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高性能装備の入手方-初っ端から難航中。

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高性能装備の入手方-初っ端から難航中。





ミッドガルド大陸は、遙か一千年以上前、
主神オーディンを始めとする、神族の意志により、
人と神の世界に分かたれていた。
しかし、魔神ロキがもたらした災厄によって、
世界を隔てる壁は壊れ、一つに合わさったという。
形からしばしば竜に例えられるこの大陸の左翼には、
人間族の王国フォートディベルエがある。
大河ドーナとその恵みを受けた豊饒の都市、
首都シュテルーブルを中心として、
西部には黒魔術都市として名高いニュートーン、
東部にフロティア大森林の集落ベルンに、
極東の島国ヤハンの民が住むミミット、
南部に港町ランドフォスとニースモナ。
これら7つの都市を中心とするベルエ王国は、
現在確認できる人間の国で最も大きい。
かの国に肩を並べることができるのは、
北東の隣国ソルダットランドのみ。
南西のグレートシーランドは国とは名ばかり、
他も集落の域をでず、
大陸の殆どは魔物や他種族の領地となっている。
陸沿いに海を渡れば、また別の国があるそうだが、
危険な航路を何ヶ月も掛けて進むのは、
余程の道楽者か恐れ知らずの商人だけだ。

このベルエ王国の首都、シュテルーブルの東門を出て、
5kmほど真っ直ぐ行くと開けた草原があり、
大量のプチグリが棲んでいる。
プチグリというのは1m程度の丸い透明のゼリーに、
鳥の羽が生えたような姿をした、
魔物と言うのも烏滸がましい、妙な魔法生物である。
最弱の名を欲しいままにするこの生き物は、
プニプニ跳ね回るだけで、
驚異となるのは水を吸い取って膨れることのみ。
吸い取った水の量によっては、
若干対処を考えなければいけないものの、
通常であれば、修学前の子供でも倒せるほど弱い。
潰れたあとに残る破片が魔法薬の材料や、
魔応石の良い精錬水になるので、
子供の小遣い稼ぎや急場の凌ぎにこそなるが、
新人冒険者ですら最近は相手にしないほど、
狩りの相手として激しく微妙な魔物。
それが、プチグリである。
このプチグリがはね回る原っぱ、通称プチグリ草原で、
その少年は大声で叫んでいた。
「助けてください! 助けてください!
 だれか、この地味すぎる作業から、
 助けてくださいだお!!」
草原の中心で、やってらんねえと叫ぶ。
ちょっと、いや、かなり無理のある展開だなと、
言わざるを得ない。

「そんなこといったってさー
 しょうがないよ、ちゃお君。」
白髪を掻き毟り、ヒステリックに叫ぶ先輩の養子に、
新米騎士、ポール・スミスは優しく声をかけた。
「クレイさんも、ヒゲさんも忙しいんだもん。
 何処に行くにしても、
 白魔導士がいなくちゃ危ないのは事実だし、
 イザって時、怖いもん。
 なんだかんだ言ったって、
 プチグリ狩りが一番安全で儲かるよ。」
「安全すぎるんだお! 
 ボクの腕なら、もっと良い狩り場に行けるお!」
のんきな新米騎士に、瀬戸千晴は噛みついて、
もっと高レベルの狩り場へ行きたいと、激しく主張した。
ちゃおの愛称で呼ばれる彼は、国内最高峰の黒魔法学校、
トリニカル黒魔術学園で好成績をあげ、
若干7歳でありながら国家公認冒険者レンジャーとして、
また黒魔法使いマジシャンとして認められている。
天才児の名を欲しいままにしている彼としては、
非常に不本意な状況だろうとポールは思った。
黒魔法と言えば、
全職最強と呼ばれる騎士に並ぶ、公認冒険者の花形だ。
補助・防御魔法を得意とするアセガイルは差し置いても、
シャーマンの精霊魔法も、
ブラックマジシャンの攻撃魔法も、
戦の勝敗を決めると言われるほど強力で、
更にブラックマジシャンの上位職、
黒魔導士ブラックウィザードともなれば、
天を裂き、地を穿つという言葉がそのまま当てはまる。
千晴はまだ系列も決まっていない、
初級職のマジシャンでしかないが、
本来10歳以上が条件の資格試験を特別に受験し、
合格するほどの腕前であるし、
実際、もっと強い魔物がでるようなところでも、
敵を捌ききる技術と魔力を備えているだろうと思う。
だがしかし、彼の養母、紅玲の許可が下りない。
冒険者として大恩ある彼女に止められれば、
ポールは逆らえず、息子である千晴だって同じことだ。
また、紅玲が心配するのも分かる。

この前の狩りの結果がいけなかった。
先日、千晴の発案で動く石像、ガーゴイルを狩りに、
所属ギルド、ZempことZekeZeroHampに所属する仲間、
白魔導士ホワイトウィザードのヒゲと、
暗殺者アサシンのジョーカーを誘い、
4人でモンサルスジェント寺院まで連れだって出かけた。
シュテルーブルよりさほど離れていない場所にある、
打ち捨てられた古代の寺院には、
銀悪魔と呼ばれるトカゲの顔をした亜人を除けば、
特別強い魔物はいない。
パーティーメンバーは、
前衛二人に火力一人支援一人とバランスが取れており、
なにより、ヒゲとジョーカーは曲がりなりにも、
白魔法系と盗賊系の上級職。
戦士系中級職ナイトになったばかりのポールと、
黒魔法系初級職マジシャンとしても、
公認冒険者レンジャーとしても、
初心者な千晴の経験不足を差し引いて、
有り余る実力がある。
故に何の問題もないはずだったが、手違いが起こった。
どう言うわけか、動く鎧やポルターガイストが、
異常なまでに大量発生していたのだ。
物量で攻められて、
狩るどころか、狩られる側に回ってしまい、
どつかれ、追い回され、命辛々逃げ出す羽目に陥った。
実に酷い目にあったのだが、
それが耳に入った時の紅玲の怒りようといったら、
魔物に追いかけられた恐怖が吹き飛ぶほど怖かった。
白魔導士とアサシンは表に放り出され、
一週間家に入れてもらえず、ポールは素振り一万回、
千晴は問題集3冊を終わらせるまで、
部屋から出してもらえなくなったが、
それですんで良かったと誰もが頷いたほどである。

