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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

お城の調理場。

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お城の調理場。



小さい頃からの夢が叶ったからと言って、
人生すべてに満足できるとは限らない。
それが、人の欲ってものなんだろうか。

「はあ、愛しの君よ。
 君は今、一時の眠りについているのだろうか?
 貴女が危険な戦場に身を置いていると思うと、
 胸が締め付けられる様に痛くてたまらない。
 薄汚い魔物の血が、
 その麗しい髪を汚していないといいのだけれど。」
生クリームがこぼれるのと一緒に、独り言がこぼれた。
ボールの中に予め取り分けておいた砂糖を足す。
生クリームをかき混ぜるのは手作業に限る。
同職には隣国ソルダットの機械、
自動泡立て器を使う奴が多いけれど、
私は必ず、手で泡立てることにしている。
でないと生クリームの変化が感じ取れないから。
混ぜすぎて固くなったクリームでは、
舌の肥えた国賓たちを納得させることはできない。
なにより、奇跡のパティシェの名が泣くってものだ。

今度の新作のケーキは王様のお口にあうだろうか。
今年採れたばかりの苺とクリームとのコントラストは、
さぞかし美しいものになるははずだ。
スポンジには香り高いブランデーを染み込ませ、
甘いだけではない大人の味を演出するつもりだ。
そう。ほろ苦く、しっとりとした恋の味。
叶うのであれば、あの人のところにも、
届くといいのだけれど。
叶わぬ夢と知りつつ、願わずに入られない。
王家直属のパティシエである私が作ったお菓子は、
国王の家族か、国賓、一部の貴族にしか振る舞われない。
その分、手間を惜しむことなく、
凝ったものを作れるけれど、
少し、寂しく思わなくもない。
子供の頃に願った王様専属の料理人になる夢は、
叶ってみると想像と少し違っていた。
口にした人、すべてが幸せになれるお菓子を作る。
パティシエの教示を忘れたことはないけれど、
分け隔てなく、多くの人が食べられないのであれば、
本当に意味があることなのだろうか。
そんな大それたことを願っているわけでは、
ないはずなのだけれど。

せめてマカロンの一つだけでも、
ケーキの一欠片だけでも、褒美の一つとして
あの人に届いたら、どれだけ幸せだろう。
ああ、麗しの騎士様。
女ながら師団長の一人でありながら、
その金色の髪は職人が懇請込めた飴細工よりも美しく、
その白い肌は高価な粉砂糖よりも白く、
その青い瞳は、取れたてのブルーベリーよりも、
愛らしく瑞々しい。
もし、貴女の苺のような唇から、
愛の言葉を得られるのであれば、
私はそのまま、息絶えてもかまわないのに・・・

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、こりゃ傑作だ。」
「ひっ、だ、誰ですか!?」
突然の笑い声に盛っていたボールを落としてしまった。
ああ、もったいない。
この生クリームは岩山多く、
高段差の激しい灰色山脈に生えるわずかな草だけを、
食べて過ごしているという特別な牛から絞ったという、
ソルダットからわざわざ取り寄せた、
最高級品だったのに。
っと、そんなことは今、大したことじゃない。
ここ、私専用の調理室は王族の私室に隣接された、
城の隅にある。
こんなところまで潜り込むような輩は、
賊か、刺客か、ろくなものじゃないのに決まっている。

「す、姿を現しなさい! でないと、人を呼びますよ!」
我ながら、間抜けな台詞だ。
賊が姿を現したって、私にはなにもできないし、
人を呼ばなければいけないのは変わらないのに。
しがない料理人の我が身が憎い。
剣も魔法も扱えない自分としては、
果物ナイフを握るのが精一杯だ。
もしかして、ここで死ぬんだろうか。
残業中、城に潜り込んだ盗賊に、
うっかり出くわすとはついてない。
どうせなら、盗賊らしく、
反対側の宝物庫の方に行ってくれればよかったのに。 
ああ、短い人生だった。
「おいおい、そう、騒ぐなって。
 なにもしねえよ。」
窓の上の方から声がする。男にしては、ちょっと甲高い。
何でそんなところからと見上げると、
するするっと、黒髪の青年が逆さまに降りてきた。
「え、ちょ、なに?! 魔術師? なんで?」
驚いて、しりもちを着いてしまう。
無様だとは思うけど、足がふるえて動かない。
「うるさい奴だなあ。」
てっきり、盗賊か、その類だと思ったのに、
現れた青年はちっともらしくなかった。
しかも逆さのまま、ふわふわ地面から浮いている。
浮ぶ魔法って、初めて見た。
高位の魔法使い?
泥棒も、暗殺も、体力のない魔術師には向かないのに。

