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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

天国は誰のもの。

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ただいまコメントを受けつけておりません。

天国は誰のもの。




毎年この季節になると、
ノエル・ラングフォードはちょっとアンニュイになる。
自室に一人、籠もっているとそれが酷くなるので、
彼は幼なじみの部屋に押し掛けた。

「なあ、俺らがフェイさんに拾って貰ってから、
 どの位になるっけ?」
「ああ?」
毎年、彼は同じ質問を投げかけ、
その度にユッシは嫌な顔をする。
「もう、約15年で良いだろ。
 どうせ覚えていられないんだから。」
案の定、怒られた。
それにしても乱暴な物言いに、ノエルは苦笑する。
「酷いなあ。
 でも、もうそんなになるかー」
それだけあれば少年も成人する。
今や自分は立派な大人で、
ユッシにいたっては結婚までしている。
だが時折、あの日から自分は、
何も変わっていないような気がするのだ。
変わっていないと言えば、
育ての親であるフェイヤーこそ、
全く歳をとっていないように感じるのだが、
当然ながら、気のせいであろう。

大体10年を越す年月が経って、
何も変わらないはずがない。
ここ1・2年だけ取ってみても、
死んだと思っていた友達が生きてたわ、
なだれ込むように所属ギルドの人が増えるわ、
ついでに居候ができるわで、もの凄い変化があった。
特に驚くべきはその居候が、
世界でトップクラスの魔王だということである。
全くもってとんでもない変化だよなとノエルは思う。

結局、泣いても笑っても時間は動き続け、
世界は目まぐるしく変わり続けるのである。
それは判っているのだけれど、
自分の中の凝り固まった感覚を持て余し、
ノエルは溜息をついた。
そんな幼なじみをしかめっ面でユッシは眺め、
吐き捨てるように促した。
「ったく、なんだよ、景気悪い顔しちゃって。
 言いたいことがあるんならさっさと吐き出せよ。
 今更溜め込んだって、仕方がないだろ!」
兄弟同然に密接して暮らしてきた幼なじみからすれば、
毎年恒例の聞きあきた愚痴であり、
言わずとも知れていよう。
だからノエルはただ笑ってごまかそうした。
「いやあ、それこそ今更、何を言うこともないよー」
「また、そうやって抱え込む! 
 一人で黙って耐えるとか返ってダサいんだよ!
 だからお前はモテないんだ!」
「え、それ、今関係なくない!?」
心配するな、大丈夫だと言ったつもりだったのに、
思わぬ精神的パンチを喰らい、ノエルは狼狽した。
何故、ユッシはこうも攻撃性が高いのだろう。
彼は防御と回復を司る白魔法使いのなかでも、
上位の存在であるホワイトウィザードのはずなのだが。
偶に、戦士系上級職ナイトマスターの自分と、
職を交換すべきなのではと思ってしまう。

尤も、ユッシと自分では魔力の保有量も頭の出来も違う。
ノエルには体質的にも能力的にも、
白魔法は扱いこなせない。
彼にあるのは丈夫な体と適度な腕力、
敵の攻撃を恐れ過ぎない、程々の勇気だけだ。
だから、ユッシが仲間を助ける間、
愚直に前線で魔物を押さえ、守る。
それこそが自分の役目であり、
それで良いとノエルは思っている。
だから、職業変更の必要などなく、
要はただの嫌みなのだけれど、
それにしたってユッシはきつい。
色々考えてしまい、二の句が継げずにいたら、
ユッシはユッシで思うことがあったらしく、
柳眉を顰めて、自慢の金髪をかきむしった。
「あーもー お前は本当に面倒臭いよな。」
「その言葉、そっくり返す。」
「うるさい黙れ、ノルのくせに生意気なんだよ!」
「いった! なにすんだよ!」
わがままで有名なユッシに面倒な奴だと言われるのは、
非常に心外だったので、突っ返したら、
今度は物理的に殴られた。
状況的に正しいのは自分のはずなので、
余計に理不尽を感じるが、
指摘したところで更に殴り返されるだけなのは、
経験上、嫌になるほど分かっており、
仕方なく、いつもの苦情だけ言い立てる。

「ったく、ノルって呼ぶなって言ってるだろ。」
一応ノエルとしては、
譲れない最低限のラインを主張しているのだが、
ユッシはこれも聞き流した。
「あーはいはい、分かった分かった。」
耳の穴を指でホジりながら大げさに息を吐き、
物の分からない子供に言い聞かせるように、
ゆっくりと言う。
「ったく、そんな顔をしてるんなら、
 相談に乗ってもらえよ、カオスさんに。」
「え? カオスさん?」
突然出てきた居候の名前にノエルは目を見開いた。
「なんで?」
ノエルには思いも寄らない提案だったのだが、
ユッシは当然の顔をしている。
「カオスさんはあれで魔王の中の魔王だぞ。
 普通は知らないようなことを知ってるし、
 観られないような物を観てる。
 あの人なら、お前の納得できる答えを、
 出してくれるかも知れないじゃないか。」
余りに人間くさいので、ついつい忘れてしまうのだが、
確かにギルドの居候は、山羊足の魔術師の二つ名を持つ、
伝説の魔物だ。
「そっか、そうかもな。」
「そうだよ、そうしろよ。」
考えてみれば、これ程良い相談相手は中々いないだろう。
早速二人はカオスを探しに部屋を出た。

