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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

咬むよ。

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ただいまコメントを受けつけておりません。

咬むよ。







ある休日の朝、個人ギルドZempに所属する公式冒険者、
ジョーカーがギルド寮の自室から、
一階の食堂兼居間へ降りてくると、
隣接した畳の部屋に相方の白魔導士、ヒゲと、
メンバーの一人が魔王から預かっている幼児のキィ、
その愛犬の動くぬいぐるみ、ルーが、
仰向けに横たわっているのが目に入った。
居間より10cmほど一段高く作られた、
東国ヤハン仕様の畳の部屋は、
そのまま床に転がって良いことになっているとはいえ、
揃って昼寝をするには時間が早く、顔が真剣なのが怖い。
そもそも、何故犬のルーまで、
腹を出してひっくり返っているのか。
疑問を形にする前に3つの横死体の、
ヒゲは何故か外さないガスマスクで見えないが、
目だけがぎょろりと動く。

「じょかしゃん、おはよう!」
「ジョカさん、おそよう!」
「ジョカさん、駄目人間!!」
「黙れヒゲ。ってか、何してるの?」
寝たまま彼らが口にする挨拶に、何時も通り意味もなく、
罵倒が混ざるのを軽くいなし、
ジョーカーは状況を問いてみる。
「しゃばあーさな!」
「シャバアーサナ!」
「え?」
「屍のポーズ!!!」
「あそう。」
元気よく彼らは答えてくれたが、意味が分からない。
まあ、ポーズと言うからには、何らかの体操中と判断し、
そのままジョーカーは寝たままのキィに歩み寄り、
幼児の腹に軽く足を乗せると上下に動かしてくすぐった。

「こちょこちょこちょ。」
「うひひひ! うひひひ!」
足で腹を左右に細かく揺さぶるある種のマッサージに、
キィは体をくねくねさせて喜んだが、
居間にいた同ギルドメンバーの敦と祀から、
すぐに制止の声が掛けられた。
「ジョカ、足はやめとき。危ないから。」
「そっすよ、
 バランス崩して踏み潰したらどうするんすか。」
「そんなヘマしませんってか、
 マツリちゃんこそ止めてよ朝から発想が怖いよ!」
ちょっと足でくすぐっただけで、
スプラッタな大惨事を想定しないでいただきたい。
ジョーカーは口をとがらせたが、
逆に危機感覚がないと肩を落とされる。
「世の中、何時、何が起こるかわからんからのー
 急に地震が起こったりとか。」
「だから踏むならヒゲさんにしてください。」
「その流れでワシは良いんですか!?
 ワシは良いんですか!!!」
横から相方が割り込んで、
あんたは腹筋あるから平気でしょうが、
でも、中身が出ちゃうかもしれない!
それに場所に寄っては大惨事と、
会話を乗っ取ってしまったが、
まあ、大したことではない。
よっこらしょとジョーカーはキィの隣に座り、
改めて手で腹をこすってやる。

「シャバアーサナって何?」
「よがのポーズだよ。 ねこさんもあるよ。」
「それ、ルーもやるの?」
「やるよ。」
どうやら、お姉ちゃん'sの誰かがやっている美容体操を、
覚えて真似していたらしい。
お腹を擦られ飽きたキィがもそもそ身を起こすと、
呼ばれたルーがとっとこ側にやってきて、
お手をするように右前足をあげ、
左後ろ足を蹴りあげた形で止めた。
「それが猫のポーズ?」
「そうだよー」
へーとジョーカーは頷き、
キィは戻ってきた愛犬を上手上手となでくり回した。
誉められたルーは尻尾をパサパサ振って応えながら、
こんなこと、何でもないと偉そうに胸を張った。