「だ、誰ですか、貴方?」
なぜ、魔術師なのかという疑問はすぐに解決した。
此れは人ではない。魔物だ。
とがった耳にボサボサの黒髪、
薄く笑った唇からは、小さいが牙が見え、
服からのぞく腕や首筋をよくみると、
鱗のようなものが生えている。
国属の騎士たちが討伐に向かっている、黒悪魔だろうか。
それにしては噂に聞く、山羊の角がない。
じゃあ、魔術都市ニュートーンに近い廃墟にすむという、
吸血鬼だろうか。
吸血鬼は、死人のような青白い肌をしているらしい。
目の前の青年は、確かに色白だけども、
死人と言うには健康的だ。
それと、色が違う。黄色がかったクリーム色。
城下町でたまに見かける、
極東の出身者がこんな肌をしている。
髪も黒いし、向こうの魔物なんだろうか。
でも、目が青い。
それに極東の魔物が、どうしてこんなところに?

「もしかして、ミミットからの刺客ですか?
 何で、今更?」
十数年前、冬眠からさめたという金色のドラゴンが、
ここ、シュテルーブルを襲い、壊滅状態に陥らせたのは、
私も覚えている。
その時、助けてくれたのが、
東の島国ヤハンからきたという白魔術師集団だった。
国をあげてお礼を言うべきなのに、
当時の貴族たちはこぞって理屈を付けて、
彼らを廃村ミミットに押し込めてしまった。
それを恨んで、刺客の一人や二人送ってきたって、
私だっておかしいと思わない。
でも、10年以上前の話だ。
「うん? ああ、見た目のせいか。
 こっちじゃ、こういう毛色の奴は珍しいからな。
 でも、はずれだ。」
青い目の魔物は軽く小首を傾げ、
目をしばしばと瞬かせた。
その人なつっこい仕草にちょっとだけ警戒心がゆるむ。
これなら、突然グサッとやられることはなさそう、
なのかな?

「じゃあ、どなたですか?」
座り込んだまま、身を乗り出して訪ねてみると、
向こうも逆さまのまま、ふんっと鼻先で笑った。
「誰でも良いだろ。
 通りすがりの魔法使いさんだよ。」
名乗る気は、ないらしい。
「でも、貴方、魔物でしょう?
 こんなところをうろついて、
 警備の騎士達にでも見つかったら、
 大変じゃないですか。」
「別にどうってことない、あんな奴ら。
 最近のは、質も悪いしな。」
小馬鹿にした言い方に、あの人も馬鹿にされたようで、
ちょっとむっとする。
こいつは愛しの君を知らないから、
こんなことを言えるんだ。

「そんなの、どうしてわかるんです?
 一くくりにも、言えないでしょう?」
魔物が大して怖くなさそうなのと、腹が立ったので、
文句を言ってみたら、おやという顔をされた。
くるりと一回転して逆さまを直し、
パンパンと服をはたいて整えながら、
当たり前のように言う。
「わかるさ。長いスパンの中でも、
 ここ最近の連中は質が悪い。
 平和だし、定期の討伐隊も形ばかりだから、
 仕方ないのかもしれないけどな。
 剣の腕なら冒険者の方が良い奴がごろごろしてるぜ。」
そういうからには、見た目ほど若くないんだろうか。
どっちにしたって、あの人に失礼だ。
あの人は、毎晩遅くまで訓練所で稽古をしている。
遠目からしか眺めたことはないけれど、
一生懸命なのは、近寄らなくったってわかる。
「それにしたって、全員が全員、
 弱い訳じゃないでしょう?」
「やけにムキになるな。愛しの君とやらのせいか。」
呆れ顔の魔物はあっさりと私の心を見抜いた。