それからというもの、
紅玲はギルドの白魔導士のうち、自身かヒゲ、
どちらかが付き添わない限り、
千晴が狩りに行くことを禁じた。
そのくせ、本人は体調不良を理由に付き合おうとしない。
ヒゲにも家庭や仕事があるので、
千晴ばかりに付きそうわけにもいかず、
なかなか出かけられない状況に陥ってしまった。
ギルドの白魔導士なら、もう一人、ユッシがいるのだが、
彼とは始めから狩りに行く事自体が禁止されている。
白魔法唯一の全体攻撃魔法ジーベンヴァイスに、
特化するが故に防御の点で劣る紅玲や、
魔導士でありながら、
物理攻撃をメインとするヒゲと異なり、
防御の要、メディカル系の上級職、
白魔導士ホワイトウィザードの名に恥じない、
生粋の支援専門家であるにも関わらず、
ユッシと組むのは別の意味で危険だと紅玲が断言した。
他のメンバーが揃ってそれに同意した辺り、
養母の判断は正しいのだろう。

それでも、
小さい黒魔法使いの狩りへの情熱が消えることはなく、
外に行きたい行きたいと騒ぎに騒いで、
ようやく、ここプチグリ草原のみ、
大人(ポール除く)の同伴付きという条件で、
白魔導士抜きの狩りが許可された。
何処にも行けないよりはマシとやってきたものの、
ほんの1時間と少しで、この有様である。
「飽きたー 飽きたー もう飽きたおー
 別のとこ、行きたいおー」
「そんなこと言ったってさー」
杖と足を振り回し、ダラダラと駄々をこねる千晴は、
何時だか低レベル狩り場でみた、
狩りに飽きたジョーカーそっくりだとポールは思い、
それをこの小さい黒魔法使いが聞いたら、
烈火の如く怒るに違いないと苦笑した。
「ここ以外、行っちゃダメだって言われてるんだし。」
「こんな所に来たって、喜ぶのはきいたんだけだお。」
慰めるポールに千晴はプウと頬を膨らませた。
反面、一緒につれてきた預かり子のキィは、
ご機嫌でプチグリを追い回している。
「ぷち、まてまてー まてまてー」
自分と同じぐらいのプチグリを追いかけて、
捕まえては、のし掛かる。
プチグリも逃げようと抵抗するが、
すぐに疲れて潰れてしまう。
潰れた後に残った破片や魔応石を前に、
キィはフシシと笑った。
2歳足らずのキィに負ける程、プチグリは弱い。
本当に、弱い。

「おねえたん、べとべとー」
「はいはい。」
拾った戦利品を手渡され、子守役が優しく微笑んだ。
キィの、そして千晴のお守り役として、
今日はユーリアが来てくれた。
ユーリの愛称で親しまれている彼女は、
隣国ソルダットランドの由緒正しい貴族でありながら、
黒魔法系の一派アセガイルの上級職、
賢者とも呼ばれるワイズマンとして、
公式冒険者の資格を有している。
彼女が来てくれれば攻防安心であると同時に、
大きな心の安らぎとなる。
キィに向けた天使のような微笑みに、
ポールと千晴は揃って鼻の下を伸ばした。
「そうは言うけどさ、
 ユーリさんとまったり狩りに行けるとか、
 こんな幸せ、そうそうないよ?」
「そうだったお。完全な役得だお。」
最近ギルドに加入した、紅玲の友人であるユーリは、
街一番、いや、国一番の美人と行っても過言ではない。
アセガイル系の魔術士が好む、
凹凸の分かりづらい地味な魔法衣でありながら、
魅力的な肢体、貴族の出であることが納得の気品、
女神と見間違うほどの美貌にドキドキしていると、
艶やかなグレーのロングヘアーが柔らかく揺れ、
知的な眼鏡の奥から、
優しげな蜂蜜色の瞳が不思議そうに少年たちを見つめた。
「どうしたの、二人とも?」
「いいえ、何でもないんです?
 ただ、ちゃお君が狩りに飽きちゃったって、
 我が儘言うもんで・・・」
後輩の子供っぽさを窘める、
先輩振ろうとしたポールの足を、
思い切り千晴が踏みつける。
「──ッ!!」
「だぁって、魔法より、直接叩いた方が早いんだもん。
 折角覚えたサンダーストーム、
 試してみようと思ったのに。」
声にならない悲鳴を上げた新米騎士を押し退けて、
小さい黒魔法使いは甘えた声を出した。
「あらあら、ちゃおちゃんは、
 もうサンダーストームを使えるの?」
周囲15mに落雷を呼び、敵をなぎ倒す黒魔法の名に、
少し驚いたように賢者が問い、
千晴は照れくさそうに胸を張った。
「実戦では使ったことないけど、練習はばっちりだお。」
「そう、それは凄いわね。」
口調は優しいまま、ユーリは少し眉を寄せる。
「でも、サンダーストームは、
 ブラックマジシャンにならないと、
 使っちゃいけないんじゃなかったかしら?
 駄目よ。規則を破るようなことをしたら。」
飽くまでやんわりと窘める賢者の、
少し困ったような仕草に、千晴とポールは揃って頷いた。
「はーい、もう、しません!」
「以後、気をつけさせます!」
「そうしてくれると、助かるわ。」
柔らかく微笑んだユーリに満面の笑顔を向けたまま、
少年たちは裏でお互いを蹴飛ばした。
『何で、ポール君がボクに気をつけさせるんだお!』
『いいじゃん、オレのが年上なんだし!』
賢者には、決してばれないように言い争いながら、
ポールたちはプチグリ潰しを再開した。

