忍者ブログ

VN.

HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

高性能装備の入手方-欲望の代償、その6。

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

高性能装備の入手方-欲望の代償、その6。



複数の意味で場の雰囲気をメタメタにしたことに、
気がついているのかいないのか、周囲の了承を待たず、
そのままポールは一気に罠にかかった灰色の仔狼に駆け寄っていく。

「…! ガルルルッ…!」
「唸ったら駄目ッ! そのまま、伏せ!! 
 そっちも動かない! お座り! 座って待ってなさい!」
慌てて威嚇の唸り声を揚げようとした灰色を頭から叱咤で押さえつけ、
仲間を助けようとした金斑と漆黒も、犬でも扱うかのようにポールは跳ね除けた。
「括りか、ハサミじゃなくてよかった! 
 でも、杭掘り出すのメンドイ! ツマミどこだ、ツマミ!?」
「な、なあ、糸切るんじゃ駄目なのか?」
「特殊ワイヤーですよ! ちょっと槍でこすったぐらいで切れるわけないでしょ!
 っていうか、むしろ無理! 専用のハサミでも持ってこないと無理!
 あ、ツマミ、有った! 良し、スプリングがこれで緩む!」
横から口を出したイーギルを怒鳴りつけながらも、
手慣れた動きでポールは罠を外しだし、
慌てたハンター達が妨害の矢を放つ。
「させるかよ!」
先程と同じようにユッシはそれらを魔法の風で跳ね除け、
続いて千晴を叱りつけた。
「ぼーっとしてない! さっきのは不問に処すから、ちゃお君も杖しっかり持って!
 本当に鳴り矢打ってきたら、魔力だけで作った結界は壊される。
 当たる前に物理的に跳ね返すか、即座に貼り直すかしかないんだ!
 遠距離特化って言ったって、結局魔法で作った風だから、
 障壁・ガルフウィンドでも弾きづらい。
 けど、黒魔法の氷とか土で物理的に壁を作っちゃえば、
 即座に消されるってことはない。
 つまり、君が頼りなんだからね!」
「え、えっと…」
「外れた! ユッシさん、回復魔法! ヒール掛けてあげて!
 怪我してないように見えても、内出血酷いから!
 次はお前…お前も唸らない! 見てたでしょ! 
 罠外すんだから大人しくしてる!」
怒涛の勢いで変わる状況に千晴がついていけないまま、
ポールは瞬く間に2つの罠から仔狼を開放してしまった。
当然と言わんばかりの彼の態度に毒気を抜かれてしまったのか、
一度怒鳴りつけられてからは仔狼たちもキャンとも言わず、
罠を外されたものから粗即さと仲間のもとに駆け寄っていく。
ひと塊にまとまるとリーダー格の黒いのすら、
気まずそうに背を向けて逃げだした。

「よし、次! 向こうのハンターひっ捕まえますよ!」
鼻息荒く、ハンター達に突っ込もうとするポールを、
イーギルが慌てて止める。
「いや、間に罠が!」
「んなもん、オレが外しますよ! 後、着いてきてください!」
ポールと言えば、元気で人が良いといえば聞こえは良いが、
大雑把でおっちょこちょいな世間知らず、
勢いだけの万年新米である。
その彼が、こんなに自信満々で頼れたことが有っただろうか。
一体、どうやって見分けているのか、所々立ち止まっては槍を振るい、
時には弾き飛ばし、時には向きを変えて無効化し、迷いなく前進していく。
妨害の矢はユッシが魔法で防ぎ、
威嚇はまだしも、殺傷目的で人を打つのは、
ハンター達も躊躇うものが有ったようで、
毒矢や鳴り矢が使われることはなかった。

