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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

高性能装備の入手方-欲望の代償、その2。

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高性能装備の入手方-欲望の代償、その2。



『ったく、何時から見てたんだお。
 油断も隙もあったもんじゃないお。』
ぶつぶつとあふれ出す文句は、心の中に留める。
下手に騒げば話を引っ張ることになる。
ユッシやハンター達ならまだしも、
あの赤毛騎士にまで馬鹿にされるのは耐えがたい。
だからこそ、この話題はここで終了。
そして、家に帰ったら倍返しだ。
フフリと微笑んだ千晴の黒い決意にあてられたのか、
ユッシがブルブルッと体を振るわせる。

「なんか、寒気がするな。」
「おい、大丈夫かよ。」
不安げに話し合う大人は無視して、
千晴は冒険者専用ハーフェンでの手続きを済ませた。
公式冒険者の証であるバックルに取り付けられた、
魔応石を改札の読み取り機に押しつける。
犯罪者の逃亡など悪用を防止するため、
身分証明をしなければ、ハーフェンは使えない。
魔応石に記録されている名前、性別、生年月日、
住所に職業、所属ギルドなどの個人情報を伝え、
施設への入場を許可して貰う。

狩り場へ冒険者を運ぶための専用施設は、
維持に掛かる手間と費用の関係で、
街を繋ぐ大型ハーフェンと違い、
小規模の魔法陣が複数敷かれている。
移動魔法陣はその性質上、
存在を主張する様に魔力をまき散らすため、
周囲の魔物を呼び集めてしまう。
町中ならばまだしも、外で設備を保持するためには、
それなりの防御結界や警備兵などが必要になる。
余計な経費を掛けぬ為に、
使用者の数ですぐ縮小廃止、別ルートへ変換出来るよう、
小分けにされているのだ。

今回の目的地最寄りハーフェンがある、
古代遺跡イデルには、
工業都市ヴィッセンスブルグから逃亡した人工生物、
ヌマー・ヌルが住み着いている。
ホムンクルスの真祖の逃亡を許したのは、
開発元のヴィッセンスブルグは勿論、
ソルダット共和国最大の汚点といわれ、
国家総力で張られた封印結界の維持と、
定期的な討伐隊の派遣が施行されている。
したがって、イデル方面のハーフェンが、
廃止される事はないだろうが、
討伐隊の派遣がない時分は、常例道理縮小されており、
稼働している魔法陣は僅か一式だけだった。
一昔前は朝から晩までひっきりなしに、
冒険者のパーティが行き来していた事を思えば、
寂れていると評して差し支えないだろう。

遺跡の中には分裂して増えたホムンクルス達が、
ところ狭しと住み着いている。
ホムンクルスは生命活動を停止すると、
小さな核を残して消滅してしまうため、
毛皮や角などの戦利品を得ることが出来ない。
核は討伐証明兼実験材料として引き取って貰え、
残留魔力こそ結構な量が回収できるとはいえ、
危険度を考えれば、特別効率的ではないのだ。
別の目的地への短縮施設として使おうにも、
中継点にこれと言った狩り場はなく、
終点の古代廃墟の背後には、悪名高い人狼のすむ、
フロティアの森が広がっているばかり。
周囲の環境や狩りの難易度からして、
寂れるのは仕方のないことなのかも知れない。
青い光を放ち始めた魔法陣を眺めながら、
千晴はそんなことを考えた。

定刻通り転送が済み、
すぐさま魔法陣のある部屋から抜ける。
それを何度か繰り返してイデル遺跡研究所に到着する。
イデルの結界を制御する管理施設であり、
ソルダット軍の駐留所であり、
冒険者の活動基点でもあるこの研究所は、
移動魔法陣だけでなく、
消耗品販売から食堂、宿泊、医療設備と、
様々な用途に応える環境を整えている。
慣れた足取りのユッシについて待合い室へ向かえば、
栗色の髪をした気弱そうなハンターが、
千晴達を待っていた。
「よう、ヨハン。待たせたな。」
「ああイーギル、本当に連れて来ちゃったのかい?」
ヨハンと呼ばれたハンターは、
イーギルと呼ばれた赤毛騎士の後ろをみやった。
その弱りきった様子に、
赤毛の青年騎士は不満げに顔を歪めた。
「今更、なんだよ。もう、決めたことだろ。」
「だけど、」
「それともやっぱり、
 俺らがいたら困るような、疚しいことでもあるのか?」
強い調子で問いつめられて、ハンターはぐっと詰まり、
気弱げに緑色の瞳を伏せた。
「そうじゃ、ないけど。」
「じゃあ、問題ないだろ。
 だいたい、フロティアの東側に行くって言うのに、
 ハンター二人だけって方が、おかしいんだよ。」
一方的な言い争いに、
千晴とユッシは顔を見合わせる。
『やっぱり、お邪魔らしいですよ、奥さん。』 
『そうらしいですわね。』
こそこそっと耳打ちすれば、
やはり小声でノリのいい返事があった。
さて、どうしたものか。
森には行ってみたいが、ぐずぐず言われるのも嫌だ。
仕事は自分で見つけるつもりではあるが、
ハンターたちの意識を変えることができなければ、
あまり意味がない。
むうと不機嫌に口を堅く結んだ千晴を横目で眺め、
ユッシはさらりと提案する。

