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高性能装備の入手方-欲望の代償、その1。

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高性能装備の入手方-欲望の代償、その1。



「何を考えているんだ、殺されたいのかっ!?」
「そっちこそ、ふざけるなよっ!
 こんなの、聞いてないぞ!」
四本傷の狩人と金髪の白魔導士の怒声が飛びあう。
どちらに付くべきなのか。
小さい黒魔法使いがどれだけ戸惑っても、
時の流れは止まらない。
一体、何処で間違ってしまったのだろう。
もしかすると、最初から間違っていたのかもしれない。

「正直、気乗りしないんだよね。」
昨日、ユーリの部屋にいた千晴をたたき起こし、
自室につれていったユッシが最初に口にしたのは、
そんな言葉だった。
「気乗りしないって、どういうことだお?」
自分から言い出して、それはないだろう。
唇を尖らせる千晴を余所に、
白魔導士は眉間にしわを寄せ、唸った。
「裏でカオスさんが糸引いてるにしても、
 上手く行きすぎというか、怪し過ぎというか。」
「何が行きすぎで、何が怪しいんだお?」
兎も角、話して貰わないことには始まらない。
まずは説明してほしいのだが、
やはり、ユッシは勝手に話を進める。
「ちゃお君、アウフローダーは使えたよね?」
火弾・アウフローダーは、
中の下程度の火炎系黒魔法だ。
魔法で作り出した火球を分裂させ、
広範囲に飛ばす魔法だが、
肝心の飛距離が短く、派手な見かけの割に、
すぐ消えてしまうので、牽制程度にしか使えない。
「そりゃ使えるけど、あれは火力として今一だお?」
「そんなの、分かってるよ! 
 うちを誰だと思ってんの!?」
説明というより単なる確認だったのだが、
頭から怒鳴られた。
「そうなんだよ、全く火力として使えない。
 なのに、それだけあればいいとか、
 訳が分からないよ。」
ぶつぶつと呟くユッシに、千晴は呆れて肩を落とした。
「もー 訳が分からないのはこっちだお!
 一体、何の話なの? ちゃんと説明してほしいお!」
「明日の朝7時半から、
 臨時パーティの募集があるんだけど
 参加するかって話だよ。」
ギルド外の人間と一時的にパーティをくむのは、
冒険者をやっていればよくあることだ。
ようやくユッシは千晴の顔を見て、内容を説明する。
「場所はフロティアの森の東側。
 狙いはフーゲディアだけど、
 人狼の毛も入手できるかもって。」
「マジで!?」
飛びついて、慌てて首を振る。
「でも、フーゲディアは凄く耳が良くて、
 大人数じゃ近づけない。
 だから、少数精鋭の弓士じゃないと、
 狩れないって聞くお?」
フロティアにすむ大型鹿の肉は、
高級食材として高値が付くが、頭が良く、
なかなか罠にもかからない。
そこで直接追いつめ、しとめるのだが、
これもまた、非常に難しいと聞く。
確かに冒険者のなかでも、
森林での狩りを得意とするハンターが、
ホームグラウンドで動くとなれば、
他職は足手まといになるだろう。
まして、初級職マジシャンの自分が、
入る余地はなさそうだ。
「ユッシさんは白魔導士だから、
 仕事もあるかもしれないけど、
 流石にボクは混ざれないお。」
普段、混ぜて貰っている身内同士の集まりだって、
ユッシが友達に無理を頼んでくれているからこそ、
成立しているのだ。
勝手を言っている以上、迷惑が掛からないよう気を配り、
マジシャンでもできる限りを尽くした努力が実って、
最近では、普通に受け入れてもらえるようになったが、
それでも敏腕白魔導士の同時参加があってこそだ。
面識のない者同士が集まる臨時パーティでは、
はねられるに決まっている。
肩を落とした千晴を、フンとユッシは鼻先で笑った。
「それだから怪しいって言ってるの。」
「何が?」
「黒魔法使いが一人欲しいけど、
 アウフローダーが使えればそれでいいんだって。
 妙な条件だろ?」
フーゲディアの様に、狩るのが難しい獲物を狙う為には、
出来るだけ腕の良いメンバーを揃える必要がある。
参加条件が初級に毛の生えた魔法というのは、
確かにおかしい。

「臨時っていっても、知り合いの知り合いだから、
 ちゃお君の参加がこっちの条件だって知ってるし、
 基本、それでいいってことなんだけど。」
元を正せばユッシがフロティアについて調べているのを、
彼の友達がギルドで話し、
それを聞いたメンバーの一人が直接連絡してきたそうだ。
腕利きの白魔導士がきてくれれば、
人数を押さえられると踏んでのことだろう。
「確かにうちは一人で2人分は働くし、
 3人に7人分の動きをさせられるからね。
 一人増えるぐらい、
 どうってことないのは事実だけどさ。」
「その自画自賛は流石だと言っておくお。」
「でも、ちょうど黒魔法使いも欲しいけど、
 レベルは高くなくていいとか、
 ここまで条件揃い過ぎると、なんかねー」
嫌みを聞き流し、
ユッシはしっくりこない様子で首を振る。