彼らの矢が本来の威力を示したのは、
目と鼻の先、半径5mまでに近寄った時だった。
最後の罠を槍で叩き切ったポールの頬をかすめて飛んだ矢は、
ごく僅かに頬を切り裂き、擦った程度の傷を追わせた。
「それ以上、近づかないで。」
どこか、疲れたように言うレイナは複数の矢を番えており、
鏃をポールに向けると溜息を着いた。
「あんた、戦士の格好してるくせに、
 ハンターの知識があるみたいだから、分かるでしょ。
 命中度が下がる複数打ちでも、この距離なら外さない。
 鳴り矢で魔法の防御は掻き消されるし、貼り直す暇もない。
 つまり、あんたはどう頑張っても死ぬわ。」
「じゃあ、なんでもっと早くそうしなかったんですか。
 遠距離から確実に獲物を仕留めるのがハンターでしょ。」
つまらない指摘でも受けたようにポールは憮然とし、
頬から僅かに流れる血を拭った。
「オレからも言わせてもらいますけど、
 その弓、連射はできませんよね。
 仮にオレを殺したって、新しい矢を番え直している間に、
 貴女も取り押さえられて終わりだし、
 殺されるって言ったって、初撃を凌げば済む話です。」
「この距離で、避けられると思っているの?」
ハンターとの距離は10メートルもない。
複数打ちは広範囲に矢が飛ぶので逃げられもしない。
そもそも外さないと宣言された側から何をいっているのか、
呆れられて当然だが、ポールは事もなげに肩をすくめた。
「いいえ。でも、急所を外せば即死はしない。
 死にさえしなければ、
 ユッシさんがなんとかしてくれます。」
白魔導士の腕を信用しているといえば聞こえはいいが、
楽観的すぎる見通しにレイナが脅しをかける。
「毒が塗ってあるかも。」
毒矢と言っても種類が豊富で、動きを奪うだけのものから、
かするだけで死に至る物もある。
事実、子供とはいえ人狼を一撃で戦闘不能に追いやった矢を彼女らは所有している。
しかし新米騎士は、微塵も動じなかった。
「ないでしょ。この距離なんだから、毒矢かどうかは見りゃわかりますよ。
 怖いのは精々、抜く時、めっちゃ痛いことぐらいですかね。」
剣や槍などの刃物で斬られることに比べ、
刺さるだけの矢はさほど驚異ではないように思えるが、
仮に鏃がついていなくても、当たれば頭蓋骨ぐらい楽に貫通し、腕が飛ぶ。
鏃が体内に残れば取り出すのも容易ではない。
内蔵を抉られた挙げ句に出血死することも珍しくなく、
その脅威をベルン出身のポールが一番よく知っているはずだが、
彼は鼻先で笑ってみせた。
根拠のわからない自信に満ちた金髪の新米騎士に、
四本傷の女ハンターは肩を落とした。
「私だけじゃなく、もう一人いるのよ?」
「こっちも、オレの他に3人います。」
「一人はほんの子供じゃない。」
「でも、優秀な黒魔法使いです。
 上手く魔法を使えば、下手な大人より人を無効化できます。」
問答とも言えないやり取りの後、
レイナは大きく息を吐き、ポールを真っ直ぐに見つめた。
「私は弟と夫の敵を取りたいの。
 邪魔をしないで頂戴。」
「嫌です。」
半ば予想していたのだろう。
きっぱりと即答したポールを眺め、
レイナはフフッと、笑うように息を漏らした。
「あんた、面倒ね。」
「そうですか。」
ベルンという狩人の森で生まれ育ったものにしか知り得ない、
共通の認識でもあるのだろうか。
彼らの会話はお互い解りきった常識を口にしているかの様な、
感情の抜けた、形だけのものに聞こえた。

言葉を交わすだけで、お互いへの理解も興味もないやり取りに業を煮やし、
横からイーギルが割り込んで怒鳴った。
「なあ、ヨハン! もうやめろって!
 少なくとも今、こんなことしてる場合じゃないだろ!」
名を呼ばれ、栗毛のハンターがビクリと肩を震わせる。
「俺は、俺は… いや、なんでこんなことになったのかとか、
 これからどうするとか、そんなのは今はどうでも良い!」
言いかけた思いを飲み込み、
赤毛騎士の青年はぐっと睨むように友人を見据えた。
「何をどう準備してたかは知らないけど、もう、無理だろ!
 お前らが言ったんだぞ! 早くここから逃げないと人狼がくる! 
 この人数、このレベルじゃ、戦うどころかなぶり殺しだ!」
「死ぬことなんか、はじめから…」
「覚悟してたとしても、犬死にじゃないだろ!」
言い訳するように弱々しく反論するヨハンを遮るようにして、
必死の形相でイーギルが説得を試みる。
「逃げるなら、勝手に逃げればいいじゃない。」
掛けられた声を物憂げに振り払い、レイナが溜息をついた。
「勝とうが負けようが、結果なんかどうでも良い。
 私はもう、決めたの。」
自殺宣言にも等しい決意を述べて、
四本傷の女ハンターは僅かに降ろしかけていた弓を構え直した。

