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黙して語らず。

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黙して語らず。





休日の昼下がり、休暇を楽しむメンバーに混ざり、
カオスは読書に勤しんでいた。
ギルドマスターが居ないのを良いことに、
ロッキングチェアを占領してくつろぐ魔王に、
新米騎士が声をかける。
「カオスさん、なに読んでるんですか?」
「漫画。」
素っ気ない答えに、ポールは口を尖らせた。
「そうじゃなくて、どんな話かってことですよ。」
「ああね。」
初めから分かっていたであろうに、
ワザとらしく、カオスは理解の意を示した。

「簡単にいうと、
 寝られない女に添い寝する男を提供する仕事を始めた、
 女社長の話。」
その答えにポールより早くジョーカーが食いつく。
「なにそれ!? 是非、貸してください!!」
「仕事に関しては一切エロ要素抜きだぞ?」
「じゃあ、いいです。」
心得たもので、カオスはすぐに切り替えして、
ジョーカーの興味を3秒で消した。
そんなことばかり気にする先輩に構っても、
埒があかないので、ポールもそのまま話を進めた。
「面白いんですか?」
「さあ? 
 ま、30代前後の独身女性向けだろうな。」
仕事やストレスで精神的に弱り、
不眠を煩った女性に安眠の方法の一つとして、
同じ症状に悩む主人公が自身の体験を元に、
といった始まり方らしく、性的なサービスは御法度、
あくまで安眠が目的といったものらしい。
仕事内容を聞いて、つぎつぎと反論があがる。

「そんなの、出来るわけないじゃないですか!」
「お客は若い女性で、
 特別ブスってわけでもないんでしょ?」
「いくら仕事でも、なにも起こらないはずないってー」
「その辺は確かに社員の男達は『どんだけ草食系なんだ』と、
 異端視されているけどな。」
話を聞いていた周囲からぶうぶう文句を言われ、
不服そうなカオスに、更に追い打ちがかかる。
「疲れているときに添い寝ねえ。
 私にはピンとこないけど。」
「疲れているときに添い寝なんて邪魔い。
 むしろ全力で一人にして欲しい。」
女性陣からも疑問の声が挙がり、
実利点でも攻められる。
「連れ合いならまだしも、見ず知らずの男じゃ緊張して、
 返って寝られねえんじゃないすかね。」
「身の危険だけじゃなく、盗難とか心配だよね。
 会社がよっぽど大手で有名とかなら、まだしも。」
その場にいたメンバーほぼ全員に否定されて、
流石にうんざりしたらしい。
「別に俺が考えた設定じゃねえっての!」
バタンと乱暴に本を閉じ、
魔王は有象無象を片手で振り払った。

「大体、創作で前提つついてたら、
 キリがないだろ。」
「そりゃまあ、ご尤も。」
正論に皆引き下がるが、
ジョーカーはやはり気に入らないようだ。
しつこく、あり得ないとくり返す。
「いくら作り話だからってさあ、
 若い男女が一晩ベッドを共にして、
 何も起こらないわけがないよ。」
「仮にどういう条件なら、成立しますかね?」
納得いかないのはポールも同じだが、
一応、前向きに考えてみる。
「実質、殆どの男には不可能だろうな。
 行為は勿論、客に性的なものを感じるだけでも、
 正式には駄目だしな。」
別段、作者を擁護するつもりはないらしく、
カオスがため息を付く。

「そうなると、本当に女に興味がないか、枯れてるか。
 後は・・・他に興味を持つ隙のない、
 絶対的な相手がいるとか?」
「あ、じゃあ、テツさんは? テツさんはどうですか?」
上記2点に心当たりはないが、恋人に操をたてるならと、
ポールが先輩冒険者の一人を振り返った。
鉄火は決めた相手がいるにも関わらず大変もてる。
あちこちから誘いを受けているが、一度たりとも、
良い顔をしたのを見たことがない。
「テツさんなら、出来るんじゃないですか?」
満面喜色の後輩にふられ、
それまで無言を貫いていた鉄火は嫌そうに口端を歪めた。
「そんな何があっても言い訳できねえような仕事は、
 やりたくない。」
「えー」
言葉通りにとれば若干ずれた答えだが、
要は何かある可能性があるということだ。
「テツさんに無理なら、
 出来る人なんていないじゃないですか。」
想像できる可能性を塞がれ、
ジョーカーが頬を膨らませた。
いくら漫画でも無理がありすぎる設定では、
感情移入できない。
引いては愚作と読む前から決めつけるのに、
鉄火が口を挟む。
「てか、俺より適任が目の前にいるだろうが。」
「え?」
言われて顔を上げたポールとジョーカーの目の前には、
確かに出来そうな奴がいた。

