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高性能装備の入手方-千晴さんと別の所で。

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高性能装備の入手方-千晴さんと別の所で。



 
ベルエ王国の首都、シュテルーブル。
その東門を出て5kmほど真っ直ぐ行くと、
開けた草原があり、大量のプチグリが棲んでいる。
丸い透明のゼリーに鳥の羽が生えたような姿をした、
最弱の名を欲しいままにする妙な魔法生物を、
ぷちぷち、ぷっちんと潰しながら、
新米騎士、ポール・スミスは溜息をついた。
溜息の元は、少し離れたところで、
ぼんやりと剣を振るっている、
ポールの最も尊敬する上級騎士、竜堂鉄火だ。

最弱モンスターが相手であっても油断どころか、
寸分の狂いなく、確実に急所を切り裂く剣捌きは、
流石戦士系上級職ナイトマスターだが、
それを振るう当人からは精気の欠片も感じられず、
普段の姿を知る身としては、悲嘆の涙を禁じ得ない。
その足下で、何も知らない預かり子のキィが、
「ぷち、まてまてー!」と、大はしゃぎしているのが、
相対して、更に哀れを誘う。
あまりにもいたたまれなくて、
隣でプチグリの残骸を拾っているノエルに耳打ちする。
「テッカさん、まだ、駄目ですねー」
「駄目だね。完全に気が抜けてるね。」
昨日の元カノ、紅玲との喧嘩が相当堪えているらしい。
彼らが所属する個人ギルド、ZempことZekeZeroHampは、
揃いも揃って騒がしいメンバーばかりだけに、
喧嘩やもめ事は日常茶飯時ではあるが、
纏め係の彼が、あそこまで落ち込むのは珍しい。
みていられなくて、休みの日曜でありながら、
プチグリ狩りに誘ってみたのだが、
気分転換にもなっていないようだ。

「全く、もー クーさんときたら。」
付き合い長く、過去の事情を含めて、
彼らをよく知るノエルも溜息をつき、
やるせなさげに額を押さえる。
「どうして、負けるとわかって喧嘩するんですかね?」
鉄火と紅玲の言い争いに遭遇するのは、
新米のポールも初めてではない。
ただでさえ、口喧嘩では誰にも負けない紅玲を相手に、
惚れた弱みというハンディを背負っていては、
かなうはずがないのは、鉄火が一番わかっているはずだ。
肩を落としたポールに、ノエルが軽く首を振り、
マカボニーブラウンの長髪が揺れる。
「いや、昨日は勝ってたらしいよ、珍しく。」
詳しい事情を知らない後輩に、
伝え聞いた情報を提供する。
「マツリちゃんも居たし、何より、
 カオスさんが参加してたからね。」
「へー カオスさんが。」
弟子の痴話喧嘩など、気持ち悪くてみていられないと、
先日言っていたような気がするが、
彼が参戦したのであれば、戦況は大きく変わるはずだ。
それなのに、どうしてああなった。
興味を隠さないポールに、
ノエルは難しい顔で腕を組んだ。
「で、途中でぐちゃぐちゃにしたのも、
 カオスさんらしいんだけどさ。
 追いつめられたクーさんがマジギレしたんだって。」
強制終了のキッカケになった、
ギルドマスターから聞いたところに寄れば、
復縁なぞ誰がするかと捨て台詞を吐かれ、
試合に勝って勝負に負けたらしい。
「振られているのは分かっていても、
 改めて、正面から拒絶されるのは、
 やっぱりきついもんがあるだろうね。」
「オレなら、立ち直れませんね。」
「俺だって無理だよ。」
惨いことをする、まさに悪魔の所行と、
ぶつぶつ隻眼の白魔導士を責めながら、
二人はプチグリを潰して回った。