初級職でも参加可能なのは朗報だが、
小さい黒魔法使いはむうと唸った。
「それで、参加者はどんな感じなの?」
「槍騎士が一人に弓士が二人、参加するなら、
 うちとちゃお君で5人かな。」
「騎士ってマスターなの?」
「いや、普通のナイト。弓士もスナイパーじゃなくて、
 ハンターだし。」
戦士系中級職が一人に、弓士系中級職が二人。
ユッシ以外に上級職が居ないのは心細い気もするが、
ただ、生活のために冒険者をするのであれば、
資格は中級で十分だ。
上級以上は趣味の領域なのだから、仕方ないだろう。
後はそれぞれの経験と技術に期待だ。
しかし、フーゲディアの成体は体長3mを越えると聞く。
5人ではしとめても、
解体、運搬が難しいのではなかろうか。
「そんな少人数で足りるの?」
「穴場だから、あんまり人を集めたくないんだって。」
よくある理由に、千晴はますます悩んだ。
連れだって狩りに行くのは、
同伴者に狩り場を教えるのと同じこと。
競争相手を増やしたくないのはわかるが、
人目を忍ぶ理由が他にあっては堪らない。
狩りに行くのに仲間が信用できないのでは、
それこそ、命が危ない。
戦闘中に逃げられたり、
獲物を全てかっ浚われたりは勿論、油断した所を、
後ろからばっさりやられる事だってなくはない。
何せ、公認冒険者が身につける装備品は高値で売れる。
盗難防止技術の向上や重刑の設定で、
最近あまり聞かないが、
強盗殺人及び装備の盗難が起こらないとはいえないのだ。
美味い話だからこそ、警戒を怠るわけにはいかない。
「怪しそうな、感じ?」
「一応臨時だけど、内二人は友達と同じギルドの人で、
 うちも面識あるし、別に普通だよ。」
「そのお友達のギルドって、信用できるの?」
「大きいギルドだからなあ。
 沢山、人がいるから全部大丈夫とはいえないけど、
 それなりの信用はあるね。」
人数が増えれば全団員をギルドマスターが把握するのも、
難しくなり、細かい管理が行き届かなくなるが、
反面、団員同士のお互いを見張る目は多くなる。
また、所属ギルドが大きければ、
知名度も上がるので、総じて違法行為がバレやすい。
公認冒険者の犯罪行為は、
一般人より厳しく取り締まわれるし、
ギルドに泥を塗るようなことがあれば、
厳しい追及を受ける。
したがって、ギルドが大きければ、
違反行為のリスクもそれだけ高くなると考えて、
差し支えない。

ユッシの顔見知りであれば、
全くの他人という程でもなく、大丈夫だろうか。
経験不足故に千晴には判断を下しかね、
先輩冒険者の顔を見上げれば、
如何にもついでと言わんばかりに補足が入った。
「一応、別の方向から攻められないかも検討したけど、
 みつからないどころか、相手にもされなくてさ。
 ま、西なら兎も角、危険ばかりで獲物の少ない東じゃ、
 誰も行きたくないに決まってるけどね。」
魔物の棲息地の関係でフロティアの東側では、
狩りが成立しないそうだ。
自分だって誘われても断る。
そう言い切って、
ユッシは小さい黒魔法使いを見下ろした。
「で、どうするよ。」
「うーん。急に言われてもなー」
降って沸いた高条件に、
千晴は髪の毛をかき回しながら考えた。

ユッシが言うように、
カオスがわざわざ用意したイベントであれば、
罠の可能性も考えられるが、
あの魔術師はそんなマメなことをすまい。
かといって、無関係と判断するには、
確かに条件が良すぎる。
イベントが起こるフラグを嗅ぎつけて、
自分の計画に組み込んだとみるべきか。
「わかったお。参加するお。」
どの道、乗ってみなければ当たりも外れもない。
他の伝手も見つかりそうになければ尚更だ。
参加意思を表明した千晴に、ユッシは大きく頷いた。
「よし、じゃあ明日7時にここをでるから、
 そのつもりで。」
「わかったお。」
「さて、後は二人で出かけられるかか。どうすっかな。」
そのまま、腰を落ち着けてしまうのに、
ちょっと拍子抜けする。
「参加するって言いに行かなくていいのかお?」
「んあ?」
回答を保留にしていたのならば、
早く可否を伝えるべきだろう。
千晴からすれば当然の疑問だったのだが、
また鼻先で笑われた。
「ああ。もう参加で進めてるから、問題ない。」
「そんな大事なこと、勝手に決めないでほしいお!」
何処までも勝手に進める白魔導士を、
小さい黒魔法使いは、思い切り怒鳴った。
「全く、何のために聞いたんだお!
 ボクが行かないって言ったら、
 どうするつもりだったんだお!」
その場合は実力行使の強制参加だったのだろうか。
前歴があるだけに千晴はユッシをねめつけたが、
違ったらしい。
「その場合は、ちゃお君が急病になったことにして、
 うちだけ参加して様子を見てくるつもりだった。」
その上で、再現可能であれば面子を揃えればいい。
何の問題があると事も無げに言う彼に、
良心はないのだろうか。
これで気乗りしないとはよく言ったものだ。
「勝手に人を病人にしないで欲しいお。」
文句は言ったが、効果はあるまい。
千晴は早々に諦めることにした。
ユッシは幼い頃、魔物に住んでいた村を襲われ、
相方のノエルと共に天涯孤独の身の上になった口だが、
そうでなくても彼の親戚は、大量に死んだり、
危篤になったに違いない。
この分だと育て親のフェイヤーも、まず間違いなく、
本人も知らない病を煩っているだろう。
ユッシは興味のないことには適当だし、
嘘に嘘が重なって、面白おかしい事になっていそうだ。
キノコが生えたり、顔が水玉になる奇病にかかった、
ギルドマスターを想像して、
つい失笑してしまい、怪訝な顔をされる。

「何だよ、気持ち悪いな。不貞腐れたと思ったら、
 急ににやにやして。」
「別になんでもないお。」
素知らぬ顔を装ったところに、ドアをノックされる。
返事も待たずに顔を出したのはフェイヤーで、
思わず、また吹き出してしまう。
「なんだい、人の顔を見るなり笑ったりして。」
「別に、なんでもないお!」
口を押さえながら首を振る千晴に、
ギルドマスターは眉をひそめたが、
直ぐに用件を切り出した。
「夕飯ができたから、食べにおいでってユーリさんが。
 後、ちゃお君は紅さんを呼んできて。」
「ママは、手伝っていないのかお?」
食事は料理の得意なユーリが、全員分用意してくれるが、
紅玲もその手伝いをするのが常なのに。
小首を傾げた千晴に、
フェイヤーが激しく首と手を横に振る。
「手伝いどころじゃないよ。
 さっき鉄っちゃんと派手に喧嘩してさー っていうか、
 それはちゃお君も知っているんじゃないのかい?」
言いながら、ギルドマスターはがっくりと肩を落とした。
「もー 久々に酷い喧嘩でさ。
 鉄っちゃんはふらふら出て行っちゃうし、
 僕は蹴られるし、祀ちゃんは怒るし、
 カオスさんは逃げちゃうし。
 紅さんも今日は部屋から出てこないかもしれないよ。」
けれども、夕飯抜きは体に悪い。
紅玲は体調があまり良くないことも踏まえて、
必要であれば、後で部屋まで運んだほうがいいだろう。
兎も角、様子を見てくるように頼まれて、
千晴は大人しく頷いた。
気乗りはしないが、家族である自分の仕事だ。