全く、よくできたぬいぐるみだ。
キィが何時も抱えていると思っていたら、
いつの間にか動いて喋って周囲を走り回る異常事態に、
進化していたルーの頭をジョーカーもなでてやった。
中身がどうも神話に属する存在らしいが、
こうしている分には持ち主の言うことをよく聞く、
お利口なわんこである。
「ルーは何でもやるんだね。」
散歩やボール遊びはまだしも、お飯事からお手伝いまで、
ルーはキィのやることなら、何でもつきあう。
さして面白くも無いばかりか、時には苦痛でもあろうに、
文句どころか、不満を感じている様子すらない。
その献身と愛情は母親よりも深いのではないか。
「そりゃ、飯の支度や掃除洗濯、
 その他家事等の心配しないでいられる上でのことなら、
 そうかもしれないけど。」
安易なジョーカーの思考は口にすれば、
上記のような回答を得られたであろうが、
生憎、彼がそれを形にすることはなかったので、
頭をなでられたルーが気恥ずかしげに、
自身の鼻の頭をぺろと舐めたに留まった。

「ボクはお兄ちゃんだからね。
 お兄ちゃんは、小さいこと遊んであげるし、
 悪い奴から守ってあげないといけないんだよ。」
自分の仕事を誇らしげに説明するルーに、
ふーんと相づちを打ったジョーカーは、
ふと、思いついたままに聞いてみた。
「悪い奴がきたら、どうやってやっつけるんだい?」
「取り合えず、見つけたらウーッて言うよ。
 それでも逃げなかったら、ガブッて咬むよ。」
如何にもな答えに、ジョーカーはプーと吹き出した。
ルーはキィより小さい体長30cmのぬいぐるみで、
ふかふかもこもこ愛らしい子犬の姿を模している。
彼が唸ったり、咬んだところで全く脅威とは思えない。
「そっかー ちなみに、悪い奴って誰?」
完全なお愛想で聞いた彼に、ルーは事も無げに言った。
「熊だよ。」
「そっかー 熊かーって、熊!?」
意外に大物が出てきた。

「熊って、あの熊!?
 いやいやいや、流石に無理でしょ、あ、小熊?」
嘘をつかれる理由はないから本当なのだろうが、
ルーの体格からして、
どう頑張っても対峙すらできそうにない。
何とか現実的な話に修正しようとしたが、
あっさり「違うよ、ヒグマだよ。」と否定された。

「何で熊なんかやっつけるのよ。」
「あいつら、悪いんだよ!
 きいたん家のブルーベリー畑を荒そうとするんだよ!」
森で最強クラスな肉食獣の名前に、
ジョーカーはどん引きしたが、
ルーはとんとこ前足で地面を叩きながら強く主張し、
キィはご機嫌で愛犬をなで回した。
「ルーは、おりこうで、つよいんだよ。
 ルーがいれば、あんしんだよ。」
「そうだよ。
 きいたんは、ボクが守ってあげるからね!」
そのままペロペロチュッチュとやり始めた、
小さい者らから離れ、
ジョーカーは居間でくつろぐ大人達の輪に加わり、
食卓に着いた。

「ったく、熊を追い払うぬいぐるみって何よ。
 ちょっと高スペック過ぎると思わない?」
「元々の仕様やないの。」
幼児の護衛にそんな攻撃力は必要だろうか。
ジョーカーとしては納得いかない配置だが、
敦はさほど驚いた様子もなく、
ヒゲと祀に至っては大したことではないと言い放った。
「熊ぐらい、気合いでどうとでもなるんじゃね?」
「事実7歳の時に、畑で待ち伏せて、
 金属バット一本で追い払ったお人もいますしな。」
大人でも、出会えば命の危険に晒されるのに、
子供がそんな軽装備で無茶をしないでほしい。

