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魅力。

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魅力。




「ただいまー」
「はい、お帰りなさ、い・・・」
いつも通り、どこからともなくフラフラと、
帰ってきた己が師匠を眺め、
瀬戸紅玲は自然と手が止まるのを感じた。

彼女の魔術の師匠であり、命の恩人、
カオス・シン・ゴートレッグは山羊足の魔術師、
黒犬、蒼瞳の死神など、多くの呼名を持つ、
魔王の中の魔王だ。
持たざる者と称される人間族にしか見えない見た目や、
いい加減な言動、フレンドリーな態度から、
うっかり魔物であることを忘れ去られたりしている。
しかし、彼が確かに他に類をみない化け物であることを、
紅玲は思い出していた。

その目の前を通り過ぎた魔王は、
不機嫌そうに上着を脱ぎ、
締めたネクタイをゆるめながら、
ギルドマスターの揺り椅子にふんぞり返った。
嫌なことでもあったのか、珍しくしかめっ面で、
黒系で統一した何時になく渋いコートや、
畏まったスーツを纏っていることをのぞけば、
平時となにも変わらぬようにみえる。
けれども、身長が、顔つきが、声のトーンが。
僅かな違いすぎて、説明する事が難しいのだが、
今日の師匠は何かがおかしい。
凡百の獣に化けるとも言われるカオスのことだ。
毛色や年齢をいじるなどたやすかろうし、
必要とあれば耳をとがらせ、爪を伸ばし、
角や翼まで生やすことだってある。
多少見た目が異なろうと、誤差の範囲にすぎなかろうに、
あるとも知れない僅かな違いを、己の魂が嗅ぎつけ、
激しく警鐘を鳴らしている。
この違和感は何だ。
耐えきれず、周囲を見渡せば、
自分だけではないことを、ユーリと祀が目で示してきた。

これと言った合図もないまま、
揃ってカオスの元へ歩み寄る。
「あ? なんだよ?」
不可解そうな師匠を見つめ、
紅玲は己の判断が正しいことを知った。
そのまま手にしたクッションを、
思い切りカオスの顔に押しつける。
「うあ!? なにするんだよ!」
悲鳴が上がるが、それどころではない。
「何でも良い、布っぽいものを!」
紅玲が叫び、ユーリが肩掛けを、
続いて祀がコートをクッションの上から被せる。
「早く、隠せ、隠せ!」
「クーちゃん、この毛布も!」
「なんなんだよ!」
抗議苦情は無視し、どんどん上から物をかぶせて、
カオスの姿が直接見えないように押さえつける。
「姐さん、この後どうします?」
「取り合えず、叩け! 叩いて悪い気を追い出すんだ!」
叩くと言っても、まさか怪我をさせる訳にはいかない。
突然のことに目を丸くしている他のメンバーを後目に、
その場にあったクッションやタオルで、
バッシバッシと中身をはたく。

「いい加減にしろってんだよ!」
被せられた毛布をはねのけて、カオスが怒鳴る。
併せてぴたりと動きを止めて、己を凝視する三人に、
魔術師は困惑と一種の諦めの元に、うめき声を漏らした。
「なんだってんだ、一体。」
「良かった・・・いつもの師匠ですね。」
安堵の声を上げた紅玲を、
怒鳴りつける訳にもいかなかったのか、
不機嫌そうに頭をバリバリ掻いて黙るカオスの代わりに、
呆然としていたその他、ポールが前にでる。
「一体、どうしたんですか、急に?」
それを皮切りに、ジョーカーやユッシも声を上げた。
「そうだよ。びっくりするじゃん。」
「カオスさんが、どうしたってのさ?」
「何かのプレイですか?! ワシにもお願いします!」
「ああ、自分らにはわからんかったか。」
どさくさに紛れて、
下らない要望を述べたヒゲを蹴飛ばしつつ、
紅玲はさもありなんと頷いた。
「あれですよ。
 師匠が常ならない色気を振りまいてたんで、
 うちの防衛本能が発動しました。」
併せて祀とユーリが騒がしく述べたてる。
「危なかったっすね。」
「うっかり、誘惑されちゃうところだったわね。」
説明を受けても、殆どが意味が分からず眉をしかめたが、
思い当たる節があるのか、
ノエルが冷淡に「あーね。」と呟き、
フェイヤーは物言いたげに口元を歪めた。