「帰る?」
あまりに未練の欠片もない白魔導士の態度に、
周囲が慌てふためく。
「え、ちょっと待ってくれよ!」
最初に引き留めたのは、当然赤毛騎士だった。
「突然、何を言い出すんだよ!
 白魔導士が帰ったら、俺らはどうしたらいいんだよ!」
「だってうちら、いらなさそうじゃん。」
眉一つ動かさずにユッシは応じたが、
即座に否定された。
「そんな訳あるか! 
 狩りに行くのに支援が不要なんて、あるわけない!」
そうだろと振り返られて、ハンターの青年が頷く。
「はい、きていただけると助かります。」
切りそろえられた栗色の前髪の下で揺れ動く緑色の瞳は、
相変わらず不安げだが、
予想より、はっきり白魔法の必要性を主張する。
それでは彼らの不満は自分の存在かと千晴は嘆息した。
「じゃあ、ボクだけ帰りましょうか。」
「はあ? ここまで来て、今更何言ってるんだよ。」
再び、不愉快も露わに言い返される。
これだけ粗雑な扱いを受けて、
なんでそんな態度をとられなきゃならんのか。
千晴は理不尽に眉を潜めたが、
騎士の青年は真顔で小さい黒法使いの離脱を却下した。
「狩り場は拓けてるって言うけど、
 そこにたどり着くまでは障害物の多い森だ。
 俺がライクーンに乗ってたって、
 とっさの時、間に合うとも限らないし、
 守備陣に氷布・フロストフリーセや、
 地壁・プレーゲンがあるのとないじゃ全然違うだろ。」
確かに正論だ。
ユッシが使う白魔法系防御魔法より、
黒魔法系防御魔法は、壁としては強度が落ちる。
しかし、四大属性と言われる自然に属した特性を使って、
効果の違う魔法を重ね掛けしたり、
地形や天候を若干変化させることで、
物理的防壁以外の効果が期待できる。
「防御魔法って意味じゃ、
 本当ならウィザードより、アセガイル系のがいいけど、
 一時的でもホムの連撃を防げるお前なら問題ないし。
 ・・・アウフローダーだけでいいとか、
 マジ、訳分かんねえ!」
後半、叩きつけるように彼は吐き捨て、
気弱そうな青年ハンターは目を伏せた。
反面、四本傷の女性ハンターはどうでも良さそうだ。

以前、一緒に狩りに行ったときのことを、
覚えてくれていたらしい。
意外と騎士の人に好評価を得ていたが、
その割に何故、風当たりがキツいのか。
千晴は人差し指で唇を押し、小首を傾げた。
そのまま、騎士と目が合い、
あからさまに嫌な顔をされる。
僕のような可愛い少年の何が気に入らないのか、
さっぱりわからない。
増えた謎にムーと唸った千晴を無視して、
ユッシが話を進めた。
「じゃあ、そういうことで、うちらも居てもいいわけね。
 それなら、改めて自己紹介を始めたいんだけど。」
「いるのか、それ?」
「要るよ。ヨハン君は兎も角、
 そっちの人はうちだって初対面だし、
 ちゃお君に至っては二人とも面識ないでしょ。」
「チッ、面倒くさいな。」
舌打ちされたが、それ以上の反発もなかった。
今更ながら、各自名前と職業を告げる。

