HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
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何でこいつがいるの。
まず最初にジャルが思ったのは、その一言につきた。
しかし、世界各国から集まる参加者のため、
会場を提供している銀悪魔のリカルドは、
時間に関わらず到着した者から受け入れ、
必要とあれば宿泊場所も提供してくれる。
ヌルだって少し早めにやってきてもおかしくはない。
おかしくはないが、不機嫌そうに黙り込み、
挨拶一つ出来ない相手と同じ席に着くのは、
多々無神経と評されるジャルであっても、
気分のいいものではなかった。
「よお。」
「・・・・・・。」
仕方なしに声をかけてみたものの、返事はない。
礼儀を知らないヌルの態度としては珍しくないが、
相変わらず失礼な奴だ。
そもそも、立場を考えれば、
新参者のホムンクルスから、挨拶してくるべきである。
どちらが上かは先日はっきりさせてやったのだが、
未だに理解できていないようだ。
これだからごく一部のお人好しを除き、
ヌルに構う者は居ないのだ。
『でも、そんなに悪い子じゃないんだよ、多分。』
そのお人好しな友人の声が聞こえた気もしたが、
取りあえず、無視することにして、
ジャルはヌルから離れて席に着き、
用意された菓子に手を伸ばした。
相変わらず、ここの菓子は旨い。
城主リカルド自らの作だというのは、本当だろうか。
銀悪魔は意外にも手先が器用だと聞くが、
トカゲ面のおっさんが作ったと思うと、
なんだか残念な心持ちになった。食べるけど。
どうせなら、綺麗なお姉ちゃんが作ったのが良いと思う。
仮に女性の作であっても、
銀悪魔では守備範囲外だろうが、気持ちの問題だ。
どうせ食べるのなら、心から美味しく頂きたい。
よし、今からこれは美人巨乳のパテェシエ作だ。
俺の中でそう決めた。
想像力をフル活動して、菓子の後ろに、
居るはずのない菓子職人が見えたところで、
ガシャンと物が落ちた音が響き、妄想が吹っ飛んだ。
正気を取り戻してみれば、
ヌルが落としたコップをつまらなそうに拾っている。
「大丈夫か?」
反射的に声をかけ、
胡乱な紫色の瞳と目が合い、即座に後悔する。
聞きなれない、不機嫌そうな声が耳を打つ。
「何故、
お前にそんなことを言われなければならないのか?」
「・・・悪かったよ。」
余計な心配だと拒絶され、
不快を感じないはずがない。
ジャルは口端を歪め、チッと舌打ちした。
同時に、ヌルが肉声を発したことを改めて認識し、
鼻先で笑う。
『ったく、なにを考えてるんだか。』
如何な理由か、ホムンクルスはこれまで意志の疎通を、
念波で行っていたが、最近、肉声を使うようになった。
念話という、ある種器用な意志疎通のやり方は、
余程上手くやらない限り、
負の感情なども伝わってしまう。
いい加減、その不備に気がついたのだろうか。
まあ、どうでもいいかと、
ジャルが思考を遮断しようとしたその時、
再び、聞き馴れない声が耳を打った。
「何故、謝る?」
「あ?」
突然、しかも不可解な質問に、ジャルは戸惑った。
顔を向けると、
相変わらず不機嫌そうなヌルの顔が視界に入る。
「我は、聞いただけだ。
何故、謝る?」
「・・・言っていることが、判らないな。」
ジャルにすれば、
余計な口出しをするなと言われたつもりだ。
しかし、ヌルは聞いただけだと言う。
お互いの認識に齟齬を認めるが、
突き詰めて考えるのが面倒で、感じたままを丸投げする。
何時も通り、ヌルはわずかに眉を潜め、
ジャルをジツと見つめた。
なんなの。
無言で見つめられ、ジャルも黙った。
