HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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ただいまコメントを受けつけておりません。
よほど緊急且つ重要なことでなければ、
それらの知らせが各自へ同時に飛ぶことは無い。
普通はカオスか彼の飼い犬が、
順々に知らせを持って歩き回るか、
若しくは、近場の相手まで、
それぞれ責任を持って運ぶかのどちらかになる。
書類を受け取るのは、
安易に移動できる立場ではない者が多いから、
部下に頼むとしても、
近隣でなければ、直接郵送は時間がかかり、
移動魔法も距離に対する限界がある。
どうせ手間をかけるならと、遠方の相手への手紙なども、
一緒に運ぶようになったのは自然な流れであった。
複数への連絡は、通達自体に書き込ませて貰った方が、
個々に手紙を用意する必要もなくなり、合理的でもある。
ビー玉のような目をくりくりさせて、
サインを待っているカオスの愛犬を見やり、
竜王ルーディガーはため息をついた。
彼女が各地を回る度、バインダーに挟まれた書類は増え、
横から追記が入るのはいつものことだ。
公共の回覧版に私情を混ぜ込むなと言いたいが、
山羊足の魔術師の存在が、全てを無意味にしてしまう。
それに、自身に用事がないからと言って、
他の利便を非難するのも大人げないし、故郷の者が、
時々この方法で手紙を送ってくることもある。
物流も情報も各国への移動が困難である以上、
仕方のないことではあるが、嘆息が止まらない。
そもそも、大本の書類が宜しくない。
カオスが作成したらしい通知には、
次の会議についての説明が、
きちんと区分けしてかかれている。
ただ、必要事項を羅列するのではなく、
項目ごとに分けられ、題名がつけられているので、
自身の興味にあわせて閲覧しやすい。
そこまでは良いのだが、
題名の横、項目のくくり、空いたスペースなどに、
可愛らしいイラストや、
絵柄混じりのラインが使われているのは、如何なものか。
吸血鬼のオリバー青年曰く、
「保育園からのお知らせ仕様ですよね。」とのことだが、
読むのは小さい子供でも、その母親ではなく、
いい年をしたムサい親父が殆どだ。
中には数名若いのもいるが、あまり関係はないだろう。
最近、人間の冒険者が集まる場所の連絡には、
カオスの娘を模したらしい小さい子供の絵が描かれ、
台詞がついている。
『あぶないから、気をつけるんだよー』
ルーディガーは肩を落とした。
この歳で今更「気をつけるんだよー」と言われてもだ。
あの、ろくに毛も鱗も生え揃っていない小さいのが、
言っていると思うと、ますます気が抜ける。
幾ページか知らせをめくった後、
竜王は友人の飼い犬に声をかけた。
「そこに座って待っていろ。」
殆どが自身に関係が無いとしても、
分厚い書類の束は一筋縄ではいきそうにない。
今、冷たいミルクを出してやると言われ、
彼女は恐縮したように「お構いなく」と答えたが、
例え、飼い主の魔力を分け与えられ、
秀逸した移動力を持っているとしても、
何万kmも渡り歩いて疲れているはずの者を、
労らない理由など、ルーディガーは持っていない。
さっさと冷蔵庫から取り出したミルクをコップに注ぎ、
ダンと机の上に置くと、自身も椅子に座った。
用意してしまえば強いて断るまいとの予想通り、
カオスの飼い犬はいそいそと人型に化けると、
行儀よく席に着き、嬉しそうにコップに手を伸ばした。
それを横目で確認し、改めて書類に集中する。
一応全ての手紙の宛先を確認し、
自分に関係あるものとないものをより分けてから、
一つ一つに目を通す。
次の会議に関しては、特に記憶するべきは日程のみで、