探すといっても、暇なときのカオスは大概、
居間でフェイヤーのロッキングチェアに陣取っている。
その日も昼間から惰眠をむさぼっているのを、
ユッシが揺り起こした。
「カオスさん。ねえ、カオスさん、起きてよ。」
「もー うるさいなあ、何だよ。」
本気で眠いときに起こすと殴られる危険性があるが、
文句を言っても、カオスは目を開けた。
この分なら大丈夫と、ユッシはそのまま話を続ける。
「ちょっとノルのさ、相談に乗ってほしいんだよ。」
「なんでだよー 紅玲か鉄に乗ってもらえよー」
「そんなこと言わないでさ。
 クーさんやテツさんじゃ、色々難しいんだよ。」
「嫌だよー 俺は眠いんだよー」
言いながら、カオスが目を閉じてしまうのをみて、
ノエルはユッシを止めに入った。
「いいよ、カオスさん疲れてるみたいだしさ。
 今度にしようよ。」
魔王様はこう見えて、色々忙しいらしい。
魔力も気力も相当使っているので、無理をさせるなと、
育て親から言いつけられてもいる。
「けどさー 思い立ったが吉日だろ。」
ユッシは口を尖らせたが、勝手は言えない。
「でも、眠いってんだもん。今度で良いよ。」
幼なじみを引っ張って、
大人しく次の機会を狙おうとしたノエルを、
薄目をあけてカオスが見上げた。
「・・・まったく、何を騒いでいるのかと思えば、
 面倒なもん抱えてやがるよな。」
ぼそりと呟いて身を起こし、居住まいを正す。

「何度も言ってることだが、
 俺は何でも知ってるわけじゃないし、
 何にも出来ないことの方が多いぞ。
 過度の期待は迷惑なんだよ。」
まるで任侠の様に目を細め、低い調子でカオスは言った。
「大体、お前等、俺をなんだと思ってやがんだ。
 ギルドの便利屋さんじゃねえぞ。
 今とか次とか、そう言う問題じゃねえ。
 代償も覚悟しねえでお気軽すぎるんだよ。」
単なる隣人、同居人ではなく、
力を目当てに接するのであれば、
身内同士の優遇は望んではならず、
魔王は安易に交渉できる存在ではない。
万能に近いカオスの力に釣られて線引きを誤り、
破滅した者の逸話も数多く、
その警告は謹んで受けるべきではあるのだけれど。
「まあまあ、そう言わないでさ。
 話聞いてくれるだけでも良いって。」
「代償なら、何かお供えするよ。
 取り合えず、プリンで良い?」
それでも話を聞こうとしてくれている態度に、
ついつい甘えてしまう。
両手を合わせて頭を下げるノエルと、
冷蔵庫からプリンをさがすユッシに、
カオスは深く嘆息した。

「話を聞くだけってのもだけど、
 代償に市販のプリンって、なんだかなあ。」
中身は兎も角、見た目はそう歳の変わらない相手に、
こうも堂々と甘えるのは男としてどうなのか。
苦言を口にしながら、
それでもカオスは二人に向き直った。
大あくびを一つして、同じ台詞を繰り返す。
「もう一度言うけど、
 俺は何でも知ってるわけじゃないし、
 万能だなんて、幻想だからな。」
「うん、分かってる。」
牽制を受けて尚、力強くユッシは頷き、
ノエルも釣られて首を縦に振る。
そんなノエルを眺めるカオスの右目が一瞬蒼く光り、
魔王はそのまま諦めたように下を向いた。
追加の制止がないのを良いことに、改めて椅子を二つ、
ロッキングチェアを揺らすカオスの前に並べ、
話をする体制を整える。

「大体、死んだ身内の年を数えても、
 虚しいだけなのは分かってるだろ。」
「ええっと、」
準備が終わるや否や、
カオスが他人の心を読んだようなことを言う。
何も話す前から質問の元を突かれ、言い澱んだノエルに、
やはり適切な回答が降ってくる。
「これも何回か言ってるけど、見ただけじゃ、
 考えていることを読めたりしねえよ。
 ただ、本気で凹んでいるみたいだし、
 そろそろ家族の命日だから、
 鎌を掛けたら案の定、当たりだったってだけだ。」
「うちらの家族が死んでるのは、皆、知ってるし、
 知ってる人なら、大体予想がつくよ。」
カオスの台詞を庇うように、ユッシが補足する。
彼らのような高位の魔法使いは、
接した相手が発する魔力の波から感情を、
漠然と感じ取れるらしい。
そこに行動パターンを加えて出した予想という、
勘が良いに毛が生えた程度の読心術に、
文句を言ってもキリがない。
むしろ説明する手間が省けたと、ノエルは頷いた。

「そだね、話が早くていっか。
 つまり、そう言うことなんだ。」
まだ10にも満たない頃、
ノエルとユッシが住んでいた村は、
暴徒としか言えない何者かに襲われ、焼き払われた。
襲撃時は勿論、命辛々逃げ出したあとも、
彼らは多くのものを失った。
「今更蒸し返したところで、
 取り返せないことはわかってるし、
 いい加減、なんとかしたいとは思うんだけどさ。」
時間が経てば、悲しみも記憶も薄れていくが、
家族を失った痛みが完全に消え去ることはない。
特に逃げた先で死なせてしまった従姉妹のことが、
どうしても忘れられない。
何とか助ける方法があったのではないか。
そんな考えが消えず、
以前、カオスならば可能と知って食ってかかり、
叱られたこともある。
だが、ノエル達とて死なずにすんだのは、
奇跡と言うべき偶然が重なっただけのことだ。
自分達が助かったのは異例中の異例。
従姉妹や家族の死はどうにも出来なかった。
仕方がないと、納得してはいるのだが、
理性と感情はやはり別なのだ。
寂しいものは、寂しい。悲しいものは、悲しい。
出来るなら、もう一度だけでも皆に逢いたい。
自分は今、幸せだと安心させたい。
助けられなくてごめんと謝りたい。
大好きだったと伝えたい。