「な、何でわかるんですか!?」
読心術でも持っているのだろうか。
やはり、魔物だ。油断ならない。
警戒も露わに問いつめたら、
もっと呆れたような顔をされた。
「なんでって、だだ漏れだったぞ。
 その金色の髪は職人が懇込めた飴細工よりも、
 何ちゃらって奴。」
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
その言葉を理解するやいなや、
自分の口から、この世のものとも思えない悲鳴が、
勝手に飛び出した。
「いつから、聞いてたんですか!?」
恥ずかしい、これは恥ずかしい。
顔から火がでるなんてものじゃない。
直火でこんがり焼かれたお肉の気分だ。
外はカリカリ、中はジューシー
いわゆる生殺し。

「いつからって、何処から始まったのなんか、
 わかんねえし、知らねえよ。
 貴女が危険な戦場に身を置いていると思うと、
 胸が締め付けられるとか、
 ほろ苦く、しっとりとした恋の味を
 あの人のところにも届けたいとか、
 その辺からじゃねえのか?」
「うわあああああああああああああああああ・・・」
ほとんど、はじめからじゃないですか。
しかも、口に出した覚えのないものばかり。
知らず知らずのうちに、
燃ゆる思いを言葉にしてしまっていたらしい。
それを見ず知らずの魔物に聞かれるとか、もう死にたい。
でも、死ぬのは嫌だから、実家に帰って引きこもりたい。
そんな私の心も知らず、青い目の魔物は飄々という。
「今日は下らねえ、
 爺の見栄と意地の長話に付き合わされて、
 散々だったけど、
 帰る途中にいい匂いがするなとつられてみたら、
 今時珍しい赤っ恥ポエムが聞けたとか、
 こりゃ、良いネタ拾ったわ。早速言い触らさねえと。」
あ、しかもなんか、怖いこと言った。

「じゃ、そういうわけで、達者でな。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
あっさり立ち去ろうとする魔物の服の裾を、
慌ててつかんで引き留める。
「なにするんだよ。」
「なにするもなにも、貴方、言い触らす気ですか!」
「うん、夜な夜な城の料理人が、
 菓子作りながらポエムを詠ってるなんて面白い話を、 
 黙っている理由はないな。」
とんでもない。
こいつ、とんでもないことを、さらっと言う。
「やめてくださいよ! 生き恥じゃないですか!!」
「そう、言われてもなあ。俺も今、機嫌悪いし。
 何か、楽しいことでもないとやってられないしな。
 まあ、諦めろ。」
「諦められるわけないじゃないですか!!」
嫌そうに眉をしかめられたが、構わずすがりつく。
何しろ、こっちは死活問題だ。
こんな話、言い触らされたら、
恥ずかしくてもう、城勤めなんかできない。
明日から無職。あの人にも会えない。
とんでもない。とんでもないよ、本当。

「離せってんだよ!」
怒った魔物に、乱暴に振り払われる。
また、しりもちをついたばかりか、
私の体はそのまま、ゴロンゴロンと転がった。痛い。
こんなひどい目に遭わせてなお、
魔物は怒ったまま、乱暴に言い放った。
「俺を誰だと思ってやがる。
 人間ごときが、このカオス・シン・ゴートレッグ様に、
 指図しようなんざ、100万年早ぇんだよ!」
「さっき、名乗ってくれなかったじゃないですかー」
それにそんな名前、聞いたことがない。
魔物の中では有名なのかもしれないが、
私は人間だし、情報通でもない。
先ほど使っていた浮かぶ魔法は確かに見たことがないが、
魔術師でもないから、凄さがぜんぜんわからない。
腰をさすりながら立ち上がると、頭の上から睨まれた。
「だいたい、人に名前を尋ねるときは、
 自分から名乗るのが礼儀じゃねえの?」
「あ、すみません。
 この城で王家直属のパティシエをしております、
 シャルル・ラインリヒと申します。」
身分の高い魔物なのだろうか。
意外と細かいことを言うものだ。