場所の変化もなければ、集合時間も変わらないらしい。
議題も差ほど大きく変わる物があるように見えない。
閲覧済みのサインをいれ、会議への出欠で筆を止める。
議題が変わらないのであれば、中身も変わるまい。
正直、わざわざ行かずとも良いような気がするが、
結局、参加に丸をする。
そのまま、誰が来るのかと名簿を眺めていたら、
欠席者の中に、最近、
出席率が悪い砂漠狼の名前を見つけた。
「アセナは、また、来ないのか。」
「もう、当分参加はあり得ないと思います。」
なんとなしにこぼれた呟きに、
人の少女の姿に化けたカオスの使い魔が答えた。
「セナちゃんは、元々こっちに来る時しか、
参加してませんけれど。」
同じ犬科だからなのか、
親しげに人狼を愛称で呼び、悲しそうに眉尻を下げる。
「今、ハルピュイアやセイレーンとの交戦が激しくて、
私も近寄れる状況じゃないんです。」
「現在、唯一の戦闘区域だからな。」
先日、遊びに来たカオスが危ないと話していたが、
とうとう、後戻りできない事態に発展したらしい。
他国が揃って、
平和ぼけしていると言っても過言ではないのに、
アセナの住む中東だけが、北から、西からと、
絶え間無く責め立てられ、いつまでも落ち着かない。
東の石猿たちとは上手くやっているようなのが、
唯一の救いだ。
サインを貰うのが精一杯だったと肩を落とし、
人の姿はしていても、犬であることを証明するように、
カオスの使い魔はキュンキュン鼻を鳴らした。
「あそこは小さい子が多いけど、
私たちが手を出せるほど小さくもないから、
すごく心配です。」
彼女たちの飼い主、
山羊足の魔術師は乳幼児の保護を趣味としており、
飼い犬たちも喜んで業務に勤めているが、
その範囲は無限ではない。
何時だか聞いた話に寄れば、
無条件に手を貸せるのは、人間年齢3才相当まで。
どんなに大目に見ても、5才までと決まっているらしい。
殆どの大人は出稼ぎにでているそうだから、
残っているのは子供ばかりとしても、人狼の成長は早い。
守備範囲外に出られてしまうと、
心情は兎も角、黙認せざるを得ないようだ。
カオスはその気になれば、
どんなルール違反でも犯すだろうが、
主人である彼が不動の態度を崩していないのに、
飼い犬である彼女に勝手ができるはずがない。
彼らが動かないのであれば、
砂漠狼達の孤立無援は決まったようなものだ。
百年ほど前、極東の人狼たちが、
遠方の同胞のために集まったこともあったが、
彼らとて、何度も無理はできまい。
そもそも、弱い者は滅ぶのが道理だ。
『さりとて、黙っているのもつまらんな。』
口には出さず、ルーディガーは考える。
あの人狼はまだ若いが有能だ。
みすみす死なせるのは惜しいと思う。
また、彼が相手にしている連中の後ろには、
オリンポスの精霊どもが、
少なからず関わっているはずだ。
北の仇敵も、表だった動きはないが、
裏では何をしてるか分かったものではない。
どちらも碌に働かないくせに、
己の利益ばかり主張する、いけ好かない連中だ。
以前のように国益を重視すべき立場ならまだしも、
隠居した今、自分を抑えてまで、
嫌いな相手の思い通りにさせてやる必要はなかろう。
仮に、それで実家に何かあっても、
国のやつらが何とかすればいい。
その程度の言いがかりを跳ね除けられなければ、
どの道、先が知れている。
そうと決まれば、久しぶりに腕が鳴る。
「今度、様子を見に行ってみるか。」
直接手を貸さずとも周囲に姿を見せれば、
牽制にはなるはずだ。
向こうから手を出してくればしめたもの。
後で難癖を付けられても正当防衛だと言え、
堂々と交戦に参加できる。
年甲斐もなく血が騒ぐのに笑うと、
意味を正しく理解したカオスの飼い犬は、
嬉しそうに尻尾を振った。
「そうしていただけると、セナちゃん、
喜ぶと思います。」