けれど、どれだけ望んでも、
死んでしまった人間には、二度と逢えない。

また、襲撃後に拾われてから現在まで、
とても恵まれた生活をさせて貰っているのに、
いつまでも、家族を忘れられないのは、
育ての親のフェイヤーにも申し訳ない気もする。
望むだけ、思うだけ無駄であれば、
いい加減、吹っ切りたいと思うのだが。
どうしたら自分は納得できるのだろう。

「まあ、お前にはきいこが世話になってるからな。
 話を聞くぐらい吝かじゃないし、
 聞きたいことがあるなら、真偽は兎も角、
 分かる範囲でよければ教えてやりたいが、」
娘の面倒をみて貰っている恩は返すと言いつつも、
常に飄々とした彼には珍しく、カオスは渋面を作った。
「何を何処まで知りたいんだ、君らは。」
「どこまでって、」
「教えてもらえる範囲全部。」
質問の意図をとっさに掴めず、
戸惑うノエルを押し退けて、ユッシが横から言い切る。
「勝手に決めるなよ。」
横入りに口を尖らせたノエルを、ユッシは鼻先で笑った。
「部分部分だけ聞いたって、仕方ないだろ。」
「あー そりゃそうかもしれないけど。」
この手の問答は幼なじみの方が慣れており、
押さえても、黙っているはずがない。
このまま任せた方が良いだろうか。

「全部教えろとは簡単に言ってくれる。」
強引なユッシにお人好しのノエルが流される、
いつもの流れにカオスは軽く舌打ちし、
まず、白魔導士をあざけった。
「お前も大概だな、ユッシ。
 好奇心は猫をも殺すぞ。」
「そこは上手に匙加減してよ。」
脅かされ、ユッシがぷうと頬を膨らませるのを、
振り払うようにカオスはひらひら右手を振った。
「その程度の心持で、魔王を相手にするんじゃないよ。
 痛い目みたくなきゃ発言には気をつけろ。」
欲を張らず、要点だけに絞れ、
加えて複数の意味で考えが甘いと指摘し、
何よりと重点を責める。
「困ってるのはノエルだろうが。
 自分のことなんだから、自分で考えろよな。」

何でもかんでもユッシの言いなりでは、
いい大人としてみっともない。
余所でも多々受ける叱咤にノエルは頭を掻いた。
頼りない態度にカオスが溜息をつく。
「もう一度聞くぞ、何を知りたいんだ。」
「えっと、それは・・・死後の世界とか、その辺。」
再度の質問に頭をフル回転させて、
何とか答えを引っ張り出す。
死んだ後、人はどうなるのか。
引いては、自分の家族は今、どうなっているのか。
まさか地獄に堕ちているとも思わないが、
安らかに過ごしていると判れば、きっとすっきりする。
我ながら良い質問だとノエルは満足したが、
カオスの答えは彼の考えを根本から覆すものだった。

「ねえよ、そんなもん。」
きっぱり言い切られ、少なからず狼狽する。
「え、じゃあ、幽霊とかは?」
捕まっていた糸を切られたような不安を押さえて、
ノエルが重ねた質問を、
はねのけるようにカオスは断言した。
「死んだ直後ならば兎も角、基本的にいない。
 その手の殆どが恐怖心からくる錯覚か、
 身内の幻視だな。」
急速に胸に広がっていく空虚を感じながら、
呆然とするノエルに、カオスはケッと吐き捨てた。
「まさか、俺に聞けば霊界やら天国やら、
 見えないものが出てくると思ってたのか?
 そんなわけあるか。無いもんは誰に聞いたって無い。
 大体俺は地獄に堕ちるのが怖いのと、
 賽の河原システムが許せなくて、
 仏と縁を切る覚悟をきめた男だぞ。
 あの世なんて認めてない。死んだら無だ。」
「あ、そう。」
乱暴な態度にしては今一な内容に、
場の雰囲気が微妙になる。

「そもそも死人が何時までも存在してたまるか。
 お化けなんていたら、怖いだろうが。」
誰に言うでもなく、
ぶつぶつと呟く魔王の残念さはさておき、
今まで以上に気が沈むのをノエルは感じた。
特別意識したこともなかったが、
死後、あの世で家族に会えるだろうという、
漠然とした希望は、思いの外、
自分の中の多くを占めていたらしい。
それを軽い気持ちで行った相談で、
打ち壊されてしまった。
これでは憂鬱を増やすために相談したに等しい。
余計なことをするんじゃなかった。
肩を落とした彼の隣で、
ユッシは不機嫌に貧乏揺すりをしていたが、
やはり、黙っていられるはずもなかった。
何を納得しているのかと、ノエルを突き飛ばし、
再び割り込んできた。