「ん?」
周囲の視線を一心に受け、
カオスは不思議そうに首を傾げたが、
彼こそ、不可能を可能にする存在だ。
ポールとジョーカーは同時に深く頷いた。
「確かに、
 カオスさんは全くそういうの興味ないですもんね。」
「異常なまでに性欲皆無だもんね。」
「ジョーカーに異常とか言われたくない。」
即座に蹴っ飛ばされたが、
ジョーカーの評価は間違っていない。
魔物とはいえ、カオスの見た目は人間と変わらず、
背は低いが顔立ちはそれなりに整っている。
そこそこ女性の気を引くはずだが、
浮いた話は一切聞かず、
実際に声を掛けられても面倒がるばかり。
基本嫌いだとはいえ、下ネタを理解するし、
美醜や好みの話にも乗るが、
彼の意見はどこか美術品に対する評論的で、
下心が感じられない。
父親業に専念しているといえば聞こえは良いが、
いうほど娘の相手をしているわけでもなく、
なんにしても、異性に対して無関心にもほどがあるのだ。

ある種の期待を込めて、ポールはカオスに尋ねる。
「出来るんですか、カオスさん。」
「出来るとか、出来ないっていうかなあ。
 俺だって嫌だよ。」
興味津々の新米騎士に正面から見つめられ、
カオスは否定と共に大きく息を吐いた。
「そういうのは大概面倒なんだよ。
 女にだって性欲があるし、
 動くのは常に男と決まってもいないしな。」
「つまり、出来るってことですね。」
「むしろ、やったことがあるって口振りだよね。」
普段鈍感なくせに、こういうときに限って驚くほど、
ポールもジョーカーも勘がいい。
カオスの言葉の中に否定と予測がないのを、
きちんと拾い上げ、好き勝手言い合う。
「やっぱりね。カオスさんなら出来ると思ったよ。」
「潔癖性なまでに枯れ果ててますもんね。」
「こうまで女の子に関心がないと、
 本当に男か疑いたくなるね。」
「カオスさんの興味は本当にちみっこだけだよね。」
二人につられ、その他も言いたいことを言いだした。
勝手なことをとカオスは思う。

別に彼とて、気になる娘がいないわけでも、
何も感じないわけでもない。
全力で自分のものにしたいと思える相手は、
今のところいないが、目を掛けているのに、
甘えられれば悪い気はせず、
添い寝とは言わずとも胸を貸すような状況なら、
その場の雰囲気に流されたい誘惑に駆られるときもある。
結果、責任を求められれば、
連れて帰って、一生側に置くことも出来なくはない。
だが。

彼女らが本当に欲しいものは、
大概自分ではないのも事実なのだ。
いつか泣いて諦めて、忘れるにしても、
それは今ではないだろうと思ってしまう。
妥協品になるのが嫌なのではない。
妥協品で満足させるのが、どうにも納得いかないのだ。

しかしながら、それを言っても、
こいつらは理解しないだろうなとも思う。
彼は己がマイノリティーであることを知っている。
悪く言われるのは仕方がないが、
けして気分のいいことではない。
「全く、師匠が惑わされる人ってどんなんだろうね。」
「むしろ、そんなお人がこの世に存在するんですかね。」
それを思えばこの程度の軽口、かわいいものではないか。
大体色恋は本気であればこそ、
口に出して良いことなどない。発言は控えるべきである。
沈黙は金なのだ。
ならばこそ。

「ねえ、カオスさん。
 本当に一人もそういう人が居ないの?」
「さあて。」
目下一番のお気に入りに愛らしく尋ねられても、
魔王は意味ありげに笑うだけで済ますのだ。

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津路志士朗
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