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HPで管理するのが色々と面倒になってきたので、 とりあえず作成。

シュトーレン規約成立まで。

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シュトーレン規約成立まで。



 



年の瀬はどこも忙しい。
最大国家フォートディベルエの首都、
シュテルーブルに拠点を置く個人ギルド、
ZekeZeroHampも例外ではない。

このギルドには極東の島国、ヤハン出身者が多く、
向こうの習慣にあわせ、
1月1日に新春の祝いをもっていきたい彼らと、
こちらの習慣道理、12月25日にやりたい地元民と、
毎年、意見が分かれる。
そこでギルドマスターがお祝い事なのだから、
両方やればいいじゃないかと、
気楽に決めてくれたが、準備をする方は、
そう、簡単に構えていられない。
どちらも新しい年を祝う為の祭りであり、
数日の差があるだけなのだが、
それぞれ用意する物や、祝い方が異なるので、
纏めて揃えるのはなかなか骨である。
新春のお祭りとセットの年末の大掃除、
挨拶周り、買い出しとやるべき仕事も沢山ある。
一度気合いを入れて、
準備してしまえば終わらないこともないが、
祝いの料理だけはそうはいかない。
日持ちするものであっても、限度はあるし、
冷蔵庫のスペースも無限ではない。
また、それを作ってしまえば、
日々の食事がなくなるわけでもなく、
料理担当、ユーリの仕事は、
調理に買い物、在庫の管理に保存の工夫と大きく増え、
食費も併せて膨れ上がった。
あげく、当ギルドには大きなネズミが、
複数匹住み着いている。
珍しく彼女が声を荒げたのも、当然の成り行きであった。

「もう、いい加減にして頂戴。
 いったい、何度言ったら判るの?」
少しの茶色いこぼれかすを残し、
空になった皿を前に、ユーリは皆を叱った。
「食べるなって言ってるんじゃないのよ?
 でも、シュトーレンは、
 クリスマスまでに少しずつ食べるものなの。
 作って1日かそこらで、食べきるものじゃないのよ。」
彼女の前には、ポールにジョーカーとヒゲ、
ノエルにユッシ、アルファとスタンに加えて、
運悪く巻き込まれた敦と祀が愁傷に座っている。
途中から、ギルドで預かっている幼児、キィも、
よく判っていないままにトコトコやってきて、
仲良しのスタンの膝に登った。
クリスマスのために用意されたお祝いのケーキは、
いくら食べてもなくならない、
魔法の品のように思われていたが、そんなはずがない。
ユーリを怒らせて、皆、初めてその事実に気が付いた。
「だから、食べ過ぎるなっていったじゃないですか。」
ポールが隣のジョーカーを突っつく。
「これだからジョカ君は困るんだよ!」
「本当にもう、少しは学習しなよ!」
続いてユッシとアルファが口々に言い、
責められたジョーカーが不貞腐れる。
「酷いよ、何でボク一人の責任になってるの!?」
「普段、きいたんの分まで食べちゃうからだと思うよ。」
「きいたん、もっと食べたかった!」
ジョーカーの苦情へ冷静にノエルがつっこみ、
何の話か分かっていないながらも、
キィが文句を言い、スタンが黙って頷いた。
指摘されて当然の経歴を持つジョーカーは、
うっと詰まったが、それでも言い返す。
「確かにさ、一枚も食べてないとは言わないよ?
 でも、ボクがちょっと多く食べたからって、
 全部無くなるわけがないでしょ。
 自分の責任までボクに押しつけて、
 君ら、良心は痛まないの?」
「あんまり痛まねえっすね。」
「ジョカ相手じゃのー ま、ええかって思うわ。」
祀と敦がのんきに酷いことを言う。
お説教の内容にあまり関係がないこともあり、
余裕の二人に、ジョーカーは噛みついた。
「君らは黙っててよ!」
「ジョカさんも、少し黙って頂戴。」
憤るジョーカーをユーリが窘める。
「誰が、って話をしてるんじゃないの。
 食べるな、って話もしてないの。
 ただ、限度があるでしょ。
 1日に何枚も食べたり、やたら分厚く切ったら、
 当然持つはずがないし、際限なくパクパクやられたら、
 どれだけ作ってもキリがないじゃない。
 この忙しい時期に仕事を増やされて、
 怒らずにいられるほど、私も暇じゃないわよ?」
「良いですね! 是非叱ってください!
 後、出来れば鞭もーー」
「ヒゲさん。」
バチンッと大きく電気が弾ける音がして、
余計な茶々を入れたヒゲがビクリと飛び上がった。
「今ね、私、真面目に話しているの。
 やめていただけるかしら、そうやってふざけるの。」
口調も表情も、いつもの優しいユーリのままなのだが、
一瞬彼女が放った魔力に、ヒゲは勿論、
全員が縮みあがった。
頼むから余計なことをするなよと、
周囲より冷たい視線が陽気な白魔導士に集まる。
「す、すみません・・・」
「いいのよ、別に。
 ただ、この件に関しては本当に困ってるの。」
ヒゲは小さくなって謝り、
ユーリは静かにため息をついた。

