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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

人型機械は動じない。

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人型機械は動じない。



 「ああ、また始まったか。」
鋼鉄の死神こと、ジィゾ・フォン・ツォーセは、
僅かにガラスの瞳を瞬かせた。
人の瞳に模して造られた高感度カメラは、
魔術師と竜王の位置を正確に捉えるだけでなく、
周囲の魔力の変動をも観測できる。
他の各種センサーも、
風の動きや温度の変化など、
情報を次々と取り込こんでいく。
最先端の技術の粋を極めて造られた、
彼の頭脳、高性能コンピューターは、
どれ一つとして無駄にすることなく計算し、
現状を分析した。
この戦闘に巻き込まれ、破損する可能性は2%。
活動不能となる可能性は0.6%。
見た目ほど危険ではないが、安全とは決して言えない。
世界最高の人型機械は黙って防御シールドを発動させ、
席を立った。

戦況は明らかにルーディガーの分が悪い。
ただでさえ、狭い会議室や場の流儀に併せ、
人の姿をとっているのだ。
魔力を押さえた状態且つ室内で、
他者を巻き込まずに攻撃しなければならないとなれば、
いくら無敵、不死身と詠われた金色の撃墜王と言えど、
実力の3分の1も出すのは難しい。
命中力だけは腐っても鯛で、
凄まじい速度で繰り出される火炎弾は、
確実に、カオスの心臓めがけて飛んでいくが、
全て魔術師の作り出す小結界で、軽く打ち消されている。

いや、あの男だからこそ、そう見えるのだと、
風圧、障害物の有無、的の動きなどを計算しながら、
ジィゾは「軽く」と表現した分析を訂正した。
いくらハンデがあるとはいえ、
ルーディガーは魔王としても、
桁外れの実力を有している。
若い頃は全盛期の人間相手に、
常識とかけ離れた戦歴を残し、
長い冬眠から目覚めて直ぐには、
現存する人間国の中で最も大きいフォートディベルエ、
科学国家ソルダットランド他、各諸国の連合部隊を、
たった一人で壊滅状態に追いやった。
今でも数々の討伐隊を返り討ちにし、
生きた伝説として人間の恐怖を煽っている。
彼が繰り出す火炎弾を片手でかき消すなど、
一体、誰にできるだろう。
人間の魔術師が同等の結界を造ろうとすれば、
数人掛かりの作業となることは間違いない。

また、今、カオスがやっている、
手のひら15cm四方と、一カ所に集中することによって、
通常より強固なシールドを造ることは、
理論上可能ではあるが、実行となると話は変わる。
防御魔法が全身を包むのは、
当然、全ての箇所を守るためだが、
同時に小さな結界を造るのが困難でもあるからだ。
魔力を練り上げ、一カ所に集中させるために、
巧妙且つ莫大な詠唱が必要であろうし、
魔応石で造られた補助器具があっても、
発動時間、成功率において、
実用にはほど遠い代物となるのは目に見えている。
それを呪文一つ使わず、瞬く間に行ってみせるのだ。
実行にどれほどの技術が必要なのかを、
ジィゾの電子頭脳は叩き出したが、
データは誰に告げられることなく、
専用ファイルの隅に仕舞い込まれた。
机上の計算と現実は異なる。
その実力を身を持って知っているだろうに、
竜王はよく、あの男に逆らう気になれるものだ。

「誤っても彼の二人を敵にする事なかれ。」
いつも通りといえば、確かに代わり映えのしない結論に、
人が苦笑するようにジィゾは口の端を歪め、部屋を出た。
それを呼び止めたものがいた。
『なにが、おかしいのか。』
挨拶も話の流れもない、
それどころか通常のコミュニケーションに使用される、
声帯から発せられる音、声ですらない思念波。
意志を乗せた魔力の波動による、
己の都合だけの問いかけに、
ジィゾのコンピューターは、適当な答えをはじき出す。
「別になにも。」
人であれば涼やかと表現されるのであろう。
一定の音程とスピードで発音された返答は、
冷静沈着を音にしたかのように聞こえるに違いない。
本来、持ち主の補佐を目的とする、
いわゆる執事用人型機械として作製された彼は、
感情表現を控えめにするよう設定されている。
飽くまで控えめであって、皆無ではないのは、
感情を全く感じられないと、冷淡に見えるからだそうだ。
全く、人間とはなんと注文の多い生き物か。

だが、挨拶もそこそこに、
抑揚のない思念波で問いかけてきた顔なじみに、
そんな人間向けの設定が一体どれだけ意味をもつだろう。
身長178cm、白人男性、髪は鈍い金色で年は20代後半。
両の瞳が鮮やかな紫であることを除けば、
どこから見ても剣士の鎧に身を包んだ人間にみえる。
しかし、その正体は、
ジィゾと同じくソルダットの一都市、
ヴィッセンスブルグで造られた、
ヌマー・ヌルと呼ばれる人工生物、
所謂ホムンクルスの祖だ。