「え、何それ。そんな子、何処にいるのよ。」
いい加減なことをとジョーカーは顔をしかめたが、
祀は表情変えることなく一点を指さした。
「汝が隣に。」
「ええっ!?」
「やめてんか、もー 子供の頃の話やで。」
驚いて隣を振り返ったジョーカーの横で、
敦が嫌そうに口端を歪める。
「ちょっと、アッちゃん、そんなことしてたの!?」
「今はやらへんよ。
 やるなら、ちゃんとバトルスタッフ持ってくわ。」
「そういう問題なの!?」
魔獣でなくとも大型肉食獣を相手にするなら、
罠や飛び道具、それなりの武器が必要だが、
何を武器とするかは、職業によって異なる。
盗賊系上位職アサシンのジョーカーからすれば、
刃物を使用しない選択肢はあり得ないが、
白魔法を使用するため、
金属性装備を多用できない拳闘士の敦と、
物理型白魔導士のヒゲには、
そこまで驚くことでもないようだ。
ただ、子供が金属バットで熊は、
白魔法系職常識的にもありえないが。

「ま、やり方にも依るけど、
 熊ぐらい、やってやれない相手じゃないなー」
「え、だって熊だよ? 熊なんだよ?」
騒ぐ相方をフンと鼻で笑い、ヒゲが尤もらしく腕を組む。
「ワシだって、時間かかるけど倒せるぞ。
 結局、世の中は気合いだ。」
「そっすな。」
やる気なく祀が肯定し、自身の経験を踏まえた意見を述べる。
「才能、結果は兎も角、
 出来るか出来ないかはやる気の有無っすよね。
 出来が良いとはお世辞にもいえねえっすけど、
 あたしも元白魔法使でありながら、
 剣士に転職できたし、盗賊技術も習得しましたしな。」
「いや、それは正直、例としてどうだろう。」
即座にジョーカーは否定する。
転職自体は不可能ではないが、
祀の経歴は多少ならず異例すぎ、
修得レベルからしても、万人向けではない。

「祀のは、気合い言うより執念の気がするわ。」
「だったら、敦さんのは無謀ですかね。」
ため息混じりの敦に祀が冷たく言い返す。
どちらも上手いことをと、
暢気なヒゲはプーと吹き出して、話を続けた。
「でもまあ、実際、大半のことは気合いだぞ。
 ワシも学生時代、素行と遅刻で呼び出されたが、
 気合いでなんとか乗り切ったしな。」
「それより、ヒゲさんに学生時代があったってことのが、
 あたしゃ気になりますわ。」
場の総意な祀の感想は兎も角、
ヒゲの大げさな身振り込みの説明に寄れば、
きちんと義務教育を受け、
白魔法高等学校も卒業しており、
生活指導の先生が大層怖かったそうだ。
「そういうのって、どちらかと言えば、
 アッちゃんのが揉めてるイメージあるけど。」
「あかんて。ミミットは全寮制やし、わいは身内やもん。
 下手に逆らうと兵糧責め食らうんよ。」
「ああねー それは辛い。
 それでヒゲは、どうやって先生のお説教から逃げたの?」
生活指導が厳しかったのであれば、
ヒゲの性格を考えれば尚更、よく逃れられたものだ。
若干脱線しつつも、
その方法はとジョーカーが強く興味を示し、
うむとヒゲは大きく頷いた。
「生活指導室に呼び出されてな、
 『これから、どうするつもりだ?』と問われたワシは、
 全力で『生まれたての子鹿!!』をやったんだ。」
言葉は通じるが意味が分からない。

「え、生まれたての子鹿って何?」
「こう、四つん這いになってプルプル震えながら・・・」
「あ、いいから。実演してくれなくて良いから。」
質問に答えて熱演しようとしたヒゲを、
ジョーカーは淡泊に制し、簡素な感想を述べた。
「つか、よく状況悪化しなかったね。」
「効果抜群だったぞ。
 その後、一切何も言われなくなったからな。
 妹が進路相談を手足をガクガクふるわせながら、
 『あばばばばばばばばば』と言い続けて逃れたときは、
 母親が呼び出されて、
 『お宅のお嬢さんは正気ですか?』と、
 言われたらしいが。」
「それは効果があったっちゅうか、見放された、
 もしくは関わりたくないと判断されたんやないの。」
「兄妹揃ってと言わざるをえねえ。」
強化ではなく、全く行われなくなったとは、
生徒の指導という面で疑問が残り、
彼、単独の問題にあらざるところが悪質である。
敦が顔面を引きつらせ、祀も額を押さえて肩を震わせたが、
何より問題なのは、
語るヒゲが全く不備を感じていないことであろう。