そんな中、一番納得いかないのは当人らしく、
カオスが頬を膨らませる。
「なに、訳の分からないこと言ってるんだよ。
 そんなこと、あるわけないだろ。」
「いやいや、出てた出てた。
 暗い陰を背負った仕事の出来る大人の男の色気が、
 にじみ出てた。
 ついつい、吸い寄せられちゃうところだった。」
「恐ろしいことを言うな! 鉄火の視線が怖いんだよ!」
弟子が頭を振りながら答えたそばから、
思い切り怒鳴りつけた魔術師は、
そのままブルルと身を震わせた。
その背後で無表情の鉄火から、
ポール以下数名が顔を青くして側を離れる。

それでも弟子は呆れた調子で師匠を窘めた。
「兎も角、師匠が悪いです。
 正当防衛なので諦めてください。」
「ああ、大事にいたらんで良かった。
 姐さんが誑かされたら、偉いことでした。」
「カオスさんは黙ってさえいれば、
 元々魅力的だもの。仕方ないわよ。」
祀とユーリがすぐさま同意し、
改めて紅玲が大げさに肩を落として溜息をついてみせる。
「これを機に、師匠は己の隠し持った魅力を自覚し、
 周囲に迷惑をかけないようにしてください。
 全く無自覚なイケメンほど迷惑な者はないんですよ。」
「何だ、イケメンって!」
散々な扱いにカオスが噛みつく。
「俺は多く見積もっても中の上、
 レア度でいけばせいぜいB程度だろ!
 イケメンって言うのはあれだ、もっと桁が違う、
 お前、スナヒトを知ってんだろ! 
 ああ言うのを言うんだ!」
「世界に数名のSランクなぞ、求めてません!」
イケメンと呼ばれたのが余程気に入らなかったのか、
娘同様、傾国の美貌で有名なユーリの父親を、
引っ張りだして怒るのに、
同じぐらいの勢いで、紅玲が言い返す。
「一番きゅんとくるのは雲上のSランクでも、
 高嶺のAランクでもなく、
 現実的なBランクのギャップ萌えなんです!
 大体師匠は身長と童顔でBだとしても、
 気合いと魔力でランクアップが可能でしょう!」
「何言ってるんだ、それでもBはBだろ!」
鬼の首を取ったように宣言する弟子に、
師匠は既に引き気味であるが、その左右から追撃が入る。
「仮にそうだとしても、性格とか所持スキル考えると、
 下手なAランクよりよっぽど優秀なのよね。」
「あと、ヤハン語が通じないと思って、
 掃除しながらラブソング熱唱するのもやめてください。
 無駄に上手いんでドキドキします。」
ユーリと祀が逃げ場を塞ぐように淡々と攻め、
珍しく追い込められたカオスは、ついに悲鳴を上げた。

「もう嫌だ! この人達、訳わかんない!」
キャンキャン鳴きながら、退散する魔術師を見送って、
ぼそり、とポールが呟いた。
「カオスさんったら、変なところで謙虚なんだから。」
後輩の独り言に頷きつつ、
ノエルがぼんやりと事実を述べる。
「てか、そもそもうちのギルドって、
 顔だけならイケメン率高いんだよ。"だけ"なら。」
「やだやだ、どうせボクはCランクのフツメンですよ。」
「いやいや、下が幾らでもあることを考えれば、
 普通だって、十分感謝しなくちゃいけないよ?」
状況が生々しすぎたのか、いつものようにふざけもせず、
ぷーっと膨れ上がったジョーカーをフェイヤーが窘め、
ユッシが突如思い出したように騒ぐ。
「うちはフツメンじゃない! 
 うちはイケメンだよな、ノル!?」
「そう主張するからそういうことになってるけど・・・
 お前、俺の言ったことちゃんと聞いてた?」
「どちらにしろ、ヒゲさんには関係のない話ですね。」
「ワシはガスマスクをはずしません!
 ガスマスクがワシの顔です!!」
騒ぐ幼なじみにノエルがますます呆れ顔をし、
途中で飽きたポールが酷いことを言い、
ヒゲが全力でどうでもいい主張をする。

理由はそれぞれ異なるが、
揃って妙に疲れた顔になったところで、
鉄火が苦々しげに吐き捨てた。
「で、俺は妬けばいいのか? 同情すればいいのか?」
「無いと思いますが、師匠の轍を踏まないよう、
 自戒すればいいんじゃないすかね。」
騒ぎ飽きたのか、
放り投げたように適当な祀の返事を合図にして、
ぞろぞろ各自持ち場に戻った。
何にしても家族同然の共同生活を送るに置いて、
無駄な高スペックなど、邪魔にしかならないのである。

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