判らない。
相も変わらず、ホムンクルスが考えていることが、
判らない。
ヌルが再び口を開くまで、
たっぷり30秒ほど掛かっただろうか。
「お前は、我が嫌いだろう。」
話の流れが読めないまま、
取りあえず素直にジャルは答えた。
「・・・ま、好きではないな。」
今更関係を取り繕う相手ではない。
言ってしまえばこの礼儀知らずの人工生物に、
好意を持っている方が少ないのだ。
ヌルもそれは了承しているらしく、
特段傷ついた様子もなく、先を続けた。
「ならば何故、大丈夫かと、聞いたのか?」
「・・・?」
要領を得ず、ジャルが黙っていると、
ヌルは自分に言い聞かせるように、一言ずつ、
区切って話した。
「大丈夫かを聞くのは、心配だから。
心配するのは、相手を、好ましく思っているからだ。
お前は、違う。何故、我を心配するのか?」
「俺が嫌いなお前を心配するのは何でかってことか?」
ようやく聞かれていることを理解し、
ジャルが自分の言葉になおして繰り返すと、
ホムンクルスはゆったりと頷いた。
普通、面と向かって聞くか? そんなこと。
別途疑問がわくが、それを言っても仕方あるまい。
まずは聞かれたことだけに対応する。
「なんでかって、
そこまでお前が嫌いなわけでもないからだよ。」
ジャルはヌルが確かに好きではないが、
明確な敵意を持つほど嫌う理由もない。
どちらかと言えばどうでよく、
徹底的に無視すると決め込むほうが返って手間だ。
単なる条件反射もある。
放置してとばっちりがきても困る。
きちんと考えれば理由は複数に渡るが、
全てを説明する必要もなく、ジャルは端的に答えた。
案の定、上手く飲み込めなかったのか、
ヌルは眉間にしわを寄せたまま、
ゆっくりと首を傾げたが、理解できなくても構わない。
俺はそこまで親切じゃないし、
ホムが自分で適当に解釈すればいいことだ。
「それより、思念波はもう使わないのか?」
これ以上、落ちたコップについて語る気はなく、
話題を切り替える。
うだうだ言われなければ、
回答は返ってきてもこなくても、どっちでもいい。
欠片の興味もない、話の矛先を変える為だけの質問に、
ヌルは深く頷いた。
「思念波は、無駄に、悪い感情も、伝わるから、
使わない方がいい。」
「ほぉー」
ホムンクルスが一大発見であるかのように、
一般常識を語るので、
ジャルの相づちも単調以上になってしまう。
裏に隠った複雑な感情を読みとったのか、
ヌルが少し眉を潜めた。
「お前も、知っていたのか?」
「ようやくそこに至ったのかってのが、
正直なところだな。」
先に述べた通り、別に嫌ってはいないが、
ジャルにとってヌルは心情を思いやったり、
関係を気にするほど大切な相手ではない。
歯に衣着せることなく侮蔑じみた率直な感想を述べる。
ホムンクルスが怒るかと思ったが、
意外にも愁傷にヌルは下を向いた。
「思ったほど、物を知らない。」
「あ?」
友人によくされる指摘に似ていたため、
一瞬自分が言われたかの錯覚を引き起こしたが、
そんなはずはない。
事実ヌルの瞳はジャルをみていなかった。
「我は、そう、なのだそうだ。」
特段、気負いもなくホムンクルスはそう言った。
彼には動物らしい感情が殆どないと聞いており、
俯くような姿勢はまだしも、表だった変化もない。
しかし、もしかして落ち込んでいるのだろうか。
少なくともジャルはそんな感覚を持った。
はて、これは慰めるべきなのか。
全く柄ではないが、一応己の感覚に従って、
前向きな対応をする。
「だとしても、これから学べばいいんじゃないか。」
「物覚えが悪い。」
即行でネガティブに否定され、
ジャルは言葉に詰まったが、
それに気がつくことすらなくヌルは続けた。