「でも、何でカオスさんまで参戦したんですかね?」
喧嘩を横から混ぜっ返して騒ぎを広げるのは、
魔術師の得意中の得意技だが、痴話喧嘩となると、
その趣味からはずれている気がする。
ポールは首を傾げたが、ノエルは興味がなさそうだ。
「さあねえ。元々カオスさんは、
 クーさんに色々肩入れしてるしさ。
 なんか、あるんじゃないの。」
魔王の考えることなど、凡人の俺らには分からない。
プチグリの欠片を拾う手を休めず、先輩は言うが、
紅玲への肩入れが何故、鉄火の援護に繋がるのか、
ポールには理解できない。
「何かあるというと、
 クレイさんのご先祖絡みですかね?」
考えあぐねて、いつだか、
酒の席で聞いた話を引っ張り出す。
しつこい後輩に、ようやくノエルは振り返った。
「なんだっけ、一千年ほど前、
 神様直属の戦士だった人が居たとかなんとかって、
 話だっけ?」
「クレイさん家は先祖代々、
 完全な一般市民だったらしいし、
 そんな話、見たことも聞いたこともないって、
 言ってましたけど。」
しかも一千年前と言えば、
古代の文明が幅を利かせていた神話の時代だ。
当時、人と神の世界は主神オーディンが作った壁で、
隔てられていたという。
その壁を封印から逃れた魔神ロキが壊した。
併せて各種族入り交じっての戦争が起こり、
現在に至ると神話では伝えられている。
一千年前と言っても、百年単位で生きる魔物にとっては、
記憶に新しいことなのかもしれないが、
長くとも70年程度しか生きられない、
自分たち人間にとっては眉唾物でしかない。
「カオスさんが言うなら本当なんだけどさ、
 そんな昔のご先祖出されてもねえ。」
確かに魔王の中の魔王が、
人の子に声をかけた理由の一つではあるようだが、
何にしても胡散臭い話に、ノエルは肩をすくめた。
「それに、喧嘩には関係なさそうじゃない?」
「やっぱり、いつものちょっかいですかね?」
「俺はそうだと思うよー
 クーさんが怒られてるの、面白がってたらしいし。
 結局あの人は、自分に被害なくおもしろければ、
 痴話喧嘩でも親子喧嘩でも何でもいいんだよ。」
そう言われてしまえば、頷くより他ない。
何となくしっくりしないまま、ポールは狩りを再開した。

「それより、俺が気になるのは、ちゃお君かなあ。」
足下を横切るプチグリを蹴り跳ばし、
ノエルは心配そうにシュテルーブルのある方向を眺めた。
言わんとすることの予想がついて、
ポールも口をへの時に曲げる。
「やっぱり嫌なんですかね、継父って。」
敢えて話題にする者はいないが、
千晴が鉄火に微妙な距離を置いているのは、
周知の事実だ。
養母との関係や過去云々を思えば、
確かに心中複雑になるだろう。
反面、鉄火は千晴を無碍に扱うことはなく、
常にそれとなく気にかけており、
押しつけがましくない程度に手を貸そうとしたり、
何かと気遣っている。
そんな姿を見ていることもあって、
ポールには、千晴の態度が理解できない。
鉄火はマスターのフェイヤーを押しやり、
ギルドの要と呼ばれるだけあって、
情に厚いが公平で誠実、
有事の時に家族を守れる実力も兼ね備えた、
剣士としても、人としても頼れる男だ。
どこに不満を挟む余地があるのかと言う新米の単純さに、
ノエルは呆れた顔をした。
「確かにこれだけ良い話は、
 そうそうないと俺も思うけどね。
 難しい問題だと思うよ。」
確かに簡単ではないのはポールに分かる。
いくら良い相手であっても、
新しい父親となれば、一歩踏み込む勇気がいる。
まして、いくら賢いと言っても千晴はまだ幼い。
まだまだ甘えたい盛りだというのに、
ただでさえ寮生活で疎遠な母親を、
横取りされるようなことは、なかなか認められまい。
けれども、全面的に鉄火を信用しているポールには、
飽くまで前向きな考え方しかできなかった。
「甘えられる相手がもう一人増えるってわけには、
 いかないのかなあ?」
何とか上手く纏まらないか。
ノエルもその点では意義はなく、後輩のぼやきに頷いた。
「それをいうなら、二人じゃない?
 マツリちゃんもいるし。」
元々親子専属の使用人だった異色の剣士は、
上司と違って紅玲に拒絶されていないのを良いことに、
大っぴらに千晴を可愛がっている。
しかし、千晴の方が気を使おうとするので、
あまり強くは出れず、結果的に、
鉄火と似たり寄ったりな状態に収まっているのが、
当人は大層不満なようだ。
関係が改善すれば、横から割り込んでくるに違いない。
先輩の指摘にポールは大きく首肯した。
「確かに、マツリさんも黙っていないでしょうね。」
「あの二人が寄りを戻したらさ、
 ちゃお君は自分に甘い家族が、
 一度に二人もできるようなもんだよ。」
物理的な面だけでみればプラスしかない。
そう言いつつも、ノエルは頭を横に振った。
「でも、そういう問題じゃないんだよ。」
父親がどんなにすばらしかろうと、
どれだけ自身に利点が多かろうと、
けして解決しない難問がある。
「なにせ彼は、筋金入りのマザコンだからね。」
「クレイさん至上主義ですもんね。」
母さえいれば、何もいらないと公言する、
小さい黒魔法使いの愛情は、若干異常なものがある。
こればかりは、千晴自身の感情が収まらなければ、
どれだけ良い父親でも、どうにもできまい。
ノエルとポールは腕を組んで、同時にうーんと唸った。