人の姿を模すことを覚えてからは、長くこの姿でいるが、
見た目と異なり、彼には一般的な生物が持つ、
感情らしいものが、殆どみられない。
あるのは生存本能と、快か不快か二択の感覚、
より良い存在へ変容したいという一種の向上心だけ。
多くの知識を得て変化の糧としようとする、
その異質な探求心は大概返答者を辟易とさせ、
理解し難い化け物として、
他者から遠ざけられる要因となっている。

幸か不幸か、
造り物であるジィゾに鬱陶しいという感覚はない。
毎回、最期まで相手をしてやるし、
所有する膨大なデータから、大概の解答は弾き出せる。
この2点から、
ホムンクルスに適切な話相手と判断されたようで、
なにかと質問をうける回数が増えていた。
しかし、常に答えを用意してやれるとは限らない。
今回はその典型だ。

『だが、おまえは、わらっただろう。』
案の定、ジィゾの返答に満足せず、
ホムンクルスは追求してきた。
「よく、飽きもせず、
 派手な喧嘩ができるなと、考えただけですよ。」
どう説明すれば、ボキャブラリーの少ない、
成長途中のホムンクルスに理解できるだろうか。
最適案をはじき出すまで、会話で時間を稼ぐ。
それぐらい、最新鋭のコンピューターに難はない。
『それのなにが、おもしろいのか。』
争えば怪我を負う。
怪我は身体に負担となり、苦痛を伴い、
時に生存を危ぶませる。
従って、不快なことだろうとホムンクルスは聞いた。
不快なもので、何故、快の象徴である笑みを造るのか。
順序立れば、理解できなくはない質問ではあるが、
答える術は、ジィゾにはなかった。
「さあ? 
 私はただ、組み込まれたプログラム通り、
 人間であればそうしたであろう動作を、
 行っているだけなので。」
歩きながら、幾通りかの返答を作成し、
最もシンプルなものをコンピューターは選んだ。
人間が笑う理由を知識として細かく説明しても、
ヌルには理解できまい。
「所詮、私は造り物ですから。
 一定の規則に従って、
 人の動作を真似ることはできますし、
 理由もインプットされていますから、
 文章として言葉にすることはできますが、
 何故そう感じるのかまでは、判りかねます。」
面白いというのは、人の持つ感情の一つ。
機械である自分には感情はない。
無いものは、判らない。
感情とは己が感じてみて、初めて判るもののはずだ。

『ならば、我もつくりものであるから、
 わからんというのだな。』
突き放すようなな答えに、
不愉快そうにホムンクルスは首を振った。
彼が不快を感じるのことは、予測のうちだったが、
ジィゾのコンピューターは問題なしと判断した。
いかに取り繕っても、事実は事実。
彼も自分も、感情という複雑怪奇なエネルギーを、
身に宿す域には達していない。
ヌルも、それは判っているはずだ。
『まあ、いい。
 そのうち、かならず理解してみせる。』
これ以上の質問は無意味と思ったのか、
何の感情も読みとれない瞳を僅かに光らせ、
ヌルは断言し、話を切った。
その向上心は、環境に適応し、
生存率を上げるための動物的なものか、
生き物として不完全な自分に対する劣等感からなのか。
後者であれば、彼の望むものに少しは近づいていると、
ジィゾのコンピューターは分析する。
生存本能はどんな微少なものにもあるが、
劣等感は一定の知能と感情を持ち得なければ、
感じることがないからと。
恐らく、いつか彼はたどり着くのだろう。
機械の自分には、決して達することの出来ないところに。

僅かに、耳のセンサーが、
聞こえるはずのない音を捕らえた。
いつもの誤作動だ。
最先端の技術で造られたジィゾのコンピューターに、
不具合はない。
しかし、時折誤作動としか言いようのない、
不可解な現象を彼は引き起こしていた。
原因は予測がついている。
彼の設計者が核として埋め込んだ、
古代遺産のメモリーフィルム。
その中の、今は解読できないデータの一つが、
再生されようとしたのに違いない。

一千年ほど前に滅んだ文明には、
現在では及びもつかない高度な科学社会があった。
設計者があるルートから手に入れたメモリには、
ロボットと呼ばれる、
その時代の人型機械の記憶媒体で、
動作や状況対応に関わるプログラムを含む、
膨大なデータファイルが保存されていた。
ジィゾの人に限りなく近い動作は、
これがあって、初めて実現できたものだ。
だが、その構造は複雑すぎ、
現在の技術では使用できない部分も多い。
設計者はそこに目をつむり、
未解読のデータにはそのままに、
読み込めたプログラムだけで、
稼働するように彼を造ったが、
何かの弾みで未解読データに、
電子信号が繋がるときがある。
繋がったところで、彼のスペックでは再生できないが、
それでも電子頭脳は自動的に、
接続したファイルを起動しようとする。
結果、全ての機能が不安定になり、誤作動を起こすのだ。