「それよりフェイさん、明日ちゃお君と、
 二人で臨時パーティーに混ざっていい?」
「なんだい、明日は日曜だって言うのに、
 また狩りに行く気かい? ダメだよ、二人だけじゃ。」
ギルマスと白魔導士の言い争いを後にして、
千晴はユッシの部屋を出た。
重い足を引きずりながら階段を上り、
3階にある紅玲の部屋のドアをノックする。
案の定、返事がないので勝手にドアを開けて、
顔だけ突っ込む。
「マーマー?」
呼んでも答えは返ってこない。
のそのそ部屋の中にはいると、
養母はベットに潜り込んでいた。
「具合、悪いの?」
どちらかと言えば、不貞寝だろう。
後頭部だけの母に眉尻を下げて、
机の椅子を引っ張りだし、ちょんと腰掛ける。

養母の肝は据わっている。
ただの喧嘩ならば部屋に逃げ込んだりしまい。
ダメージが大きいのは、相手が鉄火だから。
『やっぱり、ママはまだ、』
言葉にしたくない思いを噛みしめ、
千晴は天井を見上げた。
泣かない。こんなことで泣いたりしない。
最初から、分かってる。
紅玲が鉄火を好きなことも、
なぜ、彼女が彼と別れたままなのかも。

あいつの所為だ。
ひいては、ボクの所為だ。

我慢しようとしても沸き上がる罪悪感と憎悪で、
涙がこぼれ落ちそうになるのを、
歯を食いしばって堪える。
こんな事じゃいけない。ママが心配する。
紅玲を起こすのをやめて、部屋を出ようとしたところで、
ベットの中身がゴソゴソ動いた。
「千晴かい?」
「うん、そう。」
涙で鼻声になっていなかっただろうか。
あわてて目を擦り、返事をした千晴の前で、
布団を押し退け、紅玲がむくりと起きあがった。
「ママ、大丈夫?」
「寝てた。」
心配を押し退けるように淡々と答え、
紅玲はバリバリと頭を掻いた。
煙水晶の様な右目とドロリと白濁した左目が、
ギョロリと動いて、千晴をねめつける。
「夕飯?」
「うんだお。」
「やべーな。ユーリさん、怒ってるかな?」
手伝いをすっぽかし、寝ていて良いものだろうか。
いや、良くない。
そんな自問自答をしながら眼帯をつける様を、
ぼんやりと眺める。
「ねえ、ママ、大丈夫?」
「なにが? 病気のことなら大丈夫よ、寝てれば。」
母は持病で意識を失い、
死に掛けたことを覚えているのだろうか。
ただの寝不足であるかの如く言い放つのに、
若干の不安を覚えつつ、俯く。
「それなら、良いんだけど。」
「なにが悪いもんかね。」
ぶつぶつと不安げな養子を、
紅玲は睨むように顔をしかめた。

「心配してるのは体調? それとも鉄火の事?
 相変わらず子供らしくない子だね、可愛くない。」
本人の前で言うべきではない言葉を、
養母はしゃあしゃあと口にした。
「いつも言ってるでしょ。病気以外に、
 あんたが心配するようなことは何にもないって。」
「でもさぁ、」
「鉄火のことだって良いの、放っておけば。
 どうせ直ぐ忘れるんだから、あの馬鹿は。」
「馬鹿って、」
あまりの言い様に千晴は目を白黒させた。
ギルドマスターのフェイヤーを押し退けて、
ギルドの要と信頼厚く、それに応える実力を兼ね備えた、
鉄火を馬鹿呼ばわりするのは、
彼女とその師匠と当人の部下ぐらいのものだろう。
あれ、結構多い。

「いいのよ、放っておけば。
 どうせ言ったって、聞きやしないんだし。」
同じ言葉を繰り返し、紅玲は複雑な面もちで顎を撫でた。
色々と思うことは多いだろうが、
ただ、いつもより若干神妙な口調で一言だけ述べる。
「何であんなに馬鹿なのかねえ。
 出会ったときから、馬鹿だったけどさ。」
馬鹿は死ななきゃ直らない。
そんな格言が千晴の頭を横切った。
同意も反論もできず口をモゴモゴしているうちに、
グシャグシャッと頭を撫でられた。
「大丈夫よ。あんたが思っているほど深刻じゃないから。
  単なる意見の相違。
 お互い、話が合わないのは判ってるし、
 ずるずる引っ張らないよ。
 じゃなきゃ、同じギルドになんか居られないしね。」
そういって母は笑ったが、
何か思い出したように天井を仰いだ。
「師匠もそこんところをわかってるから、
 面白がって引っかき回してくれるしねー
 ああ言うところさえなければ、良い師匠なんだけど。」
本来カオスは人間など足元にも及ばない、
高尚な存在のはずなのだが。
実力に伴った分別が欠片も見られない困った師匠に、
紅玲は眉間にしわを寄せたが、諦めたように首を振った。
「でも、引っかき回さなくなったら、
 それは師匠じゃないか、きっと何かの病気だろうな。」
「確かに。」
息子の心からの同意を得た養母は、
気を取り直したように元気よく立ち上がった。
「さ、晩ご飯、食べにいこう。」
てっきり凹んでいると思っていたのに、
そうでもないどころか、機嫌が良さそうだ。
ふて寝ですっきりしたのかもしれない。
どの道、この件は紅玲に任せるしかないが、
晴れやかに笑う母に、千晴も気が楽になる。
紅玲が大丈夫だというなら、きっと大丈夫だ。