「ちょっと待ってよ。
 幽霊がいないって、
 ポルターガイストとかウィルオウィプスみたいな、
 器を持たない霊的な存在なんて、
 掃いて捨てるほどいるじゃん。
 知り合いの姿をしたバンシーや、
 レイスの報告例だって0じゃないでしょ? 
 あれはどうなの?」
死者そっくりの霊的存在が確認されているのに、
幽霊はいないでは理屈としておかしい。
これらをどう説明すると勢きまくユッシに、
カオスは鼻白んだ。
「一般的に死霊や幽鬼と呼ばれる類か。
 その辺はただ単にそう言う存在ってだけだな。
 お前等が言う幽霊とは死者そのものだろ?
 確かに幽鬼が生まれる苗床に、
 死者の残遺魔力が混ざったりして、
 影響を及ぼすこともなくはないが、
 同一視するのは余りに無理があるなあ。」
「よくわかんないから、もう少し分かりやすく。」
「肉体の一部を他人に移植したって、
 同一人物にはならないだろ。霊でも同じだってこと。」
「あーね。」
死者の特徴を備えた霊的な存在がいても、
当人ではないらしい。
切り替えしに失敗し、改めて頬を膨らませたユッシを、
片手で振り払い、カオスは鼻先で笑った。
「全く、ちょっと考えれば解りそうなもんだ。
 そんなに簡単に幽霊が生まれたら、
 世の中うるさくて仕方ないだろ。
 余程の手順を踏まない限り、
 死者の人格を残すなんて出来ねえよ。」

さらりと告げられた内容に、30秒ほど時が止まる。

「できるんじゃん! やろうと思えばできるんじゃん!」
「基本的に、って言ったろ。
 何事にも例外はある。」
「それならそうと、はじめから言ってよ!」
双方から責め立てられるのを軽く受け流しつつ、
カオスはあっさり前言を覆した。
「あまり良い使われ方はしないから、
 公言したくないんだが、幽霊、つまり死者の霊体を、
 そのまま維持する方法はある。」
「そうなの?」
幽霊が存在するのであれば、
やっぱりあの世もあるのではないか。
一縷の光明に早速食いついたノエルを気の毒そうに眺め、
カオスは首を横に振った。
「何故、オーディンやトール、ロキやスルトなどが、
 神と呼ばれるか。
 それは器を失い霊体となっても、己を維持し、
 存在し続けるだけの力を持ってたからだ。
 逆に言えば、それだけの力が必要になるってことだ。」
当たり前のように主神格の名が挙がったが、
人と神の差など比べるべくもない。
全く参考とならない例外に、
ノエルは勿論、ユッシも黙るより他無かった。

「同時に彼らがこの世に存在している以上、霊界とか、
 あの世とか、別の世界があるとも思えないってのが、
 俺の見解だな。」
「なるほどねー」
特例でも存在することの裏を返せば、
幽霊は別の世界ではなく、
同じ現世にいるということであり、
認知できないのは存在しないからということだ。
カオスの説明に納得したノエルは相づちを打ったが、
ユッシが不満げに首を傾げる。
「じゃあ、ヴァルハラの話はどうなのよ?
 自分を保てるなら、他人だっていけるんじゃないの?」
何故、一度忘れられた神であるオーディンが、
今、多くの信仰を集めているのか。
それは存在を示す奇跡を幾度か起こしているからだ。
人々が期待するような全知全能ではなくとも、
現実に存在する神である彼が、
優れた英霊を迎え入れる神話は有名だ。
自力が駄目なら他力本願と切り替えの早い質問に、
魔王は軽く眉を動かした。

「良いところを突くな。」
「そりゃ、神様がらみは信憑性低いし、
 英霊にならなきゃ駄目とか、条件がきついとしても、
 元になった要因があるでしょ?
 そっちの可能性は見込めないの?」
「自分で答え言ってるだろってのが、
 結論としては回答になるのかね。」
神話ではオーディンの命を受けた戦乙女が、
勇敢な戦士の魂を、
神々の館ヴァルハラへ連れていくと伝えられている。
神の戦士になれるほどの腕かは兎も角、
家族の中には元冒険者もおり、連れていかれた可能性も、
0ではないのではと相当楽観的な意見に、
カオスは何ともいえない顔をした。
「霊体の維持ってのはコストが高いんだ。
 複数所持とか相当な負担になるし、
 長時間とくれば余程の理由がなければやらないな。
 逆にラグナロクはそれだけの理由だったんだが・・・
 ま、実際に神の先兵になるなら、
 単体で魔王と張り合える実力が欲しいところだが、
 君らのご家族はそこまでの英雄なのかね?」
「はい、一般市民が生意気言ってすみませんでした。」
「うちは兎も角、ノルの兄ちゃんたちは無理だな!」
一口に魔王と言えど、レベル差があるが、
どの道、人が対等に対峙できる存在ではない。
即座に謝ったノエルと違い、ユッシが大口を叩いたが、
今回の案件には当てはまらないのは明確だった。
身の程知らずを理解した二人を見やり、
カオスは軽く肩をすくめた。