「要は、ライバルとの全面戦争ですもんね。
 この点においては、
 マツリさんも敵対関係にあたるだろうし。」
これはダメだと匙を投げた後輩に、
違う違うと先輩は更に首を振った。
「分かってないなあ。クーさんの取り合いなんて、
 そんな単純な話じゃないんだよ。」
「え? 違うんですか?」
それが全てと考えていたポールはきょとんとしたが、
根はもっと深いとノエルは力説した。
「普通にさ、喧嘩でも何でもやり合って、
 お互いに意見を主張しあえればいいよ。
 方向さえ間違わなければ、
 そのうちに適切な距離も測れるだろうし、
 気心も知れて、仲良くなれるだろうしさ。
 だから、どんなにテツさんが良い人だって、
 嫌なら嫌だとはっきり言えばいいのに、
 ちゃお君は絶対言わないでしょ? あれは問題だよ。」
千晴は自他が認める極度のマザコンだ。
母親との間にはいるような存在は当然、
拒絶するはずなのに、鉄火にだけは、
そんな態度をおくびにも出さない。
それは何故か。
話すうちに先輩の眉間にしわが寄ってきたのをみて、
不穏な空気をさしものポールも感じ取る。

「と、言いますと?」
「クーさんの幸せが最優先なんだよ。」
後輩の不安を増長するような真似はしたくない。
そう思いつつも、ノエルは深く溜息をついた。
「クーさんのためなら、どんなに嫌でも、
 隣で良い子を演じ続けることも、
 逆に離れて疎遠になることも拒まないと思うよ。」
紅玲の為と判断すれば、自分から親子関係を切るとも、
言い出しかねないところが、千晴にはある。
母親を重視するが故に、己の心情を度外視して、
母の利益に全面服従する気でいるのだ。
どこまで本人が自覚しているかはしれないが、
彼の愛情はマザコンで収まる範囲を超えている。
「でも、そんなの、おかしいですよ!」
「だよね。」
案の定、素直でお人好しな後輩は、
少し話しただけで、うろたえ始めた。
これ以上掘り下げて説明しても良いことはない。
ノエルはこの話題を終わらせることにした。
「だから、ちゃお君のママ至上という壁を壊さないと、
 下手に丸く収まっても、
 上辺だけの付き合い家族になっちゃうってこと。」
「うーん、確かに難問ですね。」
簡単なまとめにポールはポリポリ顎を掻く。
賢い賢いと思ってはいたが、
賢すぎて母親に気兼ねをするとなれば、話は変わる。
「いったい、どういう育ち方をすれば、
 ああなるんですかね?
 少なくともオレは、あんなに賢くなかったですよ。」
子供って、もっと単純じゃない?
そんな問いかけにノエルは深く頷いた。
「同い年の頃、ユッシが風呂から出ても服を着ないんで、
 フェイさんに毎日追いかけられてたのは覚えてる。」
先輩騎士が言うとおり、7歳といえば、
パンツも履かずに走り回っていてもおかしくない歳だ。
出来すぎた紅玲の養子の問題点と、
ギルドに20歳を過ぎていながら、
裸で走り回る白魔導士がいる事実を思いだし、
ポールは肩を落とした。
「クレイさんは、何とかできないのかなあ?」
「さあねえ。」
諦めたようなノエルの合図地を聞きながら、
ポールはふと、
何故、千晴が帽子を欲しがるのに反対するのか、
紅玲に尋ねたことを思い出した。