潰しては、欠片を拾い、潰しては拾う。
千晴の言うとおり、退屈な作業だが、
単純作業がポールは嫌いではなかった。
強く叩きすぎ、
飛び散ってしまった破片を集めている所に、
キィがヨチヨチやってくる。
「ぽーたん、あい、どうじょ。」
にこにことプチグリの破片を差し出す幼児に、
ポールも笑った。
「はい、きいたん、ありがとう。」
「いっぱい、いっぱいねー」
入れやすい様に広げた袋の中を覗き、
キィはプププと笑い声をあげた。
ある日突然、紅玲を訪ねて、
一人でやってきたときは本当に驚いたし、
続いてやってきた父親の適当ぶりには、もっと驚いたが、
ポールにとって、今やキィも大事なギルドの一員だ。
父親の仕事の都合だとかで、
最近では一週間に一、二度ほど遊びにきて、一日過ごし、
夕方に帰っていくが、ずっと居ればいいのにと思う。
キィがいる日は、何となく紅玲の機嫌がいいし、
ユーリが張り切って美味しいものを作ってくれる。
なにより、狩りから帰ってきたとき、
キィが大喜びで迎えてくれるのが、一番嬉しい。
「魔応石、沢山穫れたから、
 帰りにおやつ、買って帰ろうね。」
「おやつ。」
袋を閉じながらポールが言うのに、
キィは嬉しそうに頷いた。
甘いものをあまりあげてはいけないと、
紅玲にきつく言いつけられているが、
幼児用煎餅の一枚ぐらいなら、大丈夫だろう。

大きく膨らんだ袋を持ち上げて、
ポールはユーリに手を振り、もう帰ろうと言った。
「今、帰れば、家につく頃には、
 ちょうどおやつの時間ですよ。」
「そうね、じゃあ、そうしましょうか。」
二人は頷きあったが、
あまり積極的に狩りをしていたわけでもないのに、
千晴が残念そうな顔をした。
それでも、ユーリがケーキを用意している事を伝えると、
笑顔になって、帰る支度を始める。
早速、ポールはキィを抱え、
懐から移動魔法を組み込んだ魔法道具、
セーレの翼を取り出した。
魔物の羽を模した魔応石に、少し魔力を流し込む。
内に組み込まれた術式を再生し、
強い光を放ちはじめたのを宙に投げれば、
瞬く間に景色が変わり、ポールたちは見慣れた、
シュテルーブルの公共移動魔法陣、
ライトハーフェンに戻っていた。
よほどのことがない限り、魔法陣に留まるのは、
違反行為であり、純粋に事故の原因にもなるので、
速やかにその場を離れ、
出口に設置された管理ゲートをくぐる。

ギルドで借りている簡易集合宿舎は、
ここから歩いて10分ほどの所にある。
早く帰ろうと、抱えていたキィを降ろすと、
大喜びで反対方向に走っていった。
「あ、きいたん、どこ行くんだい?!」
「おやつ。」
走る速度が速くないから良いようなものの、
キィはちゃんと約束とお菓子の店の場所を覚えていて、
一人で勝手に行こうとする。
後を追おうとしたポールに、
自分の荷物袋を押しつけて、千晴が走り出した。
「ボクが行くから大丈夫だお。
 先に帰って、清算の準備しておいて!」
振り向きざまに言い捨てて、幼児の後を追う。
すぐに追いついて捕まえ、そのまま手をつないで、
店のある大通りの方へ向かっていった。
「んもー 自分だって小さいくせに!」
勝手な行動にポールは憤慨した。
いくら千晴がしっかりしていると言っても、まだ7歳。
人の多いシュテルーブルで、
一人で買い物になど行かせたら、紅玲に怒られてしまう。
「ユーリさん、荷物はオレが運びますから、
 向こうに付いていってもらって良いですか?」
「それは構わないけど、一人で大丈夫?」
賢者は既に、子供たちを追おうとしていたが、
自分の荷物まで預けるのは、ポールが大変だ。
心配する彼女に新米騎士は、大きく頷いた。
「大丈夫ですよ、オレ、力だけはありますから!」
「そう? じゃあ、悪いけどお願いね。」
すまなそうなユーリから荷物を受け取ると、
賢者は大急ぎで子供たちの後を追った。
程なく彼女もキィたちに追いつき、
連れ立って歩いていくのを眺め、
ポールは荷物を持ち直した。
重い。
良い格好するんじゃなかったかもしれない。
若干後悔しながら、新米騎士は家路を辿った。

お菓子を買って貰い、にこにこするキィの手を引いて、
千晴は思った。
お店でお菓子なんか買わなくても、
ユーリさんが美味しいケーキを焼いてくれているのに。
けれどもキィは、甘いケーキより、
味のしない幼児用煎餅の方が好きなのだ。
しゃぶると若干米の味がするが、
それ以上にフニャフニャになって、
食べた気のしない煎餅のどこがいいのだろう。
さっぱり分からないのだが、キィはご機嫌だし、
彼女が幸せそうなので、ユーリも嬉しそうだ。
それなら何でもいいかと千晴は思う。

家に戻るとポールどころか、ギルドメンバーの半数、
ジョーカーにヒゲ、ユッシとノエルまで帰ってきていた。
「おかえり、遅かったじゃん。」
どうでも良さげに出迎えたユッシに、
千晴は顔をしかめた。
「何で皆、居るんだお。仕事はどうしたんだお。」
「ユーリさんがケーキ焼いてくれてるから、
 早めに切り上げて、帰ってきちゃった。」
事も無げに言う金髪の白魔導士に、千晴は憤る。
「良い大人が、何、やってるんだお!
 ヒゲさんやジョカさんならまだしも、ノエルさんまで!
 このギルドは遊び人ばっかりだお!」
「あはは、御免よー」
小さい黒魔法使いがプンプン怒るのに、
上級騎士のノエルが苦笑いで答えた。
その隣で、相変わらずガスマスクのヒゲがゲラゲラ笑い、
道化師の仮面を外したジョーカーが憤然とする。
「ワシ等はまだしもって、どういう意味ですかっっ!!??」
「っていうかさ、
 ユーリさんが一緒だなんて、聞いてないよ! 
 それならボクも、そっちに行けば良かった!」
不真面目と評されたことをヒゲは全く気にしておらず、
ジョーカーに至っては、ギルド一の美人との、
同伴の機会を逃したことの方が問題らしい。
狡い狡いと子供っぽく怒るジョーカーを、
ユッシが鼻先で笑う。
「ジョカ君が行くなら、
 ユーリさんが行くの辞めるだろ。」
「どういう意味ですか、それは!」
ますますアサシンが憤り、白魔導士にくってかかる。
「喧嘩は止めてくださいよー」
いつもの事とは言え、くだらない争いが始まったのに、
ポールが困った顔をし、ノエルも同意した。
「つまんないことやってないでさ。
 早くケーキ食べようよ。」
これには皆、異存はなく、大人しく席に戻った。