まあ、そんなことはどうでもいい。
私にとって、今、大事なのは彼の口をふさぐことだ。
でも、どうやったらいいんだろう。
「それで、あの、先ほどの件なのですが。」
「しゃべるなってか?」
「ええ、そうしていただけると、
 私としては大変助かるんですけれど・・・」
「黙ってたら、俺になんか良いことあるのか?」
「それは・・・」
なんだか、代償を求められてしまった。
もしかして、これはよく聞く、
悪魔との契約の一巻ではなかろうか。
魂をとられるとか言う。
そう考えると、もしかして初めから罠だったのかしら?
でも、私の魂なんかとって、どうするのだろう。
奴隷として、家で一日中ケーキを作らせるつもりとか。
それって、あんまり今の生活と変わらない気がするなあ。
そんなことを考えながら、
お給料は良いけれど、試作品の材料代に使ってしまい、
ほとんど貯金はないこと、
剣も魔法も使えず、得意なのはお菓子を作ることだけ、
つまり代償として支払えるものがなさそうなことを、
粛々と説明する。
青い目の魔物は黙って話を聞いていたが、
最後に馬鹿にしたように言った。

「それで、対価は払えねえってか。」
「払えないと言うか、
 払えそうなものがないと言うか・・・」
「それは?」
急に興味をなくしたように、
魔物は余所を向き、顎をしゃくって机の上を示した。
作りかけのケーキがそのままになっている。
「あれは、新作のケーキです。
 今度の晩餐会に出そうと思って。」
「ふーん。後、どのくらいでできるんだ?」
「あとは、クリームを塗って、
 イチゴとゼリーを飾り付けて、
 その上から溶かしたチョコレートをかけて模様を・・・」
「なんでもいいから、さっさと完成させちまえよ。」
めんどくさそうに急かされる。
一体、なんなのだ。

取りあえず、言われたとおりに仕上げにかかる。
生クリームをたっぷりと塗り付け、
冷蔵庫から取り出したイチゴとゼリーを乗せる。
「まだか?」
「ちょっと待ってください、バランスが難しいんです。」
ケーキは見た目が大切だ。
美味しいだけじゃなく、
見ただけで華やかな気分になるように。
ケーキに限らず、お菓子は楽しむためのものだから。
ここに拘らなくっちゃ、パティシエの意味がない。
意味がないのに、横からかっさらわれた。
「ちょっと! なにするんですか。」
怒ったところで、意に掛けてもらえず、
一口かじった後、どうでも良さそうに言い捨てられる。
「まあ、こんなもんだよな。」
「失礼ですね!」
でも、続いて自分も一口試食したら、
思ったよりもイチゴの味がしなかった。
ブランデーがちょっと強すぎたらしい。
改良の余地ありだ。
それにもう少しクリームの砂糖を、
減らした方がいいかもしれない。
後、それから・・・

「じゃあ、そういうことで。」
「だから、出ていかないでくださいってば。」
考えごとをしている隙に、
窓の外から逃げ出そうとした魔物の裾を押さえ、
改めて引き留める。
「今のケーキで、口止め料になるんですか?」
「正直、釣り合わねえなあ。」
憮然とした顔を崩さないまま、
もごもごと魔物は口を動かしていた。
文句を言いつつ、しっかり食べている。
「じゃあ、なになら釣り合うんです?」
「そう言われてもな・・・」
試食品のケーキをもう一つ摘みながら魔物は首を傾げた。

「そういえば、カスタードとかも作れるの?」
「当たり前じゃないですか、失礼な。」
パティシエをなんだと思っているのか。
暢気で不遜な言動に、初めに感じた恐怖も不信感も、
どこかへ行ってしまった。
「プリンですか、タルトですか?
 やっぱりシュークリーム?」
「いいや、カスタードだけでいい。」
それなら、すぐに出来る。
冷蔵庫から新しい牛乳を取り出そうとしたら、
止められた。
「良いよ、そこの使い残しで。」
「でも、新鮮なものを使わないと。」
指されたのは、
後で処分するつもりで出しっぱなしにしていた、
賞味期限が今日までの牛乳とクリームだった。
さすがに数時間で腐りはしないだろうが、
もう生ぬるくなっているだろう。
カスタードは単純なだけに、
材料の良質さが響くというのに、魔物は横に首を振った。
「それでいい。どうせ捨てちまうんだろ。
 もったいねえよ。」
どうせ、味の細かい違いなどわからないと言うので、
大人しく従うことにする。
なんだか、腕の振るい甲斐のない相手だ。
魔物だから、しょうがないのだろうか。