「勝手な手出しをするなと、怒ると思うがな。」
人狼たちは同族意識が強い反面、
他種族の手を借りるのを酷く嫌う。
特に砂漠狼はその傾向が強いと、
以前、カオスが言っていた気がする。
だが、それで自分にまで矛先を向けるほど、
馬鹿でもなければ、余力もあるまい。
そう結論づけて、再び書類に目を向ける。
その間に魔術師の使い魔は、何故か唯一そのままの、
灰色の尻尾をゆらゆら揺らしながら、
飲み終わったコップを流しに運び、
序でに昼食からそのままだった汚れた皿を片づけ始めた。
「余計なことはしなくていい。」
一応、客だろうと竜王は止めたが、
彼女は首を横に振った。
「閣下こそ、お構いなく。」
巷ではバイアイと呼ぶらしい、
青と金、左右色違いの瞳をパチパチと瞬かせると、
人懐っこく笑い、慣れた手つきで洗い物を始めた。
全く、いい躾をされている。
黙っていれば、掃除まで始めかねない。
余計なことをと口にはしたが、別に迷惑なわけではない。
助かるから、困るのだ。
彼の複雑な心境を知らず、
カオスの使い魔は手際よく、洗い物を片づけている。
『さて、あれは何という名前だったかな。』
彼女に限らず、魔術師の飼い犬達とは、
多く顔を合わせるわけではないので忘れがちだ。
暫し悩んだ後、思い出す。
「それより、ルッツ、
そろそろ行った方がいいんじゃないのか?」
カオスの住む黒い森、
イアールンヴィスの隣にそびえ立つ、
灰色山脈に居を置く故に、
自分のところに書類が回ってくるのは、
帰り際の最後になることが多い。
しかし、今回は随分空白の署名欄が残っている。
これから、ここより更に北西に当たる、
雪と氷でできた島の方まで行くようだ。
あそこの連中は常時カオスに一任しており、
この程度の内容では連絡すら行かないはずだが。
「アイスランドまで行くとなると、
かなり掛かるだろう。」
「大丈夫です。いつものことですから。」
魔術師の使い魔、ルッツはこともなげに答え、
そう言われてしまえば為すすべもなく、
ルーディガーはふむ、と頷いた。
良く働く、出来た使い魔だ。
時々、主の使いで顔を見せる彼女のことは、
結構、気に入っている。
小柄で色白、大きな瞳、人懐っこく愛らしい笑い方。
これで小首を傾げる仕草が加われば、
あの娘にそっくりだ。
そう考えて、
自分が未だ、過去に捕らわれている事を思いしる。
何故あの人間の娘は死ななければならなかったのだろう。
戦場に立つ者が死ぬ理由など無意味だと知りつつ、
つい、考えてしまう。
もう数百年が経とうというのに、
初恋の呪縛から抜け出せない自分に、
ルーディガーは赤面した。
「全く、我ながら未練がましい。」
思わず口からこぼれた独り言に、カオスの飼い犬が驚く。
「え? どうかしましたか?」
「いや、何でもない。」
照れ隠しに書類を読む振りをする。
それにしても、彼女に渡すべき書類は相変わらず汚い。
署名欄は全員がサインするせいか、特に酷い。
参加メンバーは今のところ、いつも通りだが、
欠席者も大人しく署名一つで終わらせていない。
あからさまに殴り書きしたもの、
捺印ですませるものと素っ気ないものから、
署名の横に意味なくハートマークを追加するもの、
サインの代わりに、
手の込んだイラストを書き込むものもいる。
それぞれの個性や思惑が分かるようだ。
また、あれこれコメントが、意味なくついている。
「この『行きたいけれど、行けません』とは何なんだ?」
不死者の王セイロンと同じく、
フロティアの森に住む人狼の署名は、
何となくだが、最近おかしい。
上空を含め、許可なく縄張りに進入すれば、
例え誰が相手であろうと攻撃してくる黒い狼たちは、
人間は勿論のこと、他の種族と関わりを絶っており、
当然、会議に参加することもない。
だが、興味がない訳ではないのだろうか。