いつも優しい彼女が、
すっかり気落ちした様子で肩を落とすのに、
皆、いたたまれなくなり、下を向いた。
沈黙は無言の重圧となり、
耐えきれなくなったものから、もじもじと動き出す。
「ユーリさん、ごめんなさい。」
「僕も、美味しいからつい、食べ過ぎちゃって。」
ポールとアルファが揃って頭を下げる。
それを引き金にして、皆、次々と頭を下げた。
全員謝らねばならない雰囲気に、
若干腑に落ちない様子で祀が言う。
「今回あたしゃ、一枚も食べてねえんすけど、
 謝った方がいいっすかね?」
「せやけど、その前は食っとったやろ。
 ええやん、この際、細かいこと言わんでも。」
面倒だから、取りあえず謝っとけ。
そう、敦は勧めたが、異色の剣士は納得行かない様で、
なおも言った。
「その前だって、ほんの2枚ですぜ?
 あれが駄目なら、何も食えやしませんわ。」
「そんなん言うなら、わいかて3枚しか食っとらんわ。」
「1枚多いじゃねえすか。
 それに敦さんはその1枚が厚かったと記憶してますー」
「食べちゃいけないって話をしてるんじゃないのよ、
 マツリちゃん。」
言い争い始めた二人をユーリが止めたが、
少し、遅かった。
「んなことない! 厚いって言うんなら、
 ユッシンのがよっぽど厚かったで!」
敦の文句が祀に対する純粋な反論で、
自身への非難ではなかったとしても、
言われて黙っているほど、ユッシは大人しくない。
金髪の白魔導士はすぐさま反発し、持論を展開した。
「そんなことないよ! 大体さ、
 一枚か二枚食べたって、そんなに変わらないよ!
 何枚も食べるからいけないんだよ!」
「ユッシ、そういう問題じゃないんだって。」
ノエルが肩を押さえても、止まる幼なじみではない。
「ジョカ君が悪いんだよ!
 薄いからいいんだとか言い訳して、
 一日に何枚もちまちま、ちまちま食べちゃってさ!」
「だからって、ボク一人で食べた訳じゃないでしょ!」
再び責任を押しつけられて、ジョーカーが叫ぶ。
「何枚もって言うけど、ボクだけじゃなく、
 ポール君たちだって同じぐらい食べてたし、
 スーさんなんか、一度に二枚は持ってったよ!」
ヒステリックに指摘されれば、
新米だって黙っていられない。
「そりゃ、確かにそうですけど!」
「だから、ごめんって言ってるじゃん!」
自分が悪くないとは思っていないと、
ポールとアルファは一緒になって抗議し、
見かけによらず気の弱いスタンが小さい声で言い訳した。
「おら、きいこと、食べようと思って。」
ほんの一枚か二枚食べただけなのに、
まるでまとめて持っていったかのように責められ、
肩を落とした彼の膝の上で、わかっていないようでも、
大人の会話を幼児はちゃんと聞いている。
「きいたん、食べたらいけなかった?」
お兄ちゃんたちは、皆、自分を怒っているのかと、
勘違いしたキィが泣きべそをかき、
慌ててスタンが慰める。
「んにゃ、きいこは悪くね。
 おらが食べろって、言ったんだし。」
優しく背中をさすってやるが、
元々、荒れだした場の雰囲気に怯えていたのだろう。
キィはグズグズ泣き出し、これに祀が怒った。
「また、ジョカさんは余計なことを!」
正直者のスタンが、
他人より多く自分の分け前を得ようとするはずがない。
とあれば、誰のためかは想像に難くないのに、
それを責めるのかと憤り、
事がキィがらみだけに、ノエルも追従した。
「そうだよ、スーさんが人の分までとる訳ないじゃん!」
祀はまだしも、ノエルにまで怒られて、
ジョーカーが遂に癇癪を起こす。
「あーハイハイ、すみませんね! 気がつかなくて!
 そうですよ! 皆、ボクが悪いんですよ!!」
「誰もそんなこと言ってないだろー」
大人げなくわめき散らす相方に、
ヒゲが呆れて止めにはいる。
「ギャアギャア騒ぐなよー みっともないなー」
「みっともなくて悪かったな! 
 ああ、みっともなくて悪うございました!
 ボクは何時だってみっともなくて、自分勝手だよ!!」
四面楚歌にジョーカーのヒステリーは頂点に達し、
その手のものは周りに伝染する。
「だから、誰もジョカさんだけが悪いなんて、
 言ってないでしょ!」
「あーもーやっかましいわ! 怒鳴らずに話せんの?!」
腹を立てたポールが怒り返し、敦も大きな声を出す。
「そういうアツシ君だって、十分うるさいよ!」
「ユッシ、なにより、お前がうるさい!」
釣られてユッシが金切り声を出せば、
ノエルも怒鳴り出す。
怒りだしたお兄ちゃん達に、
キィがますます怯えて泣き喚き、
ギャイコギャイコと誰もが喚いて、
収拾が付かなくなったのを鶴の一声が止めた。

「いい加減にしろ、お前等!」
怒声に含まれた殺気と条件反射で皆、飛び上がり、
ぴたりと黙る。
ただ、ヒィーヒィーとキィの泣く声だけが止まらず、
それを小さな声でスタンが宥めた。
「一体、今度はなにを騒いでやがんだ!」
「声が外まで響いてたよ。恥ずかしいな、もー」
「もう少し、静かにやれないのか?」
一喝で皆を黙らせた鉄火、呆れて頭を振る紅玲、
困った顔で窘めるクルトと、
実質ギルド運営係の三人が外から戻ってきた。
現在外出中のギルドマスター、フェイヤー以上に、
メンバーの信頼を集める当ギルド三本柱の登場に、
喚いていた者等はそろって肩を落とし、顔を見合わせた。