「大体ヴァルハラ云々は、
 ラグナロクが起こった数千年前に、
 壊滅してそれっきりだ。
 死者の召還なんて、理由も余裕も無いだろな。」
必要もなく大枚叩くはずもなければ、
振る袖もないらしい。神様にしては現実的な事情だ。
「じゃあ、今はどんなに強くても駄目なんだ?」
「幾ら人が弱くなってても、そこそこのが居るから、
 予定もなく死人とっておくより、
 何かあってから現地調達する方が効率的だしなあ。
 そこを敢えてとなれば・・・戦闘力云々より私情かね。」
実力よりコネとは世知辛い。
信仰対象と直接の繋がりなどあるはずもなく、
俯いたノエルを見かねたのか、カオスが救済案を出す。
「幾つか条件を揃えるなど前もって周到な準備が出来て、
 コストや完成度、維持にこだわらないのであれば、
 裏技も幾つかあるが、聞いてはならない分野に、
 足を突っ込む覚悟はあるか?」
「いい。知りたくない。」
「その前提じゃあ、
 毒を食わずば皿までって気分になれない。」
言われてみれば、反魂術、死体操身術に類する、
魂や死者に関わる知識や魔術は、ろくなものがない。
形ばかりの確認だけで提供されそうな知識に含まれる、
危険を察知して、ノエルは勿論ユッシも身を引っ込める。
そもそも知りたいのは、
今後どうやって霊を残すかではなく、
既に死んでしまったものについてだ。
取り返しがつかないので有れば、聞く意味がない。

「てかさー 結局、死んだらどうなんの?」
むっつりと黙りこみたい気分と共に、
椅子の上で膝を抱えたノエルの横で、
ユッシが文句を言うように尋ねる。
投げかけられた質問に、魔王はまずノエルに眇を向け、
そのままユッシに問いを投げ返す。
「ユッシ、魔法学で魂と肉体の定義及び、
 死について述べてみろ。」
「ええと、魂とは生命の核であり、
 一般的に魔力と呼ばれる生体エネルギーの源であり、
 肉体はそれらの器である。
 生命を維持するためには、
 器を維持するための物理的エネルギーと、
 魂から発せられる生体エネルギーの双方が必要となる。
 魂はけがや病気、老いなど、肉体に破損があると、
 抜け落ちてしまい、一旦離れてしまえば、
 修復しても戻ってくることはない。
 従って、死者を復活させることは出来ないって感じ。」
「まあ、大まか、そんなところだよな。」
澱みない回答に満足したのか、
鷹揚にカオスは頷いた。
「つまり、そういうことだ。以上。」
「わかんないよ。」
はい、終了と何も答えず話を終わりにしようとするのに、
ユッシが突っ込む。

「良いじゃん、それで納得しろよー」
「出来ない、出来ない!
 それで済むなら、初めから聞かない!」
深刻な議題と裏腹に、
魔王と幼なじみが子供っぽくぎゃあぎゃあ揉めるのを、
ノエルは聞き流した。
たぶん、真面目に聞いても自分には理解できまい。
「だからな、肉体と霊体及び魂が離れること、
 これが即ち一般的にいう死な訳だ。
 肉体から離れた霊体は消滅し、
 魂の離れた肉体は再生を止め、腐り落ち、
 双方無に帰る。
 それ以上でも、それ以外でもないよ。」
これ以上、何を説明しろというのか。
カオスはそう言わんばかりの態度を取っているが、
ユッシが知りたいのはその後らしい。
「肉体が腐るのはわかるよ。
 でも、霊が消滅するってどういうこと?
 肉は物理的なものだから、腐りもするだろうけど、
 霊や魂って要は魔力、精神エネルギー的なものでしょ。
 死体やその周囲に残存魔力が存在することからも、
 すぐ消滅するようなもんじゃないだろうに、
 なんで幽霊だけ駄目なのさ?」
確かに言われてみればおかしいなとノエルも思う。
けれども、頭が考えるのを拒否している。
すっかりやる気をなくしたのを見抜かれて、
ユッシに小突かれた。
「何、不抜けてるんだよ。」
「いや、なんか、考えるだけ無駄な気がしちゃって。」
「それを言うなら最初からだろ! 今更何言ってんだ!
 馬鹿か? お馬鹿ちんなのか!?」
少し前なら、けして使わなかった言語を用いて、
ユッシが怒る。
カオスの小さい娘がちょろちょろしている影響で、
最近ギルドに幼児語が浸透しつつある。
まさか余所でもこうなのだろうか。
醜聞を心配しながら、ノエルが怒られている間に、
カオスは台所から皿と水の入ったコップを持ってきた。

「お馬鹿ちんのノエルにも解るように具体化すると、
 こんな感じか?」
「コップが体で、水が魂、だね!」
勢いのまま、怒鳴りながら答えたのはユッシだが、
言いたいことは確かにノエルにも理解できた。
コップが壊れれば、水は流れてしまう。
そして元には戻らない。覆水、盆に返らずだ。
「更に正確に再現するとこうだ。」
カオスはポケットから青いボールを取り出し、
コップの中にポチャンと落とした。
ボールがぷかりと浮かぶのを指で押し戻し、水中に戻す。
すると染料でも溶けだしたのか、
ゆっくりと水の色が変わっていった。
暫くして、指が引き抜かれた時には、
外側の一部を残して水は青く染まり、
ボールも浮かび上がってこなかった。