思いの外、母の機嫌が良さそうなので胸のつかえがとれ、
調子に乗って、明日の予定を口にする。
「ねえ、ママ。明日、ユッシさんが、
 狩りに連れていってくれるって言うんだけど、
 二人で行っても・・・」
「駄目。」
考えが甘かった。
即行で却下してきた母は、
にこやかな笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。
「だ、だよね。大丈夫、他にも誰か誘うから!」
「それなら、まあ、良いけどさ。」
慌てて訂正するの養子に、紅玲は軽く柳眉を動かした。
「まだ、ユッシンとペアは駄目だよ。
 前衛がいないと、その分負担が大きくなるしね。
 何よりあの子、ああ見えて無理するから、
 ちゃんと誰かしら、みていてあげないと。」
白魔法の腕は確かに他の追随を許さないが、
ユッシは若く、精神的に甘いらしい。
かく言う紅玲もまだ二十代なのだが、
性別の差は大きいのだ。
「そういう意味じゃあんた達、本当、そっくりよ。
 ちゃんと気をつけなさいよー」
言いながら部屋を出ていく紅玲の後ろ姿を眺め、
千晴はそっと胸をなで下ろした。
大丈夫、二人きりではないから、嘘はついていない。
後でジョーカーにでも声をかければ、
他に誘ったという事実もできる。
うっかり了承されれば人数問題が発生してしまうが、
どうせ、あのアサシンは日曜日に狩りなど行かないから、
断るに決まってる。問題ない。
しかし、ユッシの押さえを設置しろと言う警告は、
無視することになる。
やはり、明日の臨時パーティは止めるべきだろうか。
だが、千晴が参加せずとも、
ユッシは一人で行ってしまうに違いない。
彼自身の参加も辞めさせるのは多分無理だ。
だったら、やっぱり付いていって自分が見張ろう。
そう腹を決めて、千晴は母の背を追った。

次の日、目が覚めると6時半を回っていた。
起きるつもりだった時間を過ぎてしまっている。
慌ててベットから抜け出すと、さっさと着替えて、
簡易金庫から一張羅の装備を引っ張りだす。
「もう行くの?」
ベットの中から寝ぼけ眼の母が声をかけてきた。
そのまま起きあがろうとする上から、
大急ぎで布団を掛けなおして、ベットに押し込める。
「大丈夫だから、ちゃんと寝てて!
 折角のお休みなんだから!」
紅玲が起きていると、今日はちょっと都合が悪い。
そうでなくても、日曜ぐらいゆっくり休んで欲しい。
「いや、しかし、朝ご飯とか、」
「大丈夫! 多分ユーリさんが起きてるし、
 ご飯ぐらい自分で何とかするお!」
「何で、そんなにしっかりしてるの・・・」
歳らしからぬ養子の行動力に、
ブツクサボヤくのが布団の中から聞こえたが、
無視してさっさと部屋を出てしまう。
階段をとっとこ降りると何やら2階で揉める声がした。
「もーわかった、わかったから行ってらっしゃい!」
「よし、じゃあ、そういうことで。」
フェイヤーの悲鳴がしたと思ったら、
彼の部屋からユッシが飛び出してきた。
千晴の顔を見るなり、ニヤリと意味ありげに笑う。
「許可、とれたのかお?」
何があったのか、大体のところを理解して、
千晴は顔をしかめた。
昨晩は休日前に加えて、ストッパーの鉄火がおらず、
ギルドマスターの晩酌は長かった。
二日酔いのところに早朝騒がれては堪るまい。
反面、事がうまく運んだユッシがケケケと笑った。
「言質さえとっちゃえば、後はこっちのもんだよ。」
「ユッシン、恐ろしい子。」
「それより、急がないと間に合わないぞ。」
朝の挨拶代わりにしては問題のある会話を交わしながら、
階段を降りれば、1階の居間ではいつも通り、
ユーリが朝食の支度をしていた。

「あら、二人とも早いのね。」
「うん。」
「すぐ行くから、パンだけ焼いてちょうだい。」
ユッシは頼むだけ頼んで顔を洗いに行ってしまう。
「ちゃおちゃんも、早く洗って食べちゃいなさい。」
「はいだお。」
約束の時間が迫っていることに、
ユーリは気が付いてくれた。
促されてザブザブ顔を洗い、髪をとかして戻ってくると、
主食と野菜が一度にとれるよう、
サンドイッチが出来上がっていた。
機転と手際の良さに感謝して、口に押し込む。
「今日は、どこに行くの?」
「ちょっとそこまで!」
小首を傾げたユーリの質問に答えるのもそこそこに、
ユッシと千晴は、家を飛び出した。

集合時間までには待ち合わせ場所に付いたのだが、
相手は先に来ていた。
ナイトが好んで使う竜型の騎獣、ライクーンに、
槍ごと寄りかかった赤毛の青年が一人、
それとハンターが一人。
色気のない装備に短髪、きつい目元と、
一瞬性別を見誤りそうになったが、
線の細さから女性だとわかった。
その顔を正視できず、千晴はとっさに顔を逸らす。
額から顎に掛けて、獣に引っかかれたような、
醜く引き吊った4本の傷。
新しい傷ではないが、
元が整っているだけに、余計に痛々しい。
荒事の多い公認冒険者でなくとも、
森で獣を相手にする弓士であれば、
珍しいことではないのかもしれないが、
傷を負った女性の顔をじろじろ見るのは、
やはりはばかられた。
「よう、お待たせ。」
「なに、こっちも来たとこだよ。」
ユッシの挨拶に、赤毛の騎士が片手を上げる。
彼の顔には見覚えがあった。
ろくに話しもしなかったが、先日、
古代都市遺跡イデルに連れて行かれた時もいたと思う。
「今日は、よろしくお願いしますお。」
ひとまずおまけの立場として、丁寧に頭を下げたのだが、
酷くぞんざいな態度で返された。
「ああ。」
鼻に引っかけたような返事だけで、
そのまま千晴を無視してユッシと話始めるのに、
むっとするが、本来場違いなのだから仕方ない。
素知らぬ振りをしながら、
改めて相手の顔をしっかりと覚える。十人並みだ。
年はユッシとそう変わるまい。
身長は180cm近く、がっしりとした、
如何にも騎士っぽい体つき。
しかし、何時何があるか判らないレンジャーだからこそ、
どんな時、どんな相手であっても、
一定の礼儀と協力の必要を弁えなければいけないことを、
理解できない輩に、大したのはいない。
上級職ならまだしも、中級程度なら、
近いうちに下克上も可能だろう。
レベルがあがったら見ていろだ。
二十歳そこそこの若造に、
このボクが何時までも負けているものか。バーカバーカ。

