから怒ってるの!
自分らで決めたくせに、揃って俺に押しつけやがって。
そんなに俺の所為だって言うなら、
もっと好きにやってやろうかと思うね!」
「好きにやった結果が現状じゃないのか?」
「好きじゃありません!
仕方がないからやってるんです!」
魔王も育児もやらずに済むならやりたくない。
だが、放っておくと精神安定上よろしくない。
だから、やる。
好きだからやりたいことと、仕方がないからやること、
これは確かに違うだろう。
しかし、嫌な思いをしないために行うことも、
それを良しとする言う意味では、
やはり好きでやることではないのだろうか。
少なくともカオスは幼児を守ることを
誰にも強制されておらず、
他の面々は無言の圧力あって動いているのだから、
立場が違う気がする。
だが、選択権は各自所有しており、
幼児に手を出さないぎりぎりの一線は保ちつつも、
会議招集も他との連携も無視している一族がいるのも、
また、事実である。
と、すれば、協力を選んだ以上、
会議の運行はその面子で行うべきという主張は、
やはり正しいのだろうか。
しかし、生命の安否が架かれば選択肢は多くないと、
ルーディガーは首をひねった。
堂々巡りになりそうな会話に飽きたのか、
缶詰をもったままの右手でルーディガー指さして、
カオスはこれで終わりとばかりに大仰に宣言した。
「大体、勘違いされてるから、
この際はっきり言っとくけど、俺は子供嫌いなんだよ!
うるさいし、手間かかるし、言うこと聞かないし!」
「誰が信じるんだと、俺も言っておこう。」
言われた側から否定して、
竜王は缶ビールのプルタブをこじ開けた。
プシュッと小気味の良い音が響く。