「イーギル・ブルーレイン。みての通り、槍騎士だ。」
「ヨハン・カーライトです。ハンターをしていますが、
 どちらかといえば、罠の扱いの方が得意です。」
「レイナ・マーチス。
 ヨハンと同じ、ベルンのハンターだよ。」
「瀬戸、千晴です。まだマジシャンですが、
 少しなら、範囲魔法も扱えます。」
赤髪の青年を皮切りに始まった挨拶は、
ユッシが最後になった。
「ユッシ・ルンベルク。
 一応上級職なんで、この辺の魔物なら、
 捌けないものはいないね。」
金髪の白魔導士は軽く杖を降り、威風堂々と言い切った。
「流石に人狼は相手にしたことがないけど、
 イデルのヌマー・ヌルぐらいなら、何とかするよ。」
不遜とも思える発言に、千晴はぎょっとし、
ハンター二人もビクリと肩を振るわせた。
確かにユッシは上級職ホワイトウィザードの中でも、
腕がいいので有名だが、
イデルを完全封鎖させたホムンクルスの真祖を、
引っ張ってくるのは言い過ぎではなかろうか。
しかし、赤毛騎士イーギルが我が事のように自慢する。
「本当だぞ。3ヶ月ほど前、
 6人パーティでイデルに行った時、出くわしたけど、
 ユッシがいたから、危なげなく撤退できたんだ。」
そうなの!?と、ユッシの顔を仰視した千晴を無視して、
ホワイトウィザートは顔色一つ変えずに、
ハンター達を正視する。
「まあ、その時は腕のいい剣士が居たって言うのも、
 大きいけどさ。
 大概のことは任せて貰って大丈夫だと思うよ。
 だから、不安材料があるなら早めに言ってくれる?」
威圧するような物言いを、
レイナと名乗った四本傷の女ハンターは受け流した。
「特には。」
そんなものがあったら、
始めに言っていると言わんばかりの彼女の隣で、
もう一人のハンターであるヨハンが俯く。
「あえて言うなら、境界線が近いって、事でしょうか。」
狩猟及び進入禁止地区に近いとは、
人狼の住処に近いのと同意語だが、
どうにも煮えきらない態度に、イーギルが顔をしかめ、
千晴も不安を隠せずユッシの顔を仰ぎみた。

「ふーん、そう。じゃあ、今日の狩りについて、
 最終確認に入ろうか。」
何がと問われれば何となくとしか答えようがないのだが、
いやな雰囲気を吹き飛ばすように、
ユッシは話をザクザク進めた。
「目的は罠にかかったフーゲディア。
 罠を仕掛けた現場に行くまでに、
 出くわした魔物の対処と罠にかかった獲物の解体回収。
 獲物が生きていた場合は止め。他にないかな?」
「後は獲物の解体が終わったら、その場で精算して、
 現地解散にしたい。」
レイナの追加要望に、ユッシが顔をしかめる。
通常、精算、
いわゆる儲けの分配は安全な町に戻ってから行う。
何時魔物が襲ってくるか分からない場所で、
金勘定など、とんでもない。
また、公の場で行えない分配、
例えば、価値の詐称や武力による違法行為の疑いも出る。
当然、よく思われないのはハンターも承知で、
問われる前に理由を説明した。
「私らはベルンの出身だって言っただろう?
 獲物を土産にそのまま里帰りしたいんだ。
 フーゲディアの肉はベルンでもご馳走だからね。
 家族が首を長くして待ってる。」
元々そのつもりで立てた計画なのだから、
これは譲れないとレイナは厳しい口調で主張し、
ヨハンが下を向きつつ首是する。

ハンター達が一見無謀とも思える少数行動を望み、
他の参加を拒んだ理由を千晴は理解した。
普通に考えれば、魔物を駆除する公式冒険者ではなく、
一狩人としての私的な狩りだ。
お土産を作って帰省しようと思ったところに、
横から関係ないのが混ざってきたら、そりゃ迷惑だろう。
無理を押し通した理由を求めて、
斜め隣のイーギルに視線を移す。
赤毛騎士の青年はそっぽを向いていたが、
こちらはこちらでどうも様子が変だ。
プライベートに割り込んだというのに、
罰が悪そうな様子はない。
けれども開き直り、威圧的に振る舞っているにしては、
落ち着きがないのだ。
思えば、朝から続くやたら素っ気ない態度や、
周囲に当たるような発言は、なんなのだろう。
道中、ユッシと延々、関係ない話を続けていたのも、
然したる危険がないことを知っての油断とするには、
ありがちな緊張感のない弛んだ気配がなかった。
塗れ手に粟を得るのに、他人を巻き込む理由もない。
同犯者を作ることによる、責任の拡散?
それなら自分達に説明し、同意を得なければ、
更に反感を買うだけだ。
何かがおかしい。噛み合わない。