泣きじゃくるキィをスタンから受け取り、
よしよしと宥めながら、紅玲が聞く。
「それで、今度はなにがあったのよ?」
「シュトーレンが、
 光の早さでなくなる件についてです。」
早速、ポールが報告するのに、クルトは頭を抱えた。
「まったくもう、本当に君ら達ときたら!」
よくもまあ、
飽きずに毎日騒ぎを起こしてくれると嘆けば、
苛立ちを隠せない様子で鉄火も怒った。
「何かと思やぁ、また下らないことで揉めてやがって!
 他にやることが幾らでもあるだろうが!」
「でもねテッちゃん、これで5回目なのよ?」
彼の怒りを刺激しないよう、控えめにだが、
ユーリが反論する。
それに思うところがあったのか、紅玲が顔をしかめた。
「そんなに? まだクリスマスまで、
 2週間あるっていうのに、ちょっと多すぎない?」
「そうなの。だから、困ってるのよ。」
ため息を付くユーリに、
皆、顔を見合わせ、改めて口々に謝ったが、
謝ってすむことであれば、何故、こうも大騒ぎになると、
鉄火の怒りは増幅した。
「馬鹿か、お前等は!
 その程度のことで毎度毎度、大騒ぎしやがって。
 そんなに揉めるなら、食うんじゃねえ!」
「いや、季節のものだし、
 全くないのはどうかと思うよ。」
そんな言い方をするなと紅玲が若干きつく窘めるが、
制止を振り払い、鉄火は更に吐き捨てた。
「それにしたって、たかがケーキだろうが!
 食わなかったら死ぬわけじゃなし、
 そんなもんの為にギャアギャア騒ぐ意味があるのか?」
「そうは言うけどさ、5回はちょっと多いよ。」
止まらない彼を紅玲が眉間に皺を寄せて抑えるが、
クルトも鉄火に同意する。
「でも、そんなに騒がなくてもいいことだろう。
 どうしてもいるなら、また作るなり、
 買うなりすればいいだけじゃないか。」
大したことじゃないという二人に、
分かっていないと紅玲は額を押さえた。
普段、彼女は意味もなく鉄火に逆らい、
足を引っ張るのを楽しんでいるが、今回は違った。
きちんとした理由があって彼らを諫めたのだが、
普段が普段だけに、鉄火もクルトも、
その合図を見逃してしまった。
やばいなあと首をすくめた紅玲のエスパー的予想は、
いつも通り当たってしまう。

「御免なさいね。下らないことで大騒ぎして。」
普段とはかけ離れた冷ややかな声と、
それを発したのが予想外の相手であったため、
その場にいた全員、
泣いていたキィすらも一瞬固まった。
「シュトーレンは作るのに手間がかかるの。
 お店で買えないわけじゃないけど、
 いいお値段になってしまうし。
 でも、折角のクリスマスだし、皆、喜ぶから、
 あった方がいいかと思って用意していたんだけど、
 なくても良いわよね。死ぬ訳じゃないもの。」
そう話すユーリは酷く落ち着いて見える。
元々、彼女たちアセガイル系の黒魔法使いは、
魔法の使用者と言うより、
学問として研究する学者の面が強く、
戦うことを目的とした職業ではない。
厳しい鍛練を積み、己が肉体と技を極める戦士や、
勝敗の鍵を握る責任と共に、
実戦の前線に立って修練を積むウィザードと異なり、
通常は太古から積み重ね、
集められた書物を紐解く机上の作業が多く、
戦場へ出ても後方支援にあたるのが一般的だ。

だが、身に秘める魔力や、
その気迫が他に劣るわけでは、決してない。

「大体、所詮ケーキですものね。
 食べなければ作る意味がないし、
 食べたらなくなるに決まっているのよ。
 5回目だろうが、6回目だろうが、
 そんな当たり前のことで騒いで本当に申し訳ないわ。」
ユーリはすまなそうに眉尻を下げ、謝ったが、
その表情からは決して推し量れない、
無言の重圧が確かに存在した。
見えない圧力に押し負けて、
全員が蒼白となった中、途切れ途切れに鉄火が答える。
「いや、そんなつもりじゃ、なかったんだが・・・」
ケーキがなくなることを問題にするのが悪いのではなく、
大騒ぎの喧嘩になることが悪いのだと言い訳するが、
それでもユーリは静かに首を振った。
「ううん、騒ぐ価値もない、下らないことよ。」
だって、ケーキだものと寂しげに微笑む彼女は、
いつも通り麗しく、
ギルド一、いや、国一番の美人にしか見えない。
だが、続けた言葉には、
誰もが頷かざるを得ない殺気があった。
「だから、テッちゃんとクルトさんが解決して頂戴。
 簡単よね、大したことじゃないんだから。」

ばしりと言いつけて、誰も動けずにいる中を通り抜け、
上着を引っかけたユーリは玄関先でクルリと振り返った。
「じゃあ、私はちょっと出かけてくるけど、
 お夕飯は用意できそうにないから、
 自分たちで何とかして頂戴ね。」
そして、行きがけに紅玲を呼びつける。
「行くわよ、クーちゃん。」
「うちもですか。」
そのままバシンと友達が閉めた玄関戸の音とご指名に、
紅玲は口元をひきつらせたが、
直ぐに諦めた様子でキィを抱え直し、
スタンに声をかけた。
「じゃあ、ちょっと買い物にでも行ってくるから、
 スーさん、荷物持ちにきいたんと一緒においで。」
呼ばれてこっくりとスタンが頷くと、
ユーリの退出で金縛りが溶けたポールが口を尖らせた。
「えー じゃあ、オレは?」
紅玲が相手だとポールは子供っぽい甘えが抜けない。
「ああねえ。じゃあ、ポール君と祀ちゃんも。」
いつまでも新人気分の後輩に紅玲はため息を付き、
この流れで放っておけば、
今は黙っていても、後で絶対すねる祀も列に加えた。
「まあ、そういうことで、
 後は各自何とかするように。大人なんだから。」
いいながらキィに上着と帽子をかぶせ、
出ていこうとする彼女に、
慌ててジョーカーがすがりつく。
「クレイさん、ボクは?!」
「僕も僕も!!」
置いていかれてなるものかと、
アルファも手を挙げて主張するが、冷たく振り払われる。
「黙れ、原因その1、その3。」
そして救済された年少組をつれて、
紅玲も出ていってしまった。