「逃げるなら、逃げなさい。ヨハンも連れていけばいい。
 だけどこれ以上、邪魔はしないで。」
「義姉さん! 僕は...!」
逃げないと叫んだヨハンを、今度はユッシが遮った。
「そうして、ヨハン君も殺すのか?」
「は? 何を言って…」
「このまま残れば、まず、生きては帰れない。
 つまり、あんたに付き合ってヨハン君は死ぬ。
 ヨハン君を殺す覚悟はできてるのかって聞いてるんだよ。」
金髪の白魔道士が放つ冷えた言葉に、
レイナは凍りついたように顔をこわばらせ、ヨハンが激高する。
「レイナは関係ない! 僕が自分で決めたことだ!」
「だから、ヨハンは連れて帰ればいいって言ってるじゃない!」
まるで被害者のような扱いにヨハンは憤ったが、
初めてレイナが戸惑いのようなものを見せた。
ハンター達の間へ僅かに生じた困惑を鼻先で笑い、
金髪の白魔道士は淡々と指摘する。
「仮に生き残っても、あんたが死んだらヨハン君は一生悔やむ。
 また復讐しようとするかもしれないし、
 少なくとも、後悔にまみれて生きることになる。
 そんな生き地獄に叩き落とすのは、人狼じゃない。あんただ。」
気がついてなかったのか。それとも、見ないふりをしていたのか。
「物理的にしろ、精神的にしろ、旦那の弟を殺す覚悟は当然、
 出来てるんだよな?」
ユッシが突きつけた残酷な事実にレイナは蒼白となり、
動揺は形となって鏃の向き先を震えさせた。
それを庇うようにヨハンが前に出て、弓矢を白魔導士に向ける。
「ふざけるな! 義姉さんは、レイナは関係ない!
 僕だって人狼が憎い! だから賛成したんだ!
 僕の選択を勝手に彼女のせいにするな!」
けれどもと、千晴ですら思う。
彼の様子がおかしくなったのは、レイナに会うようになってからだと、
イーギルは言っていた。
レイナが現れなければ、心中はどうあれ、
ヨハンは復讐を目論むこともなく、
ハンターとして真っ当な一生を送っただろう。
経過はどうあれ、きっかけを作ったのは間違いなくレイナだ。
多かれ少なかれ、責任がないとは言えない。
いや、惑わされては駄目だ。
ユッシの話術に掛かりそうだった思考を正すべく、
 千晴は大きく頭を振った。
「誰のせいとか、きっかけとかは、どうでもいいお!」
当事者でもない他人が復讐の意義に口を出すことへの批判に、
違う意味でイーギルが賛同する。
「そうだよ! そんなのは後でいい!
 今はともかく逃げるんだ! 
 揉めてる場合じゃないってわかってるだろ!」
「逃げるって、何処に?」
千晴の意図とは異なる理由で発せられた静止の叫びに、
聞き覚えのない第三者の疑問が交じる。

「何処って…ヒィッ!」
反射的に振り返ったイーギルは一気に顔を青ざめさせ、
小さな悲鳴をあげて、仰け反るように転んだ。
現状を理解しても、思考が追いつかず、
凍りついたように固まった千晴たちを、
いつの間にか、中に混じっていたそれは、
面白そうに眺め、耳をピクピクと動かして笑った。
「自分達がやったことを理解できないはずもなし、
 今更、逃げられないってこともわかってるだろ?」
尖った耳、フサフサとした尾、裂けたような口元から覗く白い牙に、
艷やかな黒い毛並み。
風除けにしては頑丈そうなゴーグルをしており、瞳は見えない。
危なげ無く二本足で直立し、人の服を着ているが、
その頭は人のものではなかった。
狼の頭を持った人型の化物。四足の悪魔。人狼。
フロティアの黒い亡霊。
正に幽霊さながら突如として現れたそれは、
裂けた口角を上げて、実に楽しそうに笑った。

