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竜王は不機嫌だ。

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竜王は不機嫌だ。



竜王ハンス・ルーディガー・ヴァイスフルーは、
不機嫌だった。

護るべき同胞と別れ、数百年。
永き眠りから目覚めてみれば、
世界は驚くほど様変わりしていた。
全種族共通の敵、憎むべき人族は、
彼の全盛期に比べると驚くほど減少している。
昨今の技術力、開発力の高さは、
相変わらず目を見張る物があり、
油断できない相手ではあるが、
絶対数が少ないので活動範囲も狭く、
一定の距離を保てば関わることはない。
また、その管轄者とは裏協定が結ばれ、
お互い妥協できる範囲の進入領域や、
攻撃対象が定められている。
おかげで居住区や非戦闘民への攻撃もなくなり、
平和な世の中と言えなくもない。

だが、ルーディガーは思う。
「人間など、力ずくで踏みつぶせば良いではないか。」
若き頃より、戦場に身を置き、
人間と戦い続けてきた彼には、
協定がもたらした偽りの休戦に、
納得できるはずもなかった。

勿論、時に運命すら変える、
人の存在能力の高さは、身を持って知っている。
金色の撃墜王として名を轟かせていた彼を、
初めて敗北させ、文字道理地面に叩きつけたのは、
たった一人の少女だった。
その事を思い出す度に、
ルーディガーは憤懣やるかたない気分にさせられる。
少女がか細く、とても儚げであったことを含めて。

だから、窮鼠猫を噛む連中に手を出して、
手痛いしっぺ返しを食らう危険を冒さずとも、
適当にあしらい、
目に付かぬ所へ追いやっておけばいいという、
消極的な意見も理解はできた。
しかし、理解と同意は別の話である。
「あのように恥知らずな連中と協定を結ぶなぞ、
 勘違いも甚だしい。
 そもそも、一体どれだけ守る心算があるものか。
 油断していると、寝首を掻かれかねんぞ。」
中途半端な馴れ合いをするにしても、
相手は選ぶべきだと、彼は思う。

腹の底に積もっていく不満を押し出すように、
竜王は深く息をついた。
世の風潮が、如何に意に添わずとも、
全ては時の流れ。
王と呼ばれる魔物は彼だけではなく、
他が一定の共存を望んでいるのに、
異を唱えるほど、若くはない。
また、自身も無用な殺生を好むわけでもなく、
利点がないわけではないと、諦め、受け入れてもいる。

「それにしても。」
全身の不快を籠めるように、
ルーディガーは壇上の男を睨んだ。
魔王と呼ばれる数多くの魔物たちが集まり、
礼節を守って席についているというのに、
その男はだらしなく、砕けた姿勢で議長席を占領し、
やる気のない声で、会議の進行を進めている。
黒い髪、黄色掛かった肌、北海の如く蒼い瞳。
背は決して高くなく、肉付きも悪い。
カオス・シン・ゴートレッグ。
それがあの化物の名前にして、
全魔族を統べる男の名である。

山羊足の魔術師。蒼眼の悪魔。黒犬。
呼び名は数多く、
同じ数ほどの憶測が飛び交うが、
正体を知る者はいない。
その戦闘力は神と称される中で最強の、
フェンリル狼にも劣らぬ、
いや、万能性によって勝るであろう。
齢千年に近い彼よりも、
古い時代から生きているとも言われているが、
目に見える、はっきりとした動きを見せたのは、
ここ数十年ほど前。
それまで暗黙の了解であった、
各領域に不干渉の習慣を破り、実力者を集め、
共同線を張り、一定期間において会議を行うことで、
全体をまとめたのも、人間との協定を築いたのも、
あの男が始めさせたことだと聞く。

一見、何の魔力も感じさせず、
東方生まれの人の子にしか見えない姿は、
返って胡散臭い。
氏も素性も分からなければ、
何を考えて動いているのかもはっきりしない。
そのくせ、いざ事が起きればあれに敵う者はいないのだ。
得体の知れない化け物に、いいように動かされている。
不満、不快が積りはしても、収まるはずがない。
何より、あの男には、
ルーディガーには受け入れがたい、重大な欠点があった。

「んじゃまあ、今期の戦闘区域は以上ってことで。」
どうでもよさそうな、
不真面目な態度で、議長席の魔王は会議を締めた。
本来であればこれで解散であるが、号令はなく、
席を立つものがいないままに、
会議室に取り付けられた大型スクリーンが、
ずるずると引っ張り出される。

「で、時間が余ったから、
 これからうちのきいこの公園での一こまを、
 放映したいと思います。」
ルーディガーの許せぬ、
カオス・シン・ゴートレッグ最大の欠点。
それは時と相手を構わず、
愛娘の成長具合に巻き込もうとすることだった。

「そんなもの、会議の一環として見せようとするな!
 ホームビデオは身内と見ろと言っているだろう!」
思わず突っ込んだ竜王の怒声が、
会議室を揺らす。
しかし、それで大人しくなるような相手ではない。
「何を言うか。
 これはきいが一生懸命鳩を追いかけるも、
 あっさり歩いて逃げられると言う、笑撃の一品だぞ。」
これを見ずして何を見るんだと、
正面から言い切られ、ルーディガーの怒りは更に増す。
「どう考えても、我々には関係ないだろう!
 お前は魔王会議を何だと思っているんだ!」
「きいたんファンクラブご一同の集まり。」
「他者を勝手にそんなものに加入させるな!」
無茶苦茶でありながら、全く引くことのない魔術師と
正論にも関わらず空振り続きな竜王の言い争いは続き、
遂には火炎弾の飛び交う戦争に発展した。
他の魔王達が溜息と共に退席し、
会議室に誰もいなくなっても、
怒声がやむことはなかった。

 

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津路志士朗
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