青と透明、2色に色分けされたコップの中身を、
ぼんやりと覗き込んでいたノエルに、カオスが言う。
「さわってみ?」
促されておそるおそる指を突っ込んでみると、
どろとした触感が伝わってくる。
水はゲル状になっており、
色の変わった箇所はゼリーになっていた。
「ボールが魂、コップが肉体、
 魂を包む青色ゼリーが霊体、
 色の変わってないところが余剰魔力とかな。
 それでだ、」
カオスが皿の上にコップをひっくり返す。
すぐに透明の部分はどろりと皿の上に広がり、
ボールを包んだコップ型の青いゼリーがぷるんと乗る。
「これが死んですぐの状態。で、」
言いながら魔王が指をはじくと、
何処からともなく熱風が吹き、青いゼリーが溶け始めた。
ゼリーは瞬く間に形を崩し、透明のゲルと混ざる。
後に残った薄青い水から、
浮かんだボールをつまみ上げ、カオスは二人を見つめた。
「元々、魔力も霊体もほぼ同じものだからな。
 個人差があるけど、こうなるのは時間の問題だ。
 即座に消える訳じゃなくても、
 同じ状態じゃないのはわかるだろ。」
魔王の指が皿の端を突く。
すっかり水に戻ってしまった青いゼリーは、
ちゃぷんと細波をたてた。

「こうなったら、どうなるの?」
「元々、その場に留まる性質の物じゃないからな。
 周囲の魔力と混ざって、それと判らなくなっちまう。」
霊の消滅とは即ち流動による拡散と言うことだ。
カオスの答えに、ユッシが黙り込んだのをみて、
ノエルも質問を投げかけてみる。
「じゃあ、魂はどこに行くの?」
「魔力とそう変わらない。
 宛もなくふらふらさまよった後に、
 消えちまうのが殆どだな。
 こっちは霊体より楽に保持可能だが、
 生前の人格を有していないというか、
 コンタクトに応えないんだよな。
 魂は単なるエネルギー体で、
 人格を有しているのは霊体ってのが一般的な見方だ。
 機械で言うなら、肉体が本体、
 霊体がプログラム、魂が電源ってところか。」
ここで魔王は僅かに上を見上げ、何を思ったのか、
続けるまで僅かな間を空けた。

「そして、一度崩れた霊体の修復は不可能だ。
 だから、死者を生き返らせることはできない。
 仮に溶けたゼリーを固め直しても、
 同じものと言えないのはわかるだろ。」
肉体と霊体の繋がりも、
一度切れたらそれっきりだそうだ。

「じゃあ、天国も地獄もないね。」
どうしようもないやるせなさと共に、
ノエルは言葉を吐き出した。
無情にもカオスがそれを肯定する。
「俺が知ってる限り、ないな。」
人格がなくなってしまうのであれば、
死後の世界もないだろう。
「だから、死んだら無って事ね。よくわかったよ。」
すっきりさっぱり、甘えを断ち切られ、
ある意味諦めがついた。
寂しいことに変わりはないが、
今後、変に悩むこともなくなったと思おう。
自分を無理矢理納得させたノエルが、
強い口調で理解を示したのに、カオスはうんうん頷いた。
「ご納得いただけたようでなによりだ。
 なくなっちゃったもんはどうしようもないからな。
 作り直すんならなら兎も角。」

軽く付け加えられたオマケに、再び30秒ほど時が止まり、
魔王はわざとらしく目を瞬かせ、しゃあしゃあと言った。
「・・・おっと、口が滑った。」
「嘘だ!」
「わざとだ! わざとでしょ、カオスさん!」
何故、彼は話を何段落かに分けたがるのだろうか。
終わったと思ったところでひっくり返す常套手段に、
ユッシもノエルも怒声をあげた。
続きは聞きたいが、心情的にはまず殴りたい。
しかし殴れば続きは聞けまいと言う板挟みに、
のたうち回る二人の前で、
カオスは至極どうでも良さそうに告げた。
「まあ、分かる範囲で出来るだけ教えてやるって、
 言いましたもので。」
己が発言には責任を持たねばなどと、
欠片も思ってもいないであろう口上と、
伝える必要があるのかも疑問だと私見を述べる。
「さっき言った裏技の一環なんだが、
 所詮、類似品でしかないからなあ。」
「?」
意味が分からず、ノエルが隣を振り返ると、
ユッシがはっと顔を上げた。
「オリジナルは唯一無二だけど、
 複製、模造品は作成可能って事か!」
「正解。」
理解力の高い白魔導士が出した回答を首肯し、
魔王はゆったりと身を起こした。
「詳しい説明は省くが、やり方は鋳型と同じだ。
 物が壊れても型になるものがあれば、
 新しい粘土を詰め、同じ形を作れる。
 しかし、出来上がるのはオリジナルそのものじゃない。
 どれだけ似ていても飽くまでレプリカだ。」
手頃な工芸品でも語るかの如く事も無げにいい、
カオスは至極真面目な顔でノエルを見つめた。
「それでもよければ、やり方を教えてやろうか?」

隣でユッシが息を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえた。
このまま続きを聞けば、
もう一度、皆に会うことが出来るかもしれない。
それはとても素晴らしく魅力的な提案に思えた。
けれども。
幾度も逡巡してから、ノエルは頭を横に振った。
「いいよ。遠慮しとく。」
自分で断ったのに、思わず泣きそうになる。
今までにないほど強く思う。
家族に会いたい。
それが出来るなら、どんなことでもする。