「…ッ、防壁・プロテクトシールド!」
「おっと。」
一番早かったのはユッシだった。
流石冒険者として最上位に当たる白魔導士・ホワイトウィザードだけあって、
即座にイーギルと人狼の間に防御結界を貼り、間を分かつ。
詠唱なしに張られた魔法の防御壁に、驚いた様子も見せず、
人狼はゆうゆうと二飛びで4mほど離れ、
ゆらゆらと尾を揺らした。
「若いのに、速いな兄ちゃん。」
「人聞きの悪い表現をしないでよ! 下品なんだよ!
 打ち据えろ、聖撃・ライト!」
「いや、そう言う取り方をするほうが下品だろ。」
評価対象は魔法発動の速さのはずだが、
怒ったユッシが杖を振って攻撃魔法を放ち、
それも避けた人狼は困惑を隠さず、口元を引きつらせ、舌をだらりと垂らした。
「どいて!」
続いて駆け寄ってきたレイナが、千晴を押しのけるようにして前に立ち、
複数の矢を同時に放つ。
「…ふん。」
面白くなさそうに人狼は眉をひそめ、軽く片手を振るった。
カキンと硬い音がして、
全ての矢が壁に当たったように跳ね返り、落ちる。
やはり呪文詠唱はなかったが、なんらかの防御魔法を使ったのだろう。
「これだから、亜人系は嫌なんだよ!」
ユッシが文句を言いながらも、
周囲に補助魔法を掛けていく。
ぐっと体が軽くなったような独特の感覚を感じながら、
千晴も杖を握りしめた。
魔物とは魔力を持ったものであり、
魔法を使うことは珍しくない。
だが、知能の低いものが本能的に扱う、
単純な魔力放出に近いものはまだしも、
魔力の扱いに長けた種が扱うものは、
下手をすれば人間の魔法使いが扱う呪文より高性能で、
それだけに対応が難しい。
さて、どうやって対峙すべきか。

人狼が貼った魔法壁は相当強力らしく、
レイナとヨハンは双方の矢を番え直す間を埋めるようにして、
次々に矢を射るが、全て手前で止められてしまい、
一発として当たらない。
前衛職の習慣からか、立ち上がったイーギルが前に出ようとしてポールに止められる。
「周囲にはまだ罠があるから、下手に動いたら駄目ですよ!」
「じゃあ、ここで何もしないで襲われるのを待つだけかよ?!」
赤毛騎士が絶望したように叫ぶ。
だが、泣き叫んだところで状況は変わらない。
追い払うなり、倒すなり、何らかの対処を考えなければ。
このままでは、矢を無駄にするだけ。
まずは相手の防御を破らなければ。
自分にできることは何か? 魔法でフォローするか?
しかし、どうやって? 何を使う? 炎系? それとも氷?
勝手に動く判断力が千晴にはない。
実戦経験の少なさが、恨めしかった。

シュッシュと次々と放たれる矢音にヒュルルと奇妙な音が混ざり、
ビクリと耳を立てて、人狼が大きく後ろに跳ねのいた。
同時にパリンとガラスが割れるような音がして、
遮られるものをなくした矢が次々と獲物に向かって飛んでいく。
「おっと。」
障壁が壊れたのに併せて、ヨハンたちは更に特殊な矢を混ぜて使い始めた。
中にはただ、突き刺さるだけでなく、
当たった瞬間に矢じりに込められた魔法が炸裂するものがあり、
矢が風を切る音に爆音が混ざる。