「違うもん! ボクが悪いんじゃないもんっ!!!」
「置いてきぼり、イヤだあ!」
切り捨てられて、懲りもせず泣きわめく二人を余所に、
ユッシが不思議そうに首を傾げる。
「原因その1とその3って、2はどこにいったんだ?」
「たぶん、俺の横にいると思うな。」
過ぎ去った嵐と、幼なじみの言いぐさに疲れはて、
ぐったりとノエルが肩を落とし、緊張を追い払うように、
敦がぶるぶると身体を大きく震わせた。
「あーもー くっだらない。
 わいも出かけてくるから、勝手にやってや。」
「ワシもうちに帰ってゴロゴロします!」
喉元過ぎて、すっかり元気を取り戻したヒゲも、
あっさり離籍を宣言すれば、
原因その2のくせに、ユッシがそれに乗った。
「じゃあ、うちらもどっかいくか。
 なあ、ノエル。」
「なあ、って、お前なあ。」
マイペースな幼なじみのようには行かず、
真面目なノエルは後ろを振り返った。
視線の先には思わぬ大ダメージに未だ立ち直れない、
鉄火とクルトがいる。

「どうすんの、クルト?」
兄貴のような弟分のピンチにアルファが眉尻を下げ、
問われたクルトはよろよろと首を振った。
「どうすると言われてもなあ。」
鉄火に至っては、口を利けるほど回復していない。
普段怒らないこともあって、余計にユーリの一撃は痛い。
「馬鹿だねえ、お前等は本当に馬鹿だねえ。」
先ほどまでいなかった者の嘲笑が聞こえても、
突っ込む余裕もないほどだ。
代わりにノエルが指摘する。
「いつからいたの、カオスさん。」
「珍しくユーリがマジで切れてるから、
 何かと思って帰ってきちゃった。」
いつの間にか、山羊足の魔術師の呼称を持つ魔王であり、
キィの父親で当ギルドの居候、
カオスが椅子の一つに座り、耳の後ろを掻いている。
何処にいたのか知らないが、
家の異変を感知し、瞬時に飛んでこれるあたりは流石だ。

「最近、忙しくて、色々たまってたみたいだしな。
 真面目な話、ちょっと反省した方が良いぞ。
 正月料理やクリスマスの準備もだけどさ、
 何でもユーリに任せ過ぎなんだよ。」
本当に、何時から居たのかを問いたくなる状況把握力と、
一方的な物言いにジョーカーが噛みつく。
「そういうカオスさんはどうなのさ!」
「お生憎様、俺は食器洗いや買い出しなど、
 ちゃんと手伝ってますー」
ただ、出てくる物を食べるだけのお前と一緒にするなと、
即座に言い返し、魔術師はせせ笑った。
「そもそも、手前の飯ぐらい手前で用意するべきだろ。
 それを全部ユーリにやらせて、手伝いもせず、
 お前等恥ずかしくないのか?
 3歳の餓鬼のが、まだ自分のことをやるぞ。」
一部筋が通っていても、
幼児以下と貶されては、大人しく頷けない。
「そりゃそうかもしれないけどさ、
 別にこっちから頼んだわけじゃないし・・・」
「それにその分、ギルドから手当が出てるじゃん。」
「黙れ。」
ノエルとユッシがぶつぶつ反論を口にするが、
ジョーカー以上にきっぱり切り捨てられた。
「理由はどうあろうと、
 その恩恵にどっぷり浸かっているくせに、
 グチグチ言い訳するんじゃねえ。」
頼んでいなければ、責任はないのか。
また、賞与がでれば毎日欠かさず朝晩メンバーの食事を、
要請があれば弁当まで作る気になるかと聞かれ、
結局二人とも押し黙った。
その様子にさも呆れた様子で、カオスは重ねて問う。
「大体、今の台詞、ユーリに面と向かって言えるか?」
「言えません。口が裂けても。」
「毎日用意してもらっちゃってるから、
 申し訳ないなあとは思っています・・・」
厳しい批評につい反発したものの、
自分でもおかしいと思うとノエルは白状し、
ユッシですら肩を落とした。

「ユーリちゃん、怒ってるかなあ?」
今更ながらオロオロと、
アルファが落ちつきなく歩き回るのに、
カオスは肩を竦めた。
「関係ないところで揉めて、本来の話が進まず、
 イライラして流れ的に鉄火に当たったんだろうけどな。
 利口な奴だから、
 元々誰かを責める話じゃないのも判ってるだろうし、
 紅玲も付いてったし、落ち着けば戻ってくるだろ。」
そう、心配しなくてもいいと魔術師は言い、
げらげら笑う。
「それにしても、鉄は本当に運が悪いな!」
いつも通りに振る舞っただけなのに、
食わなくていい八つ当たりを食らってしまった鉄火は、
非常に間が悪い。
「・・・うるさい。」
とばっちりを食うのもいつもの事と言えなくもないが、
相手が相手だけに立ち直れない様で、
言い返した鉄火の語気は弱かった。
当然、カオスが大人しく口を閉じるわけもなく、
自信たっぷりに予想を述べる。
「多分、この後甘いものでも食って、
 ぶらぶら買い物して、気が済んだら戻ってくるけど、
 その時には5時過ぎてるから、
 夕飯の支度は間に合わないし、
 久しぶりに外で食べようかって話になると思うな。」
「あー じゃあ、それまで待てばいいか。」
彼や弟子の紅玲による、この手の予言はよく当たる。
力なくクルトが頷き、その他もそうするかと肩を竦めた。