色々己を棚上げした腹積もりはおくびにも出さず、
千晴はハンターにも挨拶をした。
こちらは全くの初対面であり、第一印象は大事だ。
「今日はよろしくお願いいたしますお。」
「・・・ああ。
 君が、チハル君かい?」
千晴の挨拶に四本傷の女ハンターは鷹揚に挨拶を返し、
軽く柳眉を動かした。
「子供だって聞いてはいたけど、
 魔法使いをやるには若すぎないか?」
「ええ、よく言われます。」
元々幼いのに、背が低くて小柄なせいで、
実年齢以下に見られるのは慣れている。
暗に実力不足を咎められているのを知って尚、
歯牙にもかけない千晴の態度に、ハンターは鼻白んだが、
気を取り直したように続けた。
「君に頼みたいのは、いざという時の防御壁だ。
 危ないと思ったら迷わずぶっ放してくれて構わない。」
「アウフローダーをですか?」
防御のためなら、他にもっと適切な魔法がある。
不可解そうな千晴に、ハンターは頷いた。
「ああ、単体であれば氷布・フロストフリーセや、
 地壁・プレーゲンでもいいが、
 アウフローダーならまとめて対応できるし、
 なにより獣は火を恐れる。」
「わかりましたお。」
信服するような理由でもなかったが、
ハンターが言うのであれば、間違いなかろう。
取りあえず了承して、千晴は周囲を振り返った。
「今日は弓士さんは二人だって聞きましたが?」
「ヨハンは・・・もう一人のハンターだが、
 現場で待機している。」
「向こうで合流するって事ですか?」
「ああ。移動時間もかかるし、
 できればさっさと出発したいのだが。」
そういって、ハンターは至極不愉快そうに、
話を続けている二人を睨んだ。
「んだよ、こっちにだって確認事項が色々あるんだよ。」
赤毛の騎士が口元を歪める。
「あんた達みたいなソリストは、
 勝手に動けばいいかもしれないけどな。
 こっちは連携をとって、
 より効率的に動きたいんだよ。」
まるでハンターは協調性がなければ、
効率的でもないような言い方だ。

元々ナイトと言う職名は、
王の為に戦う由緒正しい兵士を指したそうだ。
今では騎乗する戦士という意味しかないし、
戦士ギルドで認定を受ければ誰でもなれるが、
本来、訓練を受けた貴族が、
儀式と宣誓を行ってなるものらしい。
そんな下地や、冒険者の職業で最強とされる所為か、
彼らは他職を軽んじる傾向が強いと聞いたことがある。
この赤毛の騎士もその類だろうか。
何にしても、出発前から空気を悪くするような真似は、
やめてほしい。
ナイト系列と同じかそれ以上に、
マジシャン系もプライドが高く、
魔術以外の技術を軽視すると評判だが、
その辺は無視して、千晴は眉をひそめた。

「まあまあ、それなら早く出発しようぜ。
 どうせ転移の待ち時間があるし、
 続きは後で話せばいいじゃん。」
空気を読んだ、と言うより、
時間こそ効率的に使う主義のユッシが間に入る。
「そうだ、後でっていえば、
 これ、友達に借りてきたんだけどさ、
 後でセットしておいて。」
魔導具らしいアクセサリーを千晴に押しつけて、
白魔導士はさっさと移動を始めた。
赤毛の騎士も舌打ちして騎獣の手綱を引き、
歩き始める。
やれやれと子供らしくない溜息をついて、
その後に続こうとした千晴の耳元に、
四本傷のハンターがそっと囁いた。
「いざとなったら、あの白魔導士と一緒に全力で逃げろ。
 私達やあの赤毛のことは気にしなくていい。」
そのまま、何事もなかったかのように行ってしまう。
まるで事故が起こるかのような忠告に、
背筋が寒くなったが、今更後には引けない。
顔が青ざめるのを感じながら、
千晴はメンバーの後を追った。

彼らが再び足を止めたのは、
今回移動に使う公共移動魔法施設、
グロスハーフェンの駅の前だった。
入場手続きをすませたら職員の指示に従って、
指定の席で待機する。
これだけで瞬く間に、
数百kmも離れた街まで移動できるのだから、
便利な事この上ないが、利用料は高い。
今日の目的地、イデルまで行くには、
シュテルーブルからニュートーン、
ニュートーンからソルダットランドの交易都市シュット、
そこから冒険者専用ハーフェンでと、
幾つも魔法陣を乗り継ぐことになるが、
一番短いニュートーンからシュットまででも、
レンジャー割引を使って、一人50ロゼもする。
千晴の土日の帰省も、結構な金額になっているはずだ。
学割と子供料金と回数券を駆使して、
料金を押さえているが、毎月どの位かかっているのか、
怖くて計算していない。