それでもぴょんぴょんとジグザク左右に飛びはねて、
人狼は飛んで来る矢を器用に避けていく。
ならばと千晴は魔力を集めた。
「…太古の守り手、水と火と交わり変わる物、壁となれ、地壁・プレーゲン!」
詠唱に合わせて杖を振えば、ぺきぺきと音を立てて、
高さ3mほどの土壁が現れ、人狼の逃げ道を塞ぐ。
突如現れた土壁に人狼が戸惑うように足を止めた。
狙い通りの位置に抜群のタイミングでの発動に、
千晴は歓声を上げた。
本来、防壁として使う魔法だが、足止めにだって使えないことはない。
横にはさほど広げられなかったが、
立ち止まった人狼に向かって矢が次々と飛んでいく。
「よし、やったお!」
仕留めたと確信し、千晴は拳を握りしめた。
が、すっと人狼の姿が消え、カカカッと矢が土の壁に突き刺さる。
何処へ行った?
困惑のまま、首を左右に振って、消えた黒い毛並みを探すが見あたらず、
代わりに上方から笑い声が聞こえる。
「危ない危ない。チミっせえのも、割とやるなあ。」
顔を上げれば、迫り上がった土壁の天辺で、
悠々と千晴たちを見下ろしていた。
たった一飛びで、あそこまで登ったのだろうか?
言葉と異なり、危機感は全く感じられず、
むしろ人狼は面白がっているようだった。

「けど、それだけだな。下手に数打っても、当たらねえよ。」
鼻で笑われ、レイナが叫ぶ。
「黙れ! 当たらなければ、当てるまで打つだけだ!」
合わせて矢が幾つも飛んでいく。
すっと土壁から滑り降りて矢を避け、
人狼は面倒そうに何かを投げ捨てた。
「そのうち罠にでもかかるだろうってか?
 そいつはちょっと甘いんじゃないか?」
鎖に紐、竹筒など、何かのガラクタにしか見えないものが、
金属だけでない音を混ぜて転がる。
チッとヨハンが大きく舌打ちをしたことで、
それが罠の残骸だとわかった。
矢を避ける途中で壊したのだろう。

「足止めの罠は壊され、矢は当たらない。
 得意の犬も連れていないようだし、
 八方塞がりじゃないのか、お前らとしては?
 後、できそうなのは仲間を足止めに捨てて、逃げるぐらいか?」
ゴーグルに遮られて、人狼の視線は正確にはわからないが、
顔を向けられたイーギルとポールがビクリと体を震わせた。
「しかし、捨て石にしてもお粗末だな。」
「す、捨て石とか、勝手にきめるな!
 お前なんか、槍のサビにしてやるよ!」
小馬鹿にされたイーギルが虚勢を張るが、声が震えている。
人狼は溜息を付いた。
「金髪の魔導士はまだしも、
 箸にも棒にも掛からねえ有象無象が何言ってやがる…
 しかも一人は餓鬼くりゃあ、時間稼ぎにもならない。
 他に居なかったのかよ?
 お前らベルンの人間が狡っからいのは知っているが、
 もうちょっと利口だと思ってたがね?」
嘲笑にレイナが怒鳴る。
「うるさい! そいつらは勝手に付いてきたんだ、
 私達とは関係ない!」
「今更無関係って通用しねえだろう、それは。」

激高するハンターと、
何処か他人事のような人狼。
目に見える様な温度差が生じているのは、
彼らの間だけではなかった。
ハンターと人狼のやり取りに一歩距離をおき、
眉間にシワを寄せて俯いていたポールが、先輩白魔導士をみやった。
「ユッシさん…」
同じく苦い顔をしたユッシが黙って頷き、千晴の視界を塞ぐように動く。
「ちょっと、みえないお!」
見失ったら出来る反撃もできなくなる。
ただでさえ、素早い相手だというのに邪魔をしないでほしい。
焦る千晴を見遣り、ユッシとポールは更に困惑とも諦念とも取れる複雑な顔をした。
そこから戦意は感じられず、腹が立つ。
「何、諦めてちゃってるの!
 まだ、ボクらは死んでない! 出来ることがあるはずだお!」
「そりゃ、そうなんだけどさ。」
「そう言うことじゃないですよね。」
発破をかけても煮えきらない態度に、ピンと感が働く。
仲間を捨て石にして逃げられるのは、
何もハンターたちだけではない。