ただ、アルファが改めて首を傾げる。
「でもさあ、じゃあ、シュトーレンはどうするの?」
このまま無しは嫌だと口を尖らせれば、
敦が事も無げに言う。
「そんなん、どもならんやろ。
 ユーリが言っとった通り、鉄とクルトが何とかしぃ。」
「無茶を言うな。」
勝手な言いぐさに、
ようよう立ち直った鉄火が顔をしかめた。
「俺はそんなもの、作ったことないぞ。」
「じゃあ、買ってくるとか?」
次案をジョーカーが提示するも、ノエルが首を振る。
「でも、お店で売ってるのはお酒使ってるじゃん?
 きいたんに良くないよ。」
シュトーレンに入っているドライフルーツは、
ラムやワイン漬けにするのが定番だ。
火を通すとはいえ、匂いは残るし、
積極的に食べさせたい物ではない。
ユーリがわざわざ手作りしていたのは、
そういう理由もあったはずだ。
「それをいうなら、元々甘いものの食べ過ぎは、
 よくないんじゃないの?」
「だからって、それこそ、
 きいたんだけ無しってわけには行かないだろ。」
細かいことを気にするなら、
ケーキ自体がよくないとユッシが口を挟んだが、
ノエルが言い返したとおり、
自分だけ食べられないなどと宣告されれば、
キィが大泣きするに決まっている。

作るか、全くなしか。
選択肢が二つに絞られたところで、
クルトが大きくため息を付いた。
「じゃあ、なんとかやってみるか。」
ユーリの仕事を否定するつもりはなくとも、
大したことはないと言ってしまった以上、
結果は兎も角、チャレンジして苦労するのが筋だろう。
彼の言葉に鉄火も頷いた。
「クルト、お前、シュトーレンの作り方知ってるか?」
「流石にそれは・・・ 
 ユーリがレシピを残してくれてれば助かるんだが。」
ケーキの方針が無事決まり、
難しい顔で話し合い始めた二人を眺め、
他人事でよかったとジョーカーが言う。
「じゃあ、頑張ってね。」
大変なことになったものだと顔を見合わせ、
頷きあって立ち去ろうとする面々を、
鉄火が引き留めた。
「おい、待て、お前等。」
「まさか、全部テッカと俺に覆っ被せて、
 済むと思っていないよな?」
無責任な連中に、クルトも眉間にしわを寄せる。

「そんなん言われてものー」
元々、自分はあまり関係ないと敦が口を尖らせ、
ユッシがふてくされる。
「どうしろっていうのよ。」
「どうしろもこうしろも、元々、お前等が原因だろー
 シュトーレンは鉄等が何とかするとしても、
 別になんかしたほうがいいんじゃないのか?」
ことの成り行きを楽しんでいるのか、
嬉しそうにカオスが横から提案するのに、
アルファが首を傾げた。
「なんかって、何を?」
「順当に考えれば手伝いかな。」
ユーリに任せきりだったことへの反省ならば、
その負担を減らすのが妥当だとノエルがいい、
ジョーカーも頷いた。
「お手伝い券、発行するとかだね。」
大したことができると思えないが、
お使いぐらいなら、なんとかなるだろう。
この提案に、ヒゲが張り切って飛び上がった。
「よし、しばらくワシがメイド服着て、
 ユーリさんの代わりをします!」
家事なら得意だという彼の言葉に偽りはないのだが、
余計なオプションに周囲は青ざめ、
慌ててノエルが制止する。
「やめて、ヒゲさん!」
「まあまあ、そう遠慮せずに!」
「遠慮じゃなくて、本当に嫌なんだよ!」
20歳を越した立派な成人男性を、
メイド服でうろうろさせるなど、ご近所の不信感を煽り、
問題になる以前に目の毒だ。
そんな手伝いをされたって、幸せなのは当人だけである。
止められて、至極残念そうなヒゲを幼なじみに任せ、
ユッシが別案を提示する。
「取りあえず、ここにいるメンバー交代で、
 しばらく夕飯作るとかどうよ?」
「ええんやないの。」
敦が頷いたのを皮切りに、その他も往々に了承するが、
ジョーカーが不安を示した。
「一人でやるのはしんどくない?」
それもそうだと納得して、ユッシが二本、指を立てる。
「じゃあ、二人で組んで2回ずつね。」
「よっしゃ、ヒゲ、わいと組まん? 
 久しぶりにたこ焼きとお好み焼きが食いたいと、
 思っとったんよ。」
ペアと聞いて、早速敦がヒゲを誘う。
同白魔法系職からのお誘いに、ヒゲは盛大に吹き出した。
「お好み焼きのおかずにたこ焼きっ!!
 任せてください! 
 ワシの作るお好み焼きはうまいですぞ!!」
炭水化物万歳と叫んだ彼に、敦が冷静に釘を打つ。
「いっとくけど、ニラで作んのはお好み焼きちゃうで。」
「なんだとぉっっっっ!!!!!??」」
案の定、何か勘違いしているらしい。
本場出身者からの指摘に、がっくりとヒゲは膝をついた。
「じゃあ、ワシがお好み焼きだと、
 思っていたのは一体・・・」
「チヂミじゃないの。」
「チヂミだな。」
「チヂミ。」
誰からと言うことなく発生した指摘の嵐に、
ヒゲは大喜びで悲鳴をあげた。
「四方からの総突っ込み、ありがとうございます!!」
我々の業界ではご褒美ですと、
さりげなく対象を複数に変更する相方をスルーして、
ジョーカーが本人の了承をとらずに話を進める。
「じゃあ、ボク、アルファ君と組む。
 料理だけはうまいもんね。」
他に取り柄がないとばかりの言い方に、アルファが怒る。
「だけってなにさー!
 僕が作らなくても、パスタはいつでも美味しいよ!」
「唯一の特技、否定してどうするんですか・・・」
間違った怒り方にジョーカー当人が戸惑ったものの、
組むのに問題はなさそうだ。
続いてユッシが幼なじみを振り返る。
「そしたら、うちはまたノルとか。」
「名前短縮するなよ。ポトフでいいかな?」
「十分だろ。」
斯くして組分けと作る料理は決まった。
次はとジョーカーが皆を振り返る。
「順番はどうする?」
「組ができた順、アツシ君ヒゲさん班、
 ジョカ君アルファさん班、うちとノル班で、
 繰り返しでいいんじゃない?」
ユッシの提案に全員頷き、横からカオスが口を挟む。
「間にフェイヤーも入れちゃおうぜー
 久しぶりに中華が食いたい。」
滅多に腕を振るうことがないとはいえ、
当ギルドのマスターは地味に料理が上手いので、
その要望は別にわからなくもないのだが。
「フェイさん、今回関係ないのに。」
ユッシの当然な指摘をカオスは思い切り蹴飛ばした。
「いいじゃん! でないとあいつ、役に立つの?
 ギルマスなのに何時、役に立つの彼は?!」
身も蓋もないが、反論も仕難い。
口端をひきつらせたユッシの代わりに、ヒゲが叫んだ。
「カオスさん、それは言っちゃいけない・・・!
 フェイさんが役立たずとか、
 本当のこと、言っちゃいけない・・・ッ!!」
「お前にだけは言われたくないと思うぞ、
 フェイさんも。」
役立たずと言う点は否定せず、ジョーカーが突っ込む。
その辺を軽く受け流して、アルファが首を傾げた。
「つまり、カオスさんはフェイさんと組むってこと?」
他意のない素朴な質問に、カオスは笑顔で言い放った。
「全力でお断りする。俺は関係ないだろ!」
「この流れで、よく言えるね・・・」
無責任に無関係を主張する魔術師に、
ノエルがぼんやりと感想を述べる。