兎も角、牛乳を温め、粉をふるう。
食品を扱う作業机に腰掛けたのは気に入らないが、
魔物は大人しく作業を眺め、呟いた。
「流石に手際が良いな。」
「当然ですよ。これが仕事ですから。」
こし器で漉すのも止められた。
ちゃんと漉さないと、
ダマが残って滑らかさが出ないのに。
「こんなもので、いいんですか?」
個人的に考えるカスタードクリームとはほど遠い、
ボテッとした黄色い固まり。
これをそのまま渡すのはプライドが許さなくて、
残り物ついでにブランデーも混ぜる。
ふんわりと良い酒精の香りが部屋に広がった。
鍋ごと渡すと非常にやる気のない顔で魔物は受け取った。
黙ってスプーンを差し込み、一匙すくいとると、
フウフウ吹いて冷まし、口に入れる。
もごもごと口を動かして、にまっと笑った。
どうやら、お気に召したらしい。

「で、なんだって?
 女騎士の彼女に、菓子を届けたいって?」
「彼女って、違いますよ!
 何を、言ってるんですか!」
代わりに届けてやろうかとの意外な提案に、
私は狼狽した。
それが出来ればどんなに良いかとは思うけれど、
彼女は私のことなど知らないと、
小さな声でと言い訳する。
魔物は酷く呆れた様子で質問を重ねてきた。
「なんだ、つまり、片思いどころか、
 顔見知りですらないってことか?
 何でまた、そんな相手に惚れたんだ?」
「それはその、偶然の出来事と言いますか。」
彼女との馴れ初めをどう話そうか、
耳まで赤く染めた私の言葉を、
魔物は眉をしかめて、せき止めた。
「おい、始めに確認しておくが、
 まさか、男のくせに菓子職人など女々しいと、
 騎士連中に絡まれたところを、
 助けてくれたのがその女だったとか、
 そんなベタな話じゃないだろうな?」
「・・・エスパー?」
「誰か、少女漫画雑誌の編集者連れてこい。
 今時、本場ですらあり得ないと現実を教えてやれ。」
人の心を読んでおきながら、
魔物はあらぬ方を向いて文句を言った。
しかし、これではっきりした。
この魔物は読心術を会得している、間違いない。

「ったく、俺様としたことが、
 前例通りの突っ込み方をしちまった。で、なにか。
 その女は、お前のことなんか覚えちゃいないってか?」
「ええ、恐らく・・・」
ブツブツこぼす魔物を前に、私はため息をついた。
城の料理人を助けたことなど、
彼女にとっては些細なことだろう。
私の顔など、記憶にとどまっているかすら怪しい。
それでも、諦めきれない想いや、
彼女のことが知りたくて、城中を駆け回ったこと、
師団長であることを突き止めたことなどだけでなく、
彼女の周りにいるような男たちと違って魔物と戦ったり、
彼女を守ったりすることが出来ない劣等感までを、
いつの間にか私は語っていた。
私は語り上手ではないし、
人間の色恋沙汰など興味もなかっただろうが、
ポツポツと口からこぼれ落ちるような話を、
魔物は黙って、最後まで聞いてくれた。