『なんでって、そりゃ、あの子がマザコンだから。』
『答えになってないですよ、クレイさん。』
全く繋がらない回答に頬を膨らませたら、
隻眼の白魔魔導士は顔をしかめた。
『あの歳の子供なら親が全世界に等しいもんだし、
 親一人子一人だから、うちへの依存心が強くなるのは、
 ある意味当然だけどさ。
 それにしちゃ、聞き分けが良過ぎんのよ。』
確かに千晴は、紅玲の手を煩わせるようなことはしない。
しかし、大事な母が、
単身で苦労しているのを隣で見ていて、
勝手な我が侭を言えるはずもなく、
大人の言うことをよく聞いて、
きちんと我慢できることの何がいけないのか、
ポールには理解できなかった。
『要はお利口って事でしょ?
 それのどこが悪いんですか?』
『悪かないよ。確かにうちは大層楽だよ。
 でも、何事も過ぎるのは問題なのよ。』
そう言って、紅玲は難しい顔をしていた。
『そして、そのマザコン且つお利口過ぎる理由と、
 師匠に帽子強請ってるのが繋がってる気がする。』
『どの辺が、どの様にですか?』
重ねた質問には自棄っぱちな返事しか戻ってこなかった。
『うちにも、よく分かんないけど!』
結局、理由らしい理由は本人にも分かっておらず、
よくわからないトンでも理論にその時は呆れたのだが、
すでにノエルが心配しているのだ。
息子の様子に母親が何も感じていないはずがない。
紅玲は紅玲で、やはり思うことがあって、
ひいてはお利口すぎるのが先輩の言う、
過剰愛情だってことなのかな。
ノエルが聞いたら、正にそれだよと突っ込まれるなど、
欠片も思わず、ポールは記憶を逡巡した。

「そうなると、あれはどうなるんだろ。」
「あれって?」
例の帽子が、問題に繋がっているという紅玲の予感。
しかし、養母に理由が分かっていなかったのに、
考えたところで、ポールに分かるはずがない。
とりあえず、先輩に相談してみることにする。
「ほら、カオスさんに帽子作ってって、
 騒いでるじゃないですか。」
併せて材料として提示された物の中に、
危険な魔物の毛が入っているのを思い出して、
ポールは顔をしかめた。
何故、カオスは人狼の毛など要求したのだろう。
どう考えても、
初級黒魔法使いの千晴に用意できるはずがなく、
ギルドの上級冒険者が手伝ったとしても危険すぎる。
その上、帽子と聞いてノエルまで、
何ともいえない気不味げな顔になった。