尤も今に始まったことでもないので、
特に問題にされることもなく、
まずは気の早い敦が行動を開始した。
「ほな、キャベツ買いに行くでー」
「じゃあ、ついでに挽き肉とタマネギもお願いー」
「自分で行けよ。」
「これだから、ジョカ君は。」
これ幸いとジョーカーが便乗し、
ノエルとユッシのダブル攻撃を受ける。
そのまま、なんだかんだ騒ぎながら散っていき、
カオスも哀れむように、
残された鉄火とクルトを眺めてから、立ち上がった。

「それじゃあ、俺も仕事に戻るかね。」
いつも通り呪文の詠唱すらなく、
移動しようとした彼の両腕を、
鉄火とクルトが素早く掴む。
「おい、何、すんだよ!」
両脇から押さえつけられるという乱暴な対応に、
カオスが牙をむいて怒るが、
どちらも一切引くことなく、淡々と述べた。
「俺の本能が今、お前を逃がすなと言った。」
「少なくとも、出ていくのは、
 問題点を告げてからにしてくれ。」
一瞬魔術師が送った視線で、
レシピが判らない以上の不安を感じとったらしい。
この二人にしては珍しい援護要請だが、
カオスはちゃかすことなく、真面目な顔でそれを受けた。
「その危険察知能力は流石と言っておこう。
 今日中に何とかする気なら、悪いことは言わん。
 できるだけ急いで牛乳を140mlレンジに掛けて暖め、
 戸棚から強力粉と秤、イースト菌他、
 材料を探した方がいい。」
やはり、何か問題あるようだ。
だったら、そうと言ってくれればいいのに、
敢えて忠告せず立ち去ろうとするのが酷い。
しかし、ことは緊急を要する模様だ。
カオスの指示に鉄火は戸棚を漁り、
クルトも冷蔵庫から牛乳を取り出す。

「計量カップは何処にあるんだ?」
「右下の戸棚に入ってるはずだぞ。
 牛乳を温め終わったら、ドライイースト6gな。」
指示どおりの準備が終わると、爪を切り、手をよく洗う。
「次は強力粉200g計って、用意した牛乳と混ぜる。」
「混ざったら、次は?」
追加の指示を求めるクルトに、カオスは嫌そうに言った。
「常温だと温度が低すぎるから、
 炊飯器に保温して15分、保温を切って15分。
 これを二回繰り返して合計1時間発酵させる。」
予想外の待ち時間に、二人の動きが同時に止まる。
「1時間?」
「10分の間違いじゃなく?」
交互に聞かれて、カオスは真顔で頷いた。
「1時間だ。発酵が不十分だと膨らまないから、
 省略するのは、おすすめしない。」

確かにユーリは手間がかかると言っていてはいたが。
嫌な予感に若干顔を青ざめさせ、クルトが確認する。
「作り終わるまで、合計何分ぐらいかかるんだ?」
「今作っている中種を発酵させるのに1時間だろ。
 整形後の2次発酵にも40分は欲しいだろ。
 出来るだけ他の作業を待ち時間に終わらせて、
 仕上げのバター塗りは省略としたって、
 こねたりなんだりで、最低でも2時間はかかるな。」
カオスが述べた時間は飽くまで最短。
手際や作業のすすみ具合などで、いくらでも増えるのは、
自明の理であり、料理はまだしも菓子作りなど、
慣れない男二人組では、結果は押して知るべしである。
急かされた理由を理解して、
確認とも質問とも取れない言葉を鉄火が呟く。
「もうすぐ、4時になるんですが。」
「そーね。」
魔術師は何もなさそうに、相づちを打つが、
外にでた全員が戻るのが6時としても、後2時間と少し。
そのまま外食にでることになるであろうに、
ばたばたしていれば絶対に顰蹙を買う。
特にうるさいのがユッシやジョーカーだ。
奴らは自分らがやったことを棚に上げて、
ブーブー文句を言う。
むしろ、ここぞとばかりにぎゃあぎゃあ騒ぐ。
そうなったら、ユーリはなんて言うだろう。