市民の足と言うには高い設備だが、
設備の維持費や安全性を考えれば仕方がないだろう。
元々、詠唱により作成した魔法陣に乗って、
所定の場所へ移動する白魔法、
ラウムハーフェン自体が技術的にも、効果的にも、
扱いが難しい上位魔法の一つであり、
一昔前は上級以上にならないと、
使用が許可されていなかった。
発動代償の準備や移動距離、短くない詠唱など、
熟練した術者が幾つも条件を満たして、
ようやく発動できる代物で、
失敗は勿論、着地予定から出口がずれてしまうなど、
事故も多々あったらしい。
そこで様々な研究者が多方面から開発を進めた結果、
出口として特殊な魔法陣を前もって魔応石に登録し、
石を中継して魔法を発動させることで、
確実に移動先を固定する術法が生まれた。
この技術は画期的で、
術の使用許可が中級まで下がっただけでなく、
応用により、大人数を長距離運べる大型魔法陣、
グロスハーフェンの設立に繋がり、
続いて使用者の身分登録証に反応して、
登録した魔法陣まで飛ばす魔導具、
セーレの翼が開発された。
お陰で今では誰でも比較的気軽に、
移動魔法を使用することが出来るようになったのだ。

それでも、移動魔法の扱いの難しさが、
なくなったわけではない。
セーレの翼の効果は登録魔法陣から10km以内、
発動対象は1名まで。
白魔導士によるラウムハーフェンも個人差があるが、
移動距離は障害がないことを前提に最大で20km、
人数は5名から10名に留まる。
グロスハーフェンの魔応石で描いた魔法陣も、
管理に高度な専門技術と知能が必要とされ、
動力源として魔力を大量に使う。
レンジャー達が倒した魔物から集めて、
国に納める凝縮魔力がなければ、
即座に運営は立ち行かなくなるだろう。
ある程度の代償と条件を揃えて初めて使用できる。
それが移動魔法だ。
うちのギルドには魔法陣は疎か詠唱もせず、
場所も距離も問わずに飛び回っている魔王がいるが、
あれはインチキだ。数に入れてはいけない。

『間もなく稼働します。シートベルトを締め、
 席から決して動かないでください。』
係員のアナウンスを聞きながら、
千晴はぼんやりと周囲を眺めた。
赤髪のナイトはユッシと耳に入ってくる単語だけで、
狩りに関係ないと分かる会話を延々続けており、
ハンターの方はむっつりと黙り込んだまま、
一言も喋らない。
『幾ら顔見知りが混じっているからって、
 最初の自己紹介ぐらい、しないのかしらん。』
不満というには漠然とした疑問を浮かべながら、
魔法陣が動くのを待つ。
ハンターの一人が現地で待機しているそうだから、
合流してからと思っているのか。
数合わせのマジシャンになど、
名乗る必要もないと考えているのか。
その場限りのメンバーが集まる臨時パーティであっても、
すっきりしない進行に下を向く。
今更ながら、養母の忠告を無視したことが悔やまれた。
『狩り場に着く前から、こんなんじゃ、
 先が思いやられるお。』
それでも、行ってみないことには何も始まらず、
黙ってユッシから渡されたアクセサリーを、
杖に取り付ける。

手渡されたのは、魔力を込めるだけで、
所定の効果を発動してくれる詠唱補助の魔導具だった。
魔応石に書き込める術式は限られているので、
元々詠唱の短い低級魔法になるが、
無詠唱で発動できるのは大きなアドバンテージになる。
魔応石に組み込まれた術式は3つ。
アウフローダーにフロストフリーセと、
氷雨・フロストレインだ。
必須といわれたアウフローダーが入っていることは勿論、
残りの二つが氷系であることに千晴は喜んだ。
今のところ不得意な系列はないが、
特に氷と雷が千晴は得意だ。
今後はこの二つを軸した魔術と、
それを生かす戦法を学んでいくことになるだろう。
当然、それを知っているユッシは、
火弾以外も考慮して揃えてくれたに違いない。
この手の魔導具は詠唱に手間を取られない分、
込める魔力を増やしたり、
別の魔法を同時詠唱するなど小技を組み込む事も出来る。
何かと便利だが、高額で気軽に購入できるものではなく、
友達から借りるにしても、早々都合のよい組み合わせを、
持っているとも限らない。
入手はそれなりに苦労しただろう。
白魔導士の厚意に感謝する。

ハーフェンを乗り継ぎ、シュットに到着しても、
放置状況は変わらず、会話による情報収集を諦めて、
杖の具合を確かめることに千晴は専念していた。
待合室が広いのをいいことに、
順番待ちをしているユッシの元を離れ、
フロストレインを試し打ってみる。
極僅かな魔力を込めると、
小さな氷粒が霧のように降り注いだ。
悪くない。
これなら、前々から練習している必殺技も、
簡単に使えるだろう。
あれがうまく決まれば、
獲物にダメージを与えるだけでなく、行動不能に出来る。
黒魔法の神髄は攻撃だが、
ただ、敵を打ちのめすだけではないことを見せてやる。