『これはどうも、考え違いをしてたかしらん。』
乱暴で落ち着かない言動は何らかの緊張のため、
どうでも良い会話はある種の現実逃避だとしたら。
今更ながら騎士の発言を振り返る。
『それともやっぱり、
 俺らがいたら困るような、疚しいことでもあるのか?』
あるのだ、多分。
ハンター達があげている建前以上のことがあると、
イーギルは睨んでいる。
だから強引に参加し、
保険としてユッシや自分を引き込んだのだろう。
『ちっ、失敗したお。』
レイナの陰のある仕草や不可思議な忠告に、
ついつい釣られてしまったが、
有益情報の所有者はこちらだったようだ。
ここから先は、内緒話は勿論、
必要以上の私語は慎まなければならない。
森に入る前にイーギルがつかんでいることを、
聞き出すべきだった。

「じゃあやっぱり、うちらは居ないがいいんじゃないの? 
 取り分足りるの?」
「どのみち、全部は持ちきれないから、
 もって帰ってもらった方があり難い。」
千晴が失態を悔やむ間に、
ユッシは話を終わらせてしまった。
「よし、じゃあ、
 取り合えずパーティを結成しちゃおうか。」
通常、特別な取り決めがなければ、
最も経験を積んだ者か白魔法使いのどちらかが、
リーダーになる。
今回、双方を満たす白魔導士の求めに従って、
全員が冒険者の印、
レンジャーバックルをした左腕を差し出した。
ユッシが自分のバックルに填められた魔応石に手を当て、
呪文をつぶやく。
「我ら、この時より、生も死も、歓喜も絶望も、
 共にするものなり」
呪文と僅かに込められた魔力に反応し、
魔応石が白い光を放つ。
そのままユッシが一人一人のバックルに触れ、
白く輝く魔力が冒険者たちを繋いだ。
「連結・サークル」
詠唱が完了し、白い鎖はひときわ強く輝いてから消えた。
魔法使いではない者でも簡単に使えるよう、
バックルの魔応石に刻み込まれた補助魔法の一つ、
連携結界サークル。
解除しない限りこれから1日間、
千晴たちは魔法の紐で繋がれる。
効果はいろいろあるが、
最も重要なのは、広範囲における魔法の補助だ。
その紐を通して、白魔法使いは補助魔法を仲間にかけ、
黒魔法使いは発動した魔法の余波を受けないよう、
調節するのだ。
勿論、万能ではないが、これがあるのとないのでは、
魔法の使いやすさが格段に違う。
また、はぐれた際にお互いを探すための目印となったり、
回収した残存魔力の分配などにも関係している。
身分証明と同じぐらい、バックルの大事な機能であり、
今ではパーティ結成と同意である、
魔法の準備が終わると、今度はヨハンが手を挙げた。
「後、全員ベースを書き換えをお願いします。」
レンジャーバックルには、
白魔法系移動魔法ラウムハーフェンや、
同じく移動魔道具セーレの翼の基点となる、
拠点地(ベース)が登録されている。
有事の際の準備として、
拠点地を狩り場最寄りの魔法陣に書き換えるのは、
サークルと同じく、公式冒険者として基本中の基本だ。
これにも皆、逆らうこともなく、黙って従った。

研究所の職員に手続きを頼み、
全員の書き換えが終わると改めてユッシが出発を宣言し、
早速、一同は出発した。
外にでると、早速大きな森が目の前に広がっていた。
その中に吸い込まれるように続いている、
細い小道を行きながら、拭いきれない不安の中で、
千晴は出てきたばかりの研究所を振り返った。
ソルダット軍はこの拠点を守るために、
森の中にも定期的に討伐隊を派遣している。
暫く、魔物と遭遇することはないだろう。
薄暗く、威圧するような木々を見上げ、
獣道と大差ない未舗装の小道を千晴は進んだ。