賭けても良い。
このままでは第二の爆弾が落ちる。
その矢面に立たされるのは自分たちである。

軽いパニックに陥りそうな状況にめまいを覚え、
クルトがこめかみを押さえた。
「時間も足らないが、
 なにより精神力が残ってないな・・・」
いくら個性的なメンバーが集まり、喧嘩や言い争いが、
日常茶飯時の騒がしいギルドに所属して、
ある程度耐性と諦めが付いているとはいえ、
物事には限度がある。
ギルドの要の二柱といえど、
耐えられるものと耐えられないものがあった。
「明日にするって言う手もあるけど?」
都合が付くのならと打開策をカオスが出すが、少し遅い。
「じゃあ、始める前にそう言えよ!」
粉と牛乳の混ざったボールを前に鉄火が怒鳴り、
魔術師は頬を膨らませる。
「今日中に何とかする気ならって、聞いたじゃんー」
彼の助言は何時もタイミングが悪い。

どの道、作業はもう始まってしまった。
明日に持ち越せるものではなし、
材料を無駄にすれば今度は紅玲に怒られる。
「もう、わかった。間に合わせればいいんだろ、
 間に合わせれば!」
「他には? 
 他に待っている間、できることはないのか?」
突如開始されたタイムアタックに、
鉄火とクルトは腹を決めた。
こうなっては仕方ない。
これ以上、怒られるのは御免だ。
俺ら基本悪くないけど、やるしかない。
「まあ、でも、安心しろ。やることは難しくない。」
追いつめられた二人を哀れんだのか、
カオスが慰める様に手順を教えてくれる。
「バターを80g室温に戻して白くなるまで練り上げた後、
 砂糖を20g、シナモン、ナツメグなどの香辛料を適量、
 これらを混ぜ合わせた中に強力粉200g、
 アーモンドパウダーを20gをいれて混ぜ合わせ、
 そこに出来上がった中種を加え、
 続いてアーモンドやクルミなどお好みのナッツを100g、
 シロップ漬けにしたドライフルーツを120gいれる。
 全体が均等に混ざったら、
 アルミホイルの上に生地を広げ、
 マジパンを乗せ、二つ折りにして挟み込む。
 後は予め暖めておいたオーブンの中で2次発酵させ、
 膨らんだら焼くだけですよ。」
「焼くまでの手順が、十分多い!」
「あと、マジパンって何?」
作り方を述べた側から突っ込みを食らい、
肩を捕まれて、ぐらぐら揺すられる。
親切に教えてあげたのに、この対応はないようなと、
魔術師は首を傾げた。
でもまあ、言いたいことは判らなくもない。

「マジパンは、アーモンドパウダーと砂糖と卵白を、
 混ぜて粘土状にしたものだよ。
 ケーキの上に載せる飾りを作るのに使われたりするな。
 砂糖とアーモンドの割合は、1:1って聞くけど、
 1:1.5ぐらいの方が甘過ぎなくて良いと思う。
 量は併せて100gもあれば足りるんじゃないか。
 卵白は少しずつ、堅さを調節しながら混ぜれば、
 失敗しない。
 ナッツはそこの戸棚にあるから、
 鉄板にアルミホイルを敷いてオーブンで焦げないよう、
 ローストしろよ。シロップ漬けは冷蔵庫の上の棚な。
 あと、さっき言った材料は二本分だけど、
 整形する時分けて、並べて焼けば一度にできるから。」
知る限りの追加情報をまとめて述べて、
カオスは二人に手を振った。
「では、健闘を祈る。さらばだ。」
「祈らなくて良いから、手伝ってくれよ!」
「手順が判ればいいってもんじゃないだろ!」
再びダブルアタックを受けて、魔術師は眉を顰めた。

「そうは言いますがね、
 俺だって別に暇じゃないのよ?」
ふらふらと遊び回っているように見えて、
彼にも魔王としての職務があり、現在も仕事中だ。
「今だって会議の途中で抜け出してきたんだ。
 いい加減戻らないと、
 強制中断にぶち切れた魔王の一人や二人、
 ここまで攻め込んできてもおかしくはない。」
「そんな大事な会議なら、初めから抜けるな!」
「沸点低い! 魔王のくせに沸点低い!
 もっと己の立場と力量を勘定してください!!」
当ギルドの要とは、突っ込みの要でもある。
ボケ集団に囲まれているだけあって、
鉄火とクルトの突っ込みはやはり、素早く的確であった。
そして、幾ら突っ込んでも、
根本的な解決にはならないことが、
骨身に染み着くほど判っているらしく、
口と同時に手も動いている。

「そんなこと俺に言ったって、
 大体沸点低いのはお前の・・・まあ、いいけどさ。」
文句を言いながらもナッツ類をオーブンに入れ、
バターの堅さに四苦八苦している二人を眺め、
フライパンを使って湯煎に掛ければ早いとの、
アドバイスと共に、カオスはもう一度大きく息を吐いた。
「でも、まあ、大変だよな。判るよ。」
何度かキィにねだられて、
自身も作ったことがあるからわかる。
作業は特別難しくなくとも、何度も粉をこね、手を洗い、
長時間拘束されるのは楽ではない。
「幾ら何でも、2時間以上もかかるなんて、
 冗談じゃないよな。」
本格的に作ろうと思えば、先に述べた手順に加え、
焼き上がりにバターを何度も塗ったり、
粉砂糖を振りかけたり、仕上げも必要だ。
ドライフルーツの仕込みや、
材料の購入から考えれば、もっと時間はかかる。
だが、それを言うのであれば。
「でもね、ユーリさんは、
 普段、全部一人でやってるのよ?」