「なんだかなあ。それだけ惚れてるなら、
 他にすることが幾らでもあるだろうが。
 夜な夜なイカれた愛の歌を歌う暇があるなら、
 アタックの一つも掛けるべきじゃねえのか。」
全て話し終わった後、魔物はため息と共に、
アドバイスとも嘲りとも言えない感想を述べた。
「すみません・・・」
尤も、ストーカーのごとく周りを彷徨きはしても、
実際に本人に近づくきっかけすら、
作れていないという指摘は問題の根本をついており、
自分が情けなくて、私はただ、肩を落とした。
そんな私を小馬鹿にした目で眺め、
もう一度嘆息すると、魔物は静かに左腕を挙げ、
私の頭の位置にあわせた。
「なんですか?」
「良いから、動くなよ。」
一体何をする気かと驚きつつも大人しくしていると、
呪文のような言葉を小さく呟かれる。
「・・・グレイプ。」
魔物の左腕から白いロープのようなものが、
シュルシュルと湧きだし、私の頭に向けて延びてきた。
「なんですか、これ!?」
「動くなってんだろ。」
何故か恐怖こそなかったが、
驚愕の声を上げた私を無視し、
幾筋のも白いロープは蛇のように私の頭を取り囲み、
左右のこめかみと額、それと後頭部に軽く触れた。
一瞬、魔物の目が青白く光ったと思う間もなく、
グラッと目眩のようなものがして、
ゆるゆるとロープが魔物の左腕に戻っていく。

「ふん、こいつか。」
どうでも良さそうに、魔物は鼻先で笑った。
「第12師団長アイラ・ウィンロード、22歳牡羊座。
 確か、カラルリンド家系小貴族の娘だが、
 上に二人の兄貴がいて、
 長男の方がすでに結婚して子供もいるから、
 継承権は0に等しい。婚約者もいるが形ばかりで、
 本人にそのつもりはなく、
 恋人も今、いなかったはずだな。」
どう考えても、
頭の中を読みとられたとしか思えない行為の後で、
私も知らない彼女の情報を淡々と魔物は告げた。
「趣味は乗馬で、好きな菓子はメレンゲ。
 好みのタイプは優しくて誠実なひとだったか。
 特別地位の高い家系でも立場でもないし、
 押せば見込みはあるんじゃないのか?」
「な、何でそんなこと知ってるんですか!?」
もう、疑問しか口に出来ない私に、
魔物は困ったように首を傾げた。
「何ででも、いいじゃねえか。
 ふらふらしてると耳に入ってくることもあるんだよ。
 ついでに言わせてもらえば、来週の火曜日、
 仕事上がりに、
 剣の修練をするつもりらしいな。色気のねえ。」
片目をつぶってチャンスじゃないのかと言う。
そうかもしれない。多分、いや、絶対にそうだろう。
どうして、そんな情報を教えてくれるのか。
感謝と困惑で顔が歪む。
なにより、その親切に答えられる気がしない。

「なんで、そんなこと、教えてくれるんです?」
泣きそう声で訪ねる私は、
さも、みっともなく見えただろう。
「さあな。カスタードの代金だとでも思え。
 それに、なんでもヘったくれもあるか。
 お前にとって大事なのは、
 俺が情報をやった理由じゃなくて、
 それでどうするかだろ。」
頼りない反応に、少し苛立ったのか、
怒ったように魔物は青い目を光らせた。
「まさか、声をかける自信がないとか、
 言うんじゃあるまいな?」
図星だ。
沈黙が答えとなって、
何も聞かずに魔物は大きくため息をついた。
「ったく、だらしねえな。
 今時、きりっと仕事してりゃ、カモノハシだって、
 格好良く見える世の中だって言うのに、
 気合いが足らねーぜ。」
大げさに肩を落として嘆き、
スプーンを教鞭のように振るいながら言う。

「まあ、このご時世、
 何かあった時、女房子供を守れないようじゃ、
 男として立つ瀬がないっちゅう気持ちは、
 よく分かるけどな。
 周りに力自慢がいれば、尚更だろうよ。」
言わずとも、彼は私が躊躇する理由を察してくれた。
それでも、大きく首を振る。
「けど、お前が気にする城仕えの騎士連中なんか、
 武器を振り回していれば偉いと、
 勘違いしてる間抜けばかりじゃねえか。
 貴族出身者が多いから、
 多少毛並みは良いかもしれないが、
 それだけの奴らに彼女を幸せにできると思うか?
 女だってだけで下に見るのが関の山だろ。
 それどころか、粗忽だ何だと貶すかもな。」
相当騎士群を馬鹿にしているらしい。
立場上、表だって賛同するわけには行かないが、
ここまできっぱり言い切られると、
聞いていて気持ちのいいものがあった。
「そんな連中にとられて、平気なのか?」
「それは・・・いやです。」
さも不思議そうに小首を傾げ、投げ掛けられた質問の、
答えは決まってる。
たとえ、相手が立派でも、
素直に祝福なんてできるはずがない。
彼が言わんとしていることは、正しい。
私は自分がしなければいけないことを知っている。