森の中を進むのは、思った以上に辛かった。
フロティアは森であって山ではないので、
漠然と木の多い平地を想像していたが、
起伏が激しく、岩場も多い。
程なく獣道からもはずれ、
夜露に濡れた低木の枝葉に度々叩かれながら、
ヨハンの先導に従って、黙々と歩く。
ハンターの矢筒からのぞく赤と紫の矢羽を目印にして、
どれだけ歩いたのか、
2度目の休憩に入るかなり前から、
千晴には己の位置すらわからなくなっていた。
人の手の入っていない森は静かだった。
魔物の一匹でも出てくれれば、
気を引き締めることも出来ようが、ネズミ一匹いない。
それがかえって怖い。
ソルダット軍が定期的な討伐を行っているとはいえ、
魔物の住処である森奥深く進んでいるにもかかわらず、
プチグリ一匹出る気配がないのは異常だ。
パーティー内の不信不満も相まって、
ストレス性圧迫感が酷い。
意味もなく叫び出したい衝動を飲み込み、
手のひらににじんだ汗をぬぐう。
挙げ句、地面は積み重ねられた落ち葉に覆われ、
柔らかで滑りやすく、踏ん張りが利かない。
ちょっとした弾みに転んで落ち葉と泥にまみれ、呻く。

「ちゃお君、大丈夫?」
転んだまま立ち上がらないのを心配して、
ユッシが声をかけてくれる。
回復魔法の有無を問われて、千晴は首を振った。
回復魔法は疲れや怪我を治すが、後で反動がくる。
使わずに済むなら、それに越したことはない。
小さい黒魔法使いが立ち上がるのを待って、
一行は進行を止めた。
白い息を吐いて、イーギルが呟く。
「それにしても、何も居ないな。」
黒い人狼を筆頭とする、
凶悪な魔物の巣窟といったイメージと異なり、
生き物の気配もなく、ただ、静かだ。
僅かに風に揺れる枯れ葉の音すら、
聞きとれるほどの沈黙を、森は保っている。
けれども、ヨハンがゆっくりと首を振った。
「冬だからね。でも、さっき頬白鹿の足跡や、
 斑点ウサギの通り道があったよ。
 探せば遠くないところに巣穴が見つかると思うな。」
「へ? そんなもん、有ったか?」
気の抜けたような問いに、
栗毛のハンターは微笑んだだけで、何も答えなかった。
「森のスペシャリストの称号は、
 伊達じゃないってことかな。」
特段驚いた様子もなくユッシが言い、
レイナがフンと鼻先で笑った。
千晴には薄暗く、木の多い場所でしかないが、
ハンターには違うのだろう。

「ポール君も、色々判るのかな?」
ベルン出身の新米騎士も、村をでるまでは、
ハンターとしての訓練を受けていたはずだ。
千晴の呟きにユッシが難しい顔で答える。
「どうだかね。
 大雑把すぎて、無理っぽいイメージがあるけどね。」
「確かに。」
よく言えば楽観的、
悪く言えば暢気で深く考えない性格の彼には、
僅かなサインを読みとって獣の後を追いかけるような、
繊細な作業はできなさそうだ。
村人の9割以上がハンターとなるベルンに生まれながら、
ポールがナイトを目指したのは、
そういった理由もあるのだろうか。
ギルドメンバーに対する酷い侮辱を横に置いて、
ユッシがレイナを振り返る。

「目的地まで、後どれくらい有るの?」
「もう、そんなにない。
 何もなければ30分程度でつく。」
「ふうん。」
頷きながら、ユッシは何かを測るように、
右手の杖を上下に動かした。
「んー しっかし、魔力の濃い森だね。」
これならなんとかとぶつぶつ呟きながら、
右腕をブンと一振りする。
「これから行く罠を仕掛けたポイントだけど、
 ちょっとした空き地になってるんだよね?」
「ああ。夏にあった台風の影響か、
 木が広範囲にわたって倒れたらしい。
 お陰でいい餌場になっている。」
今年は暖冬で、まだ雪こそ降らないものの、
12月ともなれば草花はその姿を消し、
動物達はひもじい生活を送っている。
木々に遮られることなく降り注ぐ日を受け、
余所より多く育った下草を目当てに、
フーゲディアが集まるとのことだ。
「台風ねえ。」
事も無げに答えたレイナに、
何か言いたそうにイーギルが口の端を歪め、
ユッシが千晴に振り返る。
「で、そろそろいけそう?」
「大丈夫だお。」
短い休憩を終え、息を整えて、再び歩き出す。