「ちゃお君の帽子って言えばさ、
 ポール君はフロティアの、ベルン出身じゃん?
 だから、俺なんかよりずっと、
 黒狼のことを知ってるだろうけど、
 フロティアの人狼って、そんなに怖いのかい?」
非常に聞きづらそうなノエルの態度から、
疑われている訳ではないのは判ったが、
それでも、ポールは怒鳴らずにいられなかった。
「何、言ってるんですか! 当たり前でしょう!」
ベルンは正確には一つの街を指す名称ではない。
いくつかの集落がまとまっている地域全体を指す。
ポールのいた集落だけでも、
人狼に襲われた被害者が幾人もおり、
ベルン全体でみれば数え切れないほどであろう。
そんな魔物が脅威でなければなんだというのか。
怒りを露わにした後輩に首をすくめ、
言い訳するようにノエルは頭を掻く。
「いやね、人狼だからさ。
 強いは強いんだろうけど、怖いかって言うと、
 アツシ君の話だと、だいぶ違うみたいだから。」
「ミミットを比べる対象にしちゃ駄目ですよ!」
歴史の長さと下地が違う。
偶に勘違いする奴がいるのだと、
先輩に対するものとは思えない態度のまま、
ポールは足下のプチグリを叩きつぶした。
「ミミットのヤハン竜王討伐支援隊は、
 10年ほど前にやってきて、
 その間、ずっと森には手出しをしていないんですよ?」
人狼は頭がいい。
それだけに、相手をみる。
「そんな人たちと、それこそ何百年前から争い続けて、
 不倶戴天の敵と認識されてるオレらが、
 同じ扱いな訳、ないじゃないですか!」
「そういわれてみれば、そうだよねえ。」
納得した様子でノエルはうんうんと頷いたが、
更に難問を抱えたような顔をした。
「そこんとこ、改めてユッシに言い含めなきゃなー」
「どう言うことです?」
嫌な予感に問いつめれば、
案の定、ノエルの幼なじみが何か目論んでいるらしい。
「どうも、ちゃお君に協力してるらしくてさ。
 フロティアの東側について、
 調べてるみたいなんだよね。」
「そんなの、駄目に決まってるじゃないですか!」
人狼の住処に近寄って、無事で済むはずがない。
自殺行為だとポールは更に激しく声を荒げた。
あれほど関わってはならないと言いつけたのに、
ユッシは何をやっているのか。
メディカル系上級職ホワイトウィザードとは思えない、
判断ミスだ。
Going my wayな白魔導士は人の話を、
特に幼なじみの話を聞かない。
腐れ縁故に散々苦労させられているノエルが、
頭を抱えた理由は想像に難くないが、
そこを何とか押さえて貰わなけえば。
ポールが計画中止を再度主張しようとした所に、
乱入者が現れた。
「おい。」
背後からの低い声に、二人揃って飛び上がる。

「その話、もう少し詳しく聞かせろ。」
振り返らずとも、声の主は鉄火に決まっている。
先ほどまでの気の抜けた様子は消え、
覇気を取り戻したこと自体は歓迎すべきだが、
それが自身に向けられるとなれば、それはそれで怖い。
相手がプチグリなので危険はないが、
狩り場でお喋りに夢中という叱られる理由があるだけに、若干怯えつつ、ノエルが返事をした。
「ど、どの話ですか?」
「ユッシが、フロティアを調べているあたりだ。」
明らかに不機嫌な鉄火に、早く答えろと急かされて、
ノエルは首と手を横に激しく振った。
「いや、大したことはしてませんよ。
 ただ、森の調査につきあってくれそうな人がいないか、
 探してるだけですから。」
しかも、協力者は見つかっていない。
だから、心配するようなことはないはずと言われても、
鉄火の眉間のしわはとれなかった。
「森の調査って、何処で何をするつもりなんだ。」
「えっと、イデルの真下あたりだったかな。
 木が薙ぎ倒されてる所を探すとか・・・
 詳しい場所は、あいつも知らないみたいですけどね。
 でも、あの辺ってホムンクルスの管理ついでに、
 ソルダット軍が討伐隊を動かしていることもあって、
 魔物は少ないし、そのくせ、
 人狼の住む禁猟区に近くて危険だし、
 うま味がないから、全然相手にされないんですよ。」
昨日は自分と敦も駆り出されたが、
結果は芳しくなかったとノエルは肩をすくめ、
鉄火は激しく舌打ちした。
「探していたのは物じゃなく、人か。
 嫌な予感がする。一旦、帰るぞ。」
「それは、いいですけど。」
何か心当たりでもあるのだろうか。
首を傾げたポールを、睨むように鉄火は言った。
「お前等、気が付かなかったのか?
 今朝がた、ユッシが千晴と二人だけで、
 臨時パーティーに混ざってもいいか、
 フェイさんに交渉してただろうが。」
高い向上心故の暴走を危惧され、
ユッシは千晴と二人で狩りに行くことを禁止されている。
しかし、希望者を募ってパーティーを作る臨時構成では、
定員もあれば、勝手も言えないと騒いでいたようだ。
フェイヤーがきっぱり却下すれば何の問題もなく、
仮に許可が下りても、ここ最近のユッシは大人しい。
身内でもない相手に無理無茶は通すまい。
「そう思って、口出ししなかったんだが、
 何か企んでたんなら、話は別だ。」
言いながら、早速帰り支度を始める鉄火に、
ノエルが眉尻を下げる。
「と、言われましても、何処に行ったんだか・・・」
詳しい場所は、聞いていないどころか、
ユッシ本人も知らなかった。
あまりにも少ない情報に、
鉄火も苦虫を噛み潰したように口元を歪めたが、
大人しく帰宅を待てる雰囲気ではない。
「とりあえず、イデルに行ってみるしかないだろう。」
吐き捨てるような宣言に、
ノエルとポールは不安を隠さず顔を見合わせた。
その疑念を別の誰かが言葉にする。
「もう、間に合わねえよ。」