因みに嫁の前で生まれたての子馬をやったときには、
「生まれたての子馬はそんなじゃない。」と、
冷静な駄目出しを食らったそうだ。
奴は馬好きだからと語るヒゲを眺め、この相方に比べれは、
自分は所詮凡人だとジョーカーはつくづく思った。
そう思っているのは彼だけで、
周囲から「いや、お前もお前で相当なもんだから。」と、
総突っ込みを食らって当然なのは、もはや語るまでもない。
「なんかさ、君らと話してると、
 ルーのことなんか、大したことじゃなくなるよね。
 いくら相手が熊とはいえ、
 わんわん吠えたり噛みつくぐらい、
 犬なら皆、出来るだろうしね。」
そんな感想に落ち着いたジョーカーのところに、
キィとルーがとっとこやってきた。

「じょかしゃんも、わるいことすると、
 ルーにおこられるよ!」
「悪い子は、お尻をガブッ! お尻をガブッ!」
話をどこまで聞いていたのか、
そんな脅し文句を笑顔で吐く子供らを、
ジョーカーは鼻先で笑い、片手であしらった。
「ふーんだ。
 ルーに咬まれたって、どうってことないもんね。
 そんなこと言われても怖くないですよーだ。」
咬みたかったら咬んでみろと、
小さいもの等を挑発するジョーカーの後ろで、
祀がぼそりと呟く。

「そういや、狼って犬より、
 咬む力が倍、強いらしいっすね。」
「そうなん?」
確かに別の種ではあるが、遺伝子もほとんど同じで、
見かけも差ほど変わらないのに、そんなに違うものか。
敦の疑問に雑誌の記事で読んだと前置きしつつ、
祀が説明する。
「犬、ジャーマンシェパードが人間の2.57倍のところ、
 狼は5倍。弱い個体でも3.3倍は行くそうっす。
 野生と飼い犬じゃ、そりゃ差はでるでしょうけど、
 狼は鹿の大腿骨とかも割って食べるらしいですよ。」
そもそも狼はヘラジカやトナカイなど、
大型の草食動物を獲物としている。
言いながら祀が指で示した大腿骨の太さは、結構あった。
「え、そんな太いの噛み砕くの?」
「1回でいけるかったら、無理らしいですけどね。
 5、6回も噛めば・・・」
「鹿の骨はね、中の随がおいしいよ!
 ちゅっちゅって吸うんだよ!」
予想していなかった攻撃力に、
ジョーカーは嫌なものを感じ、
祀の答えにルーが喜々として補足する。

そう、ルーの見た目は小さい子犬だが、
中身は多分、神話に属する類のやばい奴であった。
「普通の狼で人間の5倍だとすると、
 魔狼はどのくらい行くんだろうね?」
「器のぬいぐるみが、
 どこまでその出力に耐えうるかにも、
 依んじゃねえでしょうか。」
事務的な祀の意見を聞きながら、
そっと振り返ったジョーカーの目に、
笑顔で口をあけるルーの姿と、キラリと光る牙が映る。

「悪い子はガブッ! 悪い子はガブッ!」
「ちょっ、今日はボク、まだ何もしてな・・・止めて! 
 マジで止めて! ちょっと、やめ、ご免なさい!
 悪いのはボクだけじゃないだろ!!」
部屋中にジョーカーの悲鳴が満ち、
矛先が周囲に分散されるまで時間は掛からなかった。
いい歳した大人達がどたばた部屋中を逃げ回る光景は、
けしてみっとも良いものではないが、
このギルドの日常でもある。

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津路志士朗
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