幸いなことに道が平坦になって、だいぶ楽になった。
足下の草や顔を叩く小枝を避けながら、
千晴はイーギルの騎獣の後ろにくっついて歩いた。
ゆらゆら揺れるしっぽを引っ張りたい衝動を抑える。
そんなことをすれば、
思い切り蹴飛ばされて、大惨事だ。
だめだめと己を戒めつつ、別のことを考える。
目の前を歩く竜型騎獣ライクーンは、
同じくナイトが好んで使う鳥型の騎獣、
ケトリック程ではないが足技を得意とする。
瞬発力と直線のスピードこそケトリックに負けるが、
勇猛な性格と耐久力、その太い後ろ足の攻撃力は、
6つ職業の中で最強と呼ばれる、
ナイトの騎獣にふさわしい。
『でも、所詮二足歩行の量産型だお。』
騎獣の8割を占めるライクーンとケトリックだが、
共通の弱点として安定性と積載量の低さがある。
二本足で支えるので、四本足に比べると、
どうしてもぐらつくし、搭乗スペースも減る。
もし、自分が騎士なら絶対4つ足にする。
ギルド唯一の騎獣所有者ノエルのように、
狼型亜精霊ワーグも悪くないが、
騎獣の花形グリフォンのが格好いい。
それともペガサスやユニコーンのように、
馬系のほうが無難だろうか。
騎獣として扱われる獣は、ごく一部を除けば、
魔物の類であるため、制御など安全面の問題で、
騎士系列の冒険者以外、
個人が所有することは禁止されている。
騎士にできて、魔術士にできないはずがなかろうに、
慣習から来る職業特権など、糞喰らえだ。

ギルドの特権所有者5名のうち4名が、
戦闘スタイル、主義、金銭的問題などによって、
その特権を放棄しているので、
千晴が思うほど秀でた利権ではないかもしれないが、
騎獣を持つと言う想像は楽しかった。
やっぱり一番欲しいのは飛竜の一種ワイバーンだ。
他を圧倒する攻撃力、大空を自由に舞う軌道力、
ドラゴンは子供のあこがれなのである。
現実味がない?
いやいや、軍が数匹所有しているのだから、
飼って飼えないことはないはずだ。
問題は所有するとなれば話が国家単位になることと、
飼育場所や餌代にかかる莫大な管理費だが、
これらを如何にクリアするか。
森の重圧を忘れ、千晴が妄想を膨らませている間に、
目的地に到着したらしい。
ヨハンが進行を止めた。

「ここから先は、静かに。」
今までだって十分静かだったと思うのだが、
専門家に言われてしまえば頷くより仕方ない。
呼吸を整え、足音にも気を使い、大人たちの後に続く。
程なく前方より流れてくる風を感じ、顔を上げると、
生き物の鳴き声が聞こえた。
「ブフォーン」
馬とも牛とも違う、聞き馴れない獣の声。
隊の進行速度がぐっと下がった。
慎重に進みながらも森の切れ目に近づくにつれ、
周囲が目に見えて明るくなる。
レイナが無言で振り返り、
顎でしゃくるように合図を出した。
併せてヨハンが右、ユッシが千晴の後ろにと位置を変え、
イーギルが騎乗獣に音もなく乗り込む。
伏せるようにして前へ進み、
そっと木々の隙間から覗くと、灰褐色の巨体が見えた。
「グフ、グフ、グフ、」
体長4mはある雄のフーゲディア。
細く長い足、
つやつやとした美しい毛並みに黒々とした二本の太い角。
あれで突き刺されたら千晴など、
ひとたまりもないだろう。
不機嫌そうに足を踏みならし、
周囲を怪しむように何度も頭を振っている。
右後ろ足には鉄の牙が食い込み、
巨鹿をその場に留めていた。

「でっ、かい・・・」
思わず口から驚愕の声が漏れ、
それを聞き咎めるようにフーゲディアが顔をあげた。
肉食動物のようにうなり声こそあげないが、
恐慌に目を怒らせた巨大な鹿は頭を下げ、
臨戦態勢に入った。
周囲から冷たい視線が突き刺さり、
首をすくめると同時に、
図鑑で調べたとおりの耳の良さに驚愕する。
『あれで、気付かれちゃうんだ。』
百聞は一見にしかず。
専門家以外がしとめるのは難しいと、
記載されていた理由がよくわかる。
木々に隠れ、まだ見えないはずの千晴に向けて、
角を降りたて威嚇する様は、
捕らわれ、傷つき、追いつめられている分、
攻撃的で恐ろしかった。