「何考えているんだお! ボクは逃げないお!
 いくら強いったって、魔物の一匹ぐらい、倒せないはずがないお!」
ヨハンたちをおいて逃げることを、
彼らが算段に入れていると知って、千晴は信じられない思いだった。
復讐のために汚い手を使うのは駄目で、
仲間を見捨てることは良いとでも言うのか。
しかし、眉間にシワを寄せたまま、ユッシは考えを恥じる様子もない。
「分が悪い、相手が悪い、経過が悪い。
 どうしたって後味悪い。何もかもが悪すぎる。」
「最悪の一言では済まない感じですよね。」
不貞腐れたような言い方で、ポールが同意した。
「でも、」
「ちゃお君さあ、このメンツでマツリちゃんの素早さと器用さを併せ持った、
 テツさんに勝てると思う?」
「ほぇ?」
なにか言い返そうとしたのを遮られ、ユッシに提示された問題に、
おかしな声が出てしまう。
ギルドメンバーの一人であり、養母紅玲の古い知り合いである鉄火は、
ギルド内のみならず、国内でも有数の実力ある冒険者だ。
刀を使うため、騎士の分類に入れられているが、
拳闘士やアサシンと同じ白兵戦に特化したスタイルで、
騎獣に乗らないデメリットを遥かに上回る戦闘力を誇る。
その部下の祀は腕力や防御力こそ一歩劣るが、
トリッキーな動きと騎士には似つかわしくない暗器を用い、
素早さでは随一とされるアサシンたちをも翻弄する立ち回りで知られている。
あの二人の長所を併せ持った相手に勝てるかというのは、
考えるだけ無駄に思えた。

千晴が質問の回答を出したことを見て取って、
ユッシがどうでも良さそうにいう。
「更に相手は魔法も使う、と。
 本当、全滅もありうるって、冗談でも何でもないな。
 さて、どうするか。」
「そ、そんなに彼奴は強いのかお?」
今更ながらな千晴の質問を無視して、ユッシはポールを顧みた。
「まさか、人狼は皆、あれぐらい動けるとか言わないよね?」
「わかんないですよ。オレだって、実物見るの初めてですもん。」
同じ森といっても、一つの国が入るほど広く、
境界線を破りさえしなければ、出会うことはないのだとポールは頬を膨らませた。
「ただ、相当強いですよ。それこそ、テツさんか、
 マツリさんならついていけるかもしれないけど。」
「やだなー 抑えろっていうなら、なんとかするけどさ。
 時間稼げばどうにかなる相手じゃないし、むしろ不利になるし。
 本当、なりふりかまってる場合じゃないよ。」
やだやだと頭を振り、ユッシは大きく息を吐く。
「け、けど、仲間をおいて逃げるっていうのは…」
「だって、本人たちに逃げる気がないんだもん。
 戦って勝つには、リスクが大きすぎるし。」
千晴はなんとか白魔導士のやる気を引き出そうとするが、
ユッシはそれを拒否するかのように呟いた。
「自分が死ぬだけならいいけど、
 今回、うちにはちゃお君を無事に返す責任がある。」
大きくポールが頷いて、同意を示した。