「応用力もない。優先順位付けができない。
思考スピードが遅い。総じて頭が悪いといえる、
のだそうだ。」
「誰に言われたんだ?」
「ジィゾ。」
思わず尋ねてしまったが、
挙がった名前は当然のものだった。
ヌルと同じく、
ソルダットランド生まれの人型機械が気まぐれに、
ホムンクルスの教師を始めたことは、
ジャルの耳にも入っていたが。
「意外と容赦ないな、あいつ・・・」
ジィゾは持ち主の職務補佐を目的に作成されており、
態度や発言のニュアンスを加味した、
対人機能を有しているはずだ。
にもかかわらず、杜撰なまでに直球なこの対応。
無神経からくる率直な物言いが酷いとされる自分より、
思いやりの精神を感じられない。
いやいや、試行錯誤した上で、
明確に伝えねば理解できないとの判断だろうか。
果たしてと複雑な顔になったジャルと異なり、
ヌルは不備を感じておらず、
白鳳の困惑が理解できないようだ。
「容赦ないとは?」
「はっきり言い過ぎじゃないかってことだ。」
「? 欠点は明確にしないと改善できない。」
「まあ、そうなんだろうけどな。」
予測とさして遠くない好意的な解釈に、
返って疑惑が生じる。
必要以上に粗雑な対応を受けていなければよいが。
「ちゃんと人並みに扱って貰ってんのか?」
思わずこぼれたジャルの不安を、
やはり理解できなかったのか、ヌルは首を傾げたが、
幾度か逡巡する素振り見せた後、確信を持って答えた。
「ジィゾに、間違いはない。
不快であっても、我に理解できずとも、
観測結果を踏まえた計算上でのことだ。」
「・・・なんかお前、騙されてないか。」
もしくは洗脳か。
他の意見を頭から拒絶する理由に、ますます不安が募る。
「騙される?」
「何でもねえよ。忘れろ。」
案の定、ヌルが首を傾げたが、
ジャルはそれ以上の関わりを拒否した。
きちんと人権を踏まえた教育が、
行われていようがいまいが、自分には関係ない。
っていうか、面倒くさい。
実際、ジィゾの言動は、
最新型コンピューターによるものであり、
表だった不備があるわけでもない。
まあ、なるようになるだろう。
無責任な白鳳の判断も知らず、
ヌルは己の処遇について説明を続ける。
「我の教育は、ジィゾの計算を持ってしても、難しい。
従って、多大な時間と、多少、強引な手段を、
用いなければ、結果はでないであろうとのことだ。」
「ふーん。」
ジャルからすれば、お互い労力を払って、
どんな結果を出すつもりなのか、なんになるのか、
考えることすら既に面倒なのだが、
ジィゾが必要だというなら、必要なのだろう。
適当に聞き流す中、ヌルは強い調子で語った。
「我は確かに、頭が悪い。
だが、先は長くとも努力すれば、
我にも真理は掴めると、ジィゾは言った。」
「真理?」
場違いにも厳格で大仰な言葉に、ジャルは目を見開く。
そんな大層なものが、ホムンクルスに必要なのだろうか。
「そんなこと、ジィゾが言ったのか?」
質問にヌルは頷く。
「真理は、全ての生き物に共通する。
キィにも、判ることだ。」
会議参加者の娘で、ジャルもよく知る名前が出てきた。
あの羽も髪の毛もろくに生えていない、
幼児にも判るのであれば、
大したことではなさそうだが、やはりしっくりこない。
大体、意図が曖昧である。
「そんなこと言われても、具体性がないだろ。」
一体、人型機械達は、
ホムンクルスに何を吹き込もうとしているのか。
ジャルは呆れて肩を落としたが、
ヌルは至って大真面目に言った。
「一言で言うと、『大好き、大好き』だ。」
「・・・何それ。」
「若しくは、『おなかコチョコチョ』だ。」
ヒントが増えたのに、余計に判らなくなった。
「これを理解できないのが、
世界で一番悪くて、一番悲しい。
だから、我は可哀想、なんだそうだ。」