「いくぞ。」
イーギルがライクーンの手綱を操り、
サッと滑るようにその場を離れる。
「ちゃお君、魔法の用意。」
「わかったお。」
背後のユッシに言われるまでもなく、
千晴はぎゅっと杖を握りしめ、
即座に魔法が打てるよう備えた。
ざっと落ち葉を蹴りあげて、
左手からライクーンが森を飛び出す。
「ブフォッ!」
敵の登場にフーゲディアの意識がそれる。
「ほらほらっ! こっちだこっち!」
槍騎士の挑発に乗って、
フーゲディアが大きく体の向きを変え、
無防備な横腹が晒される。
きりりと弦の張る音がし、
レイナが放った矢がヒュッと風を切り、
木々の隙間を縫って、
見事にフーゲディアの前足の付け根に突き刺さる、
と思いきや、何を察したのか巨鹿は素早く振り返り、
角で弓矢をたたき落とした。
女弓士が舌打ちし、今度はヨハンが放った矢が、
フーゲディアの頭部を襲う。
目を狙った攻撃は、やはり振るわれた角で落とされる。
「ブモモフォ!!」
お前等の手口は知っているといわんばかりに、
フーゲディアが鳴いた。

目前のイーギルを角で追い払いつつ、
森の中に隠れた千晴たちからも、
注意を逸らそうとしない巨鹿に、
ハンターたちは顔を見合わせた。
「餌に気を取られて罠にかかった間抜けのくせに、
 なかなかやるな。」
「どうする? あまり時間はかけられないよ。」
ヨハンが背に負った矢筒に手をかけつつ呟き、
レイナが顔をしかめた。
「今からでも隙を突ければ、心臓を射抜けるんだが。」
「でも、この分だと、
 倒せないことはないだろうけど、難しいよ。」
どうやら、思っていた以上にフーゲディアが、
強い個体であるようだ。
矢が不足しているわけでもなく、
全く手が打てない訳ではないようだが、
ハンターたちの間に広がる焦燥感をみて、
千晴は口を出した。
「ボクが、魔法を打ちましょうか?」
雷系の魔法なら、ダメージだけでなく標的をしびれさせ、
動きを鈍らせることができる。
「でも、フーゲディアに弱い魔法は効かないし、
 強すぎると毛皮に傷が、」
「いや、良い手かもしれない。」
断りかけたヨハンの言葉をレイナが遮り、
再びハンターたちは顔を見合わせ、うなずきあった。
どうやら、役に立てそうだ。
千晴は顔をほころばせたが、
水を差すようにユッシが口を挟む。
「まってよ。要は一時的でも良いから、注意をそらせて、
 動きを止められればいいわけね。」
「どちらか片方でいい。後は何とかする。」
何故か白魔導士は不機嫌そうで、
女弓士は侮辱されたかのように返した。
その理由を考えて、首を傾げた千晴に、
ユッシが淡々と指示を出す。
「ちゃお君、
 小さくてすぐ消える火球を1、2、3と連続で、
 リズムよく、フーゲディアの顔の前に出せる?
 3は少し大きめで。
 驚かすのが目的だから、当てなくていいから。」
「お易いご用だお。」
「効果ありすぎて暴れられても面倒なんで、
 そこそこでよろしく。」
走り回っているのであればまだしも、
フーゲディアは罠で繋がれている。
加えて巨体なだけに的は大きく、
しっかり狙いを付ける余裕も、詠唱する時間もあり、
簡単な仕事だ。
そこまで考えて、先ほどのやりとりを思い出す。
『つまり、ユッシンは手間掛けさせるな、
 レイナさんはこんな高条件で逐一手伝って貰うほど、
 ヘボじゃないってことかお。』
確かに同じ場所に留められた的に当てられなければ、
ハンターとして話になるまい。
双方の不機嫌について納得すると同時に、
己がおかれた状況にも気が付く。
『それって、ボクも失敗できないってことじゃん!』
あわてて、指示されたポイントを再確認する。
フーゲディアの顔の前に小さな火球を、
連続でリズムよく、3つ作る。
当然、フーゲディアは驚いて暴れるから、
2つ目以降の出現ポイントを、
動きに併せて即座に調整しなければならない。
また、リズムよく続けて出すわけだから、
一つ一つ詠唱する暇もない。