その隙間をちょこちょこくぐり抜け、
キィがノエルにお菓子袋を自慢する。
「おや、きいたん、なんか買って貰ったのかい?」
「おやつ。」
我が儘なユッシの面倒を、普段からみている為か、
騎士ではなく、保育士になれば良かったと言われるほど、
ノエルは小さい子の相手が上手い。
「よかったね、早く帽子を脱いで、手を洗っておいで。」
優しく帰った後のうがい手洗いを促すが、
キィはニコニコするばかりで、動こうとしなかった。
「おやつ。」
「うん、早く、おやつにしよう。
 そのためには、まず手を洗ってこなくちゃ。」
「おやつ。」
言われたことを無視して、同じ言葉を繰り返すキィに、
ノエルは少し困った顔をしたが、彼には奥の手があった。
立ち上がり、キィのおもちゃ箱から、
お気に入りのぬいぐるみを取り出す。
『やあ、きいたん。お外から、帰ってきたのかい?』
ヒョコヒョコ動き出した犬のぬいぐるみに、
キィは大喜びで手を差し出した。
「ルー!」
『やっ、なんだい、その汚いお手々は!
 やだやだ、そんな汚い手で触られたら、
 ボク、汚れちゃう。
 汚れたらきいたんと一緒にいられないもん。困るよ!』
愛犬に逃げられ、
きょとんとした顔で、幼児は伸ばした手を止めた。
その隙にぬいぐるみは洗面所を指さす。
『きいたん、お外から帰ってきたら、
 まず、手を洗わなきゃ!
 きいたん、おりこうだもん。ちゃんとできるよね?』
「あい!」
大きく返事をして、キィはいそいそと洗面所へ向かった。
かくも簡単に幼児を手玉に取ったノエルは神妙に言う。
「これが、奥義“ストリングパペット”です。」
「ノル、凄ぇ。」
「名前短縮するな、ユッシ。」
真剣な顔で幼なじみを賞賛したユッシを、
ノエルも真顔のまま、窘めた。

「凄いけど、ストリングパペットって、
 そう言うのじゃなかったような・・・」
元ネタがワイズマンの扱う黒魔法の為、
複雑な顔でユーリは呟いたが、
キィが自主的に手を洗うのは良いことだ。
幼児を手伝うために洗面所に向かう彼女の後ろ姿を眺め、
千晴はもう一度部屋を見渡した。
「ママは?」
「ベッキーなら、ダルいって二階で寝てるぞ!」
告げる内容にふさわしくなく、ヒゲが元気に答える。
漢字を音読みから訓読みに変えて、
紅さんとギルドマスターが呼ぶのに習い、
この白魔導士は母をベッキーと呼ぶ。
全く、なれなれしい事だと千晴は短く息を吐いた。
自分には少し大きい、大人用の椅子によじ登ると、
お茶を用意していたポールに声をかける。
「ところでポール君、精算は?」
集めた戦利品を換金して分配する準備はできているのか。
千晴の問いに、ポールは頷いた。
「ちょうど、帰る途中でブラッドさんに会ったから、
 頼んでおいたよ。」
顔見知りの商人に袋ごと鑑定と換金を頼み、
後ほど受け取る手はずにしたそうだ。
「ふうん、それなら安心だお。」
ポールが告げたヒゲとジョーカーの古い友達の名前に、
千晴は頷いて、机に突っ伏した。
「幾らぐらいになるかなあ?」
「大体だけど、200ロゼぐらいじゃないかって、
 ブラットさん、言ってたよ。」
「それなら3人割りでも、1人70ロゼかあ。
 やっぱり、それぐらいだよね。」

プチグリからとれる魔応石や、体の破片は、
消耗品の材料として、幾らでも需要がある。
しかし、安価な消耗品の材料に高値がつくはずもなく、
然したる成果は望めない。
むしろ、今日は穫れた魔応石が多く、
大儲けした方なのだ。
職業にもよるが町で勤め人をすれば、
貰える給金は大体一日100ロゼ。
高位の黒魔法使いであるユーリが、
それとなく魔法で量を稼いだことや、
他に狩り手がいなかったなども大きいが、
1日の平均賃金の半額以上を、
一時間程度で稼いでしまったのだから、破格と言えよう。
少なくとも、駆け出しの冒険者である千晴には、
十分すぎる収入だ。
だが、欲しいものを揃えるには全然足らない。
大きくため息をついた千晴を、ノエルとユッシが慰める。
「そんな顔、するなよ。
 プチグリ狩りで70Rなら、大儲けじゃん。」
「うちらがやってた頃は、一日30ロゼも稼げれば、
 いい方だったんだぞ。」
彼らが子供だった頃は、狩り手が多く、
乱獲により、プチグリの数も少なかったため、
その程度しか稼げなかったらしい。
今は初心者冒険者ですら、
もっと割の良い別の場所へ行くため、
供給が需要を下回っている。
昔より高く買い取って貰えて、良いじゃないかと言われ、
千晴はますます、肩を落とした。

「それはそうなんだろうけどー
 魔応石って70ロゼでどの位、買えるのかなあ?」
「魔応石って、発動補助に使う奴?
 それなら1つ5ロゼだから、14個は買えるだろ。」
強い魔法にはそれなりの代償が必要だ。
黒魔法使いが魔法発動の手助けに用いる、
一般的な魔応石が欲しいのかとユッシは思ったようだが、
千晴が欲しいのはそれではなかった。
「ううん。C級レベルでいいんだけど、灰色の奴。
 ガーゴイルが落とすようなの。」
「ああ、そういやそんなこと、こないだも言ってたね。」
それでモンサルスに行って、
酷い目にあったのだと、ジョーカーが相づちを打つ。
「魔物が落とす未精錬の魔応石か。
 それなら、1個3ロゼぐらいで買えるかもしれないけど、
 まず、売ってるかな?」
ノエルが首を傾げれば、ユッシが肩をすくめた。
「少なくともここしばらく、露店じゃみたことないぞ。」
「だよな、需要がないもんな。」
砕けば薬や武器の材料になるが、
加工しなければ使えないため、手に入れても、
専門の業者へ卸してしまう冒険者がほとんどで、
一般人向けの商品として店に並ぶことは少ない代物だ。

