HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
初めて顔を合わせたときは、
似たような年頃の子供だった。
死の女神ヘルの番犬、ガルムの加護を受けているとか、
当時、黒犬と呼ばれていたカオスに養育されていたとか、
獄炎の魔女の養子であるとか、
親族の間でもっぱらの話題であった事項は、
ヒュンケルの耳からは通り抜けていて、
ただ、ちょうど良さそうな遊び相手としか映らなかった。
当時からオリバーは休眠していることが多かったので、
さほど顔を合わせる機会は多くなかったのだが、
声を掛ければ、面倒そうな顔をしながらも、
相手をしてくれた。
また、頭も良ければ、剣や魔法の腕も立ち、
あれこれ世話を焼いてくれる甥っ子は、
実際、良い遊び相手で、
休眠時間の差からどんどん年齢が離れていっても、
長い間、ヒュンケルにとってオリバーは、
親戚と言うより友達だった。
年齢差を感じたのは、いつだったか。
模擬試合で勝てないのが悔しくて、
過酷な修行に明け暮れた結果、見事打ち負かし、
「子供相手に大人げない」と周囲から責められた。
その時はショックで80年ほど休眠してしまったが、
起きた後、ゆっくり考えてみれば、
確かにその通りだった。
当時ヒュンケルは人間で言えば20歳前後になっていたが、
オリバーはまだ、15歳程度。
吸血鬼だから、なんだかんだいって起きている時間は、
何十年に及ぶとか、規格外の教育を受けていて、
既に同族の中でも上位クラスの強さをもつなど、
色々あっても、出来てしまった自分との年齢差が、
埋まるわけではなかった。
ヴァンパイアという永き時を生きる魔物の性を、
らしくもなく感じたのを、覚えている。
それから何となく疎遠になってしまい、
魔物としても長い月日が過ぎた今、
ドンケルナハト城の管理を、
一族より申しつけられたオリバーから、
補佐として指名された。
ドンケルナハト城はニュートーンという、
人間の大きな町の近くにわざと作った、
対人用おとりである。
吸血鬼ここにありと宣伝し、
本拠地を隠す為の大事な張りぼてだが、
その管理に、難しいことはない。
先人の張った魔法陣や、
長年戦闘地域であるという下地から、
警備兵となる悪霊の類は、無尽蔵に補充され、
進入者を勝手に追い払ってくれる。
居住目的ではないから、
多少、壁や屋根に損害がでても大きな支障はない。
魔物が増えすぎないよう適度な管理と、
要所に設置された魔法陣の修復、
肝心要の進入者に対する存在アピールは、
時折しなければならないが、
面倒で退屈だという事を除けば、
非常に簡単な仕事で、補佐が必要になるものではない。
だから、優秀な甥っ子が自分を指名した理由は、
言葉通りでないのは分かったが、どちらにしろ、
少し、意外だった。
どの道、管理当番は持ち回りなので、
いつかは担当しなければならず、断る理由もない。
思い切って引き受け、国を出てみれば、
なにもかもが珍しく興味深かったし、
新しい友達もできた。
城に釣られてやってくる人間をからかうのも、
なかなか面白い。
それにオリバーが持ち込んだ古代の遺品、
人間の作ったゲーム機や、映像再生機の面白さは、
彼と一緒に暮らすことがなければ、
体験することはなかっただろう。
あれはいい。
RPGにしても、アクションにしても、
ボタンを押すだけで万の動作ができ、飽きることがない。
尤も、オリバーはあまりゲームで遊ぼうとしない。
初めは飽きてしまったのだろうと思っていたが、
そのうち、オリバーはゲームそのものではなく、
誰かと遊ぶことが好きなのだと分かった。
けれども、遊び相手がいないのだ。
甥っ子は顔も性格も悪くないし、
人付き合いが悪いわけでもないのだが、
いかんせん、永い休眠期間に地元から離れた場所、
行動範囲の狭さなどが相まって、
カオスを除けば、知り合いらしい知り合いがいない。
そんな態度はおくびにも出さないが、
寂しいのだろうと思う。
夜半に何をする出もなく、城の火の見櫓に腰掛けて、
ぼんやり遠くを見ている姿は、ちょっと不憫だ。
その分、自分がと思ってみても、
熟練度が違いすぎて相手にならない。
一段奮起し、日々、練習に明け暮れたら、
廃人のレッテルを貼られ、ゲーム機を取り上げられた。
先日、また貸して貰えるようになったが、
一日一時間のルールが架せられている。
何故だ。
少ない時間では、できる訓練も限られる。
従って、ヒュンケルは今日も技の特訓に夢中だった。
オリバーが動かすキャラクターは、
息をするように必殺技を繰り出すのに、
どうして自分が動かすと、
おかしなジャンプを繰り返すのだろう。
「だから宜しくね、叔父さん。」
「ああ、分かった。」
「来週月曜の、夕方には戻れると思うから。」
「ああ、しっかりな。」
頭の上からの声に、生返事をしていたら雷が落ちた。
「本当に、分かってるの!?」
眉間にしわを寄せて、甥っ子が怒鳴る。
「ちゃんと忘れずにルッツちゃんに渡してよ!」
大きな箱を叩いて怒るのに、仕方なく振り返る。
「分かってるよ。ちゃんと渡すって。」
「ルッツちゃんは、3時頃くると思うから。
こないだみたいに、引き留めたら駄目だからね。」
「はいよ。」
連絡係として世界の魔王を訪ねて回る、
魔術師カオスの使い魔は愛らしい。
そして、忙しい。
慰労ついでにちょっかいを掛けてはいけなかったようだ。
コンピューターを何とか打ち負かし、
ヒュンケルはようやく手を止める。