『と、すると、単純な通常詠唱じゃ間に合わないから、
 短縮、いや、複合詠唱の連結発動の方がって、
 それって結構、難易度高いお!』
少なくとも普通の7才児には無理な要求だが、
それを言うのであれば、初めから千晴はここにいない。
「準備はいい?」
「ちょ、ちょっと待ってお!」
ユッシの確認に抜き打ちテストを言い出されたが如く、
飛び上がりこそしたものの、すぐに頷く。
「OKだお。」
「よし、じゃあ、いくよ。」
白魔導士の合図に併せて、杖を振りかざす。
ただ、炎の発現という一つの効果を求めるだけであれば、
複雑な詠唱は必要ない。
熟練の黒魔導士であれば、ただ「燃えろ」と呟くだけで、
魔力はその言葉に応えるだろう。
しかし、焚き火の火種ならいざ知らず、
魔物相手に命のやり取りをする現場で、
そんな単純な動きや効果では役に立たない。
発現場所、質や大きさなどのコントロールは勿論、
詠唱時間や次の動きも踏まえて動くのが、
腕のいい魔法使いと言うものだ。

「始まりの小さな炎、大いなる変動の兆し、
 弾けて踊れ、火球、フロウエインス!」
必要最低限の詠唱と振るった杖に乗って魔力が飛ぶ。
パンと弾けるような音をたてて、
熱量より光量を重視した金色に輝く炎が、
狙った通り、フーゲディアの直面に現れる。
「ブフォッ?!」
巨鹿が仰け反るように跳ね退いた。
効果覿面と今度は右耳の後ろを狙って二つ目を放つ。
「ツヴァイ!」
求められたのは全て顔面だったが、
虚を突くなら死角からが効果的だ。
背後から炎に襲われ、
怯えた巨鹿は再び大きく飛び跳ね、
ギャシャンと罠を繋いだ鎖が重たい音を立てた。
止めの三発目を放つ。
「ドライ!」
「ブモモフォ!!」
先の二つより大きな火の玉が目の前で燃え盛り、
激しく狼狽したフーゲディアは、
鎖に足を取られてすっ転んだ。
パニックに陥った巨鹿は、即座に跳ね起きると、
ブンブンと頭を振り回し、繋がれたまま飛び回った。
鎖どころか、
足がをちぎれんばかりに暴れ狂うフーゲディアから、
イーギルが慌てて逃げる。
やりすぎただろうか。
千晴の背中に冷や汗を流れかけると同時に、
ガチンと嫌な音がした。
巨鹿が顎に一発もらったボクサーのようによろめき、
二本の矢が胸とわき腹に突き刺さる。
「ブモ、モフォ・・・」
フーゲディアが苦しげにひざを突いたところで、
イーギルの槍が眉間を貫き、とどめを刺した。

「よしっ!」
そのまま、どさりと倒れた巨体に、
小さな声でヨハンが歓声を上げ、レイナも満足げに頷く。
反面、千晴は表情をなくした。
「ユッシン、今、なんかした?」
「併せて聖撃・ライトを打たせてもらいました。
 やりすぎるなって言ったじゃん。」
淡々と補助を告げられて、
顔から血の気が引くのが自分でもわかる。
うなだれた千晴の肩を、通りすがりにレイナが叩いた。
「見事な精度だった。天才児の名は伊達じゃないな。」
ライトを打ち込むまでを流れの一連と判断されたようだ。
単体攻撃魔法、聖撃・ライトは白魔法という性質上、
火土水風の四大属性に属さず、攻撃力が弱い。
一応呪文の詠唱は必要だが、
魔法と言うより魔力の単純放出に近く、
相手によっては、簡単に相殺される可能性がある。
従って千晴が火球で混乱させたところに打ち込む戦法と、
言っても通用するが。

『怒られる。後で絶対怒られるお。』
うまく行ったのだからよかろうは、
隣で無言の白魔導士には通用しない。
こんな高条件で仕事を全うできなかったのは技術不足と、
後日、絶対に過度にわたる反復訓練をさせられる。
『もう、やーだー ユッシン、厳しいんだもん。』
レイナに褒められたとおり、発動場所は悪くなかった、
むしろぴったりだったのだが。
頭をかいた千晴の心を読んだように、
ユッシが頭の上から言い放つ。
「寧ろ、場所が良すぎたんだよ。
 そこまで驚かせなくて良かったんだから。」
「ああねー 次は気をつけるお。」
効果がありすぎて怒られるとは、
世の中は理不尽で難しい。

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