以前、うっかり彼らの領域に入りかけ、
警告の一撃を貰った事を思い出す。
人狼の中で最も閉鎖的且つ攻撃的な彼らが、
こんな会議に、何の用事があるだろう。
どうにも中途半端な書き込みの下、セイロンの署名には、
ミミズののたくったような線が引いてある。
と思ったが、よくよく見てみるとヌルと読めなくもない。
字が書けず、枠を貰っていないくせに、
古代都市イデルのホムンクルスが書いたようだ。
他人の署名に上書きしてはならないという基本を、
全く気に止めていないばかりか、
本来の目的である出欠席には一切触れておらず、
代わりに『おなかがへった。』と書き添えてあるのが、
実にらしいと言える。
しかし、文字など何時覚えたのか。
自力で覚えたはずもなし、
恐らく、同郷で仲がいいジィゾの仕業に違いない。
かく言う人型機械は、空腹を訴えるホムンクルスに対し、
『( ・ω・)つ手羽先どうぞ。』とコメントをつけて、
横から火鳥のジャルに『お前、俺に喧嘩売ってる?』と、
警戒されている。
全く、何をやっているのか。
ルーディガーは改めてため息をついた。
暫し考えた後、自分も少し書き足して、
竜王は書類の束を魔術師の使い魔に渡した。
「アイスランドはこの時期、足場が悪い。
重々気をつけろよ。」
「はーい。では、ごちそうさまでした。」
パタパタッとしっぽを振ると、
ルッツは鞄に書類を仕舞い、瞬く間に出て行った。
途端に部屋の中がシンと静まり返る。
「やれやれ。」
独りきりなど今に始まったことではないと言うのに、
急に我が身を突き刺してきた沈黙に、
ルーディガーは頭を掻いた。
その内、会議が始まれば、嫌でも騒がしくなる。
そう、自分に言い聞かせ、竜王は戸口の鍵を閉めた。
「ただいま、マスター! サイン、貰ってきたよ!」
「おう、お疲れさん。」
ふさふさの尻尾をブンブン振り回しながら、
飛びついてきた灰色の飼い犬に閉口しながら、
カオスはその頭を撫でてやった。
犬達の中で、ルッツはさほど大きい方ではないが、
元々はレース用の橇犬だ。馬力が違う。
彼女の愛情表現は体当たりに近い。
これだから職業犬はとぼやき、
受け取った書類の束を解体する。
「会議には出ないくせに、手紙は出すんだからな、もー」
順番的にルッツが渡せなかった手紙の受け取り先が、
出席者なら会議で渡すことになっている。
欠席者なら、次の回覧に加えるだけだ。
それで文句があるなら、自分で運べばいい。
適当により分けて、肝心の出欠席名簿を確認する。
「にのしのろのやの・・・まあ、大体いつもと同じだな。」
参加人数は後でリカルドに伝えよう。
いつも通り汚い名簿を眺め、カオスは顔をしかめた。
習ったばかりの字を使ってみたかったらしいヌルが、
無理矢理署名したせいで、
余計にぐちゃぐちゃになっている。
「あいつの枠も、つくらにゃいかんかね?」
どう頑張っても必要性を感じないのだが、
本来、持ち場から出す必要のないヌルを、
参加させているのは自分だから、
多少は考慮してやらねばならないだろう。
その辺りはいいとしても、そこから発生している、
コメント連鎖はなんなのだろうか。
ヌルからジィゾ、ジャルまではわかる、が。
「おなかがヘった←手羽先どうぞ←俺に喧嘩売ってる?
←手羽先じゃ腹は膨れないだろって・・・
いや、閣下。そう言う問題じゃないですから。」
ポイントは調理法ではなく、鳥料理であることだ。
ルーディガーは冷静に指摘したつもりかもしれないが、
ジィゾのジャルへの嫌がらせという流れからすれば、
若干ズレていると言わざるを得ない。
そこを狙って書き込むほど竜王は器用ではないし、
どうせなら丸焼きにしろとか、普通に思っていそうだ。
「やっぱり閣下は、若干天然入ってるよな。」
ボソリと、前々からの感想を呟いて、
山羊足の魔術師は書類を片づけた。