誤作動は酷く彼を不安定にさせるので、
未解読データは消せるものなら消すべきだと、
コンピューターは判断していた。
とはいえ、どれが誤作動の要因であるのかはもちろん、
何のデータなのかすら判らない現状での強引な消去は、
重要なファイルも消してしまう可能性が高い。
古代科学の遺産という不鮮明な要因を、
動作の主体に配してしまった己の欠点だと、
容認するしかなかった。
設計者を恨むわけには行くまい。
フィルムがなければ自分は誕生しなかったであろうから。

誤作動から37秒。
再び正常に動きだしたセンサーが、
前方から小さな生き物が歩いてくるのを見つける。
プップップップッと、
おかしな足音をたてながらやってきたその生き物は、
ジィゾとヌルを見つけると、
なにが嬉しいのか、にこにこと笑った。

「キィじゃないですか。」
黒い耳付き帽子をかぶり、
全身ピンクの子供服に身を包んだ小さい生き物は、
山羊足の魔術師カオスの愛娘キィであった。
お気に入りの犬のぬいぐるみを大事そうに抱え、
おしゃぶりをチュクチュク言わせながら、
嬉しげに両手を差し出してくる。
「あっこ。」
恐らく、だっこと言いたいのだろう。
それに答えて、
ジィゾも両腕を差しだし、抱き上げてやる。
「一体、どうしたんですか?
 こんなところを一人で歩いているなんて。」
普通であれば、カオスの使い魔の一匹が、
そばに控えているはずだ。
最近歩けるようになったのが自慢だという、
この小さい人は、勝手に外へ出てしまったのだろうか。
あの小うるさいお目付け役が、
それを見逃すとは到底考えられないのだが。

「あっこ。」
一歳を過ぎた程度の幼児が、
ジィゾの質問に答えるはずもなく、
キィは同じ言葉を繰り返した。
不快そうにヌルが眉をしかめる。
『これは、なにがしたいのか。』
「さあ? 
 大方、父親を捜しに、
 一人で出てきてしまったんじゃないですか。」
簡単な予測に、ホムンクルスはますます顔を歪ませた。
『カオスを探すなど、
 こいつにできるはずがないだろう。』
人の赤ん坊が、全く無力だと言うことは、
ヌルも知っている。
『我は、こいつが嫌いだ。』
再び、ホムンクルスは首を振った。
『手がかかるばかりで、なんの役にもたたない。
 カオスが執着する理由がわからない。』
それは自分も同じだとジィゾは考えた。
他種族の赤ん坊と比べても、驚くほど長い間、
ここまで何もできない生き物はいない。
一人では食を得るという最低限のことすらままならず、
僅かな理由であっと言う間に死んでしまう。
そのくせ、自己主張は一人前で、
些細な理由で泣きわめき、他を巻き込む。
ジィゾが知る限り、最も不愉快な生き物だが、
カオスはこの人間の赤ん坊に、
並々ならぬ愛情を注いでいる。
それだけならまだしも、
赤子という生き物に対する全面的な保護を、
全種族に強いた。
定例の会議も、人との裏協定も、
全ては、赤ん坊のためと言って過言ではない。
愛娘一人だけならまだしも、
何故、山羊足の魔術師は、
竜王を含む他の魔王の反感を買い、
横暴と非難されてなお、この生き物に執着するのか。

『・・・てごらん、・・・ったよ。』
再び、誤作動が起きている。
聞こえるはずのない声が聞こえる。
機械の自分は感情を得ることは出来ない。
生き物との差は知識を増やすことで補うしかない。
データが全てだ。
ならば、何時か全てのデータを解読できた時、
ヌルではないが、より高みに己もいけるのだろうかと、
ジィゾは予測した。
自分はそこへ立って初めて、
他の生き物には最初の位置に着く。
いわば、今、赤ん坊より不完全な状態なのだ。
なんて遅いスタートだろう。

『だから、なにがおかしいのか。』
ヌルが同じ質問を投げかけてきた。
どうやら、プログラムは再び、
苦笑を浮かべさせていたようだ。
「だから、判らないと言ってるじゃないですか。」
同じ答えをホムンクルスに返す。
そんな会話を理解できるはずもないキィが、
何が楽しいのかニコニコと笑った。
「おやおや、ご機嫌ですね。」
腕の中の小さな生き物に微笑みかけると、
ますます嬉しそうに、
キィはおしゃぶりをチュクチュクと吸った。
このまま、この子を放って置くわけにはいくまい。
どこかへ行ってしまい、事故でも起きれば、
カオスが怒り狂い、
周りに当たり散らすのは目に見えている。
その父親はルーディガーとの喧嘩に、
夢中になっているから、
使い魔の所へ連れていくのが妥当だろう。
「今、メルの所へ連れていってあげますからね。」
そう教えると、
聞きなれた使い魔の名前を理解したのか、
キィはシシシと笑った。

『ジィゾ、もう一つこたえろ。』
不機嫌そうにヌルが尋ねる。
『なぜ、そいつとはなすときは、
 ワンオクターブ、声があがるのか?』
「だから、プログラムに聞いてくださいよ。」
全く、人間の習性には判らないものが多い。
メモリーフィルムに詰め込まれたデータには、
もっと変なのがあるのだろうか。
解読するのはちょっと問題だと人型機械は考えた。

 

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