それを大したことないとは、随分な言い様だ。
もっと他に言い方がなかったのか。
火元を正して問うカオスに、
鉄火とクルトは素直に頭を下げた。
「悪かった。申し訳ないことを言った。」
「実に軽率だった。
 全面的に非を認めます。」
「後ね、ユーリ、5回って言ってただろ。
 あれ、5本じゃないから。
 一度にまとめて4本は作ってるから合計20本な。
  生地こねるのも一苦労だから。」
「マジでか・・・」
強力粉で作った生地はグルテンが多く堅い。
ユーリの細腕では、大変に違いない。

「確かに俺が悪かったよ。
 そんなに時間のかかるもんだと思ってなかったし、
 たかがケーキだと思って、甘くみてた。
 一度に何本も作っているのも知らなかったしな。」
改めて己の非を認める鉄火に、クルトもうんうんと頷く。
時間をかけ、苦労して作ったものが、
瞬く間になくなってしまえば、
苦情の一つも言いたくなり、
大したことではないと貶められて、
腹が立たないはずがない。
交互に己の認識不足を謝った二人には、
ただ一つ、腑に落ちない点があった。
「でもな、それだけたくさん作っているのに、
 俺ら、一切れも食べてないんですけど。」
「食べてないのに怒られるって、
 ちょっと酷いんじゃなかろうか。」
そう、彼らは同じギルド所属にもかかわらず、
苦労の恩恵を全く受けていない。

完全に巻き込まれただけと言わざるを得ない二人から、
カオスはそっと目を反らす。
「それはあれだよ、余計なこと言っちゃうから。」
「理不尽だよな。全く持って、理不尽だよな。」
「ああ、失言の罪は重いのだなあ。」
鉄火とクルトはぶつぶつ言いつつも、作業を続行した。
「兎も角、順番に混ぜればいいんだよな?」
戸棚や冷蔵庫から残りの材料を取り出して、
魔導子レンジのオーブン機能を確かめる。
最後にもう一度手順を逡巡し、
鉄火は改めて肩を落とした。
「しかし、殆ど見たことも、食べたこともねえもんを、
 作ることになろうとはなあ。」
古来、上司にビーフシチューを要求され、
肉じゃがを作ってしまった料理人も、
こんな気分だったのだろうか。
一口でも食べていれば、イメージも湧くだろうが、
未知のケーキでは成功する気もしない。
「要は果物の入った、
 パウンドケーキと菓子パンの間みたいなものだから、
 そんなに畏まらなくても大丈夫なはずだ。」
相棒を慰めながら、クルトも大きく息を吐いた。
「しかし、ユーリもそんなに沢山作ってたとは。」

幾ら他のメンバーが作るそばから食べてしまうとはいえ、
5回に渡り複数本作っているのであれば、
一度は口に入っても良さそうなものだ。
しかし実際には、食すどころか物を見た覚えすらない。
言われてみれば何かが出来上がったと、
誰かしら騒いでいた気もするが、
自分達に関係のない物と無意識に判断していた。
それくらい彼らにとってシュトーレンの存在は薄かった。
存在を知らなければ状況把握もないが、
普段ユーリが作るワンホールケーキは、
そんなに早く無くならない。 
「いくらシュトーレンが小さくても、
 見たことすらないってのはおかしくないか?」
作成量と存在感が吊り合わない。
違和感に首を傾げたクルトの疑問に、
カオスが当然のように答える。
「ああ、他のがそれぞれ食べた残りは、
 まとめてフェイヤーが持ってったもんな。」

あいつ、最近ドライフルーツ漬けに凝ってるから、
口にあったらしいぞと、無表情に告げられ、
意外な伏兵にクルトと鉄火の表情も消える。
「そうなのか?」
「何でそれ、黙ってた?」
「いや、粗方知ってるものと思ってたんだが・・・
 それにいない奴の名前出すのもちょっとな。」
告げ口は当人の目の前でするから面白いのであって、
裏でやるのは主義に反すると、
趣味がいいのか悪いのかわからない理由を述べて、
カオスは本当のタイムアウトを宣言した。
「じゃあ、今度こそ行くけど、本当に困ったら呼べ。
 念話で指示だしてやるから。」
「わかった。」
「その時は、よろしく頼む。」
何だかんだ面倒見の良い魔王様に別れを告げて、
鉄火とクルトは作業を再開した。
まずは現場の危機を回避するのが先決である。

結論としてシュトーレンは無事焼き上がり、
謝罪と新しいルールの追加が行われた。
シュトーレンはワンシーズン一人半斤まで。
自己責任の元に管理し、足りなくなった場合は、
自主制作することと定められた。
後は年明けまで交代で、夕飯の支度及び、
後片づけをすることで、
この度の件に対する反省と対策は終了である。
「鉄っちゃんとクルトさんが決めたことだし、
 全員納得してるから、僕も異論はないけどね。」
山のような皿を洗いながら、フェイヤーが嘆く。
「それにしても、どうして僕の当番だけ、
 他の皆より三倍も多いんだい?」
食事をとれば当然発生する作業とは言え、
何時までも終わらない皿洗いは、結構な苦行だ。
説明のない理不尽な仕打ちに、
ギルドマスターはしきりと首を傾げたが、
他の誰かが何かをいうよりも早く、
鉄火が冷たく言い放った。
「さあ、どうしてだろうな!」
「本当に、何故でしょうな!」
クルトも平坦な声でそれにあわせ、
この二人が強硬な姿勢をとっているのに、
逆らう勇気を持つメンバーはいない。
「理由はよく判んないですけど、フェイさん頑張って。」
「んだ。」
ポールとスタンに追加の皿を渡されて、
フェイヤーはがっくりと肩を落とした。
不平しきりのギルマスをカオスが叱る。
「いい加減、ぶつぶつ言うのはやめろよ。
 皿拭くの、手伝ってやってるだろ。」
「そうだけどさあー」
理由が判らなければ納得できるものもできまいが、
とばっちりを恐れて、
誰も彼の処遇にふれようとしない。
結局のところ、食い物の恨みは怖いのだ。

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