そう先輩冒険者に言われて千晴はますます肩を落とした。
落ち込む小さい黒魔法使いを見かねたジョーカーが、
相方を突っつく。
「ヒゲ、お前の変な物コレクションにないのかよ?」
「変なもんとは失敬な。
 それにワシのコレクションは装備品が殆どだし、
 その手の材料系はベッキーのが貯め込んでるぞ!」
首を振った相方を、
全く役に立たないなあとジョーカーが小突き、
お前だけには言われたくないとヒゲがやり返す。
「駄目だお。
 ママにも聞いたけど、持ってないらしいお。」
母の名前が出たので、そこにだけ反応したが、
後は大人げない二人を無視することにして、
千晴は嘆息した。
「仮に売ってても、70ロゼじゃそんなに買えないよね。
 他にも買って揃えなきゃいけないものが、
 あるかもしれないのに。」
「なに? 宿題でも出たの?」
学校で面倒な課題でも出されたのかと、
ユッシが眉間にしわを寄せ、期限は何時だと聞いた。
勘違いされて、スパルタ教育に移行されては困る。
千晴は慌てて首を振った。

「ううん、そういう訳じゃないんだけど。
 ちょっと変わった装備作ろうと思って。」
「何? なんか作るの?」
変わった装備と聞いて、今度はジョーカーが興味を示す。
大したものじゃないと前置きして、千晴は説明した。
「材料そろえたら、
 防具作ってもらうって約束したんだお。」
「防具の材料かー 
 そりゃ、頑張って用意するしかないね。
 材料がなきゃ、何も作れないもんね。」
当たり前のことを、ポールが言う。
そんなことは、千晴だってよく分かっているのだが、
集まらないものは集まらないのだ。
最初の材料でこれだから、残りが思いやられた。
別途提示された品が用意できれば一度で済むので、
ますます面倒に思える。
「あーあ、山登りルートが使えればなあ。」
「山登りルート?」
「灰色山脈のドラゴンのヒゲ、取りに行くんだお。」
それさえあれば、他のものは集めなくて良いことを、
千晴が伝えると先輩冒険者達は揃って苦笑いを浮かべた。
「ドラゴンかー そりゃ、難しいなあ。」
「大きいの小さいの、色々居るけど、
 皆、堅いし、火を噴くしねー」
手強い相手だとノエルとジョーカーが肩をすくめれば、
ポールは悔しげに、口を尖らせた。
「オレなんか、見たこともありませんよ。」
「こっちには、滅多にいないしな!」
ありゃ、北方の生き物だとヒゲが言って、首を傾げる。
「この辺で最近あった目撃情報と言えば、
 十数年前の・・・」
ここまで話して、皆、気がついたことがあるらしい。

震える声でノエルが聞く。
「まさかとは思うけど、そのドラゴンって、
 今、灰色山脈に住み着いたって噂の、
 至上最強の金色竜、魔王ルーディガーじゃないよね?」
「そうだお。」
千晴があっさり認めると、絶叫があがった。
「「「「やめてよ、そんな怖いこというの!!」」」」
子供の頃、国を滅ぼしかけた魔物の名前に、
皆、飛び上がった。
「魔王バフォメットの角でもいいんだけど。」
千晴が代わりを提示すると、やっぱり絶叫があがった。
「「「「だめだよ、あんまり変わってないよ!!」」」」
魔王バフォメットと言えば、
シュテルーブル北西の森、ベネッセに住み、
数百年に及び、人間と戦争を続けている黒悪魔の親玉だ。
どちらも早々手を出せる相手ではないと、
ヒゲとジョーカーが顔を青くして、
分かりきった説明を始めたが、
ユッシだけは真顔で膝を打った。
「よし、その心意気、買ったぞ!
 うちに任せとけ! すぐ知り合い集めて・・・」
「やめろよ、お前は本当にーッ!!」
ノエルが悲鳴を上げて制止し、周りもそれに追従する。
やめてください、ユッシさん!
どうしてお前は変なところで協力的なんだ!
なんだよ、ちゃお君が頑張ろうとしてるのに等と、
揉めに揉めていたところに、
手を洗い終えたユーリとキィが戻ってきた。

「何を大騒ぎしてるの?」
「ユーリさん、灰色の魔応石って持ってない!?」
ノエルが質問に質問で返し、ユーリが首を傾げる。
「持ってないけど、どうしたの?」
「それがないと、ちゃお君がバフォメットや、
 ルーディガーに喧嘩を売るって言うんだよ!」
「あらやだ。」
事情を聞いて、ユーリも困った顔をしたが、
ギルドメンバーの一人、祀に聞いたのかを尋ねた。
「そういうのは、マツリちゃんに相談するのが一番よ。
 あの子なら持ってるんじゃないかしら?」
祀はノエルと同じく、
戦士ファイター系の上級職ナイトマスターだが、
今時珍しいことに、騎獣に乗らず、
剣一本で魔物を葬る剣士のスタイルを貫いている。
当然、その技量はかなりの腕前であるが、
そればかりか、相手の隙をみて、
懐をかすめ取るピックポケットなど、
盗賊系職の技術を、何故か修得している。
攻撃と同時に、
皮や角などをはぎ取るスナッチもその一つで、
狩りの後、収集品を集める度に、
次々と戦利品を取り出しては、同伴者に高収入の喜びと、
精算の面倒さを、同時に噛みしめさせてくれる。
物を集めるのが得意なあの異色の剣士なら、
何かの折りに捕ったのを持っているかもしれない。
「そうだね。持ってなくても、頼めば、
 すぐ、集めてくれるんじゃない?」
「それは我輩に対する挑戦ですか。」
納得して頷いたノエルに、盗賊系なら自分こそ本職だと、
不機嫌そうにジョーカーが噛みついた。
ジョーカーは盗賊、シーフの上級職アサシンである。
毒や隠密術など、あまり表だっては使えない闇の技術を、
魔物用に改良し、活用するシーフ系こそ、
ピックポケットを編み出した本家本元だ。
どこぞで聞きかじった程度の祀を引っ張り出すなら、
まず、自分に頼むべきだろうと憤り、
そのまま、助っ人案を却下した。
「大体さー 集めるったって
 モンサルスには、今、行けないよ。
 馬鹿みたいに魔物が沸いてるんだもん。
 狩りにならないよ。」