『ボクをおまけ扱いしたことを、
 後悔させてやるお。』
ウシシシとほくそ笑んだところを鼻先で笑われた。
「随分、ご機嫌だね。」
同じく順番待ちを男どもに任せた、
四本傷の女ハンターが冷ややかな視線を向けている。
「張り切っているところ悪いけど、
 君の出番は恐らくないよ。」
「そうなんですか? でも、アウフローダーは、
 あった方がいいんでしょ?」
「さっきもいったろ。
 有事の際、ないよりましってだけさ。」
余りの言われように、千晴は眉間にしわを寄せた。
役割が卑下されたからではない。
お互いの認識に差を感じたからだ。
ユッシの話では必須とは言わないまでも、
需要がある様子だった。
千晴にの疑心に気がついたのか、
女ハンターは仕方なさげに息を吐いた。
「今日は罠猟だからね。
 掛かった獲物が生きていれば、
 とどめを刺すことになるだろうけど、
 魔法が必要になることはない予定だよ。」
それどころか、前衛も支援も必要なさそうだ。
何のために呼ばれたのか分からないどころか、
聞いた話と違う。
千晴は大きく目を見張った。
「フーゲディアって、
 罠に掛からないんじゃないんですか?」
「普通はね。でも、絶対じゃない。
 だから、穴場なんだよ。
 元々、私とヨハンだけのつもりだったのさ。
 そこにあの赤毛が割り込んできて、
 仮にもフロティアの森で猟をするなら、
 ホワイトウィザードがいるし、
 マジシャンも居た方がいいって騒ぐんでね。
 まあ、アウフローダーがあれば、最悪の時に、
 使えないことはないだろうって答えはしたかもね。」
ギルドメンバーの強引な参加を断れなかっただけで、
需要など、はじめからないに等しかったわけだ。
それでもナイトは保険として、
ユッシを引きずり込みたかったのだろう。
そこでセットの千晴の仕事も無理矢理作った。
大げさに言えば参加条件の詐称で、
違反行為ではないのかと顔を歪めた千晴を、
ハンターは笑った。
「随分、聞いていた話と違ったようだね。
 今からでも遅くない。帰るかい?」
折角高い移動費を払ってソルダットまでやってきて、
手ぶらで帰るのはもったいないが、
無理にイデルまで同伴しなくとも、
今なら狩り場の変更が利く。
マジシャンとホワイトウィザードのコンビならば、
どこへでも行けるだろう。
離籍を促すハンターに千晴は首を振った。
「いえ、それなら自分で自分の仕事を探しますお。」

罠を仕掛けた場所に至るまで、
魔物が出ない保証はない。
それにただの狩りならいざ知らず、
千晴には人狼の毛を入手するという、目的がある。
後ほど再戦する気なら、情報は少しでもあった方がよく、
森の中には、一度入っておきたい。
呼ぶだけ呼んでおいて、
ここまで余剰扱いするのであれば、
こちらだって遠慮はしない。
自分の都合で勝手にやらせてもらう。
腹を据えて冷徹に応える千晴をどう思ったのか、
ハンターは暫く、押し黙っていたが、
懐から何かを取り出した。
「後で説明するつもりだったが、
 先にこれを渡しておこう。」
そのまま手渡された茶色い小瓶の中に、
何かの液体が波打っている。
「暴風薔薇の枝から取った汁だ。聞いたことはあるか?」
「・・・ソルダット南部に咲く、植物の一種でしたっけ?」
「ああ、夏には可憐な赤い花を咲かせ、
 香水の材料にもなる。」
集めたつぼみを蒸して作る香水は、
ベルンで花嫁に送る最高の贈り物だ。
そう語るハンターは少し寂しげな笑みを浮かべた。
「花弁は小さいけれど、独特の澄んだ香りが、
 魔を退けると言われてね。
 実際、獣は暴風薔薇にあまり近寄らない。
 この時期は、特に。」
「それは、どうしてですか?」
「暴風薔薇からは香水だけではなく、
 甘酸っぱい実がとれる。
 けれど、せっかく付けた実を食われてはたまらないと、
 薔薇が自衛するのさ。」
一定の衝撃を受けると、
トゲのついた枝を鞭のように振り回して、
捕食者を攻撃するらしい。
「それに暴風薔薇の近くには、
 必ずと言っていいほど鉄砲豆が自生してる。
 これも豆を弾丸のようにまき散らすから、
 知らずに近づくとひどい目に遭うよ。」
直接薔薇に触らずとも、吹き飛んだ豆が当たって、
暴れ出すこともあるという。
植物であるから、筋肉があるわけではなく、
幹の伸縮を利用した一度きりの攻撃になるが、
枝が暴れる範囲が広く、トゲは鋭いので、
とても危険らしい。

名前の由来となった性質に、千晴は顔をしかめた。
「それって、見ればわかる物なんですか?」
「薔薇は兎も角、鉄砲豆は枯れ草にしか見えないからね。
 うっかり踏まないよう、気をつけるしかない。」
今日、通るルートにも生えているそうだ。
いくつかの特徴も教えてもらうが、
千晴に判別は難しいだろう。
「今は薔薇の実もほとんど落ちてしまって、
 叩かれるだけ損だからな。
 獣は避けるし、臭い消しにもなる。」
罠を回る途中で捕獲可能な獲物や、
逆に危険な生き物に遭遇するかもしれない。
逃げるにしても、狩るにしても、
周囲に存在を気取られないよう、手足や耳の後ろ、
できれば顔にもよく擦り込んでおくよう、
言いつけられる。
瓶の中身は青臭い、草木独特の臭いがし、
良い匂いとは言い難いが、千晴は黙って言われたとおり、
体のあちこちに汁を擦り込んだ。
塗り終わった後で、クンクン臭いをかいで確かめる。

「変な、香りですね。」
森に入る直前に塗っても良かったのではないか。
そんな疑問にハンターは静かに首を振った。
「乾いてから、もう一度塗るんだ。
 その方が長時間、効き目が続く。
 万が一はぐれても、暴走薔薇の臭いがすれば、
 獣は近寄ってこないから、
 方向さえ間違わずに歩き続ければ、
 森をでるまでなんとかなるだろう。」
獲物から身を隠すための準備であり、
いざというときの命綱であることを理解して、
千晴は少し離れた先のユッシを振り返った。
その様子にクスリとハンターが笑う。
「心配なら、相方にも勧めてくると良い。
 尤も、あの赤毛にそんな気遣いは無駄だろうけどな。」
出先の会話からも、仲が良くないことは分かっていたし、
ナイトの言動は千晴にとっても、
気分のいいものではなかった。
「・・・二度塗りしなくても、
 狩りに問題はないんですよね?」
「したほうが、より良いことは間違いないけどね。」
仕事に支障がでるのだけは困る。
問題がなければ、後は個人の責任だ。

とっとこ二人に近寄って、千晴は事情を説明した。
案の定、臭いをかいだ途端に二人は顔をしかめたが、
お構いなしに、ユッシの手足に塗り付ける。
「ちょっと、分かったからやめてよ!」
「どうせ、森に入る前に塗ればいいんだろ?」
上がった苦情を無視して、千晴は手を動かし続けた。
「もし、ユッシさんに何かあったら、
 ボクが怒られるんですからね、ボクが!」
紅玲によくよく見張れと言いつけられているし、
彼に何かあったらノエルやフェイヤーに顔向けできない。
ギルド的にもユッシの存在は大きい。
絶対に、何かあっては困るのだ。
ナイトの方は知らない。