東洋人のような黒い髪に黄色い肌。
冬の空のような蒼い瞳。
その体はふわりと宙に浮いている。
プチグリを追いかけていたキィが、
不思議そうに指さした。
「おとうたん。」
彼女の言葉通り、
現れたのは山羊足の魔術師の通り名を持つ魔王、
カオス・シン・ゴートレッグ。
その他の誰でもないにも関わらず、
ギルドの居候として付き合い慣れた、
いつもの大雑把な気配が微塵も感じられない。
常ならぬ威圧に押されるのを誤魔化すように、
鉄火が荒々しく質問を投げつけた。
「間に合わねえって、どう言うことだ?」
「ここからイデルまで、
 どれだけ離れていると思ってるんだよ。」
答えるカオスは無表情で、何の感情も伝わってこない。
まるで人形だ。
「イデルにいくには、幾つも街を経由する必要がある。
 いくら魔法陣で繋がっていると言っても公共施設だ。
 定刻通りにしか動かねえ。
 待ち時間がなくともイデルから現場へは相当離れてる。
 着いたときには、もう、終わってる。」
間に合わない。
その事実に間違いはないのだろうが、
そもそも何が起こっているのか。
事態を全て把握しているに違いないにも関わらず、
魔術師は多く語ろうとしない。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
情報規制に苛立った鉄火が噛みつくが、
カオスは冷たく突き放した。
「俺が知るか。」
平坦な返答に、不安は否が応でもかき立てられる。
「知るかじゃねえだろ!
 元々、お前が変な餌で千晴を釣って、
 けしかけたのが原因じゃねえか!
 それにどれだけ距離が離れていたって、
 お前なら何とでも出来るだろ!」
カオスが最も秀でているのは移動魔法だ。
瞬く間に千里を駆け、世界の裏側であっても、
難なく移動する彼であれば、イデルは勿論、
千晴の元へ直接飛ぶのも、
赤子の手を捻るようなものだろう。
手を貸せと鉄火は言うが、カオスは当然の如く拒絶した。
「旨そうな餌に釣られ、自ら掘った墓穴にはまるのは、
 当人の責任だろ。
 刃物で脅したわけでもなし、俺が動く理由はねえな。」
答える魔術師の口調には自己弁護も、嘲笑もない。
生物の温度を感じさせず、まるで鏡に映った虚構の様に、
カオスは鉄火を見つめていた。
『ちゃお君を、見捨てるつもりですか、カオスさん!』
普段なら、簡単に口をつく言葉を形に出来ず、
ポールは息を飲みこんだ。
硬直した体に、冷や汗がつたう。
カオスは鉄火一人しか見ていない。
これは取引。
目前で行われているのは、命懸けの交渉だ。
他人が横から手を出せるものではないと、
本能が告げていた。

