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死して尚、望むのは。

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死して尚、望むのは。



 一定の力と、領土を持つ魔物が集まる多種族協定会議、
通称魔王会議には多種多様の魔物が集まる。
中でも特に影響力が強く、
最も重要な位置にいるのは彼だろう。
山羊足の魔術師。蒼眼の悪魔。黒犬。
呼び名は数多く、同じ数ほどの憶測が飛び交うが、
正体を知る者はいない。
カオス・シン・ゴートレッグ。
それが他の追随を許さぬ魔力を持って、
想像を現実に変えるとも言われる化物の名前である。

尤も、当人に言わせれば買いかぶりもいいところで、
多大に寄せられる過分な期待も、勝手な要望も、
迷惑千万でしかなかった。
気分のまま、勘違いの身の程知らずを、
一刀両断に切り捨てることも少なくないが、
相手によっては対処を考えねばならない。
その日の会議終了後、難しい顔でやってきた、
唯一無二の意志ある死人であり、
プライド高き不死者の帝王、セイロン・ワンの話を聞くには、
カオスとしても、相応の覚悟が必要であった。

「魔術師の小僧、話がある。」
高濃度の魔力で固定されたため、
セイロンの器は通常の不死者と違って腐り果ててはいない。
しかし、干からびたミイラの瞳がギョロリと動き、
己を睨みつける様はけして気分のいいものではない。
不安を不愛想に変え、敢えて乱暴にカオスは応えた。
「なんすか、じいさん。」
「主に出来ないことはないと聞く。
 無論、限度はあろうな。
 だが、そう言われるだけの力は有しておろう。」
ただ、その魔力を持って破壊を成すだけであれば、
幾らでも代わりがいる。
神をも惑わす幻術や、鉄壁の防御結界、
瀕死の傷すら癒す術持つ者もいるだろう。
しかし、魔王の冠を被るものにすら真似できぬ手段をもって、
瞬く間に千里を超え、無から有を生み出しかねない多彩な技を持つがこそ、
カオスは「魔術師」と呼ばれるのだ。
悪辣さから悪魔を示す「山羊足」が追加されているが、
不可思議なまでに万能な能力が貶められることはない。
不死者の帝王が言わんとすることを、
端から理解している魔術師は、鼻先で笑って吐き捨てた。

「まあ、多少はな。」
だったらどうしたと言わんばかりの高慢な態度は、
常ならばセイロンを怒らせ、
会話を喧噪に変えていただろう。
しかし、意志ある死人は眉一つ動かさず、淡々と話し続けた。
「ならば、儂の願いも叶えられんか?」
「物と対価にも寄るがね。
 希望に添えずとも文句を言わねえなら、
 話ぐらいは聞いてやらないこともないぞ。」
地位と実力に見合わぬ砕けた性格で知られるカオスの、
威圧的な話しぶりにセイロンはふむと顎を撫で、
僅かながら佇まいを直した。

「ならば尋ねよう。
 主に儂の体をピチピチプニプニした、
 20代前後の生身に戻すことは出来るかね?」
「やっぱしー! そんなん無理に決まってるじゃん!
 訳の分からんことを言い出さないでよ!」
聞いたとたんに頭を抱え、カオスは机に突っ伏した。
干からびた爺さんのミイラを生身の若者にしろとは、
無茶苦茶にも限度がある。
魔王に数えられる魔物がわざわざしてくる要望など、
ろくでもないに決まっていて、
だから、聞きたくなかったと嘆く彼の頭の上から、
セイロンが更に問う。
「若返えらんでも、せめて体の節々が、
 人並みに柔らかくならんかね?
 コラーゲン的なもので。」
「無理だよ! コラーゲンを過大評価しすぎだよ!
 ヒアルロン酸も、グルコサミンも、
 そんなことできないよ!」
代案を全力で否定して、
カオスはバリバリ頭を掻きむしった。
生きているときに摂取しても、
効果がでるとは限らないのに、
死して尚、関節をプルプルにする方法がどこにあるのか。
如何なる状況に陥っても対処できるよう、
所有技術を多様に延ばしていったが所為に、
人は勝手に期待して好き勝手いうが、
世の中には出来ることと出来ないことがある。
ミイラを若返らせる技術など、
そもそも需要がからきし無い。

「大体何だって、そんなこと思いついたんだよ!
 じいさん、死人だろ? 
 死人のくせに若返りたがんないでよ!!」
顔を上げたカオスに怒られて、
セイロンは困ったように顎をさすった。
「だってな、ランダちゃんが、
 『ジジのことは好きだけど、
  抱きつくとポキッと行きそうだから嫌!』って、
 言うんじゃもん。」
最近周囲を彷徨くようになった、美貌且つ暇人の魔女は、
死人にまでちょっかいをかけているらしい。
「”じゃもん”じゃないよ! 
 良い歳して色気付かないでください恥ずかしい!」
「しかしなあ。」
ぎゃあぎゃあ怒る魔術師を半ば無視して、
死者の帝王は考え深げに首を傾げた。
「儂、なんかあの子、好きなんじゃよね。」

波長が合うのだと淡々と主張され、
やってきた脱力感にカオスは身を任せた。
「左様でございますか。」
「折角懐かれとるんじゃから、
 ある程度、併せてやれんかと思って。
 あと、お前んところのきいこも、
 こんな筋張った手じゃ、抱っこしてやれんしなあ。」
さも重要事項であるかのようにセイロンは言うが、
そんなことを言われたところで、
父親としても反応に困るだけだ。
そもそも、死者の帝王がどれだけ構いたがっても、
カオスの小さい娘は、
お化け怖いと全く近寄ろうとしない。
「俺としては、手や腕以前の問題の気がしますがね。」
「それも顔にコラーゲンを入れれば、多少ましになって、
 怖がられなくならんじゃろうか?」
漫然と返したら、わりと真面目に提案された。
一応付き合いで考えてみるも、
現実性の有無より感情が思考を拒否して頭が回らない。

「何かやっても、
 じいさんの体は魔力で固定されているから、
 今更延びたり膨らんだり変化しないんじゃないかね?」
「そうかのう? やっぱり、無理かのう。」
取りあえず述べたそれっぽい回答に、
あまり残念そうでもなく、
セイロンは己の顔の皮を引っ張り、
大仰にカオスは溜息を吐いた。
全く、欲にまみれた願望も不快だが、
身内は遠慮がないだけに、突拍子のないことを言い出すので、
断るだけでも大騒ぎだ。


 

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