「それで、いつ戻るって?」
「来週の月曜だってば。」
吸血鬼一族の王国ペンテルバシアは、遙か東。
移動時間を考えても、そんなもんだろう。
「じゃあ、現場報告をしっかりな。」
どんなに気楽でも、
ドンケルナハトの管理は一応仕事。
長老への中間報告の義務がある。
たまの里帰りもいいが、
一族郎党会議+長距離の移動を天秤に掛ければ、
選ぶべきは断然留守番だ。
行ってこいと手を振るヒュンケルに、
オリバーは口酸っぱく注意する。
「ちゃんと結界のチェックを忘れないでよ。
あと、僕が帰るまで人間に手を出すのもやめてよ。
嫌だからね、
後になってカオスさんから救出報告受けるのなんか。」
「分かってる、分かってる。」
「ゲームは一日一時間だからね。
プレイ時間は記録されるんだから、
誤魔化そうったって、無駄だからね。
帰ったら、ちゃんとチェックするからね!」
「分かったってば!」
母親ではあるまいし、
何故にこうも、うちの甥っ子は細かいのだろう。
揚々出ていったオリバーを見送って、
ヒュンケルは後ろを振り返った。
さて、何か言いつけられていたはずだ。
床におかれた大きな箱に顎髭を撫でながら考える。
「これが誕生日プレゼントか。」
それにしては色気のない包装に、頭を掻く。
本日、訪れる予定のカオスの使い魔、
システムルッツに渡してほしい。
オリバーは、確かそんなことを言っていたはずだ。
カオスとオリバーの付き合いは長い。
まだ、このミッドガルド大陸が、
神の結界で分かたれていた一千年前から始まって、
一時期、魔術師に養育されていた時期もある。
当然、その飼い犬とも親密で、
オリバーにはあのお堅いメルセデスですら、
短いしっぽを振る。
リーダー格で、飼い主カオスもある意味、
頭が上がらない彼女とも上手くやっている甥っ子だから、
犬達の誕生日ぐらい把握しているだろう。
「しっかし、もうちょっと何とかならないものかね。」
余りに無愛想な包装に不安を覚え、
ヒュンケルは包み紙をひっぺがした。
中から直ぐに味気ないダンボールが出てくる。
包装より、中身に手をかけたということだろうか。
セロファンテープで留めただけであるのを良いことに、
箱を勝手に開けて、ますますうんざりする。
中から出てきたのは干し肉に缶詰、お菓子の類。
プレゼントより、非常食の詰め合わせと言った方が、
正しく思える内容に自然と溜息が漏れた。
確かにカオスの使い魔達は、
高い知能を持ってはいても犬族だ。
実直な彼女らは食べ物の詰め合わせも、
喜ばないことはないだろう。
しかし、受け取り主は仮にも女の子。
もう少し、その辺を考慮しても良くないだろうか。
イヤリングや指輪とは言わなくとも、
人型、犬型どちらに変身しても、
邪魔にならない鞄とか、おしゃれな首輪とか。
カオスの使者として、各国をまわるルッツは、
身だしなみにも気を配っている。
何より、可愛らしい小物が似合うような子なのだ。
食べ物にしたって、マカロンとか、ギモーヴとか、
女の子が喜びそうな物がいくらでもある。
「全く、我が甥っ子殿ときたら、センスの欠片もない。」
肩を落として、ヒュンケルは独りごちた。
7匹もいるカオスの飼い犬の中で、
わざわざルッツだけに贈り物をする理由は、
押して知るべしだろう。
連絡係のシステムルッツは可愛い。
灰色の柔らかい髪に色の異なる大きな丸い瞳。
人懐っこい仕草に愛らしい笑顔。
カオスの使い魔という最大の問題点がある以上、
現実味はないが、
何か特別な事をしたくなる気持ちはよく分かる。
そこを敢えて、色気のない食料品でまとめているのは、
照れ隠しか、特別性を持たせまいとしているのか。
確かに彼女だけというのは角が立つかもしれないが、
不自然な地味さに返って裏の意図を感じてしまう。
大体、本気で隠すつもりであれば、
平等に犬達全員を対象にするのが妥当だが、
他の犬達に同じようなことをしている気配ない。
この、微妙な態度はどういうことか。
そもそも、自分が直ぐに気がついたのだから、
付き合いの長いカオスや飼い犬たちが、
何も知らないはずがない。
公然の事実であれば開き直ってしまえばいいのに、
一歩踏み出せないのは、
良くも悪くも明確な意志を表示することに寄って起きる、
変化を恐れているのだろう。
「無理もないかもしれないな。」
甥の境遇を思い、吸血鬼公爵は口を結んだ。
実親は顔も覚えられないうちに亡くなってしまい、
成人してより、養い親とも縁遠くなっている。
自分以外に親しい間柄といえる同族もいない、
オリバーとしては、
唯一気の置けない付き合いのできる魔術師や、
その使い魔との関係は絶対に崩す訳にはいかないだろう。
けれども、とヒュンケルは思う。
「いいじゃないですか、誕生日ぐらい。」
何かあればカオスが言うだろうし、
それ以前に飼い主第一の犬達が動く。
放置されているのであれば、
成就の如何はともあれ、問題ないのであろう。
だったら年に一度、プレゼントの一つや二つ、
送ったってどうってこともないはずだ。
慎重ですますか、臆病者と罵るべきか迷わせる、
ダンボールの中身を押し退けて、
ヒュンケルは時計を見上げた。
大丈夫。まだ3時には十分時間がある。
叔父さんが、一肌脱いであげようじゃない。
灰色の日除けコートと帽子をかぶり、
吸血鬼公爵は、部屋を出ていった。
数日後、プレゼントの受取先を聞いていなかった件と、
中身の勝手なすり替えにおいて、
ドンケルナハト城は激しい口論の嵐に襲われる事となる。