「・・・何が、望みだ?」
あまたの感情を押さえて、鉄火が問う。
それに淡々とカオスは聞き返した。
「何が出せるんだ?」
「何でも、欲しいもんを持っていけ!
 千晴を助けられるんなら、何だって出してやらあ!」
即座に切られた啖呵に、カオスは形ばかり口端を上げた。
「間抜けな答えだな。
 その点、紅玲はもっと賢かったぞ。」
ククッと喉を擽らせて嘲笑うが、
やはり何の感情も乗っていない。
「仮にあいつを助けても、お前が傷を受ければ、
 何の意味も持つまいよ。
 己のエゴであいつ等に消えない楔を打ち込むか?
 それに、俺は間に合わないとは言ったが、
 何に対してかは、一言も述べていない。」
危惧する事柄が起きてはいないかもしれないことを、
暗示しながらカオスは尋ねる。
「果たして、お前が賭けるものに見合うのかね?」

まるで見張っていたかのような魔王の不自然な登場や、
フロティアの人狼という危険な魔物の存在、
ユッシの不審な行動を踏まえれば、
何かあったと考えるのが普通だ。
しかし、カオスの神出鬼没は今に始まったことではなく、
千晴は彼の弟子である紅玲の息子。
手助けが必要であれば、それを告げない理由もない。
だが、彼は魔物だ。気まぐれで助けることもあれば、
同様に見捨てもする。
先ほど口にした通り、欲に溺れた人間を救うことなどに、
動く意義を感じていないのかもしれない。
それとも、何の危険もないが故にわざと真面目な顔で、
こんな悪ふざけを仕掛けているのか。
読めない意図の中、判るのは一つ。
見えない箱の中身に、大枚を叩くか否か。
魂を浚うかのような真冬の風が吹き、
無表情に魔王が告げる。
「どちらにしても、俺を動かす対価が安いと思うなよ?」
当然だ。
彼は他の魔王を遙かに凌ぐ“山羊足の魔術師”。
生半可な代償では小指一本動かせまい。

「・・・それでもだ。」
身を押しつぶすような沈黙は、長く続かなかった。
「俺を今すぐ千晴のところへ運んでくれ。
 代償は言い値でかまわない。」
下手をすれば、命まで失いかねない状況で、
鉄火が下した回答は、
考えが甘いと言わざるを得ないものだった。
凍った蒼の双眸が異国の王子を見下ろし、
魔王は死刑宣告を告げるかのように呟く。
「随分、俺も舐められたもんだな。」
耐えきれず、ノエルが叫ぶ。
「駄目ですよ、テツさん!」
その制止が正解だと示すかの如く、
カオスの右目に青白い炎が灯る。
知らず知らず、ポールも首を横に振っていた。
山羊足の魔術師には、事の真偽は兎も角逸話が多い。
契約を違え、滅ぼされた街。
意に逆らい、生きながら火刑に処された領主。
その力を望んで四肢を細切れに裂かれた盗賊。
根拠のない昔話と笑い飛ばした伝説が、
今更ながら頭の中を掛け巡った。

魔王が望む対価の重さに怯える二人を、
鉄火は片手で下がらせた。
「黙っていろ。」
その額にはうっすらと汗が浮かんでおり、
彼が安易に無条件降伏を、
選んだのではないことを示していた。
「何が起こってんのか知らねえし、
 お前が何でこんな事をしてんのかも判らねえ。
 端から俺をはめるつもりだったてんなら、
 そうかもしれねえな。
 だが、そんなことは問題じゃねえ。」
己の言葉一つ一つを噛みしめ、
鉄火はカオスを睥睨した。
「千晴に少しでも危険が及ぶ可能性があるなら、
 俺は行く。」
敏腕剣士の放つ威圧も微風を受けたに等しいらしい。
「そこまでする意味が何処にあるんだ?」
カオスは何の感慨も受けた様子がないが、
鉄火の強い意志を込めた言葉が弱まることもなかった。
「意味があるか、ないかじゃねえ。
 同じ後悔でも、手前が正しいか、間違っているのか、
 悩むばかりで何も出来ずにするより、
 考えなしの間抜けでも、動いてからにするって、
 俺は決めたんだ。」
魔王から少しも目を離そうとしない、
黒髪の剣士の横顔を、ポールは茫然と眺めた。
微妙な過去形に若干の違和感を覚える。
以前、似たような選択を強いられたことが、
あるのだろうか。