でも、駄目だ。無理なんだ。

家族の霊が消滅した話より、
複製しか作れないという事実が、
失ったことを実感させた。
偽物で満足しそうになった欺瞞も嫌だった。
どうしようもない悲哀が、
胸の奥から泉のように溢れだし、
ノエルは顔を両手で覆った。
ユッシが珍しく取り乱した様子で、
おろおろと声をかけてくる。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫なわけ、あるか。」
いい歳して泣くなんて、みっともない。
でも、泣かずにはいられない。

とれだけ時が経ったのか、魔王が呟く。
「複製は所詮複製で、当人じゃないからな。
 そこが判ってりゃ上等だ。」
どことなくその声が湿っぽいのは、
彼にも思うところがあるのだろう。
そんな自分を嫌ったのか、殊更どうでも良さそうに言う。
「しかし、断ってくれて良かったよ。
 聞いたら、やらずにはいられないだろうし、
 実行に動かれると俺が死ぬほど怒られるってか、
 普通に責任とらされるからな。」
無駄に己を追い込むその所行にユッシが突っ込む。
「なんでそうやって、張らなくて良い博打を張るの。」
「いや、そっちの方が本職なもんで、つい。」
何が本職なのか、よく判らない返答は、
カオスを1から10まで知れば判るのかもしれないが、
彼がそれを語ることはないだろう。

「わざわざ自分に不利な状況を作るとか、
 マゾなの? 変態なの!?」
「仮に危機に陥っても、どうにか出来るという、
 自信の現れと取っていただきたい。」
「そういうことなら、なんかやらかして、
 カオスさんのせいにしていい?」
「全力で御免被る。訳判んないこと言うんじゃないよ!」
魔王と幼なじみの言い争いをぼんやり見つめ、
ノエルは静かに苦笑した。
ああ、泣いても笑っても日常はすぎていく。
乱暴に涙を拭いて、改めて大きく息をする。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。
さあ、何時までも嘆いてはいられない。

「もー その辺でやめとけよ。」
制止に入ったノエルの声に揃って振り返り、
カオスとユッシは肩をすくめあった。
「泣いたカラスが、もう立ち直ったぞ。」
「立ち直りが早いのだけが、ノルの取り柄だもん。」
「おい、取り消せユッシ。後、名前短縮するな。」
復帰早々酷い扱いを受けて怒るノエルを、
ユッシはいつものように受け流す。
「そんでお前、結局どうすんのよ。」
長々引っ張ったが、振り出しに戻ってしまった。
「んー カオスさん、俺、どうしたらいいかな。」
最初の悩みが消し飛んだわけではないが、
大分落ち着いてしまった今、より現状を好転させるには、
何をすべきか。
特に思いつかなかったので、
問われたままカオスに投げてみると、
魔王は何かを見上げながらバリバリ頭を掻いた。
「命日が近づくと、
 死んだ家族を思いだして辛いってのは兎も角、
 育ての親から受けた義理云々は、俺より、
 フェイヤーに直接聞くべきじゃないかと思うね。」
「それに関しては、
 全然気にしないってのが答えだねえ。」
カオスが見ていたのは階段の上だったらしい。
何時、二階から降りてきたのか、
ノエル達の背後から丁度よく、当人が現れる。

死角からの登場に、ノエルとユッシは飛び上がった。
「いつからいたの、フェイさん!」
「てか、いつから聞いてたの!」
「今からだよ。」
責めるように問われて、フェイヤーは屈託なく笑った。
「でも、命日とか、育ての親の義理っていったら、
 大体想像つくよ。
 ノエル君のことだから、
 何時までも家族のことを忘れられないのは、
 僕に対して不義理だとかそう言うことでしょ。」
言いながら、父親代理が苦笑するのに、
ノエルはますます申し訳ない気分になった。
「うん、だって、」
元々フェイヤーとは何の義理も繋がりもない。
暴徒から逃げた先で偶然出会っただけというだけで、
今日の今日まで、ずっと面倒見て貰ってきた。
それなのに前の家族を偲び続けるのは、
彼では不足だと言っているのに、等しいのではないか。
けれども、フェイヤーは嬉しそうに目を細めた。
「馬鹿だねえ。それとこれは、別のことだよ。
 そう言うの、ひっくるめて全部、
 ノル君らしいとは思うけどねえ。」
真面目で優しい子に育ってくれて良かったと、
満足そうに頷いた育て親は、ふと思いついたように、
もう一人の養い子を振り返った。
非常に複雑な顔されて、ユッシが口を尖らせる。
「なにさ。」
「いや、別に。」
直ぐにフェイヤーは目をそらしたが、
それで納得するようなユッシではない。
早速、蛇と蛙宜しく無言のにらみ合いが始まる。