そもそも、それがことの発端だ。
戦闘のどさくさで壊れてしまう前に、
魔物が隠し持つ魔応石を回収してくれるだろうと、
前衛のポール、支援のヒゲに加えて、
ジョーカーにも声をかけたのに結果は散々たる物だった。
あれが上手くいっていれば、
今頃は次の段階へ進めていたはずだ。
『アイテム集めなら任せろって言ったくせに、
 ジョカさんの役立たず。』
心の中で呟いた千晴の悪態を、表に出した奴がいた。
「マツリちゃんがいれば、それもどうにかなるだろ。」
幼い千晴ですら、
口に出さない分別を持っているというのに、
ユッシがさっぱりと言い切る。
「だからさっきから、どういう意味ですか、ユッシン!」
隠されもしない格下発言に、
アサシンが食ってかかるが、白魔導士は止まらない。
「ジョカ君とマツリちゃんじゃ、
 お役立ち度が比べものに──モガッ!」
皆まで言わさず、ノエルが後ろからユッシの口を塞いだ。
もごもご暴れる幼なじみを力ずくで押さえつけ、
話を無理矢理進ませる。
「何なら、俺も行くし、マツリちゃんだけでなく、
 テツさんにもついてきて貰えば?
 それでも足らなきゃ、フェイさんだって居るしさ。」
祀と自分、加えてギルドの要と呼ばれる鉄火や、
ギウドマスターであるフェイヤーの参加を、
ノエルは提案した。
マスターのフェイヤーは勿論のこと、
鉄火は冒険者として高い名声と、
それにふさわしい実力を兼ね備えた剣士である。
普段では考えられないほど魔物が沸いているそうだが、
元々モンサルスジェント寺院には、
銀悪魔を除けば、さほど強い魔物は生息していない。
戦士系上級職、ナイトマスターが4人もいれば、
滅多なことはあるまいという。

「うーん・・・やっぱり、そうするしか、ないかお。」
現状考えられる最善の策に、千晴は俯いた。
「帰ってきたら、相談しなよ。」
ノエルが言い、残りも頷いて、この話は終わりになった。
千晴も手を洗いに洗面所へ移動し、戻ると同時に次々と、
美味しそうなリンゴケーキが机の上に運ばれる。
甘いシナモンの香りに誘われてケーキを口に運べば、
期待を裏切らないしっとりしたスポンジと、
シャキシャキとしたリンゴの触感が口の中に広がった。
あっと言う間に、皆、皿を舐めるように綺麗にしたが、
唯一、キィだけがケーキを残し、
ふんぞり返ったり、椅子の上で立ち上がろうとしたり、
落ち着きなく遊び始めた。
「だめだよ、きいたん。ちゃんと食べなくっちゃ。
 それに、お行儀悪いよ。」
「あーあ、汚らしいなあ。
 リンゴだけ、食べちゃって。」
食事中なのに、動き回ろうとするキィをポールが窘め、
食い散らかされたケーキにユッシが呆れる。
「どうせ残すなら、端だけ食べてくれれば、
 まだ、見た目も綺麗なのに。」
「しょうがないだろ。まだ、そんなこと分からないよ。」
フォークを握ろうともしないのは、
食べ飽きたからと判断して、
ノエルがキィの口と手をタオルで拭ってやる。
「たぶん、そろそろ眠いんだと思うわ。」
食べ終わった皿を片づけつつ、ユーリが言う。
それを肯定するように、キィは大きな欠伸をした。

「お昼寝布団、しく?」
「いいわ、私が部屋へ連れていくから。」
洗い物を終えた手を拭いて、
ユーリがノエルからキィを受け取る。
幼児は少しぐずぐず抵抗したが、
抱っこされて大人しくなった。
「はいはい、ベットに行きましょうね。」
自室への階段を上るユーリの後を、ジョーカーが追う。
「いいなあ、きいたんは。
 ユーリさん、ボクもちょっと眠いんですけど、
 ご一緒して良いですか?」
「一人で寝てください。」
きっぱり断られても、アサシンはめげない。
「まあまあ、そんなこと言わないでー 
 良いじゃないですか、ちょっとくらい。」
「嫌ですってば。」
べたべたと鬱陶しくアサシンは賢者の後を付いていった。
「みっともないなあ。」
「ジョカがみっともよかった例なんか、ありません!」
「見てるこっちが恥ずかしいですよ。」
「まあ、人の振り見て、我が振り直せってことで。」
ユッシが呆れた声を上げ、
ヒゲが身も蓋もないことを言い、ポールが顔を覆うと、
ノエルが上手く纏めた。

「さてと、じゃあ、うちは掘り出し物がないか、
 露店通り、見てくるわ。
 ヒゲさんはイザッて時の荷物持ちね。」
ユッシは切り替えが早い。
あっさりジョーカーへの興味をなくして、
自分のだけに止まらず、ヒゲの予定まで決めた。
「ワシもですか!? しかも荷物持ち!
 任せてください、魔応石なら400は軽く持てます!!」
ホワイトウィザードらしからぬ役目を言いつけられて、
ヒゲは大きく吹き出しつつも、ガッツポーズを取った。
魔法使いである白魔導士は、通常、
魔力向上を優先するので、そんなに筋力は鍛えられない。
魔法発動の媒体として魔応石は必須とはいえ、
その重量や、体力的なことを考慮しても、
100個も持てば、他の荷物が持てないはずなのだが。
「その腕力を多少は魔力に向けなよ、魔導士として。」
「断固お断りいたしますっ!!!」
「しかしさ、ギルドに収集士欲しいよね。
 荷物持ちとしても、精算用にも。」
若干一方通行の会話を交わしながら、
白魔導士二人は出ていった。