諭すようにカオスが囁く。
「あいつ等は、それを望んでいないぞ。」
今度は鉄火が嘲笑った。
「知ったことか。」
自己犠牲は所詮自己満足と同意語だ。
「後悔は、生きてるから出来る。
 死んでからじゃ、遅すぎるんだよ。」

空を引き裂くような哄笑が耳を突いた。
「その選択が誤っていようと、
 己のエゴだろうと、まずは動いてから考えるか。
 実に愚鈍で勝手な話だ。」
耐えきれないと言わんばかりに額を押さえ、
けたたましく笑いながら、山羊足の魔術師の体は、
風に踊るが如く不安定に宙を舞った。
「どう考えても、利少なく、害多し。
 賢いやり方とは思えねえな。」
魔王の鬼火を宿した青い瞳が、再び鉄火をとらえ、
口端が裂けるように上がる。
「けどよ。」
芝居じみた動きで前髪を掻き揚げて。

「その考えには、agreeだぜ。」
カオスは酷く楽しげに、笑った。

ぱちんと魔王の人差し指が弾けるように鳴り、
ドン、と強い振動を体に感じる。
大地から沸き上がった膨大な魔力が嵐のように吹き荒れ、
併せて掌から放たれた青い炎が、
流星のように周囲を飛び回り、複雑な文様を刻んでいく。
吹き飛ばされまいとポールは足を踏ん張り、
ノエルが慌ててキィを抱き上げる。
魔法陣を描く炎を片手で操りながら、カオスは言う。
「直下は色々危険だからな。
 多分、後方10mぐらいに飛ばしてやらあ。
 後は自分でなんとかしな。」
手放しで喜ぶには、相変わらずいい加減な対応だが、
鉄火は満足げに笑った。
「十分だ。」
不適な剣士にふむと頷いた魔術師は、軽く柳眉をしかめ、
如何にもついでばかりに付け足す。
「対価はツケにしといてやる、主にノルの。」
思いも寄らぬ言葉に、ノエルが素っ頓狂な声を上げる。
「ええっ、俺のですか!?」
「大丈夫だ、積み立てがあるから、
 大した量にはならねえよ。」
「どっちにしろ、
 対価になりそうな心当たりがないんですけど!」
心中複雑すぎて、
それ以上の言葉を見つけられなかったらしい。
「てか、名前、短縮しないでくださいよ・・・」
いつもの苦情だけを何とか吐き出して、
ノエルはガクリと膝を突き、
その頭をキィがポンポン叩いた。
肩を落とした先輩の姿が気にはなったが、
意を決してポールも手を挙げる。
「カオスさん、オレも! 
 オレも連れていってください!」
参戦を主張する新米騎士に、
カオスは名案を聞いたかの如く、目を輝かせた。
「そうだなポール、お前も行け!
 一応ベルン育ちだし、役に立たないこともないだろ!」
酷い言われようだが、
邪魔だと切り捨てられるより余程いい。
「ノエルさん、これ、お願いします!」
集めた収集品を詰めた袋を先輩に押しつけて、
なけなしの装備を手早く確認し、
ポールは魔術師を振り返る。
「いつでも、行けます!」
「よしきた! 行ってこい!」
合図から瞬く間もなく、魔法陣から青白い光が放たれ、
ドンと再び、魔力が体を突き抜ける振動を受ける。

派手に荒れ狂う魔力の衝撃に耐えながら、
先輩と後輩の姿が消えるのをノエルは見送った。
自分も一緒に行くべきだったのではとは、
何故か思わなかった。
腕の中の幼児の無事を確認して、
ようやく地上に降りてきたカオスを眺める。
一体、フロティアの森で何が起こっているのか。
自分が支払わされる対価とは何なのか。
聞きたいことは幾つもあったが、問いただす気力はなく、
口に出来たのは一つだけ。
「さっきの騒ぎって、もしかして、
 アグリーって言いたかっただけですか?」
「うん。」
悪びれもせず即答されて、
ノエルは遙か彼方を見やった。
ああ、鉄火とポール、それに千晴が心配だ。

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