「けど、なんか寂しいなあ。
 地獄は兎も角、天国もないって言うのは。」
二人の争いから逃げるべく、
話題を逸らしにノエルは感想を述べる。
振られて魔王は軽く眉を動かした。
「大体、死んだ後あれこれしようってのが甘いんだよ。
 だからこそ、生きてる間にやることやっとかなきゃ、
 いけねえんだろ。」
「そりゃ、そうだね。」
素直にノエルは頷いたが、
反面カオスは難しい顔で首を振った。
「結局死後のことなんて、誰にも分かんねえんだ。
 悩んでも答えなんか出やしない。
 今日のこと含め、適当に解釈し、納得しろ。」
「え?」
再び、場をひっくり返す台詞に、
ノエルは目を見開き、カオスは嫌そうに顔を歪めた。
「真偽のほどは保証しないって言ったろが。」
「ええー でも、それじゃ、意味ないじゃん!」
「だから、俺は全知全能じゃないって、
 最初にあれほど断ったろ。」
確かに再三告げられた事項ではあるが、
これまでの尤もらしい講釈は何だったのだろうか。
「そりゃそうだけど。」
本日一番納得のいかない回答にノエルは口を尖らせ、
カオスは煩げに唸った。
「そもそも、この手は俺の管轄じゃない。
 妹の担当なんだ。」
「あー 確かに、そうだろうね。」
ノエルが何か言うより先に、フェイヤーが口を挟む。
「どちらにしろ、ノル君はカオスさんに頼りすぎだよ。
 貰った答えで満足しなさい。」
ユッシから逃げる口実としての指摘と思えなくないが、
相手の事情を考えるよう窘められて、
寝ていたカオスを叩き起こしたことも思い出す。
「はーい。」
「それよりフェイさん、
 なんか言いたいことがあるんなら、言えばいいじゃん!
 うちの何が気に入らないってのよ!!」
大人しく反省して、返事をしたそばから、
ユッシが騒ぎだしたので、
新事実が有ったような気がしたが、忘れてしまった。
ついに始まった幼なじみのと育て親の喧嘩に首を竦め、
大事なことが抜けた感覚を持て余しつつ、
ノエルはひとまず礼を言う。

「兎も角今日はありがとうね、カオスさん。
 後でケーキ屋さんのプリン、お供えするから。」
神棚のように両手を打ち合わせて拝まれた魔王は、
腕を組んだまま複雑な面もちで首をひねった。
「まあ、本職に聞いたとおり教えたし、
 基本間違ってないはずなんだがな。」
「何か気になることがあるの?」
言葉通りにしてはしっくりきていない様子に、
深い意図なく尋ねれば、一つとカオスは指を立てた。

「人格は霊にあり、魂ではない。
 しかし魂に記憶が残っていないとなると、
 若干説明付かないことがある。」
それが事実で有れば、
本日何度目かのひっくり返しになるが、
今更騒ぐ気もしない。
ノエルは普通に先を促した。
「それって、どんなこと?」
「極々稀に、前世の記憶を引き継ぐっていう、
 生まれ変わりとしか言えない現象があるんだよな。
 赤ん坊の時の記憶と同じで、
 成長するにつれて無くなっちまうし、
 残ったところで当人には飽くまで記憶でしかない。
 ただ、それだけの物なんだけど。」
不思議そうに首を傾げながら、カオスが説明する現象は、
本日の講習からすれば、確かに不可思議な点がある。
「魂には俺にもよく分かんないことが多いんだ。
 死後の消滅時間も個人差が大きくて、
 早いのはあっと言う間だけど、
 残るのは、死後何年たってもふらふらしてるしな。
 そもそも、感知できなくなるから消滅としているが、
 本当に消えてるのかもわからん。
 故にどこかで復活して、
 新しく生まれてこないとも言えないし、
 転生事態は否定できないんだが。」
説明し疲れたのか、
魔王の説明は何処となく不安定で頼りない。

「記憶を引き継いでるってことは、
 霊体だけでなく、魂にも生前の記憶や人格が、
 残っているんじゃないかってこと?」
「幽鬼と同じで周囲の残存魔力を巻き込んだとか、
 死んで直ぐの転生などで、
 霊体も一緒に移動した可能性のが高いけどな。」
論点を正確にくみ取ったノエルに頷きつつ、
魂の性質を完全に否定するほどでもないとも、
カオスは補足し、その上で唸った。
「けど、それにしちゃ、
 生前と時間が空いてるんだよな。」
不自然な空白は、いったい何を意味するのだろう。
全く想像付かなくて、ノエルは腕を組み、
魔術師と一緒にうーんと唸った。

「そっかー それにしても、何の空白なんだろうね。」
純粋な興味本位で口にしたノエルの疑問に、
カオスは傷ついたような顔をした。
思わぬ反応に驚くノエルから、
気まずげに目を逸らし、飽くまで予測だと告げる。
「魂があっても霊体の履歴がなけりゃ復元できず、
 霊体の履歴が有れば、魂がなくても復元できる辺り、 
  記憶や人格に対する影響はない、
 あっても非常に少ないと考えられるし、
 仮に人格が残っているなら、
 何故コンタクトに応えないのかって疑問も残る。
 それらを敢えて無視し、
 魂にも生前の記憶や人格が残っていると仮定して、
 更に死後も感知できなくなるだけで消滅しておらず、
 何処かに存在し続けているとしたら、」
歯切れ悪く語るのをやめ、
カオスは迷うように何度も頭を振ったが、
結局先を続けた。
「転生までの空白は、
 遺してきた者を待っている為の時間差じゃないかと、
 考えたことはある。」

所詮妄想にすぎず、何ら裏打ちする証拠はないと、
それ以上の発言をやめ、質問も許さず、
魔王は話を打ち切った。
完全否定に等しく思える前提を揚げて尚、
一縷の可能性に固執した見方。
予想と言うより、希望の方が近いだろう。
今日教わった知識と照らしあわせれば、
現実的とは決して言えず、妄言との評価するのが妥当で、
そんなことはカオスが一番判っているはずだ。
だが、ノエルは思う。

もし、魔王の想像が当たっているとすれば。
それは、とても幸せなことだろう。

 

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