「じゃあ、動くしかねえじゃねえか。
 何を気後れしてやがる。
 大体、お前のどこが劣っているってんだ。
 王家直属パティシエだろ? 誰がどう見たって凄いよ。
 何より自分で選んだ道だろう。もっと胸を張れ!」
言い聞かせるようにゆったりとした口調で、
彼は私を励まし、最後に軽く胸を叩いた。
ここまでストレートな励ましを受けたのは、
いつ以来だろう。
「やって、みます。」
何の惑いもない全面肯定に力を得て、
ぐっと、拳を握りしめた私に、
彼は黙って鍋を押しつけた。
結構な量のカスタードが入っていたはずだが、
きれいに空になっている。

「ら、来週の、火曜日ですね。
 差し入れを持って、行ってみます。」
意気込んでドモリつつも宣言したら、鼻先で笑われた。
「当たり前だ。
 たかが菓子届けるだけで大仰なんだよ。
 仮に料理人は嫌だと蹴られたって、
 その程度の女だったってだけじゃねえか。
 適当にしっかりやれ。」
付き合い疲れたとボリボリ頭を掻いて、
ふわりと魔物が立ち上がる。
「あ、えっと・・・」
何か言いたくて、話しかけようとしたが、
名前が分からず言い淀んだ私に、
魔物は軽く眉をひそめた。
「カオスだ。さっき名乗っただろ。」
「すみません、カオスさん・・・」
入ってきた時と同じく軽々と宙に浮き、
窓枠に足をかけた彼を、
これ以上引き留めるのは無理だろう。

「ありがとう、ありがとうございます!」
風のように窓から出ていった魔物の背中に、
心からの感謝の念を込めて、私は叫んだ。
すぐにその姿は消えてしまったから、
聞こえたかどうかは分からない。
でも、彼がチャンスをくれたのは間違いない。
思わぬ幸運に口元が自然と緩んでしまう。
来週の火曜日、絶対訓練所に行かなければ。
しかし、突然魔物が現れて、
アドバイスと激励をくれるなんて。
今日のことを誰かに話したら、信じてもらえるだろうか。

「・・・ってことが、あったんだよー
 人間との交渉なんて、つまらないことばかりだけど、
 こういうことがあると得した気になるよなー」
銀悪魔が用意した茶菓子をかじりながら、
人の都から戻った魔術師がのんびりと話すのに、
魔王連は挙って眉や口元を歪めた。
いつも通り竜王が、代表して苦言を述べる。
「その前に、
 言い触らさないと約束したんじゃなかったのか?」
「してないよ。その件はなあなあで流れたもん。
 カスタードの代金は情報で払ったしな。」
あっさり首を横に振るのに、黒悪魔も文句を言う。
「だけど、向こうはそう思ってないだろ。」
しかられても、堪えた様子のない魔術師の態度に、
困って顔を見合わせるもの、
自分じゃなくてよかったと軽く肩をすくめるものと、
反応はそれぞれだが、思うことはただ一つ。
『これは酷い。色々と、酷い。』
こうも悪びれなく、純情な料理人の切ない色々事情を、
ベラベラと喋られては、たとえ被害者が人間だとしても、
同情の念しか湧いてこない。

さりとて、これといって取れる対策もなく、
魔術師の愛娘をあやしていた吸血鬼の青年が、
諦めたようにため息をついた。
「本当にもう、カオスさんは悪いよね。」
「おとうたんはわるい。
 わっるい、わっるいよー」
その膝の上で、幼児が面白がって復唱する。
父親が何をしたのか知らず、
小さい人は、ただ雰囲気だけでぷぷっと吹き出した。

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津路志士朗
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