「オレもそろそろ、ピー助を散歩につれて行かなきゃ。」
「あー 俺もスピアに運動させないと。」
時計を見て、ポールがペットの世話を思いだし、
ノエルも騎乗獣の名を口にする。
「どうしよう。ちゃお君、一緒にくる?」
「いいお。ボクはお留守番してるお。」
「でも、一人になっちゃうし。」
行ってらっしゃいと千晴は手を振ったが、
ノエルとポールは困ったように顔を見合わせた。
子供扱いに、あまり舐めないで欲しいと、
小さい黒魔法使いは口をとがらせる。
「大丈夫だお。二階にはママもユーリさんも、
 一応ジョカさんもいるし。」
言ったそばからドカーンッと、何かが落ちる音がした。
「アイタッーーー!!!」
併せて聞こえてきたジョーカーの悲鳴に、
皆、声の聞こえた天井を眺め、何も言わずに肩を落とす。
「俺、ジョカさんは居ない方が安全な気がする。」
「奇遇ですね、オレもです。」
青い顔をしてノエルが呟き、半泣きでポールが同意する。

「うん、じゃあ、そういうことで、
 気をつけてね、ちゃお君。」
「はーいだお。」
知らない人が来ても、ドアは開けちゃいけないなどと、
今更すぎる注意をして、騎士二人は出ていった。
やれやれ、やっと静かになった。
千晴は机にひじを突き、ぼんやりと物思いに耽った。
早く約束の材料を集めるには、ノエルが言う通り、
もっとギルドメンバーの手を借りた方が良いだろう。
むしろ、借りないと集められないかもしれない。
「嫌だなあ、それは。」
いや、仲のいいポールやヒゲ、人のいいノエルなら、
そんなに気を使わない。
ジョーカーには幾ら文句を言われても気にならないし、
忙しいと言っても、ユッシは凝り性だから、
付き合うと決めたら、しっかり協力してくれるだろう。
ユーリだって頼めば手伝ってくれるに違いなく、
まだ、そんなに仲良くないが、
最近、彼女と一緒にギルドに入った拳闘士も、
話を聞く限りでは、別段扱いづらくもないらしい。
イザとなったら、新人の保護はマスターの責任として、
ギルドマスターのフェイヤーを、
引っ張り出すのも悪くない。
問題は、一番手を借りるべき人物が、
一番、借りたくない相手だと言うことだ。
知らず知らずのうちに、ため息が口からこぼれる。

別に彼らが嫌いなわけではない。
でも、事情を説明したら怒られそうな気はする。
いやいや、誤魔化してもしょうがない、
そういうことじゃないんだ。
自分自身に嘘はつけないが、
問題を直視する気にもなれず、
頭をかきむしって、千晴は別のことを考えようとした。
そもそも、自分が集めなければならない材料は何なのか。
まず、必要なのが分かっているのは、
灰色のC級魔応石、30個だけ。
皆、自分に集められるものとは聞いているが、
いったい、何をどれだけ集めなければならないのだろう。
「他には灰色山脈に住む高山羊の毛玉10kg。
 ボリジットの花弁が500g、ライラの葉が200g、
 それに南北東、何処のでもいいけど、
 火の鳥の羽が30枚は欲しいな。」
「えー そんなにー?」
自然に話しかけられ、疑問を持たずに文句を言い、
それから千晴は飛び上がった。
「い、い、何時から、そこに居たんだおッ!!」
「さて、何時からでしょーか?」
千晴の絶叫にクイズのように問いかけたのは、
キィの父親、養母紅玲の魔術の師匠、
そして千晴に装備品を作ると約束した、
世間一般では非公式ながら、
どの魔王にも勝るとされる伝説の魔物、
山羊足の魔術師、カオス・シン・ゴートレッグであった。

「いきなり音もなく、現れないで欲しいお!
 大体、仕事はどうしたんだお!」
キィがうちにいるのは、彼の仕事が忙しいからだ。
こんなところで何をしていると、
半ば言いがかり気味に千晴が問いつめれば、
カオスは両手でTの字を作った。
「もう、揉めすぎて、会議どころじゃないから、
 強制的にタイムを取りました。
 戻った後の、閣下と黒山羊さんのお怒りが怖いです。」
「何をやってるんだお!
 ボクの周りは本当に駄目な大人ばかりだお!」
しっかり働けと怒鳴りつけて、千晴は頭を抱えた。
怒っているのが誰かは絶対聞きたくない。
「まあ、そういうな。これ食ったら戻るよ。」
一気にテンションダウンした千晴の心情を気にせず、
キィの食べ残したケーキを口に運びながら、
カオスはのんびりと言った。
「それでどうだ? 集められるか?」
「うん、大丈夫だと、思うけど・・・」

カオスが提示した材料はどれも特別高いものでも、
滅多に手に入らないものでもない。
だが、安くもなければ、多く市場に出回るものでもなく、
量が必要となるとそれなりの価格になってしまう。
単独で集めるには収集場所が若干危険で、
正直、荷が重いと言わざるを得ない。
そうなれば、
ギルドメンバーの手を借りなければならない、が。
肩を落とした千晴をカオスが笑う。
「なんだよ、元気ないな。
 そんなに大層なものじゃないだろ。」
「そんなこと、ないお。
 ただ、自力で集めるのは大変だお。」
「ノエルも言ってたろ。大人に手伝ってもらえ。
 そうすりゃ、あっと言う間だ。」
「そうかもしれないけど、
 自分で集めないと、作った気がしないお。」
「ふむ。
 なにより、鉄火や祀の手を煩わせるのは気が重いか?」

言い澱むうちに、あっさり心の内を見抜かれて、
千晴は唖然とした。
だが、魔術師の身分を考えれば、
そんなに不思議なことではない。
全て知られているものと諦めて、大人しく白状する。
「うん。ママに言われてるのもあるけど、
 やっぱり申し訳ないお。」
「まあ、お前等はあいつらに、
 山の様な借りがあると言えなくもないしなー」
どうでも良さそうにカオスは言い、
ふと、思い出したように顔をしかめた。
「じゃあ、俺に対する態度は何だ。
 確かに前半はあいつ等かも知れないが、
 後半は俺だぞ。」
「その後半の7割は、どちらかと言えば、
 メルさんのお陰だって、ママ、言ってたお。」
仏頂面で返したが、どの道、
飼い犬が主人の命に従ってのことであり、
彼への恩が消える訳でないのは、千晴もよく判っていた。
また、指摘するだけはしたが、
カオスも特に気にしてないらしい。
さして興味なさそうに、
ケーキを食べ終えた口の周りを拭いた。
「でもまあ、良いじゃねえか。
 紅玲は兎も角、赤ん坊だったお前が、
 誰に世話して貰ったって、
 恩着せがましく言われる筋も、
 気にやむこともねえだろ。」
「そうかも知れないけど、
 そう言うわけにはいかないんだお。」