可哀想とは何だろうと、ホムンクルスは寂しそうに呟く。
「あーねえ。」
一瞬戸惑ったが、これはジィゾではなく、
キィが吹き込んだことだろう。
非常に不明瞭で不可解だが、
文字通り、赤ん坊に毛が生えた幼児の言うことだ。
「お前には判るか?」
まともに考えるだけ無駄と判断し、
ヌルの問いにジャルは首を振った。
「いや、何とも。」
「そうか。」
白鳳の答えに落胆したのか、
理解できないのが己だけではないと安心したのか。
どちらにしろ、
やはり感情らしい物を見せず、ヌルは静かに俯いた。
それを知らないのが世界で一番悪いこと。
裏を返せば、世界で一番大切なこと。
言葉は先ほどより簡単になったが、
どちらにしろ、大仰な題目だ。
幼児の言葉らしい「大好き大好き」から予想すれば、
愛情とか、その辺りと解釈すべきか。
相手を好ましく、大切に思う気持ち。
思うことも、思われることもない人生は、
確かに淡泊で、面白味のないことだろう。
また、愛情と一口に言っても色々ある。
家族愛、郷土愛、友情、そして何より恋心。
その思いは烈火の如く身を焦がし、
持ちうる全てをかなぐり捨てても、
求めずにはいられないと聞く。
ジャルはまだその様な心境に陥ったことはないが、
事実、将来率いるべき同族を捨て、
ほぼ身一つで海を渡った男を知るが故に、
強ち、嘘ではなかろうとも思う。
唯一の連れの為に仇敵である自分に頭を下げた、
あの情厚く、誇り高い龍族は本懐を遂げただろうか。
彼の行く末に幸多いことを祈る。
思考がずれたことに気がつき、
白鳳は肩をゆったりと回しながら考えた。
しかし、同族や国を捨てる程でなくてもいいが、
己が歳を考えれば、そろそろ似た様な出会いが訪れても、
良い時分である。
適当な相手が居なかったと言えばそれまでだが、
思えば今の今までその手の感情を持ち得たことがない。
恋愛感情。
番、子を育て、生涯を共にする相手に向けるものであり、
ジャルも未だ知り得ぬ、誰かを恋しく想う気持ち。
この愛を語るには避けて通れぬものを知らぬのでは、
ヌルの言う境地に至っておらず、
引いては彼と同等ではなかろうか。
自然と行き当たった答えに、ジャルは顔をしかめた。
併せて歳の離れた弟妹が、
先日吐いた言葉が頭をよぎる。
『兄ちゃんは、何時、彼女とやらをつれてくるんだ?
一生独身貴族なのか?』
『兄さん、もし同性愛者だって言うなら、
ちゃんと告知してね。
僕はそう言う偏見ないつもりだから。
あ、でも、職場の人に手を出すのだけはやめてよね。』
あの馬鹿ども、特に愚弟め。
言われた直後に、
長男兼大黒柱に対する礼儀というのを教え直したが、
また腹が立ってきた。
違ぇし。別に俺、モテない訳じゃないし。
周りにろくな女がいないだけだし。
仮にもジャルは鳳一族の代表であり、
求めれば相手に事欠かないのは、
れっきとした事実であるが、言い訳臭いのは何故だろう。
沸沸と臓腑が沸き立つような感覚を、
噛みしめたジャルの肩を、
思い出したようにヌルがぽふっと叩いた。
「お前も、可哀想なんだな。」
いや、違う。
ヌルに深い意図はない。
先ほどの問いにジャルが理解できないと答えたこと、
己が可哀想だと言われたことを踏まえて、
白鳳もそうなのだろうと判断しただけだ。
それはわかる、わかるけど。
感情がないとされるにもかかわらず、
妙に哀れみを湛えたホムンクルスの視線に耐えきれず、
ジャルはヌルの頭を捕まえた。
「どうしてお前は、
タイミングと発言に問題があるかな!!」
「何故、怒る!?」
こめかみを拳でグリグリ押されるのは、
ホムンクルスも痛いらしい。
一悶着後、うずくまるヌルを捨てて、
腹立たしさを隠しもせず、ジャルはその場を立ち去った。