「うへぇ、酷い臭い。」
「それぐらい、我慢して!」
目に付くところ全てに塗りたくって、
満足した千晴はハンターの元へ帰った。
意気揚々と戻れば、ハンターは口端をひきつらせていた。
「ずいぶん強引だね。」
吹き出しそうなのを堪えた震える声に、堂々と応える。
「万が一にでも、何かあったら困りますから。
 当然のことですお。」
きっぱりと言い切った千晴に、
ハンターはもう我慢できないと声を上げて笑った。
「なるほど。Zempの白魔導士は腕利きだが、
 小さい黒魔法使いに頭が上がらないって言う噂は、
 確かに間違っていないようだね。」
いつの間にそんな噂が立ったのだろう。
傷があっても笑うハンターは愛らしく、
初めて年相応の女性らしさを感じさせた。
お堅いクールビューティーも悪くないけど、
やっぱり笑っている方がいい。
綺麗なお姉さんは大好きです!
でも、そんなことをママの前で言ったら、
「下らない。」って、一蹴されるから言いません!
等と、どうでも良いことを考える。

実際に紅玲が聞けば、下らないを通り越して、
「ジョカさんと同レベルだね。」と、
最低の評価を受けるのだが、
そこまで酷いと思っていない千晴は、
のんきに営業スマイルを浮かべた。
「大いなる誤解ですお。
 ボクなんてただのマジシャンで、
 ギルドじゃ下っ端の下ですお。
 仮にも先輩を良いように動かすなんて出来ません。」
本音ではユッシどころか、
マスターのフェイヤーを含んだ半数以上を、
己の手駒だと思っているが、
そのまま口に出すほど愚かではない。
「でも、万が一に備えるのは、
 公式冒険者として、鉄則ですからね。」
レンジャーは常に死と隣り合わせの危険な仕事。
どれだけ経験を積み、安全に見えても油断は禁物であり、
今回のように森の奥深くまで赴くなら、尚更だ。
ある意味新人らしく、
模範の固まりのようなことを言う千晴に、
ハンターは苦笑を押さえて頷いた。
「レンジャーの鏡だね。悪くない。」
そして、少し眉をひそめる。
「でも、強引な他パーティへの参加は、
 マナー違反であることも、考慮した方がいい。」
「・・・やっぱり、迷惑なんですよね?」
先ほどのように曖昧なものではなく、
明確に離籍を求められると、千晴の立場からして、
受け入れざるを得ない。
だが、マナー違反というのであれば、
呼び出したハンター側にもあるはずだ。
初めからからきちんと説明して、
断ってくれればよかったのに。
恨めしげな千晴の視線を受けて、ハンターは少し、
目を伏せた。

「迷惑というか・・・危険なんだよ。
 罠を張るポイントは禁猟区の境目近くで、
 人狼が領域を越えてくるかもしれない。
 万一の時、君のような子供を巻き込みたくない。」
「でも、それは貴女も同じことではないんですか?」
歯切れの悪い話し方に、リスクの高さよりも、
謀略の臭いを感じて即座に切り返す。
禁猟区は長年に渡る、
人狼の目撃証言に幅を持たせて設定されている。
境界線を越えれば遭遇する危険もあるが、
それ以上深入りしなければ問題ないはずなのだ。
案の定、ハンターは視線を逸らした。
「私は、ベルン出身だからね。慣れているんだ。
 出会しても、逃げる自信がある。」
多分、嘘だ。
人狼に詳しいポールや敦の態度からすれば、
慣れでどうにかなるような魔物だとは思えない。
「どうやって?」
「それは、煙玉を使うんだ。
 一時的に視界を遮るだけでなく、
 臭いで嗅覚も塞げば、奴らも無理に追ってこない。」
「それなら、ボクも足止めに魔法を使います。
 幻影を張っても良いし、相乗効果もねらえるでしょ?」
裏に何を隠しているかは知らないが、
表に出した理由だけなら、
自分は足手まといにはならない。
どうしても外したいなら、
本音を吐いてもらわなければ。
「それに境目に近いだけなんですよね?」
罠を仕掛けるのは禁猟区内ではなかろうな。
そんな疑念を含ませて、千晴はハンターを見据えた。
禁猟地での狩りは冒険者規定に触れる違反行為であり、
参加できないばかりか、通報の義務が生じる。
例え違反行為がなくとも、危惧する事柄があるならば、
教えて貰わなければならない。

「確かに、境界線は越えない、が。」
引く様子のない千晴にハンターは肩を落とした。
「何かあっても、身の保証はできないよ。」
「安全な狩り場なんてないでしょう。」
そもそも冒険者事態が魔物と戦い、
危険なダンジョンに赴く、命がけの職業だ。
プチグリ退治ならいざ知らず、
多かれ少なかれ、危険のない仕事などない。
何よりと、千晴は精一杯大人ぶって笑った。
「それに、そんなに危険な場所なら、
 尚更、貴女だけを行かせるなんてできませんお。」
自分は幼くとも男の端くれ。
女性は守るものだと胸をたたいた小さい黒魔法使いに、
背後から声がかかる。
「カッコつけてるところ悪いけどさ、
 順番回ってきたよ。」
なぜか無表情のユッシが、真後ろで腕を組んでいた。

「ベ、別に格好付けてなんかないお!
 女性を守るのは男の義務だお!」
「うん。
 それを格好付けてるって世間一般では言うんだよ。」
どこでそんなこと習ってきたんだと、
言わんばかりの白魔導士の視線は、大層冷たい。
「うっさいよ!
 それより、順番が回ってきたなら、
 さっさといくお!」
ユッシの白眼に耐えきれず、
千晴は、後ろも見ずに駅へ駆けだした。

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