彼らにとって、自分の命や、
仲間を見捨てるという不名誉を背負うことよりも、
千晴の安全が優先なのだ。
ポカンと口を開けた千晴を置いて、
白魔導士と新米騎士は淡々と打ち合わせする。
「でも、どうしますか、ユッシさん?」
「どうするもこうするも、森の中まで撤退、できればいいけどさ。」
振り切れるかと眉間にシワを寄せたユッシに勝算があるとすれば、
行きしに貼ってきた魔法陣だろう。
あそこまでなんとか逃げ切れれば。
休憩した広場はそこまで遠くない。
森道のため高低があるが、全力で走れば10分、
途中で置いてきたイーギルの騎乗獣、スモークと合流すれば、
もっと早くつけるかもしれない。
突如参戦したポールはともかく、
ユッシがそれを計算に入れていないはずがないが、
白魔導士の顔色は悪いまま。
それほど、撤退は難しいのだ。
「実に宜しくない。なんで来ちゃったのさ、ポール君。」
「なんでって、話の流れですよ。
 しょうがないじゃないですか。
 別に後悔してませんけどね。」
こうなったからやるしかないと、白魔導士は何度めかの溜息を付き、
新米騎士は槍をひと振りして構え直す。
人狼が楽しそうにまた笑った。
「なんだ、結局そっちのもやるのか。」
「非常に不本意だけど、
 持てる戦力全部で対応するのが一番勝率が高いから!」
言い返しながら、ユッシが歯噛みする。
「とはいえ、マジでどうすっか…
 ったく、こういう時は自分がホワイトウィザードなのが恨めしいぜ。」
性格がいかに攻撃的であっても、
防御と回復をつかさどる白魔法使いには、
特殊例を除いて攻撃手段はゼロに等しく、ユッシもその例に漏れない。
敵にダメージを食らわすのは黒魔法使いである自分の役目だ。
せめて一時的でもいい、人狼の動きを止められれば。
千晴はぎゅっと杖を握った。
今こそ、あの必殺技を使うべきではないのか。

「ま、それは言っても仕方のないことだしね。
 幸い火力は無いわけじゃなし、
 なんとでもしてみせるさ。」
人狼であろうと留めてみせる。
自身の持てる手札を切るかも悩む千晴と違い、
自信に満ちた口調でユッシは啖呵を切り、
そのまま周囲のメンバーを見回し、これ見よがしに肩を落とす。
「しっかし、実に厳しい。
 一人でいい。まともな前衛が居りゃな。」
「流石に失礼だろ!
 俺だって、多少はやれるぞ!」
「あ、」
あからさまな言い方にイーギルが怒り、
ポールが間の抜けた声を出した。
何かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡す。

「どうした、ポール君? 
 これ以上、変な行動はやめて欲しいんだけど。」
「えっと、目の前のことに気をとられて忘れてましたけど…」
ユッシが己を棚上げてポールを叱り、
新米騎士は気まずそうに首をすくめた。
隙だらけの冒険者集団に生暖かい視線を向けてた人狼が、
ピクリと耳を動かし、嬉しそうに森の先に顔を向けた。
「きた、か?」
そのまま千晴たちを無視し、森の方向へ身構えた彼の元に、
黒い疾風が突っ込んでくる。

がちんッ!

魔法壁が固い金属を跳ね除ける、
独特の音が草原に響く。
「こうでなくっちゃな!」
人狼が高らかに叫び、振り下ろされる刀を、
魔法壁と籠手ではじき返すが、
攻め立てられ、防戦一方となる。
激しい抗戦の後に僅かな鍔迫り合いが起こり、
お互いを跳ね除けるようにして、大きく距離をとる。
そのまま、髪を払いのけるように頭を大きく振り、
刀を構えなおした黒髪の剣士の姿に、
ユッシとポールが歓声を上げた。

「テツさん、何で此所に?!」
「遅いですよ!」
「煩い!」
怒鳴り返したのはZempの筆頭上級騎士、
竜堂鉄火その人であり、
優勢に見えたにも拘らず、
何故かあちこちぼろぼろであった。
「一体、何処に行ってたんですか?!」
安堵から気が緩んだのか、責めるような口調でポールが問い、
心底腹立たしいと鉄火は怒声で答えた。
「何処もそこもあるか!
 気がついたら森の中で、一歩進めば棘の生えた蔓が襲ってくるし、
 豆は飛んでくるし、なにが後方10mぐらいだ!
 どんぱちの音が聞こえなかったら、
 思いっきり迷子になってたわ、あの野郎め!」
激昂するその様に、なんとなく状況を察し、
ユッシとポールから表情が消える。
「あー 暴風薔薇と鉄砲豆か… 出先に怖いって言われたなー」
「カオスさんったら…本当にお茶目なんだから。」
千晴の脳裏にも居候魔王がVサインする姿が過った。
何はともあれ、待望の高位前衛の到着により、仕切り直しである。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
津路志士朗
性別:
非公開

忍者カウンター