もう6年以上昔、千晴が乳飲み子であった頃、
住んでいた村が魔物に襲われた。
紅玲と自分以外は皆殺しになったのだから、
命だけでも助かったのは良しとされるのだろう。
しかし、その時、大怪我をした千晴を救おうと、
自身も半死半生であったにも関わらず、
強い魔法を使い続けたせいで紅玲は深い傷を追い、
生涯引きずることになってしまった。
傷つき、頼る当てもない二人に世間は冷たく、
子を抱えて出来る仕事もなく、傷は病となり、
飢え死にするか、身を売るか、
どうにもならないところまで追いつめられたのを、
救ってくれたのが鉄火だったそうだ。
一国の皇太子だった彼に助けられ、
再び九死に一生を得たばかりか、
日々の衣食に、病の薬、
不自由のないようにと使用人、祀を付けられ、
何の心配もいらず身を置く場所を貰ったのだという。

何故、そこを出る事になったのかまでは、
千晴は知らない。
知っているのは、出奔後、養母がカオスと出会い、
悪化した病で片目の視力を失いながらも、彼の家で働き、
言葉や技術など、必要なものを習ったことだけある。
ただ、子供ながらに気が付くこともあれば、
鉄火達とて心配だけで故郷から数千kmも離れた遠国まで、
探しに来るはずもなく、色々と言いたい事を抱えていた。
この話をしてくれた時、
三度死に掛けて、三度とも助かるなど運がいいと、
紅玲はゲラゲラ笑っていたが、本当は口に出来ないほど、
大変だったのだろうと思う。
実際今でも養母は、表だっては気の置けないどころか、
歯に衣着せない物言いや無体を鉄火達にするが、
裏では酷く気を使っているのだ。
自分の欲しい物を作るために彼らをこき使ったなど、
母に知れたらうんと怒られるし、千晴自身が気が引ける。
装備が欲しい理由を考えれば尚更だ。

「らしくねえな。虫も殺さないような顔して、
 人を人とも思わない無茶を言うくせに。」
「失敬だお。ちゃんと駄々こねる相手は選んでるお。
 それにさぁ、ボクってばお利口さんでしょ?
 だから、祀さんと鉄さんのこと、何となく、
 本当に何となくだけど、覚えてるんだよね。
 だから、余計に気を使っちゃう。」
「自分でお利口とか言わなきゃ、
 相づちの一つも打つけどな。」
「だって本当のことだもん。覚えてるんだもん。
 特に祀さんなんか、顔合わせて話してると、
 抱っこして貰ったときの、
 なんかこう、感覚っぽいものがさー」
「あーはいはい、左様でございますか。」
だらだら話をしているうちに、
千晴は気が晴れていくのを感じた。
諦めが付いたのかも知れない。
「もー 何でこう、世の中上手くいかないんだお!」
大きく延びをするように叫ぶと、ますますすっきりした。
堅く凝り固まった心が解けたようだ。
その横で、面倒そうにカオスが言う。
「お前らはかなり上手くいってる方だぞ。
 全体でみれば70cmぐらい。」
よく判らない数字を述べて、ビシリと千晴を指さす。
「それに、上手くいこうがいくまいが、
 お前がやることは決まってるだろうが。」
「な、なんだお。」
突然の迫力に押されて千晴はどもった。
それを鼻先でフンッと嘲笑い、カオスは冷たく言い放つ。
「飛び級の天才児だとうが、なんだろうが、
 一介のマジシャン如きが魔王相手に駄々こねて、
 身の程知らずのレアアイテムゲットしようとしてんだ。
 今更、良い子ぶってんじゃねーよ。
 どんな手使おうと、耳揃えて材料とってきやがれ。」
千晴がとるべき行動の中で他に何があるというのか。
何もありはしない。

欲しい物を手に入れるには、努力と行動有るのみとの、
挑発じみた魔王の発破に千晴は乗った。
「わかったお。
 ちゃんと集めてくるから、
 そっちこそ、約束破るんじゃねーお!」
「ったり前だ。あ、でも、人の倫理は勿論、
 法に触れるようなことするなよ。」
生意気な小僧に顔をしかめながらも、
カオスはきっちり注意する。
「世の中には一応、
 やって良いことと、悪いことがあるからな。」
「判ってるお、その辺は上手くやるお。」
「後、自力ゲットじゃなくて良いからな。
 お金を稼いで露店で買うのも、
 立派な一つの方法だぞ。」
「うん。努力に貴賤はないもんね。」
後半、親戚のおじさんと子供っぽくなったが、
気合いは入った。
千晴は力強く、腕を振り上げる。

「よし、まずはブラッドさんのところに行って、
 収集品の買取値を上げてって、交渉してくるお!」
「今、牛乳屋の前あたりにユッシとヒゲがいるから、
 手伝ってもらえ。特にユッシに。」
いったい、どうやって把握しているのか知れないが、
魔王のアドバイスに、千晴は大きく頷いた。
牛乳屋なら、そんなに離れていない。
一人で行っても大丈夫と、千晴は家を飛び出し、
カオスはのんびりと首をひねった。
「さて、後は言いそびれた材料をどうやって告げるかな。
 ありゃ、どうやっても、
 人間じゃあ入手方法がヤバくなるからなあ。」
「おい、今、なんて言った。」
千晴と入れ替わりに二階から降りてきて早々、
耳に入ってきた危険な言葉に、
紅玲が背後から突っ込みを入れる。
部屋の中から数百m先のヒゲとユッシを探り当てながら、
自分の気配に気が付かないはずもなかろうに、
わざわざ口に出したのは、嫌がらせとしか思えない。
「ちょっと、師匠。 何、言ったんすか?
 うちの養子に、何、吹き込んだんですか?!」
慌てて問いつめる紅玲の前で、わざとらしく耳をふさぎ、
カオスは言った。
「あーあー きこえないー 僕、知らないー」
「ちょっと、師匠ーッ!!!」
弟子の悲鳴を無視し、来たときと同じように、
カオスは瞬く間に姿を消した。

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